出口 ケリー(でぐち ケリー、ケリー・デグチ〈英語: Kel… 出口 ケリー(でぐち ケリー、ケリー・デグチ〈英語: Kelly Deguchi〉, 1999年2月13日 - )は、日本出身のカナダの元柔道家。 長野県塩尻市出身。父はカナダ人の写真家、母は日本人であり、姉はカナダ国籍の柔道家たる出口クリスタである。 姉の後を追う形で塩尻の長野誠心館道場で柔道を始め、姉同様に松商学園高等学校、山梨学院大学と進んだ。 松商学園高等学校時代は女子63kg級の選手であり、高校3年時の2016年「全国高等学校柔道大会」(鳥取県)の個人女子63kg級で出場しているが、一回戦敗退の記録が残っている。 姉がカナダ国籍を選択したことに続き、自身もカナダ国籍を選択。 2021年に大学を卒業し、姉の所属先でもある日本生命保険に入社。
出口 クリスタ(でぐち クリスタ、1995年10月29日)は… 出口 クリスタ(でぐち クリスタ、1995年10月29日)は、日本の長野県塩尻市出身のカナダの女子柔道家。組み手は右組み。得意技は大外刈。2016年までは全日本の強化指定選手だった。2024年パリオリンピック57kg級金メダリスト。 妹は同じくカナダ代表柔道家の出口ケリー。 父親が空手を薦めるも母親は柔道を推したこともあって、3歳の時に祖母の理容室の常連だった師範のいる誠心館道場で柔道を始めた。道場の練習は厳しかったものの、体を動かすのが好きだったので最初は楽しく思えた。しかし小学校高学年の頃は、祖父の家で一緒に『水戸黄門』(TBS)を見て夕食を済ませた後に道場へ通う日々が憂鬱に思えたという。なお、両親は普段英語で会話しており、家の中ではカナダのようだったという。
津金 恵(つがね めぐみ、1995年10月18日 - )は長… 津金 恵(つがね めぐみ、1995年10月18日 - )は長野県塩尻市出身の日本人の女子柔道選手である。階級は63kg級。身長160cm。バスト99cm。リーチ162cm。握力は右36kg、左36kg。血液型はA型。組み手は右組み。段位は参段。得意技は内股。尊敬する柔道家は谷本歩実。現在はパーク24所属。2020年7月に警視庁所属の柔道選手と結婚して堀川姓となった。 松本第一高校の柔道部監督を務めている父親の影響を受けて、柔道は5歳の時に兄と姉に続いて一誠館で始めた。練習は週2日ほどでそれほどきつくなかったという。小学生の時は身長が160cm近くで体重が70kgほどあったことも手伝って、軽量級の出口クリスタを軽く一蹴するなど、長野県内では無敵だった。
坂口 仁美(さかぐち ひとみ、1994年1月8日 - )は、… 坂口 仁美(さかぐち ひとみ、1994年1月8日 - )は、長野県東御市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は44kg級。身長145cm。血液型O型。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は背負投、寝技。
百瀬 優(ももせ まさる、1989年10月17日 - )は、… 百瀬 優(ももせ まさる、1989年10月17日 - )は、長野県塩尻市出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長186 cm、体重120 kg。得意技は体落。現在は旭化成所属。 柔道は3歳の時に誠心館道場で始めた。小学校6年の時には全国少年柔道大会の団体戦で3位になった。丘中学3年の時に全国中学校柔道大会90kg超級で2位となった。その後、国士舘高校に進学すると、2年の時に金鷲旗で優勝を果たしたが、インターハイ団体戦では3位だった。さらに翌年の全国高校選手権団体戦では2位だった。3年の時にはインターハイ100kg超級の準決勝で崇徳高校の上川大樹に上四方固で敗れて3位だったが、団体戦では優勝を飾った。
山岸 絵美(やまぎし・えみ 1986年8月22日 - )は、… 山岸 絵美(やまぎし・えみ 1986年8月22日 - )は、日本の女性柔道選手。階級は48kg級。身長152cm、体重48kg。長野県塩尻市出身。得意技は内股、巴投げ、寝技。組み手は左組み。段位は六段。血液型はB型。趣味は絵を描くこと。のちに三井住友海上女子柔道部の特別コーチに就く。会社では広報部に所属。損害保険の普通資格と、アロマセラピストの資格を持つ。 柔道は7歳の時に父親の影響で弟に続いて誠心館道場で始めた。小中学校時代は毎日のように父や弟と一緒に、腕立て伏せや腹筋などの基礎トレーニングを積んだり、5-6kmの道のりを1時間ほど早朝ランニングしていた。小学生の時は後に会社の同僚となるライバルの清水千晶にいつも負けていたが、6年生の時にようやく勝利して県のチャンピオンとなった。
