山口 ひかる(やまぐち ひかる、2005年2月10日 - )… 山口 ひかる(やまぐち ひかる、2005年2月10日 - )は、三重県出身の日本の柔道選手。階級は78kg超級。身長170cm。 三滝中学から大成高校へ進むと、2年と3年の時にインターハイ78㎏超級で3位になった。2023年に帝京大学へ進学すると、1年の時に体重別団体で3位だった。2年の時には優勝大会、体重別団体、さらには全日本ジュニアで3位となった。3年の時には体重別と学生体重別で3位になった。世界ジュニアでは準々決勝でフランスのセリア・カンカンに敗れるなどして7位だった。団体戦では決勝のフランス戦で個人戦で敗れたカンカンに一本勝ちして、チームの優勝に貢献した。 IJF世界ランキングは350ポイント獲得で77位(2025年10月20日現在)。
神谷 鈴(かみや りん、2003年2月21日 - )は、愛知… 神谷 鈴(かみや りん、2003年2月21日 - )は、愛知県出身の、日本の女子柔道選手。階級は52kg級。身長155cm。組み手は左組み。得意技は内股。 大成中学2年の時に近代柔道杯で2位になった。大成高校時代には際立った成績は収めていない。2021年に龍谷大学へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアで3位となった。体重別団体の決勝では中堅(52kg級)選手として東海大学と対戦すると、1階級下の吉岡光に敗れてチームも2位だった。3年の時には全日本ジュニアで優勝した。世界ジュニアでは決勝まで進むと、昨年のチャンピオンであるイタリアのジュリア・カルナを袖釣込腰で破って優勝した。体重別団体では昨年に続いて2位だった。
羽田野 啓太(はだの けいた、2003年1月29日 - )は… 羽田野 啓太(はだの けいた、2003年1月29日 - )は、日本の柔道家。愛知県豊川市出身。身長168cm。階級は66kg級。組み手は左組み。得意技は背負投。 豊川市の羽田野道場で柔道を始めた。一宮中学から四日市中央工業高校へ進むと、2年の時にインターハイ66kg級で5位になった。2021年に國學院大學へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアで2位となった。3年の時にはフランスジュニア国際で優勝するも、全日本ジュニアでは決勝で東海大学2年の福田大和に技ありで敗れて2位にとどまった。世界ジュニアでは準々決勝でエストニアのビルジャル・リパルドに敗れるも、その後の敗者復活戦を勝ち上がって3位となった。
辻岡 慶次(つじおか けいじ、2002年6月5日 - )は、… 辻岡 慶次(つじおか けいじ、2002年6月5日 - )は、大阪府出身の、日本の柔道選手。階級は60kg級。身長163cm。組み手は左組み。血液型はA型。得意技は足技。 柔道は3歳の時にダイコロ少年柔道教室で始めた。小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会50kg級で優勝した。大成中学1年の時には近代柔道杯決勝で国士舘中学に敗れて2位だった。3年の時には全国中学校柔道大会60kg級で優勝を飾ったが、マルちゃん杯では決勝で国士舘中学に敗れて2位だった。大成高校1年の時には全日本カデで3位、全国高校選手権で5位だった。2年の時には全日本カデで優勝するも、インターハイでは決勝で佐賀工業高校3年の近藤隼斗にGSに入ってから技ありで敗れて2位だった。
