古在 豊樹(こざい とよき、1943年(昭和18年)9月25… 古在 豊樹(こざい とよき、1943年(昭和18年)9月25日 - )は、日本の生物環境学者。農学博士。千葉大学名誉教授。第12代千葉大学学長。祖父古在由直も豊樹と同様、農芸化学者で東京大学総長を務めた。父親は元名古屋大学教授のマルクス哲学者古在由重である。「古在機構」等で知られる、国立天文台初代台長を務めた天文学者の古在由秀は従兄(由直の長男である由正の子。由重は次男)。 千葉大学学長時の平成18年度文部科学省大学評価委員会による実績評価では、「年度計画の16項目すべてにおいて、中期目標・中期計画を『上回って実施している』あるいは『十分に実施している』」と評価を受けた。また、平成19年度には学生・教職員に向けて「底力宣言!千葉大学」の決意表明を行った。
岡部 洋一(おかべ よういち 1943年8月13日- )は、… 岡部 洋一(おかべ よういち 1943年8月13日- )は、日本の工学者、神経科学者。専門は、超伝導エレクトロニクス・生体磁気・ニューラルネットワークス。学位は、工学博士(東京大学・1972年)。東京大学名誉教授、放送大学名誉教授兼顧問兼学生。東京大学では先端科学技術研究センター長、情報基盤センター長ほかを務め、放送大学では教授から副学長、学長を歴任した後、2016年より学長であると同時に放送大学生となった。2019年瑞宝中綬章受章。東京都生まれ。 電気電子工学の研究により電子デバイス・電子機器の開発に関わる基礎研究から、システム工学に通じる人間を対象とした医工学、医用生体工学・生体材料学へ、また双方の領域を結ぶ神経科学一般にも目を配る。
菅野 盾樹(すげの たてき、1943年8月6日 - )は、日… 菅野 盾樹(すげの たてき、1943年8月6日 - )は、日本の哲学者(記号学、人間学、形而上学)。大阪大学名誉教授。博士(人間科学)(大阪大学、1995年)(学位論文「いのちの遠近法-意味と非意味の哲学」)。 1943年、東京都生まれ。1967年、東京大学文学部哲学科を卒業。1972年、同大学大学院博士課程を単位取得満期退学。 修了後は母校である東京大学文学部助手となり、1973年より山形大学教養部専任講師。1975年に助教授昇進。1976年、大阪大学人間科学部助教授となり、1989年より教授。2000年からは人間科学研究科教授。2007年、大阪大学を定年退職し、名誉教授となった。この在職中の間、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ロンドン大学バークベックカレッジ客員研究員、ハーバード大学教育学大学院客員研究員などで在外研究を行った。
堀尾 真紀子(ほりお まきこ、1943年〈昭和18年〉7月2… 堀尾 真紀子(ほりお まきこ、1943年〈昭和18年〉7月28日 - )は、日本の美術史学者。文化学園大学名誉教授。女性画家を論じる。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、1968年東京藝術大学美術学部卒業、1972年同大学院修士課程修了。1969年から1970年までパリのフランス国立美術工芸大学に留学。1987年『画家たちの原風景』で日本エッセイストクラブ賞を受賞。東京クラフトデザイン研究所講師、文化女子大学助教授、教授、2011年校名変更で文化学園大学教授・造形学部長。2019年退任。 万葉文化館建設委員、運営委員などを経て万葉古代学客員研究員、万葉文化館評議員、調布市政策策定委員、調布市文化コミュニティセンター理事など。
青野 聰(あおの そう、1943年7月27日 - )は、日本… 青野 聰(あおの そう、1943年7月27日 - )は、日本の小説家、元多摩美術大学教授。 東京都世田谷区梅丘出身。文藝評論家青野季吉と松井松栄の三男として生まれる。季吉は妻みづほがいた。2歳で母を喪い、継母に育てられる。 世田谷区立世田谷小学校、世田谷区立桜木中学校を経て、1959年、早稲田大学高等学院に入学、小説を乱読、アメフト部に所属。 1960年青野家に入籍。1966年、早稲田大学第一文学部演劇専修科中退。ヨーロッパや北アフリカ諸国を放浪した後、1971年、「早稲田文学」誌上にてデビュー。 『母と子の契約』(『文藝』1978年11月号掲載)が1979年1月発表の第80回芥川龍之介賞の候補となり、新世代の作家として注目される。
