園田 稚(そのだ わか、2002年4月23日 - )は、日本… 園田 稚(そのだ わか、2002年4月23日 - )は、日本のアーチェリー選手。大分県出身。東京都立足立新田高等学校卒業、早稲田大学スポーツ科学部在学中。 2018年に福井県で行われた国体大会、アーチェリーの少年少女の部で3位の成績。中学3年生時にJOCが運営するエリートアカデミーの一人に選ばれる。
職業がアーチェリー:33人
園田 稚(そのだ わか、2002年4月23日 - )は、日本… 園田 稚(そのだ わか、2002年4月23日 - )は、日本のアーチェリー選手。大分県出身。東京都立足立新田高等学校卒業、早稲田大学スポーツ科学部在学中。 2018年に福井県で行われた国体大会、アーチェリーの少年少女の部で3位の成績。中学3年生時にJOCが運営するエリートアカデミーの一人に選ばれる。
高宗 瞭羽(たかむね りょう、2000年7月8日 - )は、… 高宗 瞭羽(たかむね りょう、2000年7月8日 - )は、日本の男子コンパウンド部門のアーチェリー選手。熊本県熊本市出身。東海大学付属熊本星翔高等学校、東海大学熊本キャンパス卒業。株式会社シアーズホームグループHD入社。 世界アーチェリー選手権大会(2025/韓国・光州)日本代表 アーチェリー(コンパウンド部門)の日本を代表する選手である。2000年7月8日、熊本県熊本市で生まれる。小学校、中学校では剣道部に所属。高校の頃にアーチェリーを始め、高校時代はリカーブ部門で活動し、高校3年時にコンパウンド部門に転向。東海大学進学後はジュニア部門で数々の日本記録を樹立しており、1440ラウンドや50mラウンド(自己ベスト704点、当時日本記録タイ)を含む複数のジュニア日本記録を保持している。
野田 紗月(のだ さつき、2000年5月20日 - )は、日… 野田 紗月(のだ さつき、2000年5月20日 - )は、日本の女子アーチェリー選手。福岡県北九州市出身。ミキハウス所属。2023年世界アーチェリー選手権銅メダリスト、2022年アジア競技大会銀メダリスト。 2023年世界アーチェリー選手権の女子個人で銅メダルを獲得。パリオリンピック出場枠を獲得し、全日本アーチェリー連盟の方針により日本代表に内定。 2023年10月の2022年アジア競技大会混合リカーブ団体で古川高晴とともに出場し、決勝で韓国ペアに敗れたものの、銀メダルを獲得。 2024年パリオリンピック混合団体で中西絢哉(スペイン語版)とともに出場し、準々決勝でアメリカ合衆国ペアに敗れた。女子個人は3回戦で敗退。
山内 梓(やまうち あずさ、1998年9月11日 - )は、… 山内 梓(やまうち あずさ、1998年9月11日 - )は、日本のアーチェリー選手。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松商業高等学校、近畿大学卒業。 高校生のときに競技を始め、3年時にインターハイ団体戦優勝。高校卒業後は近畿大学に進学し、3年時にインカレターゲットで優勝。 2021年3月に行われた東京オリンピック最終予選で3位に入り出場権獲得。女子団体では準々決勝敗退(5位)、個人では2回戦敗退(17位)、混合団体では1回戦敗退(9位)。 2022年アジア競技大会代表に選出。女子団体戦では準々決勝敗退。
小池 美朝(こいけ みあさ、1998年8月6日 - )は、日… 小池 美朝(こいけ みあさ、1998年8月6日 - )は、日本のアーチェリー選手である。大分県出身。 6歳より父親の勧めでアーチェリーを始める。初めて間もないころから全日本小学生中学生アーチェリー選手権大会を皮切りに数々の大会で優秀な成績を治める。 2015年にはジュニアオリンピックカップ第33回全国高校アーチェリー選抜大会女子個人戦で優勝を果たし、大分県知事より県賞詞(県民栄誉賞)を授与される。
武藤 弘樹(むとう ひろき、1997年6月26日 - )は、… 武藤 弘樹(むとう ひろき、1997年6月26日 - )は、愛知県あま市出身の男性アーチェリー選手。東京オリンピック銅メダリスト。トヨタ自動車所属。 東海中学校でアーチェリーを始めた。2014年、南京ユースオリンピックで6位。2015年、世界ユース選手権ジュニア男子団体銅メダルを獲得。慶應義塾大学環境情報学部に進学。 2018年アジア競技大会(ジャカルタ)及び2019年アーチェリー世界選手権で日本代表。 2020年、トヨタ自動車株式会社入社。 2020年東京オリンピックアーチェリー男子団体に河田悠希、古川高晴とともに出場し、3位決定戦でオランダに勝ち、男子団体で日本初の表彰台となる銅メダルを獲得した。
