新谷 洋二(にいたに ようじ、1930年(昭和5年)4月26… 新谷 洋二(にいたに ようじ、1930年(昭和5年)4月26日 - 2022年(令和4年)2月16日)は、日本の都市計画研究者。交通工学者。東京大学名誉教授。専門は都市交通工学で、駐車場の関連法規制定などに関わり、東京大学工学部都市工学科、日本大学理工学部土木工学科で研究の傍ら後進の育成にあたる。日本都市計画学会会長を歴任。工学博士(東京大学)。旧東京府荏原郡北品川宿(現・東京都品川区)生まれ。 ※本節の記載は日本大学理工学部科学技術史センターウェブサイトによる。 1953年3月、東京大学工学部土木工学科卒業。 1955年3月、東京大学大学院数物系研究科土木工学専門課程修士課程修了。以後、北海道開発局、建設省都市局など勤務を経て1965年に東京大学工学部助教授。
高田 衛(たかだ まもる、1930年4月17日 - 2023… 高田 衛(たかだ まもる、1930年4月17日 - 2023年7月5日)は、日本の日本近世文学研究者。旧・東京都立大学名誉教授。 富山県砺波市生まれ。生家は老舗料理旅館の水月楼(現:すいげつろうホテル)。早稲田大学第二文学部日本文学科卒業、同大学院文学研究科修士課程、東京都立大学大学院博士課程修了。立正学園女子短期大学(現・文教大学女子短期大学部)、都立大学、近畿大学の教職を歴任。 専攻は上田秋成研究であったが、1980年に中公新書で『八犬伝の世界』を刊行し、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』を道教的な視点から分析し、伏姫を文殊菩薩、八犬士を八大童子とみる説を出して注目を集めた。近世後期の幻想文学の著述紹介に力を注ぐ。
小澤 俊夫(おざわ としお、1930年4月16日 - )は、… 小澤 俊夫(おざわ としお、1930年4月16日 - )は、日本のドイツ文学者、昔話研究者。筑波大学名誉教授。有限会社小澤昔ばなし研究所・社長。 弟は世界的な指揮者小澤征爾で、息子は歌手の小沢健二。 日本から中国に宣撫官として赴任した父に母も帯同し、満洲で生まれた。小さい頃に火傷を負い、それが原因でいじめを受ける。 ドイツのメルヒェンと呼ばれる口承伝承による昔話の研究が特に専門で、文学研究から民俗学にまたがる分野で幅広い研究を行っている。1998年、川崎市の自宅に「小澤昔ばなし研究所」を設立、昔話、メルヒェンの選集を多数出版している。 「子どもの本・九条の会」代表団員を務め、「たま九条の会」の呼びかけ人でもある。
伊藤 正義(いとう まさよし、1930年4月4日 - 200… 伊藤 正義(いとう まさよし、1930年4月4日 - 2009年12月2日)は、日本の国文学者、能楽研究者、神戸女子大学名誉教授。 関西大学文学部教授・大阪市立大学文学部教授などを歴任。
元木 健(もとき けん、1930年3月31日 - )は、日本… 元木 健(もとき けん、1930年3月31日 - )は、日本の教育学者、同和教育研究者、大阪大学名誉教授。
平岡 敏夫(ひらおか としお、1930年3月1日 - 201… 平岡 敏夫(ひらおか としお、1930年3月1日 - 2018年3月5日)は、日本の日本近代文学研究者。筑波大学・群馬県立女子大学名誉教授。 香川県仲多度郡広島村(現丸亀市)生まれ。1945年大津陸軍少年飛行兵学校卒、1954年香川大学学芸学部国語科卒、愛媛県川之江市立金生中学校教諭、1956年東京教育大学大学院入学、吉田精一に師事、1962年同博士課程単位取得満期退学。東京都立一橋高等学校教諭、1966年大東文化大学専任講師、1967年東海大学助教授、1968年横浜国立大学教育学部助教授、1975年教授、1976年筑波大学文芸言語学系教授、1982年「北村透谷研究」で筑波大学文学博士。1988-1992年筑波大文芸言語系研究科長、1992年定年退官して群馬県立女子大学学長を1998年まで務める。