古関 彰一(こせき しょういち、1943年7月18日 - )… 古関 彰一(こせき しょういち、1943年7月18日 - )は、日本の法学者。専門は憲法史。獨協大学名誉教授。前和光学園理事長。 東京都生まれ。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。和光大学経済学部教授などを経て、1991年から獨協大学法学部教授。2015年10月より和光学園理事長に就任。2022年2月末まで務める。1989年、『新憲法の誕生』で第7回吉野作造賞を受賞。
安藤 英義(あんどう ひでよし、1943年7月 - )は、日… 安藤 英義(あんどう ひでよし、1943年7月 - )は、日本の会計学者。専門は、財務会計。企業会計制度と会計基準を研究テーマとする。学位は、商学博士(一橋大学・論文博士・1985年)(学位論文「商法会計制度論 : 商法会計制度の系統的及び歴史的研究」)。一橋大学名誉教授。瑞宝中綬章受章。 日本会計研究学会会長、企業会計審議会会長等を歴任。日本会計研究学会太田賞、日経・経済図書文化賞等受賞。 東京都豊島区生まれ。1962年3月 東京都立小石川高等学校卒業。1967年 一橋大学商学部経営学科卒業。1969年 一橋大学法学部卒業。商法の吉永榮助の指導を受けた。1974年 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得。
田賀井 篤平(たがい とくへい、1943年5月16日—)は、… 田賀井 篤平(たがい とくへい、1943年5月16日—)は、日本の鉱物学者、結晶学者。専門は鉱物学、結晶学。東京生まれ。
上杉 邦憲(うえすぎ くにのり、1943年(昭和18年)4月… 上杉 邦憲(うえすぎ くにのり、1943年(昭和18年)4月18日 - 2025年(令和7年)12月12日)は、日本の宇宙工学者。専門は、宇宙航行力学・システム工学。学位は、工学博士(東京大学・1977年)(学位論文「Optimum low-thrust multiple rendezvous(低推力による多数回ランデヴーの最適化に関する研究)」)。東京大学宇宙航空研究所助教授・文部省宇宙科学研究所教授・宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部教授などを歴任。上杉氏第32代当主。山形県生まれ。 上杉隆憲・敏子夫妻の長男で、旧米沢藩主上杉家の17代当主にあたる(山内上杉家では32代目)。また、母・敏子は徳川宗家17代当主・徳川家正と、最後の薩摩藩主・島津忠義の娘・正子の次女である。
大塚 宗春(おおつか むねはる、1943年(昭和18年)2月… 大塚 宗春(おおつか むねはる、1943年(昭和18年)2月9日 - )は、日本の会計学者、早稲田大学名誉教授、元会計検査院長。 東京府小石川生まれ。1965年に早稲田大学第一商学部を卒業し、早大大学院商学研究科修士課程、博士課程で学んだ後、助手、専任講師(1973年)、助教授(1975年)を経て1980年より早稲田大学商学部教授。その後、商学部長(1998~2000年)などを歴任。学部時代は新井清光、大学院では青木茂男といった会計学の大家に師事しており、「師に恵まれた」と本人の退官の記念講演で述べている。 1995年から1997年には公認会計士試験第2次試験委員を務める。1999年~2002年に放送大学客員教授と国民生活金融公庫総合研究所長を兼職。
吉村 作治(よしむら さくじ、1943年〈昭和18年〉2月1… 吉村 作治(よしむら さくじ、1943年〈昭和18年〉2月1日 - )は、日本の考古学者(博士(工学)、乙種、早稲田大学、1999年)、東日本国際大学総長、早稲田大学名誉教授、サイバー大学客員教授。タレント。 日本のエジプト考古学の第一人者で、衛星写真分析などハイテクを導入した調査方法で遺跡を発掘する手法が評価される。 中野区立丸山小学校、東京学芸大学附属大泉中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1969年に早稲田大学第一文学部を卒業。元アラブゲリラ隊員を自称している。1999年に早稲田大学より博士(工学) の学位を取得。以前にディプロマミルとされるパシフィック・ウエスタン大学より考古学博士号を購入していた。
