青野 利彦(あおの としひこ、1973年 - )は、日本の国… 青野 利彦(あおの としひこ、1973年 - )は、日本の国際政治学者、歴史学者。専門はアメリカ政治外交史、冷戦史。学位は、歴史学博士。一橋大学大学院法学研究科教授。アメリカ学会清水博賞受賞。 広島県生まれ。広大福山高校から1996年一橋大学社会学部卒業。学部生時代には一橋大学男声合唱団コール・メルクール(パート:トップ)に所属。1998年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。田中孝彦の指導を受けた。2007年カリフォルニア大学サンタバーバラ校大学院歴史学研究科博士課程修了、歴史学博士(Ph.D.)。 2008年一橋大学大学院法学研究科専任講師。オックスフォード大学政治・国際関係学部客員研究員を経て、2013年一橋大学大学院法学研究科准教授。
田原 史起(たはら ふみき、1967年4月 - )は、日本の… 田原 史起(たはら ふみき、1967年4月 - )は、日本の歴史学者・社会学者。専門は中国社会論。学位は、博士(社会学)(1998年)。東京大学大学院総合文化研究科教授。歴史学及び社会学の方法論を用いて中国社会の研究を行う。日本現代中国学会理事等も務めた。アジア・太平洋賞大賞受賞。広島県出身。
秋田 茂(あきた しげる、1958年 - )は、日本の歴史学… 秋田 茂(あきた しげる、1958年 - )は、日本の歴史学者、西洋史研究者。専門はイギリス帝国史、グローバルヒストリー、アジア国際関係史。大阪大学(レーザー科学研究所)特任教授。学位は博士(文学)。2022年、紫綬褒章を受章。 広島県福山市生まれ。1981年3月広島大学文学部卒業、同大学院文学研究科博士後期課程中退。1985年から大阪外国語大学外国語学部にて助手・講師として勤務。1991年同大学助教授。2003年から大阪大学大学院文学研究科世界史講座教授。2022年、改組に伴い大阪大学大学院人文学研究科人文学専攻グローバルヒストリー・地理学コース教授。以後定年まで勤務し、2024年3月退職。「1970年代の石油危機と国際秩序の変容:グローバルヒストリーの文脈で」と題する最終講義を行った。
髙橋 裕子(たかはし ゆうこ、1957年 - )は、日本の歴… 髙橋 裕子(たかはし ゆうこ、1957年 - )は、日本の歴史学者、津田塾大学学長、国際女性史連盟(IFRWH)会長。日本学術会議会員。元アメリカ学会会長。元日本アメリカ史学会運営委員会代表。ジェンダー史学会代表理事。広島市出身。
勝岡 寛次(かつおか かんじ、1957年(昭和32年)- )… 勝岡 寛次(かつおか かんじ、1957年(昭和32年)- )は、日本の歴史学者。「歴史認識問題研究会」事務局長、日本会議常任理事、新教育者連盟理事、生長の家社会事業団理事、認定NPO法人まほろば教育事業団理事。専門は、近現代日本史、戦後日本教育史。 広島県出身。広島大学附属福山高等学校を経て、1981年(昭和56年)早稲田大学第一文学部教育学科卒。1988年(昭和63年)、早稲田大学大学院文学研究科教育学専攻博士課程単位取得満期退学。 1989年(平成元年)、明星大学戦後教育史研究センター書記。同大学通信教育部兼任講師、皇學館大学非常勤講師を経て、現在、麗澤大学特別講師、麗澤大学国際問題研究センター客員教授。
林 晋(はやし すすむ、1953年 - )は、日本の歴史学者… 林 晋(はやし すすむ、1953年 - )は、日本の歴史学者・情報学者・数学者。神戸大学名誉教授、京都大学名誉教授。 広島県生まれ。1972年広島大学附属福山高等学校卒業。1976年立教大学理学部数学科卒業。1978年立教大学大学院理学研究科博士課程前期修了(理学修士)。1981年筑波大学大学院数学研究科修了(理学博士)。 同年文部技官任官(数学系準研究員)。1982年東京都立工科短期大学専任講師。1984年京都大学数理解析研究所助手。1988年スタンフォード大学計算機科学科客員研究員、フランス国立情報学自動制御研究所ソフィア・アンティポリス客員研究員。1989年龍谷大学理工学部数理情報学科助教授。