稲垣 若菜(いながき わかな、2002年5月31日 - )は… 稲垣 若菜(いながき わかな、2002年5月31日 - )は、愛知県出身の、日本の柔道選手。階級は48kg級。 大成中学3年の時に全国中学校柔道大会の44㎏級で2位になった。大成高校時代は際立った成績を残せなかった。 2021年に桐蔭横浜大学へ進学すると、3年の時に学生体重別の48㎏級で優勝した。講道館杯では3位になった。グランプリ・リンツでは決勝まで進むも、東海大学1年の近藤美月に敗れて2位だった。4年の時には体重別で3位になると、体重別団体でも3位となった。2025年には警視庁の所属となるも、体重別では初戦で敗れた。グランドスラム・ドゥシャンベでは準々決勝でカザフスタンのアビバ・アブジャキノワに有効で敗れるも、その後の敗者復活戦を勝ち上がって3位になった。
大竹 龍之助(おおたけ りゅうのすけ、2002年2月6日 -… 大竹 龍之助(おおたけ りゅうのすけ、2002年2月6日 - )は、愛知県出身の、日本の柔道選手。階級は81kg級。身長174cm。組み手は右組み。血液型はB型。得意技は大外刈。 柔道は7歳の時に半田少年柔道教室で始めた。大成中学3年の時には全国中学校柔道大会81kg級で3位、団体戦では決勝で国士舘中学に敗れて2位だった。大成高校2年の時には全日本カデで2位だったが、全国高校選手権では5位だった。3年の時には全日本カデで優勝するも、インターハイでは2回戦で敗れた。17歳以下の世界一を決める世界カデでは、決勝でウクライナの選手に反則勝ちして、高校の1年後輩となる60kg級の辻岡慶次に続いて優勝した。
和田 梨乃子(わだ りのこ、1999年4月19日 - )は、… 和田 梨乃子(わだ りのこ、1999年4月19日 - )は、日本の柔道選手である。兵庫県・尼崎市出身。階級は78kg級。身長163cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は内股 柔道は7歳の時に天崎講武会で始めた。小学校5年の時に全国小学生学年別柔道大会の40kg超級で2位になった。6年の時には45kg超級に出場するが3回戦で敗れた。 愛知県の大成中学へ進むと、1年の時には近代柔道杯で優勝した。2年の時には全国中学校柔道大会の個人戦63kg級では5位だったが、団体戦では優勝した。近代柔道杯では決勝で大成中学Bチームを破って2連覇した。全国中学校柔道大会個人戦70kg級で優勝すると、団体戦でも優勝を成し遂げた。
中江 美裕(なかえ みゆ、1997年7月19日 - )は、愛… 中江 美裕(なかえ みゆ、1997年7月19日 - )は、愛知県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70kg級。身長165cm。血液型はA型。段位は初段。組み手は右組み。得意技は大内刈、寝技。現在は筑波大学卒。アドヴィックス所属。 柔道は6歳の時に大石道場で始めた。大成中学2年の時には全国中学校柔道大会70kg級で優勝するが、団体戦では決勝で香長中学と対戦すると、3年の池絵梨菜に指導2で敗れてチームも2位にとどまった。近代柔道杯団体戦では優勝した。3年の時には全日本カデで2位になった。全国中学校柔道大会70kg級では決勝で相原中学3年の畠石香花に判定で敗れて2連覇はならなかったが、団体戦では優勝を飾った。
黒木 七都美(くろき なつみ、1997年5月16日 - )は… 黒木 七都美(くろき なつみ、1997年5月16日 - )は、日本の女子柔道選手。愛知県出身。階級は52kg級。身長159cm。血液型はA型。段位は初段。組み手は右組み。得意技は大外刈。現在は龍谷大学に在学。 柔道は6歳の時に岩倉柔道スポーツ少年団で始めた。小学校6年生の時には全国小学生学年別柔道大会の45kg級に出場するも、決勝トーナメント1回戦で敗れた。大成中学に進むと、大石道場に所属することとなった。2年の時には全国中学校柔道大会52kg級で香長中学3年の米澤夏帆に指導2で敗れて2位だった。近代柔道杯団体戦ではチームの優勝に貢献した。3年の時には全日本カデで優勝すると、全国中学校柔道大会でも優勝を飾った。