山本 吉宣(やまもと よしのぶ、1943年1月27日 - 2… 山本 吉宣(やまもと よしのぶ、1943年1月27日 - 2023年7月7日)は、日本の政治学者。専門は国際政治学。東京大学名誉教授、青山学院大学名誉教授、新潟県立大学名誉教授、PHP総合研究所研究顧問。 1943年、神奈川県生まれ。東京都立小石川高等学校を卒業。東京大学教養学部で国際関係論を専攻し、1966年に卒業。1968年、同大学院社会学研究科修士課程修了し、1968年よりミシガン大学大学院に留学した。1974年にミシガン大学にて博士号を取得。 1975年、埼玉大学教養学部専任講師に就いた。助教授、教授に昇進。1989年、東京大学教養学部教授となる。2003年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。
太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日… 太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日本の生物学者、生化学者、理学博士。筑波大学名誉教授。専門は生化学、微生物学、分子生物学。 1943年に上海で出生する。1967年に東京都立大学理学部生物学科を卒業、後に自治医科大学医学部研究生を修了した。1967年から1973年まで国立予防衛生研究所抗生物質部へ厚生技官として勤務する。1977年から自治医科大学で膜タンパク質の研究に従事、1980年より同大学の研究技官を務める。1991年から筑波大学の講師に就任し、人間総合科学研究科に所属した。基礎医学系助教授、筑波大学医療技術短期大学部教授を経て、基礎医学系教授となる。筑波大学では基礎医学系長を務めたほか、学内の基礎医学系の研究会であるつくば医科学研究会で代表として活動した。
森下 一期(もりした かずき、1943年 - 2016年[要… 森下 一期(もりした かずき、1943年 - 2016年[要出典])は日本の教育者、教育学者。元和光中学校・高等学校校長。専門は技術教育学、職業教育。 東京都立大学附属高等学校を11期生として卒業後、東京工業大学へ進学する。大学卒業後は和光中学校技術科教諭となった。その後、職業訓練大学校助教授に転身し、1985年には名古屋大学教育学部助教授となり技術教育学研究室で教育・研究に従事する。1995年に和光中学校・高等学校校長に着任した。そして、当時の教育実践を2000年に『高校生の総合学習と学び』・『中学生の学びと総合学習』として出版した。退任後は、和光学園理事を務めた。
野村 豊弘(のむら とよひろ、1943年- )は日本の法学者… 野村 豊弘(のむら とよひろ、1943年- )は日本の法学者。学習院大学法学部教授。専門は民法。東京都生まれ。
小玉 美意子(こだま みいこ、1942年12月13日 - 2… 小玉 美意子(こだま みいこ、1942年12月13日 - 2025年7月11日)は、日本の社会学者。専攻はテレビ・ジャーナリズム論、ジェンダーとメディア論。元フジテレビアナウンサーで武蔵大学名誉教授。テレビ番組評価サイト「QUAE」主宰。福島県しゃくなげ大使。 東京都生まれ。東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)、お茶の水女子大学卒業後、フジテレビにアナウンサーとして入社。フジテレビでは6年間アナウンサーを務めるも「女子アナウンサー定年制」により退社を余儀なくされる。退社後、アメリカ合衆国に留学。帰国後、お茶の水女子大大学院人間文化研究科に入学し、満期退学の後に福島女子短期大学、江戸川大学を経て、1995年より武蔵大学社会学部教授。
三島 憲一(みしま けんいち、1942年11月11日 - )… 三島 憲一(みしま けんいち、1942年11月11日 - )は、日本のドイツ哲学者。大阪大学名誉教授、ベルリン自由大学名誉博士。 1942年、東京府生まれ。栄光学園高等学校卒、1965年東京大学教養学部教養学科ドイツ分科卒業。同大学院比較文学比較文化専攻博士課程中退。 1968年、千葉大学専任講師、1973年より助教授。1975年、東京大学教養学部助教授、1987年、学習院大学教授、1991年、大阪大学人間科学部教授。2002年よりフランクフルト大学社会研究所国際理事会理事。2004年、定年退職。退職後は東京経済大学の教授を務め、2013年定年退任した。 2010年に、『ベンヤミン:破壊・収集・記憶』によって大阪大学より博士(人間科学)の学位を授与される。
