琴吉(ことよし、1970年9月15日 - )は、大相撲の呼出… 琴吉(ことよし、1970年9月15日 - )は、大相撲の呼出。本名:高橋正樹(たかはし まさき)。茨城県北相馬郡取手町(現:取手市)出身。佐渡ヶ嶽部屋所属。血液型:B型。 「吉」の正確な表記は「」(「土」の下に「口」、つちよし)である。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
職業が相撲:1,301人
琴吉(ことよし、1970年9月15日 - )は、大相撲の呼出… 琴吉(ことよし、1970年9月15日 - )は、大相撲の呼出。本名:高橋正樹(たかはし まさき)。茨城県北相馬郡取手町(現:取手市)出身。佐渡ヶ嶽部屋所属。血液型:B型。 「吉」の正確な表記は「」(「土」の下に「口」、つちよし)である。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
大殿 英武(だいでん えいぶ、1970年9月8日 - )は、… 大殿 英武(だいでん えいぶ、1970年9月8日 - )は、青森県青森市出身で大鵬部屋に所属した元大相撲力士。本名は伊藤 英武(いとう えいぶ)。身長175cm、体重127kg。得意手は左四つ、下手投げ。趣味は音楽鑑賞。最高位は西十両13枚目(1994年3月場所)。 青森市立甲田中学校時代は柔道部に所属し、全国大会に出場するなど活躍した。中学卒業時に角界入りを希望していたが、身長が足らずに一旦は断念し、青森県立青森北高等学校に進学した。しかし、大鵬親方(元横綱・大鵬)から「身長が伸びたら来なさい」と言われたことで、身長が規定に達したため高校を中退して上京し、大鵬部屋に入門した。1986年9月場所に初土俵を踏んだ。
市場 孝之(いちば たかゆき、1970年9月8日 - )は、… 市場 孝之(いちば たかゆき、1970年9月8日 - )は、和歌山県田辺市出身の元大相撲力士、元プロ野球選手(外野手)。 大相撲廃業後にNPBに進んだという異色の経歴の持ち主。 田辺市立明洋中学校時代は野球部で4番を打つ傍らで相撲部でも活躍し、1986年3月の中学卒業と同時に佐渡ヶ嶽部屋に入門して同年3月場所に琴市場(こといちば)の四股名で初土俵を踏んだ。1987年3月場所では6勝1敗の好成績をおさめ、翌5月場所には自己最高位となる序二段42枚目まで昇格したが左膝捻挫のために途中休場し、同年9月場所限りで廃業した。 大相撲廃業後は、1988年4月に国際海洋高校へ入学するとともに、野球部に入部した。
若八嶋 泰成(わかやしま たいせい、1970年8月14日 -… 若八嶋 泰成(わかやしま たいせい、1970年8月14日 - )は、石川県河北郡出身で松ヶ根部屋所属の元大相撲力士。本名は、室谷弘樹(むろたに ひろき)。体格は身長180cm、体重163kg。得意手は突き、押し。最高位は幕下東16枚目(1995年1月場所)。
巌雄 謙治(がんゆう けんじ、1970年8月6日 - )は、… 巌雄 謙治(がんゆう けんじ、1970年8月6日 - )は、兵庫県姫路市出身で北の湖部屋に所属した元大相撲力士。 本名は平野 建司(ひらの けんじ、後に兼司)、李 建司。身長185cm、体重173kg。得意技は右四つ、寄り、叩き。最高位は西前頭筆頭(1997年9月場所)。現在は年寄、山響。 姫路市立朝日中学校時代はバスケットボールや砲丸投などに借り出されていたが、中学校3年から新日本製鐵広畑相撲教室に通い本格的に相撲を始めた。引退間もない北の湖親方に入門を勧められ、1986年3月場所で初土俵を踏む。ちなみに彼が北の湖部屋最初の入門力士(北の湖の一番弟子)である。 入門から2年半で幕下に昇進するなど早くから頭角を現すが、一時は怪我で序二段に下がるなど苦労した。
出羽嵐 大輔(でわあらし だいすけ、1970年(昭和45年)… 出羽嵐 大輔(でわあらし だいすけ、1970年(昭和45年)7月28日 - 2010年(平成22年)3月30日)は、長崎県対馬市(旧上県郡上県町)出身で出羽海部屋に所属した大相撲力士。本名は須川 清(すがわ きよし)。身長184cm、体重186kg。得意手は突き、押し、右四つ、寄り。最高位は西前頭14枚目(1998年(平成10年)7月場所)、血液型はO型、趣味は映画鑑賞。 本場所の場内アナウンスにおいては「長崎県上県郡上県町出身」ではなく「長崎県対馬出身」と紹介されていた。 地方公務員の二男として誕生し、上県町立佐護中学校ではバレーボールと柔道で活躍し、体格と運動神経を見出されて中学卒業後の角界入りを勧められたが、気が進まず断り長崎県立対馬高等学校に入学。
床大(とこだい、1970年7月24日 - )は、大相撲の床山… 床大(とこだい、1970年7月24日 - )は、大相撲の床山。本名は大橋太司。新潟県三条市出身。陸奥部屋→音羽山部屋所属。現在一等床山を務めている。
