百﨑 蒼生(ももさき あおい、2005年9月11日 - )は… 百﨑 蒼生(ももさき あおい、2005年9月11日 - )は、熊本県菊池市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 小学3年から軟式野球を始める。中学校では熊本泗水ボーイズ所属。 熊本を出て、東海大学付属相模高等学校に進学。1年春の県大会からベンチで、1年秋から「3番・遊撃手」としてレギュラーに定着。しかし、チーム内での衝突があり、1年冬に中退する。地元・熊本に戻り、中学時代の友人の誘いで、東海大学付属熊本星翔高等学校に編入した。日本高等学校野球連盟の定める規則による1年間の公式戦出場停止期間を経て、高校3年時に夏の甲子園出場を果たした。結果は1回戦敗退。 2023年10月26日に行われたドラフト会議では、阪神タイガースから4位指名を受け、11月19日に契約金4000万円、年俸500万円で仮契約を結んだ。
荒木 翔太(あらき しょうた、2001年4月5日 - )は、… 荒木 翔太(あらき しょうた、2001年4月5日 - )は、熊本県玉東町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手だった。 小学生から「玉東町少年野球クラブ」で軟式野球を始め、玉東町立玉東中学校では「熊本北リトルシニア」に所属した。 高校は熊本市の熊本市立千原台高等学校に進学。甲子園出場の経験は無いが、2年生の夏から二塁手のスターティングメンバーとして出場した。3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権熊本大会では、4番・三塁手として出場し、2安打1打点の活躍をしたが、ルーテル学院高校に初戦敗退した。 2019年10月17日に行われたドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト6位指名を受け、11月1日、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日、福岡市内のホテルで入団発表会見が行われた。
ピダーソン 和紀(ピダーソン かずき、2000年7月24日 … ピダーソン 和紀(ピダーソン かずき、2000年7月24日 - )は、日本のプロ野球選手(投手)。右投右打。 カナダ人の父と日本人の母の間に東京都で生まれる。妹が1人いる。小学生低学年から野球を始め、小学2年生時に熊本県熊本市へ転居し、熊本市立託麻原小学校に通った。 熊本市立湖東中学校から鎮西高等学校へ進学したが、1年生の春に右手首腱鞘炎、夏には右肩痛に見舞われた。環境を変えるために、自ら連絡して北海道のクラーク記念国際高校に転校した。転校から1年は規程により公式戦に出場できず、その間は体力作りに専念した。3年生時には球速145km/hを記録した。 その後、長崎国際大学に進学し、野球を続けた。大学時代には2022年(4年生時)に、福岡ソフトバンクホークス二軍との交流戦を行う九州地区大学野球連盟選抜チームのメンバーに選ばれた。
西浦 颯大(にしうら はやと、1999年5月21日 - )は… 西浦 颯大(にしうら はやと、1999年5月21日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(外野手、右投左打)、YouTuber。 八代市立鏡西部小学校3年生時に、軟式の小川キングリバーズで野球を始め、6年生時(2011年)には福岡ソフトバンクホークスのジュニアチームでNPB12球団ジュニアトーナメントに出場する。鏡中学校時代は硬式の熊本北リトルシニアに在籍し、3年生時(2014年)には第2回15U野球ワールドカップの日本代表に選出された。 明徳義塾高等学校では、1年春から公式戦に出場する。1年夏の高知大会でも20人のメンバー入りし、チームは優勝し甲子園出場したものの、自身は地方大会での不振により甲子園本戦の18人メンバーから漏れた。
野村 奏斗(のむら かなと、1999年2月23日 - )は、… 野村 奏斗(のむら かなと、1999年2月23日 - )は、滋賀県栗東市[要出典]出身のプロ野球審判員。審判員袖番号は9。 秀岳館高校を経て、2017年から2020年まで独立リーグのベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)の審判員を務める。 2021年3月、研修審判員として日本野球機構 (NPB) と契約し、同年は派遣先として再度BCリーグの審判を務めた。同年12月に育成審判員としてNPBと契約した。2025年よりNPB審判員に昇格し、一軍出場が可能となった。。 2024年終了、一軍公式戦出場はなし。
