山田 啓二(やまだ けいじ、1954年〈昭和29年〉4月5日… 山田 啓二(やまだ けいじ、1954年〈昭和29年〉4月5日 - )は、日本の自治官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。京都府京都文化博物館長、学校法人京都産業大学理事長。 京都府知事(公選第15・16・17・18代)、全国知事会会長(第11代)、新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)副代表・「知事・市町村長連合会議」座長、京都舞鶴港振興会会長、関西観光本部副理事長を歴任した。 兵庫県洲本市で生まれ、後に伊丹市、東京都杉並区に転居。桐朋高等学校、東京大学法学部卒業。1977年4月、自治省(現・総務省)に入省した。本省勤務の他、和歌山県や高知県、内閣法制局、国土庁への出向も経験し、1999年より京都府総務部長。
久元 喜造(ひさもと きぞう、1954年2月1日 - )は、… 久元 喜造(ひさもと きぞう、1954年2月1日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。兵庫県神戸市長(1期)。
盛山 正仁(もりやま まさひと、1953年12月14日 - … 盛山 正仁(もりやま まさひと、1953年12月14日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、法務副大臣。義父は元衆議院議長の田村元。武庫川女子大学客員教授、玉川大学客員教授、同志社大学客員教授、聖心女子大学講師。元法務大臣政務官(第2次安倍内閣)。
福元 晶三(ふくもと しょうぞう、1953年〈昭和28年〉8… 福元 晶三(ふくもと しょうぞう、1953年〈昭和28年〉8月5日 - )は、日本の政治家。兵庫県宍粟市長(4期)。 兵庫県山崎町(現・宍粟市)出身。兵庫県立山崎高等学校卒業。1972年(昭和47年)、山崎町役場に採用される。 2005年(平成17年)4月1日、山崎町、一宮町、波賀町、千種町の4町が合併して宍粟市が誕生すると幹部職員として登用され、2007年(平成19年)に宍粟市教育委員会教育部長に就任した。その後一宮市民局長となり、2012年(平成24年)12月31日、宍粟市役所を退職。 2013年(平成25年)5月12日に行われた宍粟市長選挙に無所属で出馬。現職の田路勝、元山崎町長・県議の高嶋利憲の2候補を破り初当選。
近藤 三津枝(こんどう みつえ、1953年6月14日 - )… 近藤 三津枝(こんどう みつえ、1953年6月14日 - )は日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。学校法人甲南女子学園 理事、阪神高速道路 監査役、一般財団法人大阪府交通安全協会 理事、公益財団法人 松下社会科学振興財団松下資料館 評議員。 兵庫県芦屋市生まれ。小学校から甲南学園で学び、甲南小学校、甲南女子中学校・高等学校、甲南女子大学文学部英文学科卒業。ジャーナリスト、キャスターとして、経済・環境問題をテーマに、国内外で国際的な取材活動を行う。欧米のエクセレントカンパニー、経済発展するアジア各国の熱気を現地取材し、経済ドキュメンタリー番組などを数多く制作[要出典]。 1997年、米国国務省により、インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム(IVLP)に招待され、全米の今後活躍する将来性の高い企業100社を取材する[要出典]。
北橋 健治(きたはし けんじ、1953年〈昭和28年〉3月1… 北橋 健治(きたはし けんじ、1953年〈昭和28年〉3月19日 - )は、日本の政治家。元福岡県北九州市長(第12・13・14・15代)、民社協会専務理事。衆議院議員(6期)、大蔵政務次官(羽田内閣)、衆議院環境委員長を務めた。 兵庫県西宮市生まれ。母親は広島で被爆したため、北橋自身は被爆二世である。甲陽学院高等学校、東京大学法学部卒業。東京大学在学中、ヨーロッパの社会民主主義を研究するため、学内に社会思想研究会を設立した。同会のメンバーには国際自由労働組合総連盟のアジア太平洋組織の書記長を務めた鈴木則之がいる。東大卒業後、1977年から民社党に勤務する。 1986年、第38回衆議院議員総選挙に民社党公認で旧福岡2区(定数5)から出馬し、得票数3位で初当選した。
有田 恵子(ありた けいこ、1953年3月7日 - )は、日… 有田 恵子(ありた けいこ、1953年3月7日 - )は、日本の実業家、経営コンサルタント、歌手、作家、政治家である。千葉県旭市議会議員(2期)。兵庫県神戸市出身。
