団 まりな(だん まりな、1940年(昭和15年)7月22日… 団 まりな(だん まりな、1940年(昭和15年)7月22日 - 2014年(平成26年)3月13日)は、日本の生物学者。 東京都生まれ。ともに生物学者である團勝磨と團ジーン夫妻の娘。本姓・惣川。1963年東京都立大学理学部生物学科卒業。1963年京都大学大学院理学研究科動物学専攻修士課程入学、1969年同博士課程修了、1970年「微量電気泳動法の新技術」で理学博士。1970年大阪市立大学理学部助手。のちに、講師、助教授を経て、教授。退官後、階層生物学研究ラボ責任研究者。専攻は発生生物学、理論生物学、進化生物学。
尾池 和夫(おいけ かずお、1940年5月31日 - )は、… 尾池 和夫(おいけ かずお、1940年5月31日 - )は、日本の地球科学者(地震学)。勲等は瑞宝大綬章。学位は理学博士(京都大学・1972年)。瓜生山学園理事、京都大学名誉教授。 京都大学総長(第24代)、京都造形芸術大学学長、静岡県公立大学法人理事長(第4代)、静岡県立大学学長、高知県公立大学法人理事、学校法人京都精華大学理事、公益財団法人日本イタリア会館顧問を歴任。 京都大学防災研究所助教授、京都大学大学院理学研究科・理学部教授、京都大学大学院理学研究科研究科長、京都大学理学部学部長、京都大学副学長(教育・学生担当)、2003年から2008年まで京都大学総長(第24代)、公益財団法人国際高等研究所所長(第5代)などを歴任した。
横堀 恵一(よこぼり けいいち、1940年5月15日 - )… 横堀 恵一(よこぼり けいいち、1940年5月15日 - )は、帝京大学教授、元通産官僚。
坂本 信昭 (さかもと のぶあき、1940年5月4日 - )… 坂本 信昭 (さかもと のぶあき、1940年5月4日 - )は、日本の教育学者。駒澤大学名誉教授。 岡山県真庭郡落合町(現真庭市)の瑞景寺に生まれる。1953年3月 河内小学校卒業。1956年3月 有隣中学校卒業。1956年4月 静岡県袋井市曹洞宗専門僧堂可睡斎に安居。それと同時に静岡県立袋井高等学校定時制(夜間部)に入学。1959年3月 曹洞宗専門僧堂可睡斎を修了。1959年4月 東京都私立 駒澤大学高等学校2学年に編入学し、1961年3月 同等学校卒業。1961年4月 駒澤大学文学部社会学科に入学、1965年3月 同大学卒業。1965年4月 駒澤大学聴講生(1966年3月まで)。 1966年4月 栃木県私立葛生高等学校教諭となり、翌1967年3月まで勤務。
安斎 育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 - )… 安斎 育郎(あんざい いくろう、1940年4月16日 - )は、日本の医療工学者・物理学者・軍事学者・平和学研究者。工学博士(東京大学・1969年)(学位論文「放射線管理におけるPersonnel Monitoringに伴う不確定さの確率論的評価に関する研究」)。立命館大学特命教授・名誉教授、立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長。専門は、放射線防護学、平和学。
藤田 宙靖(ふじた ときやす、1940年(昭和15年)4月6… 藤田 宙靖(ふじた ときやす、1940年(昭和15年)4月6日 - )は、日本の法学者。元最高裁判所判事(2002年9月30日 - 2010年4月5日)。東北大学名誉教授、日本学士院会員。皇室会議議員。専門は行政法。法学博士(東京大学、1981年)。国立大学独立行政法人化の議論を深めた人物。東京都出身。
大森 彌(おおもり わたる、1940年3月24日 - 202… 大森 彌(おおもり わたる、1940年3月24日 - 2023年9月18日)は、日本の政治学者(自治体行政学・地方自治論)。東京大学名誉教授。東京都出身。