河田 悠希(かわた ゆうき、1997年6月16日 - )は、… 河田 悠希(かわた ゆうき、1997年6月16日 - )は、広島県廿日市市出身の男性アーチェリー選手。2020年東京オリンピックアーチェリー男子団体銅メダリスト。エディオン所属。 2014年、広島県立佐伯高等学校在学中(2年生)に全日本選手権に出場して最年少優勝。2015年も全日本選手権で優勝を果たした。日本体育大学に進学。 2017年、アジア選手権で2位。 2018年、世界室内選手権(18メートル)で600点中598点の室内日本記録を出した。 2020年東京オリンピックではアーチェリー男子団体に武藤弘樹、古川高晴とともに出場し、3位決定戦でオランダに勝ち、男子団体で日本初の表彰台となる銅メダルを獲得した。
杉本 智美(すぎもと ともみ、1994年11月9日 - )は… 杉本 智美(すぎもと ともみ、1994年11月9日 - )は、日本の女子アーチェリー選手。静岡県出身。浜松市立北星中学校、静岡県立浜松商業高等学校、近畿大学を経てミキハウス所属。 2016年3月の第13回世界室内選手権大会リカーブ女子団体において、杉林りな、川中香緖里とともに日本勢初の世界室内団体優勝を果たした。
入江 優(いりえ ゆう、1994年3月10日 ‐ )は、日本… 入江 優(いりえ ゆう、1994年3月10日 ‐ )は、日本のアーチェリー選手。岡山県備前市出身。 岡山県備前市出身。姉の影響でアーチェリーを始める。 岡山県立備前緑陽高等学校を経て長崎国際大学に進学。 高校1年時の2009年、第11回世界ユースアーチェリー選手権大会(キャデット部門)に日本代表として出場。
川中 香緖里(かわなか かおり、1991年8月3日 - )は… 川中 香緖里(かわなか かおり、1991年8月3日 - )は、日本の女子アーチェリー選手。鳥取県東伯郡琴浦町出身。以西小学校→赤碕中学校→米子南高等学校→近畿大学経営学部卒業、ミキハウス所属。 2012年ロンドンオリンピック日本代表、団体銅メダリスト。2016年リオデジャネイロオリンピック日本代表。 1991年8月3日、鳥取県東伯郡赤碕町(現・琴浦町)で生まれる。小学校ではバレーボール部、中学校ではソフトテニス部に所属。高校在学中にジュニアナショナルメンバー入り。 2011年10月、テヘランでのアジア選手権で団体優勝。 2012年6月、ロンドンオリンピック最終予選で出場権を獲得。7月29日、ロンドンオリンピック女子団体で早川漣、蟹江美貴とともに3位決定戦のロシア戦に勝利し、オリンピック団体戦日本初の銅メダルを獲得。
川中 香緒里(かわなか かおり、1991年8月3日 - )は… 川中 香緒里(かわなか かおり、1991年8月3日 - )は、日本の女子アーチェリー選手。鳥取県東伯郡琴浦町出身。 以西小学校→赤碕中学校→米子南高等学校→近畿大学経営学部卒業、ミキハウス所属。
圖師 未希絵(ずし みきえ、1990年5月19日 - )は、… 圖師 未希絵(ずし みきえ、1990年5月19日 - )は、日本のアーチェリー選手。日本体育大学卒業。 広島県生まれ。小学校2年のときにアーチェリーを始めた。きっかけは「的に当たった瞬間の快感」だったという。 山陽女学園高在籍中の2008年、世界ユース選手権に出場し日本人選手として初となる優勝を果たした。これらの成績により、2008年度JOCスポーツ賞新人賞を受賞した。 日本体育大学卒業後はエディオンへ所属。
蟹江 美貴(かにえ みき、1988年12月4日 - )は、日… 蟹江 美貴(かにえ みき、1988年12月4日 - )は、日本の元アーチェリー選手。 1988年12月4日、愛知県岡崎市出身。岡崎市立東海中学校、愛知産業大学三河高等学校から近畿大学法学部政策法学科卒業後、ミキハウス入社。 アーチェリーは中学校時代に走らなくてよさそうな運動という理由で始めた。左利き。高等学校時代には全国高等学校総合体育大会団体戦優勝経験を持つ。近畿大学入学後にコーチによるフォーム改造を施されてから地力が上昇し、全日本学生選手権や全日本選手権個人戦などに優勝。 2009年に日本代表入りし、同年の世界選手権団体では松永安紗子、松下紗耶未との団体で準優勝を果たした。またアジア選手権でも団体優勝している。
