古井 康介(ふるい こうすけ、1995年(平成7年)5月25… 古井 康介(ふるい こうすけ、1995年(平成7年)5月25日 - )は、日本の政治家、実業家、社会起業家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。株式会社POTETO Media代表取締役社長。日本若者協議会理事。 1995年、富山県富山市生まれ。2008年秋のリーマン・ショックのあおりで父の飲食店が経営不振に陥り、部活の用具は買えず、光熱費を弟のバイト代でまかなうなど、弟2人を合わせ3人の子を抱える一家の生活は厳しくなったが、折よく始まった高校無償化と、進学先の高校の掲示板でたまたま見つけた奨学金制度に窮地を救われた。この経験により、「ひとりで乗り越えられない壁を乗り越えさせてくれるのが政治なんだろうな」と感じるとともに、遠い世界の話に思っていた政治が目の前の生活にかかわる大切なものだということを身をもって知ることとなり、後に政治をテーマにした事業を行う原体験となる。
上野 蛍(うえの ほたる、1984年〈昭和59年〉7月7日 … 上野 蛍(うえの ほたる、1984年〈昭和59年〉7月7日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の参議院議員(1期)。同富山県総支部事務局長。同富山市支部幹事長。元富山市議会議員(3期)。 富山県富山市出身(現住所は富山市広田地区)。富山大学附属中学校、富山県立富山高等学校を卒業。日本大学中退後、介護施設の事務職として勤務。 2016年11月、富山市議会議員補欠選挙に無所属で立候補し、初当選。同月17日、富山市議2名、富山県議1名による地域政党政策チーム光を設立し、代表に就任。2017年、2021年の市議選でも再選された。2020年末に日本維新の会に入党。 2022年の第26回参議院議員通常選挙に日本維新の会公認で比例区から立候補したが次点で落選。
角田 悠紀(かくだ ゆうき、1982年(昭和57年)10月3… 角田 悠紀(かくだ ゆうき、1982年(昭和57年)10月30日 - )は、日本の政治家、テレビ局記者。元富山県高岡市長(1期)、元高岡市議会議員(1期)。身長183cm、血液型はA型。 富山県高岡市羽広出身。高岡市立横田小学校、高岡市立南星中学校、高岡第一高等学校卒業。2005年(平成17年)3月、立命館大学法学部法学科政治行政専攻卒業。同年4月、富山テレビ放送に入社。報道部に在籍し、記者として勤務。2016年(平成28年)3月、退職。 2017年(平成29年)10月に行われた高岡市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。自由民主党に属し活動。 2021年(令和3年)4月5日、自民党高岡市連は、次期高岡市長選挙の推薦候補を決めるための選考委員会(委員21人)を開いた。
梅村 みずほ (うめむら みずほ、1978年 (昭和53年)… 梅村 みずほ (うめむら みずほ、1978年 (昭和53年) 9月10日 - ) は、日本の政治家、フリーアナウンサー、タレント。参政党所属の参議院議員(2期)。 立命館大学文学部卒業後、JTB勤務や「桜 みずほ」名義でのタレント活動を経て、2019年に日本維新の会公認で第25回参議院議員選挙にて議員に初当選した。2022年には日本維新の会代表選挙に立候補した。国会では法務委員などに所属。2023年、名古屋入国者収容施設でのウィシュマ・サンダマリ死亡問題に関する発言が問題視され、法務委員会を解任、維新から6か月の党員資格停止処分を受けた。2025年、維新が実施した第27回参院選大阪選挙区の予備選挙で落選し、公認を得られなかったことから同年4月に離党。
村井 宗明(むらい むねあき、1973年(昭和48年)5月3… 村井 宗明(むらい むねあき、1973年(昭和48年)5月30日 - )は、日本の実業家、政治家、ITエンジニア。民主党所属の元衆議院議員(3期)。文部科学大臣政務官、衆議院災害対策特別委員長、民主党富山県連代表などを歴任。現在は、東武トップツアーズ CDO。政界引退後は、Yahoo、gumi、日本政策学校、LINE株式会社、全国心理業連合会等の顧問・役員等を務める。富山県上新川郡大山町(現・富山市)出身。 著書である「総理、増税よりも競り下げ方式を! 脱・お役所価格で 財政再建」で主張した歳出削減策。2010年(平成22年)4月12日に競り下げのマニフェスト修正案を民主党に提出し、7月4日に菅直人内閣はその試行を閣議決定した。
藤井 大輔(ふじい だいすけ、1973年1月19日 - )は… 藤井 大輔(ふじい だいすけ、1973年1月19日 - )は日本の政治家、編集者。富山県議会議員。富山県富山市出身。妹はフリーライターのピストン藤井。みんなの経済新聞ネットワーク・富山経済新聞の編集局長。 富山県立富山中部高等学校、大阪大学経済学部卒。1995年、リクルートに入社。「ゼクシィ」や「ダ・ヴィンチ」など数多くの雑誌で編集者を務める。 2004年7月には、「R25」を創刊、編集長を務める。同誌の名付け親でもある。 2019年4月、統一地方選挙・富山県議会議員選挙に富山市第1選挙区から自由民主党公認で立候補、6797票を獲得し、初当選。 現在、自由民主党富山県支部連合会広報委員会副委員長を務める。