小嶋 勝衛(こじま かつえ、1940年3月2日 - )は、日… 小嶋 勝衛(こじま かつえ、1940年3月2日 - )は、日本の建築系都市計画学者。工学者。一級建築士。工学博士。第11代日本大学総長・日本大学理事長。専門は都市計画、建築計画。 昭和15年(1940年)に東京府で生まれる。東京都立大学附属高等学校に入学して、芸術家に憧れて美術研究部に入部した。昭和38年(1963年)に日本大学理工学部建築学科を卒業。昭和40年(1965年)には同(日大)大学院理工学研究科修士課程建設工学専攻を修了する。その後、日本大学理工学部助手となり、専任講師、助教授と昇格し、昭和58年(1983年)に教授に就任した。平成9年(1997年)から理工学部長および理工学研究科長を務める。
船津 衛(ふなつ まもる、1940年2月23日 - )は、日… 船津 衛(ふなつ まもる、1940年2月23日 - )は、日本の社会学者。学位は、博士(社会学)。主たる研究領域は、社会学理論、社会的自我論、コミュニケーション論。 1940年、東京都生まれ。1967年、東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。日本を代表する社会学者である新明正道の薫陶を受ける。東北大学在学時、卒業論文では社会意識論を扱い、修士論文では準拠集団論の研究に取り組んだ。山口大学人文学部専任講師、同助教授、大阪市立大学文学部助教授、東北大学文学部教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授、東洋大学社会学部学部長、放送大学教授を歴任する。我が国におけるシンボリック相互作用論研究の第一人者であり、その門弟には、土肥豊、伊藤勇、徳川直人、山尾貴則、桑原司、小川祐喜子、寺田征也等がいる。
恒川 隆男(つねかわ たかお、1940年2月 - 2016年… 恒川 隆男(つねかわ たかお、1940年2月 - 2016年10月9日 )は、日本のドイツ文学者、元明治大学文学部教授。 戦後のドイツ文学が専門だが、後年は日本近代文学についての著作もある。 東京出身。東京都立西高等学校卒、1966年東京大学文学部卒、同大学院修士課程修了。1974年東京大学教養学部助教授、教授、その後、津田塾大学教授、1990年明治大学教授。2010年定年退任。
鈴木 路子(すずき みちこ、1940年(昭和15年) - )… 鈴木 路子(すずき みちこ、1940年(昭和15年) - )は、日本の教育学者。東京福祉大学大学院教育学研究科教授、東京学芸大学名誉教授。教育学博士(東京大学)。専門は環境教育学、健康教育学、発育発達学。 1940年(昭和15年)、上海市に生まれる。1959年(昭和34年)に東京都立小石川高等学校を卒業。1963年(昭和38年)にお茶の水女子大学文教育学部を卒業し、1970年(昭和45年)に東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。1983年(昭和58年)、「学習環境としての室内至適温度に関する教育生理学的研究」により、東京大学から教育学博士を取得。 東京学芸大学教育学部教授、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程教授を経て、2004年より東京福祉大学大学院教育学研究科教授。
宮田 隆(みやた たかし、1940年 - )は、日本の分子進… 宮田 隆(みやた たかし、1940年 - )は、日本の分子進化学者。京都大学名誉教授。DNA・タンパク質配列解析方法の開発と進化学的な発見の両面で成果を挙げた。 おもな研究業績として、ホモロジーサーチ(相同性検索)法の開発、同義・非同義置換数の概念と推定法の提案、オス駆動進化説の実証、複合系統樹による現存生物の最初の種分岐の解明、などがある。また、木村資生が提唱した分子進化の中立説(中立進化説)を実証する発見を多く行ったことでも有名。1990年代からは科学研究費プログラムのうち重点領域研究や学術創成研究の代表者として、日本の分子進化学を牽引した。その後の成果は、後生動物の遺伝子ファミリーの多様化時期の解析、最尤法を用いた分子系統樹推定法の改良、高速フーリエ変換を用いた多重配列整列法の開発、後生動物の系統関係と分岐時期についての解析など。
