堀川 桃香(ほりかわ ももか、2003年7月10日 - )は… 堀川 桃香(ほりかわ ももか、2003年7月10日 - )は、日本のスピードスケート選手。 北海道広尾郡大樹町出身。大樹町立大樹小学校から大樹町立大樹中学校を経て、白樺学園高等学校卒。 兄弟の影響でスピードスケートを始め、小学校5年では釧路市の大会で2位入賞するなどしている。 中学校へ進学すると、全国中学校スケート大会では2年次、3年次に女子3,000mで2連覇を達成している。 高校はスケート界の名門たる白樺学園高等学校へ進学。高校進学後、1年生にして第69回全国高等学校スケート競技選手権大会にて女子1,500mと3,000mを制覇。2年となっても第70回全国高等学校スケート競技選手権大会で前年同様に1,500mと3,000mの二冠を制覇した。
小坂 凛(こさか りん、英語Rin KOSAKA, 2001… 小坂 凛(こさか りん、英語Rin KOSAKA, 2001年12月19日 - )は、日本のスピードスケート選手。 北海道斜里郡小清水町出身。小清水町立小清水小学校、小清水町立小清水中学校を経て山形県立山形中央高等学校卒業。 姉と兄がやっていたスケートを見に行って、自身も自然にスケートと接しているうちに滑るようになったという。 小学校6年の時に北海道網走郡美幌町で行われた地域大会で優勝した記録を持つ。 2015年に中学校へ進んだ後、2017年1月の全国中学生スケート選手権大会スピードスケート女子1,000mと3,000mの双方で優勝し、中学二冠王となった。 2017年4月にスケートの名門校たる山形県立山形中央高等学校に越境進学。
森重 航(もりしげ わたる、2000年(平成12年)7月17… 森重 航(もりしげ わたる、2000年(平成12年)7月17日 - )は、日本のスピードスケート選手。専修大学卒業。2022年北京オリンピック500mの銅メダリスト。2023年4月からは北海道帯広市に本社を置く株式会社オカモトに入社。所属は「オカモトグループ」。 北海道野付郡別海町出身。実家は酪農牧場で12人家族、8人兄弟の末子である。別海町立上風連中学校、山形中央高等学校を経て専修大学に入学しスピードスケート部に所属。同じく2022年北京オリンピックの男子500mに出場した新濱立也とは、少年時代に同じスケートチームである「別海スケート少年団白鳥」に所属していたという共通点がある。 2018年の全国高校選抜で男子500m、男子1000mの2冠を達成 2020年の世界ジュニア選手権男子500mで3位となる 2021年の全日本スピードスケート距離別選手権大会男子500mで優勝。
佐藤 綾乃(さとう あやの、1996年12月10日 - )は… 佐藤 綾乃(さとう あやの、1996年12月10日 - )は、日本のスピードスケート選手。高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科卒業。全日本空輸株式会社(ANA)アスナビを通じて2019年4月1日入社。 2018年平昌オリンピック女子団体追抜で日本史上初の金メダルを獲得。 元プロ野球選手である佐藤龍世とは同学年の従弟にあたる。 1996年、北海道厚岸郡厚岸町生まれ。厚岸町立真龍小学校1年生の時からスピードスケートを始め、厚岸町立真龍中学校3年時に出場した第32回全国中学校スケート大会では、女子1500mと3000mで優勝。 2012年、北海道釧路北陽高等学校に進学。高校在学中の2013年、世界ジュニアスピードスケート選手権大会に於いて、髙木美帆・樋沙織と組んで女子チームパシュートで金メダルを獲得し、高校3年次のインターハイ(全国高等学校スケート選手権大会スピード競技)では女子1500m&3000mを制覇して二冠王に輝いた。
新濱 立也(しんはま たつや、1996年7月11日 - )は… 新濱 立也(しんはま たつや、1996年7月11日 - )は、日本のスピードスケート選手。高崎健康福祉大学所属。趣味はサイクリング。マネジメント会社は株式会社C.DREAMS。 北海道野付郡別海町出身。3歳でスケートを始め、別海スケート少年団白鳥に所属する。別海町立野付小学校、別海町立野付中学校と進む。中学校時代には3年次に第32回全国中学生スケート大会に出場し、6位入賞を果たしている。 2012年4月に北海道釧路商業高等学校に進学。高校3年次の第64回全国高等学校スピードスケート選手権大会では500m/1,000mで優勝し、二冠王となる。同じく高校3年次のJOCジュニアオリンピックカップ 第38回全日本ジュニアスピードスケート選手権大会では男子1,000mで優勝した。
