前畑 幸子(まえはた さちこ、1937年8月16日 - )は… 前畑 幸子(まえはた さちこ、1937年8月16日 - )は、日本の政治家、元参議院議員(1期)。 愛知県名古屋市出身。南山大学文学部卒。1979年中京大学大学院修了。同年税理士事務所を開く。1986年の第14回参議院議員通常選挙で愛知県選挙区から日本社会党公認で立候補したが次点で落選。1989年の第15回参議院議員通常選挙で愛知県選挙区から社会党公認で立候補して当選。1995年に社会党を離党し、同年の第17回参議院議員通常選挙で無所属・社会党推薦で立候補したが落選した。1998年の第18回参議院議員通常選挙にて民主党から比例区で出馬するも落選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
加古 宜士(かこ よしひと、1937年6月30日 - 200… 加古 宜士(かこ よしひと、1937年6月30日 - 2006年12月6日)は、日本の会計学者。専門は財務会計論。商学博士。早稲田大学名誉教授。 愛知県西尾市出身。1956年、愛知県立西尾高等学校卒業。1960年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。1966年、早稲田大学大学院商学研究科博士課程満期退学。1982年「物価変動会計論の研究」で商学博士。1966年流通経済大学助手、講師、助教授、教授。1989年筑波大学教授。1997年早稲田大学商学部教授。 早稲田大学大学院会計研究科長、大蔵省企業会計審議会委員、金融庁公認会計士審査会委員、公認会計士第二次試験委員、税理士試験委員、不動産鑑定士第二次試験委員、文部科学省会計分野の専門職大学院に関する検討会主査などを歴任。
内海 隆一郎(うつみ りゅういちろう、1937年6月29日 … 内海 隆一郎(うつみ りゅういちろう、1937年6月29日 - 2015年11月19日)は、日本の小説家である。「ハートウォーミング」と呼ばれる独自のスタイルによって市井の人々を描くことを得意とし、芥川賞に1回、直木賞に4回候補作となった。『蟹の町』(1970年)などで注目されるも長く断筆し編集者を続ける。『人びとの忘れもの』(1985年)が好評を得、執筆に専念。 愛知県名古屋市生まれ、岩手県一関市出身。岩手県立一関第一高等学校を経て、立教大学社会学部卒業。 3歳のとき、父親が一関の亜炭鉱山の経営者に着任、一家とともに移住した内海は、20歳までを同地で過ごした。内海は一関中学校から一関第一高等学校に進学、高校時代は柔道に熱中した。
宮田 和明(みやた かずあき、1937年6月5日 - 201… 宮田 和明(みやた かずあき、1937年6月5日 - 2010年2月5日)は、日本の社会福祉学者。第5代日本福祉大学学長。 愛知県豊橋市出身。豊橋市立福岡小学校、豊橋市立南部中学校、愛知県立時習館高等学校を経て、1961年名古屋大学経済学部卒。1963年同大学院経済学研究科修士課程修了、1966年同博士課程単位取得満期退学。1998年「現代日本社会福祉政策論」で東洋大学より博士(社会福祉学)の学位を取得。名大経済学部助手、1969年日本福祉大学講師、1976年助教授、1983年教授、1991年社会福祉学部長、1993年副学長、2003-09年学長。名誉教授。
岡部 弘(おかべ ひろむ、1937年5月19日 - )は、株… 岡部 弘(おかべ ひろむ、1937年5月19日 - )は、株式会社デンソー元代表取締役社長。 愛知県刈谷市出身。1960年名古屋大学経済学部卒業。同年、日本電装(現デンソー)入社。総合企画室長等を経て代表取締役社長(1996年-2003年)、代表取締役会長(2004年-2007年)等を歴任。2005年より第13代愛知県経営者協会会長。
髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年5月9日 - 2023… 髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年5月9日 - 2023年2月7日)は、日本の弁護士。弁護士法人髙井・岡芹法律事務所の創業者、元代表社員。経営法曹会議幹事。社団法人日中協会理事。愛知県名古屋市出身。東京大学法学部卒業。専門分野は企業からの人事・労務問題、会社役員関係等々、使用者側に立つ労働法・労働問題。 この他、財団法人カシオ科学振興財団監事、財団法人労働科学研究所評議員、財団法人日本盲導犬協会理事長等々を歴任。
