林 範彦(はやし のりひこ、1976年 - )は、日本の言語… 林 範彦(はやし のりひこ、1976年 - )は、日本の言語学者。 大阪府高槻市出身。明星中学・高校卒業後、京都大学文学部に進学。 京都大学文学研究科修士・博士課程修了後、神戸市外国語大学外国語学部中国語学科で中国語を教える。 2026年現在、同大学教授・副学長。
大阪府:26人
林 範彦(はやし のりひこ、1976年 - )は、日本の言語… 林 範彦(はやし のりひこ、1976年 - )は、日本の言語学者。 大阪府高槻市出身。明星中学・高校卒業後、京都大学文学部に進学。 京都大学文学研究科修士・博士課程修了後、神戸市外国語大学外国語学部中国語学科で中国語を教える。 2026年現在、同大学教授・副学長。
福盛 貴弘(ふくもり たかひろ、1970年11月6日 - )… 福盛 貴弘(ふくもり たかひろ、1970年11月6日 - )は、日本の言語学者、音声学者、大東文化大学教授。専攻は、実験音声学・言語学、トルコ語学。 大阪府大阪市生まれ。1995年岡山大学文学部卒業、2003年筑波大学大学院文芸・言語研究科修了。博士(言語学)。2005年大東文化大学外国語学部講師、2010年准教授、2015年教授。2021年日本実験言語学会会長。
石黒 圭(いしぐろ けい、1969年1月4日 - )は、日本… 石黒 圭(いしぐろ けい、1969年1月4日 - )は、日本の言語学者・日本語学者。国立国語研究所教授、総合研究大学院大学教授、一橋大学大学院言語社会研究科連携教授。 大阪府高槻市生まれ、神奈川県横浜市出身。 神奈川県立横浜平沼高等学校を経て、北海道大学中退、一橋大学社会学部卒業。2008年、「日本語の文章理解過程における予測の型と機能」で早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程修了、博士(文学)の学位を取得。2003年一橋大学留学生センター(現国際教育センター)専任講師、助教授そして准教授を経て、2013年教授。 2024年現在、文部科学省中央教育審議会生涯学習分科会日本語教育部会専門委員、専門日本語教育学会会長、教科書編集委員(光村図書出版『小学校国語』、明治書院『精選 現代の国語』『精選論理国語』)、辞書編集委員(小学館『例解学習国語辞典』)。
庵 功雄(いおり いさお、1967年〈昭和42年〉 - )は… 庵 功雄(いおり いさお、1967年〈昭和42年〉 - )は、日本の言語学者・日本語学者。学位は、博士(文学)(大阪大学・1997年)(学位論文「日本語のテキストの結束性の研究 -指示表現と名詞の機能を中心に」)。一橋大学国際教育センター・言語社会研究科教授。研究分野は、文法論・談話など。新村出研究奨励賞、林大記念論文賞、日本語教育奨励賞受賞。2023年、文化庁長官表彰。 大阪府枚方市出身。日本放送協会学園高等学校(現在のNHK学園高等学校)を経て、1991年大阪大学文学部日本語学科を卒業した。1996年に同大学院文学研究科現代日本語学講座博士後期課程単位取得退学した。大阪大学文学部助手、1997年「日本語のテキストの結束性の研究 -指示表現と名詞の機能を中心に」で大阪大学より博士(文学)の学位を取得した。
松岡 和美(まつおか かずみ、1965年 - )は、日本の言… 松岡 和美(まつおか かずみ、1965年 - )は、日本の言語学者。専門は手話言語学。慶應義塾大学教授。 大阪府東大阪市出身。1988年京都外国語大学外国語学部英米語学科卒業。1990年筑波大学大学院教育研究科修了、教育学修士。1992年コネチカット大学現代・古典文学部非常勤講師。1995年コネチカット大学言語学部ハスキンズ言語研究所研究助手。1996年マウントホリヨーク大学アジア研究科客員講師。1998年コネチカット大学言語学部大学院修了、Ph.D.。同年メンフィス大学外国語・外国文学部助教授。2000年慶應義塾大学経済学部助教授。2004年言語科学会運営委員。2006年慶應義塾大学経済学部教授。
田中 伸一(たなか しんいち、1964年 - )は、日本の言… 田中 伸一(たなか しんいち、1964年 - )は、日本の言語学者。専門は理論言語学(音韻論・形態論)。東京大学大学院総合文化研究科教授。日本音韻論学会元会長。 大阪府生まれ。1983年大阪府立千里高等学校卒業。1988年筑波大学第一学群人文学類卒業。1988年言語学修士。1993年筑波大学大学院文芸言語研究科博士課程満了、名古屋大学言語文化部専任講師。1995年名古屋大学言語文化部助教授。1999年博士(言語学)。2001年東京大学大学院総合文化研究科准教授。2015年東京大学大学院総合文化研究科教授。2017年から2021年まで日本音韻論学会会長。専門は理論言語学(音韻論・形態論)。
