鈴木 昌平(すずき しょうへい、1981年6月22日 - )… 鈴木 昌平(すずき しょうへい、1981年6月22日 - )は、大阪府箕面市出身の俳優、元大相撲力士。グッドラックカンパニーに所属していた。 身長177cm。体重130kg。 2000年3月、宮城野部屋に入門。「一秦(かつはた)」の四股名で大相撲力士として活動。2004年12月に力士を引退。 趣味はスポーツ全般。特技は相撲、料理で、ちゃんこ鍋を一人で100人分作る事ができるという。
里山 浩作(さとやま こうさく、1981年5月31日 - )… 里山 浩作(さとやま こうさく、1981年5月31日 - )は、鹿児島県大島郡笠利町(現:奄美市)出身で尾上部屋(入門時は三保ヶ関部屋)に所属した元大相撲力士。本名同じ。現役時代の体格は身長175cm、体重123kg。血液型はA型。得意手は左四つ、下手投げ。最高位は西前頭12枚目(2007年5月場所・同年7月場所)。現在は年寄・千賀ノ浦。好物はかんきつ類。 奄美の土地を自ら開拓して「里山観葉植物園」を作った父の元に生まれた。笠利町立赤木名中学校へ入学と同時に相撲部へ入部し、その後に進学した鹿児島商業高校でも相撲部に所属して、アマチュア横綱を2度獲得している禧久昭広の指導を受ける。高校卒業後は禧久の母校でもある日本大学へ進学し相撲部に所属。
武誠山 一成(ぶせいざん いっせい、1981年5月27日 ‐… 武誠山 一成(ぶせいざん いっせい、1981年5月27日 ‐ )は、茨城県笠間市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属していた元大相撲力士。本名は中野 一成(なかの いっせい)。現役時代の体格は身長184cm、体重153kg、血液型O型。得意技は押し、左四つ、寄り。最高位は東幕下7枚目(2011年7月場所)。 笠間小学校3年生で相撲を始め、笠間中学校3年生の時には全国中学校相撲選手権大会で準優勝した。金沢市立工高を経て東洋大学へ進学し、大学時代は個人タイトル7個を獲得した。2003年には相撲部主将を務め、国体成年Aでは決勝で大学の先輩である横山英希(のち十両・高見藤)を敗って優勝し、幕下付出資格を得た。
朝天舞 晴多(あさてんまい せいた、1981年5月23日 -… 朝天舞 晴多(あさてんまい せいた、1981年5月23日 - )は、宮城県石巻市出身で高砂部屋(入門時は若松部屋)所属の現役大相撲力士。身長170.9cm、体重116.0kg。本名は花田 晴多(はなだ せいた)。最高位は西幕下8枚目(2013年9月場所)。石巻西高出身。 高校を卒業して当時の若松部屋に入門し、2000年3月場所に初土俵を迎える。部屋の公式ホームページによると、宮城県石巻市ではただ一人の出身力士。 朝青龍の「朝」と貴乃花の本名「花田」が入っていることから、四股名はすでに横綱級と言われた。入門3年目から約9年間、元横綱・朝青龍の付け人を務めた分自分の稽古時間が減った影響で幕下昇進に7年を所要するなど出世は遅い方であった。
大岩戸 義之(おおいわと よしゆき、1981年5月18日 -… 大岩戸 義之(おおいわと よしゆき、1981年5月18日 - )は、山形県東田川郡藤島町(現:鶴岡市)出身で八角部屋に所属した元大相撲力士。本名は上林 義之(かんばやし よしゆき)、愛称はカン。現役時代の体格は身長179cm、体重145.5kg、血液型はA型。得意手は突き、押し。最高位は東前頭16枚目(2013年3月場所)。 鶴岡市立朝暘第三小学校4年生から相撲を始め、鶴岡第一中学校では柔道部に所属しながら地元の相撲道場・鶴岡相撲クラブに通った。山形県立加茂水産高校から相撲部に所属し、近畿大学では4年生の時に全国学生相撲選手権大会に優勝して学生横綱を獲得するとともに主将を務めた団体戦も制し、2冠に輝いた。
豊真将 紀行(ほうましょう のりゆき、1981年4月16日 … 豊真将 紀行(ほうましょう のりゆき、1981年4月16日 - )は、山口県下関市(旧・豊浦町)出身で錣山部屋に所属した元大相撲力士。本名は山本 洋介(やまもと ようすけ)。現役時代の体格は身長186cm、体重151kg。得意手は右四つ、寄り、左前褌(みつ)。四股名の由来は、〈豊〉は合併のため消滅した豊浦町から、〈真〉は本人の心、〈将〉は大将、〈紀〉はものごとの初めを意味する出身校の監督の一字、〈行〉は父から一字をもらったもので、父母への御礼に従うという意味が込められている。最高位は東小結(2012年5月場所)。趣味は読書、史跡巡り。現在は年寄・錣山。 地元の旧豊浦町立豊浦中学校(現在の下関市立夢が丘中学校)には校庭に立派な土俵小屋があり、そこで高校生らと混じって鍛えられ、地元の大会でも優秀な成績を修めていた。
栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - … 栃翼 祐一(とちつばさ ゆういち、1980年10月3日 - )は、青森県北津軽郡鶴田町出身で春日野部屋に所属していた元大相撲力士。本名は加賀谷 祐一(かがや ゆういち)、身長167cm、体重99.8kg。最高位は東幕下4枚目(2012年1月場所)。 青森県立木造高等学校から法政大学経営学部に進学。高校の先輩舞の海から「小さくても成長する」と言われ、入門を決意し、郷里の教員採用試験に不合格となったこともあり、第二新弟子検査を受験、合格を果たした。 2003年3月に前相撲でデビューし、翌5月には全勝で序ノ口優勝、7月では全勝で序二段優勝と順調に昇進したが、その後、三段目は5場所で通過し、2004年7月には初の幕下で2勝5敗と負け越した。
朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり、1980年9月27… 朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり、1980年9月27日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身の元大相撲力士、第68代横綱、モンゴル国レスリング協会会長。現在は実業家、モンゴル国民投資銀行(NIBank)の経営者、タレント、コメンテーター、評論家、映画俳優、慈善家として多方面に活躍している。本名はドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ(モンゴル語キリル文字表記:Долгорсүрэнгийн Дагвадорж、ラテン文字転写:Dolgorsürengiin Dagvadorj )。引退後は、「(元・横綱朝青龍の)ドルゴルスレン・ダグワドルジ氏」と報道等で紹介されることも多い。左利き。
駿河司 章洋(するがつかさ あきひろ、1980年8月11日 … 駿河司 章洋(するがつかさ あきひろ、1980年8月11日 - )は、静岡県袋井市出身で入間川部屋所属の元大相撲力士。本名は名倉 章洋(なぐら あきひろ)。身長183cm、体重149kg。最高位は西幕下筆頭(2010年1月場所)。
四ツ車 大八(よつぐるま だいはち、1980年7月24日 -… 四ツ車 大八(よつぐるま だいはち、1980年7月24日 - )は、岩手県花巻市出身で伊勢ノ海部屋所属の元大相撲力士。本名は山影 誠(やまかげ まこと)。身長184cm、体重154kg、血液型はO型。得意手は右四つ、寄り、投げ。最高位は西十両8枚目(2008年11月場所)。
高見藤 英希(たかみふじ ひでき、1980年5月15日 - … 高見藤 英希(たかみふじ ひでき、1980年5月15日 - )は、岡山県和気郡和気町(出生地は倉敷市玉島柏島)出身で東関部屋所属の元大相撲力士。本名は横山 英希(よこやま ひでき)。身長187cm、体重138kg、血液型B型、星座は牡牛座。得意技は突っ張り。最高位は東十両13枚目(2007年3月場所)。2007年6月18日に引退。 中学生時代には柔道に打ち込んでいたが、たまたま出場した地元の相撲大会で、岡山理科大学附属高校相撲部監督の田所実の目に留まり、中学3年時から同校相撲部での稽古に参加、翌年そのまま同校に入学した。高校3年時の高等学校相撲金沢大会では、決勝戦で文徳高校3年の内田水(後の小結・普天王)を破って優勝を果たした。
大雷童 太郎(だいらいどう たろう、1980年4月17日 -… 大雷童 太郎(だいらいどう たろう、1980年4月17日 - )は、福岡県大野城市出身で高田川部屋所属の現役大相撲力士。本名は山口 智史(やまぐち さとし)。身長173.2cm、体重149.3kg。得意技は、突き、押し。最高位は東十両2枚目(2006年1月場所)、血液型はA型。 1996年3月場所初土俵。初めて番付に載った翌5月場所では、7戦全勝で序ノ口優勝を果たした。突き押し相撲で、幕下中位までは順調に番付を上げ周囲から期待されたが、立合いが遅く、引いて押し出させる相撲が多かったため幕下上位に上がっても大負けすることが多く、定着するまで時間が掛かった。 2004年後半から幕下上位に定着し、2005年7月場所では4勝3敗と勝ち越し、4場所連続勝ち越しを決めた。
片山 伸次(かたやま しんじ、1979年9月6日 - )は、… 片山 伸次(かたやま しんじ、1979年9月6日 - )は、静岡県焼津市出身で阿武松部屋に所属した元大相撲力士。本名同じ。身長179cm、体重142kg。得意は押し相撲である。最高位は西前頭13枚目(2005年7月場所)。趣味は映画鑑賞。愛称は「四股の片山」、また部屋では「サップ」と呼ばれていた。血液型はAB型。好物は麺類、唐揚げ。最終学歴は専修大学卒業。 小学4年のころに相撲クラブに入り、小学6年で全国大会に出場する。中学、焼津水産高、専修大学でも相撲を続け、全日本相撲選手権大会では3位に入賞した。この成績ならかつては幕下付出デビューも可能だったが、2001年の規程改正で幕下付出は優勝が条件となり、惜しくも幕下付出デビューは果たせなかった。
