山口 千弘(やまぐち ちひろ、2007年8月20日 - )は… 山口 千弘(やまぐち ちひろ、2007年8月20日 - )は、東京都出身の、日本の柔道選手。階級は78kg超級。 柔道は4歳の時に姉の影響で、バルセロナオリンピック71㎏級金メダリストの古賀稔彦が主宰する古賀塾で始めた。福岡県の敬愛中学へ進むと、2年の時に全国中学校柔道大会個人戦70㎏超級で3位、団体戦では優勝した。3年の時には団体戦で3位だったが、個人戦で優勝した。敬愛高校1年の時には金鷲旗で2位となった。インターハイでは個人戦78㎏超級で2位、団体戦では3位になった。全国高校選手権の団体戦では2位だった。2年の時には金鷲旗とインターハイの団体戦で優勝した。全日本ジュニアでも優勝した。世界ジュニアの個人戦では3位だったが、団体戦で優勝した。
本田 里來(ほんだ りこ、2006年4月3日 - )は、福岡… 本田 里來(ほんだ りこ、2006年4月3日 - )は、福岡県出身の、日本の柔道選手。階級は57kg級。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時にオリンピックで2連覇した谷亮子と同じく東福岡柔道教室で始めた。小学校5年の時には全国小学生学年別柔道大会40㎏超級、6年の時には45㎏超級でそれぞれ優勝した。全国少年柔道大会の団体戦では3位だった。敬愛中学3年の時に全国中学校柔道大会57㎏級で優勝した。団体戦でも優勝したが試合には出場しなかった。敬愛高校1年の時には全国高校選手権で優勝した。2年の時には金鷲旗の決勝で佐賀商業高校に敗れて2位だった。インターハイでは3位だった。世界カデでは決勝で台湾のリン・ユハンを大内刈で破ったのを始め、オール一本勝ちで優勝した。
谷岡 成美(たにおか なるみ、2002年11月8日 - )は… 谷岡 成美(たにおか なるみ、2002年11月8日 - )は、福岡県小郡市出身の日本の柔道選手。階級は63kg級。 渋谷教育学園渋谷中学3年の時に全国中学校柔道大会の57㎏級で5位になった。渋谷教育学園渋谷高校へ進むと、2年の時にインターハイ63㎏級で2位になった。2021年に筑波大学へ進学すると、2年の時に全日本ジュニアで優勝、体重別団体で3位になった。学生体重別では3年の時に3位、4年の時に優勝した。2025年には日本エースサポートの所属となった。体重別は本来出場予定でなかったが堀川恵の代わりに出場すると、決勝でパーク24の山口葵良梨を技ありで破って、シニアの全国大会初優勝を飾った。続く全日本選手権では3回戦で78㎏超級の選手である日体大4年の新井万央を3-0の判定で破るも、準々決勝で同じ63㎏級である環太平洋大学4年の石岡来望に袈裟固で敗れた。
大森 朱莉(おおもり あかり、2002年9月3日 - )は、… 大森 朱莉(おおもり あかり、2002年9月3日 - )は、大阪府出身の、日本の柔道選手。階級は57kg級。身長158cm。血液型A型。組み手は右組み。得意技は袖釣込腰。姉は52㎏級で活躍する大森生純。 柔道は4歳の時に初柔会西塾で始めた。広陵中学3年の時に全国中学校柔道大会57㎏級で3位になると、団体戦では優勝した。敬愛高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権の3回戦で敗れた。2年の時にはインターハイで5位だったが、全日本ジュニアでは3位だった。 2021年に帝京大学へ進学すると、1年の時には体重別団体で2位になった。全日本ジュニアでは優勝した。2年の時には世界ジュニアの個人戦で2位だったが、団体戦では優勝した。
古賀 若菜(こが わかな、2001年6月28日 - )は、福… 古賀 若菜(こが わかな、2001年6月28日 - )は、福岡県久留米市出身の、日本の女子柔道選手。階級は48kg級。身長154cm。リーチ162cm。握力は右39kg、左37kg。組み手は左組み。血液型はO型。段位は初段。得意技は背負投、寝技。憧れの選手は中村美里。 5人兄弟の長女で、柔道は4歳の時に長男に続いて始めた。弟3人もその後に続いた。高武館に所属していた上津小学校時代より全国クラスで活躍しており期待の声が高かった。小学5年の時に全国小学生学年別柔道大会40kg級で優勝して、柔志学舎の所属となった6年生の時には45kg級で優勝を飾った。田主丸中学に進むと、1年の時には早くも全国中学校柔道大会40kg級で優勝を果たした。
素根 輝(そね あきら、2000年7月9日 - )は、福岡県… 素根 輝(そね あきら、2000年7月9日 - )は、福岡県久留米市出身の日本の女子柔道選手。階級は78kg超級。身長162cm。握力は右45kg、左47kg。血液型はA型。段位は五段。組み手は左組み。得意技は大内刈、体落。2021年開催の東京オリンピック 柔道 女子78kg超級金メダリスト。 「世界で活躍する人になってほしい」とい願いから、「輝」と名付けられたという。父親と5歳年上の長男、2歳年上の双子の兄も柔道に取り組んでいたことから、柔道は7歳の時に脩柔館で始めた。それまではピアノと水泳を習っていた。なお、兄弟には他に姉が1人いる。幼い頃から中村美里に憧れを抱いていたという。小学校5年の時に全国少年柔道大会の福岡県予選で全国優勝することになる古賀早也香に敗れたことが転機となり、今まで以上のトレーニングを積んだ結果、6年の時には県予選で古賀に一本勝ちすると本戦でも45kg超級においてオール一本勝ちで優勝を飾った。