田畑 裕明(たばた ひろあき、1973年〈昭和48年〉1月2… 田畑 裕明(たばた ひろあき、1973年〈昭和48年〉1月2日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、自由民主党政務調査会副会長。 総務副大臣、厚生労働大臣政務官、衆議院厚生労働委員長、自由民主党国会対策副委員長、同厚生労働部会長を歴任。妻は女優の内田百香(元宝塚歌劇団・娘役、89期生)。 富山県富山市出身(現住所は富山市北代)。富山県立富山東高等学校を経て、獨協大学経済学部経済学科を卒業。 大学卒業後、富山第一銀行に入行。その後同行を退社し、2002年に富山鋼機に入社。 当初起業を目指していたが、森雅志富山県議会議員(のちの富山市長)との出会いがきっかけで政治を志し、2003年、富山市議会議員選挙に立候補し、初当選。
夏野 元志(なつの もとし、1972年10月31日 - )は… 夏野 元志(なつの もとし、1972年10月31日 - )は、日本の政治家。富山県射水市長(2期)。元・富山県議会議員(2期)。
吉田 豊史(よしだ とよふみ、1970年4月10日 - )は… 吉田 豊史(よしだ とよふみ、1970年4月10日 - )は、日本の政治家、実業家。 衆議院議員(2期)、日本維新の会国対副委員長、富山県議会議員(2期)を務めた。父は富山県議会議員を務めた吉田良三。伯父のも富山市議会議員、富山県議会議長などを務めた吉田清治。 富山県富山市石金生まれ(現在は富山市西長江に在住)。 富山市立東部小学校、富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山中部高等学校理数科、早稲田大学法学部卒業。大学在学中に北米シアトルへ語学留学。当時のアメリカ西海岸のカフェスタイルに影響を受ける。 大学卒業後の1995年に富山へ戻り、硝子メーカーへ就職。即、北米オハイオ州の子会社に出向し海外事業に携わる。
山本 徹(やまもと とおる、1970年〈昭和45年〉2月18… 山本 徹(やまもと とおる、1970年〈昭和45年〉2月18日 - )は、日本の政治家。富山県議会議員(6期)。 全国都道府県議会議長会会長(第74代)、富山県議会議長(第131代)、富山県議会副議長(第121代)、高岡市議会議員(2期)を務めた。 富山県高岡市扇町出身。高岡市立横田小学校、高岡市立高岡西部中学校、富山県立高岡高等学校を経て、1994年(平成6年)、大東文化大学文学部日本文学科を卒業。卒業後、高岡丸二有限会社に入社し、同役員を務めた。 その後、自由民主党高岡市連合支部青年部部長を務め、1999年(平成11年)、高岡市議会議員選挙に初当選。2003年(平成15年)、再選。2004年(平成16年)6月23日、高岡市議会議員を辞職。
菊地 正寛(きくち まさひろ、1968年(昭和43年)4月3… 菊地 正寛(きくち まさひろ、1968年(昭和43年)4月30日- )は、日本の政治家。富山県氷見市長(1期)。 富山県氷見市出身。明治大学法学部卒業後、1991年に富山県庁入りし、健康対策室感染症対策課長、広報・ブランディング推進室長・広報課長などを経て県経営管理部次長を務める。 2024年8月25日、氷見市長の林正之(当時)が病気を理由に辞職を表明。これを受け自民党支部は候補者選定に着手し、公募を実施。9月20日に菊地の擁立を決め、同日に菊地が富山県庁を退職。翌日には林も菊地を後継指名する意向を示した。その後、菊地は富山市から氷見市へ転居した。 10月15日、氷見市長選挙への立候補を模索していた市議が不出馬を表明。
森田 高(もりた たかし、1967年7月22日 ‐ )は、日… 森田 高(もりた たかし、1967年7月22日 ‐ )は、日本の政治家、医師。 参議院議員(1期)、総務大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣)などを歴任。 兄はプログラマーでゲームクリエイターの森田和郎。 富山県富山市生まれ。富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山高等学校(理数科)、筑波大学医学専門学群卒業。1992年に筑波大学附属病院泌尿器科ジュニアレジデント、1997年に筑波大学附属病院泌尿器科チーフレジデント修了。その後東京逓信病院泌尿器科医員、住友生命保険医務査定室医長・同保険医事研究室医長、晋真会ベリタス病院泌尿器科医長兼健康管理科長を務める[要出典]。
野上 浩太郎(のがみ こうたろう、1967年〈昭和42年〉5… 野上 浩太郎(のがみ こうたろう、1967年〈昭和42年〉5月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(4期)、自由民主党総務会長代理。 富山県議会議員(1期)、財務大臣政務官、参議院文教科学委員長、国土交通副大臣、内閣官房副長官、農林水産大臣(第64代)、自由民主党参議院国会対策委員長などを歴任した。 富山県富山市生まれ(現住所は同市堀川町)。富山市立堀川小学校、富山市立堀川中学校、富山県立富山高等学校、慶應義塾大学商学部(国際経済学専攻)卒業。大学卒業後の1992年(平成4年)、三井不動産(都市開発事業部)に入社。1998年、祖父が創業した地元、新富自動車株式会社に入社。 1999年(平成11年)、富山県議会議員選挙に富山市選挙区から出馬し、初当選した。
