清水 大暉(しみず だいき、2006年7月17日 - )は、… 清水 大暉(しみず だいき、2006年7月17日 - )は、群馬県渋川市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校1年生のときに『渋川エンジェルス』で野球を始め、渋川市立古巻中学校では軟式野球部でプレー。中学時代には渋川北群馬選抜に選ばれ、関東大会に出場した。 前橋商業高校では、入学直後の4月中旬に左膝半月板を損傷して手術を受け、リハビリは7か月に及んだ。2年春からベンチ入りすると、2年夏の群馬大会では抑えとして4試合に登板し、計8回を1失点に抑えてチーム13年ぶりとなる甲子園大会へ出場。甲子園では背番号11を付け、クラーク国際との初戦で8回から登板したが、味方の失策も絡んで2/3回で降板し、チームはこの回に5点を失って敗退した。
箱山 遥人(はこやま はると、2006年4月26日 - )は… 箱山 遥人(はこやま はると、2006年4月26日 - )は、東京都足立区出身の社会人野球選手(捕手)。 5歳で野球を始める。足立区立第九中学校在学時は硬式野球のクラブチームである江戸川中央シニアでプレーし、3年時には主将として全国大会でベスト4に進出した。 高崎健康福祉大学高崎高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春の第95回記念選抜高等学校野球大会に出場したが、初戦で報徳学園に敗れた。3年春の第96回選抜高等学校野球大会では4番打者として活躍し、決勝で前年敗れた報徳学園に勝利して優勝した。春夏連覇を目指し同年の第106回全国高等学校野球選手権大会にも出場したが、2回戦で敗れた。その後、第13回 BFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出された。
清水 麻成(しみず まなと、2005年10月6日 - )は、… 清水 麻成(しみず まなと、2005年10月6日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 中学時代は軟式野球部に所属し、強肩を活かして主に外野手を務めていた。 樹徳高等学校に進学し、投手に転向した。2年夏に出場した第104回全国高等学校野球選手権大会では背番号10でベンチ入りしたが登板はなく、チームも初戦で明豊に敗れた。その後3年春からエースを務めた。同年夏は群馬大会準決勝で前橋商業に敗れた。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから育成2位指名を受け、11月15日、支度金300万円、年俸340万円で入団に合意した(金額は推定)。
星野 ひので(ほしの ひので、2005年4月18日 - )は… 星野 ひので(ほしの ひので、2005年4月18日 - )は、群馬県桐生市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 桐生市立新里中央小学校在学時は大間々東小リトルジャイアンツ、桐生市立新里中学校在学時は硬式野球のクラブチームである桐生ボーイズでプレーしていた。 群馬県立前橋工業高等学校では1年夏から3番打者を務めたが、2年夏の大会後に右肘の手術を受けて離脱。リハビリ中は柔軟性アップと下半身の強化に努め、体重を69kgから84kgまで増量した。その後復帰し、3年夏の群馬大会では常盤との2回戦で2本塁打を放ったが、続く3回戦で関東学園大附に敗れた。3年間で甲子園大会出場はなかった。
北村 流音(きたむら りお、2005年2月20日 - )は、… 北村 流音(きたむら りお、2005年2月20日 - )は、群馬県桐生市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 小学校1年時に野球を始める。桐生市立中央中学校では軟式野球部に所属し、BCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスジュニアに選ばれた。 桐生第一高等学校に進学し、2年秋からエースとなった。3年夏の群馬県大会準々決勝では、本塁打を含む3安打を記録したが、準決勝では樹徳高等学校相手に9失点し敗戦した。また、10月9日にはチームメイトの三塚琉生とともに読売ジャイアンツの入団テストを受けた。 2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト8巡目で指名を受けた。
清水 叶人(しみず かなと、2004年7月6日 - )は、群… 清水 叶人(しみず かなと、2004年7月6日 - )は、群馬県藤岡市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 3歳年上の兄に影響を受け小学1年生で野球を始め、美土里タイガースに入団。小学3年生で捕手となる。中学では、高崎ボーイズで2年生でボーイズ春季全国大会でベスト4。3年生のジャイアンツカップでは1回戦は勝利するも、2回戦で敗退。[要出典]高校は、健大高崎高等学校に進学。1年生の時(2020年)にチームは甲子園高校野球交流試合に出場し、2年生(2021年)のセンバツ高校野球では1回戦は勝利するも、2回戦で敗退した。高校通算25本塁打。 2022年10月20日に行われた2022年のドラフト会議では、広島東洋カープから4位指名を受け、11月17日に契約金3500万円、年俸500万円で仮契約した。
