今泉 清保(いまいずみ せいほ、1968年7月1日 - )は… 今泉 清保(いまいずみ せいほ、1968年7月1日 - )は、日本の男性アナウンサー、ジャーナリスト、ライター。福岡放送(FBS)アナウンサー・報道記者→フリーアナウンサー→青森テレビ(ATV)ニュースキャスター→アナウンサー。青森県青森市生まれ。身長160cm。 青森市立佃小学校、青森市立沖館中学校、青森県立青森高等学校卒業後、国立国会図書館職員をしながら青山学院大学文学部第二部を卒業。 大学4年時に「就職活動をしたい」という理由でFBSを受験し内定を得たことで国会図書館を退職し、1991年にFBSへ入社しアナウンサーとなる(FBSの同期には舘恭子、酒井健治、中村明美が、NNN・NNS系列の同期には元中京テレビの小林美穂子、元日本テレビの藪本雅子、青森放送の秋山博子、同郷でミヤギテレビの盛朋子と浮ヶ谷美穂、元山形放送の旗本由紀子がいる)。
潮 匡人(うしお まさと、1960年〈昭和35年〉3月 - … 潮 匡人(うしお まさと、1960年〈昭和35年〉3月 - )は、日本の評論家、軍事ジャーナリスト、航空自衛官。帝京大学短期大学人間文化学科准教授、防衛庁広報誌「日本の風」(通巻6号で休刊)編集長。 京都府立鴨沂高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業(在学中は雄弁会幹事長を務める)。同大学院法学研究科修士課程修了、TBSテレビ報道制作部契約社員を経て、1983年、航空自衛隊に入隊(防衛大学校27期相当)。 航空教育隊区隊長、第8航空団修理隊計器小隊長、第304飛行隊付幹部、航空中央業務隊付(市ヶ谷駐屯地、航空幕僚監部法務課)、航空総隊司令部(総務課法務班兼防衛課防衛1班)、防衛庁長官官房広報課(広報誌「セキュリタリアン」編集長)等を歴任。
畑山 篤(はたやま あつし、1959年8月9日 - )は、日… 畑山 篤(はたやま あつし、1959年8月9日 - )は、日本のジャーナリスト。テレビ岩手専務取締役プロジェクト事業局長。元日本テレビ放送網株式会社海外ビジネス推進室長、台湾・黒剣テレビ番組製作副社長。NNN事務局長。 ISSJ(社会福祉法人国際社会事業団)理事。 青森県三戸郡五戸町出身。血液型O型。趣味:スキー、ゴルフ 青森県立八戸高等学校、上智大学外国語学部英語学科卒業。高校在学中に実用英語検定1級合格。大学時代にロータリー財団奨学生として米国に1年間留学。1984年に日本テレビ入社後は報道記者として活動。社会部、外報部、カイロ支局長、ニューヨーク支局長、外報部長、経済部長、解説委員などを務める。
長谷部 剛(はせべ つよし、1957年(昭和32年)8月22… 長谷部 剛(はせべ つよし、1957年(昭和32年)8月22日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。日本経済新聞社代表取締役会長。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校を経て、1980年に早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。大阪編集局社会部、名古屋編集部、東京編集局経済解説部、経済部に記者として勤務。その後、秘書室長、東京編集局経済部長、経営企画室長等を歴任。 2012年常務、2015年専務、2020年副社長を経て、2021年3月に社長に就任。グローバルとデジタルを両輪とする事業戦略を進め、日経電子版の有料会員数を伸ばし、2026年3月代表権のある会長に退く。
山川 裕隆(やまかわ ひろたか、1951年(昭和26年)- … 山川 裕隆(やまかわ ひろたか、1951年(昭和26年)- )は、日本のジャーナリスト。 時事総合研究所客員研究員で、元時事通信社解説委員兼前国際室次長。 青森県出身。青森県立五所川原高等学校を経て、青山学院大学法学部を卒業し、1975年(昭和50年)に時事通信社に入社した。 主に経済部に所属し、経済部次長、産業部次長、岐阜支局長、解説委員兼国際室次長などを務め、中国や東南アジアなどの情報収集・企画立案を担当した。2012年(平成24年)時事総合研究所客員研究員、2016年(平成28年)アジアフードビジネス協会のアドバイザーに就任。また、日刊WEBサービス「時事アジア速報」の編集や「ベトナム速報」の立ち上げに貢献した。
立石 勝規(たていし かつのり、1943年 - )は、日本の… 立石 勝規(たていし かつのり、1943年 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 青森県弘前市生まれ。東北大学卒業。毎日新聞社に入社し、東京本社社会部副部長・編集委員・論説委員・論説副委員長などを務める。その後退職し、独立。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