内尾 真子(うちお まこ、1995年9月11日 - )は、愛… 内尾 真子(うちお まこ、1995年9月11日 - )は、愛知県大府市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長155cm。血液型はA型。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は大外刈。 柔道は7歳の時に始めた。所属していた大石道場では、後に48kg級の世界チャンピオンとなる近藤亜美と同期だった。小学校6年の時には全国小学生学年別柔道大会45kg超級で2位になった。 中学になると神奈川県にある相武館吉田道場に入門して寮生活を送ることになった。相原中学1年の近代柔道杯では決勝で大成中学と対戦すると、小学校時代のチームメイトであった近藤を技ありで破り、エースである1年先輩の田代未来とともに優勝に貢献することとなった。
近藤 亜美(こんどう あみ、1995年5月9日 - )は、愛… 近藤 亜美(こんどう あみ、1995年5月9日 - )は、愛知県名古屋市出身の日本人の元女子柔道家。身長156cm。組み手は右組み。得意技は払腰。2022年6月には結婚して湯田姓となった。 「女の子らしいことをしてほしかった。大きくなったら新体操なんかいいなと思ってました」と言う母親の思いもあって、生まれてすぐに器械体操を習い始めた。しかし、5歳の時に柔道をやっていた兄にメダルをねだったところ、「自分で獲れ」と言われたことがきっかけで、地元の六郷道場で柔道を始めることになった。始めて2ヶ月ほどで出場した最初の大会では準優勝した。その後も色々な大会で上位には進むものの、年上の男子と対戦することなどもあってなかなか優勝できなかった。
六郷 雄平(ろくごう ゆうへい、1991年5月1日 - 。旧… 六郷 雄平(ろくごう ゆうへい、1991年5月1日 - 。旧姓:下山〈しもやま〉)は、愛知県出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長167 cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は内股。その後了徳寺学園の職員を経て、2020年に帰郷し、夫人とともに両親と実兄の経営する「六郷接骨院」および「六郷道場」のスタッフとしても活動している。 (出典、JudoInside.com)。
太田 慶一(おおた けいいち、1990年12月6日 - )は… 太田 慶一(おおた けいいち、1990年12月6日 - )は、愛知県出身の、日本の柔道選手である。階級は73kg級。身長174 cm。血液型はA型。組み手は右組み。得意技は一本背負投。 柔道は8歳の時に羽田野道場で始めた。桜丘中学から桜丘高校へ進むが、この当時はこれと言った実績はなかった。2009年に東海大学へ進学すると力を付け始め、3年の時には学生体重別73kg級の決勝で山梨学院大学3年の中村剛教に敗れるも2位となった。講道館杯では3位に入った。4年の時には学生体重別の準決勝で世界ジュニアチャンピオンである天理大学3年の大野将平を背負投の有効で破ると、決勝でも同じく天理大学2年の土井健史を内股の有効で破って優勝を飾った。
中井 貴裕(なかい たかひろ、1990年10月15日 - )… 中井 貴裕(なかい たかひろ、1990年10月15日 - )は、愛知県大府市出身の日本の柔道家。階級は81kg級。身長175cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は四段。得意技は内股、大外刈、指導2勝ち。流通経済大学卒。現在は吉田秀彦が監督を務めるパーク24に所属している。 吉田や谷本歩実を輩出したことで知られる地元大府市の大石道場で6歳から柔道を始めた、大成高等学校3年の時にジュニアの体重別で2位に入った。流通経済大学に入学後は講道館杯で2位になり、2010年にはワールドカップウィーンで国際大会初優勝を果たした。続く体重別では、決勝で高松正裕を破って優勝し世界選手権代表に選ばれた。しかし9月の世界選手権では3回戦で敗れた。