大谷 俊昭(おおや としあき、1940年(昭和15年) - … 大谷 俊昭(おおや としあき、1940年(昭和15年) - )は、日本の農業経済学者・農学者。専門は農業経済学。酪農学園大学名誉教授。元酪農学園大学学長。元酪農学園大学短期大学部学長。恩師は桃野作次郎。東京都目白出身。 東京都立立川高等学校卒業。1966年北海道大学農学部農業経済学科卒。1968年同大学院農学研究科修士課程修了。同年、酪農学園大学酪農学部助手。1975年同酪農学部助教授。1983年同評議員。1989年同酪農学部教授。同酪農学部農業経済学科長(~1995年)。1995年同学生部長(~1999年)。学校法人酪農学園理事。2001年酪農学園大学9代学長に就任。2005年酪農学園大学短期大学部学長。
明石 紀雄(あかし のりお、1940年 - 2025年 )は… 明石 紀雄(あかし のりお、1940年 - 2025年 )は、日本のアメリカ史学者、筑波大学名誉教授。 東京都生まれ。1958年、東京都立日比谷高等学校卒業。1962年、ハヴァフォード大学卒業。1964年、ウィスコンシン大学大学院歴史学研究科修士課程修了。同志社大学、津田塾大学助教授を経て、1987年、筑波大学助教授、のち教授。1995年、「アメリカ合衆国建国精神についての研究 - トマス・ジェファソンの「自由の帝国」の理念を中心に」で筑波大学より文学博士の学位を取得。2004年、定年退官、名誉教授。2025年、病により他界。85歳没。
小谷 正博(こたに まさひろ、1939年12月25日 - )… 小谷 正博(こたに まさひろ、1939年12月25日 - )は日本の化学者。東京都出身。元学習院大学理学部教授。研究領域は物理化学。
関谷 剛男(せきや たかお、1939年11月18日 - )は… 関谷 剛男(せきや たかお、1939年11月18日 - )は、日本の分子生物学者。佐々木研究所所長。薬学博士。核酸の高次構造多型(SSCP)解析法の開発で知られる。がん遺伝子・がん抑制遺伝子の塩基配列異常をはじめ、多くのヒト遺伝病原因遺伝子解析に利用された。日本学士院会員。
岩田 末廣(いわた すえひろ、1939年8月10日 – )は… 岩田 末廣(いわた すえひろ、1939年8月10日 – )は、日本の化学者。学位は、理学博士。分子科学研究所名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。専門は、理論化学・量子化学・計算化学。 この間、72~73年にロチェスター大学、73~75年にシカゴ大学で博士研究員として在外研究し、97~99年に東京大学理学系大学院化学専攻客員教授を務めた。
戒能 通厚(かいのう みちあつ、1939年8月2日 - )は… 戒能 通厚(かいのう みちあつ、1939年8月2日 - )は、日本の法学者(英米法)。早稲田大学名誉教授、名古屋大学名誉教授。第19期日本学術会議副会長、第20期民主主義科学者協会法律部会理事長。日本比較法学会理事、日本法社会学会理事。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている。 戒能通孝は父親、戒能通弘(同志社大学法学部教授)は息子、戒能民江(お茶の水女子大学教授)は妻である。
大久保 利晃(おおくぼ としてる、1939年6月6日 - )… 大久保 利晃(おおくぼ としてる、1939年6月6日 - )は、日本の医師・医学者。医学博士。元産業医科大学学長。専門は公衆衛生学。大久保利通の曾孫。大久保利泰は従兄。大久保利謙は伯父。大久保利武は祖父。大久保利和は大伯父。大久保利世は高祖父。 東京府生まれ。1966年に慶應義塾大学医学部を卒業した。1967年から1977年に慶應義塾大学医学部衛生学・公衆衛生学助手・講師を経て、1977年から1983年に自治医科大学医学部衛生学助教授になった。1983年から産業医科大学環境疫学研究室教授に就任した。1997年 - 2002年に産業医実務研修センター所長、1999年 - 2002年に副学長となった後に、2002年 - 2005年に産業医科大学学長を務めた。