武田 好(たけだ よしみ、1961年 - )は、日本のイタリ… 武田 好(たけだ よしみ、1961年 - )は、日本のイタリア語学者・イタリア文化学者。静岡文化芸術大学教授。大阪市出身。 1998年 - 2009年、NHKラジオ第2放送「イタリア語講座」講師を担当。2012年(4月 - 9月)・2013年、NHK Eテレ「テレビでイタリア語」講師を担当。2018年(4月 - 9月)、NHKラジオ第2放送「まいにちイタリア語(入門編)」講師を担当。
赤楚 治之(あかそ なおゆき、1959年11月7日 - )は… 赤楚 治之(あかそ なおゆき、1959年11月7日 - )は、日本の言語学者、教育者である。専攻は英語学。名古屋学院大学学長。
金水 敏(きんすい さとし、1956年4月29日 - )は、… 金水 敏(きんすい さとし、1956年4月29日 - )は、日本の日本語学者。放送大学大阪学習センター所長、大阪大学栄誉教授。日本学士院会員。 大阪府大阪市出身、兵庫県西宮市在住。大阪府立北野高等学校時代はオーケストラ部の部長を務めた。1979年東京大学文学部卒、1982年同大学院人文科学研究科国文科博士課程中退、東京大学文学部助手、1983年神戸大学教養部講師、1987年大阪女子大学助教授、1990年神戸大学文学部助教授、1998年大阪大学文学部助教授、2001年同文学研究科教授。2022年3月定年退職、同年4月から、放送大学大阪学習センター所長。 2020年、日本学士院会員に選ばれたほか、日本語学会評議員、日本言語学会委員、言語処理学会理事、日本語文法学会副会長・評議委員、日本語用論学会評議員、日本学術会議会員などを歴任した。
阿辻 哲次(あつじ てつじ、1951年〈昭和26年〉7月10… 阿辻 哲次(あつじ てつじ、1951年〈昭和26年〉7月10日 - )は、日本の漢学者・言語学者・中国文学者。京都大学名誉教授。漢検協会漢字文化研究所所長。日本漢字学会初代会長。 大阪府出身。家業が大淀区南浜の印刷工場であり、人名などで活字にない文字が注文された際に、既存の活字を削るなどしていたのを見て、漢字に興味を抱く。大阪府立北野高等学校を経て、1975年京都大学文学部中国語学中国文学科卒業。1980年京都大学大学院博士課程中退。『均社』第四代社長。静岡大学助教授。京都大学大学院人間・環境学研究科教授、2017年定年退任、名誉教授。 文化庁文化審議会国語分科会漢字小委員会委員で、2010年の常用漢字追加の選定に携わる。
松尾 勇(まつお いさむ、1950年 - )は、日本の朝鮮語… 松尾 勇(まつお いさむ、1950年 - )は、日本の朝鮮語学者、天理大学国際学部教授。 1950年、大阪市生まれ。1973年天理大学外国語学部朝鮮学科卒業。1977年2月、延世大学校大学院国語国文学科修士課程修了。現在、天理大学国際学部外国語学科韓国・朝鮮語専攻教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
荒川 清秀(あらかわ きよひで、1949年8月16日 - 2… 荒川 清秀(あらかわ きよひで、1949年8月16日 - 2021年8月14日)は、日本の言語学者、中国語学者。専門は日中対照研究、日中共通の漢語の歴史的研究。 兵庫県養父郡八鹿町(現養父市)出身。大阪府立茨木高等学校を経て、1972年大阪市立大学文学部国文・中文学科中国文学専攻卒業。1977年、同大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得満期退学、愛知大学教養部講師。1998年、「近代日中学術用語の形成と伝播 地理学用語を中心に」で大阪市立大学より文学博士の学位を取得。同年、愛知大学国際コミュニケーション学部教授。2018年、第12回中華図書特殊貢献賞を受賞。 NHKラジオ中国語講座やEテレ「テレビで中国語」の講師を歴任したほか、中国語教育学会会長、中国語学会副会長・理事、中国語教育学会代表理事を歴任した。
佐竹 秀雄(さたけ ひでお、1947年12月16日 - )は… 佐竹 秀雄(さたけ ひでお、1947年12月16日 - )は、日本の国語学者。武庫川女子大学文学部名誉教授、同言語文化研究所所長。 大阪府大東市生まれ。1972年京都府立大学文家政学部文学科卒、1974年大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。1975年国立国語研究所研究員、1984年主任研究官、1988年室長、1989年武庫川女子大学文学部助教授、1995年教授、言語文化研究所長。 専門は、現代語の表記論、文章論、言語行動論。その他、日本広報協会広報アドバイザー、日本話しことば協会理事、日本語文章能力検定協会顧問。横書きの国語辞典「デイリーコンサイス国語辞典」や、五十音順の漢字字典「デイリーコンサイス漢字辞典」といった、従来の辞典編纂者や版元が手を出さなかった大胆な手法の辞書を手がけた。
