小松 秀平(こまつ しゅうへい、1985年6月10日 - )… 小松 秀平(こまつ しゅうへい、1985年6月10日 - )は、北海道出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 2008年に新潟アルビレックスBBと契約し、プロ選手となる。2011-12シーズンに最優秀シックスマン賞を受賞した。2016-19シーズンはバンビシャス奈良、2019-20シーズンからは佐賀バルーナーズ所属となる。2020ー21シーズンより、岩手ビッグブルズと契約。 東海大四高校から国士舘大学に進学。2年次に関東大学リーグ2部に昇格するも、3年時に3部Aに降格。4年次にはキャプテンを務め、チームの2部再昇格に貢献した。 2008年、育成指定選手として新潟アルビレックスBB-A2に入団。
松田 鋼季(まつだ こうき、1985年2月22日 - )は、… 松田 鋼季(まつだ こうき、1985年2月22日 - )は、北海道礼文郡礼文町出身のプロバスケットボール選手。ポジションはシューティングガード。身長185cm、体重85kg。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
阿部 佑宇(あべ ゆう、1984年9月17日 - )は、日本… 阿部 佑宇(あべ ゆう、1984年9月17日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。北海道二海郡八雲町出身。ポジションはガード。身長178cm、体重78kg。竹内世代のひとり。 東海大四高校から東海大学に進み、竹内譲次らとともにインカレ2連覇に貢献。 卒業後の2007年、松下電器に入社しバスケットボール部に所属。ルーキーシーズンより主力となり、オールスターゲームにも選出される。 2013年、休部となったパナソニックの後継として創設される和歌山トライアンズに移籍。
阿部 真弓(あべ まゆみ、1984年6月14日 - )は、北… 阿部 真弓(あべ まゆみ、1984年6月14日 - )は、北海道河東郡音更町出身の元バスケットボール選手・指導者である。身長174cm。ポジションはフォワード。 ミニバスから始め、中学校で全国大会に出場。個人平均得点1位となり、全国ベスト16に貢献。 名門札幌山の手高で全国大会出場。高校1年生の頃からチームの主力として活躍し、2年生の全国大会では3位、3年生の時にはベスト8。類いまれなるバスケットセンスでチームに貢献した。 卒業後、そのバスケットセンスを買われシャンソン化粧品に入社。背番号は「30」、コートネームは「コウ」。1年目よりシックスウーメンとしてファイナル進出に貢献。その後タイトルも獲得する。
内海 慎吾(うつみ しんご、1984年4月28日 - )は、… 内海 慎吾(うつみ しんご、1984年4月28日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。北海道北広島市出身。京都ハンナリーズ所属。
松尾 香奈(まつお かな、現姓:大西(おおにし)、1983年… 松尾 香奈(まつお かな、現姓:大西(おおにし)、1983年10月8日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ニックネームは「ヒロ」。北海道出身。現役時代のポジションはフォワードで、三菱電機コアラーズに所属していた。174cm、66kg。 札幌市立手稲西小学校でバスケをはじめ、手稲西中学校、札幌山の手高校を経て、日本体育大学に進学、バスケットボール部(フェニックス)に所属。在学中2大会連続でユニバーシアード日本代表にも選出される。 卒業後、三菱電機に入社。WIリーグルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞。 在籍当時はWリーグに昇格できずにいたが、2009年、入れ替え戦を制して来季Wリーグ昇格を決める。