小幡 鋹伸(おばた としのぶ、1937年5月 - )は、日本… 小幡 鋹伸(おばた としのぶ、1937年5月 - )は、日本の実業家。名古屋東部陸運代表取締役社長や、豊田スタジアム代表取締役社長、愛知県トラック協会会長、全日本トラック協会副会長などを歴任した。 愛知県豊田市出身。1956年愛知県立岡崎高等学校卒業。1962年明治大学商学部卒業。1966年オバタ産業代表取締役社長。1971年名古屋東部陸運代表取締役社長。1974年メイダイ代表取締役。1992年豊田市体育協会長。2000年名古屋東部陸運代表取締役会長、豊田スタジアム代表取締役社長。2002年豊田商工会議所副会頭。2011年全日本トラック協会副会長、愛知県トラック協会会長。 2018年に旭日中綬章を受章し、名古屋東急ホテルで祝賀会を開催。
梅村 清弘(うめむら きよひろ、1937年4月25日 - 2… 梅村 清弘(うめむら きよひろ、1937年4月25日 - 2020年11月26日)は、日本の体育社会学者、学校法人梅村学園名誉総長。 名古屋市生まれ。父は中京大学学長・梅村淸明。中京大学商学部卒業、慶応義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了、1964年日本大学大学院文学研究科博士課程満期退学。中京商業高校(現・中京大学附属中京高等学校)校長、理事長代理、中京大学体育学部教授、同学部長。1980年中京大学学長、1988年理事長、1990年総長を兼務。2010年名誉総長。2009年、旭日重光章受章。2020年11月26日死去。叙正四位。
岸 義人(きし よしと、1937年4月13日 - 2023年… 岸 義人(きし よしと、1937年4月13日 - 2023年1月9日)は、日本とアメリカ合衆国で活動した有機合成化学者。専門は天然物化学。ハーバード大学名誉教授。天然物化学における驚異的な功績により2010年から名古屋大学特別教授。米国エーザイの副社長も務めた。 愛知県名古屋市出身で、戦時中に岐阜県美濃加茂市に疎開。岐阜県立加茂高等学校を経て、1961年に名古屋大学理学部を卒業したのち、名古屋大学農学部助教授などを経て、1974年にハーバード大学教授として招聘された。2009年現在ハーバード大学名誉教授。 1966年 理学博士「ウミホタルルシフェリンの構造とその全合成」。 海洋産天然物の研究を行い、パリトキシン、マイトマイシン、テトロドトキシン、ハリコンドリンBなどの全合成を達成した。
山田 卓生(やまだ たかお、1937年4月12日 - 201… 山田 卓生(やまだ たかお、1937年4月12日 - 2013年10月25日)は、日本の法学者。専門は民法・法社会学。横浜国立大学名誉教授。弁護士。来栖三郎門下。 愛知県名古屋市出身。1956年愛知県立瑞陵高等学校卒業。1960年東京大学法学部卒業。1962年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。1973年ハーバード・ロー・スクール修了(LLM)。1962年東京大学社会科学研究所助手、1967年中央大学法学部専任講師、1968年同助教授、1974年同教授、1980年横浜国立大学経済学部教授、1994年同留学生センター長、1998年日本大学法学部教授、2004年日本大学大学院法務研究科教授、2008年同退職、あさひ法律事務所顧問を歴任。
黒川 雅之(くろかわ まさゆき、1937年4月4日 - )は… 黒川 雅之(くろかわ まさゆき、1937年4月4日 - )は、愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー(金沢美術工芸大学博士)。日本建築学会会員。日本建築家協会会員。株式会社黒川雅之建築設計事務所主宰。株式会社デザイントープ主宰。
高柳 先男(たかやなぎ さきお、1937年4月3日 - 19… 高柳 先男(たかやなぎ さきお、1937年4月3日 - 1999年7月16日)は、日本の政治学者。専門は国際政治学。元中央大学法学部教授。平和学研究で知られ、日本平和学会会長を務めた。 愛知県生まれ。1956年愛知県立時習館高等学校卒業。1960年中央大学法学部政治学科卒業、1963年同大学院法学研究科修士課程修了。1966年同大学院法学研究科博士課程中退(指導教授:小松春雄)。中央大学法学部助手、1969年同法学部助教授、1976年同法学部教授。1979年同大学院法学研究科教授。1981年エクス=マルセイユ大学客員教授。1985年社会科学高等研究院客員教授。1987年フランス国立科学研究センター客員教授。
