黒田 朝日(くろだ あさひ、2004年3月10日 - )は、… 黒田 朝日(くろだ あさひ、2004年3月10日 - )は、岡山県岡山市北区出身の陸上競技選手。専門は障害物競走・長距離走。岡山県立玉野光南高等学校卒業、青山学院大学地球社会共生学部・地球社会共生学科卒業。GMOインターネットグループ所属。 岡山市立桑田中学校時代は、バスケットボール部に所属していた。中学卒業後は、父の後を追うように岡山県立玉野光南高等学校へ入学し、陸上競技部に入部した。高校時代は3000mSCを主戦場とし、3年時には三浦龍司が持つ高校記録(当時)およびU18日本記録に0秒42まで迫る8分39秒79を記録した。また、3年時の全国高校総体では父に続いて親子優勝を狙ったが、仙台育英学園高等学校のボニフェス・ムテチ(現・流通経済大学)に敗れ2位。
土屋 舞琴(つちや まこと、2003年7月25日 - )は、… 土屋 舞琴(つちや まこと、2003年7月25日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。岡山県笠岡市出身。興譲館高等学校、立命館大学卒業。ダイハツ工業女子陸上競技部所属。 笠岡市矢掛町中学校組合立小北中学校、興譲館高等学校、立命館大学卒業。 立命館大で同期入学の柳井綾音とは互いに「相棒の間柄で、互いの活躍に刺激を受けている」と語っている。 全日本大学女子駅伝には3、4年次の2回、富士山女子駅伝には1、3、4年次の3回出走している。3年次の全日本大学女子駅伝では6区区間賞の走りで総合優勝に貢献。4年次は前を走っていた名城大の橋本和叶に追いつくが、最終6区で名城大に離され5位に終わる。 1年次の富士山女子駅伝では柳井が1区で区間最下位と出遅れたが、1人抜いたものの自身も区間16位に終わった。
斎藤 愛美(さいとう あみ、1999年8月26日 - )は、… 斎藤 愛美(さいとう あみ、1999年8月26日 - )は、日本の陸上競技選手である。東京オリンピック陸上日本代表。 高梁市立高梁中学校、岡山県立倉敷中央高等学校、大阪成蹊大学経営学部スポーツマネジメント学科に学ぶ。大学ではスポーツマネジメント学を専攻した。 2016年、高校2年生ながら日本選手権200mでU20日本新記録を樹立し準優勝。400mリレーの日本代表になりリオデジャネイロオリンピック出場を目指したが、出場を逃した。 同年、地元開催の全国高校総体で100m、200m、400mリレーの三冠王に輝く。三冠王は2005年の髙橋萌木子以来の快挙だった。 2021年5月、ポーランド・シレジアであったシレジア2021世界リレーに日本代表として出場し、日本のオリンピック出場権獲得に貢献。
三宅 紗蘭(みやけ さら、1999年7月26日 - )は、日… 三宅 紗蘭(みやけ さら、1999年7月26日 - )は、日本の陸上競技選手、長距離走。 岡山県倉敷市立倉敷第一中学校、岡山県立玉野光南高等学校卒業。地元の実業団天満屋に入社。 倉敷一中時代から長距離で活躍した。中3では全日本中学陸上1500mに出場し、中2・中3と全国女子駅伝にも出場した。 玉野光南高時代には県内トップレベル長距離ランナーに成長。インターハイには高1で1500m、高2と高3で1500m、3000mで出場した。国体にも高1で1500m、高2で3000mに出場した。全国高校駅伝には強豪・興譲館高に敗れて出場できなかったが、全国女子駅伝には3年連続で出場した。 天満屋ではトラックレースよりマラソン・駅伝のロードレースの強化が中心のトレーニングが行われる。
青木 益未(あおき ますみ、1994年4月16日 - )は、… 青木 益未(あおき ますみ、1994年4月16日 - )は、岡山県岡山市出身の陸上競技選手。専門は100mと100mハードル。100mで11秒48、100mハードルで12秒86の自己ベストを持つ。100mハードルは当時の日本記録。2014年仁川アジア大会、2018年ジャカルタアジア大会の日本代表。 岡山市立福田中学校、創志学園高等学校、環太平洋大学(体育学部体育学科)卒業。七十七銀行所属。 小学5年時に陸上競技を始めると、6年時には全国小学生陸上の4×100mリレーに出場し、岡山市ジュニア陸上クラブのアンカーを務めて優勝に貢献した。また、スポーツ好きな母親の影響で小学1年時から6年時までスノーボードに取り組み、大会にも出場していた(種目はスラローム)。