武隈 義一(たけくま よしかず、1967年(昭和42年)5月… 武隈 義一(たけくま よしかず、1967年(昭和42年)5月8日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚。富山県黒部市長(1期)。 富山県黒部市生地吉田(芦崎)出身。実家は酒屋と鉄工所を営んでいた。黒部市立生地小学校、黒部市立高志野中学校、富山県立富山中部高等学校、一橋大学商学部卒業後、1992年に旧労働省(現・厚生労働省)に入省。群馬労働局総務部長などを経て、2005年から外務省在中華人民共和国日本国大使館に出向し、経済部一等書記官などを務める。 2008年に帰国後、北海道労働局総務部長等を経て、2011年からは内閣府防災担当の災害対策法制企画室企画官に出向し、災害対策基本法の改正などに携わった。
本川 祐治郎(ほんがわ ゆうじろう、1967年4月8日 - … 本川 祐治郎(ほんがわ ゆうじろう、1967年4月8日 - )は、日本の政治家。元富山県氷見市長(1期)。 富山県高岡市出身。旧姓:中村。父親は税理士。富山県立高岡高等学校卒業。1浪して早稲田大学商学部入学・卒業。衆議院議員の武藤嘉文の私設秘書をしているときに父の誘いを受け帰郷。高岡商工会議所に4年勤務した後、2000年(平成12年)から妻の実家の味噌・醤油製造会社の経営に携わる。その後、経営コンサルタント会社を設立した。 2013年(平成25年)1月17日、氷見市長の堂故茂が第23回参議院議員通常選挙へ出馬する意向を表明。これを受けて同年2月16日、本川は氷見市長選挙への出馬を表明。堂故は4月1日付で辞職。
出町 譲(でまち ゆずる、1964年10月19日 - )は、… 出町 譲(でまち ゆずる、1964年10月19日 - )は、日本の政治家・作家・ジャーナリスト。富山県高岡市長(1期)。元高岡市議会議員(1期)、元テレビ朝日記者。 富山県高岡市出身。富山県立高岡高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1990年に時事通信社に入社し、ニューヨーク特派員など務める。2001年にテレビ朝日に転職、「報道ステーション」統括ニュースデスク・「グッド!モーニング」ニュースデスクを歴任し、2021年1月に退職。 2021年4月5日、自民党高岡市連は、次期高岡市長選挙の推薦候補を決めるための選考委員会(委員21人)を開いた。党市連の公募には出町のほか、高岡市議会議員の角田悠紀、元市教育長の米谷和也の3人が応募。
種部 恭子(たねべ きょうこ、1964年〈昭和39年〉10月… 種部 恭子(たねべ きょうこ、1964年〈昭和39年〉10月14日 - )は、日本の産婦人科医師、政治家。自由民主党所属の富山県議会議員(2期)、富山県医師会常任理事、日本産婦人科医会常務理事。 富山県富山市生まれ。富山市立西田地方小学校卒業、富山市立南部中学校卒業、富山県立富山中部高等学校理数科卒業、富山医科薬科大学医学部医学科卒業。大学卒業後は富山医科薬科大学医学部産科婦人科学教室入局、恩賜財団母子愛育会愛育病院産婦人科勤務、黒部市民病院勤務、富山医科薬科大学大学院医学研究科博士課程修了、富山医科薬科大学医学部産科婦人科学助手、富山県済生会富山病院産婦人科医長、医療法人社団藤聖会女性クリニックWe! TOYAMA院長、医療法人社団藤聖会女性クリニックWe! TOYAMA代表。
藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1962年(昭和37年)4月5… 藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1962年(昭和37年)4月5日 - )は、日本の政治家。富山県富山市長(2期)。元富山県議会議員(3期)。 富山県立富山東高等学校、工学院大学工学部建設学科卒業後、富山青年会議所理事長、日本青年会議所富山ブロック協議会会長、株式会社藤井産業代表取締役会長を歴任。 2011年、第17回統一地方選挙の一環として行われた富山県議会議員選挙に初当選。2015年・2019年の同県議選でも当選し連続3期務めた。2015年1月より上婦負ケーブルテレビ社長。 2021年4月18日投開票の富山市長選挙に立候補し前衆議院議員の吉田豊史ら3候補を破り、初当選した。藤井は自民、立憲民主、国民民主各党と公明党県本部から推薦を受け、前市長森雅志が進めた「コンパクトシティー政策」の継承を掲げて、幅広い層から支持を得た。
馳 浩(はせ ひろし、旧姓:川辺、1961年5月5日 - )… 馳 浩(はせ ひろし、旧姓:川辺、1961年5月5日 - )は、日本の政治家、元プロレスラー。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問会議・顧問。富山県西礪波郡砺中町(現・小矢部市)生まれ、石川県金沢市育ち。
