インディグウェ シンディ千想夢(インディグウェ シンディちそ… インディグウェ シンディ千想夢(インディグウェ シンディちそむ、2005年8月16日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 神奈川県相模原市出身。相模原市立東林中学校を経て八王子実践高等学校に進学。 2022年にはU18日本代表として第14回アジアU18選手権に出場、翌2023年にはU19日本代表として第18回世界U19選手権に出場した。 2024年1月、アランマーレ山形への入団内定が発表され、同年4月にプレステージ・インターナショナルに入社。10月12日に行われたチーム開幕戦であるデンソーエアリービーズ戦に途中出場し、SVリーグデビューを果たした。
深澤 めぐみ(ふかざわ めぐみ、2003年4月17日 - )… 深澤 めぐみ(ふかざわ めぐみ、2003年4月17日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。深澤つぐみは双子の妹であり、一緒にテレビで日本代表の試合を観て関心を持ち、小学1年生から同時にバレーボールを始める。 2019年、つぐみと共に就実高等学校に進学。2021年1月、全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で優勝を果たし、2年生ながら最優秀選手賞を受賞した。3年生になり、同年夏、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で準優勝し、優秀選手賞を受賞。そして、2022年1月、春高バレーの連覇に貢献し、2年連続の最優秀選手賞を受賞した。 2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する久光スプリングスの内定選手となった。
西山 大翔(にしやま ひろと、2003年3月4日 - )は、… 西山 大翔(にしやま ひろと、2003年3月4日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 神奈川県南足柄市出身。家族みんながバレーボールをしていて、自身も中学2年生からバレーボールを始める。 2018年、東海大学付属相模高等学校に進学。チームの全日本高等学校選手権大会(春高バレー)出場に貢献した。 2021年、東海大学に進学しバレーボールに励むが、半年足らずで中退してしまい、バレーボールから離れる。同年末の就職活動を始めようとしていた頃、パナソニックパンサーズからオファーが届く。そのチャンスを活かそうと、気持ちを切り替え同チームへの入団を決意した。 2022年6月、パナソニックパンサーズに正式に入団した。
川﨑 鈴奈(かわさき れいな、2001年10月25日 - )… 川﨑 鈴奈(かわさき れいな、2001年10月25日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 神奈川県相模原市出身。 2017年、八王子実践高等学校に進学。3年時には主将を務め、全日本高等学校選手権大会(春高バレー)でベスト8の成績を残した。 2020年、国士舘大学に進学。2022年、第40回東日本大学選手権大会(東日本インカレ)でチームのベスト4に貢献し、スパイク賞を受賞した。2023-24シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するPFUブルーキャッツの内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
中田 美緒(なかた みお、2001年2月12日 - )は、日… 中田 美緒(なかた みお、2001年2月12日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。デフバレーボール日本代表。 神奈川県三浦郡葉山町出身。生まれつき聴覚障害を持ち、日常生活では右耳に補聴器を着用する。 神奈川県立平塚ろう学校中等部1年でバレーボールを始める。2年冬からデフバレーボール日本代表の強化合宿に参加し、高等部1年時、チーム最年少の15歳で日本代表に選出され、アメリカ合衆国で行われた世界選手権に出場。ベストサーバーを受賞した。 翌年トルコ・サムスンで行われた2017年サムスンデフリンピックに出場。チーム最年少ながら主力としてプレーし17年ぶりとなる金メダル獲得に貢献した。 2019年、「実力を伸ばしたい」と東海大学に入学し女子バレーボール部に入部。
重藤 トビアス赳(しげとう トビアスたけし、2001年2月8… 重藤 トビアス赳(しげとう トビアスたけし、2001年2月8日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 神奈川県鎌倉市出身。父がドイツ人で母が日本人。中学1年生からバレーボールを始める。 高校は神奈川県立荏田高等学校に進学し、全日本高等学校選手権大会(春高バレー)に出場。大学は早稲田大学に進学し、1年から3年まで全日本大学選手権大会(全日本インカレ)の優勝を経験(3年のときにチームは5連覇)。本来のポジションはアウトサイドヒッターだが、3年秋からオポジットを務めた。 2022/23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属する東レアローズの内定選手となった。東レではアウトサイドヒッターとなる。
