白熊 優太(しろくま ゆうた、1999年5月25日 - )は… 白熊 優太(しろくま ゆうた、1999年5月25日 - )は、福島県須賀川市出身で、二所ノ関部屋所属の現役大相撲力士。本名は高橋 優太(たかはし ゆうた)。身長186.0cm、体重172.0kg。最高位は東前頭16枚目(2024年9月場所)。 いわゆる「花のイチイチ組」の1人。 相撲を始めたきっかけは、祖父の勧めで地元の相撲大会に出場したことである。4歳頃から出羽竜道場に通って稽古を積み、12歳からは新潟県に相撲留学して糸魚川市立能生中学校から新潟県立海洋高等学校に進学し、高校3年次に選抜高校十和田大会個人優勝の実績を残した。高校卒業後は日本体育大学スポーツ文化学部武道教育学科に進学し、4年次には主将を務めた。
若隆景 渥(わかたかかげ あつし、1994年12月6日 - … 若隆景 渥(わかたかかげ あつし、1994年12月6日 - )は、福島県福島市出身で荒汐部屋所属の現役大相撲力士。本名は大波 渥(おおなみ あつし)。身長183.0cm、体重135.0kg、血液型はO型。最高位は東関脇(2022年3月場所 - 2023年3月場所、2025年9月場所)。得意手は、おっつけ、右四つ、左前廻し、寄り。 母方の祖父は小結・若葉山(時津風部屋・12代錣山)、父は幕下・若信夫(立田川部屋)、兄は幕下・若隆元と幕内・若元春という相撲一家に生まれる。母は若葉山の次女である。生まれた時の体重は3600グラムで、3兄弟の中では1番小さかった。母は父親の故郷で出産したため、若隆景は福島県で生まれ、2歳前後まで名古屋で過ごしている。
若元春 港(わかもとはる みなと、本名:大波 港(おおなみ … 若元春 港(わかもとはる みなと、本名:大波 港(おおなみ みなと)、1993年10月5日 - )は、福島県福島市出身で荒汐部屋所属の現役大相撲力士。身長185cm、体重127kg。最高位は西幕下5枚目(2017年3月場所)。松韻学園福島高等学校出身。
若隆元 渡(わかたかもと わたる、本名:大波 渡(おおなみ … 若隆元 渡(わかたかもと わたる、本名:大波 渡(おおなみ わたる)、1991年〈平成3年〉12月29日 - )は、福島県福島市出身(出生地は愛知県名古屋市)の元大相撲力士。現在は荒汐部屋所属の若者頭。身長183.0cm、体重122.9kg、血液型はO型。最高位は東幕下7枚目(2018年9月場所)。 祖父は小結・若葉山(時津風部屋・12代錣山)、父は幕下・若信夫(立田川部屋)、弟は関脇・若元春と関脇・若隆景(ともに荒汐部屋)という力士一家。 学法福島高校在学中は福島県大会優勝の実績を残し、在学中の2009年11月場所で初土俵を踏んだ。2010年1月場所で序ノ口に昇進して1場所で通過、翌3月場所から序二段に上がって2場所で通過し、同年7月場所からは三段目に昇進。
福轟力 浩城(ふくごうりき ひろき、1988年3月2日 - … 福轟力 浩城(ふくごうりき ひろき、1988年3月2日 - )は、福島県福島市出身で荒汐部屋に所属した元大相撲力士。身長181cm、体重150kg。本名は赤井 浩城(あかい ひろき)。最高位は東幕下5枚目(2014年1月場所)。学法福島高出身。得意手は突き、押し、右四つ、左四つ、寄り。好きなおでんの具はかまくらはんぺん。「前世は猫」と自称している。 学法福島高卒業直前となる2005年11月場所に初土俵を踏む。学法福島高は現在となっては荒汐部屋との繋がりを持つ高校であり、自身の後に若隆元や若元春、若隆景などの同校出身者(例の3人は自身と同じ福島市出身者でもある)が荒汐部屋に入門している。赤井もまた学法福島高から後続の新弟子が入ってくることを入門の動機としていた。