隆二(りゅうじ、1970年(昭和45年)7月23日 - )は… 隆二(りゅうじ、1970年(昭和45年)7月23日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は高橋 隆二(たかはし りゅうじ)。神奈川県横須賀市出身。宮城野部屋→伊勢ヶ濱部屋所属。血液型はO型。
2代 木村 秋治郎(にだい きむら あきじろう、本名:中澤 … 2代 木村 秋治郎(にだい きむら あきじろう、本名:中澤 繁広(なかざわ しげひろ)、1970年7月5日 - )は大相撲の幕内格行司である。兵庫県加古川市出身。三保ヶ関部屋→春日野部屋所属。血液型はA型。 加古川市高砂市組合立宝殿中学校時代は柔道に打ち込み加古川市の大会で優勝した実績を持つ。中学校の先輩である清見潟親方(元幕内・大竜川)にスカウトされて中学卒業後に三保ヶ関部屋に入門。当初は力士志望だったが、身長が2センチ足りず新弟子検査に4度不合格の末、師匠である10代三保ヶ関(元大関増位山太志郎)の勧めで行司に転身した。 力士志望だっただけあって、あんこ型の体つきと、荒々しい掛け声が特徴。 2013年7月場所、幕内格行司に昇進。
豊富士 修(ゆたかふじ おさむ、1970年4月14日 - )… 豊富士 修(ゆたかふじ おさむ、1970年4月14日 - )は、新潟県十日町市出身で時津風部屋所属の元大相撲力士。本名は鈴木 修(すずき おさむ)。身長186cm、体重179kg。最高位は西十両5枚目(1993年5月場所)。得意技は突き、押し。血液型B型。 飲食店「ごっちゃん亭」の二男で、子供の時から野球やスキーか好きで、相撲も始めたが奉納相撲で取る程度だった。十日町市立南中学校では相撲部に所属し、新潟県大会では3年間連続の個人優勝を果たし、全国大会にも出場し活躍した。その活躍を聞いた同郷で元時津風部屋の凱皇から勧誘されたので、自分の力を試そうと考えて入門を決意した。中学卒業と同時に知人の紹介で時津風部屋に入門。
木村 誠司郎(きむら せいしろう、本名:蠣崎献二、1970年… 木村 誠司郎(きむら せいしろう、本名:蠣崎献二、1970年3月4日 - 2003年12月26日)は、九重部屋に所属していた大相撲の行司であった。最高位は幕下格。千葉県銚子市出身。 初土俵当初は木村献二の行司名で、下の名前は本名を使っていた。序二段格の1988年1月場所で木村榮ノ助に改名した。 幕下格の1993年の1年間のみ、木村海颯聖(きむらみさき)という、行司名としては珍名・難読に当たる名前を名乗った。これは自ら考えて命名したという。 その後、木村誠司郎に改名して幕下格行司を務めるが、控えに座っていたときに取組をしていた落ちてくる力士にのしかかられた影響で出場できない状態となり、2003年1月場所から全休を続けた。
蒼樹山 秀樹(あおぎやま ひでき、1970年〈昭和45年〉2… 蒼樹山 秀樹(あおぎやま ひでき、1970年〈昭和45年〉2月18日 - )は、滋賀県彦根市出身で時津風部屋所属の元大相撲力士。現在は年寄・枝川。本名は寺木秀樹(てらき ひでき)。身長181cm、体重153kg。最高位は西前頭筆頭(1996年7月場所、1998年5月場所)。得意技は突っ張り、押し。趣味はパチンコ、テレビゲーム、音楽鑑賞。愛称にはテラーキ、アオちゃん、血液型はB型。 飲食店の次男坊に生まれ、小中時代は野球をやっていたが、先に大相撲入りしていた兄の廃業を機に意志を継ぐ形で大相撲入りを決意、彦根市立東中学校卒業後の1985年3月場所初土俵。 前相撲は一番出世だったものの、序ノ口に付いてから10連敗した。
大日ノ出 崇揚(おおひので たかあき、1970年1月19日 … 大日ノ出 崇揚(おおひので たかあき、1970年1月19日 - )は、兵庫県宍粟郡千種町(現:兵庫県宍粟市)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。本名は西田 崇晃(にしだ たかあき)。最高位は西前頭9枚目(1999年5月場所)。 1970年1月19日に兵庫県宍粟郡千種町(現:兵庫県宍粟市)で、税理士として勤務している家に長男として生まれる。西田家の親戚に阪神タイガースの二塁手がいたために、千種町立千種南小学校3年生の時にリトルリーグへ入団、投手兼4番打者として活躍し、千種町立千種中学校では硬式野球部に所属した。 これまで野球一筋で活躍していたことで相撲の経験は全く無かったが、中学3年生の時に中学校側が試し半分で宍粟郡の相撲大会に出場したところ、順調に勝ち進んで兵庫県大会へ出場、さらに近畿大会で活躍したことで市川高等学校から勧誘された。
火の竜 清徳(ひのりゅう きよのり、1970年1月19日 -… 火の竜 清徳(ひのりゅう きよのり、1970年1月19日 - )は、東京都日野市出身で高砂部屋所属の元大相撲力士・元飲食店経営者・現在は株式会社KP所属のタレント。本名は平野 清徳(ひらの きよのり)。身長185cm、体重155kg、血液型B型。最高位は東幕下48枚目(1995年9月場所)。 火の竜の名は大相撲力士時代の1986年9月場所から四股名として名乗り始めて以降、タレントに転身した現在も芸名として名乗り続けている。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