籾井 あき(もみい あき、2000年10月7日 - )は、日… 籾井 あき(もみい あき、2000年10月7日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 神奈川県相模原市出身。小2の頃、家の近くにバレーボールチームがあり、友達に誘われたのをきっかけにバレーボールを始める。 八王子実践高等学校を経て、2019年2月、V.LEAGUE DIVISION1のJTマーヴェラスに内定選手として登録。 2019年10月12日、ルーキーイヤーのV1開幕戦(トヨタ車体クインシーズ戦)でスタメンに抜擢され、開幕戦で早くもデビューを果たした。以降も出場を続けてチームの優勝に貢献。自身もベスト6に選出された。2020-21シーズンもチームの連覇に貢献した。 2021年、五輪イヤーに初めて日本代表に選出された。
西行 米(さいぎょう まい、2000年6月7日 - )は、日… 西行 米(さいぎょう まい、2000年6月7日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。小学1年生でバレーボールを始める。 川崎市立橘高等学校時代は3年生でキャプテンを務め、第71回全日本高等学校選手権(春高バレー)に出場。 日本体育大学在学中の2022年12月、V.LEAGUE Division2のブレス浜松への入団内定が発表された。2022-23シーズンに内定選手として出場しVリーグデビュー。 正式入団1年目の2023-24シーズンではチームのプレーオフ進出は逃したが、サーブレシーブ賞を受賞した。 新Vリーグとなった2024-25シーズンではチームのキャプテンに就任。
若松 歩実(わかまつ あみ、1999年6月26日 - )は、… 若松 歩実(わかまつ あみ、1999年6月26日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県藤沢市出身。2人姉妹の次女。小学5年生のとき、友人に誘われたことをきっかけにバレーボールを始めた。 2018年3月、埼玉上尾メディックス公式サイトにて入団内定が発表された。同期入団は佐々木海空、椎名真子、岩澤実育、吉野優理。 2019年7月、神奈川県藤沢市の秩父宮記念体育館で開催された2019V・サマーリーグ女子東部大会で最優秀選手賞を獲得。チームの3年ぶり2回目の優勝に貢献した。 2020年3月2日、埼玉上尾メディックスからの退団が発表された。 退団後、2021年に産業能率大学に進学、2025年に卒業。
山口 真季(やまぐち まき、1999年3月13日 - )は、… 山口 真季(やまぐち まき、1999年3月13日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。誘われたのをきっかけに小学3年生からバレーボールを始める。 大和南高等学校、国士舘大学を経て、2020/21シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 WOMEN(V2女子)に所属するルートインホテルズ Brilliant Ariesの内定選手となった。内定選手としてV2女子の試合に出場した。 2021年、大学卒業後に、ルートインホテルズ Brilliant Ariesに入団した。 2022年、V1女子に所属するKUROBEアクアフェアリーズに移籍した。2022/23シーズンにV1女子の試合に出場し、V1デビューを果たした。
積山 春花(せきやま はるか、1998年12月21日 - )… 積山 春花(せきやま はるか、1998年12月21日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県厚木市出身。小学5年生のとき、保育園の先生に勧められたことをきっかけにバレーボールを始めた。 八王子実践高等学校を経て、2016/17シーズン、デンソーエアリービーズの内定選手となった。 2017年、高校卒業後に、デンソーエアリービーズに入団した。入団1シーズン目となる2017/18シーズンに、V・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年4月28日、2021-22 V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN終了をもっての退団が発表された。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(ファイナルステージ、VCup含む)。
野嶋 華鈴(のじま かりん、1998年11月19日 - )は… 野嶋 華鈴(のじま かりん、1998年11月19日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県大和市出身。八王子実践高等学校、順天堂大学を経て2020年12月、V.LEAGUE DIVISION2のルートインホテルズブリリアントアリーズの内定選手となり、2021年に入団。 2022-23シーズンからはGSS東京サンビームズでプレーした後、2024年7月にSV.LEAGUEの東レアローズ滋賀の公式サイトにて入団が発表され、10月13日の大阪マーヴェラス戦でSVリーグデビューを果たした。 SV.LEAGUEの個人成績は下記の通り(チャンピオンシップ含む)。