橘 慶一郎(たちばな けいいちろう、1961年〈昭和36年〉… 橘 慶一郎(たちばな けいいちろう、1961年〈昭和36年〉1月23日 - )は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。 富山県高岡市長(2期)、総務大臣政務官(第2次安倍内閣)、復興副大臣(第3次安倍第2次改造内閣、第4次安倍改造内閣)、内閣官房副長官(政務担当)(第1次石破内閣・第2次石破内閣)、衆議院文部科学委員長 、自由民主党国会対策副委員長、自由民主党総務部会長などを歴任した。 父は衆議院議員や富山県議会議員を務めた橘康太郎。 富山県高岡市生まれ。高岡市立守山小学校(現高岡市立万葉小学校)、高岡市立志貴野中学校、富山県立高岡高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。
柴田 巧(しばた たくみ、1960年12月11日 - )は、… 柴田 巧(しばた たくみ、1960年12月11日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の参議院議員(3期)、日本維新の会国会議員団国会対策委員長代行・参議院国会対策委員長。 富山県議会議員(3期)、みんなの党総務委員長、結いの党幹事長代行、維新の党参議院国会対策委員長、日本維新の会政調会長代行などを歴任した。 富山県西礪波郡砺中町(現小矢部市)津沢に生まれる。津沢町議会議長であった祖父をはじめ熱心な松村謙三支持者の家庭で育ち、政治を志すようになる。富山県立福野高等学校を経て早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中は、雄弁会に所属していた。1987年早稲田大学院政治学研究科・博士前期課程修了。オーストラリアへの留学を経て、1988年に帰国し、森喜朗衆議院議員の秘書となり、国会、自由民主党本部、旧安倍派事務局などで活動。
新田 八朗(にった はちろう、1958年〈昭和33年〉8月2… 新田 八朗(にった はちろう、1958年〈昭和33年〉8月27日 - )は、日本の政治家、実業家。富山県知事(公選第21・22代)。無所属。 日本海ガス代表取締役社長、日本海ガス絆ホールディングス代表取締役社長、富山経済同友会代表幹事、富山青年会議所理事長、国際青年会議所副会頭、日本青年会議所会頭を歴任した。 富山県富山市生まれ。祖父は元富山県知事である高辻武邦。父は元日本海ガス社長の新田嗣治朗。女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ参議院議員は姉。米州開発銀行理事等を務めた高橋毅は義兄。 富山大学教育学部附属小学校、富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山高等学校を経て、1981年一橋大学経済学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。
村椿 晃(むらつばき あきら、1957年〈昭和32年〉10月… 村椿 晃(むらつばき あきら、1957年〈昭和32年〉10月21日 - )は、日本の政治家。富山県魚津市長(3期)。 富山県黒部市出身。富山県立富山高等学校卒業。1980年(昭和55年)、東北大学法学部卒業。同年7月、富山県庁に入庁。2007年(平成19年)4月、地域振興課の初代課長に就任。2011年(平成23年)10月、高志の国文学館副館長に就任。2014年(平成26年)4月、生活環境文化部長に就任。 2016年(平成28年)1月15日に富山県庁を退職し、あくる1月16日に、魚津市長選挙に出馬する意向を表明した。 同年4月17日に行われた市長選挙に無所属で出馬。市内の自由民主党支部の役職や新川青年会議所理事長を務めた経験のある沢崎豊を破り、初当選した。
夏野 修(なつの おさむ、1954年〈昭和29年〉11月30… 夏野 修(なつの おさむ、1954年〈昭和29年〉11月30日 - )は、日本の政治家。富山県砺波市長(4期)。 富山県砺波市福岡(栴檀野)出身。富山県立富山中部高等学校を経て、1977年(昭和52年)3月早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年4月、富山県庁に入庁。 経て富山県行政改革・地方分権担当参事、土木部次長、総合交通政策室長 、観光・地域振興局長。 2012年(平成24年)6月18日、まだ1期目であった砺波市長の上田信雅が市議会において不出馬を表明。8月、夏野は自民党砺波市連からの要請を受け、次期市長選への立候補を表明した。同月、富山県庁を退職。 同年10月28日に行われた砺波市長選挙に民主党・自民党・公明党の推薦を受けて無所属で出馬。