吉野 光樹(よしの てるき、1998年7月19日 - )は、… 吉野 光樹(よしの てるき、1998年7月19日 - )は、熊本県菊池郡菊陽町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 菊陽町立菊陽中部小学校3年生の時にKCブルースターズで野球を始め、九州学院中学校では軟式野球部に所属していた。 中高一貫のため、九州学院高等学校に内部進学し、2年時にチームは第87回選抜高等学校野球大会、第97回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、自身はベンチ外だった。その後は控え投手としてベンチ入りしたが、3年夏は熊本県大会決勝で九鬼隆平、田浦文丸らを擁する秀岳館に敗れた。1学年年上には伊勢大夢、1学年下には村上宗隆がおり、在学当時は捕手であった村上とはバッテリーを組んでいた。
伊勢 大夢(いせ ひろむ、1998年3月7日 - )は、熊本… 伊勢 大夢(いせ ひろむ、1998年3月7日 - )は、熊本県熊本市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 小学4年生から野球を始め、当初は内野手としてプレー。中学では軟式野球部に所属し、内野手兼投手を務めた。 九州学院高等学校では1年秋から活躍。2年秋の公式戦は1人で投げ抜いていた。全国大会には春夏合わせて2回出場。3年春に出場した第87回選抜高等学校野球大会では八戸学院光星相手に9回完投したものの、9失点し初戦敗退した。3年夏の第97回全国高等学校野球選手権大会では遊学館相手に8回を投げて5失点の成績だった。また、このとき1年生で4番を務めていたのが村上宗隆だった。
中村 晨(なかむら しん、1997年8月8日 - )は、熊本… 中村 晨(なかむら しん、1997年8月8日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。現在はサラリーマンで営業をしている。妻は元HKT48の筒井莉子。 慶徳小学校の4年生から春日少年野球クラブで野球を始め、藤園中学校では軟式野球部で捕手をしていた。 ルーテル学院高等学校に進学。1年生の夏の終わり頃から本格的に投手に転向する。 2015年10月22日に行われたプロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから育成選手ドラフト4巡目で指名され、支度金300万円、年俸270万円(いずれも推定)で入団した。 2016年、二軍公式戦での登板は無く、三軍戦では15試合に登板し、32回1/3を投げ、0勝5敗、防御率5.57でシーズンを終えた。
猪口 雄大(いのくち ゆうだい、1996年8月31日 - )… 猪口 雄大(いのくち ゆうだい、1996年8月31日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。左投左打。愛称及び火の国サラマンダーズでの2022年 - 2023年の登録名はPIGBOSS(ピッグボス)。 高校時代は東海大学付属熊本星翔高等学校でプレー。卒業後は52期の野球部OB会幹事を務める。 大学は首都圏への進学も考えていたが、地元の九州地区大学野球連盟の東海大学九州キャンパスに進学。2年生春の東海大学硬式野球部3キャンパス交流戦では敢闘賞に選出される。同年秋の南部九州ブロック大会熊本地区予選では最優秀選手賞とベストナイン一塁手に選出される。3年生春の南部九州ブロック大会熊本地区予選でもベストナイン一塁手に選出され、同ブロック大会決勝リーグでは2回戦の対沖縄大学戦で逆転の2点本塁打を放つなど、同大にとって11年ぶり11度目となる全日本大学野球選手権大会進出に貢献。
中熊 大智(なかぐま だいち、1996年8月27日 - )は… 中熊 大智(なかぐま だいち、1996年8月27日 - )は、熊本県菊池郡菊陽町出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。2024年シーズンは埼玉西武ライオンズのスタッフを務めていた。 九州学院高等学校では、甲子園出場経験はなかった。 高校卒業後は徳山大学(現・周南公立大学)へ進学し、中国地区大学野球連盟に加盟する同校の硬式野球部に入部。大学時代は、2年次の2016年秋季リーグと4年次の2018年春季リーグで首位打者とベストナイン(捕手)を受賞した。2018年の春季リーグではチームとして7シーズンぶりの優勝に貢献し、第67回全日本大学野球選手権大会ではベスト8まで進出した。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、埼玉西武ライオンズから育成選手ドラフト3位指名を受け、育成選手として入団した。