朝乃翔 嚆矢(あさのしょう はじめ、1969年12月23日 … 朝乃翔 嚆矢(あさのしょう はじめ、1969年12月23日 - )は、神奈川県小田原市出身(出生地は横浜市)の元大相撲力士。本名は小塚 一(こづか はじめ、旧姓は大澤)、身長185cm、体重147kg、血液型O型。得意手は突っ張り、押し。現役時は若松部屋所属で最高位は西前頭2枚目(1997年3月場所、1999年9月場所)。現在は会社員の傍ら、相撲協会の評議員を務めている。 小田原市立鴨宮中学校時代はバレーボール部に所属していたが、相洋高等学校に進学してからは相撲部に入部した。近畿大学に進むと、後に朝乃若となる足立武彦らとともに活躍した。1992年3月場所に幕下60枚目格付出しで初土俵を踏んだ。当時の本名の大澤を四股名として順調に番付を上げて行き1993年3月場所に新十両。
高見若 清一(たかみわか きよかず、1969年12月12日 … 高見若 清一(たかみわか きよかず、1969年12月12日 - 1996年10月23日)は、新潟県三条市出身で、東関部屋所属だった元大相撲力士。本名は星野 清(ほしの きよし)。身長188cm、体重127kg。 1969年12月12日、新潟県三条市に生まれる。1986年1月場所に高砂部屋に元関脇・高見山の内弟子として入門して初土俵を踏み、その後、高見山が独立して東関部屋を興すと移籍した。最高位は西幕下12枚目。 1995年9月場所、5勝を挙げた後に引退。 引退後は部屋の横綱曙のマネージャーをしていたが、引退した翌年の1996年10月23日十二指腸潰瘍のため死去。 弓取力士として有名だった。 通算成績:213勝178敗15休 (59場所) この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。
朝乃若 武彦(あさのわか たけひこ、1969年12月11日 … 朝乃若 武彦(あさのわか たけひこ、1969年12月11日 - )は、愛知県一宮市出身で高砂部屋(入門時は若松部屋)に所属した元大相撲力士。本名は足立 武彦(あだち たけひこ)。身長176cm、体重145kg。最高位は西前頭筆頭(2000年5月場所)。得意技は突き、押し、引き、叩き。血液型はAB型、星座は射手座、趣味は映画鑑賞。現在は年寄・若松。愛称は「ヒタチ」。 中学時代は水泳部に所属し主将を務めるほどだった。相撲はほとんど遊びでしか取ったことがなかったが、中学時代の恩師の勧めにより愛工大名電高校に進学し相撲部に入部した。近畿大学相撲部では同級生の大澤(元幕内朝乃翔)と共に全国大会で活躍した。
栃乃藤 達之(とちのふじ たつゆき、1969年11月15日 … 栃乃藤 達之(とちのふじ たつゆき、1969年11月15日 - )は福岡県糸島郡志摩町(現・糸島市)出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は草野 達之(くさの たつゆき)。身長180cm、体重199kg。得意手は突き押し。最高位は東前頭11枚目(1993年5月場所)。現在は若者頭。 中学時代は柔道などをやり体が大きかったため、知人の紹介で春日野部屋に入門し、1985年3月場所で初土俵を踏んだ。幕下までは順調に番付を上げて行ったが、右肘の故障のため三段目で低迷した時期もあった。しかし、1991年1月場所から十両昇進を決めるまでの9場所中8場所勝ち越して、1992年7月場所には十両に昇進した。
金親 和憲(かねちか かずのり、1969年11月12日 - … 金親 和憲(かねちか かずのり、1969年11月12日 - )は、神奈川県横浜市鶴見区出身で北の湖部屋(入門当時は三保ヶ関部屋)所属の元大相撲力士。本名は山村 和行(やまむら かずゆき)、旧姓は金親。趣味は映画鑑賞。最高位は東十両2枚目(1995年7月場所)。血液型はAB型。2015年に後述する暴行事件を起こし、日本相撲協会から解雇されて以降、本名で報道されることが多かった。 中学時代はバスケットボール部に所属していた。金親が中学1年生の頃には父が18歳の女性と再婚したが、金親とその義母となった女性は折り合いが悪く喧嘩が絶えなかったという。身体が大きかったため多くの相撲部屋からの勧誘があったが一度は入門を断り、横浜商大高校に進学した。