住 博司(すみ ひろし、1954年8月19日 - 1998年… 住 博司(すみ ひろし、1954年8月19日 - 1998年7月11日)は、日本の政治家。NHK放送記者を経て、衆議院議員(3期)、厚生政務次官などを務めた。 第2次中曽根内閣で法務大臣を務めた住栄作の次男。自由民主党所属。 富山県魚津市出身。麹町小学校、麹町中学校、早稲田大学高等学院、早稲田大学政治経済学部卒業。1977年NHK入局。放送記者として活動。NHKで京都府警のキャップだったころ、共同通信の同キャップが青山繁晴だった。 1987年、NHK退職。当時の宮澤喜一蔵相の秘書となる。1990年の第39回衆議院議員総選挙に父の地盤を引き継ぎ旧富山1区から立候補し初当選(当選同期に岡田克也・佐田玄一郎・藤井裕久・鈴木俊一・亀井久興・中谷元・森英介・福田康夫・石原伸晃・河村建夫・小林興起・塩谷立・古屋圭司・細田博之・松岡利勝・小坂憲次・山本拓・赤城徳彦・村田吉隆・簗瀬進・山本有二など)。
桜井 森夫(さくらい もりお、1954年〈昭和29年〉1月2… 桜井 森夫(さくらい もりお、1954年〈昭和29年〉1月28日 - )は、日本の政治家。富山県小矢部市長(5期)。祖父は、西礪波郡高波村江波(よなみ)出身で元小矢部市長の桜井与蔵(旧姓・廣橋)。 富山県小矢部市出身。1978年(昭和53年)3月、九州産業大学工学部卒業。 2002年(平成14年)、小矢部市議会議員に初当選。 2006年(平成18年)11月19日に行われた小矢部市長選挙に立候補し、当時の市長・大家啓一が推した元県職員・松尾春郎との保守分裂の戦いを制して初当選。以後、4連続無投票で当選し、現在5期目。
高橋 はるみ(たかはし はるみ、1954年〈昭和29年〉1月… 高橋 はるみ(たかはし はるみ、1954年〈昭和29年〉1月6日 - )は、日本の政治家、通商・経産官僚。自由民主党の参議院議員(2期)、財務大臣政務官。 文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、北海道知事(公選第15-18代)、自由民主党政務調査会環境部会長、同女性局長、同副幹事長、全国知事会副会長などを歴任。 富山県富山市出身。祖父は富山県知事を2期8年務めた高辻武邦。父は日本海ガス社長・インテック創業者の新田嗣治朗。弟は富山県知事で日本海ガス元社長・日本青年会議所元会頭の新田八朗。夫は札幌市出身で元米州開発銀行理事の高橋毅。 富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山中部高等学校を経て、1976年、一橋大学経済学部卒業。
鹿熊 正一(かくま まさかず、1953年〈昭和28年〉5月1… 鹿熊 正一(かくま まさかず、1953年〈昭和28年〉5月13日 - )は、日本の政治家、会社役員。富山県議会議員(自由民主党)。自民党県議会議員会会長。 1953年、富山県下新川郡朝日町殿町に生まれる。1972年、富山県立富山高等学校卒業。1977年、東京大学法学部卒業。衆議院法制局に入る。1991年、富山県議会議員初当選。2010年、議長に就任した。 座右の銘は慎重敢為。スポーツ観戦、ゴルフ。 3つの重点施策は、「しなやかな地域経済の創出に努める」、「みんなが笑顔でいられる富山を目指す」、「生活・産業基盤並びに防災・減災基盤の整備に努める」。
森 雅志(もり まさし、1952年8月13日 - )は、日本… 森 雅志(もり まさし、1952年8月13日 - )は、日本の政治家、司法書士。勲等は旭日中綬章。元富山県富山市長(新市4期、旧市1期)。元富山県議会議員(2期)。2013年から内閣府地方分権改革有識者会議議員。 富山県富山市生まれ。富山県立富山中部高等学校、中央大学法学部卒業。1977年、司法書士・行政書士事務所を開設。 1995年、富山県議会議員選挙に出馬し初当選。1999年に再選。県議時代は自由民主党に所属した。 2002年、富山県議を任期途中で辞職し、旧富山市長選挙に出馬し初当選。 2005年4月1日、旧富山市、上新川郡大沢野町、大山町、婦負郡八尾町、婦中町、山田村、細入村の7市町村が新設合併して、現在の富山市が発足。
堂故 茂(どうこ しげる、1952年(昭和27年)8月7日 … 堂故 茂(どうこ しげる、1952年(昭和27年)8月7日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、国土交通副大臣兼内閣府副大臣兼復興副大臣、参議院農林水産委員長、、参議院文教科学委員長、文部科学大臣政務官、富山県氷見市長(4期)、富山県議会議員(2期)を歴任した。 富山県氷見市生まれ。富山県立高岡高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。1979年、トナミ運輸株式会社入社。1982年、かつてはトナミ運輸の代表取締役社長も務めていた綿貫民輔衆議院議員の秘書を務める。1988年、氷見青年会議所理事長に就任。 1991年、富山県議会議員選挙に出馬し、初当選した。1995年、富山県議会議員再選。1998年、富山県議を任期途中で辞職して氷見市長選挙に出馬し、当選。
