久保 欣哉(くぼ きんや、1929年(昭和4年)10月5日 … 久保 欣哉(くぼ きんや、1929年(昭和4年)10月5日 - 2008年(平成20年)8月5日)は、日本の法学者。専門は、商法・経済法・企業会計法。学位は、法学博士(一橋大学・1959年)(学位論文「株式配当と無償交付の研究」)。元一橋大学法学部長、元青山学院大学法学部長。一橋大学名誉教授。吉永榮助門下。指導学生に山部俊文一橋大学名誉教授、長塚真琴一橋大学教授、平川幸彦元明治学院大学教授、シュテファン・ヘルツベルク元駐日ドイツ大使館首席公使など。
平井 聖(ひらい きよし、1929年7月10日 - )は、日… 平井 聖(ひらい きよし、1929年7月10日 - )は、日本の建築史家。専門は、日本建築史、特に住宅史。東京工業大学名誉教授。第7代昭和女子大学学長。 東京都生まれ。1952年、東京工業大学工学部建築学科卒業、同大学助手。1962年、「日本近世住宅に於ける殿舎平面と配置に関する研究」で工学博士。1963年、助教授、1974年、教授。1993年、定年退官、名誉教授。1969年多摩美術大学建築科で教えた。 昭和女子大学教授。2002-2020年、冬夏会会長。2003-2007年、昭和女子大学学長兼大学院委員長。福井県立歴史博物館館長。NHK大河ドラマの建築考証を1993年『炎立つ』から現在まで務めている。
本間 長世(ほんま ながよ、1929年7月5日 - 2012… 本間 長世(ほんま ながよ、1929年7月5日 - 2012年9月15日)は、日本の政治学者・思想史家で、東京大学教養学部名誉教授。専門は、政治文化論、アメリカ思想史。文化功労者。
岡野 加穂留(おかの かおる、1929年 <昭和4年> 6月… 岡野 加穂留(おかの かおる、1929年 <昭和4年> 6月22日 - 2006年 <平成18年> 6月7日)は、日本の政治学者。明治大学名誉教授。第11代明治大学学長。専門は、比較政治学、政治制度論、比較憲法学。位階は正四位。 日本におけるデモクラシー研究の第一人者。民主主義という精神論を科学としての政治学から排除し、比較政治制度研究の過程の中でデモクラシー概念を洗練化させ、政治的多数者による統治方式と捉えた。他方では、人権・平等・平和など政治的理念をうたう日本国憲法を固持する姿勢は、政治家共通の心情になければならないとの一貫した姿勢を表明していた。また、スウェーデンの福祉国家・社会民主主義政策を評価していた。
大坪 檀(おおつぼ まゆみ、1929年4月13日 - )は、… 大坪 檀(おおつぼ まゆみ、1929年4月13日 - )は、日本の実業家、著述家、経営学者(マーケティング論・経営戦略論)。筆名は千尾 将(ちお まさる)。 学位はMaster of Business Administration(カリフォルニア大学ロサンゼルス校・1957年)。 静岡産業大学総合研究所所長(初代)、学校法人新静岡学園学園長(初代)・理事・顧問、一般財団法人ふじのくに医療城下町推進機構理事長(初代)、公益財団法人世界緑茶協会理事、静岡県立大学名誉教授。 ブリヂストンタイヤ株式会社での勤務を経て、株式会社ブリヂストン経営情報部部長、株式会社ブリヂストン宣伝部部長、静岡県立大学経営情報学部教授、静岡県立大学経営情報学部学部長(第4代)、静岡県立大学学長補佐、静岡産業大学国際情報学部教授、静岡産業大学学長(第2代)、学校法人第二静岡学園副理事長、学校法人新静岡学園理事長(第2代)などを歴任した。
秋元 勇巳(あきもと ゆうみ、1929年3月14日 - 20… 秋元 勇巳(あきもと ゆうみ、1929年3月14日 - 2025年7月13日)は、日本の経営者、理学博士。三菱マテリアル社長を務めた。 東京都出身。海軍兵学校(77期)、旧制成蹊高等学校(理甲)を経て、1951年に東京文理科大学理学部化学科を卒業。1954年に同大学院研究科を修了し、同年に三菱金属鉱業に入社した。1978年6月に取締役に就任し、1981年6月に常務、1986年1月に専務、1992年6月に副社長を経て、1994年6月に社長に就任。2000年6月に会長に就任し、2003年6月に取締役相談役を経て、2004年6月には名誉顧問に就任。1997年11月に藍綬褒章を受章し、2013年11月に旭日重光章を受章した。