立洸 熊五郎(たつひかり くまごろう、1969年10月25日… 立洸 熊五郎(たつひかり くまごろう、1969年10月25日 - 2011年2月24日)は、北海道斜里郡斜里町遠音別出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は石橋 義光(いしばし よしみつ)。最高位は西前頭6枚目。 1969年10月25日に東京都墨田区で生まれるが、すぐに北海道斜里郡斜里町遠音別へ移り住み、地元の興部小学校では1年生から2年生まで剣道を習っていた。 小学校3年生でウトロ小学校へ転校後、中学校2年生まで野球を習っていたが、近所の住民が旭川で洋品店を経営していた立浪親方(元関脇・羽黒山)の弟に「素質のいい少年がいる」と紹介し、連絡を受けた立浪から直接勧誘されて立浪部屋へ入門した。 入門当初から大きな体格で期待され、1985年3月場所に於いて初土俵を踏んだ。
日立龍 栄一(ひたちりゅう えいいち、1969年10月19日… 日立龍 栄一(ひたちりゅう えいいち、1969年10月19日 - )は、茨城県日立市出身で押尾川部屋所属の元大相撲力士。本名は脇坂 栄一(わきさか えいいち)。身長180cm、体重133kg。得意手は右四つ、寄り、蹴手繰り。最高位は東前頭14枚目(1993年3月場所)。 日立市立多賀中学校時代は相撲部に所属し、3年生の時に団体戦において茨城県大会で優勝して全国中学校相撲選手権大会に出場した。 中学校の1年先輩に大至がおり、その縁で中学校を卒業すると押尾川部屋に入門し、1985年(昭和60年)3月場所で初土俵を踏んだ。四股名の日立龍は、出身地の日立市と中学校の大先輩である兄弟子の多賀竜に因んでいる。
肥後ノ海 直哉(ひごのうみ なおや、1969年9月23日 -… 肥後ノ海 直哉(ひごのうみ なおや、1969年9月23日 - )とは、熊本市出身で三保ヶ関部屋所属の元大相撲力士である。本名は坂本 直人(さかもと なおと)。最高位は西前頭筆頭(1995年5月場所)。得意手は左四つ、寄り、上手出し投げ、突き落とし。現役時代の体格は183cm、152kg。現在は、年寄・木村瀬平(木瀬)。
床島(とこしま、1969年8月25日 - )は、大相撲の床山… 床島(とこしま、1969年8月25日 - )は、大相撲の床山。本名は松原弘一。愛知県豊田市出身。現在放駒部屋所属(所属部屋履歴は二子山部屋→松ヶ根部屋→二所ノ関部屋→放駒部屋)。現在一等床山を務めている。
時津洋 宏典(ときつなだ ひろのり、1969年8月2日 - … 時津洋 宏典(ときつなだ ひろのり、1969年8月2日 - 2019年2月14日)は徳島県美馬市(旧美馬郡脇町)出身の元大相撲力士。本名は吉岡 宏典(よしおか ひろのり)。時津風部屋所属。最高位は東前頭4枚目(1993年7月場所)。現役時代の体格は188cm、183kg。得意手は右四つ、寄り。 脇町立脇町小学校(現・美馬市立脇町小学校)、脇町立脇町中学校(現・美馬市立脇町中学校)卒業。父は徳島県立穴吹高等学校の教師をしており、中学1年の時に同校レスリング部で体を鍛え、中学2年の時に体育教師に勧められた砲丸投で全国8位、中学3年の時には中学相撲で全国大会に出場し、阿波の怪童と呼ばれた。 中学校卒業と同時に時津風部屋に入門。
戦闘竜(せんとりゅう、1969年7月16日 - 2026年1… 戦闘竜(せんとりゅう、1969年7月16日 - 2026年1月29日)は、アメリカ出身(出生地は東京都立川市)で友綱部屋に所属した大相撲力士。引退後は格闘家に転向した。志村道場/ファイティング・ドラゴン所属。なおCage Rageで試合をする際は本名のヘンリー・ミラーで出場している。大相撲力士時代の体格は、身長176cm、体重144kg。株式会社KPに所属している。「戦闘竜」と書くが「せんとうりゅう」ではなく「せんとりゅう」が正しい。 父は横田基地に所属した米軍のコンピューター技術師。母は日本人。東京都立川市に生まれ、6歳まで日本(横田基地)に暮らした。 引退後は元妻の実家の家業にてタイ工場で働いていたが、2018年に退職。
大凰 紀久(だいおう のりひさ、1969年5月16日 - )… 大凰 紀久(だいおう のりひさ、1969年5月16日 - )は、東京都葛飾区出身で、二所ノ関部屋に所属していた元大相撲力士。本名は秋本 紀久(あきもと のりひさ)。最高位は東幕下27枚目(1993年9月場所)。現役時代の体型は177cm、174kg。祖父は十両・大淀孫太郎、兄は幕下・秋本久雄。 小学校3・4・6年次にわんぱく相撲東京場所で優勝し、兄・久雄に次いで兄弟でわんぱく横綱となる。専修大学相撲部では2年次の1989年に全日本相撲選手権大会ベスト16、全国学生相撲選手権大会ベスト8に入り、3年次の1990年の学生選手権では大学としての団体戦初優勝に貢献。1992年1月場所に専修大学出身としては初の幕下付出(幕下最下位(60枚目)格)で初土俵を踏む。