一戸 誠太郎(いちのへ せいたろう、1996年1月25日 -… 一戸 誠太郎(いちのへ せいたろう、1996年1月25日 - )は、北海道網走郡美幌町出身のスピードスケート選手。ANA社員アスリート。 父の指導でスケートを始め、中学卒業までは北海道の美幌町で過ごす。山形県の山形県立山形中央高等学校を経て、長野県の信州大学教育学部に進学。大学4年の時にナショナルチームに入り、チームパシュートに一員として練習しながら重ね、2018年平昌オリンピック日本代表になった。 2020年3月の世界オールラウンド選手権で総合3位となり、日本の男子が表彰台の立つのは、1997年の2位になった白幡圭史以来、23年ぶりとなった。 2022年北京オリンピックのスピードスケート競技では、男子5000mに出場し6分19秒81で12位だった。
ウイリアムソン 師円(ウイリアムソン シェーン、英:Shan… ウイリアムソン 師円(ウイリアムソン シェーン、英:Shane Williamson、1995年4月28日 - )は、北海道浦河町出身のスピードスケート選手。山形県の山形中央高等学校へ進学し、ソチオリンピックの日本代表に選ばれた。現在は日本電産サンキョーに所属、長野県に在住。2016年の高校総体のパシュートで2位となったウィリアムソンレミは妹。 姓について、選手登録していた名前は「ウィリアムソン」と、小さいイを用いた表記だが、戸籍上は「ウイリアムソン」である。また、2017年10月、選手登録の名前も、戸籍に合わせて「ウイリアムソン」へ変更している。 オーストラリア出身の父と日本人の母の間に生まれる。
近藤 太郎(こんどう たろう、1994年9月8日 - )は、… 近藤 太郎(こんどう たろう、1994年9月8日 - )は、北海道北見市出身のスピードスケート選手。ANAエアポートサービス所属。専修大学在学中に2014年ソチオリンピックに出場。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代に全国高等学校スケート選手権大会スピード競技1000M・1500Mで優勝。高校卒業後は専修大学経営学部へ進学し、スピードスケート部に所属。 在学中に2014年ソチオリンピックに出場したが、1000Mは35位・1500Mでは31位に終わった。大学卒業後は、ANAエアポートサービスに入社し競技を続ける。 引退後は、母校専修大学スピードスケート部の監督に就任。
高木 美帆(たかぎ みほ、1994年5月22日 - )は、日… 高木 美帆(たかぎ みほ、1994年5月22日 - )は、日本のスピードスケート選手。幕別町立札内中学校、北海道帯広南商業高等学校卒、日本体育大学在学。主に1500mを得意とする。また、500mから3000mまでのオールラウンダーでもある。
長谷川 翼(はせがわ つばさ、1994年2月8日 - )は、… 長谷川 翼(はせがわ つばさ、1994年2月8日 - )は、日本のスピードスケート選手。北海道中標津町出身。 中標津町立中標津中学校、白樺学園高等学校、日本大学卒業。日本電産サンキョー所属。2018年平昌オリンピック日本代表選手。
高山 梨沙(たかやま りさ、1993年6月29日 - )は、… 高山 梨沙(たかやま りさ、1993年6月29日 - )は、北海道網走郡美幌町出身の女子スピードスケート選手である。安平町立早来中学校、駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業。富士急行所属。妹である高山菜摘もスピードスケート選手。 小学校2年でスケートを始める。 小4で千歳市に移り、早来町(現・安平町)の少年団に入団。スピードスケートを本格的を打ち込む。小6で早来町に再び移住。 中学進学後に才能が開花。1年で3000mで全国準優勝。2年では全国優勝。真駒内選抜5000mで史上初の中学生優勝を果たした。 2008年にISUワールドカップ日本代表に選ばれる。中学生の選出は史上初。