菅原洋介(すがわら ようすけ、1983年9月25日 - )は… 菅原洋介(すがわら ようすけ、1983年9月25日 - )は、北海道江別市出身の日本の元プロバスケットボール選手、兵庫県警察官である。現役時代のポジションはポイントガード・シューティングガード。 北海道江別市出身。4歳でバスケットボールを始める。江別市立中央中学校を卒業後、東海大四高に進学。早稲田大学進学後は主将を務め、卒業後、ABAのサンノゼ・スカイロケッツに入団。 2007年、JBL主催のトライアウトに参加。レラカムイ北海道に第1号選手として入団。ヘッドコーチの東野智弥の方針でトヨタ自動車アルバルクから移籍してきた桜井良太がポイントガードに転向したことと、同じくトヨタから移籍のベテランシューター折茂武彦がいたことで出場機会に恵まれず、全35試合中27試合、先発で出場したのはわずか1試合だった。
野口 大介(のぐち だいすけ、1983年〈昭和58年〉5月2… 野口 大介(のぐち だいすけ、1983年〈昭和58年〉5月26日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。北海道亀田郡七飯町出身。ポジションはパワーフォワード。3x3.EXE PREMIER・FUz HOKKAIDO.EXEに所属している。 幼稚園の頃からスキーを始め、七飯町立七飯中学校でバスケに転向し函館選抜に選ばれる。中1で既に身長は180cmあった。高校は東海大四高に進み、1年次より全国大会に出場。 大学は日本体育大学に進学。同期の大西崇範、新井靖明、与那嶺翼らとともに4年次にインカレ3位となる。 卒業後、大塚商会(現:越谷アルファーズ)を経て、2007年に高校時代の同期である菅原洋介とともにレラカムイ北海道に加入。
遠山 向人(とおやま こうと、1983年〈昭和58年〉1月1… 遠山 向人(とおやま こうと、1983年〈昭和58年〉1月19日 - )は、日本のプロバスケットボール指導者。北海道旭川市出身。B.LEAGUE・熊本ヴォルターズでヘッドコーチを務めている。 旭川工業高校卒業。札幌大学では4年連続でインカレに出場を果たし、4年次には全日本学生選抜北海道選抜の主将も務める。さらに北海道学生バスケットボール連盟強化委員長も兼任した。[要出典] 卒業後の2005年、オーエスジーにバスケットボール部マネージャーとして入社。 2008年にbjリーグへ転籍し、「浜松・東三河フェニックス」となると、アシスタントコーチに就任。2009-10シーズンにはbjリーグ初優勝。 2010年、新規参入球団・宮崎シャイニングサンズの初代ヘッドコーチに就任。
城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - … 城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - )は、北海道江別市出身(札幌市生まれ)の元プロバスケットボール選手、バスケットボール指導者である。身長183cm、体重83kgで、ポジションはシューティングガード、ポイントガード。B3リーグの横浜エクセレンスに所属している。 2005年にbjリーグの大阪エヴェッサと契約し、プロ選手となる。2005-06シーズンと2006-07シーズンに大阪で優勝を経験。2011年より所属していた富山では3度ベストファイブに選ばれ、2013-14シーズンにはレギュラーシーズンのMVPを、日本人選手として初めて獲得した。 妻はタレントの長尾麻由。 小学校6年生の時にバスケットボールを始め、全国ミニバス大会で準優勝する。
柏木 真介(かしわぎ しんすけ、1981年〈昭和56年〉12… 柏木 真介(かしわぎ しんすけ、1981年〈昭和56年〉12月22日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。北海道帯広市出身。ポジションはポイントガードまたはシューティングガード。 帯広市立栄小学校3年でバスケを始め、帯広市立帯広第一中学校ではジュニアオールスターに出場。東海大四高では3年連続で全国大会に出場。3年次のインターハイでは準優勝に輝く。[要出典] 中央大学に進学後も2年次にインカレ準優勝を経験。4年次には李相佰争奪日韓学生バスケットボール競技大会の代表選手に選抜される。[要出典] 卒業後、日立サンロッカーズに入団。新人王とスティール賞を獲得。1年目からオールスターにも出場。全日本にも選ばれる。
宮永 雄太(みやなが ゆうた、1981年8月1日 - )は、… 宮永 雄太(みやなが ゆうた、1981年8月1日 - )は、北海道富良野市生まれの元男子プロバスケットボール選手である。183cm、80kg。 札幌市立あやめ野中学校で全国大会に出場し、ジュニアオールスターでは準優勝を経験。[要出典] 東海大四高校進学後も、柏木真介らとともにインターハイで準優勝に貢献。[要出典] 大東文化大学でも、インカレ準優勝に貢献し、敢闘賞とMr.カレッジのW受賞を果たした。[要出典] 卒業後、東芝に入社。 2012年、東芝を退社。 同年のbjリーグドラフト会議で千葉ジェッツと新潟アルビレックスBBに1巡目で指名され、新潟が交渉権を獲得したが、8月にリンク栃木ブレックスと契約。