神宮 僚介(じんぐう りょうすけ、2003年5月27日 - … 神宮 僚介(じんぐう りょうすけ、2003年5月27日 - )は、群馬県北群馬郡吉岡町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 幼少期に父とキャッチボールを家の前でしていたことがきっかけで、小学3年生の時に野球を始める。主に遊撃手を務めていて、2番手投手でもあった。 吉岡町立吉岡中学校では軟式野球部に所属。目立った活躍はなかったものの、スカウトされたことがきっかけで桐生第一高等学校に進学。この際、「厳しい環境に行くのは当たり前」と考えたという。進学後は2年冬から主将に就任し、3年春から背番号1を着用した。3年間で甲子園出場はなし。1学年下に三塚琉生、北村流音がいる。 東京農業大学北海道オホーツクに進学後は、大学1年まではオーバースローであったが、2年時からはサイドスローに転向した。
皆川 岳飛(みなかわ がくと、2003年4月30日 - )は… 皆川 岳飛(みなかわ がくと、2003年4月30日 - )は、群馬県館林市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 前橋育英高等学校では1年秋からベンチ入りし、外野手のレギュラーに定着。投手も兼任し、最速147km/hを記録した。3年夏の第103回全国高等学校野球選手権大会に4番として出場。京都国際との初戦で相手エース森下瑠大の前に無安打に終わり、チームも敗れた。高校通算26本塁打。 高校卒業後は中央大学へ進学。1年春から外野手のレギュラーとしてリーグ戦に出場し、3年時には大学日本代表候補の強化合宿に召集された。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから4位指名を受けた。
西濱 勇星(にしはま ゆうせい、2002年11月23日 - … 西濱 勇星(にしはま ゆうせい、2002年11月23日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 関東学園大学附属高等学校では入学当初107km/hだった最速を、MLB選手のハンター・グリーンの練習方法などを参考にしたフォーム調整で147km/hまで伸ばした。高校3年間で甲子園大会出場はなかった。プロ志望届を提出し、2020年9月に開催されたプロ志望高校生合同練習会に参加したが、同年のドラフト会議での指名はなかった。 高校卒業後、ベースボール・チャレンジ・リーグの群馬ダイヤモンドペガサスに入団した。 入団後、監督の牧野塁の下で基礎づくりに励み、2021年には最速を152km/に更新した。
伊藤 琉偉(いとう りゅうい、2002年9月11日 - )は… 伊藤 琉偉(いとう りゅうい、2002年9月11日 - )は、群馬県高崎市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 高崎市立矢中小学校で5年生の時に、兄の影響で矢中ビクトリーで軟式野球を始める。高崎市立矢中中学校在学時は硬式野球のクラブチームである高崎中央ボーイズでプレーしていた。 東京農業大学第二高等学校に進学し、1年夏からベンチ入りして中軸を務めた。高校時代は甲子園大会出場はなく、3年時は新型コロナウイルスの影響で春夏の公式戦がすべて中止となった。 高校卒業後は東京農業大学へ進学。硬式野球部では1年春からリーグ戦に出場していたが、学業面で単位が足りず留年。再び単位が足らなくなり、2023年3月に退学した。
下 慎之介(しも しんのすけ、2002年6月18日 - )は… 下 慎之介(しも しんのすけ、2002年6月18日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 高崎市立佐野小学校2年時に佐野スラッガーズで野球を始め、高崎市立佐野中学校時代はボーイズリーグの高崎ボーイズでプレー。 高崎健康福祉大高崎高では2年夏からベンチ入り。2年秋の関東大会は準決勝の東海大相模戦で6安打2失点完投勝利を挙げるなど、エースとしてチームの優勝に貢献。11月に行われた明治神宮野球大会でも初戦と準決勝で完投勝利を収めるなど3試合に登板し、防御率0.90の好投でチームの準優勝に貢献した。 3年春の第92回選抜高等学校野球大会に出場が内定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により大会が中止となった。
井上 温大(いのうえ はると、2001年5月13日 - )は… 井上 温大(いのうえ はると、2001年5月13日 - )は、群馬県前橋市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 前橋市立岩神小学校1年生時に岩神リトルファイターズで野球を始め、前橋市立大胡小学校3年生時にはリトル大胡スターズに所属。前橋市立大胡中学校では軟式野球部に所属していた。 前橋商業高校進学後、1年秋からベンチ入りし、主力投手として活躍。3年春の群馬県大会準々決勝で健大高崎高校相手に5回無失点の好投を見せ、注目を集めた。3年夏は背番号1を背負って、同校9年ぶりの群馬県大会決勝進出に貢献。決勝戦では前橋育英高校に8回途中3失点の粘投も敗れ、甲子園には届かなかった。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから4位で指名され、契約金4000万円、年俸540万円(金額は推定)という条件で入団した。