双大竜 亮三(そうたいりゅう りょうぞう、1982年7月26… 双大竜 亮三(そうたいりゅう りょうぞう、1982年7月26日 - )は、福島県福島市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は高橋 亮三(たかはし りょうぞう)。現役時代の体格は身長179cm、体重122kg、血液型はA型。最高位は西前頭15枚目(2013年3月場所)。 福島市立蓬萊小学校4年の時に担任教師に勧められ相撲を始める。福島市立蓬萊中学校では、相撲部がなく、陸上競技部に所属し、砲丸投の選手であった。その後、福島県立会津農林高等学校から東京農業大学に進学。国民体育大会の福島県代表に選ばれ、大学4年時には相撲部主将を務めるなど将来を嘱望されたが、2004年5月に腹膜炎を患い、当時116kgあった体重が20kgほど減少する。
龍授山 正男(りゅうじゅやま まさお、1961年6月12日 … 龍授山 正男(りゅうじゅやま まさお、1961年6月12日 - )は、福島県相馬市出身(生まれは神奈川県川崎市)で高砂部屋に所属した元大相撲力士。本名は渡辺 正男(わたなべ まさお)。182cm、145kg。最高位は東十両8枚目。得意技は右四つ、寄り。趣味はカメラ。 小学校5年生から東京都立砧工業高等学校まで柔道を習い、砧工業高校には飲食店でアルバイトをしながら通学していた。ある日、飲食店でアルバイトをしている時に、近所の相撲料理店を通じて訪ねて来た錦戸親方(元前頭・大田山)から勧誘されたので、高校を中途退学して高砂部屋へ入門した1979年5月場所に初土俵。幕下までは順調に出世したが、幕下ではなかなか幕下上位に進めず、十両に昇進するまで約7年の年月を要した。
6代 木村 玉治郎(ろくだい きむら たまじろう、本名:武田… 6代 木村 玉治郎(ろくだい きむら たまじろう、本名:武田 雅史(たけだ まさし)、1960年(昭和35年)12月27日 - )は、大相撲の元三役格行司である。立浪部屋所属。血液型はO型。 福島県福島市出身。千葉県船橋市で育ち、小学生時代は野球(V9と当時の甲子園常連・千葉県立銚子商業高等学校)やサッカーに親しみ、相撲にはあまり興味はなかったが、6年生の時の九州場所をたまたまテレビ観戦した際、4代木村玉治郎(のちの27代木村庄之助)の姿を見て以来、4代玉治郎にあこがれるようになった。 その後、4代玉治郎が立行司に昇格し、23代式守伊之助を襲名した際には、わざわざ蔵前国技館(当時)まで足を運んでいる。
斉須 稔(さいす みのる、1956年(昭和31年)8月16日… 斉須 稔(さいす みのる、1956年(昭和31年)8月16日 - )は、福島県西白河郡東村(現:白河市)出身で伊勢ヶ濱部屋に所属した元大相撲力士。本名は斎須 稔(さいす-)。現役時代の体格は188cm、134kg。得意手は左四つ、突っ張り、寄り。最高位は東前頭2枚目(1983年11月場所)。 中学3年生の時上京して伊勢ヶ濱部屋に入門し、1971年7月場所で初土俵を踏んだ。以来時間は掛かったものの、着実に番付を上げて行き、1978年9月場所では東幕下3枚目の地位で幕下優勝を果たした。翌11月場所、十両に昇進。その場所は9勝6敗と勝ち越し、いきなり十両の上位まで番付を上げ、入幕を期待された。ところが6勝9敗と負け越し、それ以降は十両下位と幕下を往復する生活が続き低迷した。
栃東 知頼(とちあずま ともより、1944年9月3日 - )… 栃東 知頼(とちあずま ともより、1944年9月3日 - )は、福島県相馬郡日立木村(現在の相馬市)出身(出生地は茨城県筑波郡)で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は志賀 駿男(しが はやお)。最高位は東関脇(1970年3月場所)。現役時代の体格は178cm、115kg。得意手は左四つ、上手出し投げ、右四つ、寄り。 引退後は年寄・玉ノ井(13代)を襲名し、春日野部屋付きを経て玉ノ井部屋を創設した。次男・太祐は四股名栃東を譲り受けて大関まで昇進。現役引退後は年寄・栃東を襲名して父の下で部屋付き親方となった後、部屋を継承した。なお、日本相撲協会を定年退職した後は、玉ノ井部屋の師範代となった。 中学時代から野球部で活動し、原町工業高校進学後も野球部に在籍していたが、相撲部の顧問を兼任していた野球部の顧問に相撲の大会に助っ人として出場するように言われ、その大会で優勝すると、1960年秋に春日野部屋からスカウトされて高校を中退し入門する。