佐藤 和彦(さとう かずひこ、1937年3月17日 - 20… 佐藤 和彦(さとう かずひこ、1937年3月17日 - 2006年5月13日)は、日本史学者。東京学芸大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。東海高等学校を経て、1959年早稲田大学第一文学部卒業。1965年同大学院文学研究科博士課程単位修得退学。68年東京大学史料編纂所入所、69年助手、75年東京学芸大学教育学部助教授、教授、2000年定年退官。帝京大学文学部教授。在職中の2006年5月13日、和歌山県立図書館で開かれた小山靖憲追悼シンポジウムに参加した際、討論時間に質問した直後に倒れ、病院に運ばれたが間もなく急性心不全のため死去した。 1981年「南北朝内乱史論」により、早稲田大学から文学博士の学位を授与される。
神野 眸(じんの ひとみ、1937年3月8日 - )は、日本… 神野 眸(じんの ひとみ、1937年3月8日 - )は、日本の女子競泳選手。現姓:岩井。 愛知県名古屋市出身。少女時代は病弱だった為に医師から水泳を勧められて小学校時代から始める。名古屋市立桜山中学校から愛知淑徳高校に進学する。高校時代に自由形の選手としてインターハイ優勝、日本選手権などを経験し、当時競泳の名門であった奈良県の天理大学へと入学した。入学初年度に1956年メルボルンオリンピックに出場している。 その後大学は中退し、愛知淑徳高校の体育科講師に赴任して1958年の東京アジア競技大会に出場、女子100m自由形で3位となり銅メダルを獲得。また1960年ローマオリンピックに出場した。 ローマオリンピックを最後に現役を引退、引退後暫くは愛知淑徳高校の教員をしていたが、結婚を機に退職。
千輪 博(ちわ ひろし、1937年2月27日 - 2002年… 千輪 博(ちわ ひろし、1937年2月27日 - 2002年5月15日)は、日本の経営者。愛知県名古屋市出身。 1959年に慶應義塾大学法学部を卒業し、同年にトヨタ自動車に入社。1988年に取締役に就任し、1996年に専務に就任した。1997年に豊田通商に移り、副社長に就任し、1999年には社長に昇格した。2001年に副会長に就任した。 2002年5月15日肝不全のために死去。65歳没。
柴田 昌治(しばた まさはる、1937年2月21日 - )は… 柴田 昌治(しばた まさはる、1937年2月21日 - )は、日本ガイシ元代表取締役会長。グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ協議会会長。元日本経済団体連合会副会長。一般財団法人日本ガイシ留学生基金評議会議長。 愛知県名古屋市出身。1959年名古屋大学法学部卒業。囲碁は、アマチュア最高位の八段位を日本棋院から授与されている(名古屋大学囲碁部のレギュラー部員であり、大学卒業時にアマチュア三段の免状を授与された)。 通算12年の二度の米国勤務等を経て、1994年に小原敏人の後任として、日本ガイシ社長に就任。初の地元名古屋大学出身の日本ガイシの社長。2002年、トヨタ自動車会長の奥田碩から、社長を退任し日本経団連副会長に就任しないかと打診される。
加藤 幸次(かとう ゆきつぐ、1937年2月19日- )は、… 加藤 幸次(かとう ゆきつぐ、1937年2月19日- )は、日本の教育学者、上智大学名誉教授。 愛知県生まれ。愛知県立半田高等学校を経て、愛知学芸大学教育学部卒、名古屋大学大学院修士課程修了、ウィスコンシン大学大学院修士課程修了。国立教育研究所に入り、研究室長をへて上智大学教授、2004年定年退職、同名誉教授。同年名古屋女子大学教授。2007年退職。日本個性化教育学会会長、グローバル教育学会顧問、アメリカ教育学会会長、社会科教育研究センター会長。
山下 和正(やました かずまさ、1937年2月10日 - )… 山下 和正(やました かずまさ、1937年2月10日 - )は、日本の建築家。工業デザインも手がけている。また、古地図のコレクターであり、岐阜県図書館には山下和正コレクションがある。