重太郎(しげたろう、1979年(昭和54年)8月22日 - … 重太郎(しげたろう、1979年(昭和54年)8月22日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は服部 勝則(はっとり かつのり)。鳥取県米子市出身。九重部屋所属。血液型はB型。
朝陽丸 勝人(あさひまる まさと、1979年8月21日 - … 朝陽丸 勝人(あさひまる まさと、1979年8月21日 - )は、大阪府枚方市出身で高砂部屋所属の元大相撲力士。本名は、三好 正人(みよし まさと)、身長178cm、体重196kg、血液型A型。得意技は左四つ、寄り。最高位は西幕下2枚目(2003年1月場所)。 交野市立長宝寺小学校3年生から相撲を始めて古市道場で少年時代を過ごし、わんぱく相撲全国大会で3年連続わんぱく横綱となった。交野市立第四中学校3年時には全国都道府県中学生相撲選手権大会個人戦で優勝。長尾谷高等学校3年生時には高校横綱、近畿大学時代は突き押し相撲でアマ9冠に輝くとともに4年生の時にはアマチュア横綱を獲得した。 2002年(平成14年)3月場所、幕下15枚目格付け出しで初土俵を踏んだ。
恵那司 千浩(えなつかさ かずひろ、1979年7月9日 - … 恵那司 千浩(えなつかさ かずひろ、1979年7月9日 - )は、岐阜県恵那市(旧明智町)出身で入間川部屋に所属した元大相撲力士。本名は水野 千浩(みずの かずひろ)。 最高位は西幕下20枚目(2004年9月場所)。身長179cm、体重140kg、得意手は押し、左四つ、寄り。 血液型はB型。趣味は温泉サウナ巡り、食べ飲み歩き。 2歳の時に父を亡くし、母と兄の3人家族に育つ。小学生の頃は新聞配達を手伝った。中学卒業後に入間川部屋に入門し、1995年5月場所において初土俵を踏んだ。2000年3月場所において幕下へ昇進するものの、関取への昇進は果たせず、現役晩期は幕下と三段目との往復が続いていた。また、相撲甚句を担当していた。
魁将龍 邦昭(かいしょうりゅう くにあき、1979年7月3日… 魁将龍 邦昭(かいしょうりゅう くにあき、1979年7月3日 - )は、東京都江東区出身で友綱部屋所属の元大相撲力士。本名は、西野 邦昭(にしの くにあき)。大相撲時代の体格は身長196cm、体重149kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は西幕下6枚目(2004年7月場所)。 大関・魁皇の付け人を務め、懐の深い取り口で投げも得意とした。趣味は読書、スポーツ観戦、映画鑑賞。好きな食べ物は和食。スポーツ歴はバスケットボール、野球、柔道。 1995年3月場所、本名西野の四股名で初土俵、同期生には小結・栃乃花、幕内・大碇、十両・豊乃國らがいる、一番出世を果たし2003年9月場所から連続して勝ち越し、2004年7月場所は自己最高位の西幕下6枚目まで番付を上げた。
豪風 旭(たけかぜ あきら、1979年6月21日 - )は、… 豪風 旭(たけかぜ あきら、1979年6月21日 - )は、秋田県北秋田郡森吉町(現・北秋田市)出身で尾車部屋に所属した元大相撲力士。本名は成田 旭(なりた あきら)、愛称はアキラ。身長172cm、体重152kg、血液型はAB型。得意技は突き、押し、一本背負い。最高位は西関脇(2014年9月場所)。現在は年寄・押尾川。 秋田県県民栄誉章受章・北秋田市市民栄誉賞受章・北秋田市ふるさと大使。 小学生の時は相撲部に所属。森吉町立森吉中学校時代はただ勉強を教えるだけではなく生徒をきちんと把握した学校の先生に憧れており、この頃から教師を志していた。中学時代に務めた学級委員長としては朝礼の時間の小テストを提案し、生徒たちからブーイングを受けたと、後に2019年3月場所前の相撲誌の記事で明かしている。
剣武 輝希(つるぎだけ てるき、1979年2月7日 - )は… 剣武 輝希(つるぎだけ てるき、1979年2月7日 - )は、埼玉県秩父郡小鹿野町出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名は宮本 一輝(みやもと かずてる)。身長181cm、体重168kg。最高位は西前頭16枚目(2011年11月場所)。得意技は突き・押し、血液型はB型。 小鹿野町で温泉旅館「宮本家」を経営する一家の長男として生まれる。埼玉県立秩父農工高等学校から教員志向の強い日本体育大学を経て角界入り。日体大を卒業しての角界入りは史上初めてだった。大学時代の同期には同部屋となる垣添(現・雷)がいる。同じ場所で初土俵を踏んだ力士に後の横綱・白鵬や幕内・猛虎浪がいる(ちなみに両者とも対戦経験は無い)。