鶴木 眞(つるき まこと、1942年11月2日 - 2015… 鶴木 眞(つるき まこと、1942年11月2日 - 2015年7月15日)は、日本の国際政治学者。東京大学名誉教授。 東京生まれ。武蔵中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学院法学研究科博士課程満期退学。1967年慶應義塾大学法学部助手、1970年同専任講師、1973年同助教授、1979年同教授。1992年東京大学社会情報研究所教授、2002年『情報政治学』で法学博士(慶應義塾大学)。 2003年、東京大学を定年退官、名誉教授。同年、十文字学園女子大学・同短期大学学長。2007年、同大学学長を退任。2007年から松山大学教授(2013年まで)。 1979年から1981年まで外務省在イスラエル大使館専門調査員。
宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日… 宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日本の経済学者、東京大学名誉教授、早稲田大学特任教授。
福山 秀敏(ふくやま ひでとし、1942年(昭和17年)7月… 福山 秀敏(ふくやま ひでとし、1942年(昭和17年)7月31日 - )は、日本の物性物理学者。東京理科大学学長特別補佐。東京理科大学理学部第一部応用物理学科嘱託教授。東京大学名誉教授。元国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)副会長。日本物理学会名誉会員。
松原 望(まつばら のぞむ、男性、1942年7月12日 - … 松原 望(まつばら のぞむ、男性、1942年7月12日 - )は、日本の統計学者・数理社会学者。東京大学名誉教授、聖学院大学客員教授。
菅 民郎(かん たみお、1942年6月25日 - )は、日本… 菅 民郎(かん たみお、1942年6月25日 - )は、日本の統計学者、統計解析のコンサルタント、企業家。博士(理学)(中央大学・2009年)。ビジネス・ブレークスルー大学院名誉教授。東京都出身。 株式会社社会情報サービス、株式会社エスミ、株式会社アイスタットを設立。 統計学や解析手法は分析・研究の現場で生かされるべきと考え、統計解析の入門書を数多く執筆・出版している。 1942年、東京都杉並区で誕生。学生時代から東大セツルメントなどの児童文化運動に関わっていた父・菅忠道(児童文学研究家)と貿易商垣内徳三郎が所有する名主の滝亭(現在は東京都北区名主の滝公園)で誕生した母・京子との間に長男として生まれる。
秋山 豊寛(あきやま とよひろ、1942年(昭和17年)6月… 秋山 豊寛(あきやま とよひろ、1942年(昭和17年)6月22日 - )は、日本のジャーナリスト、ソビエト連邦第3級宇宙飛行士、京都造形芸術大学芸術学部教授。元TBS記者・ワシントン支局長。
江橋 崇(えばし たかし、1942年6月21日 - )は、日… 江橋 崇(えばし たかし、1942年6月21日 - )は、日本の法学者。専門は憲法学。法政大学法学部名誉教授。平和フォーラム代表。グローバル・コンパクト研究センター研究員。
北野 大(きたの まさる、1942年5月29日 - )は、日… 北野 大(きたの まさる、1942年5月29日 - )は、日本の化学者、教育者。 秋草学園短期大学学長。明治大学元教授。淑徳大学名誉教授。工学博士で、専門は環境化学、安全学。日本分析化学会会員。所属事務所は三桂。 東京府東京市足立区出身(現在も在住)。淑徳大学人文学部表現学科教授、明治大学理工学部応用化学科教授を歴任。明治大学校友会会長。 三男。兄に北野重一、弟にビートたけし(北野武) 、甥に北野篤、姪に北野井子がいる。 足立区立第四中学校、東京都立上野高等学校を経て、明治大学工学部工業化学科を卒業。もともとは英語を学びたく千葉大学文理学部英文科にも合格していたが、母親の命で明治大学工学部工業化学科に進んだ。