坪根 菜々子(つぼね ななこ、1999年10月16日 - )… 坪根 菜々子(つぼね ななこ、1999年10月16日 - )は、福岡県出身の、日本の女子柔道選手。階級は52kg級。身長156cm。組み手は右組み。血液型はB型。得意技は小内刈。 柔道は5歳の時に大宰府少年武道会で始めた。小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会45kg級に出場するも2回戦で敗れた。沖学園中学から沖学園高校へ進むと、3年の時にインターハイ52㎏級決勝で夙川学院高校2年の阿部詩に内股で敗れて2位だった。全日本ジュニアでは3位になった。2018年には福岡大学へ進学すると、2年の時にはベルギー国際で優勝した。3年の時には講道館杯の準決勝で元世界チャンピオンである了徳寺大学職員の志々目愛に内股で敗れるも3位になった。
寺田 宇多菜(てらだ うたな、1999年3月10日 - )は… 寺田 宇多菜(てらだ うたな、1999年3月10日 - )は、大阪府出身の日本の柔道選手。階級は70kg級。身長165cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時に柔剛会で始めた。小学校5年の時には全国小学生学年別柔道大会40㎏級の決勝トーナメント1回戦で敗れると、6年の時には45㎏級の初戦で敗れた。 奈良県の広陵中学1年の時に全国中学校柔道大会44㎏級の3回戦で敗れると、2年の時には48㎏級の3回戦で敗れた。3年の時には52㎏級で5位になると、団体戦では決勝で大成中学と対戦して武田亮子と引き分けるも、チームは敗れて2位だった。敬愛高校に進むと、2年の時には高校選手権52㎏級の初戦敗れた。
小西 誠志郎(こにし せいしろう、1998年12月21日 -… 小西 誠志郎(こにし せいしろう、1998年12月21日 - )は、福岡県出身の日本の柔道家。階級は60 kg級。身長163 cm。組み手は右組み。得意技は一本背負投。 6歳の時に柔道を始め、曽根中学3年の時に全国中学校柔道大会の66 kg級で2位となった。 大牟田高校では、1年時は全国高校選手権60 kg級の2回戦で、2年時にはインターハイの2回戦で敗れた。3年時のインターハイでは5位となった。 2017年に国士舘大学へ進学すると、1年時の学生体重別選手権の準決勝で同大4年である宮之原誠也に技ありで敗れるも3位、体重別団体大会では2位となった。2年の時には全日本ジュニアの決勝で日体大2年の古賀玄暉と対戦し、技ありを先取するも小外掛で逆転負けを喫した。
友清 光(ともきよ ひかる、1998年11月25日 - )は… 友清 光(ともきよ ひかる、1998年11月25日 - )は、福岡県出身の、日本の柔道家。階級は81kg級。身長172cm。血液型はB型。組み手は右組み。得意技は大外刈、背負投。 柔道は3歳の時に豊友館道場で始めた。曽根中学から大牟田高校へ進むと、2年の時にインターハイ73kg級に出場するも初戦で敗れた。3年の時には金鷲旗で3位に入るも、インターハイ81kg級では初戦で敗れた。2017年には国士舘大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで優勝するも、世界ジュニアでは2回戦で敗れた。2年の時には学生体重別で優勝するも、体重別団体では審判による誤審などもあって3位にとどまった。2019年のヨーロッパオープン・オディヴェーラスではシニアの国際大会初優勝を飾った。
新森 涼(しんもり りょう、1998年5月12日 - )は、… 新森 涼(しんもり りょう、1998年5月12日 - )は、福岡県飯塚市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70kg級。身長167cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は内股、大外刈。 柔道は9歳の時に稲築柔道教室で始めた。山田中学3年の時に全国中学校柔道大会70kg級で3位になった。敬愛高校に進むと、1年の時には金鷲旗で2位となると、インターハイ70kg級では3位だった。全国高校選手権では初戦で敗れた。2年の時には全日本カデで優勝した。金鷲旗では決勝で大成高校と対戦すると中江美裕を破るなどして、エースの児玉ひかるとともにチームの優勝に貢献した。インターハイの個人戦決勝では開始9秒の内股で一本勝ちして優勝するも、団体戦では決勝の大成高校戦で鍋倉那美と引き分けるがチームは敗れて2位にとどまった。