畑島 喜久生(はたしま きくお、1930年3月1日 - )は… 畑島 喜久生(はたしま きくお、1930年3月1日 - )は、日本の児童文学研究者、教育評論家、詩人。 長崎県対馬生まれ。15歳で西浦上で原爆に遭う。1949年長崎師範学校卒、五年間教師をして1954年上京、1956年國學院大学文学部卒業。公立学校教師を経て、1982年東京都公立学校教頭、1986年調布市立国領小学校校長、1990年定年退職後、白百合女子大学・東京学芸大学・山梨大学講師、東京保育専門学校長を経て、同校理事・学監。20年余、小学校国語教科書(学校図書)の編集に携わる。現代少年詩の会代表(「少年詩の学校」主宰)。日本児童文学者協会会員。
菊地 昌典(きくち まさのり、1930年2月17日 - 19… 菊地 昌典(きくち まさのり、1930年2月17日 - 1997年5月22日)は、日本のソ連研究者。東京大学名誉教授。 東京出身。東京都立第九中学校、宇都宮高等農林学校を経て1952年東京大学農学部獣医畜産学科卒業。1955年、同大学院農学研究科農業経済学専攻修士課程修了。国立国会図書館勤務を経て、1966年、農学博士、東大教養学部助教授(国際関係論)、1980年、同教授。1990年定年退官、東大名誉教授、千葉敬愛短期大学教授。1992年同短大学長、1997年、敬愛大学教授。在任中死去。
菊川忠夫(きくかわ ただお、1930年2月7日- )は、日本… 菊川忠夫(きくかわ ただお、1930年2月7日- )は、日本の哲学研究者、神奈川工科大学名誉教授。 東京府(現杉並区)生まれ。1952年東京文理科大学卒、55年同大学院修士課程修了。米国オハイオ大学留学。1960年「現代功利主義論」で論争新人賞受賞。1965年東京都立九段高等学校教諭、幾徳工業高等専門学校助教授、78年教授、神奈川工科大学教授、2001年定年、名誉教授。
新倉 俊一(にいくら としかず、1930年1月22日 - 2… 新倉 俊一(にいくら としかず、1930年1月22日 - 2021年8月23日)は、日本のアメリカ詩研究者、翻訳家。明治学院大学名誉教授。慶應義塾大学アート・センター訪問所員。 神奈川県三浦郡葉山町出身。1951年、慶應義塾大学法学部卒。明治学院大学大学院修了、フルブライト留学でミネソタ大学大学院修了。明治学院大学教授。1976年、文学部長。1981年、日本エミリ・ディキンソン協会会長。西脇順三郎に師事した。 日本エズラ・パウンド協会理事も務め、ディキンソン、パウンドなどのアメリカ詩人の研究者の育成を行った。エドワード・リアのノンセンス詩などを研究、翻訳もある。 2021年8月23日午前8時10分、老衰のため神奈川県逗子市の自宅で死去。
増田 正造(ますだ しょうぞう、1930年1月3日- )は日… 増田 正造(ますだ しょうぞう、1930年1月3日- )は日本の能楽研究者、武蔵野大学名誉教授。
石田 力三(いしだ りきぞう、1930年 - 没年不詳)は、… 石田 力三(いしだ りきぞう、1930年 - 没年不詳)は、日本の水産環境研究者、農学博士。アユに関する研究が有名。 1930年(昭和5年)静岡県に生まれる。1954年(昭和29年)東京大学卒。その後大学院に進み、1960年(昭和35年)3月に「アユの産卵場の構造とその産卵習性に関する研究」で東京大学大学院生物系研究科水産学専門課程博士課程を修了する(農学博士)。そのまま大学の研究室にしばらく在籍したのち、1963年(昭和38年)より水産庁水産研究所に入り、河川養殖部主任研究官、河川湖沼部資源研究室長、内水面利用部漁場管理研究室長等を歴任する。そのかたわら、NHKの番組「趣味講座」の「釣り入門」「釣り専科」の講師を担当する。
戸塚 秀夫(とつか ひでお、1930年 - 2017年)は、… 戸塚 秀夫(とつか ひでお、1930年 - 2017年)は、日本の労働問題研究者。東京大学社会科学研究所名誉教授。経済学博士。専攻は社会政策、労働問題。 1930年東京都生まれ。海軍軍人・戸塚道太郎の三男。1954年東京大学経済学部卒業。学生時代は日本共産党東大細胞のメンバーとして学生運動に参加した。戸塚らが同じ国際派グループから「査問」を受けたのは日本の学生運動で最初の内ゲバだったとされる。 1959年東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。明治大学政経学部専任講師、東京大学社会科学研究所助教授、教授を経て、名誉教授。1990年から1995年埼玉大学経済学部教授。1995年6月に国際労働研究センターを設立し、共同代表となる。