斉藤 恵一(さいとう けいいち、1980年11月9日 - )… 斉藤 恵一(さいとう けいいち、1980年11月9日 - )は、北海道出身のバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード/パワーフォワード。193cm、85kg。イカイレッドチンプス所属。 宮の丘中学校でバスケットボールを始め、東海大学第四高校、宮田自動車を経て、2005年のbjリーグドラフト全体13位(3巡目)で仙台89ERSに入団。 2007年、実業団のイカイに入団。
高原 純平(たかはら じゅんぺい、1980年7月21日 - … 高原 純平(たかはら じゅんぺい、1980年7月21日 - )は、北海道出身のバスケットボール選手、指導者。選手としては2003年に日本リーグの大塚商会アルファーズ(現:越谷アルファーズ)に所属し、2005年には福岡レッドファルコンズと契約しプロ選手になった。選手としてのポジションはガード。現役時代の身長は178cm、体重82kgだった。 2010年には指導者に転身し、実業団チームであるイカイ女子バスケットボール部の監督を2017年で務めた。2017年7月にはBリーグの群馬クレインサンダーズのアシスタントコーチに就任した。その後、2020年に同じくBリーグ所属で、大塚商会の後継チームである越谷アルファーズのヘッドコーチ、2022年からは青森ワッツのヘッドコーチを歴任。
宅見 雅幸(たくみ まさゆき、1980年6月18日 - 20… 宅見 雅幸(たくみ まさゆき、1980年6月18日 - 2008年3月27日)は、北海道出身のプロバスケットボール選手である。元新潟アルビレックスBB所属。ポジションはシューティングガード。背番号7。187cm、75kg。 駒澤大学附属苫小牧高等学校から大東文化大学を経て、葵企業入り。 2004年、JBLスーパーリーグ時代の新潟アルビレックスA2に移籍。 2004年の6月30日に勝又英樹、小菅直人、橋本伸広とともにA1に昇格。サテライトチームであるA2からA1に選手が昇格するのは初めてであった。 美しいフォームから繰り出されるスリーポイントシュートは小菅以上のものがあった。病気のためアルビレックスBBを退団後は静養に努め、2007年はレラカムイ北海道のトライアウトを受けるまでに回復していた。
船引 まゆみ(ふなびき まゆみ、1978年10月9日 - )… 船引 まゆみ(ふなびき まゆみ、1978年10月9日 - )は、北海道出身の元バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。富士通レッドウェーブに所属していた。174cm、58kg。同じく富士通に所属していた船引かおりは実姉である。 札幌山の手高校から愛知学泉大学に進学。インカレ5連覇を経験し、1999年のユニバーシアードに姉妹揃って出場。 2001年、姉が所属する富士通に入社。1年目より15試合中14試合にスタメン出場し、Wリーグ昇格の原動力となる一方でユニバーシアード2大会連続出場も果たした。 2007年のオールジャパンでは大会ベスト5に選ばれた。2008年北京五輪世界最終予選の日本代表に選出された。
東頭 俊典(とうどう しゅんすけ、1977年〈昭和52年〉6… 東頭 俊典(とうどう しゅんすけ、1977年〈昭和52年〉6月8日 - )は、日本のバスケットボール指導者。北海道出身。大阪エヴェッサやアースフレンズ東京Zの監督を歴任し、現在はB.LEAGUEの神戸ストークスでアシスタントコーチ兼通訳を務めている。 市立札幌藻岩高等学校からNCAA3部に属するニュージャージー州のローワン大学で選手としてプレーした経験を持つ。 卒業後の2002年から1シーズンは三菱電機でマネージャーを務め、アメリカで2か月のコーチ留学を経て、2005年に日立のAC兼通訳に就任。2010年から2年間は男子日本代表AC兼通訳を務める。2013年には大阪エヴェッサで自身としては初となるヘッドコーチに就任。