田中 瑠奈(たなか るな、1998年7月9日 - )は、日本… 田中 瑠奈(たなか るな、1998年7月9日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。友人に勧められ、小学3年生からバレーボールを始める。 川崎市立橘高等学校を経て、2016/17シーズン、V・チャレンジリーグIに所属する群馬銀行グリーンウイングスの内定選手となった。内定選手としてV・チャレンジリーグIの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2017年、高校卒業後に、群馬銀行グリーンウイングスに入団した。 2020/21シーズン、V2女子でチームの優勝に貢献し、最高殊勲選手賞と得点王を受賞した。 2021/22シーズン、V2女子でチームの準優勝に貢献し、敢闘選手賞とサーブ賞を受賞した。
坂下 純也(さかした じゅんや、1998年6月14日 - )… 坂下 純也(さかした じゅんや、1998年6月14日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 神奈川県伊勢原市出身。姉の影響で小学1年生からバレーボールを始める。 2014年、駿台学園高等学校に進学。3年時の2016年、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で優勝し、優秀選手賞を受賞。第71回国民体育大会(岩手県大会)の少年男子部門で東京都代表として出場し、優勝を果たした。2017年1月、全日本高等学校選手権大会(春の高校バレー)で優勝し大会3冠を達成。自身は大会MVPを受賞した。 2017年、筑波大学に進学。全日本大学選手権大会(全日本インカレ)では、早稲田大学の連覇を止められなかったものの、2017年と2019年で準優勝。
甲 萌香(きのえ もえか、1997年12月24日 - )は、… 甲 萌香(きのえ もえか、1997年12月24日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県高座郡寒川町出身。3人姉妹の次女。8歳のとき、姉の影響を受け自身もバレーボールを始めた。 2020年1月16日、NECレッドロケッツへの入団内定が発表された。同期入団は野嶋華澄、安田美南。 入団1シーズン目の2021-22シーズンにV1デビューを果たした。 高いスパイク決定力を誇り、サーブやブロック力にも定評がある。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り。
野嶋 華澄(のじま かすみ、1997年5月9日 - )は、日… 野嶋 華澄(のじま かすみ、1997年5月9日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県大和市出身。2人姉妹の長女。14歳のとき、バレーボールをしていた両親と妹の影響で自身もバレーボールをはじめる。 2020年1月16日、V.LEAGUE DIVISION1のNECレッドロケッツへの入団内定が発表された。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(VCup含む)。
長野 有紗(ながの ありさ、1996年9月13日 - )は、… 長野 有紗(ながの ありさ、1996年9月13日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県小田原市出身。2人姉弟の長女。小学2年生のとき、両親の影響でバレーボールを始めた。 2018-19シーズン、ヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。 入団1年目となる2019-20シーズン、V1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022-23シーズン、コンディション不良でV1女子の試合には出場できなかった。2023年、同シーズンをもってヴィクトリーナ姫路を退団した。 2023年6月27日、トヨタ車体クインシーズへの移籍を発表した。 2026年2月11日、シーズン途中ながらクインシーズ刈谷からの退団が発表された。
宮本 菜月(みやもと なつき、1996年8月30日 - )は… 宮本 菜月(みやもと なつき、1996年8月30日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県横浜市出身。小学2年のときにバスケットボールを始め、友人の誘いで小学4年のときにバレーボールに転向し、身長の高さを買われ、スパイカーとして活躍した。横浜市立原中学校を卒業後、バレーボールの強豪大和南高校に進学。高校2年次に全日本ユースの代表としてタイで開催された第13回世界ユース選手権に出場した。春高バレー、インターハイなどで活躍した。 2014年12月、デンソーエアリービーズの内定選手となった。2016年、チームはV・チャレンジリーグIに降格。同年12月のV・チャレンジリーグIの柏エンゼルクロス戦でVリーグデビューした。