早川 漣(はやかわ れん、大韓民国名:嚴 惠漣〈オム・ヘリョ… 早川 漣(はやかわ れん、大韓民国名:嚴 惠漣〈オム・ヘリョン〉、1987年8月24日 - )は、大韓民国全州出身の日本のアーチェリー選手。日本体育大学卒、株式会社デンソーソリューション(旧デンソーセールス)所属。ロンドンオリンピックアーチェリー競技女子団体銅メダリスト。 姉は北京オリンピックアーチェリー日本代表の早川浪(大韓民国名:嚴惠浪〈オム・ヘラン〉)。幼少の頃、両親が離婚したため、韓国の父方の元で育つ。アーチェリーは小学3年のときに始める。全北体育高校から実業団に進んだが、2007年に母親の日本人との再婚を契機として、先に来日していた姉を追って来日し、日本体育大学に入学。 2009年末に日本国籍を取得し、その後、大学4年生のときに日本代表に選出された。
石津 優(いしづ ゆう、1987年4月8日 - )は、広島県… 石津 優(いしづ ゆう、1987年4月8日 - )は、広島県廿日市市出身のアーチェリー選手。 広島県立佐伯高等学校でアーチェリーを始めた。別府大学文学部人間関係学科を2010年卒業、広島県アーチェリー協会所属。 2010年フィールド選手権で5位となった。 2012年4月から無職となってロンドンオリンピックを目指した同年6月にアメリカ合衆国ユタ州オグデンで行われたロンドンオリンピック世界最終予選で好成績をあげてオリンピック出場権を獲得した。オリンピックでは菊地栄樹、古川高晴と男子団体に出場、1回戦では格上のインドを破ったが、準々決勝でアメリカ合衆国に1点差で敗れた。
菊地 栄樹(きくち ひでき、1986年1月27日 - )は、… 菊地 栄樹(きくち ひでき、1986年1月27日 - )は、広島県安芸郡府中町出身の男性アーチェリー選手。エディオンアーチェリー部所属。 府中町立府中中学校から広島県立広島工業高等学校に進学、3年次にはインターハイの個人で優勝した。高校卒業後は近畿大学に進学した。 2009年のアーチェリー世界選手権では団体で銅メダルを獲得している。 2012年のロンドンオリンピックではランキングラウンドで720点満点中659点で44位となった。古川高晴、石津優と男子団体に出場、1回戦では格上のインド選手団を214-214からシュートオフで破ったが、準々決勝でアメリカ合衆国に1点差で敗れた。
守屋 龍一(もりや りゅういち、1985年2月28日 - )… 守屋 龍一(もりや りゅういち、1985年2月28日 - )は、大阪府岸和田市出身の男性アーチェリー選手。元ミキハウス所属。2008年北京オリンピック代表。岸和田市立産業高等学校、近畿大学経営学部卒業。岸和田市立産業高等学校、近畿大学経営学部卒業。2021年12月現在、大阪府岸和田市にある岸和田市立産業高等学校で保健体育教科担当・アーチェリー部顧問として勤務している。血液型O型。身長173cm。体重85kg。
早川 浪(はやかわ なみ、本名・関 浪〈せき なみ〉、韓国名… 早川 浪(はやかわ なみ、本名・関 浪〈せき なみ〉、韓国名:嚴 恵浪〈オム・ヘラン、엄혜랑〉、1984年10月6日 - )は、大韓民国・全州出身の日本のアーチェリー選手である。身長166cm、体重62kg。全北体育高校から日本体育大学体育学部体育学科卒業。妹である早川漣もアーチェリー選手。 小学校5年生からアーチェリーを始める。始めた当初はきつくて、僅か3日余りで辞めてしまった。しかしコーチの説得により、再びアーチェリーを始め、才能を開花しジュニア代表にも選出。その後、スポーツエリート校の全北体育高校に進学。全北体育高校卒業後、実業団に就職した。実業団時代にはヨーロッパジュニアグランプリ優勝、国内大会で銅メダルなどの成績を残す。