船引 かおり(ふなびき かおり、現姓渡邉、1976年10月2… 船引 かおり(ふなびき かおり、現姓渡邉、1976年10月24日 - )は、北海道出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはガード。所属。166cm、64kg。ニックネームは「シップ」(「船=シップ」より)。 おなじく富士通に所属していた船引まゆみは実妹。 札幌山の手高校ではインターハイ・ウィンターカップに出場し、愛知学泉大学に進学後も2年次からインカレ3連覇を果たし、4年次には最優秀選手に選ばれた。1999年には姉妹でユニバーシアードに出場した。 卒業後の1999年、第一勧業銀行に入社するが、バスケ部が1年で廃部したためW1リーグの富士通に移籍。中心選手として活躍を続け、2002年にはW1リーグ優勝及びWリーグ初昇格を果たす。
大渕 幹大(おおぶち もとひろ、1974年8月5日 - )は… 大渕 幹大(おおぶち もとひろ、1974年8月5日 - )は、北海道出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 現在はパシフィックアクセス・スポーツ 代表取締役、フィジカルリクエスト株式会社 代表取締役、リクエストインターナショナル株式会社 代表取締役、株式会社ファシリテイト 代表取締役。 札幌日大高校、専修大学を経て1997年に大和証券に入社。 2000年に大和証券から引き継いだ新潟アルビレックスに引き続き所属。 2001年、日立に移籍。 2006年、パシフィックアクセス・スポーツ株式会社を設立。代表取締役。バスケットボール選手を中心とするプロスポーツのマネジメントを手掛けている。
細野 真(ほその まこと、1969年9月14日 - )は、北… 細野 真(ほその まこと、1969年9月14日 - )は、北海道出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。身長178cm, 体重65kg。 東海大四高ではインターハイベスト4に貢献し、日本体育大学でもインカレ3連覇を経験。 卒業後の1992年、ジャパンエナジーに入社。バスケットボール部に所属。同期には同じ北海道出身の石橋貴俊がいる。 1996年、Jエナジーの先輩鈴木貴美一が指揮を執るアイシン精機へ移籍するも2シーズンのみで愛知機械工業へ移籍し日本リーグ2部全勝優勝の立役者になるが、廃部となった。 2000年、愛知機械のチームメイト平岡富士貴とともに日本初のプロバスケットボールチーム、新潟アルビレックスBBに入団。
山根 謙二(やまね けんじ、1967年10月11日 - )は… 山根 謙二(やまね けんじ、1967年10月11日 - )は、北海道出身の元バスケットボール選手、プロバスケットボール指導者である。 東海大学付属第四高等学校(現東海大学付属札幌)ではインターハイベスト8、東海大学進学後もインカレベスト8を経験。 卒業後の1989年、マツダオート東京(1991年よりアンフィニ東京)に入社。1991年のオールジャパン2位に貢献。1993年日本リーグオールスター出場。アンフィニ東京廃部後発足した所沢ブロンコスにも選手として2シーズン所属。 2000年現役引退。 2006年7月、bjリーグ埼玉ブロンコスのヘッドコーチとして古巣に復帰。プレイオフこそ逃したものの、前シーズン最下位のチームを浮上させたが契約満了に伴い、退任。
本間 大輔(ほんま だいすけ 1961年?- )は北海道札幌… 本間 大輔(ほんま だいすけ 1961年?- )は北海道札幌市出身のバスケットボール指導者。
清水 義明(しみず よしあき、1943年 - 2021年10… 清水 義明(しみず よしあき、1943年 - 2021年10月20日)は、日本のバスケットボール指導者である。日本体育大学名誉教授。北海道出身。 北見北斗高校在学中にインターハイ出場。日本体育大学では1年時からレギュラーを務め全日本にも選出される。卒業後も日体大に残り1967年より助手。アメリカのミシガン州立大学にバスケットボール留学し、帰国後コーチに就任。在任中日本体育大学を関東大学選手権優勝20回、同リーグ戦優勝24回、日本学生選手権優勝14回を記録した。また、全日本男子監督も3度務め、1982年アジア大会では銅メダルに導いた。2012年3月を以て退官。2021年、日本バスケットボール殿堂に尾崎正敏、加藤廣志とともに掲額者として、選出された。