磯谷 奏汰(いそがい そうた、2001年2月14日 - )は… 磯谷 奏汰(いそがい そうた、2001年2月14日 - )は、長野県軽井沢町出身のプロアイスホッケー選手。アジアリーグアイスホッケーのレッドイーグルス北海道に所属している。 幼少時からアイスホッケーを始め、北佐久郡軽井沢町の軽井沢バッファローズ、埼玉県の埼玉ウォーリアーズに所属。 中学生の時にロシアへ渡航。その後オーストリアのOkanagan HC Europeに所属。 その後、アメリカ合衆国へ渡り、ノースアイオワ・ブルズ(英語版)に所属、メーソン・シティー・トロスにも所属した。 明聖高等学校WEBコース卒業。 2022年に日本へ帰国し、ひがし北海道クレインズに入団。同年リーグにて新人賞を受賞。
務台 慎太郎(むたい しんたろう、2000年4月20日 - … 務台 慎太郎(むたい しんたろう、2000年4月20日 - )は、長野県下諏訪町出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに所属。普段はエバラ食品工業株式会社で働いている。愛称は"しんちゃん"。 駒澤大学附属苫小牧高等学校、早稲田大学を経て、2023年6月22日にアジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSと契約を結んだ。 2023-2024シーズンオフの2024年5月25日にGRITSと契約を継続した。 2024-2025シーズンはオフの2025年5月9日にGRITSと契約を継続した。 5歳の時に友人のプレーを見て、アイスホッケーを始めた。
伊藤 俊之(いとう としゆき、1999年8月10日 - )は… 伊藤 俊之(いとう としゆき、1999年8月10日 - )は、長野県長野市出身のプロアイスホッケー選手。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 兄も同じくプロアイスホッケー選手である伊藤崇之。 小学1年生の時に、両親や兄の影響からアイスホッケーを始めて地元のクラブチームに所属する。小学3年生からは野球も始め、夏は野球・冬はアイスホッケーという生活を送る。 中学からは、実家からは少し離れた北佐久郡軽井沢を拠点とする軽井沢グリフィンズに所属するため、野球を続けることを断念しアイスホッケー一本に絞る。 高校は強豪校が集う北海道の高校に進学したいと思い、札幌の北海高校に進学したが、中々良い結果を残すことが出来なかった。
運上 雄基(うんじょう ゆうき、1996年11月8日 - )… 運上 雄基(うんじょう ゆうき、1996年11月8日 - )は、長野県長野市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに所属。普段は日本管財株式会社で働いている。愛称は"ゆうき"、"じょーさん"。 慶應義塾大学を卒業後、東京都社会人Sリーグの伊藤忠商事アイスホッケー部を経て、2023年1月2日にアジアリーグアイスホッケーの横浜GRITSに入団した。 2022-2023シーズンオフの2023年6月15日にGRITSと契約を継続した。 2023-2024シーズンオフの2024年5月29日にGRITSと契約を継続した。 6歳の時に父親の影響でアイスホッケーを始める。
伊藤 崇之(いとう たかゆき、1996年4月14日 - )は… 伊藤 崇之(いとう たかゆき、1996年4月14日 - )は、長野県長野市出身のプロアイスホッケー選手。アジアリーグアイスホッケーの東北フリーブレイズに所属。 弟の伊藤俊之はH.C.栃木日光アイスバックスのプロアイスホッケー選手。 両親の影響で3歳からアイスホッケーを始め、長野市や北佐久郡軽井沢町の軽井沢グリフィンズに所属。高校は水戸啓明高校に進学し、大学は法政大学へ進学。 法政大学在学中は軽井沢で実施された軽井沢GKクリニックではWorldHockeyLabの若林弘紀が主催するGKクリニックへの参加、チェコで行われたフランソワ・アレール(英語版)のGKクリニックへも積極的に参加している。 横浜GRITSの古川駿、磯部裕次郎とはGK豊作の同年代でもあり、互いに切磋琢磨しながら戦った良きライバルである。