石川 慈(いしかわ めぐみ、1988年11月26日 - )は… 石川 慈(いしかわ めぐみ、1988年11月26日 - )は、愛知県名古屋市出身の日本人の女子柔道選手である。階級は57kg級。身長168cm。得意技は大外刈、寝技。組み手は右組み。段位は五段。血液型はA型。 名古屋で生まれるが、後に半田市へ移った。柔道の指導者だった父親の影響で小学校3年の時に亀崎柔道会で柔道を始めた。なお、母親も形競技に取り組んでいる。亀崎中学に入学すると、最初は柔道を辞めようと思っていたが、1年の冬に試合で負けたことが悔しくて続けることに決めた。3年の時には全国中学校柔道大会の57kg級で5位となった。オリンピックの63kg級で2連覇を達成した谷本歩実の出身校でも知られる桜丘高校へ進んで寮生活を始めると、3年の時にはインターハイで2位となった。
小澤 理奈(こざわ りな、1987年2月23日 - )は、愛… 小澤 理奈(こざわ りな、1987年2月23日 - )は、愛知県名古屋市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は63kg級。身長165cm。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は大外刈。 柔道は小学校3年の時に1歳上の兄に続いて米田道場で始めた。清州中学時代はバレーボールと掛け持ちしていた。しかしながら、弥富高校柔道部監督の東内伸浩に熱心に勧誘されたことで、弥富高校へ進んで柔道に専念すると、2年の時に全国高校選手権で3位に入った。3年の時にはインターハイと全日本ジュニアでも3位になった。アジアジュニアでは優勝を果たした。2005年に山梨学院大学へ進学すると、1年の時に学生体重別で3位となった。
谷本 育実(たにもと いくみ、1984年6月2日 - )は、… 谷本 育実(たにもと いくみ、1984年6月2日 - )は、愛知県安城市出身の日本の元・女子柔道選手である。階級は63kg級。身長159cm。得意技は払腰、袖釣込腰、内股。組み手は右組み。段位は四段。血液型はA型。現在はコマツ女子柔道部に所属してコーチを務めている。姉はオリンピックの柔道63kg級で2連覇を達成した谷本歩実。 7歳の時に柔道を始める。桜丘高校3年の時に、全日本ジュニアの63kg級で3位に入る。高校卒業後コマツに入社して、今度は2位となる。その後暫くはこれと言った活躍はなかったが、2009年の実業柔道選手権で優勝すると、講道館杯でも3位に入り、グランドスラム・東京では決勝で世界チャンピオンの上野順恵に敗れるものの2位となる。
加藤 光将(かとう みつまさ、1983年8月22日 -)は愛… 加藤 光将(かとう みつまさ、1983年8月22日 -)は愛知県出身の日本の柔道家。100kg超級の選手。身長は180cm。体重155kg。組み手は右組み。得意技は払腰。 柔道は5歳の時に津島柔道会で始めた。暁中学から大成高校に進むと、3年の時にはインターハイと全日本ジュニアの100kg超級でそれぞれ3位となった。2002年に筑波大学へ進学すると、1年の時には体重別団体で3位になった。2年の時には体重別団体で優勝した。4年の時には優勝大会で3位だった。2006年には愛知県警の所属となった。2008年には全国警察柔道選手権大会の無差別で優勝すると、講道館杯でも決勝で了徳寺学園職員の佐藤武尊を破って優勝を飾った。