浪乃花 教天(なみのはな かずたか、1969年3月19日 -… 浪乃花 教天(なみのはな かずたか、1969年3月19日 - )は、青森県南津軽郡浪岡町(現:青森市)出身で二子山部屋に所属した元大相撲力士。本名は工藤 和博(くどう かずひろ)。現役時代の体格は178cm、135kg。最高位は東小結(1995年3月場所)。得意手は突き、押し。血液型はO型。 農家の三男として生まれ、浪岡町立野沢小学校時代は相撲大会で常に優勝し、3年生の時には4年生の部で優勝するなど活躍した。浪岡中学校時代は相撲から離れて陸上部で活躍し、将来は体育教員を志していた。しかし、中学校3年の時に家へ訪ねて来た10代二子山(元横綱・初代若乃花)から勧誘され、中学校卒業後に二子山部屋へ入門。
旭(あきら、1969年(昭和44年)1月31日 - )は、大… 旭(あきら、1969年(昭和44年)1月31日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は市川 俊幸(いちかわ としゆき)。神奈川県海老名市出身。大島部屋→友綱部屋→大島部屋所属。血液型はB型。
安芸ノ州 法光(あきのしゅう のりみつ、1969年1月17日… 安芸ノ州 法光(あきのしゅう のりみつ、1969年1月17日 - )は、広島県広島市出身で井筒部屋に所属した元大相撲力士。本名は今田 賢二(いまだ けんじ)。身長179cm、体重121kg。最高位は西前頭9枚目(1998年1月場所)。十両昇進まで10年近く同部屋の寺尾の付け人を務めた。血液型はB型。音羽山部屋に所属する光星竜光星は長男。 広島商業高校では野球部に所属していたが半年で退部し、兄の入門を勧誘しにきた井筒部屋へ、志願して入門した。 1984年9月場所、最後の本場所を迎えた蔵前国技館で初土俵を踏んだ。出世に差がつき、幕内上位まで上がりながら安芸ノ州が下位で長く相撲を取っていた頃には廃業していたが同期生には後の元幕内・南海龍がいる、他に、後に新入幕を果たし、勝ち越しながら場所後に急死した龍興山一人が番付外に落ち、再出世している。
剣岳 寛(けんがく ひろし、1968年12月30日 - )は… 剣岳 寛(けんがく ひろし、1968年12月30日 - )は、徳島県徳島市出身で宮城野部屋に所属した元大相撲力士。本名は田村 寛(たむら ひろし)。最高位は西十両11枚目(1991年9月場所)。身長182cm、体重171kg。血液型はAB型。得意手は右四つ、寄り。趣味はカラオケ。剣岳吉五郎とは別人物。 1984年3月場所に宮城野部屋から初土俵を踏む。1991年9月場所に十両に昇進するが1場所で脱落。以後三段目まで落ちて1995年5月場所限りで引退(当時は廃業)。体格の割に機敏な動きが武器であった。
安芸の嶺 良信(あきのみね よしのぶ、1968年11月25日… 安芸の嶺 良信(あきのみね よしのぶ、1968年11月25日 - )は、広島県呉市出身で三保ヶ関部屋所属の元大相撲力士。本名は永瀬 良信(ながせ よしのぶ)。現役時代の体格は身長179cm、体重133kg、得意技は左四つ、寄り。最高位は十両11枚目。血液型はO型。 1984年3月に初土俵を踏む。三段目で壁に当たり幕下に上がるのに5年ほどの時間が掛かったが、幕下へ上がってからは順調に番付を上げ、1991年11月場所には十両に昇進した。その場所は5勝10敗と負け越して1場所で幕下に陥落。その後は幕下中位で低迷し、1995年9月場所は三段目まで陥落した。幕下へ戻った1996年1月場所限りで廃業した。
若闘将 敏男(わかとうしょう としお、1968年10月23日… 若闘将 敏男(わかとうしょう としお、1968年10月23日 - )は、間垣部屋所属の元大相撲力士。千葉市出身。韓国国籍であり本名は黄 敏夫(황민부、ファン・ミンブ)。日本における通名は金本 敏夫(かねもと としお)。身長182cm、体重115kg。血液型B型。最高位は東十両9枚目(1992年9月場所)。得意技は左四つ、上手投げ。 運転手の二男で、千葉市立千草台中学校から習志野市立習志野高等学校では柔道部に所属し、千葉市大会で個人優勝を果たす活躍を見せた。他にも空手・野球も習っており、当初はプロレスラーを志していたのでウェイトトレーニングのジムにも通っていた。しかし、高校2年生の春に「力士になろう」と急に力士を志し、それを知ったジムの会長が間垣部屋を紹介したので、高校を2年で中退して入門した。
旭豪山 和泰(きょくごうざん かずやす、1968年9月18日… 旭豪山 和泰(きょくごうざん かずやす、1968年9月18日 - )は、千葉県市川市国分出身(出生地は東京都江東区)で大島部屋に所属した元大相撲力士。本名は木村 泰山(きむら たいざん)。最高位は東前頭9枚目。身長181cm、体重176kg。得意は突き、押し。現在は東京都江戸川区でちゃんこ屋を経営している。血液型はO型。 千葉県出身。中学時代は柔道をやっていた。大相撲に入門したきっかけは、「関取になったら学校に君の写真額が飾られるぞ。」と大島親方に口説かれたことである。実際に、母校である市川市立第一中学校の校舎の一角には、現在[いつ?]でも自身の写真額が掲げられている。 ずんぐりむっくり型で、押し相撲にはもってこいの体型であった。