木下 英夫(きのした ひでお、1942年5月10日 - 20… 木下 英夫(きのした ひでお、1942年5月10日 - 2002年12月1日)は、日本の哲学者・倫理学者。 東京葛飾区柴又生まれ。1958年東京都立小山台高等学校入学。1963年東京大学教養学部文科III類入学。1967年東京大学大学院修士課程(倫理学専攻)入学。1970年名古屋大学大学院博士課程(哲学専攻)入学。1978年より横浜国立大学教育学部講師となり、後に教授となる。1982年より1984年まで、反核ミニコミ誌「一寸の虫」(同時代社刊)刊行した。2002年12月、胆管がんの術後のMRSA感染症による敗血症により死去。 古在由重の開催していた、哲学研究会である、「古在ゼミ」の門下生。1980年代初頭、原水爆禁止世界大会の準備会事務局(日本青年館地下にあった)で、ボランティア活動を行い、市井の多くの人の意見に共感し「戦争はいやだ」(同時代社刊)の出版に協力する。
向殿 政男(むかいどの まさお、1942年(昭和17年)4月… 向殿 政男(むかいどの まさお、1942年(昭和17年)4月5日 - )は、日本の工学者。専門は安全工学、ファジィ理論、多値論理など。安全のエキスパート、大家であり、フェイルセーフを始めとする安全理論に加えて各種調査委員会や標準化活動でも貢献した。明治大学工学博士、名誉教授、明治大学校友会名誉会長。2015年安全功労者内閣総理大臣表彰。2021年瑞宝中綬章受章者。 明治大学専任講師、助教授、教授を経て、2014年より同大学顧問。日本信頼性学会や日本知能制御ファジィ学会、アジアファジィシステム学会、私立大学情報教育協会、安全技術応用研究会、セーフティグローバル推進機構、鉄道総合技術研究所で会長を歴任。
藤嶋 昭(ふじしま あきら、1942年3月10日 - )は、… 藤嶋 昭(ふじしま あきら、1942年3月10日 - )は、日本の化学者。専門は、光電気化学・機能材料化学。東京理科大学第9代学長。東京理科大学栄誉教授。東京理科大学光触媒国際研究センター長 兼 東京理科大学光触媒研究推進拠点長。初代東京大学特別栄誉教授。東京応化科学技術振興財団理事長。財団法人神奈川科学技術アカデミー理事長。2006~2007年度日本化学会会長。他に日本学術会議会員、化学委員会委員長、光機能材料研究会会長、電気化学会会長、光化学協会会長、川崎市教育アドバイザーなどを歴任。 東京都世田谷区生まれ、1944年から中学入学まで愛知県豊田市に疎開した経験を持つ事から、2021年3月に豊田市の名誉市民に推挙された。
伊藤 定良(いとう さだよし、1942年(昭和17年)3月1… 伊藤 定良(いとう さだよし、1942年(昭和17年)3月10日 - )は、日本の西洋史学者。専門は近代ヨーロッパ史、ドイツ近現代史。青山学院大学・第16代学長。青山学院大学名誉教授。 1942年、宮城県生まれ。東京都立三鷹高等学校卒、1966年、東京大学文学部西洋史学科を卒業。東京大学大学院人文科学研究科に進み、1972年に博士課程単位取得満期退学。 その後は、日本大学文理学部専任講師に就いた。1977年、同助教授。1978年、青山学院大学文学部助教授となった。1987年、教授。2004年から2007年まで文学部長。 2007年12月から2011年12月、青山学院大学・第16代学長。青山学院理事。
笹尾 哲夫(ささお てつお、1942年 - )は日本出身の天… 笹尾 哲夫(ささお てつお、1942年 - )は日本出身の天文学者、理学博士。元国立天文台教授。専門は地球回転運動、固体地球物理学など。 1972年に東京大学理学系研究科博士課程を修了する。大学院では天文学を専攻し海野和三郎に師事した。同年に文部省緯度観測所研究員となり、1978年~1979年にコロラド大学環境科学協同研究所客員研究員を経て、1988に国立天文台地球回転系教授に就任する。VLBIによる高精度天体位置計測、大気モデルと位相補償方式、地球回転運動などを研究分野として活動した。VERA計画(VLBI Exploration of Radio Astrometry、天文広域精測望遠鏡)を統括責任者として推進した。