正田 彬(しょうだ あきら、1929年(昭和4年)1月13日… 正田 彬(しょうだ あきら、1929年(昭和4年)1月13日 - 2009年(平成21年)6月1日)は、日本の法学者。専門は経済法。学位は、法学博士(慶應義塾大学・論文博士・1968年)。慶應義塾大学名誉教授。カトリック信徒(洗礼名アロイジオ)。 正田彬は数学者・正田建次郎の長男としてベルリンで生まれる。父方の祖父は日清製粉グループ本社創業者の正田貞一郎、母方の祖父は天文学者の平山信。元日清製粉(現・日清製粉グループ本社)社長の正田英三郎は父方の叔父で、建築家の平山嵩は母方の伯父。また父方の従弟に医師・政治家の水島裕と日清製粉グループ本社名誉会長相談役の正田修が、父方の従妹に上皇后美智子が、母方の従兄に物理化学者の坪井正道がおり、父方の義理の伯父に化学者の水島三一郎が、母方の義理の伯父に地球科学者の坪井誠太郎が、母方の義理の叔父に元東洋製作所社長の佐竹義利がいる。
牧 二郎(まき じろう、1929年1月10日 - 2005年… 牧 二郎(まき じろう、1929年1月10日 - 2005年5月31日)は日本の理論物理学者。京都大学名誉教授。東京都出身。
杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年… 杖下 隆英(つえした りゅうえい、1929年 - 2017年11月21日)は、日本の哲学研究者、東京大学教養学部名誉教授。英国哲学、デイヴィッド・ヒュームを専攻。 東京生まれ。父は1928年に東京帝国大学を卒業した中国思想研究家で、東洋大学教授の杖下隆之。1952年東京大学文学部哲学科卒業。同年東京大学教養学部助手、のち助教授、教授。1990年定年退官、名誉教授。2014年瑞宝中綬章受章。
和田 光史(わだ こうじ、1928年11月7日 - )は、日… 和田 光史(わだ こうじ、1928年11月7日 - )は、日本の土壌学者。第19代九州大学総長。九州大学名誉教授。日本学士院会員。火山灰土壌を研究し、その理化学的な性質、生成過程、生産性などの解明・向上に貢献した。
斉藤 孝(さいとう たかし、1928年11月2日 - 201… 斉藤 孝(さいとう たかし、1928年11月2日 - 2011年1月28日 )は、日本の歴史学者、国際政治学者。学習院大学名誉教授。専門は、国際政治史。社会学博士(東京大学、1967年)。東京生まれ。長男の哲郎は大東文化大学教授。
村上 重良(むらかみ しげよし、1928年10月10日 - … 村上 重良(むらかみ しげよし、1928年10月10日 - 1991年2月11日)は、日本の宗教学者。
大河内一雄(おおこうち かずお、1928年(昭和3年)10月… 大河内一雄(おおこうち かずお、1928年(昭和3年)10月8日 - 2007年(平成19年)10月10日)は、日本の医学者、ウイルス学者 血清学者。九州大学名誉教授。 専門は輸血による感染症。 1963年にバルーク・サミュエル・ブランバーグが発見したオーストラリア抗原を肝炎患者の血液から分離し、B型肝炎ウイルスの発見につながった。この研究は輸血によるB型ウイルス性肝炎感染防止に応用され、輸血の安全性を高めることに大きく貢献した。その後も成人T細胞白血病ウイルスや、エイズウイルスの輸血による感染の研究に尽力した。
二宮 敬(にのみや たかし、1928年9月27日 - 200… 二宮 敬(にのみや たかし、1928年9月27日 - 2002年)は、日本のフランス文学者、東京大学文学部名誉教授。
