齋藤 正美(さいとう まさみ、1954年(昭和29年)12月… 齋藤 正美(さいとう まさみ、1954年(昭和29年)12月19日 - )は、日本の政治家、一級建築士。宮城県石巻市長(2期)。宮城県議会議員(7期)、石巻市議会議員(1期)を歴任。 宮城県石巻工業高等学校土木科、日本大学工学部建築学科を卒業。一級建築士として活動する。 1984年、石巻市議会議員選挙に初当選。1987年に宮城県議会議員となり通算4期務めた。 2003年、自由民主党宮城県第5区総支部長となり、国政進出を図った。2003年、2005年、2009年の3度衆議院選挙に出馬するも、いずれも民主党公認の安住淳に敗れ落選した。 2011年の宮城県議会議員選挙に出馬し県議に復帰。2019年から2021年まで県議会副議長を務めた。
高橋 正巳(たかはし まさみ、1954年12月10日 - )… 高橋 正巳(たかはし まさみ、1954年12月10日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 仙台育英高から、社会人野球の仙台鉄道管理局に進む。1979年の都市対抗にヨークベニマルの補強選手として出場。 1979年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから2位指名を受け入団。 1981年にアンダースローからサイドスローに転向。同年はスライダー、シュートやシンカーを武器に、開幕直後から先発陣に組み入れられ4勝をあげる。 1985年11月に木田勇と共に金沢次男・大畑徹との2対2の交換トレードで横浜大洋ホエールズに移籍。 1986年オフに現役を引退した。 1987年から古巣・日本ハムファイターズに戻って打撃投手を務めた。
我妻 崇(わがつま たかし、1954年12月 - )は、日本… 我妻 崇(わがつま たかし、1954年12月 - )は、日本の弁護士。仙台弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。仙台弁護士会所属。 宮城県大崎市出身。宮城県古川高等学校を経て、1978年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 1979年旧司法試験合格。1982年司法修習修了、同年仙台弁護士会に弁護士登録。1986年仙台市青葉区に我妻崇法律事務所を開業。2009年仙台弁護士会会長、日本弁護士連合会常務理事に就任。2010年日本弁護士連合会副会長に就任。 宮城県建設工事紛争審査会委員、宮城県公害審査会長、川崎町個人情報保護審査会長、仙台市都市計画審議会委員、宮城労働局紛争調整委員会委員、日本司法支援センター宮城地方事務所長、日本知的財産仲裁センター東北支所長、仙台市選挙管理委員会委員長等を歴任した。
黒崎 政男(くろさき まさお、1954年11月3日 - )は… 黒崎 政男(くろさき まさお、1954年11月3日 - )は、日本の哲学者。東京女子大学名誉教授。 東大在学中に、のちの妻、歌人・ファンタジー小説家の井辻朱美と出会う。東大大学院哲学専攻博士課程修了。専門はカント哲学。古典的な認識論研究を主軸に、人工知能、電子メディア、生命倫理など、デジタル化された現代社会の諸問題を考察。骨董コレクションを紹介しながら時間や美を論じる『哲学者クロサキの哲学する骨董』(2011年)など、哲学的随想も好評を博す。 宮城県仙台市生まれ。1979年東京大学文学部哲学科卒。1984年、同大学院博士課程単位取得満期退学。在学中にオーケストラでのちに妻となる井辻朱美と出会う。
葛西 和雄(かさい かずお、1954年10月9日 - )は、… 葛西 和雄(かさい かずお、1954年10月9日 - )は、日本の俳優。身長169.5cm。 宮城県出身。宮城県塩釜高等学校卒業。1974年、秋田雨雀・土方与志記念青年劇場付属養成所卒業、同年入団。秋田雨雀・土方与志記念青年劇場所属。
蘇武 直人(そぶ なおと、1954年9月5日 - )は、宮城… 蘇武 直人(そぶ なおと、1954年9月5日 - )は、宮城県仙台市出身のフリーアナウンサー。 大阪芸術大学放送学科卒業後、アナウンサーとなる。主に公営競技の実況中継を中心に担当しており、中でも地方競馬に関しては北海道のばんえい競走を含む全ての競馬場を制覇した。現在は浦和競馬場の振興策検討委員としても活動している。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