張 富士夫(ちょう ふじお、1937年〈昭和12年〉2月2日… 張 富士夫(ちょう ふじお、1937年〈昭和12年〉2月2日 - )は、日本の実業家、元トヨタ自動車代表取締役社長、同社元名誉会長。 株式会社デンソー社外監査役、株式会社豊田自動織機社外取締役、東和不動産株式会社監査役、東海旅客鉄道株式会社社外取締役、公益財団法人日印協会理事・副会長、一般財団法人日中経済協会代表理事・会長、一般財団法人全日本剣道連盟会長。勲等は旭日大綬章。 トヨタ自動車代表取締役副会長、同社代表取締役会長(第4代、工販分離前から数えると第8代)を務めたほか、社団法人日本経団連副会長、社団法人日本自動車工業会会長、財団法人道路システム高度化推進機構理事長、財団法人高速道路調査会副会長、財団法人財務会計基準機構理事、財団法人駐車場整備推進機構会長、内閣の教育再生会議委員、国土開発幹線自動車道建設会議委員、ソニーの社外取締役を務めた。
松原 武久(まつばら たけひさ、1937年(昭和12年)1月… 松原 武久(まつばら たけひさ、1937年(昭和12年)1月26日 - )は、日本の政治家、教諭。元名古屋市長(3期)。学校法人梅村学園理事、中京大学総合政策学部客員教授、東海学園大学学長などを務める。 愛知県東春日井郡旭村(現・尾張旭市)生まれ。東海中学校・高等学校卒業。1960年3月、愛知学芸大学学芸学部(現・愛知教育大学)卒業。同年4月、名古屋市立守山東中学校に国語教師として赴任。1984年4月、名古屋市立大森中学校校長に就任。1995年4月、名古屋市教育長に就任。 1997年4月、名古屋市長に初当選。就任直後に、藤前干潟の埋め立て問題に直面して以来、ごみ減量や環境対策に取り組んだ。 教育関係、特に歴史的文化関係の事業に力を注ぎ、徳川園の整備や名古屋城本丸御殿プロジェクトにも力を尽くした。
伊藤 則旦(いとう のりただ、1937年1月15日 - )は… 伊藤 則旦(いとう のりただ、1937年1月15日 - )は、日本の元プロ野球選手(投手)。 愛知県立津島高等学校から1955年に毎日オリオンズに入団。入団した1955年から1958年までの4年間在籍した。
本田 忠彦(ほんだ ただひこ、1937年(昭和12年)1月1… 本田 忠彦(ほんだ ただひこ、1937年(昭和12年)1月15日 - )は、日本の政治家、実業家。元愛知県西尾市長(4期)、元西尾市議会議員(3期)。 愛知県西尾町(現・西尾市上町)生まれ。生家は大正初期創業の春香園製茶工場。父親の本田明治は春香園の経営のかたわら、愛知県議会議員を3期(1951年~1963年)務めた。 1955年(昭和30年)に愛知県立西尾実業高等学校(現・愛知県立鶴城丘高等学校)を卒業したのち、京都府宇治市で修業を積む。 抹茶は飲むだけでなく食用の時代が来ると感じた本田は3代目を継ぐと、製造主体体制から卸販売への転換を図る。1966年(昭和41年)3月に葵製茶有限会社を設立。
磯貝 治良(いそがい じろう、1937年 - )は、日本の朝… 磯貝 治良(いそがい じろう、1937年 - )は、日本の朝鮮韓国に関わる作家、評論家、活動家。「在日朝鮮人作家を読む会」の主宰。金城学院大学非常勤講師。NPO法人「三千里鐵道」副理事長。 1937年、愛知県半田市生まれ。愛知大学法経学部経済学科卒業。1977年から名古屋で「在日朝鮮人作家を読む会」を主宰し、会の文芸誌『架橋』を発行。 大学講師、警備員などの仕事をしながら、新日本文学会、マダン劇グループ、外国人登録法反対運動、在日韓国人に対する参政権付与運動、NPO法人「三千里鐵道」など、主に朝鮮韓国に関わる様々な活動に参加している。 2006年には、全18巻に及ぶ『〈在日〉文学全集』(勉誠出版)を黒古一夫とともに編集した。
森 和朗 (もり かずろう、1937年-2019年)は、元N… 森 和朗 (もり かずろう、1937年-2019年)は、元NHKチーフ・ディレクターで、文筆家。日本大学芸術学部文芸学科講師。 1937年、愛知県名古屋市生まれ。1960年名古屋大学経済学部卒業。日本放送協会で「NC9(ニュースセンター9時)」、「ニュース展望」、「NHKジャーナル」など報道番組の制作を担当。国際局チーフ・ディレクターを経て、日本大学芸術学部文芸学科講師。
髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年 - )は、日本の弁護… 髙井 伸夫(たかい のぶお、1937年 - )は、日本の弁護士。髙井・岡芹法律事務所会長。経営法曹会議幹事。社団法人日中協会理事。愛知県名古屋市出身。東京大学法学部卒業。 専門分野は企業からの人事・労務問題、会社役員関係等々、使用者側に立つ労働法・労働問題。