宮本 秀明(みやもと しゅうめい、1996年7月24日 - … 宮本 秀明(みやもと しゅうめい、1996年7月24日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。 小学生時代から軟式野球を始め、中学生時代には、シニアリーグの熊本南シニアに所属した。 秀岳館高等学校への進学後は、2年時に遊撃手のレギュラーへ定着。松尾大河が入学した3年時に三塁手へ転向。対外試合で松尾と三遊間を組んだこともある。しかし、在学中は春夏とも、甲子園には出場できなかった。 高校卒業後にパナソニックへ入社すると、1年目から内野手として公式戦、2年目に社会人野球日本選手権大会へ出場。3年目から外野手に転向した。 2017年10月26日に行われたドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズから内野手として7位指名を受け、契約金3,000万円、年俸750万円(金額は推定)という条件で入団。
アドゥワ 大(アドゥワ まさる、Masaru Aduwa、1… アドゥワ 大(アドゥワ まさる、Masaru Aduwa、1996年6月11日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 広島東洋カープ投手のアドゥワ誠は弟。 ナイジェリア出身の父と、実業団チームのダイエー・オレンジアタッカーズの元バレーボール選手である酒本純子の間に生まれる。出水南小3年のときに野球を始め、出水中では「熊本中央リトルシニア」でプレー。 高校は親元を離れ、九州国際大学付属高校に進学。3年夏に甲子園大会に出場するも初戦敗退し、登板機会を得られなかった。同級生に清水優心、古澤勝吾がいる。 東京農業大学北海道オホーツクに進み、1年春からベンチ入り。春季リーグ開幕戦で勝利をあげ、全日本大学選手権2回戦の上武大戦にも登板した。
島田 海吏(しまだ かいり、1996年2月6日 - )は、熊… 島田 海吏(しまだ かいり、1996年2月6日 - )は、熊本県宇土市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。阪神タイガース所属。 小学3年まで福岡に住んでいたが両親が離婚し、父の実家がある宇土に引っ越し、宇土市立宇土東小学校4年時から「宇土イースターズ」で野球を始めた。陸上の元短距離選手だった父が走塁コーチを務めていた。宇土市立鶴城中学校時代には、同校の軟式野球部に所属。 九州学院高校へ進学後、外野手として1年時の秋からレギュラーの座を掴み、2年時の春には第84回選抜高等学校野球大会へ出場した。しかし、同年の春夏連覇を果たす大阪桐蔭高校との2回戦で、後にプロでチームメイトとなる1年上の藤浪晋太郎の前に2打数無安打(「8番・右翼手」で三振、中飛、投犠打)に抑えられ、9回には代打を送られチームも敗退した。
大竹 耕太郎(おおたけ こうたろう、1995年6月29日 -… 大竹 耕太郎(おおたけ こうたろう、1995年6月29日 - )は、熊本県熊本市南区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 育成選手制度出身者として史上初めて、全12球団から勝利を挙げた。 熊本市立田迎小学校3年生のころ、福岡ドームでの福岡ダイエーホークス(後に自身が入団する福岡ソフトバンクホークスの前身)戦を観て、4年生で「田迎スポーツ少年団」で投手として軟式野球を始める。少年時代はホークスファンクラブに入会していた。 熊本市立託麻中学校では、3年生の時に全国大会に出場する。 高校は進学校として知られる熊本県立済々黌高等学校に進学。1年生の夏から背番号10番でベンチ入りし、秋には背番号1番でエースとなる。
溝脇 隼人(みぞわき はやと、1994年5月17日 - )は… 溝脇 隼人(みぞわき はやと、1994年5月17日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