三谷 博(みたに ひろし、1950年1月1日 - )は、日本… 三谷 博(みたに ひろし、1950年1月1日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授、跡見学園女子大学教授。専門は日本近代史(明治維新史)。博士(文学、東京大学、1978年)。東京大学教授(1988年 - 2015年)。 広島県福山市生まれ。1972年東京大学文学部国史学科卒業。1978年同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位取得退学、東京大学文学部助手。1979年学習院女子短期大学専任講師、1982年助教授。1988年東京大学教養学部助教授、1995年教授。1996年同総合文化研究科地域文化研究専攻教授(アジア・環太平洋地域文化大講座アジア太平洋文化交流論専攻)。2015年定年退職、名誉教授、跡見学園女子大学教授。
新川 登亀男(しんかわ ときお、1947年10月10日 - … 新川 登亀男(しんかわ ときお、1947年10月10日 - 2023年2月10日)は、日本の歴史学者。早稲田大学名誉教授。専門は日本古代史・アジア地域文化学。 1947年、広島県広島市生まれ。早稲田大学第一文学部で学び、1971年に卒業。早稲田大学大学院文学研究科史学専攻(日本史)に進学し、1973年に修士課程を修了。その後、同博士後期課程を満期退学。 卒業後は大分大学講師となった。1999年、学位論文『アジアの中の古代政治文化』を早稲田大学に提出して文学博士号を取得。日本女子大学助教授を経て、早稲田大学文学学術院教授を務めた。2018年に早稲田大学を定年退職し、名誉教授となった。趣味は「食べること」と語っていた。
豊田 浩志(とよた こうじ、1947年 - )は、日本の歴史… 豊田 浩志(とよた こうじ、1947年 - )は、日本の歴史学者。上智大学名誉教授。専攻は西洋史の初代キリスト教史とローマ帝政史研究。 1947年、広島県に生まれた。広島学院高等学校を経て、1970年広島大学文学部史学科西洋史学専攻卒業。1972年同大学院文学研究科西洋社会史専攻修士課程修了。1977年、同博士課程単位修得退学し、同大学助手となった。 1978年、美作女子大学(現・美作大学)専任講師に着任。1981年に助教授昇進。1988年に上智大学文学部助教授となり、1991年に教授昇進。1997年、広島大学に学位論文を提出して博士号取得。2017年に上智大学を定年退職し、名誉教授となった。
荒野 泰典(あらの やすのり、1946年 - )は、日本の歴… 荒野 泰典(あらの やすのり、1946年 - )は、日本の歴史学者。立教大学名誉教授。専門は日本近世史。広島県呉市出身。
小川 国治(おがわ くにはる、1936年1月1日 - 202… 小川 国治(おがわ くにはる、1936年1月1日 - 2025年6月15日)は、日本の歴史学者。山口大学名誉教授。専攻は日本史学。 1936年、広島県広島市生まれ。1966年広島大学大学院文学研究科修士課程修了。1968年広島大学大学院文学研究科博士課程(国史学専攻)退学。山口大学教育学部教授、広島大学総合科学部教授、東亜大学大学院教授を歴任。山口大学名誉教授。 2025年6月15日死去。89歳没。
池庄司 敬信(いけしょうじ けいしん、1929年6月9日 -… 池庄司 敬信(いけしょうじ けいしん、1929年6月9日 - 2007年7月31日)は、日本の政治学者・歴史学者。専門は、ロシア政治思想史・ロシア史。中央大学名誉教授。広島県福山市出身。 広島県立福山誠之館高等学校卒業。1953年中央大学法学部卒業。1958年同大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同年、同法学部助手。1961年同法学部専任講師。1962年同法学部助教授。1968年同法学部教授。1970年イギリス・ロシアで在外研究。1978年中央大学学生部長。その後、同通信教育部長。2000年中央大学定年退職。同名誉教授。 学外として武蔵野市宅地開発等紛争調整委員、武蔵野市特別職報酬等審議会委員。
青山 吉信(あおやま よしのぶ、1926年8月20日 - 2… 青山 吉信(あおやま よしのぶ、1926年8月20日 - 2006年6月29日)は、日本の歴史学者、日本女子大学名誉教授。英国中世史が専門。 1926年、広島県で生まれた。東京大学文学部西洋史学科で学び、1952年に卒業。 卒業後は、東洋大学助教授に就いた。1961年、日本女子大学助教授に転じた。後に教授昇格。1997年に日本女子大学を定年退任し、名誉教授となった。2000年に勲三等瑞宝章を受章。
