岩本 章吾(いわもと しょうご、1955年 - )は、日本の… 岩本 章吾(いわもと しょうご、1955年 - )は、日本の経済法・行政法学者、弁護士。大阪工業大学名誉教授・知的財産学部元教授。国際公共政策修士(ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS)。経済産業省経済産業政策局調査統計部統計企画解析課長、公正取引委員会経済部団体課長。プロシード法律事務所客員弁護士。 専門は、法学(特に経済法/独占禁止法・行政法・民法)、経済学(特に国際経済学・国際関係論)・公共政策学・知的財産政策。 1973年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1978年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)に入省し、主に経済法に従事。ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に留学し、国際経済学・国際関係学を専攻、国際公共政策修士号を取得。
真砂 靖(まなご やすし、1954年(昭和29年)5月11日… 真砂 靖(まなご やすし、1954年(昭和29年)5月11日 - )は、日本の財務官僚・弁護士。元財務事務次官。 株式会社読売新聞西部本社監査役、日本テレビホールディングス株式会社・日本テレビ放送網株式会社社外取締役、三井不動産株式会社監査役、一般社団法人日本外交協会理事を歴任。和歌山県田辺市出身。2025年、瑞宝重光章受章。 真砂曰く入省した動機は「官庁回りをしていた際に『大蔵省の(大臣官房)秘書課に凄く可愛い娘がいるぞ』と聞き、発足冷やかしに行った。帰ろうと思ったら、当時の細川興一(大臣官房)秘書課長補佐から説明を受けた。大学の『優』の成績ぐ4つしかなく、『もっと取れ』とハッパをかけられた。
丸田 隆(まるた たかし、1949年6月14日 - )は、日… 丸田 隆(まるた たかし、1949年6月14日 - )は、日本の弁護士・法学者。学位は、法学博士(論文博士・1990年)(学位論文「アメリカ陪審制度研究 ジュリー・ナリフィケーションを中心に」)。関西学院大学名誉教授。専門は、アメリカの陪審制度を中心に、裁判制度への市民参加。 和歌山県田辺市生まれ。関西学院大学法学部卒、同大学院法学研究科修了、1990年「アメリカ陪審制度研究 ジュリー・ナリフィケーションを中心に」で法学博士の学位を取得。ミシガン・ロー・スクール大学院修了(LL.M.)。1981年甲南大学法学部助教授、1988年同教授、1996年関西学院大学法学部教授、2004年関西学院大学法科大学院(ロースクール)教授。
阪田 雅裕(さかた まさひろ、1943年〈昭和18年〉9月2… 阪田 雅裕(さかた まさひろ、1943年〈昭和18年〉9月20日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。勲等は瑞宝大綬章。アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問、第一東京弁護士会所属。 大蔵省大臣官房審議官、内閣法制局総務主幹、内閣法制局第三部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官などを歴任した。 和歌山県出身の大蔵官僚である。大蔵省においては、大臣官房参事官を経て審議官を務めた。のちに内閣法制局に出向し、総務主幹を経て、第三部や第一部の部長を務めるなど、要職を歴任した。2002年には内閣法制次長に就任した。2004年には秋山收の後任として内閣法制局長官に就任し、第2次小泉内閣から第3次小泉改造内閣にかけて同職を務めた。
松山 恒昭(まつやま つねあき、1942年 <昭和17年> … 松山 恒昭(まつやま つねあき、1942年 <昭和17年> 12月7日 - )は、日本の裁判官、弁護士。神戸地方裁判所長や、大阪高等裁判所部総括判事を務めた。瑞宝重光章受章。 1961年和歌山県立橋本高等学校卒業。1965年東京都立大学法経学部法学科卒業。参議院法制局参事を経て、1966年旧司法試験に合格。大阪地方裁判所部総括判事、釧路地方裁判所長、司法研修所第1部上席教官を経て、2001年神戸地方裁判所長。2004年大阪高等裁判所部総括判事。2008年大阪弁護士会弁護士登録。2013年瑞宝重光章受章。法務省難民審査参与員、近畿大学法科大学院教授等も歴任した。