鈴木 忠司(すずき ただし、1954年8月 - )は、日本の… 鈴木 忠司(すずき ただし、1954年8月 - )は、日本の弁護士。仙台弁護士会副会長、仙台家庭裁判所調停委員、加美町顧問弁護士、仙台弁護士会所属。 宮城県加美町出身。加美町立中新田中学校、宮城県古川高等学校を経て、1977年明治大学法学部法律学科卒業。 1991年(平成3年10月)司法試験合格。1993年(平成5年)司法修習修了、1994年(平成6年4月)仙台弁護士会に弁護士登録。鈴木・原田法律事務所に所属。2006年(平成18年4月)仙台家庭裁判所調停委員に就任。2009年(平成21年4月)仙台弁護士会副会長に就任。明治大学校友会宮城県支部会長。日本体育協会スポーツ少年団協力弁護士。加美町顧問弁護士。
藍 美代子(あい みよこ、旧芸名:純 エリ子(じゅん えりこ… 藍 美代子(あい みよこ、旧芸名:純 エリ子(じゅん えりこ)、本名:宮澤 美代子(みやざわ みよこ)、1954年6月20日 - )は、宮城県石巻市出身の元歌謡曲、現在ジャズの歌手で、パブスナック経営者。 小学校低学年の頃から声楽、ピアノ、日本舞踊および三味線を習った(仙台市青葉区に本社・本店のある大井時計店(現・大井ジュエリー)のコマーシャルソング(1965年)では、当時小学生とは思えない素晴しい歌唱を披露している)。1970年に日本コロムビアのオーディション番組『全国歌謡コンクール』で優勝。同年に「純エリ子」の芸名で日本コロムビアレコードよりデビュー。デビューシングル『初めての約束/悲しみのバラード』他3枚のシングル盤を発表。
渡辺 憲吉(わたなべ けんきち、1954年〈昭和29年〉5月… 渡辺 憲吉(わたなべ けんきち、1954年〈昭和29年〉5月28日 - )は、日本の俳優。血液型はO型。所属事務所はオフィススリーアイズ。 宮城県出身。宮城県白石高等学校を経て、早稲田大学文学部ロシア文学科卒業。テアトル・エコー養成所、青年座研究所、吉祥寺ウィークエンドシアターを経てフリーの俳優となる。 1980年代から多数のテレビドラマや映画でバイプレイヤーを務める傍ら、『買物の時間』(テレビ東京)や『ぜひモノ』(TBS)などのテレビショッピングのナビゲーターとしても活動している。 強度の近視であり、普段はコンタクトレンズを使用しているが、2013年1月期に放送された『カラマーゾフの兄弟』(フジテレビ)では眼鏡を使用した。
大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 - )… 大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 - )は、日本の漫画家・映画監督。宮城県登米郡迫町出身。血液型はA型。息子はイラストレーターの大友昇平(SHOHEI)。 ペンタッチに頼らない均一な線による緻密な描き込み、複雑なパースを持つ画面構成などそれまでの日本の漫画にはなかった作風で、80年代以降の漫画界に大きな影響を与えた。 1988年、自作を元に自ら制作したアニメーション映画『AKIRA』は日本国外でも高い評価を得て、「ジャパニメーション」と呼ばれる、日本国外における日本アニメムーブメントのさきがけとなった。 近年は主に映画監督として活動している。日本SF作家クラブ会員だったが、2023年2月時点では退会している。
平沼貞次(ひらぬま さだじ、1954年4月9日 - )は日本… 平沼貞次(ひらぬま さだじ、1954年4月9日 - )は日本の財務官僚。血液型はB型。国税不服審判所次長などを歴任。 宮城県仙台市出身(父は大阪府、母は北海道)。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部卒業。1978年 大蔵省入省(理財局国有財産総括課)。1983年7月 相馬税務署長。1994年7月 関東財務局理財部長。1999年7月 沖縄開発庁振興局振興総務課長。2001年1月6日 内閣府沖縄振興局総務課長。2003年7月 国税庁長官官房企画課長。2004年7月2日 財務省大臣官房地方課長兼財務総合政策研究所次長。2006年7月28日 名古屋国税局長。2007年5月1日 預金保険機構総務部長兼RCC室長。
渡辺 由一(わたなべ よしいち、1954年4月5日 - )… 渡辺 由一(わたなべ よしいち、1954年4月5日 - )は日本出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 東北高校、仙台大学を経て、東洋工業に所属した。1978年には古田篤良、小原秀男、山出実、中野重富、安原真一らとともに天皇杯決勝進出に貢献。 日本代表としては、1979年のジャパンカップを始め国際Aマッチ6試合に出場し1得点を記録している。