東 千秋(あずま ちあき、1942年 - )は、日本の工学者… 東 千秋(あずま ちあき、1942年 - )は、日本の工学者(工学博士)。放送大学名誉教授。専門は、材料工学、高分子化学。 北海道生まれ。東京都立三鷹高等学校卒業。上智大学大学院理学研究科修士課程修了。昭和50年、上智大学より工学博士の学位を取得。博士論文は「α,β-不飽和カルボニル化合物の構造とその重合反応性に関する研究」。上智大学理工学部助手(1969年 - 1982年)、マサチューセッツ大学アマースト校高分子工学科客員研究員(1974年 - 1976年)、ブラジルリオデジャネイロ連邦大学高分子研究所客員教授(1980年 - 1981年)、上智大学理工学部講師(1982年)、リオデジャネイロ連邦大学高分子研究所准教授(1982年 - 1986年)、放送大学教養学部助教授(1986年 - 2006年)、同教授(2006年 - 2013年)を歴任。
大村 纂(おおむら あつむ、1942年 - )は、日本の気候… 大村 纂(おおむら あつむ、1942年 - )は、日本の気候学者。グローバルディミングの発見者。東京都文京区出身。 神奈川県立横須賀高等学校、東京大学理学部卒業。1983年よりチューリッヒ工科大学教授、2007年より名誉教授。 朋友会ホームページ ようこそ同窓生を参考とした
伊藤 順康(いとう まさやす、1942年- )は、日本の心理… 伊藤 順康(いとう まさやす、1942年- )は、日本の心理学者。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校卒、東京大学教育学部卒、1976年同大学院博士課程満期退学(社会教育学、人間形成論専攻)。東京理科大学教授。
京極 高宣(きょうごく たかのぶ、1942年 - )は、日本… 京極 高宣(きょうごく たかのぶ、1942年 - )は、日本の社会福祉学者。国立社会保障・人口問題研究所所長を経て、社会福祉法人浴風会名誉理事長。日本社会事業大学教授、同学長。 東京都出身。社会福祉学博士(東京福祉大学)。前・日本社会事業大学学長。東京都立新宿高等学校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程理論経済学専攻退学。 日本社会事業大学専任講師、同助教授、厚生省(現・厚生労働省)社会局社会福祉専門官(1984年(昭和59年) - 1987年(昭和62年))、日本社会事業大学教授。1991年(平成3年)、同大学社会福祉学部学部長を経て、1995年(平成7年)より学長。 厚生労働省社会保障審議会障害者部会長。
島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は… 島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は、地震学者(地球物理学者、地球科学者)、日本文藝家協会会員、評論家、エッセイスト。父は島村喜久治。母は島村千枝子。大叔母は吉行あぐり(千枝子の母の妹)。 2004年以来、現在まで武蔵野学院大学特任教授。また、CCSS(制御震源地震学国際委員会=地球内部構造を研究するための人工地震の国際学会)の委員長を1983-1989年に務めた。なお、現在に至るまで、日本人としてはただ一人の委員長である[要出典]。 1960年代の大学院生当時、プレート・テクトニクスの黎明期でプレートが生まれるところ(海嶺)も、消えるところ(海溝)も海底にあることが分かり、プレートの動きをいちばん精密に現場で知ることが出来る海底地震計を開発することを、指導教官だった浅田敏らと開始した。
竹谷 靱負(たけや ゆきえ、本名:竹谷 誠(たけや まこと)… 竹谷 靱負(たけや ゆきえ、本名:竹谷 誠(たけや まこと)、1941年11月2日 - 2025年2月19日)は、日本の富士山文化の研究者、富士信仰の研究者、元教育情報工学者。理学博士。拓殖大学名誉教授、富士山御師の末裔。富士山文化研究会会長、富士学会理事などを務める。東京都武蔵野市出身。 1941年(昭和16年)11月2日、富士山北口の御師(山梨県富士吉田市)である竹谷家の長子として誕生。父親は出生前に出征、戦死、母親の生家である東京武蔵野市で育つ。 成蹊高等学校を卒業後、早稲田大学理工学部応用物理学科に入学、1967年(昭和42年)早稲田大学大学院理工学研究科応用物理学専攻修士課程修了、同年より日本電気株式会社(NEC)中央研究所勤務。