稲倉 大輝(いなくら だいき、1993年5月11日 - )は… 稲倉 大輝(いなくら だいき、1993年5月11日 - )は、熊本県菊池郡合志町(現:合志市)出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 中学校時代は、熊本北リトルシニアに所属。捕手としてプレーし、キャプテンを務めていた。 熊本国府高では1年時の夏からベンチ入りし、秋からは4番を務めた。2年秋から主将となり、この頃から場外ホームランを放つなど注目を集めるようになる。3年時の夏は、熊本県予選4回戦で城北高に3-6で敗れた。甲子園出場経験は無し。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議でオリックス・バファローズから育成1位指名を受けた。 1年目の2012年は支配下登録されず、ファームでも9試合の出場にとどまり、打率.125、1本塁打、1打点の成績だった。
高野 一哉(たかの かずや、1992年11月10日 - )は… 高野 一哉(たかの かずや、1992年11月10日 - )は、熊本県熊本市出身のプロ野球選手(投手)。
牧原 大成(まきはら たいせい、1992年10月15日 - … 牧原 大成(まきはら たいせい、1992年10月15日 - )は、福岡県浮羽郡田主丸町(現:久留米市)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 育成ドラフトで入団した選手としての通算安打数の記録保持者かつ、初めての首位打者受賞者。 福岡県浮羽郡田主丸町(現:久留米市田主丸町)に生まれる。久留米市立田主丸中学校時代は、久留米ボーイズに所属し主将を務め、3年時にホークスカップでチーム準優勝に導き、優秀選手に選ばれた。 熊本県の私立城北高等学校時代は、1年夏に同校が甲子園に出場したがメンバーから漏れ、1年時の秋からベンチ入りした。2年時の春からは三塁手、秋からは二塁手に定着し、秋季大会では打率.429を記録するなど熊本大会準優勝に貢献した。
荒西 祐大(あらにし ゆうだい、1992年8月25日 - )… 荒西 祐大(あらにし ゆうだい、1992年8月25日 - )は、熊本県玉名市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。右投右打。 玉名市立玉水小学校在学中に天水少年野球クラブで野球を始める。天水中学校時代は同校の軟式野球部に所属。 2008年、中学卒業とともに熊本県立玉名工業高等学校に進学し、1年夏からベンチ入り。2年からはエースを務めたが、3年夏(2010年)は熊本県大会4回戦で牧原大成を擁する城北に敗れ、高校3年間を通じて甲子園出場は果せなかった。 2011年、高校卒業後は社会人野球のHonda熊本に入社。8年間の在籍中に都市対抗野球大会に7回出場した。2017年には第88回都市対抗野球大会1回戦の日本製紙石巻戦で10奪三振の完封勝利を挙げる。
田中 大輝(たなか だいき、1992年8月7日 - )は、熊… 田中 大輝(たなか だいき、1992年8月7日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校4年生の時、家の隣の先輩に勧められ川尻ドリームスで野球を始める。城南中学では軟式野球部に所属、卒業後は熊本市立必由館高等学校へ進学。 必由館高では1年春からベンチ入りし、2年春から背番号1。3年春の県大会では全6試合を完投し準優勝に導いた。1学年先輩に阪神タイガースの岩貞祐太がいる。 卒業後は國學院大學へ進学。3年まで故障等でほとんど出場機会がなかったが、2014年の4年春の東都リーグ戦で4勝(1敗)を挙げ、7月に第27回ハーレムベースボールウィークの大学代表として選ばれたが大会で左肩を痛め、その後はドラフト会議に指名されるまで登板しなかった。
岩貞 祐太(いわさだ ゆうた、1991年9月5日 - )は、… 岩貞 祐太(いわさだ ゆうた、1991年9月5日 - )は、熊本県熊本市東区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 熊本市立若葉小学校4年時に外野手として若葉小クラブで軟式野球を始めると、6年時には全国大会で準決勝に進出した。小学生時代は野球塾のプロフェッショナル・ベースボール・アカデミーに通い、今井譲二に指導を仰いでいた。 熊本市立必由館高校への進学後は、1年秋から一塁手兼投手としてベンチに入っていたが、在学中には甲子園球場での全国大会と縁がなかった。 横浜商科大学商学部への進学後は、1年春からベンチ入りを果たすと、2年時には日本代表として日米大学野球選手権大会に出場。4年時には、神奈川大学野球の秋季リーグで6勝を挙げ、最優秀投手賞とベストナインを獲得した。