時津山 仁一(ときつやま じんいち、1925年4月13日 -… 時津山 仁一(ときつやま じんいち、1925年4月13日 - 1968年11月21日)は、福島県石城郡(現:福島県いわき市、出生地は東京府荏原郡(現:東京都品川区))出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は藁谷 純一(わらがい じゅんいち)。最高位は東関脇。 1925年4月13日、東京府荏原郡(現:東京都品川区)で生まれる。子供の時に両親が離婚、父親とは死別したために孤児として育ち、親戚に引き取られて全国を転々とした。岩手県花巻で床屋を営む家に嫁いだ叔母に引き取られた際は床屋職人として厳しく指導されたが、当時は小学生で遊びたい時期だったことから逃げ出しては強引に連れ戻され、性格が内気で暗くなっていった。
平ノ石 辰治郎(ひらのいし たつじろう、1880年12月20… 平ノ石 辰治郎(ひらのいし たつじろう、1880年12月20日 - 1925年11月9日)は、現在の福島県いわき市出身で玉垣部屋、尾車部屋、峰崎部屋に所属した元大相撲力士。12代玉垣。本名は緑川 辰次郎。167cm、94kg。最高位は西前頭4枚目。 磐城炭坑で石炭運搬に従事していたが、相撲の強さを見出した上司から勧められて入門。1900年1月、初土俵・序ノ口。三段目に在位していた1905年に、師匠の死によって玉垣部屋が消滅し、それに伴い尾車部屋に移籍し、横綱大砲、大関荒岩の指導を受け、1908年5月十両昇進した。1911年2月新入幕。新入幕までには序ノ口から11年(22場所)かかっており、このうち三段目は4年半(9場所)に及んだ。
藤見嶽 虎之助(ふじみだけ とらのすけ、1878年6月18日… 藤見嶽 虎之助(ふじみだけ とらのすけ、1878年6月18日 - 1923年7月15日)は、現在の福島県二本松市出身で藤島部屋、尾車部屋に所属した元大相撲力士。本名は神田 久助。7代藤島。165cm、71kg。最高位は西前頭3枚目。 魚店に奉公するも相撲好きで年寄藤島甚助に勧誘され、1895年入門。1895年5月序ノ口、藤島部屋は稽古場がなく、出稽古として尾車部屋に通い当時幕下だったのちの大関・荒岩の指導を受け、1901年1月十両昇進。1904年1月入幕を果たす。1901年5月、1904年1月に太刀山峯右エ門と、1905年5月に大砲万右エ門と引き分けている。藤見嶽の取り口を大関朝汐は「力士の中でも藤見嶽くらい相撲上手な者はいない。
若嶌 久三郎(わかしま きゅうざぶろう、1842年9月 - … 若嶌 久三郎(わかしま きゅうざぶろう、1842年9月 - 1891年1月6日)は、福島県会津若松市出身の大相撲力士。本名は小沢 久三郎(旧姓根本)。最高位は大関。現役時代の体格は174cm、113kg。福島県出身の力士でただ一人大関になっている。 漆器塗師の二男として生まれ、家業を手伝いながら宮相撲で活躍していた。江戸に出て5代楯山(元・大槇)に入門、文久元年(1861年)10月場所で初土俵を踏んだ。押し相撲を得意としたが取り口が慎重すぎたためか出世が遅く、幕下十枚目(十両)内に入ったのが明治3年(1870年)11月場所、入幕は明治7年(1874年)3月場所ですでに数え年で33歳になっていた。