森下 泰臣(もりした やすのり、1965年〈昭和40年〉12… 森下 泰臣(もりした やすのり、1965年〈昭和40年〉12月24日 - )は、日本の陸上自衛官。第39代 陸上幕僚長。福岡県出身。出身職種は機甲科。 福岡県立明善高等学校を1984年(昭和59年)3月に卒業し、防衛大学校に入校。1988年(昭和63年)3月、同校を卒業(第32期)し、陸上自衛隊に入隊。第2師団長、陸上幕僚副長、東部方面総監等を歴任し、2023年(令和5年)3月22日の閣議において、3月30日付をもって陸上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令された。2025年(令和7年)7月15日の閣議において、同年8月1日をもって退職する旨の人事が了承・発令された。在任中宮古島沖陸自ヘリ航空事故、日野基本射撃場発砲事件、北富士演習場における手榴弾投擲における隊員死亡事故など数多くの重大事案が生起した一方で、7月24日の定例会見では自身のキャリアを振り返り、8月の退官までに自身がやるべきことをすべてやり切ったと述べた。
岡部 俊哉(おかべ としや、1959年〈昭和34年〉2月5日… 岡部 俊哉(おかべ としや、1959年〈昭和34年〉2月5日 - )は、日本の陸上自衛官。第35代陸上幕僚長。 福岡県出身。防衛大学校第25期。同期に杵渕正巳駐東ティモール特命全権大使、菊地豊伊豆市長など。1等陸佐までの職種は普通科。空挺及び幹部レンジャー課程修了。日本航空123便墜落事故における災害派遣活動において第1陣部隊の小隊長の1人として出動したことで知られる。その後第1空挺団長、第6師団長、北部方面総監等の要職を経て、2016年(平成28年)7月1日付で第35代陸上幕僚長に就任。岩田清文陸幕長時代から続く多くの自衛隊不祥事に揺れる陸上自衛隊の立て直しを図ろうとしたが、2017年(平成29年)3月に南スーダンPKOにおける自衛隊の日報破棄をめぐる問題が発生し、6月から自身を含めた特別防衛監察を受察。
立花 尊顯(たちばな たかあき、1957年(昭和32年)4月… 立花 尊顯(たちばな たかあき、1957年(昭和32年)4月19日 - )は、日本の福岡県出身の陸上自衛官。1佐までの職種は機甲科。
用田 和仁(もちだ かずひと、1952年7月16日 - )は… 用田 和仁(もちだ かずひと、1952年7月16日 - )は、福岡県出身の元陸上自衛官。陸将。
中村 秀樹(なかむら ひでき、1950年(昭和25年) - … 中村 秀樹(なかむら ひでき、1950年(昭和25年) - )は、日本の元海上自衛官(2等海佐)。軍事史家。
合原 由作(ごうはら ゆうさく、1946年(昭和21年)8月… 合原 由作(ごうはら ゆうさく、1946年(昭和21年)8月26日 - 2014年(平成26年)1月3日)は、日本の陸上自衛官、政治家。北海道恵庭市長。 福岡県田川市出身。陸上自衛隊少年工科学校を経て、神奈川県立湘南高等学校卒業。陸上自衛官となり、恵庭に初期配属となる。退職後、恵庭市議会議員選挙に当選し、4期14年務める。浜垣実市長が持っていた厚い保守票の中にあった自衛隊票の切り崩しに成功し、1993年(平成5年)の恵庭市長選挙に予想外の大差で当選。しかし公共工事入札に絡む「天の声疑惑」で市議会に百条委員会を設置され、偽証罪で告発されるなど市政には批判の声が大きく、1997年(平成9年)の市長選では黒氏博実に敗れ、1期で退任した。
津曲 義光(つまがり よしみつ、1946年(昭和21年)7月… 津曲 義光(つまがり よしみつ、1946年(昭和21年)7月8日 - 2011年(平成23年)11月27日)は、日本の元航空自衛官である。福岡県出身。第27代航空幕僚長。位階は従三位。戦後生まれ最初の航空幕僚長であった。
岡部 文雄(おかべ ふみお、1935年(昭和10年)3月18… 岡部 文雄(おかべ ふみお、1935年(昭和10年)3月18日 - )は、海上自衛官。第19代海上幕僚長。 福岡県出身。筑紫中央高校を経て、1958年(昭和33年)3月、防衛大学校(第2期)を卒業し、海上自衛隊に入隊。入隊後は主として対潜哨戒機のパイロットとして航空隊等に勤務。その後、海上幕僚監部防衛部長、教育航空集団司令官、舞鶴地方総監、佐世保地方総監等の要職を歴任し、第19代海上幕僚長に就任。
東條 敏夫(とうじょう としお、1925年(大正14年)11… 東條 敏夫(とうじょう としお、1925年(大正14年)11月9日 - 2014年(平成26年)10月30日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官。陸士59期。 陸軍大将で内閣総理大臣を務めた東條英機の三男。陸軍士官学校在校中に昭和20年(1945年)の敗戦を迎えた。戦後は航空自衛隊に入り、空将補(空軍少将相当)で退官した。
竹田 五郎(たけだ ごろう、1921年(大正10年)10月 … 竹田 五郎(たけだ ごろう、1921年(大正10年)10月 - )は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、軍事評論家。最終階級は陸軍では陸軍大尉、航空自衛隊では統合幕僚会議議長たる空将。第14代航空幕僚長、第12代統合幕僚会議議長。
山崎 小五郎(やまざき こごろう、1905年〈明治38年〉1… 山崎 小五郎(やまざき こごろう、1905年〈明治38年〉11月10日 - 1976年〈昭和51年〉8月2日)は、日本の海上自衛官、逓信・運輸通信・運輸官僚。第24代運輸事務次官、海上保安庁次長、初代海上幕僚長。最終階級は海将。 Y委員会の一員として海上自衛隊の創設に尽力し、MSA協定に基づく日米艦船貸与協定を締結、護衛艦の国産を開始。コーストガードからネイビーへの橋渡しを終えて運輸省へ戻り事務方の頂点に就任する。 福岡県出身。山崎迂太郎の五男として生まれる。東筑中学、第七高等学校造士館を経て、1931年(昭和6年)3月、東京帝国大学法学部法律学科を卒業。1929年(昭和4年)12月に高等試験司法科試験、1930年(昭和5年)10月、高等試験行政科試験にそれぞれ合格。