津末 昭生(つすえ あきお、1928年9月24日 - 199… 津末 昭生(つすえ あきお、1928年9月24日 - 1995年6月10日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学。熊本大学教授。東京都港区出身。祖父は衆院議員の津末良介。 成蹊高等学校から東京大学へ入学。1954年、理学部地学科(地質学課程)を卒業。鉱床学の渡辺武男教授の指導を受けて大学院に進み、1960年、博士課程を修了(理学博士)、「岩手県釜石鉱山地方の接触交代型鉄、銅鉱床について 」。 理学部地質学教室助手となる。ただちに米国のコロンビア大学・プリンストン大学に留学し、1963年復職。 1970年、熊本大学理学部助教授、1973年、教授となる。1994年、停年退官。この間、1990年から1992年は理学部長を務める。
水島 恵一(みずしま けいいち、1928年8月3日 - 20… 水島 恵一(みずしま けいいち、1928年8月3日 - 2015年7月27日)は、日本の心理学者、文教大学名誉教授。 東京生まれ。父は東京大学名誉教授で学士院会員の化学者である水島三一郎。旧制武蔵高等学校を経て、東京大学法学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科心理学専攻修了。1965年「自己疎外理論による非行性仮説設定とその臨床的検討」で早稲田大学より文学博士の学位を取得。横浜少年鑑別所技官、立正女子大学助教授、校名変更で文教大学人間科学部教授。文教大学学長(1996-2001)、2000年定年退任、名誉教授。2012年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。墓所は多磨霊園。 次弟水島昭二は元東大教授、三弟水島裕は元参議院議員。
河原 宏(かわはら ひろし、1928年7月24日 - 201… 河原 宏(かわはら ひろし、1928年7月24日 - 2012年2月28日)は、思想史学者、早稲田大学名誉教授、政治学博士。 東京府生まれ。父は商学博士河原茂太郎。杉並区高円寺で育ち、杉並区立第四小、東京府立第十中学校、海軍機関学校、東京高校、成蹊大学を経て早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得満期退学。 1955年「日本文化史上の澁澤栄一」で渋沢青淵記念財団龍門社の懸賞論文で一等入選。1981年「昭和政治思想研究」で早大政治学博士。早稲田大学政治経済学部にて助教授、教授を歴任。1998年定年退職し、名誉教授。日本政治思想史、また日本文化論について著書多数。 2012年2月28日、多臓器不全により、東京都内の私邸にて死去。
森 昭夫(もり あきお、1928年7月20日 - )は、日本… 森 昭夫(もり あきお、1928年7月20日 - )は、日本の経営学者。神戸大学名誉教授。元日本経営財務研究学会会長。元日本経営学会理事長。元日本学術会議会員。 東京生まれ。1941年中野区立野方第四小学校卒業。1945年東京都立第四中学校(現東京都立西高等学校)卒業。同年陸軍予科士官学校卒業。1948年高松経済専門学校(現香川大学経済学部)卒業。1951年神戸経済大学(現神戸大学)卒業。平井泰太郎門下。同年神戸大学経営学部助手。1954年神戸大学経営学部講師。1958年神戸大学経営学部助教授。1965年神戸大学経営学博士。1973年神戸大学評議員。1974年神戸大学経営学部長事務代理。1981年神戸大学附属図書館長、神戸大学評議員。
小室 金之助(こむろ きんのすけ、1928年6月15日 - … 小室 金之助(こむろ きんのすけ、1928年6月15日 - 2015年8月23日)は、法学者、弁護士、創価大学名誉教授。
香原 志勢(こうはら ゆきなり、1928年6月4日 - 20… 香原 志勢(こうはら ゆきなり、1928年6月4日 - 2014年11月16日)は、日本の人類学者。立教大学名誉教授。専攻は人類学、比較行動学。 1928年、東京生まれ。旧制麻布中学校を経て、1945年に旧制都立高等学校理科乙類に入学。戦時下の空襲で自宅や母と妹を失った。1948年に東京大学理学部人類学科に入学。人類学教室では、木村邦彦、寺田和夫、埴原和郎らがいた。1951年に卒業し、同大学大学院に進んだ。 1954年、信州大学医学部第二解剖教室助手に採用された。1956年に講師、1960年に助教授昇格。鈴木誠の下で解剖学実習などにあたるとともに、信州大学在職中には長野県南佐久郡北相木村の栃原岩陰遺跡の発掘に参加した。