飯沢耕太郎(いいざわ こうたろう、1954年3月26日 - … 飯沢耕太郎(いいざわ こうたろう、1954年3月26日 - )は、日本の写真評論家である。 宮城県仙台市出身。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。 『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房。1986年)、『写真に帰れ 光画の時代』(平凡社。1988年)、『都市の視線 日本の写真 1920〜30年代』(創元社。1989年)の3部作で、頭角を現わし、日本の20世紀前半の写真研究者の第一人者に躍り出た[大言壮語的]。その後、雑誌「deja-vu」の編集長となる。 公募展である写真新世紀とひとつぼ展には設立当初から審査員として参加した。 90年代の『ガーリーフォト』ブームを作った。
菊地 由希子(きくち ゆきこ、1954年2月6日 - )は、… 菊地 由希子(きくち ゆきこ、1954年2月6日 - )は、日本の女優。宮城県石巻市出身。サイアン所属。 身長155cm。体重45kg。血液型AB型。 特技はジャズダンス、キャットカーヴィング。保母資格、幼稚園教諭2級の資格を持つ。
小笠原 倫明(おがさわら みちあき、1954年1月29日 -… 小笠原 倫明(おがさわら みちあき、1954年1月29日 - )は日本の行政官。宮城県仙台市出身。民主党政権下で総務事務次官を務めたが、政権交代後、河相周夫外務事務次官、真砂靖財務事務次官、金子順一厚生労働事務次官、坂篤郎日本郵政社長などとともに就任1年未満で解任された。
鈴木 隆(すずき たかし、1954年(昭和29年)1月20日… 鈴木 隆(すずき たかし、1954年(昭和29年)1月20日 - )は日本の銀行家、実業家。仙台銀行取締役会長。 宮城県仙台市出身。1977年、成蹊大学文学部卒業後、振興相互銀行(現在の仙台銀行)に入行。 推進部副部長や営業課長などを歴任。2003年には取締役に選任され、2009年に代表取締役常務となる。 2012年、仙台銀行ときらやか銀行の経営統合でじもとホールディングスが発足すると、同社の取締役も兼任する。 2013年、三井精一の後任として、仙台銀行頭取およびじもとHD会長に就任する。 2021年、粟野学がじもとHD社長から退いたことに伴い、社長となった。 2024年9月、きらやか銀行が2024年3月期に大幅赤字に転落し、9月末に迫った200億円の公的資金の返済が困難となったことから経営責任をとり、じもとHD社長を辞任する。
石井 吉春(いしい よしはる、1954年1月17日 - )は… 石井 吉春(いしい よしはる、1954年1月17日 - )は、日本の公共政策研究者、公共政策コンサルタント。北海道大学名誉教授。日本港湾協会企画賞受賞。 日本政策投資銀行地域政策研究センター副所長、北海道大学公共政策大学院長、北海道自治体学会代表運営委員、苫東代表取締役会長、北海道運輸交通審議会会長等を歴任した。 宮城県仙台市出身。1972年創価高等学校卒業。1976年一橋大学商学部卒業、北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)入庫。大学同期に高橋はるみ北海道知事がいる。財務副大臣等を務めた公明党の富田茂之衆議院議員は高校・大学の友人。 1983年国土庁出向。1992年北海道東北開発公庫開発企画部開発課長。
上條 努(かみじょう つとむ、1954年(昭和29年)1月6… 上條 努(かみじょう つとむ、1954年(昭和29年)1月6日 - )は、日本の実業家。サッポロホールディングス株式会社代表取締役社長兼グループCEO、みやぎ絆大使、一般財団法人バイオインダストリー協会会員。 サッポロ飲料株式会社社長当時、2013年1月の株式会社ポッカコーポレーションとの経営統合を成し遂げる。2015年12月期連結業績では、主力ビールブランドの「サッポロ黒ラベル」の販売を21年ぶりに前期実績を上回らせ、高級ビールの「ヱビスビール」を軌道に乗せる等手腕を発揮した。
石森 令一(いしもり りょういち、1954年 - )は、日本… 石森 令一(いしもり りょういち、1954年 - )は、日本の実業家。東北インフォメーション・システムズ社長。 宮城県大崎市出身。1972年宮城県古川高等学校卒業。1976年一橋大学法学部卒業後、東北電力に入社。電気事業連合会出向、東北電力東京支社業務課長、 東北電力企画部課長、東北インテリジェント通信出向等を経て、2011年から東北電力執行役員お客さま本部副本部長・お客さま本部営業部長を、2014年から東北電力常務取締役お客さま本部副部長を、2015年からは同本部長をそれぞれ務め、2016年には同年より始まった電力自由化に対応して新料金プランを発表。2017年1月にはカメイと連携した電気と液化石油ガスのセット販売による新料金プランを発表した。