宮地 健一(みやじ けんいち、1937年 - )は、日本の社… 宮地 健一(みやじ けんいち、1937年 - )は、日本の社会運動研究家である。 名古屋市生まれ。1959年名古屋大学経済学部卒業後、愛知県の損害保険会社に就職する。そこで労働組合幹部を経験、1960年に日本共産党に入党。民青地区委員長を経て名古屋の共産党専従(有給の常勤職員)を15年務める。日本共産党愛知県名古屋中北地区常任委員・県選対部員だった。 1975年の統一地方選挙の総括をめぐって5月に交わされた他の専従との雑談が規律違反とされたことをきっかけに、同年12月査問が開始され、1969年以降の正規の諸会議において10数回にわたり『赤旗』の一面的拡大追求路線について党中央を誤りとして批判したことにたいするペナルティとして、1976年8月5日専従を解任された。
吉岡 基次(よしおか もとつぐ、1936年12月27日 - … 吉岡 基次(よしおか もとつぐ、1936年12月27日 - 2015年3月22日)は、日本の実業家。第5代松坂屋代表取締役社長。 愛知県名古屋市出身。1959年名古屋大学法学部卒業、松坂屋入社。1989年名古屋駅店長。1991年取締役。1993年常務取締役名古屋店長。1995年専務取締役名古屋店長。1997年から代表取締役社長を務め、総会屋事件を受けて体制整備を行った。1998年名古屋中法人会会長。2015年病没。享年78。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
杉浦 正行(すぎうら まさゆき、1936年(昭和11年)11… 杉浦 正行(すぎうら まさゆき、1936年(昭和11年)11月24日 - )は、日本の政治家。愛知県安城市長(3期)、愛知県議会議員(4期)、安城市議会議員(2期)、桜井町議会議員(1期)などを歴任した。 愛知県碧海郡桜井町(現・安城市寺領町)生まれ。愛知県立安城農林高等学校卒業。家業の農業を継ぐも、2年目に地元の桜井農協に勤務。青年部に所属したことから大きな転機を迎える。杉浦のいた青年部は桜井町議会議員の擁立を目論むが、候補予定者に次々と断られる。そこで白羽の矢が立ったのが杉浦だった。1963年(昭和38年)、桜井町議選に初当選。 1967年(昭和42年)4月1日、桜井町は安城市に編入される。
各務 三郎(かがみ さぶろう、1936年10月20日 - 2… 各務 三郎(かがみ さぶろう、1936年10月20日 - 2025年8月27日)は、日本の海外ミステリ編集者、翻訳家、評論家、アンソロジスト。 本名は太田博(おおた ひろし)。日本推理作家協会会員。 愛知県岡崎市出身。愛知県立岡崎高等学校卒業。早稲田大学商学部在学中は歌人として知られた。歌人としての名義は太田比呂史であり、結社「未来」に参加していた。 同大学卒業後、早川書房に入社し、『ミステリマガジン』の編集に携わる。常盤新平の後を受け、1969年8月号から編集長になり、1973年6月号まで務める。その後フリーとなり、海外ミステリの翻訳(ジュニア向け多数)、評論執筆、アンソロジー編纂に携わる。 1995年に編著『チャンドラー人物事典』で、第48回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞した。
柳川 福三(やながわ ふくぞう、1936年10月17日 - … 柳川 福三(やながわ ふくぞう、1936年10月17日 - 1994年6月14日)は愛知県出身の元プロ野球選手。
杉浦 昌弘(すぎうら まさひろ、1936年9月25日 - )… 杉浦 昌弘(すぎうら まさひろ、1936年9月25日 - )は、日本の植物分子生物学者・植物分子遺伝学者。学位は、理学博士(名古屋大学・論文博士・1967年)(学位論文「無細胞系におけるバクテリオファージφ×174の遺伝情報の発現」)。名古屋大学特別教授。名古屋大学名誉教授、名古屋市立大学名誉教授。 愛知県岡崎市出身。小学校から高校卒業まで幸田町で過ごした。双子葉植物であるタバコを用いて、1986年に植物葉緑体ゲノムの全塩基配列を世界で初めて決定した業績で世界で広く知られる。その後、単子葉植物のイネ葉緑体ゲノム、裸子植物のクロマツ葉緑体ゲノム、藻類のクロレラ葉緑体ゲノムの全塩基配列を決定。また、試験管内(in vitro)で活性のある葉緑体DNAの転写・翻訳系を開発した事でも知られる。
河井 学(かわい まなぶ、1936年8月21日 - )は、愛… 河井 学(かわい まなぶ、1936年8月21日 - )は、愛知県岡崎市出身の元プロ野球選手。 1955年、愛知県立岡崎高等学校卒業。同年、毎日オリオンズへ入団。1957年に退団。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