旭豊 勝照(あさひゆたか かつてる、1968年9月10日 -… 旭豊 勝照(あさひゆたか かつてる、1968年9月10日 - )は、愛知県春日井市出身で大島部屋に所属した元大相撲力士。本名は市川 耐治(元関脇・羽黒山の婿養子時は安念耐治)。身長190 cm、体重145 kg。得意手は左四つ、上手投げ。趣味はマリンスポーツ。俳優の松平健に似た顔立ちから、現役時代には「角界の暴れん坊将軍」「角界のマツケン」と呼ばれた。松平健とは同じ愛知県出身でもあり、断髪式には松平健本人も登場した。最高位は東小結(1996年7月場所、11月場所)。現・年寄立浪。 小学3年生から高校まで空手道場に通う一方、中学時代は水泳部に所属し大会でも入賞するなど活躍した。東邦高等学校に進学しても水泳を続けたが、高校卒業と同時に父の知人だった元大関・旭國斗雄の大島部屋に入門。
大至 伸行(だいし のぶゆき、1968年8月23日 - )は… 大至 伸行(だいし のぶゆき、1968年8月23日 - )は、茨城県日立市出身で押尾川部屋に所属した元大相撲力士。本名は高野 伸行。最高位は東前頭3枚目(1996年7月場所)。力士時代の体格は182cm、172 kg。得意手は突き、押し、右四つ、寄り。現在は相撲甚句はもとよりライブ、ミュージカルまでこなすマルチ歌手として活動中、血液型はB型、星座は乙女座。浅井企画に所属していたが2023年4月30日に退社し、「チーム大至」という歌手としての活動を支えるグループを組み、精力的に活動を展開している。2023年4月29日には、東京オペラシティ・リサイタルホールにて自身初のリサイタルを行い好評を博した。
照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日 - )は、… 照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は工藤 隆久(くどう たかひさ)。青森県南津軽郡田舎館村出身。安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋所属。血液型はB型。 呼出になる前は安治川部屋の力士で四股名は「陸奥龍」を名乗った。1984年5月場所で初土俵を踏む。1987年1月場所で力士を廃業。最高位は序二段103枚目だった(1986年9月場所)。その後、呼出に転じて安治川部屋所属の「陸奥夫」となった。安治川部屋の師匠が陸奥嵐から旭富士に代わり、呼出名を「安喜夫」に変えた。所属する安治川部屋は伊勢ヶ濱部屋に変わり、これに伴い呼出名も「安喜夫」から「照喜」に変えた。
外ヶ濱 浪五郎(そとがはま なみごろう、1968年7月8日 … 外ヶ濱 浪五郎(そとがはま なみごろう、1968年7月8日 - )は、岩手県二戸市出身で伊勢ノ海部屋に所属した元大相撲力士。本名は欠端 信行(かけはた のぶゆき)。身長182cm、体重130kg。最高位は西幕下10枚目(1990年7月場所)。 1968年、岩手県二戸郡福岡町(現・二戸市)に生まれた。ロッテオリオンズ・横浜大洋ホエールズで投手としてプレーした欠端光則を兄に持つ。 1984年に伊勢ノ海部屋に入門。本名の「欠端」の四股名で同年5月場所に初土俵を踏んだ。当時現役プロ野球選手だった兄・光則の実弟であることから、各スポーツ新聞の星取表の「幕下以下の注目力士」の欄でしばしば「大洋欠端投手の弟」として採り上げられ、注目を集めた。
湊富士 孝行(みなとふじ たかゆき、1968年7月6日 - … 湊富士 孝行(みなとふじ たかゆき、1968年7月6日 - )は、群馬県安中市出身で湊部屋に所属していた元大相撲力士。本名は三浦 孝行(みうら たかゆき)。現在は年寄・23代湊。身長186.0cm、体重172kg。趣味は映画鑑賞、血液型はA型。最高位は東前頭2枚目(1995年9月場所)。 中学時代は柔道部に所属し、市内の大会で優勝するなどした。相撲も興味があり、高崎市の東京農大二高の相撲部の練習に参加することもあった。同校の監督の助言もあり、中学卒業と同時に湊部屋に入門し1984年3月場所に初土俵を踏んだ。因みに湊富士が大相撲に進む意思を固めたきっかけは群馬県出身の幕内力士として1912年5月場所の白梅以来65年ぶりに新入幕した栃赤城の存在であり、後に自分より先に同じ群馬県出身の琴錦、琴稲妻、起利錦が関取昇進を果たしたことに対して「自分も続くぞ。
琴錦 功宗(ことにしき かつひろ、1968年(昭和43年)6… 琴錦 功宗(ことにしき かつひろ、1968年(昭和43年)6月8日 - )は、群馬県群馬郡箕郷町(現:高崎市)出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は松澤 英行(まつざわ ひでゆき)。最高位は東関脇。現在は年寄・朝日山。 箕郷町立箕郷中学校では柔道部で活躍していたが、相撲大会にも駆り出されて蔵前国技館で行われた全国大会にも出場した。その実績はロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した山下泰裕からスカウトされるほどだった。当初は高校進学が決まっていたが、全国大会を観戦に来ていた佐渡ヶ嶽からサインをもらった際に恵まれた体格を見出され、父親から「柔道ではメシが食えないから相撲で稼いでこい」、佐渡ヶ嶽から「相撲に来れば強いヤツとたくさん戦えるぞ。