曽根 悟(そね さとる、1939年4月23日 - )は日本の… 曽根 悟(そね さとる、1939年4月23日 - )は日本の工学者・鉄道技術者で、工学院大学元教授、東京大学名誉教授、2005年から2013年まで西日本旅客鉄道(JR西日本)社外取締役を務めていた。専門は電気工学・交通システム工学・パワーエレクトロニクス。鉄道に関する著作・発言を広範に行っている。
富永 英義(とみなが ひでよし、1939年(昭和14年)4月… 富永 英義(とみなが ひでよし、1939年(昭和14年)4月1日 - )は、日本の工学者。専門は、情報通信網工学。公益財団法人電磁応用研究所理事長。早稲田大学名誉教授。 情報通信技術の分野において、ディジタルマルチメディアに対する各種の符号化方式の提案と国際標準化のための体系化を行い、その成果として、磁気記録と画像通信の研究分野において画期的な情報の符号化方式を創案して国際準備化に貢献するなど、この学問領域において世界を代表する著名な研究者である。代表的な成果を三つ列挙する。 また同時に、若い研究者育成にも非常に熱心に取り組み、平成10年に早稲田大学国際情報通信研究センター(GITI)所長として、研究独立大学院を設立して、早稲田大学内における情報通信研究教育の基盤を確立し、アジア諸国を中心とした研究教育の連携と共に、産官学の共同研究体制を構築するなど、情報通信分野における人材育成にも多大な貢献をした。
大島 美恵子(おおしま みえこ、1939年3月3日 - )は… 大島 美恵子(おおしま みえこ、1939年3月3日 - )は、日本の生化学者。学位は医学博士(東京大学大学院・1971年)。専門分野は、生物化学(脂質代謝学)、病態代謝学および公益学(科学技術社会論)。 北里大学医学部専任講師を経て、国立国際医療センター研究所代謝疾患研究部長を務め、東北公益文科大学副学長、日本公益学会会長などを歴任した。現在、財団法人日本科学協会会長、NPO法人くらしとバイオプラザ21代表、内閣府バイオテクノロジー推進戦略官民会議および国民理解作業部会委員、鶴岡ふるさと観光大使などを務める。東北公益文科大学名誉教授。 姪は著作家で英会話講師の大島さくら子。 旧姓は緒方で、祖父は病理学者・緒方知三郎。
大見 忠弘(おおみ ただひろ、1939年1月10日 - 20… 大見 忠弘(おおみ ただひろ、1939年1月10日 - 2016年2月21日)は、日本の工学者。専門は電子工学。東北大学名誉教授。 半導体デバイス、半導体プロセスと電子工業用途のクリーンルームの研究に従事した。 産学官連携功労者表彰・第1回内閣総理大臣賞受賞。紫綬褒章受章。 東京都生まれ。1957年東京都立城北高等学校卒業。1961年東京工業大学理工学部電気工学課程卒業。1963年東京工業大学大学院理工学研究科電子工学専攻修士課程修了、工学修士。1966年東京工業大学大学院理工学研究科電子工学専攻博士課程修了、工学博士。 1966年東京工業大工学部電子工学科助手。1972年東北大学電気通信研究所助手。
根岸 毅(ねぎし たけし、1939年 - )は、日本の政治学… 根岸 毅(ねぎし たけし、1939年 - )は、日本の政治学者。専攻は、民主主義論、政治理論。
米倉 伸之(よねくら のぶゆき、1939年 - 2001年7… 米倉 伸之(よねくら のぶゆき、1939年 - 2001年7月29日)は日本の地形学、第四紀学者。東京大学名誉教授。
秋草 直之(あきくさ なおゆき、1938年12月12日 - … 秋草 直之(あきくさ なおゆき、1938年12月12日 - 2016年6月18日)は、富士通株式会社取締役相談役(2008年6月-)、関西大学政策創造学部客員教授。 栃木県出身。父は日本電信電話公社(現NTTグループ)総裁を務めた秋草篤二。家族は夫人と子供2人。 早稲田大学高等学院を経て、1961年(昭和36年)に早稲田大学第一政治経済学部を卒業し、富士通入社。富士通初の文科系出身のシステムエンジニアとして、入社以来、一貫してシステム開発部門を歩んだ。公共システム事業に部長として携わった際にはオーストラリア統計局とのメインフレーム商談を成功に導いた。システム本部長代理、常務取締役(兼)システム本部長、専務取締役(兼)関西営業本部長、専務取締役(兼)ソフト・サービス部門担当、代表取締役社長、代表取締役会長等を歴任した。