大川 恵子(おおかわ けいこ、1936年7月26日 - )は… 大川 恵子(おおかわ けいこ、1936年7月26日 - )は、日本の元女優。愛知県名古屋市出身。本名は加古 啓子(かこ ひろこ)。愛知県立刈谷高等学校卒業。 1955年に名鉄デパートに入社するが、月刊誌『平凡』主催「ミス平凡」に選ばれ、1956年に東映ニューフェイスの第3期生となる。同期には里見浩太朗・桜町弘子・大村文武らがいた。芸名は当時の東映社長の大川博が命名したものである。黄金期の東映時代劇でお姫様女優として活躍。『姫君一刀流』は唯一の主演作である。1962年、時代劇ブームの去る前にサラリーマンと結婚、引退し映画界を去る。以降、マスコミに出ることはない。 1959年(昭和34年)3月2日から6日まで開催された「ベルリン日本映画芸術の日」と3月6日から11日まで開催された「ミュンヘン日本映画見本市」に出席のため同3月1日、芦川いづみ(日活)、大空眞弓(新東宝)、小山明子(松竹)、司葉子(東宝)、若尾文子(大映)ら他の映画会社代表女優たちと共に東映代表女優としてドイツへ出発。
荒川 修作(あらかわ しゅうさく、1936年〈昭和11年〉7… 荒川 修作(あらかわ しゅうさく、1936年〈昭和11年〉7月6日 - 2010年〈平成22年〉5月19日)は、日本の美術家である。愛知県名古屋市出身。 1936年、名古屋市に生まれる。生家はうどん屋。愛知県立旭丘高等学校美術科卒業で元ロサンゼルス在住の現代石彫家、国島征二と同窓だった。武蔵野美術学校中退。1957年、読売アンデパンダン展に初出品し、1960年、ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズの結成に参加。1961年、渡米し、滝口修造の仲介でマルセル・デュシャンに会い以後ニューヨークを拠点に活動を続けた。渡米後、マドリン・ギンズと知り合い1962年頃から共同制作を始める。1970年、ヴェネツィア・ビエンナーレで代表作となる『意味のメカニズム』を発表。
野田 弘志(のだ ひろし、1936年 6月11日 - )は、… 野田 弘志(のだ ひろし、1936年 6月11日 - )は、日本の画家。近縁の画風で知られる中山忠彦、森本草介とは同世代で旧知の間柄。 野田は、凡そ10年単位でその個人様式を大きく転換させるという特徴的な変遷を見せる。しかしその核心は一貫しており、モチーフを細密に写真で記録し徹底した描写でカンバスに再現する粘り強いリアリズム表現が際立つ。1992年以降は低彩度の明るい色(ライトグレーや白)などを中心としており、安定している。 1970年代から1997年頃まで、藤田吉香にも似た、シンプルな大面積の背景を特徴として画面を構成してきた所があるが、近年では、大面積でシンプルな背景は影を潜めている。 1970年から絵画制作に専念し先ず制作された絵画は、黒い背景によって特徴づけられる絵画である。
梶田 達二(かじた たつじ、1936年〈昭和11年〉5月24… 梶田 達二(かじた たつじ、1936年〈昭和11年〉5月24日 - 2011年〈平成23年〉10月8日)は、日本の画家、イラストレーター。ボックスアートを得意とした。愛知県名古屋市港区出身。理科美術協会、ミロの会会員。 愛知県立惟信高等学校を卒業。家業の楽器製造会社を手伝う傍ら、挿絵画家の小松崎茂の作品を摸写。1959年(昭和34年)、集英社より単行本の挿絵でデビュー。同年、上京。 秋田書店「冒険王」9月号で雑誌デビュー。また、小学館、講談社、光文社、少年画報社、徳間書店、学習研究社などの少年誌、学年誌に表紙、口絵、挿絵を発表する。また、プラモデルの箱に航空機や艦船を描くボックスアートの世界で活躍。
川口 汎夫(かわぐち なみお、1936年5月19日 - )は… 川口 汎夫(かわぐち なみお、1936年5月19日 - )は、愛知県渥美郡出身の元プロ野球選手。 豊川高校から1956年に中日ドラゴンズへ入団。1957年には遊撃手として2試合に先発出場。その後は出場機会がなく1958年限りで退団。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
佐々木 元(ささき はじめ、1936年〈昭和11年〉4月6日… 佐々木 元(ささき はじめ、1936年〈昭和11年〉4月6日 - 2022年〈令和4年〉6月21日)は、日本の実業家。元NEC代表取締役会長。位階勲等は従四位旭日重光章。 1936年(昭和11年)4月6日に愛知県名古屋市で出生。父は佐々木直(第22代日本銀行総裁)で、父が日本銀行名古屋支店勤務の時に出生し、2歳まで名古屋で過ごした。祖父は佐々木藤太郎(朝鮮総督府官僚)。 東京都杉並区立第七小学校から、中高一貫校の成蹊中学校・高等学校へ進学し、卒業。 1959年に東京大学工学部電気工学科卒業後、東京大学大学院数物系研究科で修士課程修了。 1961年4月に日本電気に入社し、1999年に代表取締役会長となる。