松本 均(まつもと ひとし、1953年 - )は、日本の元政… 松本 均(まつもと ひとし、1953年 - )は、日本の元政治家。元高砂市議会議員(5期)、元兵庫県警察勤務。 兵庫県高砂市生まれ。神戸学院大学法学部法律学科卒業。高野山大学大学院文学研究科修士課程修了。 叙勲・旭日双光章受章。主な表彰・総務省、兵庫県、高砂市長、高砂市教育委員会、全国市議会議長会など。 兵庫県警の警察官時代から柔道、剣道、空手道、逮捕術、十手術、捕縄術、杖道、琉球古武道などの武道稽古に興味を持つ。退職後は当山派修験道の先達に従い、各地の山岳修験の霊山に登頂。修験道の歴史、伝承、祭祀、作法などを学んだ。また、中国に渡航し、チベット自治区のチベット仏教寺院や西安・洛陽・成都・天台山などの仏教遺跡を探訪する。
青山 繁晴(あおやま しげはる、1952年〈昭和27年〉7月… 青山 繁晴(あおやま しげはる、1952年〈昭和27年〉7月25日 - )は、日本の政治家、危機管理コンサルタント、作家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。環境副大臣。日本の尊厳と国益を護る会(護る会)代表。 元独立総合研究所代表取締役社長・兼・首席研究員、元三菱総合研究所専門研究員(安全保障・テロ対策・危機管理、外交政策、政治、包括的国家戦略立案担当)、元共同通信社記者(事件記者、経済記者、政治記者)、東京大学教養学部元非常勤講師、近畿大学経済学部客員教授、東京大学学生有志ゼミ講師、参議院議員(2期)、自由民主党大阪府支部連合会会長、参議院環境委員長などを歴任。 妻は水産学研究者・水産学博士、東京海洋大学特任准教授、独立総合研究所社長の青山千春、長男は同研究所前社長の青山大樹。
小池 百合子(こいけ ゆりこ、1952年〈昭和27年〉7月1… 小池 百合子(こいけ ゆりこ、1952年〈昭和27年〉7月15日 - )は、日本の政治家。東京都知事(第20・21・22代)。都民ファーストの会特別顧問。無所属。 アラビア語通訳者、ニュースキャスターを経て、1992年に政界へ転身した。 テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』キャスター(「小池ユリ子」名義)、参議院議員(1期)、衆議院議員(8期)、総務政務次官、経済企画総括政務次官、環境大臣、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)、防衛大臣、自由民主党広報本部長、自由民主党総務会長、自由民主党国際人材議員連盟会長、都民ファーストの会代表、希望の党代表を歴任した。 兵庫県芦屋市で育った。父・小池勇二郎は戦時中、仲小路彰、小島威彦らが創設した思想団体「スメラ学塾」のメンバーとして活動し、石油関連の貿易商として戦後に財を成した。
山本 実(やまもと みのる、1952年〈昭和27年〉4月26… 山本 実(やまもと みのる、1952年〈昭和27年〉4月26日 - )は、日本の政治家。兵庫県たつの市長(3期)。 兵庫県たつの市出身。兵庫県立龍野実業高等学校(現・兵庫県立龍野北高等学校)卒業後、龍野市役所に入庁。下水道部長、総務部長などを歴任した。また、龍野実業高校在学中よりサッカーを始め、現在は龍野フットボールクラブの代表を兼任しサッカー指導者として活動する他、西播磨サッカー協会やたつの市サッカー協会の理事長などを務めている。 2013年(平成25年)10月20日に行われたたつの市長選挙に出馬するが、新人で元兵庫県議会議員の栗原一に敗れ落選。2014年(平成26年)4月、たつの市議会議員に初当選。
浜本 宏(はまもと ひろし、1952年4月22日 - )は、… 浜本 宏(はまもと ひろし、1952年4月22日 - )は、日本の法学者、政治家。民主党所属の元衆議院議員(1期)。 兵庫県神戸市出身。両親が共に政治家という家庭に育つ。兵庫県立御影高等学校、関西学院大学法学部法学科卒業、関西大学大学院法学研究科博士前期課程修了。その後、衆議院議員・永江一仁の議員秘書を経て、京都大学法学部研修員となる。この時期に高坂正堯に師事。その後、芦屋大学臨床教育学部国際コミュニケーション教育科教授ならびに芦屋大学・芦屋女子短期大学キャリア支援センター長を務める。また、民主党兵庫県連常任幹事も務めた。 2009年の第45回衆議院議員総選挙に比例近畿ブロックより出馬し、初当選。
長尾 秀樹(ながお ひでき、1952年2月14日 ‐ )は、… 長尾 秀樹(ながお ひでき、1952年2月14日 ‐ )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。元大阪市会議員(3期)。 兵庫県神戸市生まれ。 1976年3月、京都大学法学部卒業。同年4月、大阪市役所に入庁。2001年12月、大阪市役所を退職。 2003年4月に行われた大阪市会議員選挙(東淀川区選挙区)に民主党公認で立候補し初当選。以後、計3回連続当選。2015年の市議選(定数6)は次点で落選。 2016年5月、民進党大阪府第5区総支部長に就任。 2017年10月の第48回衆議院議員総選挙に大阪5区から立憲民主党公認で出馬し、公明党の國重徹に敗れるも比例復活で初当選を果たした。2018年11月より党大阪府連幹事長。