蛭間 拓哉(ひるま たくや、2000年9月8日 - )は、群… 蛭間 拓哉(ひるま たくや、2000年9月8日 - )は、群馬県桐生市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 桐生市立相生小学校3年生の時に野球を始め、6年生時には埼玉西武ライオンズジュニアに選出された。桐生市立相生中学校在学時は硬式野球のクラブチームである前橋桜ボーイズでプレーし、関東大会で優勝した。 浦和学院高等学校に進学し、1年春からベンチ入りして4番を務めた。2年秋から主将に就任し、3年夏には第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。仙台育英との1回戦でソロ本塁打を放った。しかし、準々決勝で藤原恭大、根尾昂、横川凱、柿木蓮を擁した大阪桐蔭に敗れ、チームはベスト8に終わった。
湯浅 大(ゆあさ だい、2000年1月24日 - )は、群馬… 湯浅 大(ゆあさ だい、2000年1月24日 - )は、群馬県富岡市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 丹生小学校2年で軟式野球を始め、富岡西中学校では富岡ボーイズに所属した。 健大高崎高校進学後は、1年夏の予選から控えメンバー入りし、秋には遊撃手のレギュラーに定着。2年秋からはリードオフマン兼主将を務め、2017年春のセンバツに出場を決めていたが、直前の2月中旬に右手首舟状骨を骨折し手術したため、センバツには代走・守備固めでの出場となった。3年夏の群馬県大会には復帰して主に7番として出場。決勝で前橋育英高校に敗れ、準優勝に終わる。1学年後輩に、後に巨人でチームメイトとなる山下航汰がいる。
山上 信吾(やまかみ しんご、1999年9月21日 - )は… 山上 信吾(やまかみ しんご、1999年9月21日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・内野手)、野球指導者。右投右打。NPBでは育成選手だった。 太田市立綿打小学校では小学1年生時に第88回全国高等学校野球選手権大会決勝をテレビで観戦し、同じ太田市出身の斎藤佑樹に憧れ野球を始める。太田市立綿打中学校では投手兼外野手として軟式野球部に所属し、3年時には太田市選抜で全国3位に輝いた。 常磐高校進学後、1年秋からショートとしてベンチ入りし、2年春から本格的に投手に転向。2年秋にはエースとして群馬県大会ベスト8。3回戦の渋川高校戦で1試合17奪三振を記録し、注目を浴びる。3年春は県ベスト8入りするも、右上腕部を痛め登板が無く、3年夏の群馬県大会も調子を崩し、ベスト8まで進んだが、前橋育英高校戦で敗れた。
根井 大輝(ねのい ひろき、1999年7月26日 - )は、… 根井 大輝(ねのい ひろき、1999年7月26日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(内野手)。現役時代の所属は独立リーグのみであった。 兄の影響で小学校入学前に野球を始める。 高崎健康福祉大学高崎高等学校では3年春に第89回選抜高等学校野球大会に出場し、ベスト8だった。高校時代には前十字靱帯断裂の負傷により、約1年をリハビリに費やした。この間に人体や食事についての勉強をしていたという。 高校を卒業した後は、駿河台大学に進学。2021年の東京新大学野球連盟1部春季リーグでは三塁手部門でベストナインを獲得した。同年11月9日にルートBCリーグドラフト会議でベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の埼玉武蔵ヒートベアーズから特別合格選手として発表された。
丸山 和郁(まるやま かずや、1999年7月18日 - )は… 丸山 和郁(まるやま かずや、1999年7月18日 - )は、群馬県群馬郡倉渕村(現:高崎市)出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 高崎市立倉渕小学校1年生の時に軟式野球を始め、高崎市立倉渕中学校では軟式野球部に所属し、投手、捕手、遊撃手を務めていた。 前橋育英高等学校に進学し、中堅手のレギュラーに定着。投手も兼任した。2年夏には5番打者として第98回全国高等学校野球選手権大会に出場し、嘉手納との初戦(2回戦)で1安打を放ち、9回表には救援登板したが、チームは敗れた。同年秋からは1番打者を務め、3年春に出場した第89回選抜高等学校野球大会ではエースとリードオフマンを兼任。
小川 龍成(おがわ りゅうせい、1998年4月5日 - )は… 小川 龍成(おがわ りゅうせい、1998年4月5日 - )は、群馬県館林市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 館林市立第八小学校1年時に多々良クラブで野球を始める。館林市立多々良中学校時代には館林ボーイズでプレー。 高校は前橋育英高校に進学。1年夏からショートのレギュラーとして活躍し、3年夏に主将を務め、第98回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦で嘉手納高校に敗れた。2学年先輩に髙橋光成、1学年後輩に丸山和郁がいる。 大学は國學院大學に進学。1年春からベンチ入りし、2年春にはベストナインを受賞した。3年時には第43回日米大学野球選手権大会の代表に選出された。