小川 智大(おがわ ともひろ、1996年7月4日 - )は、… 小川 智大(おがわ ともひろ、1996年7月4日 - )は、日本の男子プロバレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。小3の頃、姉の影響を受けてバレーボールを始める。 横浜市立万騎が原中学校、川崎市立橘高等学校、明治大学を経て、2018年10月に、豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)に入団内定。内定選手としてV1・レギュラーラウンドに計5セット出場した。 豊田合成入団1シーズン目となる2019-20シーズン、2019年7月、イタリア・ナポリで開催された第30回ユニバーシアード競技大会にユニバーシアード日本代表として出場し、ベストディガーを受賞。 2020年2月2日、6シーズン連続ベストリベロ賞など多数の賞を受賞している古賀幸一郎がV1レギュラーラウンドのパナソニックパンサーズ戦で負傷。
古谷 ちなみ(ふるや ちなみ、1996年4月20日 - )は… 古谷 ちなみ(ふるや ちなみ、1996年4月20日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県小田原市出身。2人姉妹の次女。小学4年生のとき、友人に誘われてバレーボールを始めた。 神奈川県立伊勢原高等学校3年生時にはキャプテンとしてチームを率いた。この年の神奈川県予選では、20年連続春高出場の強豪・川崎市立橘高等学校を20年ぶりに破る快挙を成し遂げ、同学18年ぶりとなる全日本バレーボール高等学校選手権大会出場に貢献。 2018年12月26日、NECレッドロケッツ公式サイトにて古谷の入団内定が発表された。同期入団は澤田由佳。2022-23シーズンよりNECのキャプテンに就任した。 2022-23シーズン、NECのキャプテンとして、皇后杯全日本選手権大会の初優勝とV1女子の6シーズンぶりの優勝を果たしての2冠に貢献した。
大竹 壱青(おおたけ いっせい、1995年12月3日 - )… 大竹 壱青(おおたけ いっせい、1995年12月3日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。実父は全日本で活躍した大竹秀之、姉は同じく元全日本の大竹里歩というバレーボール一家に生まれた。父の影響を受けて小学3年生の頃からバレーボールを始める。東亜学園在学中は、インターハイや春高バレーで活躍し、2014年4月に関東大学1部リーグの中央大学に進学。 2014年6月、東京オリンピックの強化指定選手である「Team CORE」のメンバーに選出された。同年12月に行われた全日本インカレでは、同大学18年ぶりの優勝に貢献し、自らもスパイク賞に輝いた。 2015年4月、全日本代表メンバーに初招集された。
秦 耕介(はた こうすけ、1995年7月15日 - )は、日… 秦 耕介(はた こうすけ、1995年7月15日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。両親がバレーボールをしていて、特に母は東芝シーガルズ(岡山シーガルズの前身)でプレーしていた。自身も両親の影響を受け、小学校低学年の頃にバレーボールを始めた。小学3年生の時に両親が設立した「横浜バッド」というジュニアチームに入った。 中学は、東京都北区の駿台学園中学校に進学し、高校も駿台学園高等学校に進学した。 筑波大学を経て、2017年、サントリーサンバーズの内定選手となり、2018年入団。 2018年11月3日、2018-19 V.LEAGUE DIVISION1 MENのVC長野トライデンツ戦第3セットで小野遥輝に代わりリリーフサーバーで出場しV.LEAGUEデビューを果たした。
綿引 菜都美(わたびき なつみ、1995年6月24日 - )… 綿引 菜都美(わたびき なつみ、1995年6月24日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県横浜市出身。2人兄妹の長女。中学1年生のころにバレーボールを始めた。 日本女子体育大学バレーボール部では副キャプテンを務めていた。 2018年2月、KUROBEアクアフェアリーズ公式サイトにて、同チームへの入団内定が発表された。同期入団は小西愛衣。 2020年3月、KUROBEアクアフェアリーズからの退団が発表された。 2020年7月3日、PFUブルーキャッツ公式サイトにて、同チームへの移籍入団が発表された。 2021年6月16日、チームの2021年度新体制が発表。綿引は髙相みな実と共に副キャプテンに就任した。
小川 猛(おがわ たけし、1994年7月7日 - )は、日本… 小川 猛(おがわ たけし、1994年7月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 タンザニア出身。日本人の父とケニア人の母を持ち、幼少の頃から父の仕事の都合により、タンザニア、ケニア、パナマ、パプアニューギニアなどで生活し、中学の頃から日本で生活する。16歳のときに監督の誘いを受けてバレーボールを始める。 桐蔭学園高等学校、専修大学を経て、2016/17シーズンにサントリーサンバーズの内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場しVリーグデビューを果たした。2017年、大学を卒業後、サントリーサンバーズに入団した。 2019年8月26日より、ポルトガルの「スポルティング」(前サントリーコーチのアモリンが監督を務める)で1ヶ月ほどの研修を受けた。