谷 公一(たに こういち、1952年〈昭和27年〉1月28日… 谷 公一(たに こういち、1952年〈昭和27年〉1月28日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党東日本大震災復興加速化本部長。 国家公安委員会委員長(第100代)、内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)・国土強靭化担当大臣・領土問題担当大臣(第2次岸田第1次改造内閣)、復興大臣補佐官、復興副大臣(第2次安倍内閣)、国土交通大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、衆議院国土交通委員長、衆議院東日本大震災復興特別委員長(第10代)、衆議院地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員長、自由民主党政務調査会会長代理、自由民主党組織運動本部団体総局長、自由民主党総務会副会長、自由民主党政務調査会副会長、自由民主党国会対策委員会副委員長、自由民主党副幹事長、自民党たばこ議員連盟幹事を歴任した。
岡崎 宏美(おかざき ひろみ、1951年6月12日 - )は… 岡崎 宏美(おかざき ひろみ、1951年6月12日 - )は、日本の政治家。新社会党中央執行委員長。元衆議院議員(2期)。 兵庫県立明石南高等学校卒業。兵庫県職員労働組合員で日本社会党員だった。国鉄民営化と連合加盟に反対したため、1990年の第39回総選挙に旧兵庫1区から立候補しようとしたが、公認を得ることができず、無所属で立候補し初当選した。選挙後に社会党会派入りした。1993年の第40回総選挙においても同様に公認を得られず無所属で立候補し再選。 1996年1月1日、参議院議員の矢田部理らとともに新社会党に参加。社会党執行部は岡崎らの離党届を受理せず、除名処分となった。同年10月の第41回総選挙には比例近畿ブロックの新社会党名簿第1位として立候補したが、落選した。
登 幸人(のぼり ゆきひと、1950年(昭和25年)12月2… 登 幸人(のぼり ゆきひと、1950年(昭和25年)12月20日 - )は、日本の政治家。元兵庫県高砂市長(3期)。 兵庫県加古川市出身。神戸商科大学商学部卒業。1973年4月、高砂市役所に入所。2007年1月1日、助役に就任。同年4月1日、副市長に就任。同年8月から入院した岡恒雄高砂市長の職務代行をつとめる。 2008年2月22日、岡が死去。それに伴って同年4月13日に行われた高砂市長選挙に無所属で出馬し、初当選。投票率は47.14%。同日市長に就任。 2016年4月の選挙で3選。 2021年、旭日小綬章受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
明石 元秀(あかし もとひで、1950年(昭和25年)10月… 明石 元秀(あかし もとひで、1950年(昭和25年)10月17日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。元兵庫県赤穂市長(1期)。 兵庫県赤穂市出身。兵庫県立赤穂高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、桃山学院大学経済学部卒業。同年4月、赤穂市役所に入庁。2004年(平成16年)4月、教育次長に就任。2005年(平成17年)4月、安全管理監に就任。2007年(平成19年)4月、赤穂市副市長に就任。2014年(平成26年)9月、副市長を退任。 2015年(平成27年)1月18日執行。元兵庫県職員の牟礼正稔、元会社経営者の矢野英樹ら2候補らとの激戦を制し初当選した。1月27日、市長就任。※当日有権者数:40,501人 最終投票率:61.00%(前回比:+9.87pts) 2019年(平成31年)1月20日執行。
河本 三郎(こうもと さぶろう、1950年9月7日 - )は… 河本 三郎(こうもと さぶろう、1950年9月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)。父は河本敏夫。
岡 恒雄(おか つねお、1950年(昭和25年)6月21日 … 岡 恒雄(おか つねお、1950年(昭和25年)6月21日 - 2008年(平成20年)2月22日)は日本の政治家。元兵庫県高砂市長(1期)。 兵庫県高砂市出身。高砂市の生活安全課部長や参事を経て2006年に現職の田村広一の任期満了に伴う高砂市長選挙に出馬し、現職の田村を破り当選。 翌年6月に急性骨髄性白血病と診断され同年8月より入院。そのため同月以降は副市長の登幸人が職務代行をしていたが、2008年2月22日午前2時26分に急性骨髄性白血病による脳出血のため明石市内の病院で現職のまま死去。57歳没。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