速水 隆成(はやみず たかなり、1997年7月28日 - )… 速水 隆成(はやみず たかなり、1997年7月28日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 水球選手を父として生まれる。桐生第一高等学校では2年生で一塁手として第86回選抜高等学校野球大会に出場した。3年生時の全国高等学校野球選手権群馬大会はベスト4で敗退した。 2015年11月28日のBCリーグドラフト会議で、群馬ダイヤモンドペガサスより地元枠で指名を受ける。高校卒業後に群馬に入団し、当初は内野手だったが捕手に転向する。これは内野手ではNPBに入れないという判断からだった。ウェイトトレーニングや食事の改善により20kg体重を増やした。選手登録上捕手となったのは2018年からで、同年より正捕手となる。
柘植 世那(つげ せな、1997年6月3日 - )は、群馬県… 柘植 世那(つげ せな、1997年6月3日 - )は、群馬県高崎市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 高崎市立矢中小学校で小学1年生から矢中ビクトリーで野球を始める。高崎市立矢中中学校では藤岡ボーイズに所属し、捕手として3年春に全国ベスト8。 高崎健康福祉大学高崎高等学校に進学後、1年秋から正捕手として活躍。2年夏には群馬県大会で前年甲子園優勝校の髙橋光成擁する前橋育英高校を破るなど、第96回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦の利府高校戦では4安打5打点の活躍を見せ、香月一也ら擁する大阪桐蔭高校戦では敗れはしたものの、2安打を放ち、ベスト8進出に貢献した。2年秋からはキャプテンを務め、第87回選抜高等学校野球大会(ベスト8)と第97回全国高等学校野球選手権大会(3回戦)に春夏連続出場。
髙橋 光成(たかはし こうな、1997年2月3日 - )は、… 髙橋 光成(たかはし こうな、1997年2月3日 - )は、群馬県利根郡利根村(現:沼田市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 利根村立利根東小学校(現在の沼田市立利根小学校)出身。同校1年生の時に「利根ジュニア」に入り野球を始め、当時は投手と外野手でプレーして、利根中学校では投手。また、中学時代は沼田市の軟式野球クラブ「NBAトレジャーズ」でもプレーしていた。脇本直人とは小学校の時からの知り合いで、中学時代はクラブでのチームメイトだった。 前橋育英高校に入学すると1年生の夏からベンチ入りし、秋にはチームのエースになった。2年生の時は第95回全国高等学校野球選手権大会初戦の岩国商業高校戦で連続奪三振数で歴代2位の9者連続奪三振を記録し完封、2回戦も完封、3回戦で1失点(自責点0)完投、準々決勝ではリリーフで登板し、準決勝では1失点(自責点0)完投勝利で勝ち上がると、延岡学園高校との決勝では3失点(自責点2)完投勝利を収め、前橋育英は初出場で初優勝となった。
髙橋 光成(たかはし こうな、1997年2月3日 - )は、… 髙橋 光成(たかはし こうな、1997年2月3日 - )は、群馬県沼田市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在は埼玉西武ライオンズに所属。
金子 将太(かねこ しょうた、1996年8月12日 - )は… 金子 将太(かねこ しょうた、1996年8月12日 - )は、群馬県桐生市出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 桐生市立広沢中学校時代には投手だったが、群馬県立大間々高等学校2年生の時に野手へ転向した。在学中には、春夏とも阪神甲子園球場の全国大会へ出場できなかったものの、対外試合で通算35本塁打を記録。そのうち10本を、木製のバットで放っていた。 2014年のドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスから育成6巡目で指名。支度金270万円、年俸300万円(金額は推定)の条件提示で入団した。 2015年には、ウエスタン・リーグ公式戦2試合に出場したが、2打数無安打1三振という成績でシーズンを終えた。
脇本 直人(わきもと なおと、1996年6月10日 - )は… 脇本 直人(わきもと なおと、1996年6月10日 - )は、群馬県沼田市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 小学校3年生の時に野球を始めた。沼田中学校では投手として県大会8強に進出した。また、利根沼田地区の野球チーム「NBAトレジャーズ」でもプレーしており、関東大会で優勝経験がある。髙橋光成とは小学生の時からの知り合いで、「NBAトレジャーズ」ではチームメイト、高校生になってからも連絡を取り合う仲だった。 健大高崎高校では1年生時の秋からベンチ入りし、2年生時の夏に練習試合で推定飛距離140m弾を放った。3年生時の夏の甲子園・群馬大会の3回戦・対前橋育英戦では高橋から逆転打を放った。足(機動力)で相手を撹乱し相手を打ち負かすとする「機動破壊」をスローガンに掲げる中、群馬県大会の6試合で11盗塁を記録し、チームは群馬県代表として全国大会に出場。
