江川 ほーじん(えがわ ほーじん、1961年〈昭和36年〉6… 江川 ほーじん(えがわ ほーじん、1961年〈昭和36年〉6月15日 - )は、日本のミュージシャン、ベーシスト。本名は江川 芳仁(ほうじん)。一時期はひふへほーじんとクレジットされていたこともある(江川ほーじんと名乗ると、「江川こうじ」と間違われてしまうことが多かったため、自己紹介の際に「江川・はひふへほのほーじんです」などと名乗る癖があったことに由来する)。 2018年12月上旬に交通事故に遭い、意識不明の状態にあることがファンキー末吉のブログにて明らかにされた。 大阪府出身。大阪市立工芸高等学校中退。 1982年(昭和57年)、ファンキー末吉らのアマチュアバンド「爆風銃(バップガン)」に途中加入。
石川 利光(いしかわ としみつ、1961年1月8日 - )は… 石川 利光(いしかわ としみつ、1961年1月8日 - )は日本の尺八(琴古流)演奏家。石の会主催。オーラJ(オーケストラアジア・ジャパンアンサンブル)メンバー。大阪邦楽ゾリステン代表。国際尺八研修館常任講師。
内海 英華(うつみ えいか、1960年6月17日 - )は、… 内海 英華(うつみ えいか、1960年6月17日 - )は、日本の上方寄席囃子三味線奏者、女道楽師。本名∶田中 愛子。上方落語協会会員。元松竹芸能所属。現代における上方寄席囃子三味線の第一人者である。 大阪府大阪市出身。初芝高等学校(現・初芝立命館中学校・高等学校)卒業。 少女時代から落語に興味を持ち、特に2代目桂春蝶のファンだった。中学卒業時と高校2年修了時に春蝶に入門を志願したが断られている。学生時代はソフトボール部所属で、ポジションはキャッチャー。その後も寄席に出入りしているうちに講談の3代目旭堂南陵の知遇を得、1978年に南陵に入門、旭堂 南蝶を名乗る。1979年に新世界新花月で初舞台。
景山 誠治(かげやま せいじ、1959年〈昭和34年〉8月3… 景山 誠治(かげやま せいじ、1959年〈昭和34年〉8月31日 - )は、日本のヴァイオリン奏者。大阪府羽曳野市出身。 1959年(昭和34年)8月31日、大阪府羽曳野市に生まれる。5歳よりヴァイオリンを始める。1967年(昭和42年)、学校法人相愛学園子供音楽教室に入室。第25回・全日本学生音楽コンクール小学生の部で第1位となり、同コンクールの第26回において中学生の部で再び第1位となる。高校在学中の1977年(昭和52年)、第46回・日本音楽コンクールにおけるヴァイオリン部門で第3位となる。 1978年(昭和53年)、東京芸術大学音楽学部に入学。1980年(昭和55年)、四方恭子、波木井賢、後に東京交響楽団ソロ首席奏者や防府音楽祭の音楽監督となるチェリストの田中雅弘も含めた東京芸術大学の仲間4人で、第1回・霧島国際音楽祭の講習会であるマスタークラスに参加し、仲間4人のカルテットに音楽監督のゲルハルト・ボッセから「東京ブラームス・クヮルテット」という名前を付けて貰い、霧島国際音楽祭賞を受賞。
長谷川 智樹(はせがわ ともき、1958年7月19日 - )… 長谷川 智樹(はせがわ ともき、1958年7月19日 - )は、日本のキーボーディスト、ギタリスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。ベリーグー所属。 大阪府池田市出身。ピアノ、ヴァイオリンの演奏から始まり、本格的な音楽活動を行う。キーボーディスト、ギタリストとして数々のバンド活動を経験する。作曲家としては、コマーシャルソングを数百本の作品を制作する。また、多くのアーティストの作品に作詞家、編曲家、コンピューター・プログラマー、音楽プロデューサーとして携わる。その後、映画音楽やテレビドラマ、アニメーション、テレビ番組、舞台音楽へと活動を広げ、独特なオーケストレーション、編曲感覚で精力的に作品を提供している。