林 勇気(はやし ゆうき、1984年10月2日 - )は、日… 林 勇気(はやし ゆうき、1984年10月2日 - )は、日本の女性アーチェリー選手。同志社大学卒業。堀場製作所所属。 1984年10月2日に兵庫県川西市で産まれる。 幼少時に父が買ってくれたディズニー映画のビデオ『ロビン・フッド』に夢中になり、矢のおもちゃをねだったり、小学校の木工クラブで弓を自作するようになる。松蔭中学校へ進学するとアーチェリー部へ入部する。2000年、松蔭高校1年の時に開催された2000年シドニーオリンピックではシドニーオリンピック日本選手団のアーチェリーのコーチは当時、兵庫県アーチェリー連盟理事長であった五百蔵正雄だった。顔見知りの五百蔵をテレビで見た林は、はじめて世界を意識することになる。
古川 高晴(ふるかわ たかはる、1984年8月9日 - )は… 古川 高晴(ふるかわ たかはる、1984年8月9日 - )は、青森県青森市出身の元アーチェリー選手。ロンドンオリンピック銀メダリスト、東京オリンピック銅メダリスト。 青森県立青森東高等学校時代に「弓道をしたかったが部がなかった」という理由でアーチェリーを始めた。2002年、高校3年生のときに世界ジュニア選手権に出場、第57回国民体育大会(高知国体)で優勝。 2003年、近畿大学に進学。1年次から全日本学生アーチェリー男子王座決定戦のメンバーとして出場。 アテネオリンピックに出場。個人で2回戦敗退、団体では8位となった。 2007年のアーチェリー世界選手権ではベスト16に入り北京オリンピック出場権を獲得した。
松下 紗耶未(まつした さやみ、1982年4月1日 - )は… 松下 紗耶未(まつした さやみ、1982年4月1日 - )は、大分県日田市出身の女性アーチェリー選手。2004年アテネオリンピックアーチェリー個人、団体日本代表。近畿大学卒業。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
濱野 裕二(はまの ゆうじ、1980年9月6日 - )は、広… 濱野 裕二(はまの ゆうじ、1980年9月6日 - )は、広島県出身の男性アーチェリー選手。2000年シドニーオリンピック、2004年アテネオリンピックアーチェリー個人、団体日本代表。近畿大学卒業。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
牧山 雅文(まきやま まさふみ、1979年12月24日 - … 牧山 雅文(まきやま まさふみ、1979年12月24日 - )は、佐賀県出身の男性アーチェリー選手。2000年シドニーオリンピックアーチェリー個人、団体日本代表。厳木高校、近畿大学卒業。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
北畠 紗代子(きたばたけ さよこ、旧姓:川内、1978年10… 北畠 紗代子(きたばたけ さよこ、旧姓:川内、1978年10月24日 - )は、福岡県北九州市八幡西区出身の女性アーチェリー選手。ミキハウス所属。2000年2000年シドニーオリンピック、2004年アテネオリンピック、2008年北京オリンピック代表。福岡県立折尾高等学校、近畿大学商経学部卒業。血液型A型。身長163cm。体重57kg。
河﨑 由加里(かわさき ゆかり、1976年12月14日 - … 河﨑 由加里(かわさき ゆかり、1976年12月14日 - )は、広島県出身の女性アーチェリー選手。2004年アテネオリンピックアーチェリー個人、団体日本代表。近畿大学卒業。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
浅野 真弓(あさの まゆみ、1976年6月27日 - )は、… 浅野 真弓(あさの まゆみ、1976年6月27日 - )は、佐賀県出身の女性アーチェリー選手。2000年シドニーオリンピックアーチェリー個人日本代表。 2005年世界選手権で女子個人6位、2006年アジア競技大会でも個人・団体の日本代表として出場した。高志館高校、近畿大学卒業。現役時代の所属は佐電工。
児玉 絹枝(こだま きぬえ、1972年8月2日 - )は、宮… 児玉 絹枝(こだま きぬえ、1972年8月2日 - )は、宮崎県出身の女性アーチェリー選手。1996年アトランタオリンピックアーチェリー個人・団体日本代表。佐賀大学卒業。現役時代の所属は佐電工。1996年ウェルネス都城市民栄誉賞受賞 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