猪本 健太郎(いのもと けんたろう、1990年12月23日 … 猪本 健太郎(いのもと けんたろう、1990年12月23日 - )は、熊本県熊本市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。
立岡 宗一郎(たておか そういちろう、1990年5月18日 … 立岡 宗一郎(たておか そういちろう、1990年5月18日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(外野手、内野手)。
橋本 ひかり(はしもと ひかり、1990年1月11日 - )… 橋本 ひかり(はしもと ひかり、1990年1月11日 - )は、熊本県熊本市出身の元女子プロ野球選手。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
小田 裕也(おだ ゆうや、1989年11月4日 - )は、オ… 小田 裕也(おだ ゆうや、1989年11月4日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(外野手)。
藤村 大介(ふじむら だいすけ、1989年7月25日 - )… 藤村 大介(ふじむら だいすけ、1989年7月25日 - )は、読売ジャイアンツ所属のプロ野球選手(内野手)。
片岡 安祐美(かたおか あゆみ、1986年11月14日 - … 片岡 安祐美(かたおか あゆみ、1986年11月14日 - )は、日本の女性野球選手(内野手)、監督。
杉尾 拓郎(すぎお たくろう、1986年10月3日 - )は… 杉尾 拓郎(すぎお たくろう、1986年10月3日 - )は、熊本県熊本市出身のプロ野球選手(投手・内野手)、野球指導者。左投左打。 高校卒業後に九州共立大学に進学、野球部に所属したものの野手から投手に転向しようと思い、自主練習を積むために退部した。大学に在籍しながら自主練習を積み、卒業後には四国・九州アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の香川オリーブガイナーズに入団した。 2009年から2010年前期まで香川オリーブガイナーズでプレーしていたが、2010年前期終了後の7月3日、戦力外通告を受け、退団。退団後、単身台湾に渡り、台湾球団の入団テストを受けたが「若すぎる」という理由で不採用となる。
山中 浩史(やまなか ひろふみ、1985年9月9日 - )は… 山中 浩史(やまなか ひろふみ、1985年9月9日 - )は、熊本県天草市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 6歳年上の兄の影響で小学校3年生からソフトボールを始めると、新和中学校では軟式野球部に所属。当時はサイドスローだった。実家が和式便所でそれが足首の柔軟さに繋がっていると話している。 熊本市立必由館高等学校へ進学後、アンダースローへ転向した。エースナンバーを背負った3年の時には、第85回全国選手権に出場したが、故障の影響で熊本大会から登板の機会が少なかった。全国大会では、光星学院高校との初戦に救援で2イニングを無失点に抑えたが、チームは3対6というスコアで敗れた。 九州東海大学(現・東海大学九州キャンパス)へ進学後、3年の時にエースとして、九州地区大学野球トーナメントでのチームの春秋制覇に貢献。
高崎 健太郎(たかさき けんたろう、1985年6月24日 -… 高崎 健太郎(たかさき けんたろう、1985年6月24日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。
山本 光将(やまもと みつのぶ、1984年8月30日 - )… 山本 光将(やまもと みつのぶ、1984年8月30日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)。
松岡 健一(まつおか けんいち、1982年6月7日 - )は… 松岡 健一(まつおか けんいち、1982年6月7日 - )は、東京ヤクルトスワローズに在籍するプロ野球選手(投手)である。熊本県玉名市出身。