仁田 義雄(にった よしお、1946年6月11日 - )は、… 仁田 義雄(にった よしお、1946年6月11日 - )は、日本の日本語学者。学位は、文学博士(大阪大学・論文博士・1991年)(学位論文「語彙論的統語論」)。大阪大学名誉教授。定年後関西外国語大学教授。日本語文法学会初代会長。日本語学会会長を歴任。 大阪府茨木市生まれ。1971年神戸大学文学部国文科卒、1975年東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得中退。大阪女子大学助教授、大阪大学文学部助教授、大阪外国語大学教授、2007年大阪大学大学院言語文化研究科言語社会専攻教授。1991年「語彙論的統語論」で大阪大学より文学博士の学位を取得。2012年定年、名誉教授、関西外国語大学教授。
佐藤晴彦(さとう はるひこ、1944年 - 2024年5月2… 佐藤晴彦(さとう はるひこ、1944年 - 2024年5月22日)は、中国語学者。神戸市外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。1968年神戸市外国語大学中国学科卒、1973年大阪市立大学大学院中国文学博士課程単位取得退学、大阪市立大学助手、1978年専任講師、1982年神戸市外国語大学助教授、1986年教授、2010年特任教授。2013年退任、名誉教授。2015年関西大学文学博士。
崎山 理(さきやま おさむ、1937年4月6日 - )は、日… 崎山 理(さきやま おさむ、1937年4月6日 - )は、日本の人類学者・言語学者。国立民族学博物館・滋賀県立大学名誉教授。 1937年、大阪市生まれ。1962年、東京外国語大学フランス語学科卒業。1967年、京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1964-66年、インドネシア大学・ガジャ・マダ大学文学部給費留学。京都大学博士(文学)。 大阪外国語大学外国語学部・広島大学総合科学部助教授、国立民族学博物館助教授、同第5研究部教授、同民族文化研究部教授を経て、2001年、定年退職。1984-85年、パプアニューギニア大学(英語版)学芸学部客員助教授。1993-94年、総合研究大学院大学文化科学研究科長。
牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、… 牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、日本の中国文学者・中国語学者。早稲田大学名誉教授。大阪市生まれ。大阪外国語大学卒、東京都立大学大学院修士課程修了、早稲田大学語学教育研究所教授、2008年定年、早稲田大学名誉教授。1990年代にNHKラジオ中国語講座の講師を担当。
塚本 勲(つかもと いさお、1934年7月30日 - )は、… 塚本 勲(つかもと いさお、1934年7月30日 - )は、日本の朝鮮語学者・翻訳家。元大阪外国語大学教授。 大阪府大阪市生野区に生まれ、在日韓国・朝鮮人の多い旧猪飼野地区の近くで育つ。大阪府立天王寺高等学校を卒業後、京都大学文学部言語学科へ入学、同大学院博士課程終了。京都朝鮮中高級学校非常勤講師を経て、1963年に大阪外国語大学外国語学部に新設された朝鮮語学科の専任講師に迎えられた。戦後国内の教育・研究組織としては、1950年設置の天理大学文学部朝鮮文学語学科に続き、国公立大学では初めてとなる朝鮮語専門の学科であった。 そのころより大学内外の協力を得ながら朝鮮語辞書の編纂を開始し、資金不足など様々な困難を乗り越え23年の歳月をかけて1986年に『朝鮮語大辞典』を完成させた。
鳥井 克之(とりい かつゆき、1934年6月26日 - )は… 鳥井 克之(とりい かつゆき、1934年6月26日 - )は、中国語学者、関西大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪府立今宮高等学校卒、1958年大阪市立大学経済学部(二部)卒業。1960年同文学部中国学科(二部)卒業。1963年同大学院文学研究科修士課程修了、大阪市立大学文学部助手、1967年関西大学文学部講師、助教授、教授、2000年外国語教育研究機構教授。2005年定年、名誉教授。 1996年「中国文法学説史」で関西大学より文学博士の学位を取得。 2014年11月瑞宝中綬章受章。
芝田 稔(しばた みのる、1916年〈大正5年〉12月12日… 芝田 稔(しばた みのる、1916年〈大正5年〉12月12日 - 2007年〈平成19年〉2月10日)は、日本の中国語学者。関西大学名誉教授。 大阪府南河内郡長野町(現・河内長野市)出身。北京大学文学院国文学系卒業。関西大学文学部助教授、教授。1989年定年、名誉教授。 子供は二男二女、長男は芝田啓治(元教員、元河内長野市長)。