宇津 徳治(うつ とくじ、1928年4月13日 - 2004… 宇津 徳治(うつ とくじ、1928年4月13日 - 2004年8月18日)は、日本の地震学者。東京市芝区(現東京都港区)生まれ。
池原 義郎(いけはら よしろう、1928年3月25日 - 2… 池原 義郎(いけはら よしろう、1928年3月25日 - 2017年5月20日)は、日本の建築家、早稲田大学名誉教授、日本芸術院会員。 東京都渋谷区生まれ。明治学院中学校、早稲田大学高等学院を経て1951年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1953年同大学院工学研究科建設工学専攻建築計画専修修了、山下寿郎設計事務所勤務、1956年早大理工学部建築学科今井兼次研究室助手、1964年には、多摩美術大学美術学部で講師を務め、1965年早大理工学部建築学科専任講師、1966年助教授、1971年教授、1974年日本建築学会賞、1988年池原義郎・建築設計事務所設立、日本芸術院賞、1989年日本芸術院会員。1995年早大名誉教授。
西原 春夫(にしはら はるお、1928年3月13日 - 20… 西原 春夫(にしはら はるお、1928年3月13日 - 2023年1月26日)は、日本の法学者。位階は従三位。専門は刑法。早稲田大学名誉教授。法学博士(早稲田大学)。東京都出身。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。1941年成蹊小学校卒業、1948年旧制成蹊高等学校卒業。1949年に早稲田大学第一法学部(3年次)に入学する。1951年に同学部を卒業。1951年同大学大学院法学研究科修士課程に入学し齊藤金作教授に師事する。同大学副手就任。1953年に同研究科博士課程入学後、同大学助手に就任する。1956年に同研究科博士課程を修了。 1959年早稲田大学専任講師、1962年同大学助教授、1967年同大学教授。
生松 敬三(いきまつ けいぞう、1928年2月12日 - 1… 生松 敬三(いきまつ けいぞう、1928年2月12日 - 1984年5月24日)は、日本の哲学者・思想史家。元中央大学教授。 1928年、東京生まれ。旧制東京高等学校を経て、東京大学文学部哲学科卒業。同大学院修了。卒業後は東京大学東洋文化研究所に入り、後に中央大学へ移った。非常勤講師として東京大学大学院でも教えていたが、癌により1984年に死去。
山口 俊夫(やまぐち としお、1928年2月3日 - 200… 山口 俊夫(やまぐち としお、1928年2月3日 - 2007年12月12日)は、日本の法学者(フランス法・労働法)。東京大学名誉教授。日仏法学会会長。元中央労働委員会会長。東京都出身。
マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1… マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1日)は、日本生まれの米国の英文学者、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。専門は、英文学(ビクトリア朝文学)、日本文学、比較文学。 東京府生まれ。次兄は建設省の官僚であった三好勝彦。1945年旧制東京府立第五中学校(現小石川高等学校)卒業、49年第一高等学校卒業、51年東京大学文学部英文科卒業、学習院大学助手、同講師時代にフルブライト奨学生としてイェール大学大学院に学ぶ。 1953年強制送還され学習院に戻るが米国人と結婚していたため再度渡米、ニューヨーク大学において英文学で博士号取得。1963年、博士論文作成中にカリフォルニア大学バークレー校に英文学の助教授(assistant professor)として迎えられ、ヴィクトリア朝英文学を専門に教える。
林 友直(はやし ともなお、1927年12月6日 - 202… 林 友直(はやし ともなお、1927年12月6日 - 2024年6月4日)は、日本の航空宇宙工学者。東京大学名誉教授。宇宙電子工学専攻。
