枝野 幸男(えだの ゆきお、1964年〈昭和39年〉5月31… 枝野 幸男(えだの ゆきお、1964年〈昭和39年〉5月31日 - )は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(11期)、旧・民主党政策調査会長(第3代)、民主党政策調査会長(第6代)、内閣官房長官(第79代)、外務大臣(第140代)、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)、経済産業大臣(第16代)、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構担当)、民進党幹事長(初代)、旧・立憲民主党代表(初代)、立憲民主党代表(初代)、立憲民主党最高顧問、衆議院決算行政監視委員長、同憲法審査会会長、衆議院予算委員長などを歴任した。 栃木県宇都宮市出身。サラリーマン家庭に生まれる。 祖父が尊敬していた憲政の神様である尾崎行雄にあやかり、男の初孫である枝野には「ゆきお」という名前をつけろと父が祖父から言われていて、字は違うが画数の良いものとして"幸男"と名付けたというのが名前の由来である。
田辺 泰弘(たなべ やすひろ、1960年11月7日 - )は… 田辺 泰弘(たなべ やすひろ、1960年11月7日 - )は、日本の検察官、弁護士。大阪高等検察庁次席検事、大阪地方検察庁検事正、札幌高等検察庁検事長等を経て、福岡高等検察庁検事長。退官後、産業技術総合研究所参与。 東京都出身。1979年栃木県立栃木高等学校卒業。1984年中央大学法学部法律学科卒業。1987年検察官任官。2010年東京地方検察庁特別公判部副部長。同年仙台地方検察庁次席検事。2012年東京地方検察庁特別公判部長。2013年東京地方検察庁刑事部長。2014年東京高等検察庁刑事部長。同年那覇地方検察庁検事正兼福岡高等検察庁那覇支部長。 2015年大阪地方検察庁次席検事。2017年大阪高等検察庁次席検事兼法務省法務総合研究所大阪支所長。
大川 浩(おおかわ ひろし、1959年2月5日 - )は、日… 大川 浩(おおかわ ひろし、1959年2月5日 - )は、日本の財務官僚、弁護士。財務省大臣官房審議官や、関東信越国税局長、横浜税関長、東京税関長等を歴任した。 1977年 栃木県立足利高等学校から東京大学文科一類に入学。1981年 東京大学法学部卒業、大蔵省入省。主計局総務課配属。1982年 主計局主計企画官付(調整担当)。1984年7月 大臣官房調査企画課調査主任。1985年7月 理財局国有財産総括課調査係長。1986年7月10日 仙台国税局花巻税務署長。1987年7月 理財局国債課長補佐(流通)。1993年7月 主計局主計官補佐(建設第一、二係主査)。1995年 主計局主計官補佐(公共事業総括、第一、二係主査)。
永沢 徹(ながさわ とおる、1959年 - )は、弁護士。永… 永沢 徹(ながさわ とおる、1959年 - )は、弁護士。永沢総合法律事務所代表。栃木県足利市出身。
浅野 正富(あさの まさとみ、1957年(昭和32年)1月1… 浅野 正富(あさの まさとみ、1957年(昭和32年)1月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。栃木県小山市長(2期)。 小学生の時に東京都から栃木県小山市へ転居。小山市立間々田小学校、小山市立間々田中学校、栃木県立宇都宮高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、早稲田大学法学部卒業。1988年(昭和63年)、弁護士登録。1992年(平成4年)、小山市内に浅野正富法律事務所を開設。 2009年(平成21年)、NPO法人ラムサール・ネットワーク日本の事務局長に就任。渡良瀬遊水地のラムサール条約湿地への登録推進に尽力。署名運動や議会への陳情の先頭に立ち、2012年(平成24年)7月3日の登録実現に大きな役割を果たした。
高木 光春(たかぎ みつはる、1953年1月27日 - )は… 高木 光春(たかぎ みつはる、1953年1月27日 - )は、日本の弁護士。勲等は旭日中綬章。日本弁護士連合会副会長や、関東弁護士会連合会理事長等を務めた。 1971年栃木県立鹿沼高等学校卒業。1976年中央大学法学部卒業。1986年弁護士登録。2008年栃木県弁護士会会長。2010年日本弁護士連合会副会長。2017年からは関東弁護士会連合会理事長を務め、技能実習制度の撤廃を求める理事長声明を表明するなどした。 2025年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
鈴木 俊美(すずき としみ、1950年(昭和25年)7月10… 鈴木 俊美(すずき としみ、1950年(昭和25年)7月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。元栃木市長(2期)、元大平町長、元栃木県議会議員。 栃木県下都賀郡大平町(現・栃木市)生まれ。1969年(昭和44年)3月、栃木県立栃木高等学校を卒業。1974年(昭和49年)3月、中央大学法学部を卒業。1980年(昭和55年)、弁護士登録。1984年(昭和59年)、四谷中央法律事務所創設。 1999年(平成11年)4月、栃木県議会議員選挙で下都賀郡南部選挙区(定数2)から立候補し当選。2000年(平成12年)9月、大平町長選挙で初当選。2004年(平成16年)に再選、2008年(平成20年)に3選。