竹内 鈴(たけうち りん、1997年8月22日 - )は、日… 竹内 鈴(たけうち りん、1997年8月22日 - )は、日本の柔道選手。福井県出身。階級は52kg級。身長152cm。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は裏投。 柔道は5歳の時に三国柔道教室で始めた。三国中学から福岡県の敬愛高校へ進むも、2年の時に高校選手権、3年の時にインターハイ52㎏級の初戦でそれぞれ敗れた。2016年に東海大学へ進学すると、2年の時に学生体重別57㎏級で2位、3年からは2連覇した。4年の時には優勝大会と体重別団体でも優勝した。2020年にパーク24の所属となると、2021年の体重別準決勝で三井住友海上の舟久保遥香に反則負けするも3位になった。2023年に階級を52㎏級に下げると、2024年の講道館杯では決勝で三井住友海上の藤城心を技ありで破ってシニアの全国大会初優勝を飾った。
能智 亜衣美(のうち あいみ、1996年1月14日 - )は… 能智 亜衣美(のうち あいみ、1996年1月14日 - )は、福岡県行橋市出身の日本人の柔道家。階級は63kg級。身長162cm。バスト94cm。リーチ162cm。握力は右46kg、左46kg。血液型はA型。段位は参段。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は豊津小学校3年の時にダイエットが目的で苅田少年柔道クラブにおいて始めた。企救中学3年の時に全国中学校柔道大会57kg級に出場するも初戦で敗れた。宮崎日大高校へ進むと、1年の時にはインターハイで3位に入った。2年になって階級を63kg級に上げると、全国高校選手権63kg級準決勝で松商学園高校2年の津金恵に横四方固で敗れるが3位になった。3年の時にはインターハイの準決勝で津金に判定で敗れてまたも3位だった。
宮之原 誠也(みやのはら せいや、1995年12月11日 -… 宮之原 誠也(みやのはら せいや、1995年12月11日 - )は、日本の柔道家。福岡県出身。階級は60kg級。身長163cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は7歳の時に香月道場で始めた。香月中学3年の時に全国中学校柔道大会55kg級に出場するが3回戦で敗れた。大牟田高校へ進むと、1年と2年の時には全国高校選手権60kg級の3回戦で敗れた。3年の時にはインターハイで決勝まで進むが、柳ヶ浦高校3年の小倉拓実に敗れて2位に終わった。2014年には国士舘大学へ進むと、3年の時に学生体重別で3位に入った。4年の時には学生体重別の決勝で筑波大学3年の大島拓海を縦四方固で破って優勝した。
佐藤 正大(さとう せいだい、1994年4月4日 - )は、… 佐藤 正大(さとう せいだい、1994年4月4日 - )は、福岡県中間市出身の日本の柔道家である。階級は81kg級。身長180 cm。血液型A型。段位は五段。組み手は右組み。得意技は背負投。姉は78kg級で活躍している佐藤瑠香。 柔道は3歳の時に柔道を始めた。小学校6年の時には全国小学生学年別柔道大会45kg級で優勝を飾った。中間南中学から大牟田高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権81kg級で決勝まで進むが、東海大相模高校2年の小原拳哉に判定で敗れた。3年の時には金鷲旗で3位になった。インターハイでは準決勝で小原に技ありで敗れて3位にとどまった。 2013年に国士舘大学へ進むと、2年の時には全日本ジュニアで優勝を飾った。
佐藤 瑠香(さとう るいか、1992年3月27日 - )は、… 佐藤 瑠香(さとう るいか、1992年3月27日 - )は、福岡県中間市出身の日本人の女子柔道選手。階級は78kg級。身長170cm。血液型はA型。組み手は右組み。柔道弐段を取得。得意技は大内刈。コマツ女子柔道部に所属。弟に81kg級で活躍した佐藤正大がいる。 柔道は6歳の時に香月道場で始めた。中間南中学3年の時には全国中学校柔道大会70kg超級で優勝を果たした。八幡工業高校に進学すると、1年生にしてインターハイの78kg級を制した。2年の時はベスト8だったものの、3年では再び優勝した。 2010年になると高校を卒業してコマツ所属となった。社会人として最初の大会となった4月の体重別では、準決勝で佐藤より1つ年上のライバルである緒方亜香里を破ったものの、決勝で同じ会社の先輩である岡村智美に敗れて2位となり世界選手権代表には選出されなかった。
髙上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - … 髙上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - )は、日本の柔道家。福岡県豊前市出身。階級は66kg級。身長168cm。得意技は背負投。現在は旭化成に所属している。血液型はB型。 柔道は6歳の時に始めた。田原中学3年の時には全国中学校柔道大会の60kg級で優勝した。桐蔭学園高校2年の時には全日本ジュニアで3位となった。3年になると階級を66kg級に上げてインターハイでは2位となった。日本体育大学へ進学後、1年の時には講道館杯で3位となり、2年の時には優勝を果たした。その後出場したグランドスラム・東京では世界ランキング143位ながら、北京オリンピック60kg級で優勝した崔敏浩をはじめ、世界ランキング3位のアリム・ガダノフや元世界チャンピオンでランキング2位のハシュバータル・ツァガンバータル等を次々と破る快進撃を見せて、決勝でもランキング1位のムサ・モグシコフ相手に先に技ありを取られるも逆転の一本勝ちを果たしたことにより、世界ランキング上位3名を悉く破っての優勝を飾ることとなった。