鈴木 守(すずき まもる、1938年11月30日 - )は、… 鈴木 守(すずき まもる、1938年11月30日 - )は、日本の医学者・教育者。元群馬大学学長、医学部長、上武大学学長、医学博士。 専門は寄生虫学。特に、マラリア対策研究、熱帯医学。 静岡県出身。私立武蔵高校卒業後、1964年千葉大学医学部卒業。1969年千葉大学大学院医学研究科博士課程修了。学位論文名は「トキソプラズマ色素試験Acessory Faetorの研究マウス細胞溶解因子の意義」。同年、東京大学医科学研究所細菌感染研究部を経て、1972年WHO上級研究者としてイギリスおよびアメリカに留学。 1974年東海大学助教授。1976年群馬大学教授となる。1998年、群馬大学医学部長。2001年、群馬大学副学長を経て、2003年より群馬大学長。
森 健一(もり けんいち、1938年9月28日 - )は日本… 森 健一(もり けんいち、1938年9月28日 - )は日本のコンピュータ科学者。工学博士(東京大学、1970年)。日本初の商品化されたワードプロセッサである東芝JW-10開発のグループリーダなどの業績がある。
岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、… 岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、日本の経済学者、千葉大学名誉教授。
武藤 徹一郎(むとう てついちろう、1938年〈昭和13年〉… 武藤 徹一郎(むとう てついちろう、1938年〈昭和13年〉4月16日 - 2024年〈令和6年〉2月16日)は、日本の医学者。東京大学名誉教授。癌研有明病院名誉院長。医学博士。専門は消化器外科学。台北生まれ。 1959年 武蔵中学校・高等学校卒業、1963年3月 東京大学医学部医学科卒業。1968年 同大学院第三臨床医学課程を修了し、医学博士の学位を取得、学位論文の題は「胃ポリープの病理組織学的研究 - とくに所謂腺腫性ポリープの形態発生とその癌化について」。同大学医学部第一外科教授、同附属病院長等を歴任。 1999年 癌研究会附属病院副院長に就任。2002年 同院長。2005年 癌研有明病院院長。
柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ、1938年1月12日 - )… 柳澤 桂子(やなぎさわ けいこ、1938年1月12日 - )は、東京出身の生命科学者、サイエンスライター、エッセイスト、歌人。夫は柳沢嘉一郎。
高橋 文二(たかはし ぶんじ、1938年 - )は、日本の国… 高橋 文二(たかはし ぶんじ、1938年 - )は、日本の国文学者、博士。駒澤大学名誉教授。 東京都生まれ。福島県立福島高等学校、1962年に駒澤大学文学部国文学科卒業。京都大学大学院文学研究科国語国文学専攻修士課程修了。1970年、京都大学大学院博士課程満期退学。 1972年より駒澤大学文学部国文学科講師。助教授を経て、1982年教授に就任。 1986年、学位論文「王朝文学論 自然描写と情念の働きから見た王朝仮名文学の特質」で博士(文学、駒澤大学)の学位を取得。 駒澤大学図書館長、文学部長。歴史文化学会理事、日本文学協会委員、全国大学理事など歴任。2009年、定年退職し名誉教授。 「国立国会図書館」を参照
芝原 邦爾(しばはら くにじ、1938年 - )は日本の法学… 芝原 邦爾(しばはら くにじ、1938年 - )は日本の法学者。東京大学名誉教授。専門は刑法・経済刑法。