簗瀬 進(やなせ すすむ、1950年〈昭和25年〉4月23日… 簗瀬 進(やなせ すすむ、1950年〈昭和25年〉4月23日 - )は、日本の元政治家、弁護士、教育者。昭和音楽大学学長。衆議院議員(2期)、参議院議員(2期)、栃木県議会議員(2期)を歴任。 1950年4月23日、宇都宮市一条に生まれる。1966年3月、宇都宮市立一条中学校卒業。1969年3月、栃木県立宇都宮高等学校卒業。1974年3月、東北大学法学部卒業。 1978年4月、栃木県庁入庁。司法試験合格。なお、北側一雄は司法修習33期の同期生。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に森山欽司の後継者として自由民主党公認で出馬して初当選(当選同期に岡田克也・佐田玄一郎・藤井裕久・鈴木俊一・亀井久興・中谷元・森英介・福田康夫・石原伸晃・河村建夫・小林興起・塩谷立・古屋圭司・細田博之・小坂憲次・山本拓など)。
栃木 敏明(とちぎ としあき、1949年4月16日 - )は… 栃木 敏明(とちぎ としあき、1949年4月16日 - )は、日本の弁護士。第二東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を務めた。
木島 日出夫(きじま ひでお、1946年9月5日 - )は、… 木島 日出夫(きじま ひでお、1946年9月5日 - )は、日本の政治家、弁護士。栃木県鹿沼市出身、栃木県立宇都宮高等学校卒業、東京大学法学部中退。
塚原 朋一(つかはら ともかつ、1945年8月21日 - )… 塚原 朋一(つかはら ともかつ、1945年8月21日 - )は日本の裁判官、弁護士、弁理士。最高裁判所調査官、知的財産高等裁判所所長、早稲田大学大学院教授及びTMI総合法律事務所顧問を経て、創英国際特許法律事務所共同代表パートナー会長。瑞宝重光章受章。 栃木県立栃木高等学校を経て、一橋大学経済学部に入学。大学では塩野谷祐一教授のゼミに参加。しかし、経済学は社会公共の利益を考える学問で、社会で戦う武器にはならないと考え大学3年時に何か資格を取ろうと思い立つ。始めた公認会計士試験の勉強で、民法や商法に触れ、その後聴講した法学部の植松正教授の刑法の講義で法学に興味を持ち旧司法試験の勉強を開始。約1年後に旧司法試験に上位の席次で合格。
須藤 正彦(すどう まさひこ、1942年(昭和17年)12月… 須藤 正彦(すどう まさひこ、1942年(昭和17年)12月27日 - 2016年(平成28年)11月5日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事を経て、東京電力ホールディングス取締役。 栃木県足利市出身。栃木県立足利高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1970年4月に弁護士登録後、みなと協和法律事務所に所属。法学博士。 東京弁護士会副会長、財団法人法律扶助協会常務理事、最高裁判所司法研修所教官(民事弁護)、日本弁護士連合会綱紀委員会委員長、東京都労働委員会公益委員、国際医療福祉大学客員教授を歴任。そごうグループ民事再生申立代理人、日本長期信用銀行内部調査委員を務める。 2009年(平成21年)12月28日に最高裁判所判事に67歳で就任。
大貫 大八(おおぬき だいはち、1903年(明治36年)6月… 大貫 大八(おおぬき だいはち、1903年(明治36年)6月1日 – 1971年(昭和46年)7月22日)は、昭和期の弁護士、農民運動家、政治家。衆議院議員(1期)。 栃木県那須郡境村(烏山町境を経て現那須烏山市)で生まれる。弁護士の書生のかたわら下野中学校(現作新学院高等学校)を卒業。中央大学専門部法科に進学し、三輪寿壮弁護士事務所の書生をしながら1927年(昭和2年)に大学を卒業。高等試験司法科試験に合格し、1928年(昭和3年)宇都宮市で弁護士を開業した。 三輪の薫陶を受け日本労農党に入党し、1930年(昭和5年)宇都宮市会議員選挙(初回の普通選挙)で黒沢幸一と共に当選。労農大衆党栃木県連執行委員、栃木農民組合執行委員を務め、小作争議、労働争議を指導した。
中山 丹治郎(なかやま たんじろう、1853年(嘉永6年1月… 中山 丹治郎(なかやま たんじろう、1853年(嘉永6年1月)- 1900年(明治33年)12月4日)は、明治期の弁護士、政治家。衆議院議員、栃木県会議長、宇都宮市会議長。 下野国都賀郡、のちの栃木県下都賀郡石橋町(現下野市)で、松兵衛の長男として生まれる。法律学を修めた。17歳で家督を相続し、戸長、土地実地測量委員などを務めた。1879年(明治12年)代言人(弁護士)免許状を取得し、宇都宮江野町で開業した。 自由民権運動に加わり、新井章吾、塩田奥造らと国会開設運動、反三島闘争などを進めた。1884年(明治17年)加波山事件では関係者として一時拘引されたが、釈放後、容疑者の弁護人となった。1887年(明治20年)条約改正反対運動に加わり、保安条例違反で皇居三里外に退去を命じられた。