栗原 一(くりはら はじめ、1950年6月14日 - )は、… 栗原 一(くりはら はじめ、1950年6月14日 - )は、日本の政治家。元兵庫県たつの市長(1期)、元兵庫県議会議員(4期)。 兵庫県揖保郡揖保川町(現・たつの市)出身。兵庫県立龍野高等学校を経て明治大学法学部卒業、兵庫県立大学大学院修了。河本敏夫の秘書を務める。 1999年(平成11年)4月11日に行われた兵庫県議会議員選挙に出馬し初当選。2003年(平成15年)までは無所属で立候補したが、2007年(平成19年)と2011年(平成23年)の県議選は自由民主党公認で立候補し、いずれも当選した。 2013年(平成25年)10月20日に行われたたつの市長選挙に立候補し、初当選を果たした。投票率は54.74%。
多次 勝昭(たじ かつあき、1949年(昭和24年)10月2… 多次 勝昭(たじ かつあき、1949年(昭和24年)10月24日 - )は、日本の政治家。元兵庫県朝来市長(3期)。 兵庫県朝来市出身。1974年(昭和49年)3月、龍谷大学法学部卒業。同年4月、和田山町役場に採用される。 2005年(平成17年)4月1日、生野町・和田山町・山東町・朝来町の4町が合併して朝来市が発足。それと共に朝来市の企画部長に就任。 2009年(平成21年)1月、朝来市役所を退職。同年4月19日に行われた朝来市長選挙に立候補し初当選。5月8日、市長就任。2013年(平成25年)、無投票により再選。 2015年(平成27年)12月29日発売の月刊誌『田舎暮らしの本』2016年2月号に掲載された「2016年版住みたい田舎ベストランキング」で、兵庫県朝来市が全国1位に選ばれた(鳥取県岩美町も同率1位)。
山本 孝史(やまもと たかし、1949年〈昭和24年〉7月7… 山本 孝史(やまもと たかし、1949年〈昭和24年〉7月7日 - 2007年〈平成19年〉12月22日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、参議院議員(2期)、民主党参議院幹事長、参議院財政金融委員長を歴任した。「山本たかし」の表記も多い。兵庫県芦屋市出身。 実兄が交通事故死したのを機に立命館大学在学中から交通遺児救済のボランティア活動に参加し、卒業後に財団法人交通遺児育英会に就職。1990年より同会事務局長を務めた。 1993年7月18日の第40回衆議院議員総選挙で日本新党公認で初当選。8月党役員人事で山田宏立法調整委員長(国会対策委員長)の下で立法調整副委員長に就任した。衆議院議員を2期務めた後に参議院に転出。
谷口 芳紀(たにぐち よしき、1949年〈昭和24年〉3月3… 谷口 芳紀(たにぐち よしき、1949年〈昭和24年〉3月30日 - )は、日本の政治家。兵庫県相生市長(7期)。 兵庫県相生市那波野出身。 相生市立双葉小学校、淳心学院中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。 大学卒業後、河本敏夫衆議院議員秘書を経て、2000年に相生市長選に出馬し初当選、以降は無投票再選が続いた。2024年5月12日に告示された市長選挙には元兵庫県議会議員の小西彦治も午前中に立候補を届け出たが、同月19日告示、26日投開票の静岡県藤枝市長選挙に立候補するため、告示日午後になって急遽、立候補を取りやめたため、6回連続無投票で谷口の7選が決まった。 同じ2000年(平成12年)に初当選した、衆議院議員の山口壯(元二階派事務総長)は淳心学院の後輩。
清水 ひろ子(しみず ひろこ、1948年12月14日 - )… 清水 ひろ子(しみず ひろこ、1948年12月14日 - )は、日本の政治家。元兵庫県播磨町長(4期)、元播磨町議会議員(1期)。 兵庫県加古郡播磨町出身。兵庫県立加古川東高等学校を経て1969年(昭和44年)3月、武庫川女子短期大学(現・武庫川女子大学短期大学部)国文科卒業。保険会社に勤務後、結婚を機に退職。播磨町コミュニティセンター勤務を経て、2003年(平成15年)に播磨町議会議員に初当選した。 2006年(平成18年)7月2日に行われた播磨町長選挙に立候補し、現職の佐伯忠良を破り初当選を果たした。7月13日、町長就任。 2018年(平成30年)、無投票により4選。兵庫県内の女性首長で4期目は清水のみであり最長となる。
平松 邦夫(ひらまつ くにお、1948年11月15日 - )… 平松 邦夫(ひらまつ くにお、1948年11月15日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー。第18代大阪市長。
渡海 紀三朗(とかい きさぶろう、1948年2月11日 - … 渡海 紀三朗(とかい きさぶろう、1948年2月11日 - )は、日本の政治家、一級建築士。自由民主党所属の衆議院議員(12期)。 衆議院国家基本政策委員長、文部科学大臣(第9代)、内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)、自由民主党政務調査会長(第62代)、自由民主党政治改革本部長を歴任した。 渡海元三郎の長男として兵庫県高砂市曽根町に生まれる。兵庫県立姫路西高等学校から早稲田大学理工学部に進学した。大学卒業後は日建設計に入社し、サラリーマン生活を送る。日建設計では、神戸総合運動公園ユニバー記念競技場の設計やグリーンスタジアム神戸の構想計画などにも参画した。 1985年5月2日、父親の渡海元三郎が死去。
