森本 あんり(もりもと あんり、1956年10月19日 - … 森本 あんり(もりもと あんり、1956年10月19日 - )は、日本の神学者、牧師、国際基督教大学名誉教授。2022年4月-2026年3月東京女子大学・第17代目学長。男性。 神奈川県生まれ。幼い頃に実母を亡くし、実父と継母(父の再婚相手)を両親として育った。父親は画家・グラフィックデザイナー。1975年東京都立小石川高等学校卒業、1979年国際基督教大学教養学部人文科学科卒業。1982年東京神学大学大学院組織神学修士課程修了。1982 - 1986年日本基督教団松山城東教会牧師。1991年 アメリカ合衆国プリンストン神学大学院博士課程修了(組織神学)、Ph.D。 1991年国際基督教大学宗務部(国際基督教大学教会牧師)、1997年同大学準教授、2001年教授、2012年-2020年同大学学務副学長。
阿久戸 光晴(あくど みつはる、1951年3月26日 - )… 阿久戸 光晴(あくど みつはる、1951年3月26日 - )は、日本の神学者、牧師。聖学院大学教授、第5代学長。学校法人聖学院院長兼理事長。専門はキリスト教社会倫理学、人権・デモクラシーの神学、ロジャー・ウィリアムズ研究。元キリスト教文化学会理事長。
小坂 忠(こさか ちゅう、1948年7月8日 - 2022年… 小坂 忠(こさか ちゅう、1948年7月8日 - 2022年4月29日)は、日本のシンガーソングライター、作曲家、ゴスペルシンガー、牧師。本名は小坂 正行(こさか まさゆき)。 1948年7月8日、東京都練馬区に生まれる。1966年、GSバンド「ザ・フローラル」を結成。モンキーズ・ファンクラブ日本支部が公募したオーディションに合格し、1968年に日本コロムビアより小坂忠(ヴォーカル)に柳田ヒロ(キーボード、ギター)、杉山喜一(ベース)、義村康市(ドラム)、菊池英二(ギター)といったメンバーでデビューし、シングル2枚を残したが、GS人気の翳りから事務所はGSバンドから本格的なロックバンドに転換することとし、付いていけなかった杉山と義村が脱退。
山口昇(やまぐち のぼる、1928年12月4日 - 2022… 山口昇(やまぐち のぼる、1928年12月4日 - 2022年8月16日)は、日本の福音派牧師、神学校教師。横浜山手教会の初代牧師。玉川神の教会功労主任牧師、アレセイヤ聖書研究所所長。共立女子聖書学院院長、日本神の教会連盟連盟委員長、玉川聖学院非常勤講師、戸板女子短期大学非常勤講師、京都クリスチャンフェローシップ・センター顧問牧師などを歴任。 青山学院大学在学中にキリストを救い主と信じて、召命を受け、献身を決意する。同校卒業後、東京神学塾、米国フラー神学校で学ぶ。 2022年8月16日、老衰のため死去。93歳没。
岩村 信二(いわむら しんじ、1920年(大正9年)4月11… 岩村 信二(いわむら しんじ、1920年(大正9年)4月11日 - 2014年(平成26年)7月25日)は、日本の牧師。 日本基督教団大森めぐみ教会第2代牧師、日本基督教団教育委員長、世界宣教協力委員長、東京同信会長、NCC家庭生活委員長、アジアキリスト教幼児教育者協議会(創立者)、日本キリスト教教育センター理事長、社会福祉法人牧人会理事(創立に参加)、日本聾話学校理事長、国際宗教教育学会会員、WCC男女協力委員、読売日本テレビ文化センター講師などを務めた。 1920年(大正9年)、東京赤坂霊南坂教会副牧師館にて岩村清四郎・安子の次男として生まれ、祖父小崎弘道牧師(同志社第2代社長)より幼児受洗。
小塩 力(おしお つとむ、1903年3月16日 - 1958… 小塩 力(おしお つとむ、1903年3月16日 - 1958年6月12日)は、日本の牧師。 小塩節と久米あつみの父。 群馬県に留岡幸助の同労者の小塩高恒(福岡県生葉郡姫治村出身、1872年 - 1943年)の息子として生まれる。東京府立第四中学(東京都立戸山高等学校)、松本高等学校理科甲類を経て、東京帝国大学農学部を卒業後、1926年東京神学社に入学し、植村正久より薫陶を受ける。また、信濃町教会で高倉徳太郎に師事し、高倉の元で伝道師を務める。後に、高倉牧師の伝記を書いた。 神学校卒業後、松江教会、佐世保教会の牧師を務めた。佐世保にいるときに1931年長男の小塩節が生まれた。戦争中はスパイの嫌疑をかけられた。