平澤 奈古(ひらさわ なこ、1972年8月1日 - )は、日… 平澤 奈古(ひらさわ なこ、1972年8月1日 - )は、日本のアーチェリー選手。埼玉県ふじみ野市出身。オー・エル・エム所属。 1972年8月1日生まれ、埼玉県ふじみ野市出身。先天性四肢関節機能障害と診断されていたが、1997年にアーチェリーを始める。自分の力だけで弓を引くことにこだわりがあったためリカーブを使用していたが、アテネパラリンピックのために2003年4月にコンパウンドに変更した。
道永 宏(みちなが ひろし、1956年10月8日 - )は、… 道永 宏(みちなが ひろし、1956年10月8日 - )は、兵庫県神戸市出身のアーチェリー選手、同指導者。1976年モントリオールオリンピックアーチェリー男子個人銀メダリスト。同志社大学卒。 両親がともにアーチェリー選手という家庭に生まれる。父は1969年のアーチェリー世界選手権日本代表で、引退後は神戸市灘区でアーチェリー用具店を営んでいた。この環境のもと、道永も4歳の時からアーチェリーに触れて育った。中学校時代は体操部に所属。 神戸市立葺合高等学校を経て同志社大学に進学。在学中の1976年にモントリオールオリンピックに出場。日本選手としてアーチェリー競技初のメダルを獲得した。 大学卒業後も競技を続け、1980年モスクワオリンピック代表を目指していたが、日本の不参加が決まり、競技の一線を退いた。
大前 千代子(おおまえ ちよこ、1956年1月2日 - )は… 大前 千代子(おおまえ ちよこ、1956年1月2日 - )は、広島県出身の障害者スポーツ選手で、アーネムパラリンピック金メダリスト(アーチェリー)および同大会銅メダリスト(陸上競技)。このほか、パラリンピックには車いすテニスでアトランタ、シドニー、アテネ、北京の4大会に連続出場、うちアテネ大会で日本女子では最高となる女子ダブルス4位の成績をおさめた。 呉市に生まれる。1歳半でポリオを発症、下半身麻痺となった。幼少期に両親とともに大阪へ転居、養護学校から佛教大学へ進学、社会福祉を学びながら肢体不自由児のボランティアにいそしんだ。 大学卒業後に大阪市長居障害者スポーツセンターでアーチェリーに出会う。
亀井 孝(かめい たかし、1954年2月1日 - )は、京都… 亀井 孝(かめい たかし、1954年2月1日 - )は、京都府京都市出身のアーチェリー選手。1977年キャンベラ世界選手権アーチェリー男子個人銀メダリスト、男子団体3位 。同志社大学卒。 1969年同志社高校1年の時、アーチェリー部に入部、競技を始める。その年の近畿秋季大会で大会新で初優勝。1971年インターハイ優勝。1972年、同志社大学に進学したが、世界を目指したいとの思いからあえて体育会アーチェリー部には所属せず、京都府アーチェリー連盟に社会人登録し競技を継続。 1973年大学2年の時、グルノーブル世界選手権に日本代表として初出場。個人12位。その後1975年全関西選手権において、1971年に中本新二選手が樹立した世界記録1251点を4年ぶりに更新する1262点の日本新記録で優勝。
秋山 芳子(あきやま よしこ、1949年12月10日 - )… 秋山 芳子(あきやま よしこ、1949年12月10日 - )は、1972年夏季オリンピックのアーチェリー日本代表として活躍した日本のアーチェリー選手である。 秋山は女子個人総合種目に出場し、合計2301点で17位に終わった。
飯塚 十朗(いいづか じゅうろう、1937年4月4日 - )… 飯塚 十朗(いいづか じゅうろう、1937年4月4日 - )は、日本のアーチェリー選手、アーチェリー指導者。 アジアアーチェリー連盟副会長。群馬県出身。長野原高校、日本体育大学卒。 現役時代は選手として世界大会に3度出場を果たした。 現役を引退してからは、様々なアーチェリー大会の役員を務めた。 現在は、勤務先を定年退職し、アーチェリーの役員・指導者を務めている。 1980年モスクワオリンピックの日本選手団アーチェリー監督に就任するも、日本が不参加を決定したため、采配を取れずに終わった。 その後、日本アーチェリー連盟の重鎮として活躍し、アジアアーチェリー連盟副会長、全日本アーチェリー連盟副会長、全関西アーチェリー連盟会長、大阪府アーチェリー連盟会長、日本オリンピック委員会理事などの要職を歴任し、日本のアーチェリー界の発展に尽力した。