平岩 嗣朗(ひらいわ つぐお、1936年3月25日 - )は… 平岩 嗣朗(ひらいわ つぐお、1936年3月25日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手。ポジションは捕手。1958年から1960年の登録名は平岩 次男。
岩間 一雄(いわま かずお、1936年3月16日 - )は、… 岩間 一雄(いわま かずお、1936年3月16日 - )は、日本の政治学者、岡山大学名誉教授。専攻は中国・東洋政治思想史。 愛知県名古屋市生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了。1967年「中国における封建的思惟の展開」で名大法学博士。名古屋大学法学部助手、1966年岡山大学法学部助手、同法文学部助教授、教授。2001年定年退官、名誉教授。1998年地方出版文化功労賞受賞。守本順一郎に師事した。門下生に伊藤恭彦等。
西田 篤弘(にしだ あつひろ、1936年3月15日 - 20… 西田 篤弘(にしだ あつひろ、1936年3月15日 - 2025年5月17日)は、日本の物理学者、宇宙科学研究所名誉教授。日本学士院会員。専門は宇宙空間物理学。 三重県出身。愛知県立明和高等学校卒業。東京大学卒業。1968年東京大学理学博士。「Plasma in the earth's upper atmosphere(地球上層大気のプラズマ)」。1981年に宇宙科学研究所教授となり、東大教授を併任。1996年宇宙科学研究所所長に就任。GEOTAIL衛星プロジェクトのリーダーを務めた。 プラズマポーズの成因を明らかにする理論を確立し、またプラズマ対流の発生機構を明らかにするなど、地球周辺空間の基本構造の解明に貢献した。
内藤 誠(ないとう まこと 1936年3月6日 - )は、日… 内藤 誠(ないとう まこと 1936年3月6日 - )は、日本の映画監督、脚本家、著述家。元中部大学人文学部教授。元日本大学芸術学部映画学科講師。 愛知県名古屋市出身。愛知県立刈谷高等学校を経て、1959年、早稲田大学政治経済学部新聞学科を卒業。唯一、受けた東映の入社試験に合格、東京撮影所に配属される。受験に当たっては師事する木村毅から紹介された雪代敬子に保証人を頼んだ。 佐伯清、成澤昌茂、マキノ雅弘、石井輝男らの助監督を経て1969年に監督に昇進し、主に当時の東映の主流である東映京都撮影所作品などの併映作品、俗に言う「B面映画」の職人監督として活躍した。山下耕作監督『釜ケ崎極道』のB面『ネオンくらげ』は「傑作青春ムービー」、深作欣二監督『仁義なき戦い 代理戦争』のB面『番格ロック』は「女性バードボイルド映画の傑作」と評される。
小林 仁(こばやし ひとし、1936年2月14日 - )は、… 小林 仁(こばやし ひとし、1936年2月14日 - )は、日本のピアニスト。ピエール・ブーレーズのピアノソナタ第一番の日本初演者として知られているが、現在はクラシック音楽のためのピアニストである。現在、東京藝術大学名誉教授。日本ショパン協会会長、日本ピアノ教育連盟会長、日本演奏家連盟常任理事、名古屋音楽大学客員教授、札幌大谷大学教授などを務める。
天野 鎮雄(あまの しずお、1936年(昭和11年)2月13… 天野 鎮雄(あまの しずお、1936年(昭和11年)2月13日 - 2023年(令和5年)11月5日)は、日本の俳優、タレント。劇団「劇座」代表。妻は、女優の山田昌。愛称は「アマチン」。 愛知県名古屋市港区出身。知多市新舞子在住。幼少期に福井県へ疎開し終戦を迎える。その後、兵庫県在住を経て、中学生の時に帰郷。名古屋市立菊里高等学校を経て、愛知学芸大学に入学。 大学時代にNHK名古屋放送劇団に入団。同大学学芸学部英語科卒業。文学座研究生、大島渚主宰の「創造社」、「山本安英の会」などを経て、1985年(昭和60年)に妻の山田昌と「劇座」を結成。あわせて付属俳優養成所の「名古屋劇塾」も設立した。 1968年(昭和43年)から3年間、東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』の初代パーソナリティを務め、森本レオらと共に人気を博した。