安美錦 竜児(あみにしき りゅうじ、1978年10月3日 -… 安美錦 竜児(あみにしき りゅうじ、1978年10月3日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)所属の現役大相撲力士。本名は杉野森 竜児(すぎのもり りゅうじ)、愛称は「リュウジ」。インターネット上では「あみたん」とも呼ばれる。身長184cm、体重145kg、血液型はA型、星座は天秤座。得意手は、右四つからの寄り、出し投げ、力も強く独特の間合いをとり変化も使う。四股名は、「故郷に錦を飾る」との意味を込めて師匠の伊勢ヶ濱親方(当時の安治川親方)が命名した。趣味はテレビゲーム。好物はワイン、甘口のカレーライス。嫌いなものは梅全般。最高位は東関脇(2007年9月場所 - 2008年1月場所)。いつも微妙な取り組みにより行司が軍配を上げにくい相撲をとるため「行司泣かせ」の異名を持つ[4]。
華王錦 武志(かおうにしき たけし、1978年9月14日 -… 華王錦 武志(かおうにしき たけし、1978年9月14日 - )は、秋田県仙北郡美郷町(旧同郡仙南村)金沢出身で東関部屋に所属した元大相撲力士。本名は村田 武志(むらた たけし)。179cm、163kg。血液型はA型。星座は乙女座。得意技は突き・押し。最高位は西十両6枚目(2011年7月場所)。 仙南中学校(現・美郷中学校)時代に相撲部に入部し、1993年(平成5年)の全国都道府県中学生相撲選手権大会、全国中学校相撲選手権大会では団体ベスト8、個人でもベスト8に入っている。秋田県立大曲農業高等学校時代には国体にも出場している。東洋大学に進学し、大学4年次には主将として全国学生選手権(インカレ)団体優勝を果たした。
垣添 徹(かきぞえ とおる、1978年8月12日 - )は、… 垣添 徹(かきぞえ とおる、1978年8月12日 - )は、大分県宇佐市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名同じ。愛称はトオル、カッキー。身長177cm、体重139kg、血液型はA型。最高位は東小結(2004年3月場所)。得意手は突き、押し。現在は年寄・雷。趣味は音楽鑑賞とサウナ入浴。 小学校時代にはわんぱく相撲全国大会に出場し、中学時代には全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学生横綱となり、地元ではその強さが知れ渡っていた。中学時代には相撲部でありながら陸上競技の地区大会にも出場して活躍し、100メートル走で優勝している。また、大分の同郷である横綱・双葉山の生涯がNHKにてドラマ化された際には、少年時代の垣添が少年時代の双葉山役として出演を果たしている。
若東龍 秀史 (わかとうりゅう ひでふみ、1978年7月27… 若東龍 秀史 (わかとうりゅう ひでふみ、1978年7月27日 - )は,、茨城県筑西市(旧真壁郡関城町)出身で松ヶ根部屋に所属した元大相撲力士。本名は野寺 秀史(のでら ひでふみ)。身長177cm、体重156kg。趣味は読書。最高位は西十両3枚目(2001年5月場所)。得意技は突き、押し。 野寺農機商会・新日本交通の二男で、幼い頃から相撲を始めて小学校4年生から3年連続で全国大会に出場しており、中学校3年生の頃には相撲界への入門を決意していた。相撲の他には柔道を習っており、筑西市立関城西小学校3~4年生まで「ムテキンズ」で野球を経験した後に柔道を習い始め、筑西市立関城中学校に入学してからは2年生まで柔道部に所属した。
琴国 晃将(ことくに あきまさ、1978年7月10日 - )… 琴国 晃将(ことくに あきまさ、1978年7月10日 - )は、岡山県真庭市(旧真庭郡勝山町)出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は作田 幸寛(さくた ゆきひろ)。 現役時代の体格は身長186cm、体重157kg、血液型AB型。得意は左四つ、寄り、押し。最高位は西十両4枚目(2009年5月場所)。 1993年、先代(12代目)佐渡ヶ嶽親方(第53代横綱・琴櫻)にスカウトされ、中学卒業後入門。入門に至ったのは、先代佐渡ヶ嶽に「今日もランニングに筋トレか。自主的によく体を鍛えているんだな。」と感心されたからであった。 1994年の3月場所に前相撲で初土俵。9月場所に序二段、1996年7月場所に三段目、2000年3月場所から2002年3月場所、2002年7月場所から2006年7月場所、2006年11月場所から2008年11月場所まで幕下。
師子王 正樹(ししおう まさき、1978年7月4日 - )は… 師子王 正樹(ししおう まさき、1978年7月4日 - )は、大阪府藤井寺市出身で八角部屋に所属した元大相撲力士。本名は野口 正樹。身長179cm、体重122kg。最高位は西幕下筆頭(2002年11月)。 藤井寺市立第三中学校では野球部に所属していたが、ドラマ『千代の富士物語』を見て力士を志した。大阪市阿倍野区でちゃんこ店を経営していた元幕下・雷光山の紹介で八角部屋に入門し、1994年3月場所で初土俵を踏む。同期・同部屋・同学年の雷光は、ともに大阪府出身で雷光山の紹介で入門したことまで共通している。1994年9月場所で序ノ口優勝決定戦に進み、1996年5月場所では序二段72枚目で7戦全勝、決定戦に進出した。