藤井 裕子(ふじい ゆうこ、1982年8月18日 - )は、… 藤井 裕子(ふじい ゆうこ、1982年8月18日 - )は、愛知県大府市出身の柔道家、コーチ、YouTuber。2012年に開催されたロンドンオリンピックの柔道競技女子78kg級でイギリスの柔道界では12年ぶりのメダルとなる銀メダルを獲得したジェマ・ギボンズを指導したことで名高い。旧姓は中野。 5歳の頃、母が通っていた整骨院の先生が柔道の指導者だったことがきっかけで、吉田秀彦や谷本歩実を輩出した大石道場に入門し柔道を始める。 大府中学3年の時には全国中学校柔道大会の56kg級決勝で下諏訪中学の徳久瞳に崩上四方固で敗れたが2位となった。さらに、1999年に開催された全国高等学校柔道選手権大会で3位の成績を収めた。
大石 いづみ(おおいし いづみ、1978年9月27日 -)は… 大石 いづみ(おおいし いづみ、1978年9月27日 -)は愛知県大府市出身の日本の柔道家。52kg級及び57kg級の選手。現役時代の身長は158cm。 バルセロナオリンピック78kg級金メダリストの吉田秀彦や63kg級でオリンピック2連覇の谷本歩実を輩出したことで知られる大石道場の指導者である大石康の次女。姉の大石愛子は広島アジア大会の66kg級で優勝している。兄の大石公平は大成高校女子柔道部の監督を務める。 大府北中学3年の時には全国中学校柔道大会の52kg級決勝で松葉中学3年の小坂知己を破って優勝した。1994年には福岡県の柳川高校へ進んだ。2年先輩には後のアテネオリンピック78kg級金メダリストの阿武教子がいた。
水谷 有希(みずたに ゆき、1977年6月16日 - )は愛… 水谷 有希(みずたに ゆき、1977年6月16日 - )は愛知県出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。現役時代は身長165cm。体重98kg。 八開中学2年と3年の時に全国中学校柔道大会56kg超級で5位になった。桜丘高校に進むと、2年の時に全国高校選手権72kg超級で優勝を飾った。1996年に拓殖大学へ進むと、1年の時に優勝大会で3位となった。2年の時には選抜体重別で決勝まで進むが、日体大4年の二宮美穂に敗れて2位だった。3年の時には正力杯で3位にとどまるも、無差別で争われる全日本学生選手権で優勝を飾った。さらには、世界学生の無差別でも優勝を成し遂げた。 (出典、JudoInside.com)
廣瀬 誠(広瀬 誠、ひろせ まこと、1976年11月22日 … 廣瀬 誠(広瀬 誠、ひろせ まこと、1976年11月22日 - )は、愛知県西尾市出身の日本の柔道家。視覚障害者柔道60kg級の選手。身長166cm。愛知県立名古屋盲学校の教員。 柔道は西尾東高校に入ってから始めた。運動好きではあったが、運動神経はそこまでよくはなく、高校入学時に部活を選択する際「球技でも団体競技でもないもの」を選ぼうとして、消去法で柔道を始めたものだったが、どんどんのめりこんでいったという。しかし、2年の時に視神経萎縮となるレーベル病を患ったことで生活が著しく不便になり、孤独を感じたこともあった。しかしながら、柔道仲間が心の支えになったという。 高校卒業後はあん摩マッサージ指圧師・鍼灸師の免許取得のため、岡崎市の盲学校に進学。
木下勇人(きのした はやと、1975年~)は日本の税理士、公… 木下勇人(きのした はやと、1975年~)は日本の税理士、公認会計士、元柔道家。愛知県津島市出身。 1994年、愛知県立旭丘高等学校卒業。1999年、南山大学経営学部卒業。 2003年に監査法人トーマツ名古屋事務所に入所。フィナンシャル・ソリューションズ部に配属される。 2005年、税理士法人トーマツ名古屋事務所への転籍を経て、2008年に公認会計士木下事務所・木下勇人税理士事務所を開設。2009年には、税理士法人レディング代表社員へ就任。