田中 宏幸(たなか ひろゆき、1958年 - )は、日本の吹… 田中 宏幸(たなか ひろゆき、1958年 - )は、日本の吹奏楽指導者、吹奏楽プランナーである。元高等学校音楽教員。大阪府池田市出身。 1968年、池田市立呉服小学校在学時の10歳より、小学校の吹奏楽団でトランペット(コルネット)を始める。田中の歯並びと体型だけで先生からラッパをあてがわれたものだった。小学生のときには日本万国博覧会開会式での演奏も経験し、「一生続けていこう」とその後の人生を決めた大きな出来事になったという。ただし、田中が進学した中学校と高校には吹奏楽部がなく、リコーダー部に所属していた。 大学は大阪音楽大学音楽学部器楽学科トランペット専攻に進学。在学時はトランペットを斉藤広義、加藤隆功に師事し、指揮法を宮本政雄に学ぶ。
川口 慧耀(かわぐち けいよう、1958年 - )は、日本の… 川口 慧耀(かわぐち けいよう、1958年 - )は、日本の箏奏者。 大阪市出身。立命館大学産業社会学部卒業。1978年より箏をはじめ、中華絃耀に師事。生田流箏曲・野川流三絃・地歌教授。古流地歌保存会理事。国立文楽劇場にて古典地歌と箏曲を広めるための演奏会を行うほか、消滅寸前の古典地歌「三絃組歌」の独奏会をするなど古典文化の保護活動にも勤しむ。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
福田 進一(ふくだ しんいち、1955年12月25日 - )… 福田 進一(ふくだ しんいち、1955年12月25日 - ) は、日本のクラシックギター奏者。大阪府大阪市出身。一般社団法人日本ギター連盟名誉理事。 11歳より斎藤達也に師事。上宮高等学校卒業後、関西大学商学部を中退し1977年に渡仏。パリのエコール・ノルマル音楽院にてアルベルト・ポンセ(スペイン語版、英語版)に、イタリアのキジアーナ音楽院でオスカー・ギリアに師事し、両校を卒業。 1981年、第23回パリ国際ギターコンクールでグランプリ優勝。以後、45年以上にわたりソリストとして世界各地で公演を行うほか、主要な国際ギターコンクールの審査員を歴任している。 2007年、日本の優れた音楽文化を世界に紹介した功績により外務大臣表彰を受賞。
今村 泰典(いまむら やすのり、1953年10月19日 - … 今村 泰典(いまむら やすのり、1953年10月19日 - )は、日本の演奏家(リュート奏者、テオルボ奏者)、教育者。大阪府堺市出身。スイス在住。 大阪府立三国丘高等学校卒業。1975年より、オランダのハーグ王立音楽院にてリュートを佐藤豊彦(英語版)に、通奏低音およびルネッサンス・バロック演奏解釈をトン・コープマンに師事。1976年より、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムにて、リュートをオイゲン・ドンボワ(英語版)、ホプキンソン・スミスの両氏に、リコーダーをマリアンヌ・リューティに師事、1981年にソリスト・ディプロマを取得。その後、通奏低音およびルネッサンス・バロック演奏解釈をヨハン・ゾンライトナー(英語版)に、作曲をヴォルフガング・ナイニンガー(ドイツ語版)に師事。
水谷 啓二(みずたに けいじ、1953年1月10日 - )は… 水谷 啓二(みずたに けいじ、1953年1月10日 - )は、日本の作詞・作曲家、演奏家(サックス/フルート、ヴォーカル) 、ライヴパフォーマー。愛称は「巨匠」。京都市中京区出身。 以上、K-Funkオリジナル曲。
蓑輪 裕之(みのわ ひろゆき、1952年 12月28日 )は… 蓑輪 裕之(みのわ ひろゆき、1952年 12月28日 )は、ジャズ・ベーシスト、コントラバス奏者。 大阪府高槻市生まれ。3歳の頃よりクラシック・ピアノを習い始める。10歳を過ぎる頃より、ビートルズやプレスリーをカヴァーする実力を持つ。 大阪府立春日丘高等学校卒業。高校在学中より、ライブハウスで、ジャズ・ベーシストとして、プロとしての活動を始める。高校卒業後、横須賀U.S.Baseのクラブ・ミュージシャンとして、ステージに立つ。その後、1972年に名古屋芸術大学へ入学、本格的にコントラバスを専攻する。大学卒業後、旧西ドイツ国立シュトゥットガルト音楽大学マスターコースにて、教授のフィリッツ・ラオに師事。