富士夫(ふじお、1978年(昭和53年)5月16日 - )は… 富士夫(ふじお、1978年(昭和53年)5月16日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は小野寺 真将(おのでら しんすけ)。宮城県気仙沼市出身。安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋所属。血液型はO型。
潮丸 元康(うしおまる もとやす、1978年5月11日 - … 潮丸 元康(うしおまる もとやす、1978年5月11日 - 2019年12月13日)は、静岡市葵区出身で東関部屋に所属した大相撲力士。本名は佐野 元泰(さの もとやす)、愛称は「ウッシー」。現役時は身長176cm、体重169kg。最高位は西前頭10枚目(2002年11月場所)。生前は年寄・東関として、東関部屋の師匠を務めていた。 現役時代は童顔と相撲人形のような体つきでファンの人気を集めた。その丸々としたあんこ型の体型を生かした突き押し相撲を得意としたほか、差し身が良く、もろ差しや右差しの体勢からの寄りを見せる事も多かった。 明るい性格でカラオケを趣味としていた。血液型はB型。 一人っ子として生まれる。
5代木村善之輔(ごだい きむら ぜんのすけ、1978年(昭和… 5代木村善之輔(ごだい きむら ぜんのすけ、1978年(昭和53年)4月4日 - )は、大相撲の十両格行司である。本名は木村 誠(きむら まこと)。春日野部屋所属。血液型はO型。 埼玉県富士見市出身。1994年5月場所で木村将二の名で初土俵を踏む。2015年5月場所十枚目格昇進、5代木村善之輔に改名。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
霜鳥 典雄(しもとり のりお、1978年3月18日 - )は… 霜鳥 典雄(しもとり のりお、1978年3月18日 - )は、新潟県新井市(現・妙高市)出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名同じ。身長188cm、体重152kg 、血液型はB型。得意技は右四つ、寄り。最高位は西小結(2004年3月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。 小中学生の頃は、空手や柔道、水泳と様々なスポーツに親しむが、新潟県立高田農業高等学校で相撲部に勧誘され、才能を開花させる。3年生の時国体で5位に入賞。その後東京農業大学に進学して相撲部で活躍した後、時津風部屋に入門。2000年3月場所に幕下付出で初土俵を踏む予定であったが、知人の運転する車に同乗した際に事故に巻き込まれて全治5週間の怪我をしたため、初土俵は同年の5月場所にずれ込んだ。
弘行(ひろゆき、1978年(昭和53年)3月14日 - )は… 弘行(ひろゆき、1978年(昭和53年)3月14日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は今 弘行(こん ひろゆき)。青森県青森市出身。峰崎部屋→西岩部屋所属。血液型はA型。
錦風 真悟(にしきかぜ しんご、1978年2月14日 - )… 錦風 真悟(にしきかぜ しんご、1978年2月14日 - )は、東京都江戸川区出身(後に北海道浜益郡浜益村を経て合併により石狩市に変更)で、尾車部屋に所属していた元大相撲力士。現在は世話人。本名は足達 康之。現役時代の体格は身長179cm、体重147kg、得意技は左四つ、寄り、押し。最高位は西幕下筆頭(2001年7月場所)。 両国に近い江戸川区に生まれ、何度か相撲を見に国技館まで足を運んだことがあり、師匠の尾車(元大関・琴風)とは小学校時代に参加した部屋での稽古で縁ができた。その厳しさゆえに当時小学生であった足達は泣いたが、稽古後に振る舞われた女将の手製ハンバーグに感激し、この時点で気持ちが入門に傾いた。
合田 正和(ごうだ まさかず、1977年12月22日 - )… 合田 正和(ごうだ まさかず、1977年12月22日 - )は、香川県観音寺市(伊吹島)出身でXリーグの相模原ライズ所属のアメリカンフットボールプレイヤー、二子山部屋所属の元大相撲力士。ポジションはOL(オフェンスライン)、身長191cm、体重135kg。大相撲時代の四股名は貴伊吹(たかいぶき)、最高位は序二段80枚目。 伊吹中学校在籍時は陸上部に所属し、砲丸投げで県大会優勝。 中学時代から巨漢であったため大相撲の二子山親方(元大関貴ノ花)にスカウトされ角界入り。1993年3月場所、貴伊吹の四股名で初土俵。1994年5月場所で自己最高位の序二段西80枚目。1995年3月場所限りで引退、帰郷。 その後尽誠学園高等学校に入学し、再び陸上部砲丸投げ選手となる。