馬場 翔大(ばば しょうた、1993年10月23日 - )は… 馬場 翔大(ばば しょうた、1993年10月23日 - )は、岡山県岡山市出身の元陸上競技選手。専門は長距離走。倉敷高等学校、駒澤大学経済学部卒。NTT西日本陸上競技部所属。 姉の影響で小学校5年生から陸上を始める。 岡山市立上道中学校3年時、岡山県中学駅伝の1区で区間賞。都道府県対抗駅伝にも出場した。 倉敷高校3年時の第62回全国高校駅伝では3区を区間3位(日本人トップ)で走りチームを準優勝に導いた。2012年3月の第11回アジアクロスカントリー選手権ではジュニア8kmの部で優勝を飾る。 高校卒業後は駒澤大学に進学。大学2年時の第45回全日本大学駅伝6区で学生駅伝デビュー。区間賞を獲得し優勝に大きく貢献する。
安部 孝駿(あべ たかとし、1991年11月12日 - )は… 安部 孝駿(あべ たかとし、1991年11月12日 - )は岡山県岡山市出身の元陸上競技選手。中京大学体育学部卒業、ヤマダホールディングス所属。専門はハードル走。 岡山市立箕島小学校6年の時から陸上競技を始めた。倉敷ジュニア陸上クラブに所属したが、ソフトボールチームにも所属していたので、毎週必ず練習や試合に行くというわけではなかった。 岡山市立妹尾中学校に進学してから本格的に陸上競技を始め、短距離・長距離・ハードルなど色々な種目を経験した。 2007年に岡山県立玉野光南高等学校へ進学してからハードルを専門とした。同年10月、国体の少年B110mハードルで3位入賞を果たした。 2年になってから400mハードルでも頭角を現し、インターハイでは400mハードルで3位、110mハードルで6位になり、2種目で入賞を果たした。
小原 怜(おはら れい、1990年8月10日 - )は、日本… 小原 怜(おはら れい、1990年8月10日 - )は、日本女子の陸上競技選手。専門種目は中距離走・長距離走・マラソン。主な実績に、2015年世界陸上北京大会女子長距離走(10000m)日本代表(22位)、2016年名古屋ウィメンズマラソン3位、2019年大阪国際女子マラソン2位、同年マラソングランドチャンピオンシップ3位など。 1990年8月10日、岡山県倉敷市出身。倉敷市立西中学校卒業後、高校は全国高等学校駅伝競走大会女子の部常連出場・強豪校の興譲館高等学校(岡山県井原市)に入学。高校在学時は森政芳寿監督の指導を受け、頭角を現し始める。尚、全国高校駅伝・女子の部には3年連続で出場した。 高校1年生時の第18回全国高校駅伝(2006年)は、3区・3Kmを出走し区間3位(総合2位)。
新谷 仁美(にいや ひとみ、1988年2月26日 - )は、… 新谷 仁美(にいや ひとみ、1988年2月26日 - )は、日本の女子陸上競技選手(長距離走)。10000メートル競走とハーフマラソンの日本記録保持者。愛称は「にいやん」。 2014年に一度競技生活を引退したが、2018年に現役復帰。スポーツ選手としては大きなブランクがありながら、現役復帰後も国内外の大会で上位入賞や東京オリンピックに日本代表として出場するなど、2023年現在においても日本トップクラスの陸上競技選手としてプレーを続けている。 岡山県総社市出身。総社市立総社東中学校を経て興譲館高等学校へ進学。 興譲館高等学校では同期に重友梨佐(天満屋・ロンドンオリンピック女子マラソン日本代表)、1級下に高島由香(資生堂・リオデジャネイロオリンピック女子10000m日本代表)がおり、在学中は共に全国高校駅伝に出場し、2005年には全国優勝を果たした。
重友 梨佐(しげとも りさ、1987年8月29日 - )は、… 重友 梨佐(しげとも りさ、1987年8月29日 - )は、日本女子の陸上競技・元選手。専門種目は長距離走・マラソン。2012年ロンドンオリンピック、2015年世界陸上北京大会、2017年世界陸上ロンドン大会各女子マラソン日本代表。大阪国際女子マラソン2回優勝(2012年・2017年)など。 1987年8月29日、岡山県備前市出身。小学校3年生時に陸上競技を始める。備前市立備前中学校卒業後、全国高等学校駅伝競走大会では例年強豪チームの興譲館高等学校に入学。 高校時代は森政芳寿の指導を受ける。2年生時に第16回全国高校駅伝(2004年)に初出場し、2区を走って区間7位。新谷仁美(1区)から先頭でタスキを受けた重友は首位を守ったものの、チームはアンカーで逆転されて2位に終わる。
太田 行紀(おおた ゆきのり、1986年11月10日 - )… 太田 行紀(おおた ゆきのり、1986年11月10日 - )は、日本の陸上競技選手。岡山県邑久郡邑久町(現在・瀬戸内市)出身。専門は中距離・長距離種目。 中学2年生より、陸上を始めた。今城小学校-邑久中学校-倉敷高等学校-駒澤大学経済学部商学科-マツダ