土井 一郎(どい いちろう、1952年3月27日 - )は、… 土井 一郎(どい いちろう、1952年3月27日 - )は、日本の作曲家、ジャズ・ピアニスト。2018年11月5日すい臓がんのため死去。 大阪府出身。大阪府立高津高等学校卒業、大阪教育大学特音中退。音楽教師だった父親の影響を受け、音楽に興味を持ち始めた。高校卒業後のわずかな期間、大阪でプロとしての演奏活動をしていたが、より自由な活動を求めて単身上京。1974年に松本英彦クァルテットに参加して、プロのジャズピアニストとして本格的な活動を始めた。1975年には山口真文クァルテットに加わり、ジャズコンボにおけるピアニストの役割の基礎を学んだ。翌年には新宿ジャズ大賞を受賞。1979年には渡米し、数々のセッションに参加。
藤原 真理(ふじわら まり、1949年1月18日 - )は、… 藤原 真理(ふじわら まり、1949年1月18日 - )は、日本のチェリスト。 大阪府和泉市出身。1959年に桐朋学園子供のための音楽教室に入学し、15年間斎藤秀雄に師事する。1971年、第40回日本音楽コンクールで大賞とチェロ部門第1位を獲得。その後、ピエール・フルニエ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチに師事し、1976年に芸術選奨新人賞を受賞。1978年、第6回チャイコフスキー国際コンクールにおいて、チェロ部門第2位を獲得。 主に室内楽作品に力を入れて演奏活動をしている。その活動はクラシック音楽にとどまらず多岐にわたって国内外で演奏を行い、久石譲作品への参加、親交の厚い坂本龍一とたびたび共演をしている。
山本 公成(やまもと こうせい、1948年9月24日 - )… 山本 公成(やまもと こうせい、1948年9月24日 - )は、日本の作曲家、演奏家、即興演奏家。大阪府大阪市出身。血液型A型。 演奏楽器はソプラノ・サクソフォーン、フルート、ネイティブアメリカンフルート、民族笛、創作笛まど多岐にわたる。 幼少期にピアノを始め、高校ではブラスバンド・スウィング・ジャズに触れる。大学の軽音楽部ではロックに傾倒・セッションを行った。新宿ピット・イン・ニュージャズホールで吉沢元治に出会い、彼を含む多くの音楽家と共演。江夏健次・佐藤康和とグループ「白烏」を結成。その後豊住芳三郎を中心に様々な音楽家とセッション。 前述の活動の他、演劇「日本維新派」、映画「ガキ帝国」(井筒和幸)「部屋/THE ROOM」(園子温)「つ・む・ぐ」(吉岡敏朗)などの映画音楽/舞踏音楽の作曲・即興演奏を行う。
森 悠子(もり ゆうこ、Yuko Mori、1944年9月1… 森 悠子(もり ゆうこ、Yuko Mori、1944年9月16日 - 2025年3月25日)は、日本のクラシック音楽のヴァイオリニスト。教育哲学者森昭の二女。 大阪府高槻市生まれ。6歳からスズキ・メソードでヴァイオリンを始めた。高槻市立第一中学校在学中から相愛音楽教室に通い、1960年に桐朋女子高等学校に入学、1963年に桐朋学園大学に進んだ。桐朋では鷲見三郎、齋藤秀雄に師事した。1967年に大学卒業後、齋藤の助手として子供のための音楽教室の弦楽合奏の指導に当たった。 1970年にチェコスロヴァキアへ留学し、マリエ・ホロニョヴァに師事した後、フランスにも留学、ミシェル・オークレールに師事。1990年に京都でフランス音楽アカデミーを開校、その音楽監督に就任した。