潮田 資勝(うしおだ すけかつ、1941年〈昭和16年〉9月… 潮田 資勝(うしおだ すけかつ、1941年〈昭和16年〉9月18日 - 2023年〈令和5年〉12月10日)は、日本の物理学者。専門は表面物理学、固体物理学。東北大学名誉教授。第23代国際純粋・応用物理学連合会長。第59期日本物理学会会長。 1941年9月18日、千葉県にて生まれた。東京都立日比谷高等学校卒業。1964年にダートマス大学物理学科を卒業し、1969年にペンシルベニア大学からPhDを取得した。同年にカリフォルニア大学アーバイン校理学部物理学会の助教授に着任し、1974年に同准教授、1978年に同教授に昇任した。1985年から2004年まで東北大学電気通信研究所の教授を務めた。また、1993年から2000年まで北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科の教授を併任した。
岩崎 洋一(いわさき よういち、1941年9月12日 - )… 岩崎 洋一(いわさき よういち、1941年9月12日 - )は日本の物理学者。専門は素粒子物理学。専用並列計算機QCDPAX(英語版)、CP-PACSの開発を主導した[4]。
黒川 洸(くろかわ たけし、1941年7月15日 - 202… 黒川 洸(くろかわ たけし、1941年7月15日 - 2023年9月13日)は、日本の都市工学者。工学博士。東京工業大学名誉教授、筑波大学名誉教授。専攻は交通計画、都市計画など。曾祖父(祖母の父)は男爵の黒川通軌。祖父は元大邱覆審法院検事長の黒川譲。父は元司法省次官で男爵の黒川渉。兄は医学者で東京大学名誉教授の黒川清。外叔父(母の弟)は教育心理学者の続有恒。 東京都出身。成蹊中学校・高等学校を経て、1964年東京大学工学部土木工学科卒業。1970年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。同年建設省に入省。建築研究所都市施設研究室長、筑波大学社会工学系助教授、同教授、東京工業大学大学院教授、早稲田大学大学院客員教授、同理工学総合研究センター客員教授を歴任。
六角 鬼丈(ろっかく きじょう、1941年6月22日 - 2… 六角 鬼丈(ろっかく きじょう、1941年6月22日 - 2019年1月12日)は、日本の建築家、東京藝術大学名誉教授。旧名は正廣。東京都出身。日本建築学会賞作品賞など受賞。 祖父は漆芸家の六角紫水、父は漆芸家の六角大壌、娘は建築家の六角美瑠。
樺山 紘一(かばやま こういち、1941年5月8日 - )は… 樺山 紘一(かばやま こういち、1941年5月8日 - )は、日本の歴史学者、東京大学文学部名誉教授、印刷博物館館長。
柳田 充弘(やなぎだ みつひろ、1941年4月4日 - )は… 柳田 充弘(やなぎだ みつひろ、1941年4月4日 - )は、日本の分子生物学者。沖縄科学技術大学院大学教授、京都大学名誉教授。理学博士。専門は細胞周期と染色体分配の機構。
脊山 洋右(せやま ようすけ、1941年3月14日 - )は… 脊山 洋右(せやま ようすけ、1941年3月14日 - )は、日本の生化学者。学位は、医学博士(東京大学・1973年)。東京大学名誉教授、お茶の水女子大学名誉教授。専門は、生化学・栄養学。
中島 尚正(なかじま なおまさ、1941年3月9日 - )は… 中島 尚正(なかじま なおまさ、1941年3月9日 - )は、日本の工学者(工学博士)。東京大学名誉教授。専門は機械工学。 東京都調布市出身。東京都立西高等学校(11期)、東京大学工学部卒。東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了。1969年博士論文「針金束で構成した金型・母型電極の研究 -非切削数値制御加工の一研究-」を提出し工学博士の学位を取得。2001年に東京大学工学部名誉教授の称号を得る。 東京大学工学部講師(1969年)、東京大学工学部助教授(1970年~1983年)、東京大学工学部教授(1983年~2001年)、東京大学人工物工学研究センター長(初代センター長、1992年)、東京大学大学院工学系研究科長 兼 工学部長(1998年)、OECD科学技術政策委員会副議長(1999年)、東京大学運動会理事長(2000年)を経て2001年3月で東京大学を定年退職。