木山 由加(きやま ゆか、1983年12月21日 - )は、… 木山 由加(きやま ゆか、1983年12月21日 - )は、日本の女子陸上競技選手。カテゴリーはT52。岡山県新見市出身。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
田中 宏樹(たなか ひろき、1983年3月18日 - )は、… 田中 宏樹(たなか ひろき、1983年3月18日 - )は、日本の元陸上競技選手。岡山県川上町出身。駒澤大学卒業。 川上町立川上中学校(現:高梁市立川上中学校)、倉敷高等学校、駒澤大学出身。 1年時の第78回箱根駅伝では12月初旬に山の適性を見出され、急遽5区に抜擢される。先頭で襷を受け取り、山頂付近で神奈川大学の吉村尚悟に交わされて2位に後退したが区間4位のタイムで23秒遅れにとどめた。駒澤大学は6区で再び首位に立つとそのまま先頭を譲ることはなく、2年ぶり2度目の総合優勝を果たした。 2年時の第79回箱根駅伝では再び5区を走り、区間2位の記録で4位から2位に浮上した。駒澤大学は9区で先頭に立ち、2年連続の総合優勝を果たした。
田中 宏昌(たなか ひろまさ、1981年9月28日 - )は… 田中 宏昌(たなか ひろまさ、1981年9月28日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は十種競技を主とする混成競技。山口県玖珂郡大畠町(現・柳井市)出身。高水高等学校、日本大学卒業。モンテローザ所属、選手を経て現在はヤマダホールディングス陸上競技部トラック&フィールド監督。世界陸上競技選手権大阪大会男子日本代表。2009年アジア陸上競技選手権大会優勝者。 父親が国体で入賞経験を持つ投擲種目の選手である家庭に生まれ育ち、中学時代までは投手として野球に打ち込んでいた。高校入学後に陸上競技へと転向し、父の指導のもと投擲競技に取り組んだ。1999年岩手インターハイではやり投4位、円盤投5位の成績を残した。
吉崎 修(よしざき おさむ、1964年8月6日 - )は、岡… 吉崎 修(よしざき おさむ、1964年8月6日 - )は、岡山県岡山市出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。中央大学商学部経営学科卒業。実業団時代はNKKに所属した。 岡山市立操山中学校から関西高等学校普通科入学。関西高校では、1年次の国体予選3000mで2位入賞。2年次の中国大会は1500m/5000mに出場。3年次の中国大会は5000m7位。くにびき国体は予選落ち。高校時代のベストタイムは5000m14分52秒8、10000m31分36秒。 中央大学進学後は箱根駅伝で活躍。1年次からレギュラーとして4年連続出場。1年次(第60回大会)は6区区間16位。2年次(第61回大会)は6区区間5位。
藤田 辰三(ふじた たつぞう、1908年5月19日 - 没年… 藤田 辰三(ふじた たつぞう、1908年5月19日 - 没年不明)は、日本の陸上競技(ハードル)選手。東京文理科大学在学中の1932年、ロサンゼルスオリンピックに110メートルハードルで出場した。 旧制津山中学校(現在の岡山県立津山中学校・高等学校)出身。 1932年(昭和7年)、東京高等師範学校体育科を卒業。1932年5月14日の日本学生陸上競技対校選手権大会の110メートルハードルで15秒0の記録(日本記録、同時に日本学生記録)を出し、同年6月22日の五輪選手送別大会でもこれと並ぶ記録を出した。 1932年ロサンゼルスオリンピックで男子110メートルハードルに出場した。準決勝敗退。
人見 絹枝(ひとみ きぬえ、1907年〈明治40年〉1月1日… 人見 絹枝(ひとみ きぬえ、1907年〈明治40年〉1月1日 - 1931年〈昭和6年〉8月2日)は、日本の陸上競技選手、ジャーナリスト。日本人女性初のオリンピックメダリスト。100m、200m、走幅跳の元世界記録保持者。(100m、200mについては非公認)岡山県御津郡福浜村(現:岡山市南区)出身。 1907年(明治40年)1月1日、岡山県御津郡福浜村福成(現・岡山市南区福成)で人見猪作および岸江の次女として誕生した。人見家はイネとイグサを栽培する裕福な自作農家で、父・母・祖母・姉と人見絹枝の5人家族であった。幼少期は魚とりや鬼ごっこをして遊び、友人は女の子よりも男の子の方が多かった。 1913年(大正2年)4月、福浜村立福浜尋常高等小学校尋常科(現・岡山市立福浜小学校)に入学。