藤原 勉(ふじわら つとむ、1948年〈昭和23年〉1月2日… 藤原 勉(ふじわら つとむ、1948年〈昭和23年〉1月2日 - )は、日本の政治家。岐阜県本巣市長(5期)。 兵庫県養父市出身。1972年(昭和47年)3月、岐阜大学教育学部卒業。同年4月、岐阜県庁に入庁。議会事務局長、西濃振興局長などを歴任。2007年(平成19年)4月、岐阜県産業経済振興センター副理事長に就任。 2008年(平成20年)2月17日に行われた本巣市長選挙に出馬し初当選した。3月7日、市長就任。 2012年(平成24年)、無投票で再選。2016年(平成28年)、無投票で3選。2020年(令和2年)、無投票で4選、2024年(令和6年)、無投票で5選。
広瀬 栄(ひろせ さかえ、1947年〈昭和22年〉11月2日… 広瀬 栄(ひろせ さかえ、1947年〈昭和22年〉11月2日 - )は、日本の政治家。兵庫県養父市長(4期)を務めた。 兵庫県治水・防災協会会長を務める。 養父市八鹿町九鹿出身。兵庫県立八鹿高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、鳥取大学農学部農業工学科卒業。同年4月、建設会社に勤務。1976年(昭和51年)4月、八鹿町役場に転職。商工労政課長、企画商工課長、建設課長などを務める。 2004年(平成16年)4月、同月に成立した養父市の都市整備部長に就任。2005年(平成17年)3月、助役兼都市整備部長に就任。2007年(平成19年)、副市長に就任。 2008年(平成20年)5月31日、副市長を退任。
阪上 善秀(さかうえ よしひで、1947年〈昭和22年〉8月… 阪上 善秀(さかうえ よしひで、1947年〈昭和22年〉8月4日 - 2019年〈令和元年〉11月14日)は、日本の政治家。元宝塚市長(1期)。元衆議院議員(2期)。二男は落語家の笑福亭呂好。三男は宝塚市議会議員の桑原健三郎。 兵庫県宝塚市出身。宝塚市立長尾小学校、関西大倉中学校・高等学校、神戸学院大学法学部卒業。大学卒業後、原健三郎の秘書を務める。 宝塚市議会議員(2期)・兵庫県議会議員(4期)を経て、1996年10月の第41回衆議院議員総選挙に兵庫6区より自由民主党公認で立候補。小池百合子(新進党)と激しく争ったが敗れ、比例近畿ブロックで復活し初当選した。江藤・亀井派に所属。 2000年4月13日、衆議院青少年問題に関する特別委員会において児童虐待に関する質問を行う。
蓬萊 務(ほうらい つとむ、1946年〈昭和21年〉5月20… 蓬萊 務(ほうらい つとむ、1946年〈昭和21年〉5月20日 - )は、日本の政治家。兵庫県小野市長(7期)。 兵庫県加東郡河合村(現・小野市河合中町)に生まれる。小野市立河合小学校、小野市立河合中学校卒業。1965年(昭和40年)3月、兵庫県立小野高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、関西大学経済学部経済学科卒業。同年4月、金井重要工業株式会社に就職。1973年(昭和48年)、分社化でトクセン工業株式会社へ転籍。 1998年(平成10年)12月10日、小野市長の広瀬博司が市内の建設業者から賄賂を受け取っていたとして逮捕される。広瀬の辞職に伴って翌1999年(平成11年)に行われた市長選挙に立候補し初当選した。
大塩 民生(おおしお たみお、1946年4月10日 - )は… 大塩 民生(おおしお たみお、1946年4月10日 - )は、日本の政治家。元兵庫県川西市長(3期)。 兵庫県川西市出身。川西市立東谷中学校、兵庫県立伊丹高等学校を経て、1969年、大阪商業大学商経学部卒業。大阪市内の食品会社に勤務した後、1975年、洋菓子店を開業した。1985年1月から12月まで、川西青年会議所理事長を務めた。1995年から2006年まで、川西市商工会副会長を務めた。 2006年、洋菓子製造販売とゴルフ練習場を経営する会社の社長をしていたが、「まちに元気がない。市民の意見を積極的に施策に取り入れ、閉そく状況を打ち破りたい」として川西市長選挙に立候補した。自由民主党の推薦を受け、首相の安倍晋三と写ったポスターを事務所に掲げるなど自民との連携を強調し、5選を目指していた現職の柴生進ら2人を破り初当選した。