鐘ケ江 信光(かねがえ のぶみつ、1912年(大正元年)1月… 鐘ケ江 信光(かねがえ のぶみつ、1912年(大正元年)1月18日 - 2012年(平成24年)12月5日)は、日本の中国語学者。東京外国語大学名誉教授、元同大学学長。 大阪市出身。東京外国語学校支那語科卒。東京外国語大学助教授、教授、1971年4月から1975年3月まで学長、1976年(昭和51年)定年退官、名誉教授。1965年(昭和40年)から1967年(昭和42年)まで、NHKの中国語入門を担当した。2012年(平成24年)12月5日、老衰のため100歳で死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中内 正利(なかうち まさとし、1903年8月25日 - 1… 中内 正利(なかうち まさとし、1903年8月25日 - 1985年10月15日)は、英語学者。 大阪市生まれ。1925年大阪市立高等商業学校(現大阪公立大学)卒業、横浜正金銀行入行、大阪支店勤務。36-45年マニラ、ニューヨーク、リオデジャネイロ、青島の各支店に勤務。39年ニューヨーク市立大学で英語学を学ぶ。46年横浜正金銀行大阪支店、47年東京銀行に移行し、48年東京本店勤務。58年定年退職、60年早稲田大学専任講師、66年教授、74年定年退職。75―84年日本実用英語学会会長。84年名誉会長。墓所は小平霊園(13区2側)。
折口 信夫(おりくち しのぶ〈のぶを〉、1887年〈明治20… 折口 信夫(おりくち しのぶ〈のぶを〉、1887年〈明治20年〉2月11日 - 1953年〈昭和28年〉9月3日)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。 折口の成し遂げた研究は、「折口学」と総称されている。柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。みずからの顔の青痣(あざ)をもじって、靄遠渓(あい・えんけい=青インク、「靄煙渓」とも)と名乗ったこともある。 1887年2月11日、大阪府西成郡木津村(現:大阪市浪速区敷津西1丁目・鷗町公園)に父秀太郎、母こうの四男として生まれた。信夫の祖父の造酒之介が、飛鳥坐神社の社家の出身ということもあり、終生、折口はそれを自慢していた(養子なので直接血縁はないと言われている)。
亀田 次郎(かめだ じろう、1876年〈明治9年〉9月11日… 亀田 次郎(かめだ じろう、1876年〈明治9年〉9月11日 - 1944年〈昭和19年〉2月8日)は、日本の国語学者、書誌学者。 兵庫県印南郡曽根村(現・高砂市曽根町)に生まれる。父・猪之介、母・チヨ。母方の祖父は亀田五一郎といい、幕末に塩田開拓などで成功し、南画家の田能村直入などの文人と交流のあった素封家であった。 大阪尋常中学校から熊本の第五高等学校を経て東京帝国大学文学部に進学。友人に新村出がいる。大学を卒業後は恩師・上田萬年が主事を務めていた国語調査委員会嘱託として実務にあたった。1908年に七高へ赴任(同僚に山田準・武藤長平・伊波普猷らがいた)。その後、大阪外国語学校・大谷大学に教授として勤務した。
熊谷 明泰(くまたに あきやす)は、日本の言語学者。専門は社… 熊谷 明泰(くまたに あきやす)は、日本の言語学者。専門は社会言語学、朝鮮語学。関西大学名誉教授、元北東アジア学会理事。東崇学術賞受賞。 大阪市生まれ。1967年桃山学院高等学校卒業。1975年大阪府立大学経済学部経済学科卒業。1977年大阪外国語大学外国語学部朝鮮語学科中退。1981年大阪外国語大学大学院外国語学研究科東アジア語学専攻修士課程修了。1983年高麗大学校国語国文学科大学院博士課程朝鮮語学専攻入学(文部省国費留学)。1989年一橋大学大学院社会学研究科社会言語学専攻博士課程単位取得満期退学、ソウル大学校大学院国語国文学科朝鮮語学専攻博士課程入学。指導教官田中克彦。 1984年大田実業専門大学観光日語科専任講師。
樋口 康一(ひぐち こういち)は、日本の言語学者、愛媛大学教… 樋口 康一(ひぐち こういち)は、日本の言語学者、愛媛大学教授。京都大学卒業。 大阪府大阪市出身。モンゴル語、アルタイ諸語の言語学が専攻で、日本・韓国及び日本・トルコの相互理解促進の方策研究である。本職だけでなく、ラジオのパーソナリティーとして2009年4月から2010年9月まで「プロフェッサー樋口のMR.マンデー」(南海放送ラジオ)に出演していた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。