徳久 瞳(とくひさ ひとみ、1982年6月15日 - )は、… 徳久 瞳(とくひさ ひとみ、1982年6月15日 - )は、長野県下諏訪町出身の日本の女子柔道選手。階級は63kg級。身長163cm。血液型はA型。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時に松島柔道場で始めた。下諏訪中学校1年の時には早くも全国中学校柔道大会52kg級で2位となった。2年の時は3位だったが、3年になると階級を56kg級に上げて優勝を果たした。松本松南高等学校時代は全国高等学校柔道選手権大会の63kg級で2年連続3位となった。卒業後2001年から三井住友海上の所属となった。2004年の福岡国際では優勝を飾った。その後2006年には階級を57kg級に下げると、2007年の全日本選抜柔道体重別選手権大会で優勝を飾った。
江崎 史子(えさき ふみこ、1971年9月27日 - )は、… 江崎 史子(えさき ふみこ、1971年9月27日 - )は、長野県松本市出身の日本の女子柔道選手。身長155cm。現役時代は48kg級の選手だった。 小学校4年の時に父親の影響を受けて、近所の松島道場で柔道を始めた。同期には泉香澄がいた。信州大学教育学部附属松本中学校中学2年の時全日本女子柔道体重別選手権大会52kg級決勝で山口香に敗れるが2位となった。翌年には階級を1つ下げて48kg級に出場して優勝を成し遂げ、世界選手権では決勝でイギリスのカレン・ブリッグスに敗れたものの、中学3年生ながら2位となった。八千代松陰高等学校進学後の世界選手権では決勝で中国の李忠雲に敗れて再び2位に終わった。1988年のオリンピック(公開競技)でも李に有効で敗れて2位にとどまった。
矢崎 利加(やざき りか、1969年6月7日 - )は、長野… 矢崎 利加(やざき りか、1969年6月7日 - )は、長野県茅野市出身の日本の柔道家。現役時代は72kg級の選手。 柔道は小学校3年の時に父と兄の影響で始めた。中学の時はバレーボールにも取り組んでいた。東海大第三高校へ入学すると、団体競技は向いていないと判断して柔道に専念することになった。3年の時には 強化選手選考会の決勝で国際武道大学2年の佐藤昭子を破って優勝を飾った。 1988年には国際武道大学へ進学すると、1年の時には強化選手選考会の決勝で大学の2年先輩となる佐藤に敗れて2位だった。正力杯には61kg超級に出場して3位となると、体重別でも3位だった。2年の時には体重別で3位、正力杯61kg超級では決勝で筑波大学2年の鈴木香に敗れて2位、無差別で争われる全日本学生選手権では3位となった。
柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月23日 - )は… 柳澤 久(やなぎさわ ひさし、1947年7月23日 - )は、日本の柔道家。長野県篠ノ井町(現・長野市篠ノ井)生まれ。 永年に渡り女子柔道の指導者として活躍し、実力も知名度も無かった日本の女子柔道界の道を1980年代以降に切り拓いたパイオニアとして知られている。三井住友海上火災保険女子柔道部を立ち上げ、監督としてアトランタオリンピックで恵本裕子を女子柔道初の金メダリストにした功績は大きい。 段位は講道館8段で、同評議員も務めている。 長野県屋代高校時代に本格的に柔道を始めて、3年生の時に軽量級の県王者となった。上京して東京教育大学体育学部武道学科に進学し、得意技の背負投を武器に同大では3年生から団体戦のレギュラーにもなって全日本学生優勝大会等の主要大会に出場したほか、個人戦では3年生で東京学生選手権70kg級で3位、主将となった4年次には準優勝を果たしている。
清水 正一(しみず しょういち、1912年8月1日 - 19… 清水 正一(しみず しょういち、1912年8月1日 - 1989年7月25日)は、日本の柔道家。 長野県東筑摩郡島立村(現松本市)生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)を経て、日本体育会体操学校卒業。昭和9年(1934年)母校の体操学校に奉職し、同18年(1943年)教授に就任。同13年(1938年)から慶應義塾大学柔道部師範を兼務。同20年(1945年)から同25年(1950年)まで帰農していたが、同26年(1951年)東京大学講師、慶應義塾大学柔道部師範に復職。同43年(1968年)日本体育大学武道科特任教授、同48年(1973年)学長に就任し、また、柔道整復師養成施設設立を理事会に提案し、日体柔整専門学校初代校長に就任した。