押切 美沙紀(おしぎり みさき、1992年9月29日 - )… 押切 美沙紀(おしぎり みさき、1992年9月29日 - )は、北海道中札内村出身のスピードスケート選手。富士急行所属。妹はボブスレーとラグビーの選手押切麻李亜。 ソチオリンピック、平昌オリンピックに出場。世界距離別選手権の団体パシュートで銀メダルを2回獲得している。2017年12月に髙木美帆に更新されるまでは、女子1500mの日本記録保持者であった。 同学年で出身地が近い髙木菜那と小学校時代から切磋琢磨するライバル関係を築く。中札内中学校では全国中学校大会で優勝。駒澤大学附属苫小牧高等学校進学後は2年生次の2010年1月、インターハイ500mで優勝。3月にモスクワで行われた世界ジュニアスピードスケート選手権大会では高木菜那・美帆姉妹とともに出場したチームパシュートで銀メダルを獲得。
松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は… 松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は、競輪選手、元スピードスケート選手。日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンク(練習地)は平塚競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第113期生。師匠は三ツ井勉(45期)。 北海道斜里郡清里町出身。実家は寺(曹洞宗 龍川寺)で、3人兄弟の次男。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代、全日本ジュニアスピードスケート選手権大会で総合3位、世界ジュニアスピードスケート選手権大会のチームパシュートで4位などの実績を挙げる。 その後、専修大学経済学部に進学したが、最終学年での留年が確定したことが原因でスピードスケートの競技活動を断念。その後、某パチプロのSNSを閲覧していたところ、元競輪選手がやっている居酒屋が平塚にあるとの情報が目に留まり、そこのオーナー(上田康雅)から、師匠となる三ツ井勉を紹介された。
小田 卓朗(おだ たくろう、1992年7月13日 - )は北… 小田 卓朗(おだ たくろう、1992年7月13日 - )は北海道浦河郡浦河町出身のスピードスケート選手である。
高木 菜那(たかぎ なな、1992年7月2日 - )は、日本… 高木 菜那(たかぎ なな、1992年7月2日 - )は、日本のスピードスケート選手。日本電産サンキョー所属。妹もスピードスケート選手でバンクーバーオリンピック日本代表の高木美帆。
羽賀 亮平(はが りょうへい、1988年9月17日 - )は… 羽賀 亮平(はが りょうへい、1988年9月17日 - )は、日本のスピードスケート選手。バンクーバーオリンピック日本代表。 北海道帯広市出身。両親もスピードスケート選手であり、自身は6歳の時にスケートを始めた。帯広市立第八中学校、白樺学園高等学校、日本大学を経て現在日本電産サンキョー所属。小学校時代に所属していた陸上競技クラブには福島千里がいた。中学時代から短距離種目で好成績を残し、特にインカレでは史上3人目の500m4連覇を達成、1000mでも3連覇した。日本大学在学中の2009年にワールドカップにデビュー。現在までの総合の最高成績は2009/10シーズンの500m11位である。2010年のバンクーバーオリンピックでは1000mに出場したが29位に終わった。
郷 亜里砂(ごう ありさ、1987年12月12日 - )は、… 郷 亜里砂(ごう ありさ、1987年12月12日 - )は、北海道別海町出身のスピードスケート選手。山梨学院大学卒業。イヨテツスピードクラブ所属。 平昌オリンピックに出場して、女子500mで8位入賞を果たし、女子1000mでは13位に入った。北京オリンピックでは女子500mで15位となった。 3歳からスピードスケートを始める。ホテルを営む自宅の前にスケートリンクがある環境で育った。小学5年生からは、スピードスケートとショートトラックの両立に取り組んだ。 高校のとき、親元を離れて白樺学園高等学校に進学。しかし高校時代は、3年生のときに出場した全国高等学校総合体育大会で、女子500mで4位になった以外は、目立った成績を残せなかった。