北村 正任(きたむら まさとう、1941年(昭和16年)4月… 北村 正任(きたむら まさとう、1941年(昭和16年)4月29日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。毎日新聞社社長、第15代横綱審議委員会委員長。 青森県出身。父は青森県知事を務めた北村正哉。青森県立八戸高等学校、東京大学法学部を卒業後、1965年(昭和40年)毎日新聞社に入社。 岡山、京都支局、大阪社会部、東京政治部、ボン支局長、東京本社外信部長、論説委員長を経て、1998年(平成10年)取締役・編集局長、00年常務・主筆、04年社長、08年会長。ほかに日本記者クラブ理事長、日本新聞協会会長、日本ユニセフ評議員、公益財団法人イオン環境財団の評議員も務めた。 現在は、毎日新聞社の名誉顧問、一般社団法人アジア調査会理事。
工藤 十三雄(くどう とさお、1880年(明治13年)5月1… 工藤 十三雄(くどう とさお、1880年(明治13年)5月16日 – 1950年(昭和25年)12月17日)は、衆議院議員(政友本党→立憲政友会)、ジャーナリスト。 弘前市出身。東京帝国大学法科大学独法科を中退後、時事新報の記者となった。東洋拓殖株式会社嘱託を経て、郷里で陸奥日報社や弘前新聞社の経営にあたった。 1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。6期連続当選を果たした。その間、平沼内閣で鉄道政務次官を務めた。 1942年(昭和17年)、第21回衆議院議員総選挙では大政翼賛会の推薦を受けたが落選した。戦後、公職追放となる。1951年(昭和26年)追放解除。 その他、石川島飛行機製作所顧問を務めた。
薄田 斬雲(うすだ ざんうん、「すすきた ざんうん」とも、1… 薄田 斬雲(うすだ ざんうん、「すすきた ざんうん」とも、1877年(明治10年)1月27日 - 1956年(昭和31年)3月27日)は、日本の小説家・ジャーナリスト。伝記作品を多く残した。本名は貞敬。 青森県弘前町蔵主町(現・弘前市)出身。1895年(明治28年)青森県尋常中学校を経て、1899年(明治32年)に東京専門学校(現・早稲田大学)文学科選科を卒業。京成日報記者を経て早稲田大学出版部編集委員となる。1917年(大正6年)には衆議院議員野田卯太郎、頭山満、子爵で法学博士の田尻稲次郎らの組織した大民団(大民倶楽部)に加わり山田三七郎とともに運営本部の任にあたった。作家としては、デビュー当初は自然主義の影響下にある小説・戯曲・随筆などを発表していたが、徐々に関心のメインは伝記などへ移っていった。
羽仁 もと子(はに もとこ、1873年9月8日 - 1957… 羽仁 もと子(はに もとこ、1873年9月8日 - 1957年4月7日)は、日本で女性初のジャーナリスト。また、自由学園の創立者。また家計簿の考案者としても知られている。
中田 重治(なかだ じゅうじ、1870年11月20日(明治3… 中田 重治(なかだ じゅうじ、1870年11月20日(明治3年10月27日)- 1939年(昭和14年)9月24日)は、明治・大正・昭和初期にかけて活躍した日本の教会監督、大衆伝道者、巡回伝道者、福音使(牧師)、神学校(柏木聖書学院)教師・院長(校長)、宗教家、説教家、翻訳家、賛美歌作家、実業家、ジャーナリスト、神学者、日ユ同祖論者である。 明治時代のメソジスト派の牧師中田久吉は実兄、日本を代表する教会音楽家の中田羽後は次男、日本アライアンス教団の大江寛人、日本基督教団の議長辻宣道、同じく日本基督教団の牧師有馬式夫は孫である。 日本ホーリネス教会の創始者の一人で初代監督であり、日本ホーリネス教会を既存の五大教派(長老派、メソジスト派、会衆派、バプテスト派、ルーテル派)に並ぶ巨大組織に発展させた功労者。
菊池 武徳(きくち たけのり、1867年8月22日(慶応3年… 菊池 武徳(きくち たけのり、1867年8月22日(慶応3年7月23日) - 1946年(昭和21年)2月11日)は、ジャーナリスト、政治家。息子はジャズピアニストの菊池滋弥。 1887年(明治20年)4月に慶應義塾別科を卒業。ただちに『時事新報』の記者となり、1892年(明治25年)に『朝野新聞』に移りのちに社長。次いで雑誌『演芸画報』『新世紀』社長に就任し、自然主義派の小説家を排して村井弦斎の小説を掲載。1903年(明治36年)の第8回衆議院議員総選挙に青森県弘前市から出馬し、1915年(大正4年)まで、第10回総選挙を除き衆議院議員(4期)。 又新会の創立に参加し、代表幹事。のちに立憲政友会に移る。