高上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - … 高上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - )は、福岡県豊前市出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長168cm。得意技は背負投。現在は旭化成に所属している。
谷本 和(たにもと のどか、1991年9月20日 - )は、… 谷本 和(たにもと のどか、1991年9月20日 - )は、福岡県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長160cm。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は大外刈。 柔道は8歳の時に始めた。山田中学から南筑高校へ進むと、3年の時にインターハイ52kg級で優勝を果たした。環太平洋大学に進学すると、1年の時には全日本ジュニア決勝で桐蔭学園高校1年の山本杏を指導2で破り優勝を飾った。しかし世界ジュニアでは3回戦でコソボのマイリンダ・ケルメンディに指導2で敗れた。その後の学生体重別団体ではチームの初優勝に貢献した。2年の時には学生体重別の準々決勝で金沢学院大学の橋本優貴を小内刈で破るなどして初優勝を飾ると、学生体重別団体でも2連覇を達成することになった。
近藤 香(こんどう かおり、1989年3月23日 - )は、… 近藤 香(こんどう かおり、1989年3月23日 - )は、福岡県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は48kg級。身長153cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は初段。得意技は一本背負投。現在は日本生命に所属。 小学校3年の時に近所で不審者を見かけたことがきっかけで、いざという時に備えて柔道を始めた。沖学園中学3年の時に、全国中学校柔道大会の44kg級決勝で相原中学2年の中村美里に有効で敗れたものの2位となった。 沖学園高校時代はこれといった実績はなかったが、帝京大学3年の時に学生体重別48kg級決勝で、ジュニア時代からのライバルである浅見八瑠奈を7度目の対戦にして初めて破り優勝した。
吉永 慎也(よしなが しんや、1983年2月8日 - )は福… 吉永 慎也(よしなが しんや、1983年2月8日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。81kg級の選手。身長は170cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。甘木中学から大牟田高校へ進むと、3年の時に金鷲旗とインターハイ団体戦で3位になった。 2001年には国士舘大学へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアの81kg級で3位になった。3年の時には学生体重別で3位だったが、優勝大会ではチームの優勝に貢献した。4年の時には優勝大会と体重別団体でともに2位だった。学生体重別でも決勝で同じ大学の1年後輩である有留秀宜に敗れた。 2005年には新日鉄の所属となると、実業個人選手権では決勝で松前柔道クラブの谷口徹を破って優勝した。
松田 邦恵(まつだ くにえ、1982年7月13日 -)は福岡… 松田 邦恵(まつだ くにえ、1982年7月13日 -)は福岡県福岡市出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級の選手。身長157cm。得意技は大外刈。 兄2人の影響で6歳の時に千代柔道育成会で柔道を始めた。沖学園中学3年の時に全国中学校柔道大会の48kg級で優勝を飾った。さらに、全国女子体重別ではこの階級トップの田村亮子と長井淳子が出場しなかったものの、予想外の活躍で決勝まで進むと、同じ中学3年生である永山中学の倉持亜佐美と史上初となるシニアの全国大会における中学生同士の対決となった。全国中学校柔道大会では準決勝で倉持と対戦して判定で破っていたものの、今大会では出足払で技ありを取られて2位にとどまった。
園田 悠二(そのだ ゆうじ、1982年4月2日 - )は、福… 園田 悠二(そのだ ゆうじ、1982年4月2日 - )は、福岡県出身の、日本の柔道選手。階級は73kg級。身長163cm。組み手は右組み。得意技は掬い投げ。 柔道は5歳の時に玉城道場で始めた。沖学園中学から沖学園高校へ進んだ。2001年に東海大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニア73kg級の決勝で世田谷学園高校2年の海老沼聖に敗れて2位だった。2年の時には学生体重別で3位となった。4年の時には選抜体重別で決勝まで進むも、旭化成の高松正裕に小外刈で敗れた。体重別団体では優勝した。イタリア国際で優勝すると、ロシア国際では3位となった。2005年には警視庁の所属になると、選抜体重別と講道館杯で3位、全国警察選手権では2位になった。