藤原 正司(ふじわら まさし、1946年4月1日 ‐ 201… 藤原 正司(ふじわら まさし、1946年4月1日 ‐ 2018年9月15日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。比例区選出。兵庫県出身。 兵庫県立姫路工業高等学校卒業後、関西電力入社。同社労組本部執行委員長、日本労働組合総連合会大阪府連合会副会長を経て、2001年、第19回参議院議員通常選挙に民主党公認で立候補し、初当選。 2008年4月9日、参議院本会議で、日本銀行次期副総裁人事の渡辺博史副総裁案に対し、党方針に反して賛成票を投じ、厳重注意処分を受けた。 2011年3月11日の東日本大震災後、「半年もたてば、世論も変わるわ。日本は農林水産業だけでは食べていけない。震災後、原発を減らせという評論家が増えたが、産業・経済はどうなる。
門 康彦(かど やすひこ、1946年(昭和21年)2月24日… 門 康彦(かど やすひこ、1946年(昭和21年)2月24日 - )は、日本の政治家。元兵庫県淡路市長(5期)。 兵庫県津名郡津名町志筑(現・淡路市)に生まれる。1961年(昭和36年)3月、津名町立津名中学校(志筑分教場)卒業。1964年(昭和39年)3月、兵庫県立津名高等学校卒業。1968年(昭和43年)3月、関西大学文学部哲学科卒業。同年4月、兵庫県立三原高等学校に事務職員として勤務。兵庫県教育委員会を経て兵庫県庁に異動。 2000年(平成12年)4月、兵庫県企業庁管理局長に就任。2001年(平成13年)4月、兵庫県淡路県民局長に就任。 2005年(平成17年)4月1日、淡路町、津名町、北淡町、一宮町、東浦町の5町が合併し淡路市が発足。
丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月2… 丸山 和也(まるやま かずや、1946年〈昭和21年〉1月23日 - )は、日本の元政治家、元法務官僚、弁護士(登録番号:13673、第一東京弁護士会)、タレント、演歌歌手。自由民主党所属の前参議院議員(2期)。弁護士法人丸山総合法律事務所代表。 兵庫県揖保郡新宮町(現たつの市)出身。現在、東京都在住。A型。身長166cm。家族は妻と長女。 兵庫県立龍野高等学校を経て1969年に早稲田大学法学部を卒業。国家公務員上級甲種試験に合格し、法務省職員となる。1970年に司法試験に合格。1976年4月にはワシントン大学ロースクールに入学。卒業後、ロサンゼルスの法律事務所に3年間勤務。1980年に日本に帰国。
赤松 正雄(あかまつ まさお、1945年11月26日 - )… 赤松 正雄(あかまつ まさお、1945年11月26日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(6期)、公明党副書記長、新進党常任幹事、公明党外交安全保障調査会長、憲法調査会座長、公明党中央幹事、厚生労働副大臣などを歴任した。 1945年11月26日、兵庫県姫路市に生まれる。兵庫県立長田高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。1969年より公明新聞に勤務し、記者を経て、機関誌「公明」副編集長を務め、1987年からは公明党衆議院議員・市川雄一の秘書として勤務した。 1993年7月、第40回衆議院議員総選挙兵庫県第4区で公明党から初当選。同年、党副書記長兼政審副会長に就任。1994年12月、公明党の分裂に伴い、赤松や恩師の市川ら衆議院議員は公明新党に参加。
井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10… 井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。兵庫県知事(第48代-第52代)として兵庫県政史上最多の5期20年の任期を務めた。 5期目の当選を決めた第19回兵庫県知事選挙(平成29年7月2日投開票)では、県下52選挙区のうち、唯一尼崎市選挙区(対立候補である勝谷誠彦の出身地)を除く51の選挙区で最多得票であった。 知事退任後、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構特別顧問。兵庫県副知事(1996年 - 2001年)、関西広域連合連合長(初代)なども歴任した。 兵庫県揖保郡新宮町(現・たつの市)出身の神奈川県横浜市育ち。材木の仲介等をおこなっていた父の仕事の関係で、小学校3年生の時に横浜に転居。
谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年4月16日 - )… 谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年4月16日 - )は、日本の自治官僚、政治家。石川県公立大学法人理事長。 石川県知事(公選第13 - 19代)、全国知事会副会長(東海北陸ブロック)などを歴任。 兵庫県西脇市生まれ。兵庫県立西脇高等学校、京都大学法学部卒業。1968年4月、自治省(現総務省)に入省。同期に早川忠孝(元衆議院議員)、西川一誠(元福井県知事)、井戸敏三(元兵庫県知事)らがいる。宮崎市助役、茨城県総務部長、旧自治省公務員第二課長、交付税課長、公営企業第一課長を経て1991年、石川県庁に出向し、中西陽一の下で副知事に就任する。 1994年、中西が任期中に死去したため新生党・公明党・民社党・日本新党・日本社会党の非自民5党推薦で石川県知事選挙に出馬。