専田 和也(せんだ かずや、1993年1月15日 - )は、… 専田 和也(せんだ かずや、1993年1月15日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 神奈川県相模原市出身。家族の影響を受けてバレーボールを始める。 弥栄高等学校、早稲田大学を経て、2014年末にパナソニックパンサーズの内定選手となった。 2015年入団。同年、「2015東アジア地区男子選手権大会」に全日本ユニバ代表として参加し、チームは優勝を果たした。 2021年、2020-21シーズン終了をもって現役引退。同年度の黒鷲旗大会が新型コロナウイルス感染症の流行により中止となったため、昨年度の山添信也と同様、4月29日にチーム紅白戦「パンサーズマッチ」として引退試合が開催され(山添も解説者で出演)、最後にチームから花束が贈呈された。
丸山 紗季(まるやま さき、1991年12月23日 - )は… 丸山 紗季(まるやま さき、1991年12月23日 - )は、日本の女子ビーチバレー選手、元インドアバレーボール選手。 神奈川県横浜市出身。2人姉妹の次女。中学1年生のとき、両親と姉の影響を受けて自身もバレーボールを始める。 2014年3月6日、VチャレンジリーグのKUROBEアクアフェアリーズに入団内定。同期入団は和才奈々美ら。 2017年6月1日、KUROBEアクアフェアリーズのキャプテンに就任。 2019年7月、V・サマーリーグにおいてリベロとして出場。 2021年4月12日、KUROBEアクアフェアリーズ公式サイトにて、チームからの退団と現役引退が発表された。 2022年4月、しながわシティビーチバレーボールクラブに入団し、ビーチバレーへの転向を発表した。
本間 隆太(ほんま りゅうた、1991年10月17日 - )… 本間 隆太(ほんま りゅうた、1991年10月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 神奈川県相模原市出身。小3の頃、家族の影響を受けてバレーボールを始める。 弥栄高等学校、早稲田大学を経て、2013年10月に、V・プレミアリーグ(当時Vリーグの1部リーグ、現在のV.LEAGUE DIVISION1に相当)に昇格したばかりのジェイテクトSTINGSに入団内定し、内定選手としても試合に出場した。 2018年、日本代表登録メンバーに初選出された。 2018-19シーズン、パリ・バレーに移籍。 2019-20シーズン、ジェイテクトに復帰し、主将に就任。そして、2019-20 V.LEAGUE DIVISION1 MENでチームの初優勝に貢献し、自身もベストリベロ賞を初受賞。
古屋 美紀(ふるや みき、1991年3月27日 - )は、日… 古屋 美紀(ふるや みき、1991年3月27日 - )は、日本の女子バレーボール選手。神奈川県南足柄市出身。ニックネームはミキ。VチャレンジリーグIのKUROBEアクアフェアリーズに所属していた。
近藤 志歩(こんどう しほ、1990年8月7日 - )は、日… 近藤 志歩(こんどう しほ、1990年8月7日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 神奈川県伊勢原市出身。仲良しの友人に誘われて、小学4年次よりバレーボールを始める。高校は県内の強豪校である川崎市立橘高等学校に進学し、一級上の吉村志穂や同級の横田千里とともに2007年の佐賀インターハイではベスト4まで進出した。同校卒業後は青山学院大学に進学し、大学4年次にはチーム主将を務めた。2012年秋の関東大学1部リーグでは、チーム優勝に貢献し自らもベストスコアラー賞や会長特別賞を受賞した。 2013年1月、Vチャレンジリーグ(当時)の上尾メディックスの内定選手となり、Vリーグに選手登録された。
服部 梨花(はっとり りか、1990年5月19日 - )は、… 服部 梨花(はっとり りか、1990年5月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県横浜市出身。友達の姉に誘われたのがきっかけで、中学校1年生からバレーボールを始める。 2009年、V・プレミアリーグのパイオニアレッドウィングスに入団。2010年11月27日に行われた2010/11Vプレミアリーグ東レ戦でスタメン出場した。2014年5月のパイオニア廃部に伴い、現役を引退した。 Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。
白岩 直也(しらいわ なおや、1990年2月15日 - )は… 白岩 直也(しらいわ なおや、1990年2月15日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。中学1年生の頃、兄の影響を受けてバレーボールを始める。 川崎市立橘高等学校を経て、中央大学に入学。 2008年、イランのテヘランで開催されるアジアU-20選手権の出場メンバーに選出された。 2011年、豊田合成トレフェルサ(ウルフドッグス名古屋の前身)に入団内定し、2011/12V・プレミアリーグに内定選手として出場。 2012年、豊田合成に入団。 2014年、日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。 2016/17シーズン、試合に全く出場しない時期があり、その時期はボールに触りたくないくらいに精神的に参っていてバレーボールから離れていた。