北原 由夫(きたはら よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2… 北原 由夫(きたはら よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2018年〈平成30年〉)は、歌人、日本文学研究者、江戸川短期大学名誉教授・元学長。長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)出身。東洋大学卒。東京文化短期大学教授、江戸川女子短期大学教授、2003年江戸川短期大学学長、同名誉教授。島木赤彦研究会名誉会長。新井章に兄事した。 2010年春、瑞宝小綬章を受章。
伊藤 博(いとう ひろし、1930年 - 2004年1月)は… 伊藤 博(いとう ひろし、1930年 - 2004年1月)は、日本のコーヒー研究家。 愛知県豊橋市生まれ。名古屋大学岡崎高等師範学校(現名古屋大学教育学部)卒業。専攻は植物生態学。 中学・高校の教師を勤めながら、約30年間、コーヒーを科学的視野から研究。日本コーヒー文化学会の設立に尽力し、同学会副会長。日本のコーヒー研究の第一人者と評される。
板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) -… 板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) - 2014年(平成26年)[要出典])は、日本の小説家、国語教育研究者。 元中学校国語教師、機関誌『教育国語』元編集員。山形県鶴岡市宝町在住。 1930年(昭和5年)、山形県鶴岡市生まれ。 1990年、余目町立余目中学校(現・庄内町立余目中学校)を最後に教員を定年退職。 2007年、小説「北のはざま」で、第23回「真壁仁・野の文化賞」受賞。 小説家としての代表作には、歴史小説の『北辰軸』と、その続編の『北のはざま』があり、ともに主人公は庄内藩藩士の松本十郎である。小説『北のはざま』では第23回「真壁仁・野の文化賞」を受賞した。 国語教育研究者としては、長く教育科学研究会・国語部会の会員として活動し、読み方教育における「2次読み」の研究を続けている。
池田宏之助(いけだ ひろのすけ、1930年-2024年9月6… 池田宏之助(いけだ ひろのすけ、1930年-2024年9月6日)は、日本の工学者・研究者。工学博士(大阪大学)。元燃料電池・水素基盤技術懇談会会長。 奈良県出身、旧制大阪理工科大学卒業、1953年三洋電機株式会社入社。その後は中央研究所副所長、塩屋研究所所長、三洋デュラセル株式会社社長、三洋電機(香港)有限公司薫事長、キングレコード株式会社常務取締役などを歴任する。その間、旧通産省サンシャイン計画推進委員、電池技術委員会幹事、日本蓄電池工業会ニカド技術委員長、日本乾電池工業会理事、神戸大学・東北大学・信州大学・京都産業大学等で非常勤講師を歴任。 燃料電池・水素基盤技術懇談会の会長を務めた。燃料電池等に関する著書が多数ある。
鳥越 信(とりごえ しん、1929年12月4日 - 2013… 鳥越 信(とりごえ しん、1929年12月4日 - 2013年2月14日)は、日本の児童文学研究者、児童文学者。
小林 彰太郎(こばやし しょうたろう、1929年11月12日… 小林 彰太郎(こばやし しょうたろう、1929年11月12日 - 2013年10月28日)は、日本の自動車評論家、自動車社会史研究者。 世界的に著名な自動車評論家の1人であり、日本の「モータージャーナリズム」を築き上げた第一人者として、戦後の日本車発展に大きく貢献した。また、自動車史研究やクラシックカーの権威としても知られ、欧州志向の伝統的な自動車趣味を自ら実践し、その魅力を発信した。自動車雑誌『カーグラフィック』(二玄社)の創刊者および名誉編集長であったほか、日本自動車ジャーナリスト協会副会長、日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会委員長、カー・オブ・ザ・センチュリー名誉専門委員会副委員長等を歴任した。