中谷 鉄也(なかたに てつや、1926年(大正15年)5月1… 中谷 鉄也(なかたに てつや、1926年(大正15年)5月1日 – 1992年(平成4年)3月20日)は、昭和期の弁護士、政治家。衆議院議員。位階は正五位。 満州鉄嶺で陸軍将校・中谷亮一の長男として生まれる。1931年(昭和6年)に父の死去に伴い本籍地和歌山県伊都郡高野口町大字大野(現橋本市)に移った。名古屋陸軍幼年学校を経て陸軍士官学校(59期)に進み、終戦により1945年(昭和20年)8月31日に修業した。 1946年(昭和21年)関西大学法学部に入学。1948年(昭和23年)高等試験司法科試験に合格し、同年、関西大学を中退した。極東国際軍事裁判弁護人を務め、日本労働組合総評議会(総評)弁護団に加わった。
清原 邦一(きよはら くにかず、1899年(明治32年)3月… 清原 邦一(きよはら くにかず、1899年(明治32年)3月27日 - 1967年(昭和42年)11月11日)は、日本の検察官、弁護士。検事総長。 和歌山県那賀郡(現紀の川市)で、清原英三の長男として生まれる。旧制・和歌山県立粉河中学校、旧制・第一高等学校を経て、1924年4月、東京帝国大学法学部法律学科(仏法)を卒業。 1923年12月、高等試験行政科試験に合格し、1924年5月、裁判所書記兼司法属に任官し東京地方裁判所書記兼大臣官房調査課に配属された。同年12月、高等試験司法科試験に合格し、1925年3月、司法官試補に任官し大阪地方裁判所詰となる。1926年11月、検事に任官し大阪地裁予備検事となる。
西田 郁平(にしだ いくへい、1881年(明治15年)2月1… 西田 郁平(にしだ いくへい、1881年(明治15年)2月18日 – 1956年(昭和31年)8月11日)は、衆議院議員(立憲民政党)、弁護士。 和歌山県東牟婁郡那智村(現在の那智勝浦町)で、西田業平の息子として生まれる。和歌山県立田辺中学校、第一高等学校を経て、1909年(明治42年)に東京帝国大学法科大学仏法科を卒業した。卒業後、海軍で経理官として勤務し、中主計(主計中尉)に任命されたが、間もなく官を辞した。その後、和歌山市で元代議士の阪本弥一郎とともに弁護士事務所を開いた。 その後、和歌山市会議員に当選し、1929年(昭和3年)から1931年(昭和6年)まで議長を務めた。 1930年(昭和5年)、第17回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。
井上 剛一(いのうえ ごういち、1868年5月4日(慶応4年… 井上 剛一(いのうえ ごういち、1868年5月4日(慶応4年4月12日) - 1946年(昭和21年)5月12日)は、日本の弁護士・政治家で憲政会→立憲民政党所属の衆議院議員。 紀伊国伊都郡学文路村(現・和歌山県橋本市)に、水木重左衛門の二男に生まれ、井上又左衛門の養子となった。和歌山県師範学校を卒業した後、1887年(明治20年)より英吉利法律学校(現・中央大学)で法学を学び、1889年(明治22年)に代言人試験に合格した。浜松代言人組合に所属し、後には静岡弁護士会長や日本弁護士協会名誉理事に選ばれた。 浜松市会議員、静岡県会議員を経て、1920年(大正9年)の第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選した。
中松 盛雄(なかまつ もりお、1865年11月20日〈慶応元… 中松 盛雄(なかまつ もりお、1865年11月20日〈慶応元年10月3日〉 - 1952年〈昭和27年〉7月21日)は、日本の官僚、弁護士、弁理士。第9代特許局長。日本基督教会理事長。化学工業協会会長。族籍は和歌山県士族。 中松克正の二男。1891年(明治24年)帝国大学法科大学英法科(現東京大学法学部)を卒業。農商務省に入る。1907年(明治40年)12月25日から1913年(大正2年)6月13日まで第9代特許局長を務めた。退官後、1914年(大正3年)に弁護士・弁理士登録し、同年7月1日に現在の中村合同特許法律事務所の前身にあたる中松特許法律事務所を開設した。日本共立火災保険取締役を兼ねる。