琴ノ若 晴將(ことのわか てるまさ、1968年5月15日 -… 琴ノ若 晴將(ことのわか てるまさ、1968年5月15日 - )は、山形県尾花沢市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は鎌谷 満也(かまたに みつや、旧姓今野)。得意手は右四つ、寄り、上手投げ。最高位は西関脇(1999年1月場所、3月場所)。身長191cm、体重181kg。引退後部屋を継承し、現在は年寄・佐渡ヶ嶽。愛称はワカ、趣味はテレビゲーム、書道。美男子であり、女性ファンが多かった。血液型はB型。長男(一人息子)は琴櫻将傑(二代目琴櫻、前名:琴ノ若傑太)。 尾花沢市立尾花沢中学校入学時点で身長が180cm超を計測し、その体格を活かして柔道部員として県大会団体戦準優勝などの活躍を果たした。
荒谷 望誉(あらや のぶたか、1968年3月7日 - )は、… 荒谷 望誉(あらや のぶたか、1968年3月7日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身で九重部屋所属の元大相撲力士、全日本プロレス所属の元男性プロレスラー。大相撲時代の四股名及び本名は荒谷 信孝(あらや のぶたか)。選手生活晩年は渕正信、菊タローらと会場を暖める試合を展開し、哀愁を感じさせる貴重な選手だった。 中学校卒業後すぐに大相撲の九重部屋に入門して、1983年3月場所に15歳で初土俵を踏む。序二段まで昇進したが、1985年7月場所限りで廃業してプロレスラーに転向する。1992年にオリエンタルプロレスに入門するが、団体の経営難に伴い離脱した後、レスリング・ユニオン傘下のIWA流山に移籍しエースとして活動するが、こちらも経営難により離脱。
舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 … 舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい、1968年2月17日 - )は、日本のスポーツキャスター、タレント、NHK大相撲解説者、出羽海部屋所属の元大相撲力士。現在は境川部屋の師範代もつとめている。有限会社舞の海カンパニー(本人の個人事務所)所属。本名は長尾 秀平(ながお しゅうへい)、愛称はまいちゃん、シュウヘイ。現在の体格は身長169cm、体重85kg。血液型B型、左利き。
小城ノ花 昭和(おぎのはな あきかず、1967年11月18日… 小城ノ花 昭和(おぎのはな あきかず、1967年11月18日 - )は、千葉県市川市出身(出生地は東京都港区)で出羽海部屋所属の元大相撲力士。本名は小岩井 昭和(こいわい あきかず)。最高位は東前頭2枚目(1990年5月場所・1996年3月場所)。現役時代の体格は身長188cm、体重137kg。得意手は左四つ、上手投げ。現在は年寄・出羽海。父は元関脇・小城ノ花正昭、弟は元小結・小城錦康年。 元関脇・小城ノ花(13代高崎)を実父として生まれる。実弟には元小結・小城錦がいる。千葉商大付属高校では野球部に所属しており、相撲経験はなかった。それどころか千秋楽の打ち上げで出羽海部屋に出入りする以外は相撲部屋とは接点が無く、むしろ父親は「(相撲は)お前には無理だ」「勉強しないと相撲取りにさせるぞ」と、入門には反対だった。
大輝煌 正人(だいきこう まさと、1967年9月15日 - … 大輝煌 正人(だいきこう まさと、1967年9月15日 - 2009年6月6日)は、和歌山県御坊市出身で武蔵川部屋に所属した大相撲力士である。本名は林 正人(はやし まさと)。身長186cm、体重165kg。得意手は右四つ、寄り。最高位は東前頭15枚目(1991年1月場所)。血液型A型、趣味はパチンコ。
木村 寿之介(きむら ひさのすけ、本名:波田 寿和(はた と… 木村 寿之介(きむら ひさのすけ、本名:波田 寿和(はた としかず)、1967年6月27日 - )は、鹿児島県大島郡徳之島町出身で、大島部屋(一時、友綱部屋)所属の大相撲の三役格行司。血液型はA型。 行司としての初土俵は、1983年5月場所。27代木村庄之助の弟子である。 実兄は元小結・衆議院議員でタレントの旭道山で、中学生の頃に兄が相撲部屋で小さな身体を泥だらけにして稽古をしている姿を見て助けになりたいと思ったという。高校受験して受かっていたが、進学をせず行司になった。 次男の波田大和は、帝拳所属のプロボクサーとして2015年にデビューしている。 東京場所で用いる軍配は、同じ一門の横綱白鵬と共通の後援会関係者から贈られたもので、表面に鳳凰の蒔絵が描かれ、裏面には27代木村庄之助が揮毫した「精神一到(白鵬が横綱昇進時の口上で述べた四字熟語)」、軍配の漆塗は輪島塗の人間国宝と角界内外のトップの最高級を凝縮したものである。