水田 珠枝(みずた たまえ、1929年11月9日 - 202… 水田 珠枝(みずた たまえ、1929年11月9日 - 2026年4月18日)は、日本の思想史研究者。名古屋経済大学名誉教授。公益財団法人東海ジェンダー研究所顧問。専門は政治思想史、女性学。 東京府生まれ。1949年津田塾専門学校(現:津田塾大学)英文科卒。1955年名古屋大学法学部政治学科卒、1957年同大大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了、同助手、1962年同朋大学専任講師。1963年東海女子短期大学専任講師、1964年助教授。1965年市邨学園短期大学助教授、1970年教授、1980年市邨学園大学教授、1983年校名変更で名古屋経済大学経済学部教授。1980年「女性解放思想史」で名大法学博士。
佐藤 三夫(さとう みつお、1929年11月2日 - )は、… 佐藤 三夫(さとう みつお、1929年11月2日 - )は、ルネッサンスの研究者、詩人、千葉大学名誉教授。 神奈川県生まれ。1954年東京教育大学哲学科卒、61年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1973-74年ローマ大学文学哲学部に学び、1984-85年パドヴァ大学文学哲学部に学ぶ。1977年「ユマニストとデカルトの時代における世界観形成の基本問題」で東京教育大学文学博士。1966年流通経済大学講師、67年助教授、72年教授、1983年千葉大学教育学部教授。95年定年退官、名誉教授。 『世界史』の受験参考書を書いている佐藤三夫は、ほぼ同年だが小石川高校の教諭を長く務めた別人である。
越智 治雄(おち はるお、1929年10月27日 - 198… 越智 治雄(おち はるお、1929年10月27日 - 1983年6月24日)は、日本近代文学研究者、元東京大学教養学部教授。
荒川 浩和(あらかわ ひろかず、1929年10月26日 - … 荒川 浩和(あらかわ ひろかず、1929年10月26日 - )は、日本の工芸研究者。 秋田県生まれ。1954年学習院大学文学部卒。56年同大学院修士課程修了。1954年東京国立博物館にはいり、漆工室室長、工芸課課長を務めた。
関山 和夫(せきやま かずお、1929年10月8日 - 20… 関山 和夫(せきやま かずお、1929年10月8日 - 2013年5月9日)は、日本の民俗学者、話芸(落語)研究者、佛教大学名誉教授、元京都西山短期大学学長。 愛知県に生まれる。生家は浄土宗西山派の寺であった。1946年に愛知県立一宮中学校(旧制、4年卒)、1952年に大谷大学国文学科を卒業。卒業後は愛知県で県立高校の教諭となった。教職に就く一方で著作活動も行い、1964年に『説教と話芸』で日本エッセイストクラブ賞受賞。同時期より東海学園女子短期大学助教授となり、後に教授昇進。佛教大学教授となった。1976年に学位論文『説教の歴史的研究』を大谷大学に提出して文学博士号を取得。2000年に佛教大学を定年退任し、名誉教授となった。
谷川 敏朗(たにかわ としろう、1929年10月4日 - 2… 谷川 敏朗(たにかわ としろう、1929年10月4日 - 2009年1月20日)は、日本の教育者、良寛研究者。 新潟県白根市(現在は新潟市南区)出身。1953年東北大学文学部卒。新潟県内や宮城県内において高校の教諭を務め、のち新潟大学人文学部や県立新潟女子短期大学で非常勤講師としても活動していた。地元新潟で生きた良寛に関する多くの伝記研究に加え、『定本良寛全集』(中央公論新社)など著作の書誌編纂、良寛に関する作品監修を行い、「全国良寛会」の常任理事を務めていた。 2009年、肺炎により没した。享年79。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