色摩 知巳(しかま ともみ、1989年6月20日 - )は、… 色摩 知巳(しかま ともみ、1989年6月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 神奈川県横浜市出身。小学1年生からバレーボールを始める。 文京学院大学女子高等学校を経て、2007/08シーズン、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部リーグ)に所属するKUROBEアクアフェアリーズの内定選手となった。内定選手としてV・チャレンジリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2008年、高校卒業後に、KUROBEアクアフェアリーズに入団した。 2016年、2015/16シーズンをもって現役引退を表明した。 2017年、1年のブランクを経て、V・チャレンジリーグに所属するGSS東京サンビームズに入団し、現役復帰を果たした。
菅野 菜緖美(かんの なおみ、1989年4月16日 - )は… 菅野 菜緖美(かんの なおみ、1989年4月16日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県川崎市出身。3人きょうだいの長女(兄と弟がいる)。小学2年生のとき、バレーボールをしていた母の影響で自身もバレーボールを始めた。 2012年2月、KUROBEアクアフェアリーズに入団内定。同チーム在籍時はYKK株式会社に所属していた。 2019年5月31日、KUROBEアクアフェアリーズから退団し現役引退。 VチャレンジリーグおよびV.LEAGUE Division1のレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。
加藤 千尋(かとう ちひろ、1988年11月22日 - )は… 加藤 千尋(かとう ちひろ、1988年11月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県藤沢市出身。ママさんバレーをしていた母親の影響で、小学校3年生からバレーボールを始める。大和南高校では、春高バレー、インターハイに出場し、2005年アジアユース選手権、2006年アジアジュニア選手権(準優勝)、2007年世界ジュニア選手権(3位)を経験した。 2007年、プレミアリーグ・JTマーヴェラスに入団。2007-08プレミアリーグでデビューを果たした。2008年、第1回アジアカップ女子大会の全日本代表メンバーに選出された。 2010-11Vプレミアリーグ、第60回黒鷲旗大会では初優勝と2冠達成に貢献した。
加藤 千尋(かとう ちひろ、1988年11月22日 - )は… 加藤 千尋(かとう ちひろ、1988年11月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。神奈川県藤沢市出身。ニックネームはチー。プレミアリーグ・JTマーヴェラスに所属していた。
遠藤 りつこ(えんどう りつこ、1986年9月18日 - )… 遠藤 りつこ(えんどう りつこ、1986年9月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 神奈川県相模原市出身。小学校1年生からバレーボールを始める。中学校まで相模原市で過ごし、高校は香川県立高松北高校に進学。春高バレーや東西対抗戦に出場した。 2005年、JTマーヴェラスに入団。同年の第12回Vリーグでデビューを果たし、出場機会も多かったが、2006-07プレミアリーグの出場試合はわずかにとどまり、裏方でチームを支えた。 2009V・サマーリーグにおいては、竹下佳江、河合由貴の全日本招集、河村聖子の移籍もあり、予選時からほぼ一人で正セッターとして出場し、敢闘賞を受賞した。 落ち着いた安定感のある、素早いトスを持ち味とする選手である。
鈴木 寛史(すずき よしふみ、1983年3月31日 - )は… 鈴木 寛史(すずき よしふみ、1983年3月31日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 玉縄中学1年よりバレーボールを始める。 全日本ユース代表、ジュニア代表を経験し、2005年、サントリーサンバーズに入団した。 入団1シーズン目となる2005/06シーズン、Vリーグに出場し、Vリーグデビューを果たした。 2006年、日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。2010年、世界選手権に出場。以降も日本代表としてワールドリーグやワールドカップの国際大会に出場した。 2015年2月21日の豊田合成トレフェルサ戦に出場し、通算出場試合数が230試合となり、Vリーグ栄誉賞の受賞資格を得た。 2019年、2018-19シーズンの2018-19 V.LEAGUE DIVISION1 MEN終了をもって現役を引退した。