石井 孝法(いしい たかのり、1980年4月3日 - )は、… 石井 孝法(いしい たかのり、1980年4月3日 - )は、福岡県出身の日本の柔道家。身長179cm。全日本柔道連盟のグランドデザインに位置付けられている長期育成指針を作成した。 2024年まで了徳寺大学教養部教授であった。また、2005年から全日本柔道連盟の科学研究部に所属し、2013年から2021年まで日本オリンピック委員会の専任情報科学スタッフ、2024年パリ五輪まで日本柔道ナショナルチーム(強化委員会)のメンターなどを歴任した。 学校法人沖学園隆徳館中学校(卒業は中原中学)から福岡大大濠高校を経て福岡大学に進学すると、3年の時には講道館杯の100kg級3回戦で国士舘大学3年の鈴木桂治に敗れるも、敗者復活戦を勝ち上がって3位になった。
古賀 幸恵(こが ゆきえ、1979年11月20日 - )は福… 古賀 幸恵(こが ゆきえ、1979年11月20日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長170cm。
日下部 基栄(くさかべ きえ、1978年10月11日 - )… 日下部 基栄(くさかべ きえ、1978年10月11日 - )は、福岡県福岡市出身の日本の元柔道選手。現役時代は福岡県警察所属で大外刈などのパワフルな技を得意とし、シドニー五輪(柔道女子57 kg級)の銅メダルを獲得。のちに福岡大学女子柔道部の監督を務める。身長160 cm。 日下部の父親は機動隊に所属する警察官で、子供の頃にネフローゼ症候群で幼稚園も殆ど行けず入退院を繰り返していた。小学校1年生の時に兄の通う東福岡柔道教室を見学し、そこで3歳年上の小さな女子が男子を引きずり回して圧倒するのに感動し、日下部も自ら柔道を始める。なお、この少女は後に世界選手権を6連覇する田村亮子であった。日下部は柔道を始めて半年後には初めて出た大会でいきなり優勝。
塘内 将彦(ともうち まさひこ、1977年7月13日 - )… 塘内 将彦(ともうち まさひこ、1977年7月13日 - )は、日本の元柔道選手。階級は81kg級。福岡県大牟田市出身。大牟田高等学校、国士舘大学卒業。旭化成柔道部に所属していた。身長175 cm。大舞台にめっぽう弱く、オリンピック及び世界選手権で計4度も代表に選出されながら際立った成績を残していない。 1999年には体重別の初戦で敗れるが、嘉納杯、フランス国際などで優勝した実績が評価されて世界選手権代表に選ばれたものの、初戦で敗れた。 2004年4月には、体重別男子81kg級の準決勝で秋山成勲に優勢勝ち、決勝では瀧本誠に袖釣り込み腰で一本勝ちしてアテネオリンピック代表を掴むが初戦で敗れ、敗者復活戦でも初戦で敗れた。
江種 辰明(えぐさ たつあき、1976年10月28日 - )… 江種 辰明(えぐさ たつあき、1976年10月28日 - )は、日本の柔道家。野村忠宏と同じく長く日本の60kg級を代表する選手。得意技は背負い投げ、釣込腰。 福岡県行橋市出身、福岡工業大学附属城東高等学校・天理大学卒。 アジア大会やアジア選手権で優勝経験があるほか、2005年と2007年の世界柔道選手権大会にも出場している。2008年、嘉納治五郎杯東京国際柔道大会ワールドグランプリ2008優勝。 拓殖大学柔道部特別コーチとして指導も行なっていた。 1994 愛知国体柔道競技少年男子(福岡チーム先鋒) 優勝 1995 全日本ジュニア柔道選手権大会 優勝 1998 グルジア国際柔道選手権大会 優勝 1998 講道館杯全日本体重別選手権大会 3位 1999 嘉納治五郎杯国際柔道選手権大会 2位 1999 アジア柔道選手権大会 (温州) 3位 1999 フランス国際柔道選手権大会 2位 1999 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位 1999 熊本国体柔道競技成年男子(東京チーム先鋒) 優勝 1999 韓国国際柔道選手権大会 3位 1999 講道館杯全日本体重別選手権大会 3位 2000 全日本選抜柔道体重別選手権大会 2位 2000 韓国国際柔道選手権大会 3位 2000 ロシア大統領杯国際柔道大会(団体) 3位 2000 アジア柔道選手権大会(東京) 優勝 2001 アジア柔道選手権大会(ウランバートル) 3位 2001 ハンガリー国際柔道選手権大会 優勝 2001 チェコ国際柔道選手権大会 3位 2001 宮城国体柔道競技成年男子(東京チーム先鋒) 優勝 2002 日本国際柔道選手権大会 2位 2002 ロシア国際柔道選手権大会 優勝 2002 エストニア国際柔道選手権大会 優勝 2002 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位 2002 ワールドカップ国別団体柔道大会(スイス・バーゼル) 優勝 2002 モスクワグランプリ国際柔道選手権大会 優勝 2002 講道館杯全日本体重別選手権大会 優勝 2003 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位