田原 隆雄(たはら たかお、1944年(昭和19年)7月13… 田原 隆雄(たはら たかお、1944年(昭和19年)7月13日 - )は、日本の政治家。元岡山県備前市長(1期)。日生町議会議員、日生町長、備前市議会議員などを歴任した。 岡山県和気郡福河村(現・備前市)出身。日生町立福河小学校、日生町立福河中学校卒業。1963年(昭和38年)3月、兵庫県立相生産業高等学校卒業。同年4月、三星ベルト株式会社に就職。石綿業の会社を経て、1965年(昭和40年)1月に株式会社森下製網所に転職。 1975年(昭和50年)4月、日生町議会議員に初当選。1980年(昭和55年)3月、日本少林寺武道専門学校卒業。1984年(昭和59年)、同社を退職。 町議3期目の1986年(昭和61年)10月、日生町長に初当選。
山名 靖英(やまな やすひで、1944年1月16日 - )は… 山名 靖英(やまな やすひで、1944年1月16日 - )は、日本の政治家。兵庫県氷上郡市島町(現丹波市)出身。立命館大学経営学部卒業。元衆議院議員(3期)。山名宗全の末裔で、全国山名氏一族会理事長を務めた。
五島 壮(ごとう たけし、1943年5月16日 - 2017… 五島 壮(ごとう たけし、1943年5月16日 - 2017年12月24日)は、日本の政治家。兵庫県議会議員(7期)を勤めた。議員としての呼称は「五島たけし」。 兵庫県姫路市出身。姫路市大津区にある五島診療所の長男として生まれる。淳心学院中学校・高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業。 1983年、兵庫県議会選挙に自由民主党公認で姫路市選挙区から立候補し初当選。以後3期連続当選し、自民党県議団政務調査会長などを歴任した。 1993年、自民党を離党し新生党結党に参加。兵庫県議会議員を辞職し、第40回衆議院議員総選挙に新生党公認で旧兵庫4区から立候補するも落選。1996年の第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で兵庫県第11区から立候補したが、自民党公認候補だった戸井田三郎が急逝したことに伴い補充立候補した息子戸井田徹に、弔い選挙の形で惜敗し落選。
竹内 英昭(たけうち ひであき、1942年(昭和17年)10… 竹内 英昭(たけうち ひであき、1942年(昭和17年)10月6日 - )は、日本の政治家。元三田市長(2期)。旭日小綬章受章。 兵庫県明石市出身。1965年(昭和40年)3月、関西学院大学社会学部卒業。1968年(昭和43年)4月、三田市役所に入庁。三田市企画財政部長、総務部長、理事を経て、2000年(平成12年)12月22日、三田市助役(のち副市長)に就任。2007年(平成19年)5月15日、副市長を退任。 2007年(平成19年)7月29日に行われた三田市長選挙に、自由民主党・公明党の推薦を得て岡田義弘(三田市長2期8年)の事実上の後継候補として出馬。市議の中田初美、市議の野村弘子、市民団体幹部の髙木伸明ら3候補を破り初当選を果たした(竹内:18,045票、中田:16,956票、野村:9,544票、髙木:7,936票)。
堀川 和洋(ほりかわ かずひろ、1942年(昭和17年)7月… 堀川 和洋(ほりかわ かずひろ、1942年(昭和17年)7月8日 - 2004年(平成16年)8月4日)は、日本の警察官僚、政治家。内閣総理大臣秘書官。中国管区警察局長。姫路市長。正四位旭日中綬章。松本市名誉市民。 姫路市出身。兵庫県立姫路西高等学校を経て京都大学法学部卒業。1965年(昭和40年)警察庁に入庁し各地で勤務。 1995年(平成7年)の姫路市長選挙で当選し、以後2期務める。姫路市長在任中は、全国初の中核市への移行や、警察関係を歴任した経験から暴走行為やそれを煽る行動を取り締まる期待族防止条例を制定している。また、JR山陽本線の高架化、レンタサイクルやループバスの開業、キャスティ21計画など駅周辺の整備にも力を入れた。
大前 繁雄(おおまえ しげお、1942年6月28日 - )は… 大前 繁雄(おおまえ しげお、1942年6月28日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(2期)。兵庫県尼崎市出身。
山本 廣一(やまもと ひろいち、1942年(昭和17年)2月… 山本 廣一(やまもと ひろいち、1942年(昭和17年)2月7日 - )は、日本の政治家。元加東市長(1期)。 兵庫県出身。1960年(昭和35年)に旧滝野町役場に職員として入る。町助役を9年務めたのち、1997年(平成9年)に滝野町長に初当選して3期を務めた。 旧加東郡の社町、東条町との合併協議を進め、2006年(平成18年)3月20日に兵庫県加東市が誕生。同年4月30日に行われた市長選で旧・社町長の高橋修一を破り初当選した。 2010年4月の市長選には立候補せず、1期のみで退任した。