新井 直之(あらい なおゆき、1929年9月21日 - 19… 新井 直之(あらい なおゆき、1929年9月21日 - 1999年5月13日)は、日本のジャーナリスト、ジャーナリズム研究者。 岩手県盛岡市出身。東京大学文学部独文科卒業。在学中に同大学新聞研究所の第1期研究生となった。1951年共同通信入社。社会部、文化部を経て文化部次長、科学部長、編集委員、調査部長を歴任し、1978年退社して創価大学文学部教授、1993年東京女子大学現代文化学部教授。日本ジャーナリスト会議設立時には共同支部幹事を務め、1973年から1979年まで同会議副議長を務めた。 評論家の樋口恵子とは事実婚の関係にあった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小林 路易(こばやし るい、1929年9月13日 - 200… 小林 路易(こばやし るい、1929年9月13日 - 2002年3月3日)は、日本のフランス文学者・比較文学研究者。早稲田大学名誉教授。東京府(現杉並区)生まれ。1951年早稲田大学文学部仏文科卒、1956年同大学院修了、パリ大学に学び、1964年早大文学部助教授、1969年教授、1979年第二文学部長、1982年第一文学部長、2000年定年退任、名誉教授。フランス政府から教育功労章(Ordre des Palmes académiques)を受ける。
藤井 隆(ふじい たかし、1929年9月4日 - 2020年… 藤井 隆(ふじい たかし、1929年9月4日 - 2020年7月17日)は、日本の国文学者、書誌研究者。名古屋市立大学名誉教授。 東京府羽田町に生まれる。1953年に名古屋大学文学部国文科を卒業。 愛知大学副手、助手、講師、帝塚山短期大学助教授、教授、名古屋市立大学教養部助教授、教授。1995年に定年退官、名誉教授。1998年より2005年まで豊橋市美術博物館館長を務める。 1993年、豊橋市文化振興賞を受賞。 藤井の学問は、およそ次の4つに分けて考えることができる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
安永 寿延(やすなが としのぶ、1929年7月25日 - 1… 安永 寿延(やすなが としのぶ、1929年7月25日 - 1995年9月22日)は、日本文学・思想の研究者、元和光大学教授。 現在の福岡県北九州市生まれ。1954年名古屋大学文学部卒。1965年東邦学園短期大学助教授、1968年和光大学助教授、1971年教授、1978年人文学部長、和光学園理事を務めた。1995年9月22日、在職中にリンパ腫のため死去した。 マルクス主義、コミューン思想を研究し、日本における思想家として安藤昌益に注目し、『自然真営道』の校本を編纂刊行した。
後藤 和彦(ごとう かずひこ、1929年7月12日 - 20… 後藤 和彦(ごとう かずひこ、1929年7月12日 - 2016年1月3日)は、日本のマスメディア研究者、常磐大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京大学文学部卒業、NHK入局。制作現場を経て、放送文化調査研究所研究部長など。83年退職、常磐大学教授。2002年定年退職、名誉教授。ダニエル・J・ブーアスティン『幻影の時代』の翻訳、マクルーハンの紹介などで知られる。
谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本… 谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本の文学者、文学研究者、民俗学者、翻訳家。専門はドイツ文学および北欧文学。
飛田 就一(ひだ しゅういち、1929年5月27日 - 20… 飛田 就一(ひだ しゅういち、1929年5月27日 - 2002年3月26日)は、日本の哲学研究者。 中国大連生まれ。1962年立命館大学大学院文学研究科修士課程修了。63年立命館大学経済学部講師、69年助教授、74年教授、94年定年退任、名誉教授。
実藤 遠(さねとう とおし、1929年4月19日 - 201… 実藤 遠(さねとう とおし、1929年4月19日 - 2016年10月30日)は、日本の中国研究者、超常現象研究家。 東京生まれ。父は実藤恵秀、弟にさねとうあきら。1951年早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田実業高等学校で地理の教師を務める。はじめは日本と中国との関係史を研究したが、1974年の超能力ブームに触発されて、超常現象の研究をはじめる。日本サイ科学理事長、国際新科学会会長、国際新科学研究所所長。天然自然研究会歴任、チョウ常識教室を主宰。
岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日… 岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日本のフランス文学・美術研究者、翻訳家。跡見学園女子大学名誉教授。 東京生まれ。岡谷鋼機創業者一族の出。父の岡谷順之助は岡谷商店副社長で岡谷鋼機取締役。外祖父の高松定一は堀川貯蓄銀行取締役。 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部を卒業。 父親の指示で慶應義塾予科医学部に進学するが、医学を放棄して東京大学文学部に進学する。1952年東京大学文学部美学美術史学科卒業。大学時代は『第15次新思潮』に参加。 その後ゴーギャン、アンリ・ルソーなど、熱帯に魅せられた画家たちの翻訳、研究を著し、柳田國男の青春期を研究し、友人であった田山花袋の初期作品が、ほぼ柳田自身の悲恋をモデルとしていることをつきとめた。
小沢 昭一(おざわ しょういち、本名:小澤 昭一(読み同じ)… 小沢 昭一(おざわ しょういち、本名:小澤 昭一(読み同じ)、1929年(昭和4年)4月6日 - 2012年(平成24年)12月10日)は日本の俳優、タレント、俳人、エッセイスト、芸能研究者、元放送大学客員教授。日本新劇俳優協会会長。俳号は小沢 変哲。劇団「しゃぼん玉座」主宰。見世物学会顧問。
長田 順行(ながた じゅんこう、本名:木谷順行、1929年4… 長田 順行(ながた じゅんこう、本名:木谷順行、1929年4月4日 ‐ 2007年8月31日)は広島県呉市出身の作家、海上自衛官、暗号研究者。日本暗号協会会長(1986年8月~)。 呉第一中学校(現広島県立呉三津田高等学校)を卒業後、1945年に海軍兵学校予科(第78期、昭和20年4月入校)に入校するが、終戦により閉校となる。1954年広島大学文学部哲学科を卒業。1955年防衛庁暗号専門機関に入り、暗号理論の研究及び解読に従事。1965年海上自衛隊暗号専門部隊に転じ、通信保全業務隊司令となり1983年1等海佐で退職した。 1986年8月日本暗号協会を設立し初代会長。暗号に造詣が深く、暗号関係の著作は1964年から刊行しており多数。
武石 彰夫(たけいし あきお、1929年3月31日-2011… 武石 彰夫(たけいし あきお、1929年3月31日-2011年 )は、日本の仏教文学の研究者。元高知大学教授・仏教文化研究所所長。 東京市(現文京区)生まれ。1958年法政大学文学部日本文学科卒業。1971年『仏教歌謡の研究』で國學院大學より文学博士。大東文化大学助教授、高知大学教授、千葉大学講師、東洋大学講師、同大学院講師、朝日大学教授、聖徳大学教授などを経て、仏教文化研究所所長。『平家物語』『徒然草』などを講義した。また大学受験ラジオ講座の講師も勤めた。
テツマロ・ハヤシ(Tetsumaro Hayashi, 19… テツマロ・ハヤシ(Tetsumaro Hayashi, 1929年3月22日 - )は、日本出身で米国に帰化したアメリカ文学研究者。 香川県坂出出身。出生名は林徹麿(はやし てつまろ)。1953年岡山大学文学部英文科卒業。1953年から1954年岡山にあるミシガン大学日本研究所助手、1954年渡米、ウィルミントン大学英文科に学ぶ。1957年フロリダ大学大学院英文科修士課程修了、1959年ケント州立大学大学院図書館学科修士課程修了、1959年ミズーリ州カルバー・ストックトン大学講師・図書館副館長。ケント州立大学で文学博士号を取得。1969年米国帰化。ボール州立大学英文科教授を務め、退任後同名誉教授。