金 昌国(きん しょうこく、1942年6月4日 - 2022… 金 昌国(きん しょうこく、1942年6月4日 - 2022年7月15日)は、大阪生まれの韓国籍フルート奏者、指揮者。東京芸術大学名誉教授。 在日韓国人として大阪府に生まれる。神戸高校時代にフルートを始め、東京芸術大学および大学院修了。この間、川口勝治郎、川崎優、吉田雅夫に師事。 1967年、日本音楽コンクール第1位。 1969年、ジュネーブ国際コンクール第2位(1位なし)。 1970年よりドイツ、ハノーファー国立歌劇場管弦楽団首席奏者を務める。この間、マルセル・モイーズ、アンドレ・ジョネ、ハンス・ペーター・シュミッツに師事。 1981年に帰国し、東京藝術大学に勤めながら演奏活動を続ける。 1985年、神戸国際フルートコンクール審査委員長(4年に一度開催)。
辻 久子(つじ ひさこ、本名:坂田 久子、1926年3月16… 辻 久子(つじ ひさこ、本名:坂田 久子、1926年3月16日 - 2021年7月13日)は、日本のヴァイオリニストである。大阪芸術大学名誉教授。辻久子弦楽塾塾長。
早川 真平(はやかわ しんぺい、1914年2月11日 - 1… 早川 真平(はやかわ しんぺい、1914年2月11日 - 1984年12月28日)は、日本のバンドネオン奏者。タンゴ楽団『早川真平とオルケスタ・ティピカ東京』代表。 1914年、大阪府生まれ。大阪府立天王寺中学校(現・大阪府立天王寺高等学校)卒業。25歳のとき、渡辺はま子の伴奏楽団を編成する。 1947年に、タンゴ楽団の『オルケスタ・ティピカ東京』を結成する。1950年には、原孝太郎と東京六重奏団の歌手の藤沢嵐子が、この楽団に加わる。後に、早川真平は、自分の妻子と別れ、藤沢嵐子と再婚する。1953年、1954年、1956年、1964年に、アルゼンチン演奏旅行を実現している。このころ、早川真平が使っていたバンドネオンのボタンは、クロマティク方式で、アルゼンチンや今の日本で使われているディアトニック方式とは別と、推定されている。
貴志 康一(きし こういち、1909年3月31日 - 193… 貴志 康一(きし こういち、1909年3月31日 - 1937年11月17日)は、大阪府吹田市、大阪市都島区、兵庫県芦屋市出身の作曲家、指揮者、ヴァイオリニスト。 母の実家である大阪府三島郡吹田町(現:吹田市)の仙洞御料屋敷西尾邸に生まれる。父方の祖父は代々式部卿を務め、後にメリヤス業で成功した裕福な大商家である貴志彌右衛門(松花堂弁当の考案者)という環境で育つ。小学校5年生の時に、芦屋市に転居。14歳より、神戸市の深江文化村でミハイル・ヴェクスラーに直接ヴァイオリンを師事。音楽理論と作曲法を当時、宝塚交響楽団の指揮を務めていたヨーゼフ・ラスカより学ぶ。16歳の時に、大阪で、ヴァイオリニストとしてデビュー。
信時 潔(のぶとき きよし、1887年〈明治20年〉12月2… 信時 潔(のぶとき きよし、1887年〈明治20年〉12月29日 - 1965年〈昭和40年〉8月1日)は、大正・昭和時代の日本の作曲家・音楽学者・チェロ奏者。大阪市出身。 牧師・吉岡弘毅(元津山藩士の外交官で明治初期の日朝外交を担当)の子として大阪市北区中之島に生まれ、幼少より賛美歌に親しんだ。大阪の市岡中学を経て、東京音楽学校器楽部および研究科器楽部でチェロを学んだ後、同科作曲部に移り、アウグスト・ユンケルに指揮法、ハインリヒ・ヴェルクマイスターにチェロと作曲、ルドルフ・ロイテルに対位法と和声学を師事する。東京音楽学校助教授を務めたのち、留学先のドイツでゲオルク・シューマンに師事、帰国後に東京音楽学校教授となる。
松浦 梨沙(まつうらりさ、6月12日 - )は、日本のヴァイ… 松浦 梨沙(まつうらりさ、6月12日 - )は、日本のヴァイオリニストである。女性カルテット『1966カルテット』のメンバー(ヴァイオリン担当)で、同ユニットのリーダーを務める。大阪府出身。京都市立芸術大学音楽学部卒業。所属は高嶋音楽事務所。
林 はるか(はやし はるか、4月17日 - )は日本のチェロ… 林 はるか(はやし はるか、4月17日 - )は日本のチェロ奏者である。大阪府箕面市出身。東京芸術大学音楽学部卒業、同大学院修士課程修了。血液型はO型。所属は高嶋音楽事務所。音楽レーベルは日本コロムビア。