大石 公平(おおいし こうへい、1975年 - )は日本の柔… 大石 公平(おおいし こうへい、1975年 - )は日本の柔道家。愛知県大府市出身。 父親の大石康は大成中学校・高等学校柔道部と提携する大石道場の指導者。姉の大石愛子は1994年のアジア大会66kg級で金メダルを獲得した。次女の大石いづみは大成高校女子柔道部監督を経て、龍谷大学で指導にあたっている。 星城高校3年の時にインターハイの軽量級に出場するも予選リーグで敗れた。愛知大学時代には正力杯東海地区予選の60kg級で3連覇を果たした。 1997年にはダイコロの所属となると、実業個人選手権66kg級で2年連続3位になった。1999年にはバンコク国際柔道大会で優勝した。 2001年に大成中学及び高校の教員になると、柔道部のコーチとなった。
杉村 英子(すぎむら ひでこ、1971年9月23日 -)は愛… 杉村 英子(すぎむら ひでこ、1971年9月23日 -)は愛知県海部郡立田村(現・愛西市)出身の日本の柔道家。現役時代は61kg級の選手。身長162cm。 立田中学から同朋高校へ進むと、1年の時に強化選手選考会61kg級で3位となった。全国高校選手権では決勝で常磐高校1年の北爪弘子に判定で敗れて2位だった。体重別では決勝まで上がるが、ソウルオリンピック(公開競技)銅メダリストである住友海上の持田典子に敗れた。フランス国際では3位となった。しかし、全国高校選手権では2回戦で敗れた。3年の時には体重別で3位だった。1990年に筑波大学へ進学すると、1年の時には強化選手選考会の決勝で埼玉大学1年の北爪に敗れた。
松本 昌広(まつもと まさひろ、1971年8月10日 - )… 松本 昌広(まつもと まさひろ、1971年8月10日 - )は、愛知県安城市出身の日本の柔道家。階級は95kg超級。身長178cm。体重120kg。 小学校2年の時に父親に勧められて杉山道場で柔道を始めた。4年と6年の時には県のチャンピオンとなった。テレビで見かけて憧れていた講道学舎に入るために上京すると、弦巻中学へ通うことになった。2年の時には全国中学校柔道大会の個人戦78kg超級では3位だったが、団体戦では1学年上の秀島大介などとともに活躍すると、決勝では代表戦で一本勝ちして優勝を飾った。3年の時には全国中学校柔道大会の団体戦で2位にとどまった。 世田谷学園高校へ進むと、1年の時には金鷲旗で優勝するが、全国高校選手権では3位だった。
藤山 茂(とうやま しげる、男性、1970年12月3日-)は… 藤山 茂(とうやま しげる、男性、1970年12月3日-)は、日本の柔道家。愛知県大府市出身。 小学1年生から柔道を始め、同朋高等学校-東海大学を卒業後、綜合警備保障に入社した。現在は現役を引退し、母校である同朋高等学校で体育教師を務めながら柔道部監督として後進の指導をしている。
大石 愛子(おおいし あいこ、1970年10月13日 - )… 大石 愛子(おおいし あいこ、1970年10月13日 - )は、愛知県大府市出身の日本の柔道家。現役時代は66kg級の選手。身長166cm。得意技は内股。 バルセロナオリンピック78kg級金メダリストの吉田秀彦や63kg級でオリンピック2連覇の谷本歩実を輩出したことで知られる大石道場の指導者である大石康の長女。弟の大石公平は大成中学校・高等学校女子柔道部の監督を務める。妹の大石いづみも全国レベルで活躍していた。 体重別選手権には中学の頃から出場していて、桜丘高等学校2年の時には66kg級で2位になった。全国高校選手権ではオール一本勝ちで優勝した。3年の時にはこの当時無差別で行われていた女子の金鷲旗で3位となった。