武井 静夫(たけい しずお、1929年3月10日- )は、日… 武井 静夫(たけい しずお、1929年3月10日- )は、日本近代文学研究者。 北海道後志管内倶知安町生まれ。倶知安中学校(現・北海道倶知安高等学校)卒、札幌師範学校(現北海道教育大学札幌分校)卒、1949年倶知安町寒別小学校教諭、53年北海道倶知安高等学校教諭。この間に日本大学文理学部国文学科を通信教育で卒業。中学時代に高山亮二から国語を習い、のち同僚としてともに有島武郎を研究。1967年北海道砂川南高等学校教諭、1970年北海道仁木商業高等学校教諭。 「人名編」『北海道文学大事典』北海道新聞社、217頁。https://www.h-bungaku.or.jp/issue/pdf/jiten02.pdf。
西川 杏太郎(にしかわ きょうたろう、1929年(昭和4年)… 西川 杏太郎(にしかわ きょうたろう、1929年(昭和4年)3月9日 - 2023年(令和5年)2月24日)は、日本の美術史研究者。専門は日本彫刻史、文化財保存学。父は、書家で昭和の三筆の一人に数えられた西川寧。 東京市(現墨田区)向島の生まれ。1950年(昭和25年)、慶應義塾大学文学部文学科(芸術学専攻)卒業。翌年、文化財保護委員会(現・文化庁)に入り、文化財保護部美術工芸課長、文化財調査官、東京国立博物館次長を経て、1987年(昭和62年)4月、奈良国立博物館館長、91年東京国立文化財研究所の所長を歴任。退官後に、横浜美術短期大学学長、神奈川県立歴史博物館館長。 2023年2月24日、心不全のため死去。
宗政 五十緒(むねまさ いそお、1929年2月26日 - 2… 宗政 五十緒(むねまさ いそお、1929年2月26日 - 2003年1月27日)は、日本の日本近世文学研究者、書誌研究者。学位は、文学博士(京都大学・論文博士・1980年)(学位論文「日本近世文苑の研究」)。龍谷大学名誉教授。 岡山市生まれ。1958年京都大学大学院文学研究科国文学博士課程満期退学。1980年「日本近世文苑の研究」で京都大学より文学博士の学位を取得。ハーバード大学研究員、龍谷大学教授、1997年定年、名誉教授。短歌あけぼの社主宰。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
戸部 満壽夫(とべ ますお、1929年〈昭和4年〉2月15日… 戸部 満壽夫(とべ ますお、1929年〈昭和4年〉2月15日 - 2008年〈平成19年〉11月23日)は、厚生労働省厚生技官・研究者、専門は薬理学、毒性学。AF-2の毒性評価などの研究がある。医学博士。 群馬県吾妻郡嬬恋村に生まれる。旧制山梨高等学校を経て、1954年(昭和29年)前橋医科大学(現・群馬大学医学部)を卒業。日本医科大学講師として勤めたのち、1964年(昭和39年)より国立衛生試験所毒性部に勤務し、同毒性部長を務めた。 日本薬理学会、日本毒科学会、日本食品衛生学会に所属。中央薬事審議会、中央公害対策審議会審議会、生活環境審議会委員、薬剤師国家試験委員などを歴任。 1987年(昭和62年)国立衛生試験所安全性生物試験研究センター長に就任。
近藤 公夫(こんどう きみお、1929年2月5日 - 201… 近藤 公夫(こんどう きみお、1929年2月5日 - 2016年9月25日)は、日本の造園家・造園研究者・環境デザイナー。奈良女子大学名誉教授。農学博士。 特別史跡五稜郭跡保存整備委員会委員長、神奈備の郷・川づくり整備検討委員会委員、奈良県古都風致審議会会長、神戸市公園緑地審議会会長を務める。 「都市公園緑地の徒歩誘致圏に関する研究」で、昭和47年度日本造園学会賞論文調査部門受賞。1990年第12回日本公園緑地協会北村賞受賞。2001年、日本造園学会上原敬二賞受賞。 代表作品に、須磨離宮公園整形式庭園部分基本計画(1957年)、白川公園 (名古屋市)計画懸賞公募一等当選案(1958年)、香里団地計画における緑地の計画など。
新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 20… 新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 2020年3月15日)は、日本の哲学研究者、東洋大学名誉教授。専攻は、現象学・解釈学。 1929年、石川県生まれ。東北大学文学部を卒業。卒業後は、東洋大学助教授となり、教授となった。2000年に定年退任し、名誉教授となった。 新田義貞の末裔[要出典]。 (古田光、廣川洋一、中野幸次、竹田篤司、上妻精、飯島宗享、城塚登、岩永達郎、新田義弘、市倉宏祐による共編著)