周東 佑京(しゅうとう うきょう、1996年2月10日 - … 周東 佑京(しゅうとう うきょう、1996年2月10日 - )は、群馬県新田郡藪塚本町(現:太田市)出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 NPBにおける育成選手出身者初の盗塁王かつ、連続試合盗塁記録の世界記録保持者(13試合連続)。育成出身野手初の月間MVP受賞者。 太田市立藪塚本町小学校2年時に「藪塚リトルファイターズ」で軟式野球を始める。太田市立藪塚本町中学校時代は硬式の太田ボーイズに所属。 2011年、東京農業大学第二高等学校に入学。3年時には主将として夏の群馬大会では「2番・遊撃手」で17打数7安打で打率.412・盗塁5、チームは決勝で髙橋光成を擁する前橋育英高等学校に敗れる。
石井 将希(いしい まさき、1995年7月12日 - )は、… 石井 将希(いしい まさき、1995年7月12日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 三人兄弟の末子。6歳年上の長兄・3歳年上の次兄ともバスケットボールを習っていた影響で、自身も小学3年時まではバスケットボールに興じていた。しかし、ソフトボール大会へ偶然参加したことをきっかけに、小学4年時から軟式野球へ転向した。ただし、転向当初は野球の知識がないまま、右利き用のグラブでプレー。その姿を見た指導者の勧めで左投げに変えたことが、大きな転機になったという。 佐野中学校時代には、軟式野球部へ所属。当時白夜書房から発行されていた『野球小僧』に有望選手として取り上げられるほど、左腕投手として抜群の能力を発揮した。
神戸 文也(かんべ ふみや、1994年5月9日 - )は、群… 神戸 文也(かんべ ふみや、1994年5月9日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学生時に高崎市の塚沢リトルジャイアンツで野球を始め、中学では硬式の高崎ボーイズに所属した。前橋育英高等学校に進学後、同校は神戸が2年生時(2011年)の春の選抜に初出場を果たしたものの、神戸自身はメンバー外であった。2年秋の新チームからはベンチ入りし、外野手や控え投手として出場した。3年春の関東大会で好投したことが立正大学硬式野球部関係者の目に止まり、高校卒業後は同大学に進学するも、4年間で公式戦12試合の登板に留まった。立正大学での同期には、後にオリックスでもチームメイトとなる黒木優太がいる。
長坂 拳弥(ながさか けんや、1994年4月28日 - )は… 長坂 拳弥(ながさか けんや、1994年4月28日 - )は、群馬県富岡市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 日本プロ野球の(一軍)公式戦史上初めて、「2年越しの2打席連続本塁打」という記録を2019年と2020年に達成している。 富岡市立丹生小学校4年時から「丹生ボーイズ」で野球を始めると、富岡市立西中学校在学中には、校内の軟式野球部に所属していた。 中学校からの卒業後に、群馬県内の高崎健康福祉大学高崎高等学校(健大高崎高校)へ進学。1年時の秋から正捕手に定着すると、2年時の夏に第93回全国高等学校野球選手権大会、3年時には春の第84回選抜高等学校野球大会で阪神甲子園球場の土を踏んだ。
後藤 駿太(ごとう しゅんた、1993年3月5日 - )は、… 後藤 駿太(ごとう しゅんた、1993年3月5日 - )は、群馬県渋川市出身の元プロ野球選手(外野手)、コーチ。右投左打。 渋川市立豊秋小学校1年時に、豊秋ジュニアホークスで野球を始める。渋川市立渋川中学校3年時には、エースとして、チームを群馬県大会3位に導いた。 前橋商業高等学校への入学を機に外野手へ転向。1年時の秋から1番打者を務めると2年時には第81回選抜高等学校野球大会へ、3年夏の群馬県予選では、4割を超える打率でチームを牽引した末に第92回全国高等学校野球選手権大会へそれぞれ出場した。高校通算18本塁打。走攻守三拍子そろったプレースタイルから、「上州のイチロー」、「群馬のイチロー」の異名をとった。
三ツ間 卓也(みつま たくや、1992年7月22日 - )は… 三ツ間 卓也(みつま たくや、1992年7月22日 - )は、日本の農業起業家、元プロ野球選手(投手、右投右打)、YouTuber。群馬県群馬郡榛名町(現:高崎市)出身。 榛名町立榛名第六小学校(現:高崎市立久留馬小学校)在学中に軟式野球を始め、榛名町立榛名中学校(現:高崎市立榛名中学校)への進学後に高崎ジャイアンツへ所属。健大高崎高校在学中は、春夏ともに甲子園に出場できず、3年間を通じて控え投手だった。 高千穂大学への進学後には、1年の春から東京新大学野球の2部リーグ戦に登板。1年秋と3年秋の2部リーグ戦で、最優秀防御率のタイトルを獲得した。チームが1部に加わっていた3年春と4年の春・秋には、リーグ戦通算21試合の登板で3勝11敗を記録。
田面 巧二郎(たなぼ こうじろう、1990年12月9日 - … 田面 巧二郎(たなぼ こうじろう、1990年12月9日 - )は、群馬県山田郡大間々町(現・みどり市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 1999年に地元の少年野球チームである大間々東小リトルジャイアンツで野球を始める。この時のコーチは、田面が小学校6年生の時、練習試合なども含め年間トータルで約500打席に立ったが、全打席のうち三振は4しかなかったという。また、当時はその打力を買われ、中軸を打っていたという。この頃から「速球派の田面巧二郎君」と東京新聞に書かれるなどしており、速球派として知られた。 高校は、桐生市立商高に進学する。主力投手として活躍し、2008年の3年時の夏は群馬県予選ベスト4まで進出する。