旭南海 丈一郎(きょくなんかい じょういちろう、1977年1… 旭南海 丈一郎(きょくなんかい じょういちろう、1977年12月14日 - )は、鹿児島県大島郡天城町出身で大島部屋に所属した元大相撲力士。本名は健 博一(けん ひろかず)、愛称はケン。身長180cm、体重142kg、血液型はA型。得意手は食い下がり、出し投げ、左四つ。最高位は東前頭16枚目(2010年9月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。 1992年に同郷の徳之島出身である大島部屋の旭道山が徳之島へスカウトに来た際に自ら入門を志願して、中学卒業と同時に大島部屋に入門し、1993年3月場所において初土俵を踏んだ。1995年11月場所に三段目へ昇進し、1999年11月場所に幕下へ昇進したものの、幕下昇進から5年以上にわたって幕下中位から下位に在位し続けた。
木村 吉二郎(きむら きちじろう、1977年12月10日 -… 木村 吉二郎(きむら きちじろう、1977年12月10日 - )は、大相撲の十両格行司である。本名は西野 昌宏(にしの まさひろ)。放駒部屋→芝田山部屋所属。血液型はA型。 東京都荒川区出身。父は渥美二郎の専属司会者を務めており、その影響で幼少期より普通のサラリーマン生活より誰も経験できないような職に就きたいと考えていた。その父と当時放駒部屋の師匠だった17代放駒(元大関・魁傑)が知り合いだったことから、父に「行司になれ」と言われ、いつの間にか担任とも話がついており知らぬ間に放駒部屋入門が決まったという。 中学校卒業後の1993年5月場所、15歳で初土俵。初土俵から名乗る行司名「吉二郎」は、父親の名と渥美の名に由来する。
北勝力英樹(ほくとうりき ひでき 1977年10月31日 -… 北勝力英樹(ほくとうりき ひでき 1977年10月31日 - )は、栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)出身(出生地は東京都大田区)で八角部屋(入門時は九重部屋)に所属した元大相撲力士。本名は木村 英樹(きむら ひでき)、愛称はリキ。 身長182cm、体重153kg、趣味は音楽鑑賞。得意技は突き、押し。最高位は西関脇(2004年7月場所)。引退後は年寄谷川。 タクシー運転手の次男。東京都大田区に生まれ育ったが、両親の出身地である栃木県那須郡黒羽町(現在の大田原市)を出身地としている。 釣りやザリガニ釣り、夏には花火と、自宅の目の前を流れる多摩川を満喫して幼少期を過ごした。両親の故郷である黒羽町にも頻繁に行き、川遊びを楽しんだ。
皇牙 篤(おうが あつし、1977年10月22日 - )は、… 皇牙 篤(おうが あつし、1977年10月22日 - )は、福岡県直方市出身で高砂部屋所属の元大相撲力士、本名は森安 篤(もりやす あつし)。大相撲時代は、身長180cm、体重123kg。得意手は右四つ、食い下がり。趣味は、映画鑑賞。最高位は東十両6枚目(2006年11月場所)、血液型B型、星座は天秤座。 「皇牙」という四股名は、同じ直方市立直方第二中学校出身の魁皇と、長年付き人を務めていた闘牙の両関取から一字ずつ取って闘牙が名付けた。 朝青龍の横綱昇進後、2004年1月場所から2007年3月場所まで弓取式を務めていた。 2006年3月場所では、自己最高位となった東幕下4枚目で5勝2敗という成績を上げ、同年3月29日の番付編成会議において翌場所の十両昇進が決定した。
若天狼 啓介(わかてんろう けいすけ、1977年10月18日… 若天狼 啓介(わかてんろう けいすけ、1977年10月18日 - )は、北海道根室市出身で間垣部屋に所属した元大相撲力士。本名は上河 啓介(かみかわ けいすけ)、愛称はケイスケ。身長184cm、体重170kg、血液型はAB型。得意手は突き、押し。趣味はウエイトトレーニング。最高位は西十両2枚目(2010年9月場所)。2011年4月に引退。 根室市立光洋中学校を卒業後に間垣部屋に入門し、1993年3月場所に初土俵を踏んだ。序二段と三段目でかなり苦労したものの、幕下に昇進してからは着実に番付を上げて行き、2001年1月場所から5場所連続して5勝2敗の好成績を残し、同年11月場所に新十両への昇進を果たした。
大子錦 大伍郎(だいごにしき だいごろう、1977年10月1… 大子錦 大伍郎(だいごにしき だいごろう、1977年10月12日 - )は、茨城県久慈郡大子町出身で高砂部屋に所属した元大相撲力士。本名は齋藤 佳信(さいとう よしのぶ)。身長176cm、体重188kg、血液型はA型。最高位は西三段目77枚目(2002年9月場所)。 茨城県立大子第一高等学校(現・茨城県立大子清流高等学校)出身。 高校時代はレスリングに没頭し、在学中に体重が120kgに達した。3年生の夏休み期間中に高砂部屋の関係者・久慈乃里(高砂部屋の同郷力士)の父・高校の担任教諭の3名が齋藤の元を訪れ、高砂部屋への勧誘が行われた。齋藤は入門を断ったが、夏休み明けの9月に当時現役で同部屋の幕内力士として有名だった水戸泉が勧誘のために学校に訪問したため、学校中が騒然となった。