髙橋 悠(たかはし ひろ、1980年12月20日 - )は、… 髙橋 悠(たかはし ひろ、1980年12月20日 - )は、日本のバレーボール指導者である。 神奈川県高座郡寒川町出身。 国際武道大学卒業後、2003年、Vリーグ女子(当時1部リーグ)に所属する茂原アルカスのコーチに就任。 2006年、茂原アルカスが廃部となる。以降もV・プレミアリーグ女子(当時Vリーグ1部リーグ)に所属するチームでのコーチを務め、同年、トヨタ車体クインシーズのコーチに就任。6シーズンコーチを務めた。2012年、NECレッドロケッツのコーチに就任。こちらでは8シーズンコーチを務めた。NECはV・プレミアリーグで2014/15シーズンと2016/17シーズンに優勝。 2020年5月、V.LEAGUE DIVISION2 WOMEN(V2女子)に所属する群馬銀行グリーンウイングスのコーチに就任。
大久保 茂和(おおくぼ しげかず、1980年2月9日 - )… 大久保 茂和(おおくぼ しげかず、1980年2月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 神奈川県川崎市出身。兄の影響でバレーボールを始める。 法政大学第二高等学校、筑波大学を経て、2001/02シーズン、Vリーグ(当時の1部リーグ)に所属する堺ブレイザーズの内定選手となった。 2002年、大学卒業後に、堺ブレイザーズに入団した。なお、同時に大学院にも進学した。2002/03シーズンに第9回Vリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。以降も試合に出場する。 2005/06シーズン、第12回Vリーグでチームは8シーズンぶりの優勝を果たし、その優勝を決めたファイナルが、自身のバレーボール人生にとって最も印象に残った試合だと話した。
越谷 章(こしや あきら、1979年6月12日 - )は、日… 越谷 章(こしや あきら、1979年6月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。バレーボール指導者。 神奈川県横須賀市出身。兄の影響で中1よりバレーボールを始める。全日本ユース代表やジュニア代表を経験し、大学卒業後、東レアローズへ入団。 2003年から2004年にかけて、バレーボール日本男子代表に選抜され活躍した。 2003年ワールドカップバレーボールでのねんざや、2007年の肘の手術など、度々ケガや故障に悩まされて来たが、2007/08シーズンVプレミアリーグで復活を果たし、レシーブ賞を受賞した。 2012年にはロンドンオリンピックへの切符を賭けた全日本代表に8年ぶりに招集され、世界最終予選に出場したが、オリンピック出場を果たすことは成らなかった。
尾上 健司(おのうえ けんじ、1978年5月12日 - )は… 尾上 健司(おのうえ けんじ、1978年5月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手(全日本代表)。 神奈川県足柄上郡中井町出身。小学校の頃はサッカー少年だったが、長続きしなかった。実兄の影響で、中井中学1年よりバレーボールを始める。近所に富士フイルム・プラネッツの本拠地があり、当時の憧れは青山繁だった。 秦野南が丘高校、順天堂大学卒業。 2001年、青山に憧れ富士フイルムに入団するも、同シーズン末に廃部となった。 2002年、JTサンダーズに移籍、主力センターとして活躍した。 2003年、全日本代表に初選出され、同年ワールドカップに出場。2005年、2006年に再び全日本代表に選出され、2006年世界選手権に出場した。
千葉 進也(ちば しんや、1977年12月5日 - )は、日… 千葉 進也(ちば しんや、1977年12月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 神奈川県横浜市出身。親の勧めで大道中学1年よりバレーボールを始める。釜利谷高校を経て、順天堂大学を卒業後、2000年に堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)へ入団した。 2002年、全日本代表に初選出され、2002年世界選手権に出場。堺ブレイザーズでは主将を務めるかたわら、第12回Vリーグで8年ぶりの優勝に貢献するとともに最高殊勲選手賞を受賞し、2006年に全日本代表に再選出。2006年世界選手権、2007年ワールドカップに出場した。2007年ワールドリーグでは全日本の主将も務めた。 2008年6月25日、グラビアアイドルの番ことみとの結婚を発表。
備前 夕子(びぜん ゆうこ、1975年8月6日 - 2015… 備前 夕子(びぜん ゆうこ、1975年8月6日 - 2015年6月3日)は、日本の元バレーボール選手。 神奈川県厚木市出身。 八王子実践高校2年生の時春高バレー優勝を経験。1994年日立に入団。同年アジアジュニア女子選手権に出場し、スパイク賞、サーブ賞、サーブレシーブ賞を獲得。同年第1回Vリーグ新人賞を獲得した。 1998年6月に日立を退団し、同年10月にオレンジアタッカーズに移籍。1999年に退団した。 現役引退後は結婚して4児の母となっていたが、2015年6月3日に肝臓病のため死去。39歳没。