堤 雅貴(つつみ まさき、1990年4月5日 - )は、日本… 堤 雅貴(つつみ まさき、1990年4月5日 - )は、日本の元プロ野球選手(投手)。 高崎商高時代は、1年時の秋から投打で活躍。2年時の夏、3年時の春にはエースとして県ベスト4に進出したが、3年時の夏は県予選3回戦で敗退し、甲子園出場は叶わなかった。 高校卒業後、2009年に地元球団であるベースボール・チャレンジ・リーグの群馬ダイヤモンドペガサスに入団。 2009年、高卒1年目ながら後期から先発に定着。23試合に登板し、7勝2敗1セーブ、防御率1.55(リーグ1位)と同球団の優勝に貢献。シーズンMVP、ベストナイン、後期MVP、最優秀防御率賞に輝いた。 2012年7月17日、怪我の治療に専念するため、一度任意引退での退団扱いとなり、その後は練習生としてチームに帯同。
大嶋 匠(おおしま たくみ、1990年2月14日 - )は、… 大嶋 匠(おおしま たくみ、1990年2月14日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手)、ソフトボール選手(内野手、捕手)。右投左打。中学生時代から大学生時代まで一貫してソフトボール選手であり、野球経験は小学校時代に軟式野球のみという、プロ入り前に硬式野球の経験がなかった異色のプロ野球選手であった。 小学校までは軟式野球をしていたが、進学した新島学園中学校に野球部がなかったためソフトボール部に入部。硬式野球のクラブチームへの入団も検討していたが、体験練習で硬式球の死球を受けて「自分に硬球は早すぎる」と感じてしまったという。 高校進学時に野球に戻る考えもあったが、内部進学の新島学園高校でもソフトボールを継続。
岡島 豪郎(おかじま たけろう、1989年9月7日 - )は… 岡島 豪郎(おかじま たけろう、1989年9月7日 - )は、群馬県邑楽郡千代田町出身の元プロ野球選手(外野手、捕手)。右投左打。 中学校時代は硬式の太田ボーイズに所属。関東学園大学附属高等学校時代は下級生から正捕手を務める。2年生の夏は群馬県予選でベスト8に進出するも、3年生の夏は群馬県予選3回戦で敗退。在学中には、春夏とも阪神甲子園球場での全国大会に出場できなかった。 高校卒業後に白鷗大学へ進学。1年次の春から関甲新学生リーグ戦に出場すると、2年次には外野手としてベストナインに選出された。3年次から正捕手となり、春には最多打点、秋には首位打者のタイトルを獲得。4年次からは主将を務めた。リーグ通算108安打、8本塁打。
廣神 聖哉(ひろかみ せいや、1989年8月19日 - )は… 廣神 聖哉(ひろかみ せいや、1989年8月19日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 前橋育英高入学後から、捕手に専念。3年時の夏は、群馬県予選準決勝で桐生第一高のエース藤岡貴裕に4打数無安打に抑えられ甲子園出場を絶たれた。 ベースボール・チャレンジ・リーグに2008年より加盟した群馬ダイヤモンドペガサスに、創設当初の入団選手となる。 2010年シーズンから、登録名を「聖哉」に変更。 2011年は、11本塁打を放ち、リーグ1位に1本差に迫る2位であった。同年のベストナインに捕手部門で選出された。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で、長打力と二塁への送球1.9秒の強肩が評価され、阪神タイガースから育成1位指名を受けた。
藤岡 貴裕(ふじおか たかひろ、1989年7月17日 - )… 藤岡 貴裕(ふじおか たかひろ、1989年7月17日 - )は、群馬県北群馬郡子持村(現・渋川市)出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 長尾小学校2年生で長尾イースターズに所属し野球を始める。子持中学校在学中は野手としてプレー、2年時には一塁手として出場し秋の県大会ベスト8。 桐生第一高等学校進学後に投手に転向。入学当初は身体も小さく球速は120km/h程度だったが、走り込みと筋力トレーニングの成果が出始め、2年時の第88回全国高等学校野球選手権大会では外野手の控え選手で出場。初戦の佐賀商業戦に外野手として途中出場し2打席ノーヒット。次戦の東洋大姫路戦では出場の機会なしでチームは敗退。この時の東洋大姫路で登板したピッチャーが、のちに東洋大学で1学年先輩となる乾真大である。
斎藤 佑樹(さいとう ゆうき、1988年6月6日 - )は、… 斎藤 佑樹(さいとう ゆうき、1988年6月6日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手)。北海道日本ハムファイターズに所属。愛称は「佑ちゃん」、「ハンカチ王子」。
神田 直輝(かんだ なおき、1988年1月18日 - )は、… 神田 直輝(かんだ なおき、1988年1月18日 - )は、元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 前橋市立荒砥中学校卒業後、前橋東高に進学。直球と切れのあるカーブを武器にエースとして活躍。 群馬大学教育学部時代は、保健体育を専攻し教員免許を取得している。準硬式野球部に所属し、4番ピッチャーとして活躍。関東選抜にも選ばれている。 読売ジャイアンツの入団テストに合格したのを受けて、2009年のドラフトで同球団から育成ドラフト5位指名を受けた。準硬式のため、プロ志望届は提出していなかった(入団テスト受験に際し退部届を提出しているため、プロ志望届提出済と同様とみなされている。)。