玉乃島新(たまのしま あらた、1977年9月15日 - )は… 玉乃島新(たまのしま あらた、1977年9月15日 - )は、片男波部屋に所属した元大相撲力士。得意技は、左四つ、寄り、右おっつけ、突っ張り。最高位は西関脇(2004年1月場所)。現在は年寄・放駒を名乗る。
琴春日 桂吾(ことかすが けいご、1977年8月25日 - … 琴春日 桂吾(ことかすが けいご、1977年8月25日 - )は、福岡県春日市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は山田 桂吾(やまだ けいご)、愛称はケイゴ。身長182cm、体重150kg、血液型はB型。得意手は左四つ、寄り、投げ。趣味はテレビゲーム。最高位は、東前頭7枚目(2010年11月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。 春日市立須玖小学校時代はソフトボールの選手であり、春日市立春日中学校時代は野球部のエースだった。中学卒業後佐渡ヶ嶽部屋に入門し、1993年3月場所に初土俵を踏んだ。当時の四股名は琴ノ山。序ノ口時代は現安田大サーカスのHIROにも敗れるなど苦戦し、軽量なため幕下以下で長期にわたり低迷していた。
雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年(昭和52年)7月… 雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年(昭和52年)7月28日 - )は、茨城県水戸市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名は竹内 雅人(たけうち まさと)。最高位は西大関。現在は年寄・二子山。 3人きょうだいの長男(第2子。姉と妹がいる) として茨城県水戸市で生まれる。実家は茨城県内にバス路線網を持つ旧茨城交通グループのオーナー一族である。小学生時代には空手やソフトボール、バスケットボールに取り組んでいたが、小学校6年時に担任の先生から「大会で勝ったら、焼肉をいっぱい食べさせてあげるから」と言われ水戸市の少年相撲大会に出場したところ優勝したことで相撲に興味を持ち始める。
鳥羽の山 喜充(とわのやま よしみつ、1977年7月10日 … 鳥羽の山 喜充(とわのやま よしみつ、1977年7月10日 - )は、東京都豊島区出身で出羽海部屋に所属していた元大相撲力士。本名は、小林 昭仁(こばやし あきひと)。身長191cm、体重202kg、血液型はA型。得意技は右四つ、寄り。最高位は西前頭13枚目(2002年3月場所)。好物はスイカ。 11代境川(後の10代出羽海)の勧誘を受け高校を1年途中で中退し、出羽海部屋に入門。1993年11月場所に初土俵を踏んだ。入門前はブラスバンド部の所属であり運動経験はほぼ無かったものの「体が大きかった。誰でもできる仕事じゃなく自分にしかできないことがしたかった」という理由で入門を決意した。長身の懐の深さを生かした四つ相撲で番付を上げて行った。
悟(さとる、1977年(昭和52年)6月17日 - )は、大… 悟(さとる、1977年(昭和52年)6月17日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は山﨑 悟(やまざき さとる)。静岡県湖西市出身。荒磯部屋→松ヶ根部屋→二所ノ関部屋→放駒部屋所属。血液型はA型。
若兎馬 裕三(わかとば ひろみ、1977年6月15日 - )… 若兎馬 裕三(わかとば ひろみ、1977年6月15日 - )は、東京都府中市出身で尾車部屋(入門当時は押尾川部屋)に所属した元大相撲力士。本名は山田 裕三(やまだ ひろみ)。身長175cm、体重140kg。得意技は右四つ、寄り。最高位は前頭11枚目(2003年11月場所)。引退後は一時年寄「押尾川」を襲名していた。 府中市立府中第八中学校時代は全国中学校相撲選手権大会に出場するなど活躍した。中学卒業後に押尾川部屋に入門し、1993年3月場所に初土俵を踏んだ。幕下までは順調に番付を上げた。しかし、幕下上位の壁は厚く幕下中位で長く低迷した。1999年11月場所に三段目に陥落。一時は引退も考えたが、そこから8場所連続で勝ち越し、2001年3月場所には東幕下2枚目まで番付を上げた。