剣晃 敏志(けんこう さとし、1967年6月27日 - 19… 剣晃 敏志(けんこう さとし、1967年6月27日 - 1998年3月10日)は、大阪府守口市出身で高田川部屋に所属した大相撲力士。本名は星村 敏志(ほしむら さとし)。最高位は西小結。 守口市で繊維業を営んでいた家の2人兄弟の次男(大阪弁でいう「なかぼんさん」)として生まれた。しかし2歳の時に父親を亡くし、母親が女手一つで育てた。守口市立庭窪中学校では柔道を習い、母校の先輩である8代高田川親方(元大関・前の山)を紹介されたが、「まだ遊びたい」として定時制の大阪府立守口高等学校へ進学した。しかし高校は1年で退学し、セールスマンなどのアルバイトを務めていた。その後、盲腸の手術で入院した際に高田川部屋の体験入門の様子を撮影した写真を見て、高田川部屋に入門した。
重ノ海 博久(しげのうみ ひろひさ、1967年6月14日 -… 重ノ海 博久(しげのうみ ひろひさ、1967年6月14日 - )は、鹿児島県大島郡瀬戸内町出身で武蔵川部屋に所属した元大相撲力士。本名は重村 博久(しげむら ひろひさ)。182cm、126kg。最高位は西十両11枚目。得意技は左四つ、出し投げ、血液型はB型。 小学生時代は柔道を習ったが、瀬戸内町立古仁屋中学校では相撲部に所属して 2年生の時に全国中学校相撲選手権大会で団体優勝に貢献した。 3年生の全国大会で武蔵川に素質を見出されて勧誘された。当初は入門を迷ったが何度も武蔵川が訪ねて来るうちに熱意に動かされて入門を決意した。1983年3月場所に初土俵。初土俵から3年で幕下に昇進したが、負傷もあってなかなか定着することができなかった。
大翔鳳 昌巳(だいしょうほう まさみ、1967年5月7日 -… 大翔鳳 昌巳(だいしょうほう まさみ、1967年5月7日 - 1999年12月4日)は、北海道札幌市豊平区平岸出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は村田 昌巳(むらた まさみ)。最高位は東小結。全盛期の体格は187cm、144kg。得意手は突っ張り、右四つ、寄り、上手投げ。現役時代はその人柄の良さと礼儀正しさで好感力士として知られた。 相撲で19回も北海道代表として国体に出場した父の指導で、中学生の頃から相撲を始める。北海高等学校時代には北海道代表として国体に出場した(兄もバスケットボールで出場を果たす)。日本大学でも相撲部に所属。上位入賞の常連だったが、学生横綱などのビッグタイトルとは無縁であり、タイトルはわずか1冠。
太晨 光真(たいしん みつまさ、1967年4月25日 - )… 太晨 光真(たいしん みつまさ、1967年4月25日 - )は、大阪府東大阪市出身で北の湖部屋所属(入門時は三保ヶ関部屋)の元大相撲力士。本名は、村井 修二(むらい しゅうじ)。大相撲時代の体格は身長181cm、体重153kg。得意手は、右四つ、寄り、押し。最高位は東十両9枚目(1991年11月場所)。好きな食べ物はラーメン。趣味は買い物。 中学生時代は相撲に打ち込んでおり、長瀬中学校3年生の時に大阪府大会で優勝する活躍を見せた。また、大産大附属高に進学してからは柔道も習い始め、二段の腕前を誇り、大阪府大会で活躍した。高校1年生の時に大阪の相撲料理店「萩屋 本場所」の主人に北の湖を紹介され、「体が大きいし、自分に向いている」と思って入門を決意した。
安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ、1967年3月16日 -… 安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ、1967年3月16日 - )は、広島県豊田郡安芸津町(現在の東広島市)出身で二子山部屋(入門時は藤島部屋)に所属した元大相撲力士。本名は宮本 勝巳(みやもと かつみ)。旧姓は山中(やまなか)。現役時代の体格は身長175cm、体重158kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は東関脇。愛称は「アキちゃん」、趣味は日本刀鑑賞、血液型はA型、魚座。現在は年寄・高田川勝巳。夫人とは1994年に結婚。2児の父である。 安芸津町立安芸津中学校時代までは柔道を行い、極めて厳格な父や叔父から激しい稽古を課せられていたが、力士になろうと志して相撲を始め全国大会にも出場した。偶然にも広島に巡業で訪れていた大関・貴ノ花(12代藤島→11代二子山)に勧誘されたことがきっかけで卒業後に藤島部屋に入門した。