宮腰 光寛(みやこし みつひろ、1950年〈昭和25年〉12… 宮腰 光寛(みやこし みつひろ、1950年〈昭和25年〉12月21日 - )は、日本の政治家。 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、消費者及び食品安全、少子化対策、海洋政策)(第4次安倍第1次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、農林水産副大臣(第3次小泉内閣・第3次小泉改造内閣)、農林水産大臣政務官(第1次小泉内閣)、内閣府大臣政務官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院農林水産委員長、衆議院議員(8期)、富山県議会議員(4期)、自民党たばこ議員連盟副会長などを歴任。 富山県黒部市生まれ(現住所は黒部市岡)。黒部市立石田小学校、黒部市立白鷹中学校、富山県立桜井高等学校卒業。
永山 文雄(ながやま ふみお、1950年5月23日 - 20… 永山 文雄(ながやま ふみお、1950年5月23日 - 2017年5月31日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 富山県高岡市生まれ。1974年、中央大学経済学部卒業。病院職員などを経て、1990年、自由民主党富山県連事務局次長。2002年、県連事務局長。 2012年、第46回衆議院議員総選挙に自民党から比例北陸信越ブロック(単独21位)で立候補し初当選した。 2014年、第47回衆議院議員総選挙では比例名簿から外れ、立候補しなかった。 2017年5月31日、肺炎のため富山市の病院で死去。67歳没。
中川 行孝(なかがわ ゆきたか、1950年1月2日 - )は… 中川 行孝(なかがわ ゆきたか、1950年1月2日 - )は、日本の政治家。富山県上市町長(2期)。 上市町出身。駒澤大学卒業。上市町役場に入庁。 2001年4月、上市厚生病院(現かみいち総合病院)事務局長。2008年4月、上市町総務課長兼企画課長。2010年4月、再任用により総務課長兼企画課長。2013年4月、上市町副町長に就任。公益社団法人上市町シルバー人材センター理事長を歴任。2017年7月、上市町副町長辞職。前町長から事実上の後継指名を受ける。 2017年10月1日、任期満了に伴う上市町長選は投開票され、前副町長の中川が、元北陸銀行部長の久保銈司郎(けいしろう)を破り、初当選を果たした。
大野 久芳(おおの ひさよし、1949年〈昭和24年〉2月2… 大野 久芳(おおの ひさよし、1949年〈昭和24年〉2月27日 - )は、日本の政治家。元富山県黒部市長(1期)。 富山県黒部市出身。1967年(昭和42年)3月、富山県立桜井高等学校卒業。衣料品小売店に就職。1991年(平成3年)2月、黒部市議会議員に初当選。1995年(平成7年)に再選。 1999年(平成11年)4月、富山県議会議員に初当選。県議時代は自由民主党に所属した。 2012年(平成24年)、副議長に就任。2016年(平成28年)、議長に就任。 2018年(平成30年)1月12日、任期満了に伴う黒部市長選挙に立候補する意向を表明した。市長選は大野のほか、元市議の川上浩、元市議の川本敏和が立候補。
井上 義久(いのうえ よしひさ、1947年7月24日 - )… 井上 義久(いのうえ よしひさ、1947年7月24日 - )は、日本の政治家。公明党常任顧問。 衆議院議員(9期)、公明党副代表、公明党選挙対策委員長、公明党政務調査会長、公明党幹事長、公明党総合選挙対策本部長を歴任した。
澤崎 義敬(さわざき よしのり、1947年4月14日 - )… 澤崎 義敬(さわざき よしのり、1947年4月14日 - )は、日本の政治家。元富山県魚津市長(3期)。旭日小綬章。 富山県出身。富山県立魚津高等学校卒。魚津市議会議員、同議長を経て、2004年魚津市長選挙に立候補し、現職を破って初当選する。2008年無投票で再選。2012年にも無投票で三選した。市長は2016年まで務めた。このほか新川森林組合長、三ヶ生産森林組合長も務めた。2017年 春の叙勲で地方自治功労により旭日小綬章を受章。
中屋 一博(なかや かずひろ、1947年(昭和22年)4月3… 中屋 一博(なかや かずひろ、1947年(昭和22年)4月3日 - )は、日本の政治家。元富山県滑川市長(2期)。元滑川市議会議員(4期)。 富山県立滑川高等学校卒業。現在同窓会長をつとめる。 滑川市議会議員を4期務める。 2002年(平成14年)2月10日執行。市議会議長上田昌孝が推す現職で5期目を目指した自民党推薦の沢田寿朗(1926年1月2日〜)を破り、初当選を果たした。※当日有権者数:26,644人 最終投票率:73.24%(前回比:pts) 2006年(平成18年)2月5日執行。1月29日の告示日に立候補の届け出が中屋しかいなかったため、無投票で再選。 2010年(平成22年)2月14日執行。
大瀬 国隆(おおせ くにたか、1947年〈昭和22年〉 - … 大瀬 国隆(おおせ くにたか、1947年〈昭和22年〉 - )は、日本の弦楽器弓職人、こきりこささら職人、越中五箇山こきりこ唄保存会会長、社会福祉法人南砺市社会福祉協議会評議員。