阪本 浩(さかもと ひろし、1954年 - )は、日本の西洋… 阪本 浩(さかもと ひろし、1954年 - )は、日本の西洋史学者、第19代青山学院大学学長。 宮城県仙台市生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業、東北大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程退学。1985年より青山学院大学文学部史学科専任講師。助教授を経て、1999年より同大学教授となった。2016年より文学部長・大学院文学研究科長、2017年より副学長・青山スタンダード教育機構機構長、2018年より学校法人青山学院評議員。2019年より学長を務めている。 専門は古代ローマ史。西洋史研究会、日本西洋史学会、キリスト教史学会等に所属。
吉岡 友治(よしおか ゆうじ、1954年- )は、日本の元予… 吉岡 友治(よしおか ゆうじ、1954年- )は、日本の元予備校講師。インターネット講座「VOCABOW小論術」校長。 宮城県仙台市生まれ。東京大学文学部社会学科卒、シカゴ大学大学院人文学科修士課程修了、比較文学・演劇理論専攻。 駿台予備学校、代々木ゼミナール講師を経て、「VOCABOW小論術」校長。 日本語における小論文メソッドを確立し、各地の学校・企業などで講演・研修活動を行うだけでなく、上記メソッドを応用して、社会論・芸術論・身体論などの言説を分析するなど、幅広く活動している。
行場 次朗(ぎょうば じろう、1954年 - )は、日本の心… 行場 次朗(ぎょうば じろう、1954年 - )は、日本の心理学者(専門は基礎心理学・認知心理学)。文学博士。東北大学名誉教授。元日本認知心理学会理事長。第24期・第25期日本学術会議会員。 宮城県塩竈市出身。1976年東北大学文学部哲学科心理学専攻卒業。1981年東北大学大学院文学研究科博士課程後期心理学専攻を修了。信州大学人文学部助教授(1983年)、九州大学文学部助教授(1994年)を経て、1998年に東北大学大学院文学研究科助教授となり、2000年に教授に就任する。 2007年電子情報通信学会ヒューマンコミュニケーショングループ運営委員長。2009年日本感性福祉学会副会長。2012年日本認知心理学会理事長。
渋谷 愛子(しぶや あいこ、1954年 - )は、日本の児童… 渋谷 愛子(しぶや あいこ、1954年 - )は、日本の児童文学作家。宮城県仙台市出身、青森県八戸市在住。宮城学院女子大学音楽科卒業。 2001年、『わすれてもいいよ』で第34回日本児童文学者協会新人賞受賞。
八嶋 博人(やしま ひろと、1953年11月7日 - )は、… 八嶋 博人(やしま ひろと、1953年11月7日 - )は、日本人ヴァイオリニスト。ドイツ在住。 1953年、仙台市生まれ。4歳より現岡幹博、後に海野義雄に師事。東北大学工学研究科前期課程修了(工学修士)。同課程修了後、宮城フィルハーモニー管弦楽団(現在の仙台フィル)のコンサートマスターを務めたのち、83年に渡欧。ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に入学し、バルトーク・ベーラやパブロ・カザルスとも親交の厚かった大家、シャーンドル・ヴェーグ教授に師事。まもなくしてカメラータ・アカデミカのメンバーに抜擢された。87年にソロディプロマを取得して卒業と同時に、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団(NDR)の第1ヴァイオリニストに就任し、2019年まで30年余り在籍。
齋 清志(さい きよし、1953年9月18日 - )は、日本… 齋 清志(さい きよし、1953年9月18日 - )は、日本の薬剤師、実業家、政治家。宮城県大河原町長(4期)。 大河原町立大河原小学校、大河原町立大河原中学校、宮城県白石高等学校を経て、東京薬科大学薬学部卒業。 ゼリア新薬工業勤務、薬局経営、大型商業施設フォルテ(旧運営法人である、株式会社エフエフオー)の社長を経て、2004年10月、町長に初当選。2008年10月再選。 2012年10月の町長選挙では伊勢敏に553票差で落選。 2016年10月、町長選挙に出馬し当選、返り咲き3選。 2020年10月、町長選挙に出馬し4選。
栗原 博(くりはら ひろし、1953年9月12日 - )は、… 栗原 博(くりはら ひろし、1953年9月12日 - )は、日本の実業家。第8代富士ゼロックス(現:富士フイルムビジネスイノベーション)代表取締役社長や、日本テレワーク協会会長、ビジネス機械・情報システム産業協会副会長を務めた。 宮城県仙台市生まれ。東北学院榴ケ岡高等学校を経て、1978年に学習院大学法学部を卒業し、富士ゼロックスに入社したのち、カリフォルニア大学サンディエゴ校大学院に留学。 販売部門を担当し、営業統括本部販売本部官公庁支社長を経て、2004年執行役員プロダクションサービス事業本部長。2009年取締役常務執行役員国内営業担当・営業本部長に昇格した。2014年取締役専務執行役員営業事業管掌。