田中 剛二(たなか ごうじ、1899年 - 1979年4月1… 田中 剛二(たなか ごうじ、1899年 - 1979年4月11日)は、日本の牧師。 日本キリスト改革派教会の牧師として、神戸改革派神学校で長年教鞭をとった神学校教師。新改訳聖書のヨハネの福音書を翻訳する。 現代の改革派の講解説教のスタイルを確立した説教者とされる。 日本基督教会伝道者田中日出海の次男として広島県に生まれる。小学生の時に父を失い。上京して早稲田中学に入学する。そのまま早稲田大学予科に進む。アナーキズムに触れ傾倒して、中退する。大阪で労働者になり、革命を目指す。満洲に渡り、革命下のロシアに入国しようとして失敗する。 1922年 神戸神学校に入学(第17期)。在学中に、正統主義的な改革派神学と信仰に目覚める。
谷口 茂寿(たにぐち しげとし、1895年9月25日 - 1… 谷口 茂寿(たにぐち しげとし、1895年9月25日 - 1973年6月25日)は、日本の牧師。 1895年、大阪で生まれる。組合派の大阪天満教会にて受洗を務めながら、1916年に京都帝国大学入学。在学中に内村鑑三主筆の「聖書の研究」に触れ、内村鑑三の教えを受けることを願って東京帝國大学へ転入して上京。1918年1月より内村鑑三の集会である今井館に出席を許される。1920年、転入した東京帝國大学を卒業。三菱造船株式会社(現三菱重工業株式会社)に入社、神戸造船所に赴任。その後三菱合資会社に転任するが、再び上京し本郷駒込追分町に住む。1923年、三菱合資会社退社。文書伝道者としての活動を開始する。本郷神の教会牧師に就任し、教会内に日本聖書学校を設立、校長に就任。
植村 環(うえむら たまき、1890年8月24日 - 198… 植村 環(うえむら たまき、1890年8月24日 - 1982年5月26日)は、日本で2番目の女性の牧師で、婦人運動家である。戦後再建された日本キリスト教会の指導者でもある。 1890年(明治23年)、日本基督教会の指導者植村正久・季野夫妻の三女として、東京市麹町区で生まれる。クリスチャン実業家渡辺荘の長女渡辺貞子と1年近く早天祈祷を続け、1905年(明治38年)に富士見町教会で正久より洗礼を受けた。1910年に女子学院専門部を卒業し、1911年に医師になるために渡米した。途中で哲学に転向し、1915年(大正4年)6月にウェルズリー大学を卒業して帰国した。帰国後は津田英学塾、女子学院の教師をつとめた。
小崎 道雄(こざき みちお、1888年11月16日 - 19… 小崎 道雄(こざき みちお、1888年11月16日 - 1973年6月18日)は、日本基督教団牧師、神学者。エキュメニカル運動の指導者。
小出 朋治(こいで ともはる、1888年3月9日 - 194… 小出 朋治(こいで ともはる、1888年3月9日 - 1945年9月10日)は、ホーリネス弾圧事件で堺刑務所で殉教した、ホーリネス系の日本聖教会参与、牧師である。元日本ホーリネス教会、アライアンスの牧師。 日本基督教団ホーリネスの群の重鎮であった小出忍の実父。 1888年(明治21年)に新潟県三条町に生まれる。小学校卒業後に上京する。昼間は商店員として働き、夜間は正則英語学校に通学する。1904年(明治37年)頃に中央福音伝道館で受洗する。 柏木聖書学院に学び、東洋宣教会(後の、日本ホーリネス教会)の牧師になる。 1907年(明治40年)に長岡市の福音伝道館に赴任する。赴任直後、11月24日より、新潟県を巡回した中田重治に同伴し、小出だけ新潟県にとどまり伝道をする。
波多野 伝四郎(傳四郎)(はたの でんしろう、1866年7月… 波多野 伝四郎(傳四郎)(はたの でんしろう、1866年7月26日(慶応2年6月15日) - 1926年(大正15年)9月23日)は日本メソジスト教会の指導的な牧師である。 上田、金沢、甲府、静岡、東京(鳥居坂教会)のメソジスト教会を巡回した。 1907年(明治40年)の日本メソジスト教会の成立後は、日本メソジスト教会の各個教会自給と大成運動を推進して、指導的な立場にあった。