山田 俊男(やまだ としお、1946年11月29日 - )は… 山田 俊男(やまだ としお、1946年11月29日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(3期)。自由民主党総務副会長、自民党たばこ議員連盟幹事長を歴任。 富山県小矢部市(埴生地区)生まれ。富山県立高岡高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後、全国農業協同組合中央会に入会。組織経営対策部長、農業対策部長、常務理事、専務理事を歴任した。 2007年の第21回参議院議員通常選挙で自由民主党公認候補として比例区から出馬し、全国農政連を支持母体に約45万票を集めて党内2位で初当選。参議院農林水産委員会に所属している。 自民党が野党時代の2010年には政権力委員会で農水副担当を務めた。 2010年8月11日に行われた自民党参議院議員会長選挙では中曽根弘文の推薦人に名を連ねたが、海外出張を理由に選挙を欠席することになり、不在者投票は認められていないために棄権を余儀なくされた(選挙では得票同数による抽選の末に中曽根が選出された)。
谷林 正昭(たにばやし まさあき、1946年〈昭和21年〉1… 谷林 正昭(たにばやし まさあき、1946年〈昭和21年〉10月28日 - 2019年〈令和元年〉8月17日)は、日本の政治家。参議院議員を1期務めた。 富山県魚津市出身。富山県立魚津工業高等学校を卒業後、日本通運に入社。 入社後、労働組合の活動に従事し、全日通労働組合富山県支部副委員長、富山県労協センター事務局長、全日本運輸産業労働組合富山県連合会執行委員長を歴任。 1998年7月12日、第18回参議院議員通常選挙において民主党から富山県選挙区から立候補し落選。同年8月1日、住博司衆議院議員の死去に伴う富山2区補欠選挙へ立候補を要請されるが、辞退。その後、参院選で当選した永田良雄が8月22日に急死したため同年9月1日付で繰り上げ当選となった。
石井 隆一(いしい たかかず、1945年12月15日 - )… 石井 隆一(いしい たかかず、1945年12月15日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。勲等は旭日大綬章。 富山県知事(公選第17-20代)、消防庁長官(第26代)を務めた。妻は数学者で東京大学名誉教授の石井志保子。 富山県富山市西町生まれ。富山県立富山中部高等学校、東京大学法学部卒業。1969年、自治省(現総務省)に入省した。静岡県総務部長や財政局財政課長、税務局長、自治税務局長等を経て、2002年に消防庁長官に就任した。また2003年から3年間、早稲田大学大学院公共経営研究科において客員教授を務めた。2004年1月に退官し、市町村職員中央研修所学長に就任し、同年の8月に退職した。 2004年11月、富山県知事を6期務めた中沖豊の退任を受け、知事選挙に無所属で出馬して初当選。
向井 英二(むかい えいじ、1945年〈昭和20年〉12月2… 向井 英二(むかい えいじ、1945年〈昭和20年〉12月2日 - )は、日本の政治家。富山県高岡市出身。自由民主党富山県議会議員を7期務めた。
山崎 昇(やまざき のぼる、1945年〈昭和20年〉9月15… 山崎 昇(やまざき のぼる、1945年〈昭和20年〉9月15日 - )は、日本の政治家。元東京都墨田区長(4期)。叔父は墨田区長を3期務めた山崎栄次郎。 富山県西礪波郡西野尻村(東礪波郡福野町を経て、現・南砺市)で生まれる。富山県立高岡商業高等学校、中央大学法学部卒。卒業後は叔父の栄次郎の勧めで墨田区役所に勤務する。区民課長、企画経営室長などを経て、助役に就任する。 1999年〈平成11年〉墨田区長選挙に立候補し、元民社党衆議院議員の伊藤昌弘らを破って初当選した。2003年〈平成15年〉に再選。2007年〈平成19年〉に三選。2011年〈平成23年〉に5人による選挙戦を制し、四選を果たした。 2015年〈平成27年〉に区長を引退した。
又市 征治(またいち せいじ、1944年〈昭和19年〉7月1… 又市 征治(またいち せいじ、1944年〈昭和19年〉7月18日 - 2023年〈令和5年〉9月18日)は、日本の政治家、労働運動家、地方公務員。参議院議員(3期)、社会民主党幹事長(第5代・第7代)、副党首、党首(第5代)を歴任。 1944年7月18日、富山県富山市生まれ。1962年、富山県立富山高等学校卒業。1965年、富山県庁就職。1974年、自治労富山県本部書記長に就任。1995年、自治労富山県本部執行委員長就任。 2001年、第19回参議院議員通常選挙に社会民主党公認で比例区から立候補し、初当選した。 2003年、幹事長・福島瑞穂の党首就任により、幹事長就任。 2007年7月、第21回参議院議員通常選挙で再選(比例区)。
長勢 甚遠(ながせ じんえん、1943年〈昭和18年〉10月… 長勢 甚遠(ながせ じんえん、1943年〈昭和18年〉10月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(7期)。 法務大臣(第77代)、内閣官房副長官(第3次小泉改造内閣)、法務副大臣(第2次森改造内閣)等を歴任。富山県魚津市名誉市民。 富山県魚津市石垣に生まれ、小学校入学時に父親の仕事の関係で富山市在住となった。富山市立柳町小学校、富山大学教育学部附属中学校、富山県立富山高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。東大法学部第3類(政治コース)在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。 1966年、労働省(現、厚生労働省)に入省する。1986年6月、労政局労働法規課長。