若林ひとみ(わかばやし ひとみ、1953年〈昭和28年〉9月… 若林ひとみ(わかばやし ひとみ、1953年〈昭和28年〉9月5日 - 2005年〈平成17年〉11月25日)は、日本のドイツ語翻訳家、ドイツ文化研究家。 宮城県出身(北海道札幌市生まれ)。宮城県第一女子高等学校卒業、1977年東京外国語大学ドイツ語科卒業。1974年から1975年、1980年から1981年ドイツ留学、ビーレフェルト大学(ドイツ語版)・ミュンヘン大学で学ぶ。外資系銀行、出版社勤務の後、フリーランスで通訳、翻訳、ライター等の仕事に従事。また、来日したドイツ人ジャーナリストの取材コーディネーターも務めていた。 児童文学を中心に、数多くのドイツ文学を翻訳・紹介。また、第二次世界大戦中の反ナチス運動「白いバラ」の中心メンバーであったゾフィー・ショルの伝記(ヘルマン・フィンケ著)の翻訳も行った。
田村 幸一(たむら こういち、1953年8月26日 - )は… 田村 幸一(たむら こういち、1953年8月26日 - )は、日本の元裁判官、弁護士。仙台地方裁判所長、東京高等裁判所部総括判事、東京家庭裁判所所長を経て、高松高等裁判所長官を最後に2018年8月退官し、総務省電気通信事業紛争処理委員会委員長。
大島幹雄(おおしま みきお、1953年8月20日 - )は、… 大島幹雄(おおしま みきお、1953年8月20日 - )は、日本のノンフィクション作家。サーカス学会会長、石巻学プロジェクト代表、石巻若宮丸漂流民の会事務局長。 宮城県石巻市出身。早稲田大学文学部露文科卒業。アフタークラウディカンパニー(ACC)勤務。世界からサーカスや道化師を呼んで、日本でプロデュースしていた。 2018年アフタークラウディカンパニーを退職。2019年6月にサーカス学会を立ち上げ、会長に就任。 東日本大震災後生まれ故郷である石巻で、さまざまな復興活動に従事、2015年石巻学プロジェクトを結成、代表となる。同年石巻地区の歴史・文化の発掘、さらには石巻地区の過去・現在・未来を繋ぐための地域誌『石巻学』を創刊、現在まで8号を刊行している。
安田 正(やすだ ただし、1953年8月6日 - )は日本の… 安田 正(やすだ ただし、1953年8月6日 - )は日本の経営者、自己啓発書作家、コンサルタント。講演者。宮城県出身。血液型はO型。 株式会社パンネーションズ・コンサルティング・グループ 代表取締役。 1990年法人向け研修会社パンネーションズを起業。安田正開発のコミュニケーション診断ツール「search Me」を利用した安田式コミュニケーションは、人間関係を構築することが難しいとされているビジネスシーンに通用する戦略的スキルに特化したコミュニケーションスタイル。 現在は英語、ロジカルコミュニケーション®、プレゼンテーション、対人対応トレーニング、交渉術、などのビジネスコミュニケーションの領域で講師、コンサルタントとして活躍している。
稲垣 潤一(いながき じゅんいち、1953年〈昭和28年〉7… 稲垣 潤一(いながき じゅんいち、1953年〈昭和28年〉7月9日 - )は、日本の歌手、ドラマー。宮城県仙台市出身。所属レーベルはユニバーサルミュージック内のUSM JAPAN。 父親は東京都板橋区、母親は兵庫県神戸市出身である。父が終戦後、満洲から妻の疎開先・宮城県加美郡宮崎村(現在の加美町)に引き揚げた。その後仙台市に移り住んだ後、潤一が誕生した。仙台市立東華中学校を経て、宮城県工業高等学校を卒業した。 父が音楽好きで、ビートルズやエルトン・ジョンを好んで聴いており、60歳を過ぎて自らギターを習って曲も作るという環境で育ったため、小さい頃から音楽が好きだった。最初はエレキギターのサウンドにしびれてギターに惹かれ、小学生の頃はホウキで真似したり木を削ってギターを作するがしっくりこず、中学生になり8ビートを教わってドラムを叩いたらすんなりできたことにより中学でドラム・ヴォーカルを主に担当、中学生時代からバンドを始め、高校で初めてバンドを作りながら本格的なバンド活動を始め、仙台で「フェイセス」を結成した。
石井 茂巳(いしい しげみ、1953年7月7日 - )は日本… 石井 茂巳(いしい しげみ、1953年7月7日 - )は日本出身の元サッカー選手。 古河電工などに所属し、日本代表としても1974年のアジア競技大会など、国際Aマッチ15試合に出場した。1976年には日本サッカーリーグ新人王を受賞。 1972年古河電工株式会社の社員子弟を中心とした、古河サッカースクールが発足。古河サッカースクールを一般開放。古河電工サッカー部の下部組織としてジュニアユース、ユースと規模を拡大。Jリーグ開幕直前に市原市に移転でスクールの理念と伝統を受け継いで、F.C.ゼブラが発足し現在も横浜市西区に存続。往年の古河電工サッカー部所属選手から古河電工サッカースクールコーチに就任した者が、石井を含め現在はゼブラの役員や顧問として名を連ねている。