長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )… 長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。専門は、インド近代史、南アジア地域研究。博士(文学)(東京大学、1993年)。東京出身。
石毛 直道(いしげ なおみち、1937年11月30日 - )… 石毛 直道(いしげ なおみち、1937年11月30日 - )は、日本の人類学者。専門は文化人類学。勲等は瑞宝中綬章。学位は、農学博士(東京農業大学・1986年)。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。文化功労者。 京都大学人文科学研究所助手、甲南大学文学部助教授、国立民族学博物館教授、国立民族学博物館館長などを歴任した。 千葉県出身の文化人類学を専攻する人類学者である。京都大学や甲南大学に勤務し、国立民族学博物館では館長に就任した。東京農業大学より農学博士の学位を授与された。国立民族学博物館と総合研究大学院大学より名誉教授の称号を授与された。日本コナモン協会では筆頭理事を務めた。
村重 寧(むらしげ やすし、1937年11月10日 - )は… 村重 寧(むらしげ やすし、1937年11月10日 - )は、日本の美術史学者。専門は日本美術史。早稲田大学名誉教授。 1956年東京都立武蔵丘高等学校卒業。1962年早稲田大学第一文学部美術史専修卒業、1964年同大学大学院文学研究科美術史学専攻修士課程修了、1967年同博士課程単位取得満期退学。1964年早稲田大学文学部助手。1967年東京国立博物館学芸部資料課研究員(文部技官)、1968年同法隆寺宝物館研究員、1979年同学芸部美術課主任研究官、1985年同絵画室長、1989年同美術課長、1992年同企画課長。その間、女子美術大学、東京大学、筑波大学など非常勤講師。1994年早稲田大学文学部美術史専修教授、2008年早稲田大学文学学術院定年退職。
西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2… 西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2015年6月14日)は、日本の文化人類学者、言語学者。アフリカ諸語・文化研究が専門。 東京都出身。桑沢デザイン研究所ゼミマスター、東京外国語大学助教授、早稲田大学文学部教授を歴任。アフリカ諸語やピジン・クレオール語の研究の先駆者。23歳のとき日本で初めてスワヒリ語文法を発表した。東アフリカ、インド洋諸島、カリブ海領域の現地調査・研究に勤しんだ。著書に『ことばを追って』(1989年)、『異郷日記』(2008年)、『食べる』(2010年)など。 西江定(のち早稲田大学英語英文学科教授となる)の三男として東京市本郷区駒込林町(現:東京都文京区千駄木)に生まれる。
見田 宗介(みた むねすけ、1937年8月24日 - 202… 見田 宗介(みた むねすけ、1937年8月24日 - 2022年4月1日)は、日本の社会学者。東京大学名誉教授。学位は、社会学修士。専攻は現代社会論、比較社会学、文化社会学。瑞宝中綬章受勲。社会の存立構造論やコミューン主義による著作活動によって広く知られる。筆名に真木悠介がある。著書に『現代社会の理論』(1996年)、『気流の鳴る音』(1977年)、『時間の比較社会学』(1981年、真木名義)など。 東京生まれ。父はヘーゲル研究者の見田石介(甘粕石介)。母は東京音楽学校(現東京芸術大学)ピアノ科助教授で、長澤實導の姉の見田公子。 小学生の頃に父から渡されたヘーゲルの『論理学』を愛読した。6歳で母と死別し、また戦中に日大でドイツ語を教えていた父がナチス批判により一時投獄され、戦後も失業が続くなど、幼少期は貧困のうちに過ごす。