住吉 都(すみよし みやこ、1987年3月19日 - 201… 住吉 都(すみよし みやこ、1987年3月19日 - 2018年1月20日)は、日本のスピードスケート選手。ローソン所属。 北海道釧路市出身。姉の影響で小学1年生でスピードスケートを始める。釧路北陽高校在籍時にインターハイ1500メートルで8位入賞。信州大学在籍時にインカレで総合3連覇を達成する。 2013年、ソルトレイクシティで開催された世界スプリントスピードスケート選手権大会で13位入賞。同年、JOCの仲介による就職支援ナビゲーションシステム「アスナビ」によりローソンに入社。2014年、長野の世界スプリントスピードスケート選手権大会でも総合13位を獲得。 同年、ソチの冬季オリンピックで500メートル(14位)と1,000メートル(22位)に出場する。
石澤 志穂(いしざわ しほ、女性、1986年10月23日 -… 石澤 志穂(いしざわ しほ、女性、1986年10月23日 - )は、日本の元女子スピードスケート選手。専門は長距離。バンクーバーオリンピック、ソチオリンピック日本代表。トランシス所属。現在は帯広大谷短期大学勤務、管理栄養士。 北海道中札内村出身。中札内村立中札内小学校、同中学校を経て、駒大苫小牧高校に進んだ。高校卒業後は(株)岸本医科学研究所に所属。 全日本スピードスケート選手権大会で2005年・2006年と4位入賞を連続で果たし、2006年、20歳でISUワールドカップに初出場。2009年の世界距離別スピードスケート選手権大会に出場し、3000m17位、5000m14位。翌年のバンクーバーオリンピックにも出場し、3000m15位、5000mでは9位となった。
石野 枝里子(いしの えりこ、1985年12月1日 - )は… 石野 枝里子(いしの えりこ、1985年12月1日 - )は、北海道帯広市出身の日本の女子スピードスケート選手である。日本電産サンキョー所属。2006年トリノオリンピック日本代表。 ※ちなみに中学校は帯広市立南町中学校で講演会などを行った事もある。
辻 麻希(つじ まき、女性、1985年4月27日 - )は、… 辻 麻希(つじ まき、女性、1985年4月27日 - )は、日本のスピードスケート選手である。開西病院所属。 北海道帯広市出身。6歳でスピードスケートを始め、中学3年次に出場した全国中学校スケート大会において、500mと1000mの二種目で優勝した。全日本ジュニアスピードスケート選手権大会において2位となり、世界ジュニアスピードスケート選手権大会の代表に選出された。白樺学園高等学校時代には全国高等学校スケート選手権大会スピード競技の1000mで三連覇を果たす。同校卒業後にISUワールドカップ日本代表に選出される。 2010年からISUワールドカップ・ディビジョンAに定着して競技を続け、2013年のソチオリンピック代表選考会において500mで2位、1000mで3位となりオリンピック出場を決めたが、2014年2月の同オリンピック500mでは9位となり入賞を逸した。
太田 明生(おおた あきお、1984年(昭和59年)9月3日… 太田 明生(おおた あきお、1984年(昭和59年)9月3日 - )は、日本の元スピードスケート選手、北海道テレビのディレクター。身長175.2cm。JR北海道に所属していた。 北海道網走市生まれ。同市立二見ケ岡小学校1年のときスケートを始める。同市立第五中学校では網走スピードスケート少年団に所属。中学3年の時、全国中学スケート男子500メートルで優勝した。北海道池田高等学校3年生でインターハイ500メートルで2位。高校卒業後は明治大学政治経済学部に進学し、2006年、2007年とインターカレッジで500メートル連覇を果たした。2010年バンクーバーオリンピックにも出場し、500メートルで17位。
大津 広美(おおつ ひろみ、1984年5月22日-)は、北海… 大津 広美(おおつ ひろみ、1984年5月22日-)は、北海道河西郡更別村出身の元スピードスケート選手。身長165cm、体重59kg。 2003年3月白樺学園高等学校卒業。高校卒業後、富士急行スケート部に入部。社会人3年目となる2005年、同年のワールドカップトリノ大会のチームパシュートで3位となる。 初めてのオリンピックとなるトリノオリンピックでは1500mとチームパシュートに出場、1500mでは2分4秒77の33位に終わった。 チームパシュートではロシアとの3位決定戦でレース途中で転倒、4位に終わる。ロシアをリードしていた状況での転倒について大津は「チャンスを逃したのは私の責任。本当に何があるか分からない」とコメントした。