小嶋 進(おじま すすむ、1953年6月4日 - )は、日本… 小嶋 進(おじま すすむ、1953年6月4日 - )は、日本の実業家、歌手、株式会社ヒューザー(破産により消滅)の創業者。 2005年~2006年にかけて、構造計算書偽造問題の関係者として注目された。 専有面積50~70m2のマンションが当たり前の日本社会に疑問を持ち、21世紀には100m2超のマンションが一般的になると確信していた。 他では真似の出来ない、首都圏で専有面積平均100m2超の分譲マンションを供給していることについては「ビジネスシューズは24cmでも27cmでも、サイズは違えど同じ値段で売っているじゃないか。だったら分譲マンションだって100m2でも70m2と同じ値段で売れるはずだ」というのが基本的な考え方だった。
新保 祐司(しんぽ ゆうじ、1953年5月12日 - )は、… 新保 祐司(しんぽ ゆうじ、1953年5月12日 - )は、日本の文芸評論家。元都留文科大学副学長・教授。 宮城県仙台市出身。四人兄弟の末っ子。父親は出光興産勤務。小中学校時代は世田谷区の上馬で過ごす。世田谷区立旭小学校、世田谷区立駒留中学校卒業。1977年東京大学文学部仏文科卒業。 キリスト教や日本の伝統・文化に理解を示す。自らの評論を「文芸的な評論」とし、詩的な文章をつくることを主眼としている。 文芸評論家の富岡幸一郎との対談本、共著が比較的多い。表現者、北の発言に連載をもつ。 2007年度の第8回正論新風賞を受賞。2017年度の第33回正論大賞を受賞した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
伊藤 信太郎(いとう しんたろう、1953年〈昭和28年〉5… 伊藤 信太郎(いとう しんたろう、1953年〈昭和28年〉5月6日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。自由民主党衆議院議員総会副会長。 環境大臣(第32代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第2次岸田第2次改造内閣)、外務副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、外務大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、衆議院東日本大震災復興特別委員長、同環境委員長、自由民主党国際局長を歴任した。この他、大阪大学大学院客員教授(国際公共政策研究科)や東北福祉大学教授を務めた。 父は第69代衆議院議長の伊藤宗一郎。 宮城県加美町で、後の衆議院議員伊藤宗一郎の長男として生まれる。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。
鈴木 憲夫(すずき のりお、1953年5月3日 - )は日本… 鈴木 憲夫(すずき のりお、1953年5月3日 - )は日本の作曲家、詩人、合唱指揮者。宮城県生まれ。 1953年宮城県七ヶ浜町生まれ、のちに塩釜市に転居、小学校より仙台市に住む。東北学院中学校・高等学校を経て東北学院大学法律学科卒業。 高校三年の時に旺文社主催の「第15回全国学芸コンクール/音楽部門高校生の部で合唱曲<心>で第一席」。大学一年/全国学芸コンクール「第16回」音楽部門/社会人の部で(管弦楽曲「交響的断章」)、大学4年/「第18回」音楽部門/社会人の部で(「オーケストラのためのコンポジション」)それぞれ第一席。その時の審査員の團伊玖磨の紹介で対位法を土肥泰に師事、團にはその後長年に亘り大きな示唆を受けることになる。
佐々木 信行(ささき のぶゆき、1953年5月2日 - )は… 佐々木 信行(ささき のぶゆき、1953年5月2日 - )は、宮城県本吉郡津山町(現:登米市)出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ・監督、解説者。 佐沼高校から一般企業への就職が内定していたが、一転して1971年のドラフト10位でロッテオリオンズに入団。弘田澄男・成重春生・倉持明と同期で、1979年にはシーズン序盤の6試合に先発マスクを被るが、当時の主力捕手である高橋博士・土肥健二の壁は破れなかった。1980年以降は一軍出場もなくなり、1982年限りで現役を引退。 引退後もオリオンズ(川崎)→マリーンズ(千葉)とロッテ一筋で、現役時代から並行して行ってきたブルペン捕手や二軍コーチ補佐(1987年 - 1990年)、二軍コーチ(1991年)、一軍ブルペンコーチ(1992年, 1999年 - 2000年)、二軍バッテリー兼育成コーチ(1993年、二軍バッテリー育成担当コーチ(1994年)、一軍バッテリーコーチ補佐(1996年)、二軍総合コーチ(2001年)、一軍バッテリーコーチ(1998年途中, 2002年)、二軍監督(2003年)を歴任。