猿渡 琢海(さるわたり たくみ、1976年10月16日 - … 猿渡 琢海(さるわたり たくみ、1976年10月16日 - )は、福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。身長188cm。体重120kg。 小学校1年の時に柔道を始めた。柳川高校ではアテネオリンピック78kg級金メダリストの阿武教子と同級生だった。2年の時にはインターハイ県予選でライバルの大牟田高校2年の高森啓吾を破って本戦に出場するも、予選リーグで敗れた。3年の時には全日本ジュニアに出場して2位となった。1995年には阿武と同じく明治大学に進んだ。2年の時には全日本学生柔道優勝大会で2位となった。正力杯では決勝で日本大学2年の上口孝太に敗れた。講道館杯でも決勝で警視庁の真喜志慶治に敗れた。
高森 啓吾(たかもり けいご、1976年4月3日 -)は福岡… 高森 啓吾(たかもり けいご、1976年4月3日 -)は福岡県大牟田市出身の日本の柔道家、総合格闘家。現役時代は95kg超級及び100kg超級の選手。身長180cm。体重120kg。 柔道は幼稚園の時に始めた。歴木中学2年の時には全国中学校柔道大会の団体戦で3位に入った。3年の時には全国中学校柔道大会の78kg超級で決勝まで進むが、国士舘中学3年の小塚義隆に1-2の微妙な判定で敗れた。マルちゃん杯の個人戦では優勝した。なお、この時期には大宮中学1年の井上康生に勝ったこともあるが、その際に井上が父親に正座をさせられて厳しく叱責されていたのを見て、「(2歳年上で全国2位である)俺に負けたんだからしょうがねぇじゃないかよ、そんな怒んなよ」と思ったという。
江上 忠孝(えがみ ただたか、1975年10月24日 -)は… 江上 忠孝(えがみ ただたか、1975年10月24日 -)は福岡県久留米市出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。身長185cm。組み手は左組み。得意技は袖釣込腰。
谷 亮子(たに りょうこ、1975年9月6日 - )は、日本… 谷 亮子(たに りょうこ、1975年9月6日 - )は、日本の柔道家、政治家。福岡県福岡市出身。旧姓は田村(たむら)。柔道選手としてはオリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得した。2018年1月には、女子としては極めて異例の飛び昇段で六段になった。 2010年の第22回参議院議員通常選挙で民主党の比例候補として当選し参議院議員として政界入り。民主党スポーツ議員連盟会長、日本未来の党幹事(遊説担当)、生活の党と山本太郎となかまたち副代表兼参議院幹事長などを歴任した後、改選となる2016年の第24回参議院議員通常選挙には立候補しなかった。 帝京大学文学部卒業、日本体育大学大学院修了。夫は元プロ野球選手で東芝社会人野球部エグゼクティブアドバイザーの谷佳知(2003年結婚)。
小齊武志(こざい たけし、1974年4月23日 - 2006… 小齊武志(こざい たけし、1974年4月23日 - 2006年11月8日)は、福岡県出身の柔道家(四段)、格闘家。 小学校で柔道を始め、講道学舎へ入門。瀧本誠、吉田善行、大山峻護らと同期となる。この由縁により、大山のセコンドにつくことも多かった。 世田谷学園高校の柔道部では、高校三冠を果たした。 福岡大学卒業後、NEXCO(東日本高速道路)柔道部に在籍。100kg級で井上康生、鈴木桂治らとしのぎを削った。 1998年1月24日、ロシア国際柔道の100kg級に出場し、3位入賞。準々決勝では日本デビュー前のエメリヤーエンコ・ヒョードルに一本勝ち。のちに「ヒョードルを倒した男」と呼ばれることとなった。
矢野 智彦(やの ともひこ、1973年10月31日 - )は… 矢野 智彦(やの ともひこ、1973年10月31日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。身長176cm。得意技は寝技。現在は環太平洋大学の柔道部監督を務めている。 洞北中学校から静岡県の東海大一高校へ進むが、この当時は大きな実績を上げることはなかった。 1992年に国際武道大学へ進むと、寝技の名手として知られる柏崎克彦の指導を受けて、1年の時にジュニア体重別71kg級で3位、2年の時には優勝を飾った。ブルガリア国際でも優勝した。3年の時には講道館杯で3位となった。4年の時には正力杯の決勝で東海大学4年の中村兼三と寝技のスペシャリスト同士の対戦となるが、判定で敗れて2位に終わった。 1996年には東芝プラント建設の所属となった。
中村 兼三(なかむら けんぞう、1973年10月18日 - … 中村 兼三(なかむら けんぞう、1973年10月18日 - )は、日本の柔道家。アトランタオリンピック柔道男子71kg級金メダリスト。福岡県福岡市出身。東海大学卒業。身長178cm。得意技は内股、寝技。兄の佳央、行成とともに中村三兄弟と呼ばれた。