小林 登(こばやし のぼる、1927年11月23日 - 20… 小林 登(こばやし のぼる、1927年11月23日 - 2019年12月26日)は、日本の医学者・小児科医。東京大学医学部教授を経て、東京大学名誉教授、国立小児病院名誉院長。学位は、医学博士。 東京府生まれ。父は日本画家の小林巣居人。東京府立第十九中学校を4年修了し、1945年に海軍兵学校(75期)を卒業。第一高等学校理科甲類を経て、1954年東京大学医学部医学科卒業。米国・英国留学後大学に戻り、1970年東京大学医学部小児科学教授。1980年国際小児科学会会長。1984年国立小児病院小児医療研究センター初代センター長。1988年東京大学名誉教授。1987年から1996年3月まで国立小児病院(現:国立成育医療センター)院長。
滝原 俊彦(たきはら としひこ、1927年10月20日 - … 滝原 俊彦(たきはら としひこ、1927年10月20日 - 1991年3月28日)は、日本の教育学者、帝京大学教授。教科書問題の研究者。 東京都生まれ。旧制東京府立第九中学校、旧制東京高等学校を経て、旧制東京帝国大学工学部入学。 1952年、新制東京大学工学部石油学科卒業。 東京都立教育研究所などを経て、帝京大学文学部教育学科助教授。 1991年、帝京大学教授在任中、心不全で死去。 内閣総理大臣岸信介、哲学者高山岩男らと研究会を共にするなどした。 岸信介が会長を務めた協和協会の機関誌『提言』や、雑誌『自由』、『月曜評論』などにおいて、積極的な論陣を張った。 著書『疑問だらけの中学教科書』の表紙カヴァーや帯には、竹村健一、文教大学学長小尾乕雄(当時)、成蹊大学学長朝倉孝吉(当時)の推薦文が並ぶ。
堀川 清司(ほりかわ きよし、1927年〈昭和2年〉8月24… 堀川 清司(ほりかわ きよし、1927年〈昭和2年〉8月24日 - 2024年〈令和6年〉4月18日)は、日本の工学者。東京大学名誉教授。日本学士院会員。文化功労者。工学博士(東京大学)。専門は海岸工学。東京都出身。 埼玉大学学長時代の1993年3月25日午前8時15分頃、東京都三鷹市の自宅から歩いて出勤しようとしたところ、乗用車に乗った2人組の男に拉致され、身代金数千万円から1億円が埼玉大学へ要求、大学が現金の引き渡し場所に指定された。大学から通報を受けた埼玉県警は午後3時30分頃、浦和市大久保領家の県道で学長と犯人2人が乗った乗用車を発見、午後4時頃、埼玉大学近くで車両を再発見、工事中のためノロノロ運転をしていた車に職務質問をした上で2人組を逮捕、堀川は無事保護された。
詫摩 武俊(たくま たけとし、1927年〈昭和2年〉6月30… 詫摩 武俊(たくま たけとし、1927年〈昭和2年〉6月30日 - 2018年〈平成30年〉12月30日、享年91歳)は、日本の心理学者。(旧)東京都立大学名誉教授、東京国際大学名誉教授。学位は、文学博士(東京大学・1961年)(学位論文「双生児法による遺伝心理学的研究」)。小児科学者詫摩武人の長男。 千葉県出身。旧制都立高等学校理科を経て東京大学文学部卒。 その後、東京大学文学部助手、学習院大学文学部教授を経て(旧)東京都立大学人文学部教授を定年退職まで務めた後、東京国際大学教授として人間社会学部および臨床心理学研究科の設置に関わる。ドイツのミュンヘン大学に留学・滞在した経験とも関係して、日本では比較的珍しいヨーロッパの性格学の流れを汲む性格心理学を展開した。
我妻 洋(わがつま ひろし、1927年6月17日 - 198… 我妻 洋(わがつま ひろし、1927年6月17日 - 1985年7月25日)は、日本の社会心理学者・文化人類学者。甲南大学助教授・カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授・筑波大学教授・東京工業大学教授などを歴任。 日米文化比較の分野で活躍し、家族や性、差別などについて社会心理的側面から実証的比較研究を行った。 1927年6月17日、法学者・我妻栄の長男として東京都に生まれた。 東京高等師範学校附属小学校、同中学校を経て、旧制武蔵高等学校に進学。 東京大学文学部独文科に入学したが、心理学科に転じて1953年卒業。 1954年より米国へ留学し、ハーバード大学、ミシガン大学、カルフォルニア大学の各大学で文化人類学と臨床心理学を学ぶ。