シュガー佐藤(シュガーさとう、1953年4月28日 - )は… シュガー佐藤(シュガーさとう、1953年4月28日 - )は、日本の漫画家。宮城県登米郡中田町(現:登米市)出身。別名義:佐藤 利夫(さとう としお)、グロテスク佐藤。 子供の頃より漫画を愛好しており、特に同郷の石森章太郎に憧れを抱いていた。 1971年、アシスタントを志望して石森の実家を訪れ、応対した石森の父の取次により石森からの内諾を得て上京し、石森プロに入社した。当初はアシスタントの数が足りていたため、石森の義弟が営むレストランで出前持ちのアルバイトを務めた後、同年末に『原始少年リュウ』からアシスタントに加わった。 1973年、『イナズマン』のコミカライズ(『小学二年生』連載、佐藤利夫名義)でデビュー。
亘理 格(わたり ただす、1953年4月7日 - )は、日本… 亘理 格(わたり ただす、1953年4月7日 - )は、日本の法学者。専門は行政法。博士(法学)。北海道大学名誉教授。宮城県白石市出身。指導教官は藤田宙靖(東北大学名誉教授・元最高裁判事)。 略歴は以下のとおり。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
ケイ 赤城(ケイ あかぎ、1953年3月16日 - )は、日… ケイ 赤城(ケイ あかぎ、1953年3月16日 - )は、日本生まれで、アメリカ合衆国で活動するジャズ・ピアニスト。 仙台市生まれで、5歳から12歳までアメリカ合衆国オハイオ州に在住した。日本に帰国後、国際基督教大学に入学し哲学と作曲学を専攻する。卒業後1975年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校の大学院進学のため、再び渡米する。1979年にジャズ音楽家としてデビューする。アイアート・モレイラ&フローラ・プリムのバンドのピアニストを7年間務めたほか、アル・ディ・メオラのグループなどで活動し、1989年から1991年までマイルス・デイヴィスのバンド・メンバーとして活動する。スタンリー・タレンタインのバンドに10年間在籍したほか、アート・ペッパーなど多くの著名ジャズ音楽家やアラン・ホールズワースなどと共演した。
佐竹 勤(さたけ つとむ、1953年3月2日 - )は、日本… 佐竹 勤(さたけ つとむ、1953年3月2日 - )は、日本の実業家。ユアテック会長、東北電力元副社長。 宮城県仙台市出身。1975年東北大学法学部卒業、同年東北電力入社。2007年執行役員企画部長、2009年常務取締役お客様本部長、2012年取締役副社長などを歴任する。2014年取締役退任。 ユアテックでは、2009年監査役(非常勤)、2012年取締役(非常勤)を務めた。2014年東北電力取締役を退任後、ユアテック代表取締役社長に就任。2021年代表取締役会長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
大島 蓉子(おおしま ようこ、本名:大場 陽子、1953年1… 大島 蓉子(おおしま ようこ、本名:大場 陽子、1953年1月22日 - )は、日本の女優、タレント。宮城県古川市(現在の大崎市古川)出身。血液型はAB型。身長168.5 cm。青年座映画放送所属。 宮城県岩出山高等学校卒業。 当初は青年座研究所で大島 瑶子名義で活動。 1989年、スクリーンデビュー。 あらゆる作品の端々に登場しており、昼ドラや2時間ドラマにも多数出演。 2000年から放映された『トリック』シリーズでの大家・池田ハル役が当たり役となって以降、コミカルなキャラクター・おばちゃん役での起用が増加した(東北弁を生かした役柄も多い)。それ以前は『サイコメトラーEIJI』に登場する管理人という似たキャラクターを演じている。
福井弘文(ふくい ひろぶみ、1953年1月21日 - )は、… 福井弘文(ふくい ひろぶみ、1953年1月21日 - )は、宮城県のローカル局、元東北放送 (TBC)のラジオ編成制作部ディレクター。かつては同局アナウンサーでもあった。 宮城県仙台市生まれ。東北学院榴ケ岡高等学校、東北学院大学経済学部商学科卒業。大学在学中、クラブ活動は放送会に入っており、学内放送のアナウンサーをおこなっていた。 大学卒業後の1975年、東北放送に入社した。両親が岡山県と佐賀県出身であって家庭では東北弁を話す環境になかったということで、元々本人には東北訛りが無く、入社時にそれを不思議がられたことがあったという。以来、主にラジオ番組のパーソナリティーを務めており、2001年からはラジオ制作部に所属していた。