細谷 圭(ほそや けい、1988年1月17日 - )は、群馬… 細谷 圭(ほそや けい、1988年1月17日 - )は、群馬県佐波郡境町(現:伊勢崎市)出身の元プロ野球選手(内野手)で野球指導者。右投右打。 境町立北中学校時代、2年生時は二塁手として試合に出場。2年生の夏以降、三塁手になるが、のちに遊撃手にコンバート。投手としても活躍。チームは佐波郡内負け無しで夏の県大会ベスト8に進出した。 太田市立商業高等学校時代は通算で46本の本塁打を放ち、「群馬のゴジラ」の異名をとった。右打者ながらライトに大きく伸びる打球が特徴。2005年夏の群馬大会は、同期でエースの相澤寿聡と共に決勝まで進出したものの、前橋商高に惜敗し甲子園出場はならなかった。パンチの効いた打撃が注目され、同年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから高校生ドラフト4巡目で指名を受けた。
安達 了一(あだち りょういち、1988年1月7日 - )は… 安達 了一(あだち りょういち、1988年1月7日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、プロ野球コーチ。現在はオリックス・バファローズで内野守備走塁コーチを務める。 高崎市立北小学校在学中はソフトボールに興じていたが、高崎市立第一中学校への入学後に、校内の軟式野球部へ所属。主なポジションは捕手や外野手であったが、当時から内野を守ることもあったほか、3年時には群馬県の大会で準々決勝進出を経験した。 群馬県立榛名高等学校への進学後は、1年時から正三塁手に定着していたが、主将を任された2年時の秋から遊撃手に定着。もっとも、在学中には対外試合で盗塁を記録しておらず、春夏とも甲子園球場での全国大会と無縁であった。
松井 雅人(まつい まさと、1987年11月19日 - )は… 松井 雅人(まつい まさと、1987年11月19日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)、コーチ。右投左打。 小学校2年で地元の軟式野球チーム粕川リトルタイガースで野球を始め、中学校までは投手だった。なお、小学校1年から6年までは柔道の経験もある。桐生第一高等学校で捕手に転向、第76回選抜高等学校野球大会、第86回全国高等学校野球選手権大会に出場する。同期には後にオリックスでもチームメイトになる小島脩平がいる。 上武大学へ進学し、左打ちに。同期の安達了一と共に明治神宮大会では上武大初の準優勝に貢献。最多打点2回、ベストナイン3回。 2009年のドラフト会議で中日から7位指名を受け入団。
長川 真也 (ながかわ しんや、1987年10月6日 - )… 長川 真也 (ながかわ しんや、1987年10月6日 - )は、日本のプロ野球審判員。 樹徳高等学校から国士舘大学を経て2013年3月1日に日本野球機構審判部に入局。審判員袖番号は入局から2015年までは60、2016年からは31。 2024年にはオールスター初出場を果たし、第2戦(7月24日、神宮)で球審を務めた。 2026年3月14日に行われたDeNA対ソフトバンクのオープン戦(横浜スタジアム)で球審を務めた長川は、3回裏2死三塁の場面で、栗原陵矢が打った打球を二ゴロに打ち取ったが、ボールを持たなかった投手の東克樹が、打者走者の走塁を妨げた事により、走塁妨害と判定し、三塁走者の正木智也は得点となり、自ら場内説明を行った。
小島 脩平(こじま しゅうへい、1987年6月5日 - )は… 小島 脩平(こじま しゅうへい、1987年6月5日 - )は、群馬県太田市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。 桐生第一高等学校時代は、2年時に第76回選抜高等学校野球大会・第86回全国高等学校野球選手権大会に出場している(どちらも初戦敗退)。3年時の夏は、群馬大会準決勝で敗退。当時のチームメイトに松井雅人がいる。 高校卒業後は、東都大学野球連盟に加盟する東洋大学に進学。1年時の春からリーグ戦に出場し、2年時の春からレギュラーを獲得。4年時には主将に就任すると、春には打率.385をマークして首位打者を獲得し、同年の第37回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出され、二塁手と指名打者として出場した。
星 秀和(ほし ひでかず、1986年11月10日 - )は、… 星 秀和(ほし ひでかず、1986年11月10日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(外野手・内野手・捕手、右投左打)・コーチ。 前橋工業高時代は3年夏の全国高等学校野球選手権群馬大会で準優勝。高校通算39本塁打。2004年のドラフト会議で西武ライオンズに5巡目指名され、捕手として入団。「ほかのキャッチャーよりもバッティングがいい」と評価され、「伊東2世」と呼ばれるなど期待が高かった。 一年目の2005年は二軍で39試合に出場し、打率.203の成績を残した。捕手24試合・三塁手2試合・外野手1試合で起用された。 俊足と打力を生かすため、2006年より内野手へ転向。本人は引退後に出演した野球Youtuberトクサンの動画内で、「入団した翌年に炭谷銀仁朗が入ってきて、2秒で捕手をクビになった」と語っている。