酒井 大輔 (さかい だいすけ、1987年2月27日 - )… 酒井 大輔 (さかい だいすけ、1987年2月27日 - ) は、長野県長野市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはゴールキーパー。 上野拓紀と共に長野県初のアジアリーグアイスホッケーの選手となった。 小学生時代に長野イーグルス(現長野ウイングス)でアイスホッケーを始める。地元の長野市立犀稜中学校では後にHigh1~日光アイスバックス~現日本製紙クレインズの上野拓紀と同期。長野県長野工業高等学校を経て大学アイスホッケーの名門東洋大学に進学した。1年次から東洋のGKを守り大学2年次のインカレではベストGKに選出、U20日本代表、ユニバーシアード、シニアの日本代表に選出されるなと頭角を現していった。
上野 拓紀 (うえの ひろき、1986年4月8日 -) は、… 上野 拓紀 (うえの ひろき、1986年4月8日 -) は、日本のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 酒井大輔と共に長野県出身者として初のアジアリーグプレーヤーである。 長野県長野市出身。長野ウイングス~長野市立犀陵中学~釧路緑ヶ丘高校(武修館高校)を経て早稲田大学進学後の2005-06シーズンにアイスホッケー日本代表に初選出される。 2009年に大学卒業した後はアジアリーグアイスホッケーのSEIBUプリンスラビッツへの入団が内定していたが、同チームは2008-09シーズン限りで解散してしまったため、アジアリーグの韓国所在チーム、High1に加入した。 2シーズン目のアジアリーグ2010-11シーズンはレギュラーリーグ得点ランキングでリーグ3位の23得点をマーク。
上原 大祐(うえはら だいすけ、1981年12月27日 - … 上原 大祐(うえはら だいすけ、1981年12月27日 - )は、日本の元パラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)選手。長野県北佐久郡軽井沢町出身。長野大学社会福祉学部を卒業。現在は特定非営利活動法人 D-SHiPS32の代表として活動中。 生まれつき二分脊椎症という障害を抱えながらも、小・中・高と普通学級で過ごす。 19歳の時にアイススレッジホッケーに出会い、トリノパラリンピック、バンクーバーパラリンピックに出場。2010年バンクーバーでは銀メダルを獲得した。 2014年6月9日に自身のブログにて、アイススレッジ競技から引退することを宣言。2017年に現役復帰し、日本代表選手として、平昌2018冬季パラリンピック出場。
熊谷 昌治(くまがい まさはる 1975年2月6日 - )は… 熊谷 昌治(くまがい まさはる 1975年2月6日 - )は、日本のパラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)選手。日本代表メンバー。長野県飯田市出身。長野サンダーバーズ所属。 身長170cm,体重73kg,血液型B型。長野県下伊那農業高等学校を卒業。 幼少期よりあらゆるスポーツに取り組み活躍する。2009年夏、通勤途中に自動車との接触事故に巻き込まれ、右足下腿切断という不慮の事故に遭う。 長野県岡谷市のやまびこスケートの森を拠点とし活動する長野サンダーバーズに所属。ポジションFW。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
馬島 誠(まじま まこと、1971年8月24日 - )は、… 馬島 誠(まじま まこと、1971年8月24日 - )は、日本のパラアイスホッケー選手、パラ・パワーリフティング選手。2010年バンクーバーパラリンピックアイススレッジホッケー銀メダリスト。長野県生まれ。 上伊那郡辰野町出身。辰野西小学校、辰野中学校、長野県伊那北高等学校、1997年に駒澤大学法学部卒業。 幼少から剣道や杖道など武道に励む。大学3年生のときアルバイト先での測量作業中、6万6000ボルトの特別高圧の送電線に接触する事故に遭い、下半身に障がいを負い、車いす生活となる。一命は取り留めたものの2~3週間意識が戻らず、3回の植皮手術とリハビリで丸1年入院した。 大学卒業後、長野県内の企業セイコーエプソンに就職。