栃不動 周二(とちふどう しゅうじ、1977年6月14日 -… 栃不動 周二(とちふどう しゅうじ、1977年6月14日 - )は、埼玉県朝霞市出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は藤原 周二(ふじわら しゅうじ)。身長190cm、体重168kg。最高位は西十両12枚目(2004年1月場所)、血液型はA型。 小学校時代から相撲を初め、朝霞市立朝霞第二中学校時代は柔道部に所属していたが相撲も取り続けた。中学卒業と同時に春日野部屋に入門。1993年(平成5年)3月場所に初土俵を踏んだ。同年9月場所には序ノ口で6勝1敗の成績で優勝決定戦に進出、実兄・藤原(最高位は序二段)と対戦し惜しくも敗れ優勝を逃した。これは本場所の土俵で史上初めての兄弟対決となったことから、当時は話題になった。
木村 千鷲(きむら ちしゅう、1977年(昭和52年)4月1… 木村 千鷲(きむら ちしゅう、1977年(昭和52年)4月17日 - )は、大相撲の十両格行司である。本名は小林 亮太(こばやし りょうた)。出羽海部屋所属。血液型はB型。 埼玉県川口市出身。1993年11月場所、3代木村保之助の名で初土俵を踏む。 2007年1月場所幕下格昇進、このときに4代木村林之助を襲名したが、2010年1月から2月に亘る不祥事(当時の妻及び実子への暴行)により、執行猶予付きの有罪判決を受け、2010年11月場所と2011年1月場所の2場所は出場停止の処分となった。これを機に2011年1月場所に木村林之助の名跡を返上し木村千鷲に改名した。2015年5月場所十枚目格に昇進。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。
秋乃峰 將司(あきのみね しょうじ、1977年3月27日 -… 秋乃峰 將司(あきのみね しょうじ、1977年3月27日 - )は、神奈川県小田原市出身で峰崎部屋所属の元大相撲力士。本名は秋山 隆司(あきやま たかし)。身長191.3cm、体重146kg。血液型はA型。星座は牡羊座。得意手は右四つ、寄り。最高位は東幕下26枚目(2004年7月場所)。 相洋高校3年次在学中の1995年1月場所、峰崎部屋から初土俵。同期生には元十両・北勝光がいる。同年5月場所は西序二段156枚の地位で5連勝し、序二段の優勝争いに加わっていたが、6番相撲で栃不動に敗れて優勝を逃す。1996年5月場所、3人による優勝決定戦を制し、序二段優勝。この優勝決定戦は巴戦形式で行われたが、2周目までもつれ込む、珍しいケースだった。
澤勇 智和(さわいさむ ともかず、1977年2月7日 - )… 澤勇 智和(さわいさむ ともかず、1977年2月7日 - )は、東京都品川区出身で式秀部屋に所属した元大相撲力士。本名は澤原 知和(さわはら ともかず)。最高位は東序二段53枚目(2014年7月場所)。好物は桃である。 1992年7月場所、本名の「澤原」の四股名で初土俵を踏む。序ノ口は2場所目で勝ち越したが、初めて序二段で相撲を取った1993年1月場所で7戦全敗。序ノ口に陥落した翌3月場所は頸椎の負傷により休場し番付外に陥落。以降も9場所連続で休場し、1994年11月場所で11場所ぶりに前相撲から復帰。番付に名前が戻った1995年1月場所前には、式秀部屋と出身地の品川にちなみ、四股名を「式乃川」(しきのかわ)に改めた。
朝ノ霧 満(あさのきり みつる、1977年(昭和52年)1月… 朝ノ霧 満(あさのきり みつる、1977年(昭和52年)1月5日 - )は、兵庫県明石市出身で若松部屋に所属した元大相撲力士。本名は吉村 福満(よしむら ふくみつ)。最高位は東三段目56枚目(2000年5月場所)。身長179cm、体重105kg。得意手は左四つ、下手投げ。 明石市立朝霧中学校を卒業し1992年(平成4年)3月場所に元大関朝潮の若松部屋に入門(部屋の同期に幕下60枚目格付出の朝乃若と朝乃翔がいる)。 当初は比較的小柄な体格の上、すぐに体調を崩す、兄弟子とのコミュニケーションが取れないなどで、脱走は時間の問題と危惧された程だったが、熱心に稽古に勤しみ徐々に力を発揮し、1998年11月場所で三段目に昇進。
出羽乃富士 智章(でわのふじ ともあき、1976年12月4日… 出羽乃富士 智章(でわのふじ ともあき、1976年12月4日 - )は、長崎県大村市出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は冨永 友和(とみなが ともかず)。身長184cm、体重138kg。最高位は西十両9枚目(2003年3月場所)。得意技は右四つ、寄り、投げ。血液型B型、星座は射手座、干支は辰年。 中学時代(大村市立郡中学校)は柔道部に所属していた。同じ市内の大村市立大村中学校で1学年先輩の金(金開山)が出羽海部屋に入門する際に出羽海(元横綱・佐田の山)に紹介された。中学卒業後に出羽海部屋に入門し、1992年3月場所に初土俵を踏んだ。相撲経験は無かったが着実に番付を上げ、初土俵から僅か2年半で幕下に昇進した。