泉原 保二(いずはら やすじ、1941年10月6日 - 20… 泉原 保二(いずはら やすじ、1941年10月6日 - 2024年11月15日)は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。泉興業株式会社代表取締役。 尼崎青年会議所理事長、自民党尼崎支部支部長、自民党国会対策委員会委員などを歴任。 兵庫県尼崎市出身。大阪商業大学商経学部を卒業後、産業廃棄物処理会社・泉興業の代表取締役に就任した。尼崎青年会議所の理事長などの役職も務めた。 1976年5月、紺綬褒章を受章する。 1990年2月18日の第39回衆議院議員総選挙で旧兵庫2区より無所属で立候補し、落選した。2003年10月、環境大臣表彰を受ける。 第42回衆議院議員総選挙と第43回衆議院議員総選挙にも立候補したが落選。
石見 利勝(いわみ としかつ、1941年(昭和16年)8月1… 石見 利勝(いわみ としかつ、1941年(昭和16年)8月14日 - )は、日本の政治家。兵庫県姫路市長(4期)。 父は元姫路市長の石見元秀。 6人きょうだいの第4子として兵庫県飾磨郡余部村(現・姫路市)に生まれる。余部村立余部小学校、姫路市立白鳥中学校、兵庫県立姫路西高等学校を経て、京都大学理学部宇宙物理学科、東洋大学工学部建築学科卒業。東京工業大学大学院に進学し、石原舜介研究室で都市計画を専攻。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を修了し、工学博士号を取得した。1974年より東京工業大学助手。1979年、建設省建築研究所主任研究員に着任し、1983年には同研究所第六研究部都市防災研究室長に就任した。
岩見 武三(いわみ たけぞう、1941年1月29日 - )は… 岩見 武三(いわみ たけぞう、1941年1月29日 - )は、日本の教育者、政治家。元兵庫県神崎郡市川町長(2期)。 市川町出身。神戸大学教育学部卒業。中学校教員を37年間務めたのち、区長6年間を経て2011年の市川町議会議員選挙に立候補し初当選を果たす(日本共産党公認)。 当選後は町議会議長を務めていたが、任期満了に伴う2015年の町長選挙に際して議員を辞職。「市川町 絆の会」の支援を得て無所属で出馬を表明する。選挙戦では子どもや高齢者の福祉の充実などを盛り込んだ「市川町ひまわりプラン2015」を掲げ、投開票の結果、再選を目指していた現職の岡本修平を下し初当選。兵庫県では隣接する嶋田正義福崎町長についで2人目(通算では山田兼三元南光町(現佐用町)長、工藤崇元上郡町長を含め4人目)の日本共産党員首長が誕生した。
鴻池 祥肇(こうのいけ よしただ、1940年11月28日 -… 鴻池 祥肇(こうのいけ よしただ、1940年11月28日 - 2018年12月25日)は、日本の政治家。位階は正三位。 内閣官房副長官(麻生内閣)、防災担当大臣兼構造改革特区担当大臣(第1次小泉第1次改造内閣)、沖縄開発政務次官(宮澤内閣・宮澤改造内閣)、参議院デフレ脱却・財政再建特別委員長、同平和安全法制特別委員長、同国家基本政策委員長、同予算委員長、同決算委員長、同国旗・国歌特別委員長、同建設委員長、参議院議員(4期)、衆議院議員(2期)、自由民主党参議院国会対策委員長、社団法人日本青年会議所会頭などを歴任。 兵庫県尼崎市出身。神戸大学附属住吉小・中学校、兵庫県立神戸高等学校を経て、早稲田大学教育学部卒業。
大沢 辰美(おおさわ たつみ、女性、1940年9月20日 -… 大沢 辰美(おおさわ たつみ、女性、1940年9月20日 - )は日本の政治家。日本共産党参議院議員を1期務めた。日本共産党中央委員会委員、災害対策部会長。 兵庫県朝来郡朝来町(現朝来市)出身。兵庫県立有馬高等学校を経て、1962年岡山県川崎高等看護学院卒業。 国立療養所兵庫中央病院に13年間勤務した後、1972年より兵庫県三田市議を5期20年務める。1998年の第18回参議院議員通常選挙で兵庫県選挙区(定数2議席)から出馬し初当選を果たす。国政選挙挑戦4度目、兵庫の共産候補としては過去最多得票(582,244票)での当選であった。 しかし2004年の第20回参議院議員選挙に再選を期して同選挙区から出馬するも次点で落選。
柴生 進(しばお すすむ、1940年(昭和15年)8月18日… 柴生 進(しばお すすむ、1940年(昭和15年)8月18日 - 2018年(平成30年)9月17日)は、津名郡津名町(現淡路市)出身の日本の政治家。元兵庫県川西市長(4期)。 1958年兵庫県立津名高等学校、1962年大阪教育大学卒業。川西市市議会議員2期、兵庫県議会議員(川西市川辺郡選挙区)2期務めた後、汚職事件などで混乱する川西市政を収拾し立て直すため1990年に市長選に立候補し当選。全国都市再開発サミットの会長を務めた。人徳の人と呼ばれ[要出典]、4期16年に渡り「穏やかな川西市作り」に励んだ。死没日をもって、従四位に叙された。