園田 隆二(そのだ りゅうじ、1973年9月16日 - )は… 園田 隆二(そのだ りゅうじ、1973年9月16日 - )は、福岡県大牟田市出身の柔道家。明治大学経営学部卒業。柔道全日本女子代表監督、警視庁警察官(役職は警視庁警務部教養課柔道指導室助教、階級は巡査部長)を務めた。2023年現在はパーク24柔道部の女子監督。 福岡県大牟田市三里町に生まれる。大牟田市立中友小学校1年生の時、道場に通う友人の縁で尚武館道場にて柔道を始めた。1986年の春に大牟田市立船津中学に進学するが、この中学に柔道部はなかったため、引き続き尚武館で稽古に励む。日本中学校体育連盟の大会に出るため船津中に形だけの柔道部を作ってもらい、1人で個人戦に出場。中学3年の時に全国大会の軽量級で優勝した。
衛藤 由佳(えとう ゆか、1973年2月9日 - )は、福岡… 衛藤 由佳(えとう ゆか、1973年2月9日 - )は、福岡県甘木市出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級の選手。身長155cm。姉の衛藤裕美子も48kg級で活躍していた。 3姉妹の次女として、柔道は小学校1年の時に始めた。甘木中学から1つ年上の姉の裕美子が在籍していた柳川高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権48kg級で3位になった。3年の時には強化選手選考会の3回戦で城香中学3年の田村亮子に技ありで敗れると、その後の3位決定戦でも姉の裕美子に判定で敗れた。1991年に高校を卒業してミキハウス所属となるが、最初の2年間は結果を残せずにいた。しかし、1993年にフランスから帰国した村上清がミキハウスのコーチに就任したことから、村上の徹底的な指導を受けて打倒田村を目指すことになった。
中村 行成(なかむら ゆきまさ、1972年8月28日 - )… 中村 行成(なかむら ゆきまさ、1972年8月28日 - )は、日本の柔道選手。元世界チャンピオン。身長172cm。得意技は内股、掬投、小外刈。兄佳央、弟兼三とともに中村三兄弟と呼ばれた。
宗 真一郎(そう しんいちろう、1972年6月18日 -)は… 宗 真一郎(そう しんいちろう、1972年6月18日 -)は福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は95kg級及び100kg級の選手。身長190cm。 志摩中学から福岡大大濠高校に進むが、この当時は大きな実績を上げていない。福岡大学へ進むと力を付け始めて、2年の時にはジュニア体重別95kg級で優勝を飾った。3年の時には正力杯に出場すると、東海大学3年で187cmの大原尚喜との国内のこの階級では珍しい190cm前後の選手同士による決勝となったが、谷落で敗れて2位に終わった。アジア選手権では優勝を飾った。優勝大会では5位となった。4年の時には正力杯と優勝大会でそれぞれ5位だった。1995年には九州電力の所属となった。
衛藤 裕美子(えとう ゆみこ、1971年7月17日 -)は、… 衛藤 裕美子(えとう ゆみこ、1971年7月17日 -)は、福岡県甘木市出身の日本の女性柔道家。現役時代は48kg級の選手だった。身長151cm。妹の衛藤由佳も48kg級で活躍していた。 甘木中学校2年の時、早くも体重別48kg級で3位になった。柳川高校1年の時には強化選手選考会で2位となると、体重別でも3位に入った。2年の時には強化選手選考会で昨年に続いて2位となった。全国高校選手権では、決勝で成安女子高校1年の永井和恵に判定で敗れた。3年の時には体重別の九州予選準決勝で城香中学2年の田村亮子と対戦すると、ポイントでリードされていたものの終了間際に送襟絞で逆転勝ちするなどして優勝した。この当時の田村は、まだ駆け出しの中学生選手に過ぎなかったものの衛藤はシニアの公式戦で田村を破った最初の選手となった(その後は、田村に4連敗している。
秀島 大介(ひでしま だいすけ、1970年12月7日 - )… 秀島 大介(ひでしま だいすけ、1970年12月7日 - )は、日本の柔道家。福岡県・春日市出身。階級は71kg級。身長167cm。得意技は背負投。 小学校1年の時に地元のスポーツ少年団で柔道を始めた。その一方で、小学校4年の時にはリトルリーグで野球も始めた。小学校5年の時にはもっとレベルの高いところで柔道に取り組むために田村亮子や中村三兄弟(中村佳央、中村行成、中村兼三)などを輩出したことで知られる東福岡柔道教室に道場を移った。小学校6年の時に団体戦の少年少女練成大会で優勝したことがきっかけで、中学からは上京して講道学舎へ入門した。 講道学舎で指導を受けることになった吉村和郎は特に恐ろしい存在で、高校3年になるまでまともに言葉を交わすことさえできなかった。
中村 佳央(なかむら よしお、1970年10月22日 - )… 中村 佳央(なかむら よしお、1970年10月22日 - )は、日本の柔道家。身長182cm。弟兼三と共に寝技師として知られる。得意技は、寝技。中でも、腕挫十字固を得意としている。また、立ち技では内股、大内刈、払腰を得意にしていた。行成、兼三とともに中村三兄弟と呼ばれた。