岸 倫仔(きし りんこ、4月2日 - )は、日本の女性ヴァイ… 岸 倫仔(きし りんこ、4月2日 - )は、日本の女性ヴァイオリニスト、作曲家。 「倫仔」のアルファベット表記については、一般的なローマ字表記の「Rinko」とは別に、Lを頭文字としNを2つ並べた「Linnko」をアーティスト・ロゴとして用いている。 大阪府吹田市生まれ。5歳よりピアノを始め、この頃より作曲を始める。さらに8歳よりヴァイオリンを始める。奈良で育ち、父親の転勤により、名古屋、東京と東に移動。 国立音楽大学器楽科(ヴァイオリン専攻)在学中に「LINN-TETRA」の母体というべきバンドを結成。ヴォーカル、ヴァイオリン、キーボードを担当し、自らの曲の発表の場としてライヴ活動を開始する。
折原 有佐(おりはら ありさ 、1月31日 - )は、OSK… 折原 有佐(おりはら ありさ 、1月31日 - )は、OSK日本歌劇団の元娘役スター。大阪府阪南市出身。A型。旧芸名:折原 史緒(しお)。
綾音 美蘭(あやね みらん、1月21日 - )は、宝塚歌劇団… 綾音 美蘭(あやね みらん、1月21日 - )は、宝塚歌劇団星組に所属する娘役スター。 大阪府交野市、大阪聖母女学院高校出身。身長161cm。愛称は「まりなん」、「みらん」。 2016年4月、宝塚音楽学校入学。 2018年4月、宝塚歌劇団に104期生として入団。入団時の成績は15番。星組宝塚大劇場公演『ANOTHER WORLD/Killer Rouge』で初舞台。 2024年の「記憶にございません!」で新人公演初ヒロイン。
斉藤 正雄(さいとう まさお、生年不詳 - 昭和59年 (1… 斉藤 正雄(さいとう まさお、生年不詳 - 昭和59年 (1984年) 3月14日)は、日本のアコーディオン奏者。本名・斉藤昭弘(さいとう あきひろ)。大阪府大阪市生まれ。 16歳から独学でアコーディオン演奏を始め、昭和21年、NHKラジオの「のど自慢素人音楽会」から、58年5月の「NHKのど自慢」まで、ずっと伴奏を担当、後にバンドリーダーを務めた。このほか、初期のコメディードラマなどにも出演したり、音楽番組全般にわたって作曲者、編曲者、指揮者として活躍した。全関西アコーディオン協会副会長。 大阪城東商業学校 (現在の大阪商業大学高等学校)卒業。
北原 沙織(きたはら さおり、8月28日 - )は、元OSK… 北原 沙織(きたはら さおり、8月28日 - )は、元OSK日本歌劇団の娘役スター。大阪府吹田市出身。A型。 1986年、日本歌劇学校入学。61期生。 1988年、OSK日本歌劇団に入団。近鉄劇場『果てしなき流れの果てに』で初舞台。 旧OSKの解散後、再結成された新OSKで若木志帆と二人で、ダブルトップに近い扱いを受けた。 2008年、世界館『エトワール』にて退団した。 OSKには「何気なく入ってしまった」と語り、初舞台以来、何度も辞めようと思ったことがあったという。1989年には、実際に退団届を出したこともある。 旧OSKの解散宣言以後は現実をしっかり受け止め、署名活動などに積極的に参加してきた。
木谷 悦子(きたに えつこ、 ? 年8月24日 - )は、… 木谷 悦子(きたに えつこ、 ? 年8月24日 - )は、日本のハーモニカ奏者。 広島市生れ、大阪府立茨木高等学校、京都女子大学卒業後、高槻市役所に勤務。1993年偶然楽器店でクロマチックハーモニカと出会い練習を始めた。練習開始1年後の1995年には国内コンテストである「FIHジャパンハーモニカコンテスト」クロマチックジャズポピュラー部門で1位となり、1996年には世界大会である「ワールドハーモニカチャンピオンシップス」クロマチックジャズポピュラー部門で3位、翌1997年には同大会で優勝した。1998年には市役所を退職し、プロ奏者として活動を開始した。 2004年の中越地震のあと2005年5月から10月にかけて全国40か所でチャリティコンサートを行ない、山古志村元村長の長島忠美に義援金111万円を送った。