森 崇(もり しゅう、1936年 - 2024年)は、日本の… 森 崇(もり しゅう、1936年 - 2024年)は、日本の内科医。 名古屋市生まれ。1959年名古屋市立大学医学部卒業後、九州大学医学部心療内科医局に入局。1966年、福岡市の長尾病院が心療内科を開設するとのことで若者の診療の手がかりを得る。同時期、福岡家庭裁判所の医務官として勤務し、非行少年らの診療にあたる。その後、福岡教育大学体育科助教授、同保健管理センター教授を経て、北九州津屋崎病院副院長、青春期内科部長。2007年4月まで日本思春期学会副理事長、現在は名誉会員。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中山 俊丈(なかやま としたけ、1935年12月14日 - … 中山 俊丈(なかやま としたけ、1935年12月14日 - 2016年10月24日)は、愛知県名古屋市昭和区出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ・監督、解説者。
飛鳥 みさ子(あすか みさこ、1935年12月13日 - 1… 飛鳥 みさ子(あすか みさこ、1935年12月13日 - 1998年7月9日)は、日本の元女優である。本名は犬飼 淑乃(いぬかい よしの)。 1935年(昭和10年)12月13日、愛知県挙母市(現在の同県豊田市)に生まれる。 1954年(昭和29年)、神奈川県立横須賀大津高等学校を卒業後、東宝舞踊学校へ入所。1955年(昭和30年)4月、第10期東宝ニューフェイスとなり、東宝と専属契約を結ぶ。翌1956年(昭和31年)1月22日に公開された本多猪四郎監督映画『若い樹』で映画デビューを果たし、以後、ジャンルを問わず多くの作品に出演。特に、1958年(昭和33年)1月6日から放映された菊田一夫原作のテレビドラマ『人知れずこそ』(KRテレビ系列)では、同じく東宝の専属俳優だった大塚国夫と主役を務め、一躍話題となった。
多田 正見(ただ まさみ、1935年(昭和10年)10月27… 多田 正見(ただ まさみ、1935年(昭和10年)10月27日 - )は、日本の政治家。元東京都江戸川区長(任期:1999年4月27日 - 2019年)。 愛知県豊川市出身。早稲田大学第二政治経済学部卒業。 1956年、東京都に移住。江戸川区役所に入庁。区民部区民課長、政情報室長などを経て、1995年、江戸川区教育長に就任。 1999年4月の江戸川区長選挙に立候補し、宇田川芳雄前東京都議会議員を破り初当選した。4月27日、区長に就任。 2007年、江戸川区長3選、特別区長会会長に就任。2015年、江戸川区長5選。2019年4月26日、任期満了をもって5期20年にわたり務めてきた江戸川区長を引退。
武藤 章生(むとう しょうせい、1935年10月20日 - … 武藤 章生(むとう しょうせい、1935年10月20日 - 1995年11月5日)は、日本の俳優。本名:武藤 章生(むとう あきお)。 愛知県名古屋市熱田区市場町出身。愛知県立瑞陵高等学校、専修大学卒業。石原プロモーションを経て、大鷲プロに所属していた。 1950年代から60年代にかけては日活の専属脇役として数々の映画に出演し、1970年代からはテレビドラマを中心に活躍。 日活時代に共演した石原裕次郎の信任のもと、『大都会』『西部警察』など石原プロモーション制作の刑事ドラマシリーズに準レギュラーとして継続出演した。 1995年11月5日死去。60歳没。 特技は名古屋弁、関西弁。
都築 忠彦(つづき ただひこ、1935年10月4日 - )は… 都築 忠彦(つづき ただひこ、1935年10月4日 - )は、日本のテレビプロデューサー。元日本テレビプロデューサー。愛知県出身。 日本テレビホールディングスのグループ企業である「NTVヨーロッパ」社長、顧問を歴任した。 『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の生みの親で、同番組には1978年の第1回から1991年の第14回まで携わった。 名古屋市立菊里高等学校を経て東京大学経済学部卒業後、1961年に日本テレビ入社。 担当した『11PM』の社会派名企画「巨泉・考える」シリーズの成功で注目される(1972年に第9回ギャラクシー賞・放送批評家賞を受賞)。 1977年に日本テレビ開局25周年記念番組の社内コンペがあり、都築は考えるシリーズの一つであった「世界の福祉特集」を下敷きとして企画化し、日本テレビに提案したところ、採用された。