布施 勉(ふせ つとむ、1941年2月25日 - 2024年… 布施 勉(ふせ つとむ、1941年2月25日 - 2024年7月8日)は、日本の国際法学者。法学博士(中央大学)で、2008年から2014年まで横浜市立大学学長を務めた。弟に歌手で俳優の布施明がいる。 東京都出身で都立国立高校を経て中央大学法学部を卒業後に大学院博士課程で学ぶ。 日本の国際海洋法草分けの一人とされる。国際海洋法学会理事・企画評議会議長として海洋法の発展に国際的な貢献をした。 テレビ神奈川(tvk)で番組審議会委員を務めたことがあるがテレビ、ラジオの報道番組や情報番組のキャスターやコメンテーター、タレント活動は行ったことはない。
栃本 武良(とちもと たけよし、1941年 - 2019年5… 栃本 武良(とちもと たけよし、1941年 - 2019年5月28日)は、日本の生物学者。オオサンショウウオのフィールドワークを通じた研究の第一人者であった。 東京水産大学卒業後、芝中学校・高等学校の生物教員として2年務めた。1975年からオオサンショウウオの生態調査を開始する。1994年から2005年まで姫路市立水族館の館長を務め、2007年の退職を機に兵庫県朝来市生野町の旧黒川小中学校の廃校施設を借り受け、日本ハンザキ研究所(環境学習・交流施設及び博物館(あんこうミュージアムセンター))を設立した。主に近くの河川に生息するオオサンショウウオの個体調査を続けた。 2019年5月28日、病気のため姫路市内の病院で死去。
平野 次郎(ひらの じろう、1940年(昭和15年)12月1… 平野 次郎(ひらの じろう、1940年(昭和15年)12月19日 - )は、日本のジャーナリスト、学者である。日本放送協会(NHK)解説委員、記者を経て、学習院女子大学特別専任教授。
堀田 進(ほった すすむ、1940年10月24日 - 199… 堀田 進(ほった すすむ、1940年10月24日 - 1996年11月1日)は、日本の地質学者・古生物学者。 元東京経済大学教授。専門は化石生物、特に貝類化石などに残存するアミノ酸などの有機物質にを研究、化石の生化学的研究に貢献した。また動物園見学を活用するなど、現生の動物学と関連づけた古生物学の教育・普及に努めた。 東京都港区(現在)に生まれる。 1958年に東京都立北園高等学校を卒業、1964年に東京教育大学理学部地学科地質学鉱物学専攻に入学、卒業後は、大学院へ進み、大森昌衛の下で学び、秋山雅彦らとともに化学的手法を生かした化石の研究に取り組んだ。1971年に「軟体動物の殻を構成する有機物質の石灰化および化石化に関して、その組成と構造に関する基礎的研究」で東京教育大学より理学博士の学位を取得。
小林 雅夫(こばやし まさお、1940年9月3日 - 201… 小林 雅夫(こばやし まさお、1940年9月3日 - 2016年1月23日)は、日本の西洋史学者。早稲田大学名誉教授。専門は古代ローマ史。 東京都中央区生まれ。1960年早稲田大学高等学院卒業。1964年早稲田大学第一文学部卒業。1971年同大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1977年早稲田大学文学部専任講師、1980年同助教授、1985年同教授。2009年定年退職、名誉教授。
平子 義雄(ひらこ よしお、1940年7月28日 - 201… 平子 義雄(ひらこ よしお、1940年7月28日 - 2011年)は、ドイツ文学者、哲学者、環境問題評論家。兵庫県立大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立小山台高等学校卒、1963年東京外国語大学ドイツ語科卒、1967年東京大学大学院独文専攻修士課程修了。その後マールブルク大学、ハンブルク大学に学ぶ。 帰国後、大阪教育大学助教授、大阪大学言語文化部助教授、88年東大教養学部助教授、89年教授、1998年姫路工業大学環境人間学部教授、兵庫県立大学環境人間学部教授、名誉教授。 夫人は歌人、教育学者の平子恭子。