広野 允士(廣野 允士、ひろの ただし、1943年1月1日 … 広野 允士(廣野 允士、ひろの ただし、1943年1月1日 - )は、日本の通産官僚、政治家。 衆議院議員(1期)、参議院議員(2期)、参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、民主党筆頭副幹事長、同参議院幹事長代理、同広報委員長、同富山県総支部連合会代表、国民の生活が第一副代表兼参議院議員会長、日本未来の党幹事(広報担当)、生活の党副代表・両院議員総会長・幹事会議長・富山県総支部連合会代表などを歴任。 選挙など政治活動の際には、姓を新字体、名を平仮名で表記した「広野ただし」名義を用いることが多いが、本名は漢字表記の「廣野允士」である。 富山県富山市出身。富山県立富山中部高等学校、東京大学工学部卒業後に通商産業省に技官で入省。
中﨑 久雄(なかさき ひさお、1942年8月6日 - )は、… 中﨑 久雄(なかさき ひさお、1942年8月6日 - )は、日本の政治家、医師。元神奈川県大磯町長(3期)。 富山県高岡市出身。1968年(昭和43年)3月、神戸大学医学部医学科卒業。1970年(昭和45年)3月、国立がんセンター病院外科レジデントになる。1980年(昭和55年)12月、東京大学より医学博士を授与。 2003年(平成15年)4月、東海大学医学部付属大磯病院長に就任。2007年(平成19年)4月、同大学健康推進センター所長に就任。2008年(平成20年)8月、大船中央病院長に就任。 2010年(平成22年)11月28日に行われた大磯町長選挙に無所属で出馬。現職の三好正則、元町議の渡辺順子、元町議の柴崎茂ら3名の候補者を相手に接戦を制し、初当選。
河合 常則(かわい つねのり、1937年1月10日 - 20… 河合 常則(かわい つねのり、1937年1月10日 - 2017年9月7日)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)。富山県東礪波郡城端町(現南砺市)出身。 1955年、富山県立福野高等学校、1961年、慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。卒論は「日本中小商業の一分析視角」。1964年、城端町議会議員に当選。以後連続3期務める。1975年、富山県議会議員に当選。以後8期連続務める。1991年には富山県議会議長に就任。 2004年7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党公認で富山県選挙区に立候補し初当選。額賀派に所属する。 2005年8月8日の郵政民営化法案の参議院本会議採決では反対票を投じ、1年間の党役職資格停止のペナルティを受けるが、後に賛成に転じた。
橘 康太郎(たちばな こうたろう、1934年5月30日 - … 橘 康太郎(たちばな こうたろう、1934年5月30日 - 2012年6月1日)は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の衆議院議員(4期)。日本野球富山県連盟名誉会長。富山県高岡市出身。 実業家で、民主党の参議院議員・衆議院議員を務めた橘直治の息子として生まれた。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了後、富山県議会議員(1期)、伏木海陸運送社長を務めた。その後旧富山2区より無所属で第38回総選挙に立候補し落選。続く第39回総選挙でも自由民主党の公認を得ながら落選、3度目の立候補となった第40回総選挙で初当選した。 地元には地盤の強固な綿貫民輔がいたため、小選挙区制に移行してからの富山3区(範囲は旧富山2区と同じ)からの立候補は叶わず、比例北陸信越ブロックへと転出して、第41回総選挙以降3回連続して比例区からの単独立候補で上位当選したが、衆院比例73歳定年制・比例連続2回規定という当時の自民党規定のため、第44回総選挙では自民党公認を得られずに、立候補を断念した。
永田 良雄(ながた よしお、1931年5月5日 - 1998… 永田 良雄(ながた よしお、1931年5月5日 - 1998年8月22日)は日本の政治家、官僚。参議院議員(3期)。自由民主党小渕派に所属した。 富山県新湊市生まれ。富山県立射水中学校、富山高等学校を経て、東京大学法学部入学。在学中に司法試験合格。 1954年、大学卒業後、建設省入省。熊本県に3年、日本道路公団に4年、茨城県に5年勤務。1982年、建設省計画局長に就任。その後、国土庁に移り、土地局長、官房長を務める。1985年、国土事務次官に就任。 1986年、国土庁を退官。同年7月6日の第14回参議院議員通常選挙富山県選挙区に同年6月28日に死去した沖外夫の後継候補として立候補し、初当選。1992年の第16回参議院議員通常選挙再選。