大漉 賢司(おおすき けんじ、1970年9月22日 -)は愛… 大漉 賢司(おおすき けんじ、1970年9月22日 -)は愛知県名古屋市出身の日本の柔道家。95kg超級の選手。現役時代は身長185cm。体重120kg。 名古屋で生まれるが、その後に鹿児島県の姶良郡に移った。父親は実業団の東レ柔道部監督を務めていたが、特に柔道を勧めることもなかったという。帖佐中学へ入学すると、柔道かバレーボールのどちらかに取り組もうと思ったが、自分の体形を考えて柔道を選択することになった。 鹿児島工業高校時代には田邉侑の厳しい指導を受けると、父親の後輩だった大石道場の大石康の勧めで明治大学へ進んだ。1年の時には優勝大会で3年先輩である世界チャンピオンの小川直也や1年先輩の吉田秀彦などとともに活躍して2位となった。
内村 直也(うちむら なおや、1970年4月3日 - )は、… 内村 直也(うちむら なおや、1970年4月3日 - )は、日本の柔道家。現役時代は65kg級の選手。身長168cm。現在は大阪産業大学のスポーツ健康学部スポーツ健康学科の准教授。 愛知県出身。津島柔道会で柔道を始めた。佐屋中学から中京高校へ進むと、1年の時には早くもインターハイ軽量級で2位になる活躍を見せるが、2年と3年の時には上位へ進めなかった。団体戦の国際高校柔道選手権大会では優勝を飾った。筑波大学へ進学すると、1年の時には新人体重別60kg級で優勝した。世界ジュニアでは準決勝でソ連のニコライ・オジョギンに判定で敗れて3位だった。2年になると、正力杯で2位になった。新人体重別では3位に終わり2連覇はならなかった。
吉田 秀彦(よしだ ひでひこ、1969年9月3日 - )は、… 吉田 秀彦(よしだ ひでひこ、1969年9月3日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。愛知県大府市出身。1992年バルセロナオリンピック柔道男子78kg級金メダリスト。柔道七段。現在は吉田道場師範、パーク24柔道部総監督。 共長小学校-大府西中学校-講道学舎入門-世田谷区立弦巻中学校(中学3年時に転校) -世田谷学園高校-明治大学。その間、戦歴は1984年全中(-65kg級)準優勝、1987年インターハイ(軽重量級)優勝、1987、1988年全日本ジュニア(-78kg級)優勝、1988、1990年世界学生選手権(-78kg級)優勝など。 1991年から1997年まで新日鉄に所属。1992年バルセロナオリンピックに出場して初戦から決勝まですべて一本勝ちを収め、金メダルを獲得した。
土川 美和子(つちかわ みわこ、1969年6月5日 -)は愛… 土川 美和子(つちかわ みわこ、1969年6月5日 -)は愛知県出身の日本の柔道家。身長155cm。現役時代は56kg級の選手。 桜丘高校1年の時に全国高校選手権60kg級の準決勝で京都商業高校2年の小林貴子に判定で敗れて3位だった。2年の時には全国高校選手権の56kg級で優勝を飾った。また、この年から3年連続で体重別で3位に入った。1988年に筑波大学に入学すると、2年の時には正力杯の決勝で大学の1年後輩である立野千代里に敗れて2位だった。強化選手選考会では決勝で柳川高校2年の松永真理子を破って、シニアの全国大会初優勝を飾った。4年の時には体重別の決勝で立野に敗れた。強化選手選考会でも決勝でミキハウスの薮下めぐみに敗れて2位だった。
石田 輝也(いしだ てるや、1968年5月25日 - )は愛… 石田 輝也(いしだ てるや、1968年5月25日 - )は愛知県大府市出身の日本の柔道家。現役時代は86kg級の選手。身長178cm。現在は大成高校の柔道部監督を務めている。 柔道は小学校1年の時に体が大きかったことから父親にすすめられて、オリンピック金メダリストとなる吉田秀彦や谷本歩実を生み出したことでも知られる大石道場で始めた。師範の大石康によれば、週2日の練習以外にも大石の下を訪ねて練習するような、誰よりも積極的な姿勢を見せる選手だったという。 2年の時に全国中学校柔道大会で敗れたことを契機に、もっと強くなりたいという思いから講道学舎に入塾することになった。弦巻中学3年の時には全国中学校柔道大会の個人戦78kg級で優勝すると、団体戦では2位になった。