土井 槙悟(どい しんご、1983年8月23日 - )は、北… 土井 槙悟(どい しんご、1983年8月23日 - )は、北海道河西郡芽室町出身の日本のスピードスケート選手。開西病院所属。身長177cm、体重75kg。 スピードスケートの名門白樺学園高等学校に入学し、2年時には世界ジュニアスピードスケート選手権大会で総合優勝を達成。 早稲田大学進学後も全日本ジュニア連覇を達成し、ワールドカップのメンバーにも選ばれる。 卒業後は開西病院に進み、2010年バンクーバーオリンピック代表に選出され男子1500mで30位となった。
杉森 輝大(すぎもり てるひろ、1982年9月15日 - )… 杉森 輝大(すぎもり てるひろ、1982年9月15日 - )は、北海道広尾郡大樹町出身の元スピードスケート選手で、現在は競輪選手。日本競輪選手会茨城支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第103期生。177cm、77kg。 小学校からスケートを始め、中学2年で1500m北海道王座に輝く。 高校はスケートの名門、白樺学園高等学校、大学は明治大学に進学、大学4年で初の日本代表としてワールドカップを転戦。ユニバーシアードにも出場。 卒業後は就職先がなく、フリー(後に吉羽木材所属)となるが、国内トップ選手との合宿を積み、2005年全日本選手権で1500m優勝、トリノ五輪出場を手にした。 2006年の五輪本大会は1500mとチームパシュートで出場。
平子 裕基(ひらこ ひろき、1982年8月6日 - )は、北… 平子 裕基(ひらこ ひろき、1982年8月6日 - )は、北海道音更町出身の日本の男子スピードスケート選手。 白樺学園高等学校を経て明治大学1年時に2002年ソルトレークシティオリンピック5000mに出場。結果は17位に終わった。在学中全日本スピードスケート距離別選手権大会5000mで連覇。2003年アジア冬季競技大会(日本、青森)10000mで金メダルを獲得した。 大学卒業後は2006年から帯広市の開西病院に勤務。全日本スピードスケート選手権大会で3連覇を果たす。2007年アジア冬季競技大会(中国、長春)5000m金メダル。 2009年は世界距離別選手権10000m9位、アジア選手権総合2位となる。
出島 茂幸(でじま しげゆき、1982年5月13日 - )は… 出島 茂幸(でじま しげゆき、1982年5月13日 - )は、北海道釧路市出身の元スピードスケート選手である。 釧路市立鳥取西中学校-北海道釧路商業高等学校-専修大学-株式会社開発計画研究所-十六銀行。 2010年バンクーバーオリンピック代表に選ばれ、男子5000m27位、男子パシュート8位となった。
渡邊 ゆかり(わたなべ ゆかり、1981年4月28日 - )… 渡邊 ゆかり(わたなべ ゆかり、1981年4月28日 - )は、北海道稚内市出身の女子競輪選手、元女子スピードスケート選手。 競輪選手としては、日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)102期生、日本競輪選手会新潟支部所属(登録地は山梨県)。また、選手登録名は渡辺ゆかりとしている。 白樺学園高等学校を経て、富士急行に所属していた。2009-2010シーズン終了後、富士急スケート部を退部した。
及川 佑(おいかわ ゆうや、1981年(昭和56年)1月16… 及川 佑(おいかわ ゆうや、1981年(昭和56年)1月16日 - )は、北海道中川郡池田町生まれのスピードスケート選手。500メートル前日本記録保持者(34秒27) 北海道池田高校から山梨学院大学へ進学。その後、びっくりドンキー所属を経て、現在は大和ハウス工業株式会社所属。 大学在学中の就職活動において、スケート部を持つ企業からは選手待遇での誘いがなく、このまま無ければ大学でスケートを引退する予定だった。 しかし就職活動中、びっくりドンキーの一般社員としての役員面接の際、「トリノオリンピックに出場します」と想いを述べ、元体操選手だった庄司昭夫社長にその意気込みを買われ入社。 大学卒業後も競技生活を続行している。
大菅 小百合(おおすが さゆり、1980年10月27日 - … 大菅 小百合(おおすが さゆり、1980年10月27日 - )は、日本の元スピードスケート選手、元自転車競技選手。北海道標津郡標津町出身。マネージメント会社はボリバレント 幼少期は習い事として空手・水泳・習字・算盤をチャレンジした。空手は小学生の時に選手権大会に出場、妹の淳子も出場している。スピードスケートの強豪である白樺学園高等学校を卒業した後、1999年に三協精機製作所(現在の日本電産サンキョー)に入社。2002年ソルトレークシティオリンピックで五輪初出場を果たした。 その後、トレーニングの一環で行っていた自転車競技・トラックレースでも頭角を現し、2002年の釜山アジア大会500mタイムトライアルで、当時同種目世界記録保持者の江永華に次いで2位。