植田 博之(うえだ ひろし、4月15日 - )は、日本のベー… 植田 博之(うえだ ひろし、4月15日 - )は、日本のベーシスト、音楽プロデューサー。大阪府八尾市出身。血液型O型。本名 植田博司。別名義に植田ヒロシ がある。 音楽プロダクション Analog Plan.LLC代表。ハーフトーンミュージック出身。主な活動は、スタジオレコーディング、コンサートツアーサポート、セッションライブ、楽曲提供プロデュース、等。 プロベーシスト、スタジオミュージシャンとして33年以上のキャリアを持つ。これまでに数多くの有名アーティストのレコーディングやコンサートツアーに参加。作・編曲家、音楽プロデューサーでもある。 レコードコレクターズ増刊「シティポップ1973-2019」では、「手練れのスタジオミュージシャン」として紹介されている。
しげの ゆうこは、日本のジャズ・シンガー。 4歳から、大阪の… しげの ゆうこは、日本のジャズ・シンガー。 4歳から、大阪の金沢ピアノ塾でクラシックピアノを習う。 大阪府立茨木高等学校卒業。高校在学中にジャズに感銘を受け、ジャズ・ピアノとジャズ・ボーカルの基礎を学ぶ。津田塾大学学芸学部英文学科卒業。大学時代より、ジャズ・ボーカルおよびピアノの弾き語りを始める。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学。英米文化、比較文化専攻。さらに卒業後、数回渡米し、ボイストレーニング、言語学、音声学発声指導法ならびに発音指導法を学ぶ。 20代でロック・バンド、女的(ガールティック Girltique)のボーカリスト「鬼姫」(おにひめ、通称:姫)としてデビュー(ティアードロップス/CROWN records)。
松岡 莉子(まつおか りこ)は、日本のハープ奏者。大阪府豊中… 松岡 莉子(まつおか りこ)は、日本のハープ奏者。大阪府豊中市出身。 主に34弦のアイリッシュハープを演奏する。3歳でピアノ、14歳でハープをはじめる。関西大学第一高等学校、関西大学社会学部を経て社会人となり、のちにイギリスハープ協会(Clarsach Society)の奨学生に選ばれ、英国王立スコットランド音楽院(RCS(英語))へ進む(2016年)。同学のスコットランド伝統音楽学科修士課程を2019年に修了。 エディンバラ国際ハープフェスティバル(en)や「ケルティック・コネクション」に出演のためスコットランドをたびたび訪れる。2021年には林そよか作曲《アイリッシュハープ協奏曲「Voyage of 34 Strings」》を藤岡幸夫指揮、関西フィルハーモニー管弦楽団とともに初演し、2022年にテレビ東京「エンター・ザ・ミュージック」で放映される。
五十嵐 はるみ(いがらし はるみ)は日本のジャズ/J-POP… 五十嵐 はるみ(いがらし はるみ)は日本のジャズ/J-POP/映画音楽歌手、ラジオDJ、ナレーター。 2000年 BMGファンハウスより「SOMETHING」でデビュー。 ジャンルやカテゴリーにとらわれないその高い音楽性で2008年の5th.アルバム「Tears」では全米デビューも果たす。 NHK「BS日本のうた」等多数のテレビ番組に出演する他、ラジオ・映画・エッセイ本の出版・ナレーションなど多方面で活躍中。 2013年6th.アルバム「五十嵐はるみベストアルバム ”J” 〜虹いろ〜」をリリース。
かとうかなこは、日本のアコーディオン奏者。本名、加藤可奈子。… かとうかなこは、日本のアコーディオン奏者。本名、加藤可奈子。大阪府豊中市出身。箕面自由学園高等学校卒業。18歳の時、留学先のフランスでピアノ式からボタン式のクロマチックアコーディオンに転向。以来、日本を代表するクロマチック・アコーディオン奏者として活躍している。
