中本 真人(なかもと まさと、1981年5月11日 - )は… 中本 真人(なかもと まさと、1981年5月11日 - )は、日本の俳人、国文学者、芸能史学者。博士(文学)(慶應義塾大学)。新潟大学人文学部准教授。専門は、宮廷の御神楽を中心とする古代中世芸能史の研究。
奈良県:9人
中本 真人(なかもと まさと、1981年5月11日 - )は… 中本 真人(なかもと まさと、1981年5月11日 - )は、日本の俳人、国文学者、芸能史学者。博士(文学)(慶應義塾大学)。新潟大学人文学部准教授。専門は、宮廷の御神楽を中心とする古代中世芸能史の研究。
杉田 菜穂(すぎた なほ、1980年3月12日‐)は、日本の… 杉田 菜穂(すぎた なほ、1980年3月12日‐)は、日本の社会経済学者、俳人、歌人。大阪公立大学大学院経済学研究科教授。 奈良県奈良市生まれ。2003年大阪市立大学経済学部卒、2009年同大学院経済学研究科後期博士課程修了、「戦前日本の児童・人口問題と社会政策」で経済学博士。日本の戦前から戦後期(概ね1960年代まで)にかけての社会政策の歩みを優生-優境主義と名づけられた人口問題との密接な関りにおいて捉えるなど、人口問題や社会政策について研究している。 2010年同志社大学政策学部講師、2014年大阪市立大学大学院経済学研究科准教授を経て、2022年大阪市立大学大学院経済学研究科教授。2022年大阪公立大学大学院経済学研究科教授。
櫟原 聰(いちはら さとし、1953年6月1日 - )は、日… 櫟原 聰(いちはら さとし、1953年6月1日 - )は、日本の歌人。東大寺学園中学校・高等学校前教頭。奈良県大和郡山市出身。奈良市在住。「ヤママユ」「木霊」「京大短歌」所属。「ヤママユ」編集委員。前登志夫に師事。日本ペンクラブ・現代歌人協会・現代歌人集会理事。萬葉学会・上代文学会・萬葉語学文学研究会・古代談話会・歌謡研究会所属。 NARA 奈良県立大学学術叢書
茨木 和生(いばらき かずお、1939年1月11日 - 20… 茨木 和生(いばらき かずお、1939年1月11日 - 2025年12月23日)は、奈良県出身の俳人。本名は和男。 奈良県生駒郡郡山町(現・大和郡山市)生まれ。奈良県立郡山高等学校、大阪市立大学文学部卒業後、高槻中学校・高等学校教諭(古文担当)を長く勤めた。 高校時代の1956年、創刊したばかりの「運河」に入会し右城暮石に師事。また暮石の紹介で「天狼」に入会し山口誓子にも師事、天狼青年句会で指導を受ける。1986年、「運河」の「運河集」選者。1991年、暮石から継承し「運河」主宰。1997年、『西の季語物語』により第11回俳人協会評論賞、2002年、句集『往馬』により第41回俳人協会賞、2014年、句集『薬喰』により第13回俳句四季大賞を受賞。
大峯 顕(おおみね あきら、1929年7月1日 - 2018… 大峯 顕(おおみね あきら、1929年7月1日 - 2018年1月30日)は、日本の哲学者、浄土真宗僧侶、俳人。学位は、文学博士(京都大学・論文博士・1976年)。大阪大学名誉教授、元龍谷大学教授。専立寺前住職。学者としての専攻は宗教哲学。中期フィヒテ研究・西田幾多郎研究で知られる。俳号は大峯 あきら。 奈良県吉野郡大淀町出身。旧制奈良県立畝傍中学校を経て、1953年、京都大学文学部宗教学科卒業、1959年、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。 1959年、京都大学文学部助手。1966年、大阪外国語大学助教授。1971年より1972年まで、文部省在外研究員としてハイデルベルク大学留学。1973年、大阪外国語大学教授。
前 登志夫(まえ としお、1926年(大正15年)1月1日 … 前 登志夫(まえ としお、1926年(大正15年)1月1日 - 2008年(平成20年)4月5日)は、日本の歌人。本名、前 登志晃(まえ としあき)。日本芸術院会員。短歌結社「山繭の会」主宰。 奈良県吉野郡下市町広橋で、父理策、母可志の二男として誕生。旧制奈良中学(現・奈良県立奈良高等学校)を経て、同志社大学経済学部に入学するが、1945年(昭和20年)に応召されて中退。戦後まもなく詩作を始め、フランスやドイツの詩を学ぶ一方、柳田國男や折口信夫の民俗学にも傾倒した。1951年(昭和26年)に吉野に戻り、前川佐美雄を訪問。1956年(昭和31年)、詩集『宇宙駅』を刊行した。 その後、短歌に転じ、前川に師事する。
石井 庄司(いしい しょうじ、1900年7月15日 - 20… 石井 庄司(いしい しょうじ、1900年7月15日 - 2000年10月5日)は、日本の国文学者、国語教育者、俳人。俳号は「桐陰」。 1900年、奈良県生駒郡で生まれた。1914年、奈良県立郡山中学校を卒業。1918年より郡山中学の英語教師であった原田浜人の指導で俳句を詠み始めた。1920年、東京高等師範学校に入学。東京高等師範学校入学と同時に大塚講話会に入り、児童文化の発展に貢献した。その活躍は「大塚講話会中興の祖」と評された。1924年に卒業して東京高等師範学校助教諭となったが、翌1925年、京都帝国大学文学部国文科に入学。1928年に卒業し、同大学大学院に進んだ。 1929年、東京女子高等師範学校教諭兼教授に就いた。
阿波野 青畝(あわの せいほ、1899年(明治32年)2月1… 阿波野 青畝(あわの せいほ、1899年(明治32年)2月10日 - 1992年(平成4年)12月22日)は、奈良県出身の日本の俳人。本名は敏雄。旧姓・橋本。原田浜人、高浜虚子に師事。昭和初期に山口誓子、高野素十、水原秋桜子ととも「ホトトギスの四S」と称された。「かつらぎ」主宰。 市井の生活を材に、鷹揚な表現で自在な句境を構築した。古典を素地にした叙情性も特徴。句集に『万両』(1931年)、『除夜』(1986年)など。 奈良県高市郡高取町に橋本長治・かね夫妻の4男として生まれる。父は八木銀行高取支店長で士族の家系。幼少の時に耳を患い難聴となる。1913年、奈良県立畝傍中学校(現・奈良県立畝傍高等学校)に入学。
藤岡 長和(ふじおか ながかず、1888年(明治21年)5月… 藤岡 長和(ふじおか ながかず、1888年(明治21年)5月13日 - 1966年3月6日)は、奈良県宇智郡北宇智村近内(現五條市)出身の内務官僚、俳人(俳号:玉骨)。奈良県宇智郡北宇智村初代村長の藤岡長二郎の長男。 自宅「藤岡家住宅」(奈良県五條市)は2006年(平成18年)、国の登録有形文化財に登録された。