妹尾 栄里子(せお えりこ、1979年3月12日 - )は、… 妹尾 栄里子(せお えりこ、1979年3月12日 - )は、日本の元スピードスケート選手。北海道帯広市出身。 白樺学園高等学校を卒業後王子製紙に入社、その後松本電気鉄道(のちのアルピコ交通)へ移籍した。アルピコが廃部となった後再び王子製紙所属となった。 2002年ソルトレイクシティオリンピック代表に選ばれ、女子3000m19位となった。 2006年トリノオリンピック代表に選ばれ、女子3000m20位タイとなった。 2007年-2008年シーズン終了後、現役を引退した。
田畑 真紀(たばた まき、1974年11月9日 - )は、日… 田畑 真紀(たばた まき、1974年11月9日 - )は、日本の女子スピードスケート選手及び同自転車競技選手。 北海道勇払郡むかわ町(旧・鵡川町)生まれ。駒澤大学附属苫小牧高等学校出身。同校スピードスケート部監督。富士急、ダイチを経て日本建物管財に所属。短距離から長距離までこなすオールラウンダー。
糸川 敏彦(いとかわ としひこ、1974年9月20日 - )… 糸川 敏彦(いとかわ としひこ、1974年9月20日 - )は、北海道斜里郡清里町出身の元スピードスケート選手である。とかちチームAA所属。 清里町立光岳小学校、清里町立清里中学校から白樺学園高校に進み、1992年アルベールビルオリンピックに最年少で出場。 専修大学在学中にも1994年リレハンメルオリンピック出場を果たし、5000mで6位に入賞するとともに日本新記録をマークした。 卒業後はコクドに入社。1998年長野オリンピック出場は逃したが、2002年ソルトレークシティオリンピックで2大会ぶり出場を果たした。 2014年ソチオリンピックと2018年平昌オリンピックではコーチを担当した。 2003年、コクドを退社。
三宮 恵利子(さんみや えりこ、1974年9月19日 - )… 三宮 恵利子(さんみや えりこ、1974年9月19日 - )は、スケートコメンテーター、ローカルタレント、元スピードスケート選手。トヨタ自動車所属。
清水 宏保(しみず ひろやす、1974年〈昭和49年〉2月2… 清水 宏保(しみず ひろやす、1974年〈昭和49年〉2月27日 - )は、日本の元スピードスケート選手、医学者、スポーツキャスター、タレント、実業家。学位は博士(医学)(弘前大学・2023年)。 北海道帯広市出身。有限会社Shimizu所属 兼取締役。1998年長野オリンピックで金メダル1個、銅メダル1個、2002年ソルトレークシティオリンピックで銀メダルを獲得した。身長は162cm。タレント専属契約はエイベックス・マネジメント・エージェンシー。 実家は建設会社。葵幼稚園、帯広市立栄小学校、帯広市立帯広第一中学校、白樺学園高等学校、日本大学文理学部卒業。三協精機、NECを経て、現在は株式会社コジマに所属するプロのスケーターである。
宗像 記子(むなかた のりこ、1974年1月30日 - )は… 宗像 記子(むなかた のりこ、1974年1月30日 - )は、スピードスケート選手。北海道新得町出身。 白樺学園高等学校卒業。1992年に富士急行に入社。全日本実業団スピードスケート競技会で3000mで優勝、1994年の世界スピードスケート世界選手権で総合4位となった。1998年の長野オリンピックでは3000mに出場し18位だった。 夫はカナダ代表のマイク・アイルランド(英語版)。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
白幡 圭史(しらはた けいじ、1973年10月8日 - )は… 白幡 圭史(しらはた けいじ、1973年10月8日 - )は、日本のスピードスケート選手。専門は長距離。北海道釧路市出身。最終学歴は専修大学卒業。 北海道釧路商業高等学校、専修大学をへてコクドに所属。大学・実業団と黒岩彰の指導を受け、長い体躯を生かしたダイナミックなスケーティングで日本の長距離界をリードした選手である。 現役時代168cm・68kgと小柄ながらも、高地合宿や低酸素供給マシンを始めとする理論的なトレーニングと序盤から後半に向けタイムを上げていく、独特の走法及び世界一とも呼ばれたスケーティング技術で、長く一線級に留まった。 釧路商業高校在学中(3年生)に1992年アルベールビルオリンピック初出場、1994年リレハンメルオリンピックには選出されなかったが、1998年長野オリンピック代表に選出されメダルも期待されたが惜しくも逃している。