金子 晃(かねこ あきら、1937年(昭和12年)7月31日… 金子 晃(かねこ あきら、1937年(昭和12年)7月31日 - )は、日本の会計学者、弁護士、法学博士、慶應義塾大学名誉教授、元会計検査院長(2期)、会計検査院検査官。公認会計士・監査審査会(金融庁)会長。瑞宝大綬章受章。 公共調達と競争政策に関する研究会座長、独占禁止法基本問題懇談会座長代理、社会保険庁の在り方に関する有識者会議座長、経済企画庁国民生活審議会委員、公正取引委員会独占禁止懇話会委員、国民生活センター非常勤理事、再販問題検討小委員会座長、建設業適正取引推進機構内官製談合防止法遵守の手引研究委員会座長、日本証券業協会規律委員会委員等を歴任。
島田 太郎(しまだ たろう、1937年7月6日 - )は、日… 島田 太郎(しまだ たろう、1937年7月6日 - )は、日本の英文学者、東京大学・昭和女子大学名誉教授。東京生まれ。 東京都立小石川高等学校を経て、1961年、東京大学文学部英文科卒業。1964年、同大学大学院修士課程修了。1967年 - 68年、イエール大学に学ぶ。一橋大学助教授を経て、1975年、東京大学教養学部助教授、1977 - 78年ハーヴァード大学客員研究員。1988年、東京大学教授。1998年、定年退官、名誉教授、昭和女子大学教授。2013年、昭和女子大学名誉教授。 西川正身・平井正穂・大橋健三郎の弟子。弟に最高裁長官だった島田仁郎、物理学者で明大教授の島田徳三、息子は法学者の島田聡一郎。
武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日… 武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日本の新聞学者。上智大学名誉教授。専門はジャーナリズム、マスコミュニケーション、マスメディア。 東京都出身。1960年に上智大学文学部卒業後、読売新聞で記者となる。1967~1968年にフルブライト留学生としてミネソタ大学大学院ジャーナリズム専攻へ留学する。1970年に記者を退職し、上智大学文学部新聞学科専任講師へ転身した。上智大学教授に就任後は、1997年に文学研究科委員長、2000年に同大学社会正義研究所長となり、2001年に名誉教授を授与される。その後、大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科教授となる。 この間、1991年に日本時事英語学会会長、1999年に日本マス・コミュニケーション学会会長を務める。
加藤 尚武(かとう ひさたけ、1937年5月18日 - )は… 加藤 尚武(かとう ひさたけ、1937年5月18日 - )は、日本の哲学者、倫理学者。京都大学名誉教授。公立鳥取環境大学名誉学長(初代学長)。人間総合科学大学特任教授。元東京大学特任教授。 ヘーゲル研究者であるが、シェリングなどドイツ観念論全般についての著述もある。1979年哲学奨励山崎賞受賞。 1980年代にバイオエシックス(生命倫理学)を日本に導入した。また近年は環境倫理についても積極的に発言を行っている。 環境倫理学と生命倫理学の分野をリード。脳死、原発など現代を鋭敏に捉える。著書に『ヘーゲルの「法」哲学』(1993年)、『新・環境倫理学のすすめ』(2005年)など。 東大在学中は共産主義者同盟(ブント)に加盟。
平井 宜雄(ひらい よしお、1937年4月19日 - 201… 平井 宜雄(ひらい よしお、1937年4月19日 - 2013年11月26日)は、日本の法学者。専門は民法及び法政策学。東京大学名誉教授。前専修大学法科大学院院長。法制審議会委員。財団法人不動産適正取引推進機構会長。東京出身。
高桑 昭(たかくわ あきら、1937年4月1日 - 2025… 高桑 昭(たかくわ あきら、1937年4月1日 - 2025年8月3日)は、日本の法学者・法務官僚・弁護士。学位は、法学博士(京都大学)。立教大学法学部教授・京都大学大学院法学研究科教授・帝京大学教授などを歴任。 東京市渋谷区生まれ。1955年東京都立小石川高等学校卒業、1959年司法試験合格、1960年東京大学法学部卒業。 1962年東京地方裁判所判事補、その後法務省民事局参事官(外務省条約局併任)、1968年コロンビア大学修士課程修了。1976年辞職。1988年立教大学法学部教授、1993年京都大学大学院法学研究科教授、2000年定年、帝京大学教授、2003年成蹊大学大学院法務研究科教授、2013年退職。