井野口 祐介(いのぐち ゆうすけ、1985年3月14日 - … 井野口 祐介(いのぐち ゆうすけ、1985年3月14日 - )は、群馬県桐生市出身の群馬ダイヤモンドペガサスに所属する日本のプロ野球選手(外野手)。ベースボール・チャレンジ・リーグの創設以来、10年以上にわたって1シーズンを除いてプレーを続けており、「独立リーグのレジェンド」とも評される。 桐生市立商高時代は、3年時の夏に第84回全国高等学校野球選手権大会に出場。その後、平成国際大学。 2007年に富山サンダーバーズに入団。同年は、79打点を挙げ、最多打点のタイトルを獲得した。 2008年、群馬ダイヤモンドペガサスに移籍。同年も47打点を挙げ、チームメイトの丹羽良太と共に最多打点のタイトルを獲得、ベストナインにも選出された。
永井 怜(ながい さとし、1984年9月27日 - )は、群… 永井 怜(ながい さとし、1984年9月27日 - )は、群馬県藤岡市出身の元プロ野球選手・コーチ。 現役時代は東北楽天ゴールデンイーグルスでプレー。引退後は楽天のコーチのほか、アカデミーのコーチやプロ野球解説者としても活動していた。 藤岡市立神流小学校3年生の頃から「神流リバーズ」で外野手として野球を始め、後に内野手、投手を兼任。中学時代はずっと野手を兼任し、高校生から投手に専念することになる。東農大二高時代は2年生秋からベンチ入りした。最高成績は3年生春の県大会ベスト16だった。 東洋大学では、1年生秋からリーグ戦に登板した。2年生からはエースとして登板した。2005年春の東都大学リーグ戦、対中央大学戦では16奪三振を記録した。
井野 卓(いの すぐる、1983年11月23日 - )は、群… 井野 卓(いの すぐる、1983年11月23日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 小学1年生の時から野球を始め、ポジションはよく入れ替わったが中学3年生の時から捕手一本となる。前橋工業高校3年生の時は2001年夏の群馬大会で優勝し、甲子園に出場。卒業後、東北福祉大学に進学する。仙台六大学リーグで通算64試合166打数56安打・打率.337。2004年には日米大学野球日本代表に選出された。 強肩とチームをまとめる統率力が認められ、2005年度ドラフト会議にて東北楽天ゴールデンイーグルスから7巡目指名を受けて入団。東北福祉大学の同期である松崎伸吾も楽天から1巡目指名を受けて入団し、チームメイトとなった。
石橋 史匡(いしばし ふみまさ、Fumi Ishibashi… 石橋 史匡(いしばし ふみまさ、Fumi Ishibashi、1983年9月11日 - )は、日本の群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)。現在はMLBのロサンゼルス・ドジャース傘下にてルーキーリーグ「アリゾナ・コンプレックスリーグ・ドジャース(英語版)」の監督を務めている。 群馬県出身。中学時代からMLBに憧れていた。 中学卒業後に、東京農業大学第二高等学校に進学した。 高校2年まではベンチだった。高校3年で先発捕手となったものの、目立った活躍をすることはなかった。 2002年9月に、アメリカ合衆国のロサンゼルスにある短期大学に進学した。 2005年に、独立リーグであるゴールデンベースボールリーグのジャパン・サムライ・ベアーズに入団した。
小林 太志(こばやし ふとし、1983年5月11日 - )は… 小林 太志(こばやし ふとし、1983年5月11日 - )は、群馬県富岡市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 現役時代の愛称は「ハマのエクスプレス」。 中学時代は軟式野球をし、高校入学時に大学で野球をしたいと思い、野球部監督が立教大学OBの群馬県立富岡高等学校へ進学した。在籍時には最速144 kmのストレートで注目されたが、初戦敗退を喫する。 一般入試で進学した立教大学ではエースとして東京六大学野球リーグで活躍し、リーグ戦通算10勝を挙げた。大学3年時に埼玉西武ライオンズのスカウトが注目するも指名はされなかった。 大学卒業後の2006年にJR東日本に入社。堀井哲也監督の指導のもと、JR東日本硬式野球部で1年目からチーム投手陣の主軸に抜擢され、第77回都市対抗野球では2試合に先発、シダックスから補強された森福允彦らと共にチームのベスト4入りに貢献した。
狩野 恵輔(かのう けいすけ、1982年12月17日 - )… 狩野 恵輔(かのう けいすけ、1982年12月17日 - )は、群馬県渋川市出身の元プロ野球選手(捕手、外野手)、野球解説者、野球評論家、YouTuber。マネジメント契約は株式会社オフィスS.I.Cである。 中学校では投手だったが、2年秋に主将となると同時に捕手に転向した。 前橋工業高校への進学後は、2年秋に関東大会へ進むが初戦で延長11回サヨナラ負け。3年夏の選手権群馬大会で4本塁打を放って大会新記録を達成。2017年に山下航汰が5本塁打を放つまで破られない記録だった。決勝で一場靖弘を擁する桐生第一高校と対戦したものの、チームが敗戦を喫し、自身も最後の打者になった。在学中には、高い打撃センスと大人びた風貌から、右打者ながら「上州の掛布」と呼ばれていた。