堀井 学(ほりい まなぶ、1972年〈昭和47年〉2月19日… 堀井 学(ほりい まなぶ、1972年〈昭和47年〉2月19日 - )は、日本の政治家、元スピードスケート選手、元1000m世界記録保持者。1994年のリレハンメルオリンピックで銅メダルを獲得した。 衆議院議員(4期)、内閣府副大臣、外務大臣政務官、北海道議会議員(2期)、北海道オリエンテーリング協会会長などを歴任。 北海道室蘭市輪西町に市役所の職員だった父・治年と、母・和子の長男として生まれる。小学4年からスピードスケートを始める。室蘭市立白鳥台小学校、本室蘭中学校を卒業後、白樺学園高等学校に入学。その後専修大学商学部へ進学。1994年3月、専修大学商学部商業学科を卒業し同年4月に王子製紙入社。
島崎 京子(しまざき きょうこ、1972年1月7日 - )は… 島崎 京子(しまざき きょうこ、1972年1月7日 - )は北海道河東郡音更町出身の元スピードスケート選手。現姓名は杉山 京子(すぎやま きょうこ)。身長159cm、体重57kg。
山本 宏美(やまもと ひろみ、1970年4月21日 - )は… 山本 宏美(やまもと ひろみ、1970年4月21日 - )は、北海道白老郡白老町出身の元スピードスケート選手。1994年リレハンメルオリンピック銅メダリスト。現姓・山中。 3歳頃からスケートを始める。白老中学校1年の時に全国中学校体育大会で優勝した。駒大苫小牧高校を卒業後、王子製紙に入社し、全日本スピードスケート選手権などで活躍。スピードスケートの種目では主に中・長距離を得意とした。 だが1992年の年明けに脳腫瘍を患い入院。1993年春頃には左足首の靱帯を断裂する大怪我を追い手術を受ける。このケガを機に、足に負担が掛からない小刻みなピッチ走法に変えた所、これが功を奏してスピードスケートの自己記録を次々と更新し、翌1994年に自身初の冬季オリンピック日本代表に選出された。
椿 文子(つばき あやこ、1969年12月3日 - )は、日… 椿 文子(つばき あやこ、1969年12月3日 - )は、日本のショートトラックスピードスケート選手(冬季五輪日本代表選手)。農業家(北海道指導農業士)・教育者・スケート指導者(日本スケート連盟強化コーチ)。鵡川農業協同組合(JAむかわ)理事を務めた。 北海道勇払郡鵡川町(現・むかわ町)の生まれ。少女のころスケートを始め、瞬く間に全国大会で活躍した。 1994年、リレハンメルオリンピックに日本代表として出場。500mに出場した。同年、外ノ池亜希、新谷志保美らとともに長野県スケート連盟栄光賞を受ける。1998年、長野オリンピックに日本代表として出場。500mに出場した。 2006年、トリノオリンピック日本代表コーチ。
楠瀬 志保(くすのせ しほ、本名:森野志保、1969年10月… 楠瀬 志保(くすのせ しほ、本名:森野志保、1969年10月23日 - )はスピードスケート選手。リレハンメル冬季五輪におけるスピードスケート競技スピードスケート女子1000メートルで6位入賞した元オリンピック選手。北海道別海町出身。駒澤大学附属苫小牧高等学校、日本体育大学卒業。 息子の森野太陽もスピードスケート選手。
佐藤 和弘(さとう かずひろ、1967年4月6日 - )は、… 佐藤 和弘(さとう かずひろ、1967年4月6日 - )は、北海道出身の元スピードスケート選手である。 釧路短期大学附属高等学校-専修大学-コクド1990年アジア冬季競技大会男子5000m、男子10000mともに金メダル獲得。1991年冬季ユニバーシアード男子5000m銀、男子10000m金メダル獲得。1992年アルベールビルオリンピック代表に選ばれ、男子10000m5位入賞。同種目日本勢初の入賞を果たした。1500mは28位、5000mは17位だった。 1994年リレハンメルオリンピック代表に選ばれ、男子5000m、10000mともに13位だった。