丸山 市郎(まるやま いちろう、ビルマ語: အိချီရို… 丸山 市郎(まるやま いちろう、ビルマ語: အိချီရို မာရုယာမ、1953年 - )は、日本の外交官。外務省外交政策調整官等を経て、2018年から2024年までの駐ミャンマー特命全権大使。上月豊久駐ロシア大使の離任後は、現職の日本大使のうち最も在任期間が長く、平成時代に任命された唯一の大使となっていた。 宮城県仙台市出身。宮城県仙台第二高等学校を経て、1978年中央大学経済学部卒業、専門職職員として外務省入省。ミャンマーの専門家となり、当時のラングーン外国語研修所で二年間のビルマ語研修を受け、1981年から1985年まで当時の在ビルマ日本国大使館に在勤し、1992年、2002年にもそれぞれ在ミャンマー日本国大使館に赴任。
佐々木 治樹(ささき はるき、1953年、)東京六大学野球選… 佐々木 治樹(ささき はるき、1953年、)東京六大学野球選手(野手)。右投右打。慶應義塾大学硬式野球部所属。
迫 久展(はさま ひさのぶ、1953年(昭和28年) - )… 迫 久展(はさま ひさのぶ、1953年(昭和28年) - )は、日本の外交官。外務省大臣官房現地職員管理官等を経て、2015年から2019年までギニア駐箚特命全権大使を務めた。 宮城県仙台市出身。1977年東北大学工学部卒業。1979年外務省入省。在セネガル日本国大使館参事官、在ブルキナファソ日本国大使館参事官等を経て、2014年外務省大臣官房在外公館課現地職員管理官。2015年からギニア駐箚特命全権大使を務め、ギニア出身のタレントであるオスマン・サンコンへの旭日双光章伝達にあたるなどした。2019年退任。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
岩渕 まこと(いわぶち まこと、本名:岩渕亮、1953年 -… 岩渕 まこと(いわぶち まこと、本名:岩渕亮、1953年 - )は、日本のゴスペル歌手、YouTuber。東北応援団 LOVE EAST理事長及び東京基督教大学非常勤講師、日本クリスチャン音楽大学藝術院 客員教授。妻は音楽家の岩渕由美子。 宮城県仙台市出身。小学4年生でギターを始める。中学時代よりシンガーを目指し、作曲を始める。 既発アルバム全6枚入りBOX この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
長谷山 彰(はせやま あきら、1952年11月22日 - )… 長谷山 彰(はせやま あきら、1952年11月22日 - )は、日本の法制史学者。専攻は、日本法制史。学位は、法学博士(慶應義塾大学)。前学校法人慶應義塾長・慶應義塾大学長。学校法人慶應義塾学事顧問、慶應義塾大学名誉教授。 2022年4月1日、国立大学法人北海道国立大学機構の初代理事長として就任した。 1952年に秋田県秋田市で生まれ、宮城県仙台市で育った。宮城県仙台第一高等学校を経て、1975年に慶應義塾大学法学部法律学科、1979年に同大学文学部史学科を卒業した。1984年に慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得満期退学となる。 1987年から駿河台大学法学部専任講師、助教授を経て、1994年に教授に昇格。
菊地 啓夫(きくち ひろお、1952年(昭和27年)9月22… 菊地 啓夫(きくち ひろお、1952年(昭和27年)9月22日 - )は、日本の政治家。元宮城県岩沼市長(2期)。 宮城県岩沼市出身。東北学院大学経済学部卒業。1975年(昭和50年)、岩沼市役所に入庁。2011年(平成23年)1月から2014年(平成26年)4月末まで副市長に奉職した。 2014年(平成26年)6月1日告示、6月8日投票の岩沼市長選挙に無所属(自由民主党・公明党推薦)で出馬し、無投票で当選。6月23日、市長就任。2018年、無投票で再選。 2022年3月9日、三選目に出馬せず任期満了での引退を表明。
伊藤 幸毅(いとう こうき、1952年9月2日 - )は、日… 伊藤 幸毅(いとう こうき、1952年9月2日 - )は、日本のキーボーディスト、音楽プロデューサー。宮城県仙台市出身。フュージョンバンドのプリズムで活動していた。 高校・大学在学中よりロックバンドのキーボーディストとして演奏活動を始める。 1967年にグループ・サウンズの太郎ず、1971年にはロックバンド・ジュリエットに参加。 1977年、エリック・クラプトンの日本公演のオープニングアクトを務めたフュージョンバンドプリズムのキーボーディストとして参加。 1978年ニック・ニューサにキーボーディストとして参加。シングル盤「サチコ」第23回日本レコード大賞新人賞・日本テレビ音楽祭金の鳩賞・日本有線大賞受賞。