皆川 達夫(みながわ たつお、1927年〈昭和2年〉4月25… 皆川 達夫(みながわ たつお、1927年〈昭和2年〉4月25日 - 2020年〈令和2年〉4月19日)は、日本の音楽学者。立教大学名誉教授。西洋音楽史家。日本キリシタン音楽史家。芸術学博士。ヨーロッパの中世・ルネサンス音楽史、日本キリシタン音楽史の研究で、第一人者・権威として知られる。 1927年(昭和2年)東京市で水戸藩士・皆川氏の家系に生まれ、幼少期から謡曲を習う。1940年(昭和15年)東京府立第八中学校(東京都立小山台高等学校の前身)に入学。能に心酔して、しばしば能楽堂や歌舞伎座に通い、級友からは「アブちゃん」(abnormalから)という綽名で呼ばれた。また、偶然の機会に中世ヨーロッパのローマ・カトリック教会の典礼聖歌をSPレコードで聴き、日本の伝統芸能とヨーロッパ音楽との関連性に強い興味を抱く。
小泉 文夫(こいずみ ふみお、1927年〈昭和2年〉4月4日… 小泉 文夫(こいずみ ふみお、1927年〈昭和2年〉4月4日 - 1983年〈昭和58年〉8月20日)は、日本の民族音楽学者。 東京府荏原区神明町(後の品川区二葉町)出身。東京府立第四中学校(現・東京都立戸山高等学校)で音楽教師だった安部幸明と出会う。一高時代に音楽班に入り、岡見温彦にヴァイオリンを、高田三郎に合唱の指導を受ける。山形県上山温泉で陸軍軍医学校に勤労動員中に敗戦を迎え、戦後は教会で讃美歌を楽しむ。20歳のときに洗礼を受け、宗教音楽研究会に通う。 東京大学文学部美学科へ入学。在学中に吉川英史の講義で地歌「ままの川」の実演を聴いて日本音楽学に関心を持った。卒業後は、東京大学大学院人文科学研究科美学専攻課程に籍を置きながらNHK交響楽団機関誌『フィルハーモニー』の編集委員や、NHKラジオ「婦人の時間」で民族音楽の解説を担当する。
関 寛治(せき ひろはる、1927年3月31日 - 1997… 関 寛治(せき ひろはる、1927年3月31日 - 1997年12月15日)は、東京大学名誉教授、立命館大学名誉教授。専門は、平和学、国際政治学。
小出 昭一郎(こいで しょういちろう、1927年3月25日 … 小出 昭一郎(こいで しょういちろう、1927年3月25日 - 2008年8月30日)は、日本の物理学者、東京大学名誉教授。専攻は、分子物理学・固体物理学。 東京府出身。府立六中(現都立新宿高等学校)、旧制静岡高等学校を経て、東京大学理学部卒業。 1950年東京大学教養学部助手、講師、助教授、1958年理学博士。1966年教授、1984年教養学部長、1986年11月定年退官、名誉教授。1986-1992年山梨大学長。1993-1997年山梨県立女子短期大学学長。 1957〜1958年 仁科記念財団海外派遣研究者として英国ブリストル大学へ留学、金属錯塩の光スペクトルを研究。1962〜1964年にわたり、招聘教授としてスイスのジュネーブ大学において固体論の講義と研究を担当した。
佐藤 和男(さとう かずお、1927年 - )は日本の法学者… 佐藤 和男(さとう かずお、1927年 - )は日本の法学者。国際法専攻。青山学院大学名誉教授。大平善梧らとともに国際経済法学を提唱し、植草学園短期大学学長、国際経済法学会理事、日本会議代表委員、世界平和教授アカデミー常任理事等を歴任。第1回安達峰一郎記念賞受賞。 東京に生まれる。府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)を経て、[要出典]1945年海軍兵学校(75期)卒業、1952年東京商科大学(現一橋大学)卒業後、一橋大学特別研究生となる。大平善梧の指導を受けた。1970年、いずれも大平門下である皆川洸、細谷千博、秌場準一が審査員となり、一橋大学法学博士の学位を取得。 拓殖大学助教授を経て、1959年国際連合本部特別研究員。