関 ナツエ(せき なつえ、1966年6月10日 - )は、北… 関 ナツエ(せき なつえ、1966年6月10日 - )は、北海道鵡川町(現・北海道むかわ町)出身のスピードスケート・自転車競技選手である。三協精機(現日本電産サンキョー)所属。 駒大苫小牧高校ではインターハイ1500mで3連覇を達成。1988年カルガリーオリンピックに1500m・3000m・5000mで出場し、同年に開催されたソウルオリンピックにも自転車ロードレースで出場した。高校の2年先輩でもある橋本聖子とともに、日本人初の夏冬オリンピック出場となった。
三谷 幸宏(みたに ゆきひろ、1966年4月22日 - )は… 三谷 幸宏(みたに ゆきひろ、1966年4月22日 - )は、北海道河東郡音更町出身の元スピードスケート選手で、元競輪選手。日本競輪学校第67期生。師匠は穴田勝彦(13期)。競輪選手時代は日本競輪選手会北海道支部所属。ホームバンクは函館競輪場。 白樺学園高等学校時代、第11回全日本スプリントスピードスケート選手権大会において、当時日本の第一人者である黒岩彰の同大会3連覇を阻んで総合優勝。また、法政大学時代の第13回も総合優勝を果たす。 1986年に行われた世界スプリントスピードスケート選手権大会では総合6位。 1987年に行われた世界スプリントスピードスケート選手権大会では、1000mで1位を記録した他、総合でも3位(優勝は黒岩彰)に入る。
浜谷 公宏(はまや きみひろ、1963年3月21日 - )は… 浜谷 公宏(はまや きみひろ、1963年3月21日 - )は、日本のスピードスケート選手。専門は中距離。北海道根室市出身。最終学歴は専修大学卒業。 北海道根室高等学校・専修大学卒業後、ミズノに入社。1984年サラエボオリンピック、1988年カルガリーオリンピック代表に選出された。高校在学中は、夏は野球、冬はスケートで活躍した。1994年リレハンメルオリンピックでは、テレビ中継の解説を務め「良いですよ」のコメントで話題を呼んだ。現在日本スケート連盟職員である。
北沢 欣浩(きたざわ よしひろ、戸籍上の表記は北澤 欣浩、1… 北沢 欣浩(きたざわ よしひろ、戸籍上の表記は北澤 欣浩、1962年8月4日 - )は、北海道釧路市出身の元スピードスケート選手。「キンコウ」の愛称で知られていた。
鈴木 靖(すずき やすし 1962年〈昭和37年〉5月15日… 鈴木 靖(すずき やすし 1962年〈昭和37年〉5月15日 - )は、北海道鵡川町(現北海道むかわ町)出身のスピードスケート選手。 1962年(昭和37年)5月15日、北海道勇払郡鵡川町(現むかわ町)出身。駒澤大学附属苫小牧高等学校を経て三協精機(現日本電産サンキョー)へ入社。 高校時代よりスピードスケート選手として頭角を現し、高校1年時に2000mリレーにて高校日本新記録を樹立、その後も、500m1000mで表彰台に上る。数々の世界大会に出場。1984年のサラエボオリンピック日本代表として男子500mに出場した。500m、1000m両距離に強さがあったスプリンター。 1983年ドイツ国際大会・中国国際大会では500m優勝の実績もある。
篠原 雅人(しのはら まさひと、1961年5月10日 - )… 篠原 雅人(しのはら まさひと、1961年5月10日 - )は、日本の元スピードスケート選手。北海道幕別町出身。 白樺学園高等学校を経て王子製紙に入社。 インターハイでは1年時に1000m、2年時に10000m、3年時に5000mと10000mを制した。 1983年の第52回全日本スピードスケート選手権大会総合優勝。1984年サラエボオリンピックに出場、5000m24位、10000m26位となった。また1986年アジア冬季競技大会5000mで金メダルを獲得した。
太田 裕子(おおた ゆうこ、本名:八重樫 裕子(やえがし ゆ… 太田 裕子(おおた ゆうこ、本名:八重樫 裕子(やえがし ゆうこ、旧姓:太田)、1957年4月26日 - )は、日本の元スピードスケート選手である。北海道出身。 駒大苫小牧高校在学中の1976年、インスブルックオリンピック代表に選出、1000m20位、1500m24位、3000m19位の成績を残した。 高校卒業後王子製紙に入社、結婚して姓が久慈に代わった後、1979年の第48回全日本スピードスケート選手権大会総合優勝。 1980年1月の世界オールラウンド選手権では総合16位。レークプラシッドオリンピック代表に選出されたが、1000m25位、1500m23位、3000m25位に終わった。