森川 太地(もりかわ たいち、1975年2月25日 - )は… 森川 太地(もりかわ たいち、1975年2月25日 - )は、日本のビーチバレーボール選手。神奈川県横浜市出身。出身校は日本航空高等学校および専修大学。身長190センチメートル、体重78キログラム。1999、2000ビーチバレージャパン2連覇ならびに2年連続日本ランク1位。日本代表として主に海外を転戦。2003年に引退。ビーチバレーボランティアクラブチームFOVAキャプテンとして、藤沢市鵠沼海岸で年間30大会草ビーチバレー大会の運営に参加。(2008/11/1現在)
坂本 将康(さかもと まさやす、1974年12月21日 - … 坂本 将康(さかもと まさやす、1974年12月21日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者。 東京都品川区出身。品川区立浜川中学校でバレーボールを始め、全国大会出場を果たす。その後、法政第二高校へ進学し、インターハイ、国体に出場。明治大学を卒業後、 1997年にVリーグの松下電器(現:大阪ブルテオン)に入団。 2000年にはオランダのCadenz Nesselandeに移籍し、帰国後、東京ヴェルディでプレーした後、2002年には東京ガス(現:FC東京)へ。 2006年6月1日、FC東京公式サイトにて現役引退が発表された。 2006年6月1日、FC東京公式サイトにて引退と同時にJTマーヴェラスのコーチ就任が発表された。
熊前 知加子(くままえ ちかこ、1974年4月11日 - )… 熊前 知加子(くままえ ちかこ、1974年4月11日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。神奈川県川崎市出身。ニックネームはチカ。
真保 綱一郎(しんぼ こういちろう、1972年4月11日 -… 真保 綱一郎(しんぼ こういちろう、1972年4月11日 - )は、日本のバレーボール指導者である。 神奈川県横浜市出身。 駒澤大学卒業。1999年、チェコのAero odlena vodaでコーチを務める。2022年からはイタリアのチームでコーチを務める。 2004年より初めて日本でコーチとなり、NECレッドロケッツのコーチに就任。2005年からは久光製薬スプリングス(現・久光スプリングス)で2シーズンコーチを務めた。 2007年からは男子でのキャリアが始まり、パナソニックパンサーズのコーチに就任し、8シーズンに渡ってコーチを務めた。 2014年より男子日本代表のコーチも2シーズン務めた。 2015年から再び海外で活動し、ドイツのベルリン・リサイクリング・バレーズでコーチを1シーズン務めた。
佐々木 太一(ささき たいち、1971年12月14日 - )… 佐々木 太一(ささき たいち、1971年12月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。元日本代表。 現在は、サントリーのマーケティング部門社員、ウイスキー・アンバサダーとして、サントリーウイスキーの啓発活動をする一方、バレーボールの解説者としても活動している。 神奈川県横浜市旭区出身。小学生の時にライオンカップに出場。中学、高校とバレー部に所属したが全国大会の出場はなかった。 しかし、専修大学在学時に全日本に選出され、サントリーに入社後も全日本で活躍した。194cmとセンターとしては小柄だが、その長い手足でブロック到達点は330cm、スパイク到達点は343cmを記録した。第5~10回のVリーグ5連覇に貢献し、2002年にスパイク賞、ベスト6にも5回選ばれた。
安井 栄子(やすい えいこ、1971年5月8日 - )は、日… 安井 栄子(やすい えいこ、1971年5月8日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。元全日本代表。 秋田県生まれ、神奈川県綾瀬市育ち。中学1年よりバレーボールを始める。神奈川県立伊勢原高等学校卒業後は神奈川中央交通に入社し、9人制バレーボールの選手となった。1994年、9人制の選手としては初めて6人制の全日本に選出され、同年10月の第12回アジア競技大会に出場した。1998年には6人制チームの東洋紡オーキスに1シーズン在籍し、リベロとして活躍した。 9人制のプレーヤーが6人制全日本に選出されるのは安井が史上初で、20年後の2014年に選出された宮本小百合が二度目となる。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
野口 拓也(のぐち たくや、1970年1月13日 - )は、… 野口 拓也(のぐち たくや、1970年1月13日 - )は、日本の元男子ビーチバレーボール選手である。 神奈川県大和市出身。藤沢商業で1986年の全国高等学校総合体育大会バレーボール競技大会(インターハイ)、同年の全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春の高校バレー)で優勝、準優勝を果たす。卒業後はウインドサーフィンのプロを志し、日本とハワイを生活の拠点として生活を送る。ビーチバレーボールとの出会いは、たまたまサーフィンで訪れた海岸でビーチバレーボールに出会い競技転向した。 ビーチバレーボールに競技転向後は、1994年第8回ビーチバレージャパン(全日本選手権)で初出場初優勝を果たし強化指定選手として世界を転戦、オリンピックを目指した。