小平 桂一(こだいら けいいち、1937年2月20日 - )… 小平 桂一(こだいら けいいち、1937年2月20日 - )は、日本の天文学者、理学博士。専門は天文学・銀河物理。英国天文学会・海外フェロー会員。日本学術振興会ボン研究連絡センター長。
高辻 知義(たかつじ ともよし、1937年2月10日 - )… 高辻 知義(たかつじ ともよし、1937年2月10日 - )は、日本のドイツ文学者、音楽学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 ワーグナーを研究、ワーグナー作品の絵入り本の翻訳のほか、対訳本も刊行している。1980年代に、NHKラジオドイツ語講座(中級)の講師を務め、『ローエングリン』を訳読した。 妻はピアニストの岡村梨影。 東京市生まれ。広島大学附属福山高等学校卒業。1959年東京大学文学部ドイツ文学科卒業、1961年東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専門課程修士課程修了。1963年國學院大學文学部講師。 1965年から1966年まで、ベルリン自由大学(西ドイツ)へ留学。 1970年10月より東京大学教養学部助教授、1986年より東京大学教養学部教授、その後東京大学大学院総合文化研究科表象文化論専攻主任。
長島 信弘(ながしま のぶひろ、1937年1月2日 - 20… 長島 信弘(ながしま のぶひろ、1937年1月2日 - 2025年7月14日)は、日本の文化人類学者。一橋大学名誉教授。中部大学名誉教授。JRA賞馬事文化賞受賞。指導学生に坂内徳明一橋大学名誉教授、足羽與志子一橋大教授、小馬徹神奈川大学教授、深澤秀夫東京外国語大学教授、林勲男国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授など。
藤正 巖(ふじまさ いわお、1937年 - )は、日本の医師… 藤正 巖(ふじまさ いわお、1937年 - )は、日本の医師、医学者、医学博士。東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授。専門は医用生体工学、社会構造学、医療政策、人間生物学。 1964年に東京大学医学部医学科卒業後、1965年に東京大学医学部電子研究施設助手となる。1975年に助教授となった後に、1986年に東京大学先端科学技術研究センターへ移籍する。1988年に同センター教授に昇格し、医学部教授を併任した。1996年に埼玉大学大学院政策科学研究科教授となり、翌年に創設された政策研究大学院大学教授に就任した。2005年に定年後は、同大学のリサーチフェローを経て、アカデミックフェロー・客員教授を務めた。
渡邉 妙子(わたなべ たえこ、1937年〈昭和12年〉 - … 渡邉 妙子(わたなべ たえこ、1937年〈昭和12年〉 - 2024年〈令和6年〉2月24日)は、日本の刀剣学者。公益財団法人佐野美術館理事長(前館長)。女性日本刀研究者の先駆けとして知られており、“元祖刀剣女子”とも称されている。 1937年(昭和12年)東京府生まれ。東京都立南多摩高等学校(現在の東京都立南多摩中等教育学校)卒業後、1956年(昭和31年)4月に株式会社国連社に就職する。次いで1957年(昭和32年)6月には第一銀行へ入行する。第一銀行では英文タイピストとして従事していたが、周りの男性行員がものすごく優秀であったことから自身も勉強しようと思い大学進学を考える。その上で家に絵や焼き物があったことから将来的に学芸員になろうと考え、慶應義塾大学文学部史学科の通信教育課程へ入学した。
三橋 修(みはし おさむ、1936年11月27日- 2015… 三橋 修(みはし おさむ、1936年11月27日- 2015年12月29日)は、日本の社会学者、和光大学名誉教授、元学長。差別論が専門。