峰島 旭雄(みねしま ひでお、1927年 - 2013年10… 峰島 旭雄(みねしま ひでお、1927年 - 2013年10月16日)は、日本の仏教学者、哲学者。 東京生まれ。大正大学文学部卒業。早稲田大学大学院文部研究科(西洋哲学)博士課程満期退学。1960年早稲田大学商学部助教授、教授、98年定年退任、名誉教授、文京女子大学教授。比較思想学会会長。日本デューイ学会会長、学校法人芝学園理事長、浄土宗教学院副理事長。日本イギリス学会名誉会員。東方学院理事。(財)三康文化研究所研究指導員。
小林 善彦(こばやし よしひこ、1927年 - )は、日本の… 小林 善彦(こばやし よしひこ、1927年 - )は、日本のフランス文学者、東京大学教養学部名誉教授、日仏会館顧問。
槌田 満文(つちだ みつふみ、1926年12月3日 - 20… 槌田 満文(つちだ みつふみ、1926年12月3日 - 2011年5月31日)は、ジャーナリスト、日本近代文学の研究者、武蔵野大学名誉教授。
祖父江 孝男(そふえ たかお、1926年11月5日 - 20… 祖父江 孝男(そふえ たかお、1926年11月5日 - 2012年12月15日)は、日本の文化人類学者、国立民族学博物館名誉教授。 1926年、東京で生れた。府立高等学校を経て、東京大学理学部人類学科に入学。文化人類学を専攻し、1949年に卒業。ハーバード大学大学院に留学。 ノースウェスタン大学、ハワイ大学、ウィスコンシン大学客員教授をつとめた後に帰国し、明治大学政経学部教授に就いた。1977年、国立民族学博物館教授に転じた。1984年に国立民族学博物館を退任し、名誉教授となった。同年より放送大学客員教授をつとめた。 2012年12月15日、虚血性心不全のため自宅にて死去。 文化人類学者として北米をフィールドとし、アラスカ・エスキモーを専門とした。
坂本 藤良(さかもと ふじよし、1926年11月5日 - 1… 坂本 藤良(さかもと ふじよし、1926年11月5日 - 1986年9月15日)は、日本の経営学者、評論家。理論の底流にヒューマニズム。 東京市下谷区(現、台東区)生まれ。旧制成蹊高等学校の理科・文科を経て、1951年、東京大学経済学部卒業。同年4月より大学院特別給付研究生。日本の正統派経営学の祖である、馬場敬治教授の唯一の門下生となる。1954年の『経営学における原価理論-序説1』に始まる一連の論文でコスト論を展開し、国民所得からソシアル・コスト(公害等)を控除しなければ、真の意味での国民所得ではないのではないか、と示唆している。1956年、特別給付研究生修了。 1957年、慶應義塾大学商学部の設立に参画し、『経営通論』の講義を担当した。
角田忠信(つのだ ただのぶ、1926年10月8日 - )は、… 角田忠信(つのだ ただのぶ、1926年10月8日 - )は、日本の医学者、東京医科歯科大学名誉教授。『日本人の脳』は日本人の特殊性を説明する日本人論の一つとしてマスコミに多く取り上げられたが、批判もある。 1926年、東京府(現中野区)生まれ。府立六中卒(現新宿高校)、1949年、東京医科歯科大学卒(耳鼻咽喉科)。1951年に同大学助手、1957年に講師、同年に「鐙骨固着度の検出法」で東京医科歯科大学にて医学博士。1958 - 70年に国立聴力言語障害センター職能課長。1978年に東京医科歯科大学難治疾患研究所教授、『日本人の脳』を出版。1986年に『脳の発見 - 脳の中の小宇宙』で新潮社の日本文学大賞(学芸部門)受賞。
桐敷 眞次郎(きりしき しんじろう、1926年8月31日 -… 桐敷 眞次郎(きりしき しんじろう、1926年8月31日 - 2017年12月7日)は、日本の建築史家・建築評論家。東京都立大学名誉教授、工学博士。東京府東京市神田区東神田生まれ。 敗戦後の混乱のなか、一年上級の飯田喜四郎、堀内清治の二先輩とともに西洋建築史研究を志す。当時は海外渡航が不可能であったため、旧敵国の留学生制度を利用し、飯田がフランス(1953-56)へ、桐敷がイギリス(1955-57)へ渡航、次いで堀内が東大イラン・イラク発掘調査隊(1953-56)に参加。当時から、ごく自然に堀内が古代、飯田が中世、桐敷が近世・近代を分担し、研究や出版に万事協力し合う態勢をつくる。