北田 晃三(きただ こうぞう、1970年9月12日 - )は… 北田 晃三(きただ こうぞう、1970年9月12日 - )は福岡県京都郡出身の日本の柔道家。現役時代は78kg級の選手。身長178cm。得意技は大外刈。現在は東海大学付属翔洋高校の柔道部監督を務めている。
本田 勝義(ほんだ かつよし、1970年8月26日 -)は福… 本田 勝義(ほんだ かつよし、1970年8月26日 -)は福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は78kg級の選手。身長172cm。
原田 堅一(はらだ けんいち、1970年8月16日 -)は、… 原田 堅一(はらだ けんいち、1970年8月16日 -)は、福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は60kg級の選手。身長162cm。 柔道は中島小学校1年の時に中島柔道クラブで始めた。小学生時代はほとんどの大会で優勝しており、同郷の同級生で後に世界チャンピオンとなった中村佳央や秀島大介にも勝っていたほどだった。大和中学から大牟田高校へ進むと、3年の時にはインターハイの軽量級と新人体重別60kg級で5位になった。鹿屋体育大学に進むと、1年の時には正力杯で優勝を飾った。3年の時には正力杯で2年ぶりの優勝を果たした。4年の時には3位だった。1993年には鹿屋体育大学の大学院へ進むと、講道館杯では日体大4年の木村勝範を破って優勝を飾った。
杉野 健次郎(すぎの けんじろう、1968年11月2日 - … 杉野 健次郎(すぎの けんじろう、1968年11月2日 - )は、福岡県出身の日本の柔道選手である。階級は71kg級。身長172cm。 大牟田高校3年の時にインターハイ中量級で優勝を飾った。国士舘大学へ進学すると、3年の時には正力杯71kg級決勝で筑波大学4年の酒井英幸に敗れた。正力国際では3位だった。4年の時には正力国際の決勝で国際武道大学3年の高越永吉を横四方固で破って優勝した。1991年には国士舘大学の研究生となった。引退後は大牟田高校の柔道部監督に就任した。 (出典、JudoInside.com)。
甲斐 康浩(かい やすひろ、1968年4月30日 -)は福岡… 甲斐 康浩(かい やすひろ、1968年4月30日 -)は福岡県大牟田市出身の日本の柔道家。現役時代は95kg級の選手。身長173cm。
房前 善行(ふさまえ よしゆき、1967年6月13日 -)は… 房前 善行(ふさまえ よしゆき、1967年6月13日 -)は福岡県出身の日本の柔道家。身長173cm。現役時代は86kg級の選手。 花畑中学3年の時に全国中学校柔道大会団体戦の準決勝で古賀稔彦率いる弦巻中学に敗れて3位だった。福岡大学附属大濠高校2年の時に金鷲旗で3位になった。全国高校選手権では決勝で古賀稔彦率いる世田谷学園高校に敗れて2位だった。3年の時には金鷲旗で3位だった。福岡大学1年の時に新人体重別86kg級で2位になった。2年の時には3位だった。3年の時には体重別で3位となった。1990年に九州電力の所属になると、講道館杯では決勝でマルナカの岡田弘隆に敗れるも2位になった。嘉納杯では決勝でフランスのジャン=ルイ・ジェモンに開始早々の裏投で敗れた。
酒井 英幸(さかい ひでゆき、1967年5月30日 -)は福… 酒井 英幸(さかい ひでゆき、1967年5月30日 -)は福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は71kg級の選手。身長170cm。得意技は「酒井返し」を始めとした寝技。現在は自衛隊体育学校柔道班の監督を務めている。 6歳の時に沖縄へ移ると、近くの道場に無理やり連れて行かれて柔道を始めた。嘉手納中学から沖縄尚学高校へ進むと、2年と3年のインターハイ中量級では、世田谷学園高校の古賀稔彦に敗れて5位だった。筑波大学へ進学すると、1年の時には新人体重別71kg級で優勝した。2年の時には新人体重別を連覇した。3年の時には正力国際の決勝で日体大3年の古賀に効果で敗れた。4年の時には環太平洋柔道選手権大会で国際大会初優勝を飾った。
德安秀政(とくやす ひでまさ 1966年4月15日 - ) … 德安秀政(とくやす ひでまさ 1966年4月15日 - ) は、福岡県福岡市出身の、日本の柔道家。階級は71kg級。組み手は、右組。得意技は、大外刈り 払腰。 小学2年生の時に、谷亮子や中村三兄弟を輩出した東福岡柔道教室で柔道を始める。 柔道を始めたきっかけは、家の周りの習い事が限られており剣道、柔道、習字といった選択肢しかなく母の勧めもあり柔道を習い始める。 中学3年生まで東福岡柔道教室で柔道を習い、高校は県内屈指の強豪校である福岡大学附属大濠高校に進学する。高校時代は、寮生活を行いながら柔道の稽古に励み九州大会優勝や金鷲旗3位などの実績を残す。 大学進学の際も、いくつかの選択肢があったが将来的に体育の教員になりたいという気持ちがあったため日本体育大学に進学する。