玉井 敬之(たまい たかゆき、1929年 -2026年 )は… 玉井 敬之(たまい たかゆき、1929年 -2026年 )は、日本近代文学研究者。学位は、文学博士(関西大学・論文博士・1978年)(学位論文「夏目漱石論」)。同志社大学教授・武庫川女子大学教授を歴任。 大阪市生まれ。関西大学文学部国文科卒。1978年「夏目漱石論」で関西大学より文学博士の学位を取得。同志社大学教授、2000年定年、武庫川女子大学教授。
春日 佑芳(かすが ゆうほう、1929年 - )は、日本の哲… 春日 佑芳(かすが ゆうほう、1929年 - )は、日本の哲学研究者、防衛大学校名誉教授。道元とヴィトゲンシュタインを研究。 福島県伊達郡国見町の安養寺に生まれる。海軍兵学校を経て、東京大学文学部倫理学科卒業。防衛大学校助教授、教授、1994年定年、名誉教授、駒澤大学教授。2000年退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
宮脇 理(みやわき おさむ、1929年 - )は、日本の美術… 宮脇 理(みやわき おさむ、1929年 - )は、日本の美術教育研究者。文部科学省教科調査官、岡山大学教授、横浜国立大学教授、筑波大学芸術学系教授、佐賀大学教授、美術科教育学会代表理事、上海・華東師範大学顧問教授などを務めた。東京教育大学卒業。学位論文に基づく博士(芸術学)。東京生まれ。 美術科教育学会、大学美術教育学会、日本美術教育連合など美術教育の学術団体の発展に尽力。また、横浜国立大学教育学部(学部名はその後、人間教育科学部に改称)の大学院修士課程の設置時に、美術教育研究にかかわる研究コースの開設に尽力した。さらに、筑波大学人間総合科学研究科(博士課程)芸術専攻芸術学領域における芸術教育学研究の研究指導体制の充実に努めた。
木々 康子(きぎ やすこ、1929年 - )は、日本の作家・… 木々 康子(きぎ やすこ、1929年 - )は、日本の作家・美術史研究者。 1929年、裁判官だった父親の任地先の三重県津市で出生(父親の出生地は富山県氷見市)。東京女子大学で、歴史・哲学を学び、私小説を主とする日本の近代文学に飽き足りず、「日本の近代とは何か」をテーマとして、幕末期から現代までを、膨大な資料を駆使して緻密な長編小説を描く。 特に近代とはまだ呼べなかった「初期の近代日本」の中で、苦闘し、祖国との乖離に傷つく知識人に焦点を当てる。とりわけ明治時代初期に、パリで美術商を営んだ義祖父林忠正については、いくつかの評伝、資料解説を執筆。林忠正研究の第一人者である。義曾祖父に当たるフランス法学者の磯部四郎の生涯も掘り起こした。
駒宮 功額(こまみやこうがく、1929年-2007年)は日本… 駒宮 功額(こまみやこうがく、1929年-2007年)は日本の防災研究者。 東京都千代田区神田に生まれる。東京理科大学卒業の後、労働省産業安全研究所入所。技官として勤務し、爆発や過剰酸素火災など化学的災害、廃棄物焼却処理等について研究を行う。1996年~97年にかけては、韓国ソウル市立大学客員教授に着任。その後、特定非営利活動法人災害情報センターの理事を務め、災害データベースの整備を手がけた 。また、防災都市計画研究所災害情報研究部顧問 早稲田大学理工学総合研究センターの職を兼務した。2007年11月、死去する。
杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年… 杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年11月21日)は、日本の哲学研究者、東京大学教養学部名誉教授。英国哲学、デイヴィッド・ヒュームを専攻。 東京生まれ。父は1928年に東京帝国大学を卒業した中国思想研究家で、東洋大学教授の杖下隆之。1952年東京大学文学部哲学科卒業。同年東京大学教養学部助手、のち助教授、教授。1990年定年退官、名誉教授。2014年瑞宝中綬章受章。