青木 彰(あおき あきら、1926年(大正15年)7月4日 … 青木 彰(あおき あきら、1926年(大正15年)7月4日 - 2003年(平成15年)12月16日)は、日本のジャーナリスト、コミュニケーション学者。メディア評論家。 筑波大学教授、東京情報大学教授、産業経済新聞社取締役編集局長。 東京生まれ。父は元海軍大佐青木泰二郎。東京府立六中から海軍兵学校に75期生として入学するが、敗戦により急遽卒業生となる。 1949年に東京大学文学部教育学科卒業後、産業経済新聞社に入社。1951年に女優佐々木すみ江と結婚する。社会部記者として活躍し、東京本社社会部長、大阪、東京編集局長を経て取締役に選任される。 編集局長時代、産経新聞社長に復帰した鹿内信隆は、息子春雄の「教育係」を頼んできたという。
大野 公男(おおの きみお、1926年(大正15年)6月4日… 大野 公男(おおの きみお、1926年(大正15年)6月4日‐ 2017年(平成29年)7月24日)は、日本の化学者。学位は、理学博士(東京大学)。北海道大学名誉教授・北海道情報大学名誉学長。2004年瑞宝中綬章受章。東京都出身。 父の大野龍太は元大蔵次官、弟の大野正男は弁護士で元最高裁判事、長男の大野英男は物理学者で東北大学総長。 専門は量子化学。原子分子の波動関数などの非経験的計算。 『北海道人物・人材リスト 2004 あ-お』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年)p390を参照
木村徳国(きむらのりくに、1926年(大正15年)5月9日 … 木村徳国(きむらのりくに、1926年(大正15年)5月9日 - 1984年(昭和59年)10月7日)は、日本の建築史家。明治大学教授を歴任。 大学院時代に関与した広島平和記念公園の懸賞設計競技に一等当選したグループのメンバーとしても知られるが、大学院退学後建築史の研究への道へ。初期は日本近代建築史に関する論考を中心に研究生活を送る。後1970年以降は日本古代建築史・住宅史を主な研究対象としたことで知られる。京都府竹野郡間人町(現・丹後町間人)生まれ。
福田 清成(ふくだ きよしげ、1926年〈大正15年〉4月2… 福田 清成(ふくだ きよしげ、1926年〈大正15年〉4月27日 - 2015年〈平成27年〉7月7日)は、日本の化学者(コロイド化学)、教育者。 学位は、理学博士(東京大学)。埼玉大学名誉教授。中国科学院名誉教授。 東京市本郷区(現在の東京都文京区本郷)に、父秀一(歯科医)、母喜代子の次男として生まれる。幼少の頃から自然と親しみ、こよなく愛す。 高校生になる頃には科学者を目指すようになる。1945年(昭和20年)旧制府立高等学校理科を卒業すると、実家が東京大学農学部の目の前にあったこともあり、東京大学理学部化学科へ入学。研究室にて有機化学、コロイド科学に没頭し、薄膜の世界に魅了されていく。1948年(昭和23年)卒業。
杉村 隆(すぎむら たかし、1926年4月20日 - 202… 杉村 隆(すぎむら たかし、1926年4月20日 - 2020年9月6日)は、日本の医学者(生化学・腫瘍学)・医師。学位は、医学博士(東京大学・1957年)。国立がんセンター名誉総長、東邦大学名誉学長、国立がん研究センター名誉総長。日本学士院会員。文化功労者。位階は従三位、勲等は勲一等。 東京大学医学部助手、財団法人癌研究会癌研究所研究員、国立がんセンター研究所研究員、国立がんセンター研究所生化学部部長、国立がんセンター研究所所長、国立がんセンター総長、東邦大学学長、日本学士院院長などを歴任した。 生化学と腫瘍学を専攻する東京府出身の基礎医学研究者である。国立がんセンター在職時に東京大学医科学研究所教授に併任された。
林 周二(はやし しゅうじ、1926年3月25日 - )は、… 林 周二(はやし しゅうじ、1926年3月25日 - )は、日本の経営学者、統計学者。東京大学名誉教授、静岡県立大学名誉教授。