稲垣 泰彦(いながき やすひこ、1921年7月31日 - 1… 稲垣 泰彦(いながき やすひこ、1921年7月31日 - 1982年2月28日)は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。 広島県呉市生まれ。1939年に広島県立呉第一中学校を卒業し、広島高等学校文科に進学。同校2年生だった1940年の夏、東京中野在住だった兄の家に滞在していたときに、隣家に住んでいた宝月圭吾を紹介され、進学先の相談をしたところ、東京帝国大学を勧められ、同大学への進学を決めたという。1942年に高校を卒業し、東京帝国大学文学部国史学科に入学。同期入学に永原慶二、安田元久、山口啓二らがいる。翌年、海軍に入隊し、その間の1944年9月に卒業。1947年、東京帝国大学大学院を退学。 同年、東京帝国大学史料編纂所に入所、1966年助教授、1969年教授。
藤間 生大(とうま せいた、1913年5月16日 - 201… 藤間 生大(とうま せいた、1913年5月16日 - 2018年12月10日)は、日本の歴史学者、考古学者で、古代日本史から近代東アジア史まで幅広く研究を行った。 広島市生まれ。1936年、早稲田大学文学部史学科卒。1938年、日本評論社入社、戦前には教育科学研究会生活教育研究部会に参加。1945年7月、埼玉県立浦和中学校教諭、1949年、民主主義科学者協会事務局常任書記長、1951年まで務める。1952年の第25回衆議院議員総選挙及び1953年の第26回衆議院議員総選挙に埼玉1区から出馬するが落選。1971年、熊本商科大学教授、同付属海外事情研究所長、1982年、退職。 日本共産党に属し、戦後しばらく、マルクス主義歴史学者として、井上清、石母田正と並んで盛名を馳せ、当時の学生の必読書となった。
阿部 行蔵(あべ こうぞう、1907年2月25日 - 198… 阿部 行蔵(あべ こうぞう、1907年2月25日 - 1981年4月28日)は、日本の歴史学者(近代思想史、歴史理論)、旧・東京都立大学(現首都大学東京を経て東京都立大学)教授、牧師。平和運動家。政治家、第10代東京都立川市長。 広島県広島市出身。最初、川端画学校の藤島武二に師事したが1928年、賀川豊彦の集会に出席して神学を学ぶことを決意する。神田の中央バプテスト教会(三崎町教会)で中島力三郎からバプテスマ(洗礼)を受ける。 関東学院に入学、神学部に学ぶ。キリスト者学生運動に参加の後、日本戦闘的無神論者同盟に加盟。1933年治安維持法違反容疑で検挙され執行猶予。1937年同志社大学文学部神学科を卒業すると姫路バプテスト教会に赴任する。
熊田 葦城(くまた いじょう・くまだ いじょう、文久2年(1… 熊田 葦城(くまた いじょう・くまだ いじょう、文久2年(1862年)6月 - 1940年2月12日)は、日本の歴史学者、文筆家。本名は熊田宗次郎。 福山藩藩士・熊田臨蔵の次男として、備後国福山(現在の広島県福山市)に生まれる。誠之館にて学を修めたほか、江木鰐水に漢籍を、五弓雪窓に漢作文を、藤井葦川に漢詩を学ぶ。 二十歳のころ大阪に出て大阪新報社に就職、同社で編集長をつとめたのち新潟日日新聞、北海道毎日新聞、北海新聞などを経て報知新聞に招かれた。同紙編集長の傍ら日清戦争の戦時記事を執筆して大いにその名を知られるようになる。一時同社を退いたが、日露戦争を機に再び報知の編集長に就任。自著『日本史蹟』が賞讃の的となり、のち鎌倉に居住して著述業に専念した。
平井 和子(ひらい かずこ)は、日本の歴史学者。専門は近現代… 平井 和子(ひらい かずこ)は、日本の歴史学者。専門は近現代日本女性史、ジェンダー史。元一橋大学客員教授。山川菊栄賞等受賞。 広島県広島市生まれ。立命館大学文学部卒業後、中等教育の教員となる。1997年静岡大学教育学部社会科教育修士課程修了。2014年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。 公立中学校や高校講師をしながら、静岡県東部で自立して働く金山の選鉱婦や海女、助産師といった女性たちの話を記録した。静岡大学大学院で荒川章二に師事し、静岡県史や静岡県東部の自治体史の編纂を手伝った。2000年代以降、一橋大学大学院の吉田裕らのもとで占領期の女性史研究に取り組んだ。 静岡大学非常勤講師、大妻女子大学非常勤講師を経て、一橋大学大学院社会学研究科特任講師や、一橋大学客員教授、一橋大学ジェンダー社会科学研究センター客員研究員を務めた。