井上 ゆかり(いのうえ ゆかり)は、大阪府大阪市出身のジャズ… 井上 ゆかり(いのうえ ゆかり)は、大阪府大阪市出身のジャズ・ピアニスト。 首都圏でライブ活動をメインに演奏活動を行っているが、日本各地のライブハウス、ジャズ・フェスティバル、コンサート会場などでも月20-25回の演奏を行っている。主な共演者はバイオリン里見紀子、Maiko、平松加奈。トロンボーン向井滋春、フルート井上信平。ギター宮野弘紀、平岡雄一郎など。活動の中心は2006年より始めたベース加藤真一、ドラムス藤井摂とのピアノトリオ、および2007年からのソロピアノライブ、2011年からはジャズ・ピアノの指導活動も開始している。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
田中晶子(たなか あきこ)は、大阪府高槻市生まれのヴァイオリ… 田中晶子(たなか あきこ)は、大阪府高槻市生まれのヴァイオリニストである。 4歳からヴァイオリンを始めた。1985年、桐朋女子高等学校音楽科に入学、1987年、高校3年生の時、第56回日本音楽コンクールで第3位を受賞した。この時の第1位は後輩の1年生諏訪内晶子だった。1988年、桐朋学園大学ディプロマコースへ進んだ。桐朋時代は辰巳明子に師事した。 1989年、大学を中退し、ロンドンのギルドホール音楽院に入学、4年間イフラ・ニーマンのクラスでヴァイオリンを学んだ。この間、1989年、ビシー国際音楽コンクールで第1位、1990年、シベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで1位なしの第3位、1991年、第1回ハノーファー国際ヴァイオリン・コンクールで第6位を受賞した。
奥 幸代(おく さちよ)は、日本のヴァイオリニスト、ヴィオリ… 奥 幸代(おく さちよ)は、日本のヴァイオリニスト、ヴィオリスト。 大阪府堺市出身。大阪音楽大学短期大学部器楽専攻卒業。ヴァイオリンを東儀幸に、ヴィオラを竹内晴夫に師事。堺市新人音楽家演奏会に出演の後、モレ弦楽四重奏団に約4年間在籍、各地でのコンサートに参加。1998年よりヴィオリストとして活動を始める。ライナー・モーク(元ベルリンフィルソロ首席奏者)に2002年から2004年まで奈良国際音楽アカデミーにて指導を受けた後、毎年プライベートレッスンを受けて、演奏活動を行なっている。演奏者としては、自身の教室での指導、大阪フィルハーモニー交響楽団、日本センチュリー交響楽団の他、主に関西のオーケストラで活動中。
中川 創一(なかがわ そういち)は、日本の音楽家、グレゴリオ… 中川 創一(なかがわ そういち)は、日本の音楽家、グレゴリオ聖歌演奏者。バリトン歌手。大阪府出身。 学生の頃より関西のプロアマ団体でソロ(バリトン・バスなど)を担当する。バスからアルトまでの声域をカバーする。1996年にオランダにて、M.F.エグモント(バリトン歌手)の指導を受け、バッハの受難曲やヘンデルの『メサイア』など宗教曲のバス・ソロ、シューベルトの歌曲集『冬の旅』など指南を受けた。ベルカント唱法を元にした発声法やアレクサンダーテクニークの発声法から独自の発声方法を見出し実践する。現在はグレゴリオ聖歌の研究や発声、アンサンブルの講師として指導にあたる。教会ラテン語の翻訳なども行っている。
Rails-Tereo(レイルステレオ)は、キーボーディスト… Rails-Tereo(レイルステレオ)は、キーボーディスト・ボーカリストのモリカワヒロシ(1978年6月5日 - )のソロユニット。大阪府枚方市出身、鳥取県鳥取市在住。Music Wonder LTD.所属。A型。影響を受けた音楽家は布袋寅泰・スティーヴィー・ワンダー・スガシカオなど。 箏・三味線奏者の母、音楽好きの姉の影響を受け3歳からピアノを始め、中学時に布袋寅泰を聴き、作詞・作曲を始める。高校時は3年間宅録でデモテープを作る。音楽大学作曲科に入学後、FM802のスガシカオ担当番組内で自身の楽曲が紹介されたことを機に、プロを目指す。 2014年発売の3rdアルバム『Golden Pop Lion』発売時にはスガから以下の推薦コメントを受け取っている。