加古 智美(かこ ともみ、1965年12月28日 - )は、… 加古 智美(かこ ともみ、1965年12月28日 - )は、愛知県出身の日本の柔道家。現役時代は56kg級の選手。身長156cm。 八幡中学3年の時に地元の名古屋で開催された環太平洋柔道選手権大会の52㎏級で3位になった。半田商業高校3年の時に強化選手選考会と体重別の56kg級でそれぞれ3位に入った。1984年に国際武道大学の柔道部に1期生として入学すると、1年の時には強化選手選考会で3位だった。2年の時には強化選手選考会で決勝まで進むが、北海道女子短大1年の渡部五月に敗れて2位にとどまった。体重別では3位だった。3年の時には体重別の決勝で日本電気の水滝栄子を縦四方固で破って初優勝を飾り、世界選手権代表に選ばれた。
村田 正夫(むらた まさお、1964年4月6日 - )は、日… 村田 正夫(むらた まさお、1964年4月6日 - )は、日本の柔道家(講道館7段)。現役時代は中量級の選手として全日本選抜体重別選手権優勝や世界選手権3位等の成績を残し、引退後は新日本製鐵の柔道部監督やイタリア・ナショナルチームのコーチを務め、びわこ成蹊スポーツ大学の准教授および柔道部監督を経て、大阪成蹊大学教授を務める。 愛知県一宮市出身。父の仕事の関係で小学2年生の時に大阪府守口市に転居した。市立第四中学(現在は閉校)を経て柔道の名門・東海大相模高校に進学。高校3年次の1982年に春の講道館杯で3位、夏のインターハイ軽重量級では準優勝した。 高校卒業後、東海大学柔道部に進み、1983年・翌84年と立て続けに全日本ジュニア選手権を制すと、続く85・86年には全日本学生体重別選手権を、卒業直前の1987年1月には正力杯国際学生大会を獲得して、学生柔道界の中量級において確固たる地位を築いた。
河原 月夫(かわはら つきお、1949年6月8日 - )は、… 河原 月夫(かわはら つきお、1949年6月8日 - )は、日本の柔道家(8段)。愛知県出身。 得意技の内股を武器に現役時代はアジア選手権優勝や全日本選手権準優勝という成績を残し、モスクワオリンピックでは幻の日本代表にもなった。引退した現在は愛知県警察学校にて指導員を務める。 愛知県刈谷市出身。父親の大玄(8段)の影響で、物心付いた時には既に柔道衣を着るのが日課になっていた。中京商業高校に入学した頃から本格的に柔道に打ち込んで監督の武山貞一に師事し、高校2年次の1966年には青森県で開催されたインターハイの中量級クラスにおいて、決勝戦で富山県代表の津沢寿志を破りチャンピオンに輝いた。 高校卒業後は明治大学に進学。
小崎 甲子(こさき かつこ、1908年9月6日 - 1997… 小崎 甲子(こさき かつこ、1908年9月6日 - 1997年2月17日)は、愛知県名古屋市出身の日本の柔道家。講道館五段。1932年(昭和7年)に大日本武徳会から、1933年(昭和8年)に講道館からそれぞれ初段を認められ、明治以降の近代柔道において女性として初めて黒帯を許された人物である。 小崎甲子は1908年(明治41年)、名古屋市中心部に位置する伊勢町(現在の中区丸の内)にて、美術商「清源堂」店主小崎天大(たかお)の次女として誕生した。幼少期から活発なお転婆娘として鳴らし、金城女学校在学中はテニス・ソフトボール・陸上競技と様々なスポーツに打ち込んだ。1925年(大正14年)に女学校を卒業後は実家の美術商にて家事手伝いの身となったが、家事や稽古事を習いつつ縁談を待つ、当時の子女の当たり前の人生を自分には合わないものと考えていた。
谷本 歩実 は、日本の柔道家、体育学者、医学者。学位は医学博… 谷本 歩実 は、日本の柔道家、体育学者、医学者。学位は医学博士(弘前大学大学院・2018年)。国際柔道連盟(IJF)柔道殿堂入り(2018年)。愛知県安城市出身。