馬原 孝浩(まはら たかひろ、1981年12月8日 - )は… 馬原 孝浩(まはら たかひろ、1981年12月8日 - )は、熊本県熊本市中央区出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、元火の国サラマンダーズ監督、野球指導者、YouTuber。 託麻原小学校時代には、熊本市の選抜チームのエースとして同市の姉妹都市であるサンアントニオ市(アメリカ合衆国テキサス州)の選抜チームと試合をした経験がある。熊本市水前寺野球場で行われた県大会の決勝戦にて、当時男子に交じって少年野球をやっていた元プロゴルファーの古閑美保にライトオーバーの本塁打を打たれたことがあり、馬原自身も当時のことを鮮明に覚えていると『ジャンクSPORTS』などで語っていたが、実は打たれていない。ジャンクスポーツスタッフに「ここは打たれたことにしてください」と頼まれコメントした。
高山 久(たかやま ひさし、1981年11月16日 - )は… 高山 久(たかやま ひさし、1981年11月16日 - )は、熊本県熊本市南区出身の元プロ野球選手(外野手)。愛称は「キューちゃん」(名前の「久」の音読み)。
吉本 亮(よしもと りょう、1980年5月8日 - )は、熊… 吉本 亮(よしもと りょう、1980年5月8日 - )は、熊本県宇城市出身の元プロ野球選手(内野手)現在は福岡ソフトバンクホークスチーム運営部スタッフ。
河田 寿司(かわた ひさし、1979年12月5日 - )は、… 河田 寿司(かわた ひさし、1979年12月5日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(内野手、捕手)。
吉浦 貴志(よしうら たかし、1979年9月12日 - )は… 吉浦 貴志(よしうら たかし、1979年9月12日 - )は、日本の元アマチュア野球選手(外野手)である。日産自動車所属。 現役最終年においては、右投げ左打ち。177cm、74kg。背番号29。
相木 崇(あいき たかし、1978年5月16日 - )は、熊… 相木 崇(あいき たかし、1978年5月16日 - )は、熊本県熊本市西区出身の元プロ野球選手(投手)。 城西小学校4年生の時に野球を始めた。西山中学校で投手へ転向し、熊本市立商業高等学校に進学。3年夏の熊本大会でベスト4に入っている。 高校卒業後は福岡大学体育学部に進学。同学野球部に所属。2年生の時にサイドスローへ転向して球威が増した。3年春と4年春には九州六大学リーグでMVPを獲得、2年続けて大学選手権で先発し3年初戦は完封勝利。優秀選手1回。最速144km/hの速球などが評価され、2000年度ドラフト会議にてオリックス・ブルーウェーブから4位指名を受けて入団。契約金は7000万円、年俸は800万円(金額はいずれも推定)だった。
野田 浩輔(のだ こうすけ、1977年12月4日 - )は、… 野田 浩輔(のだ こうすけ、1977年12月4日 - )は、熊本県八代市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手、右投右打)。現在は埼玉西武ライオンズの二軍野手コーチを務めている。 八代東高では2年春、3年春に県大会準優勝。3年夏は県大会ベスト4。新日本製鐵君津時代に渡辺俊介とバッテリーを組み、シドニー五輪に出場して話題となった。シドニー五輪ではプロ枠で出場した当時中日に在籍していた鈴木郁洋に正捕手を奪われたが、同じ五輪代表に選ばれた阿部慎之助(中央大学)とともにチームを引っ張る存在として欠かせなかった。また、同年の都市対抗野球ではベスト4となり社会人野球ベストナイン捕手となった。 ドラフトでは下位指名での争奪戦が予測されたが、入団前から野田と西武ライオンズとの相思相愛ということで他球団に指名されず、2000年のドラフトで西武ライオンズから6位指名を受け、入団。
荒木 雅博(あらき まさひろ、1977年9月13日 - )は… 荒木 雅博(あらき まさひろ、1977年9月13日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手、外野手)。
松本 輝(まつもと あきら、1977年8月30日 - )は、… 松本 輝(まつもと あきら、1977年8月30日 - )は、日本の元プロ野球選手(投手)。2001年の登録名は「アキラ」、2002年から2003年までの登録名は「輝」。
今村 文昭(いまむら ふみあき、1977年7月13日 - )… 今村 文昭(いまむら ふみあき、1977年7月13日 - )は、熊本県人吉市出身の元プロ野球選手(投手、内野手)。
末広 五大(すえひろ ごだい、1977年6月20日 - )は… 末広 五大(すえひろ ごだい、1977年6月20日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(内野手)。
田中 雅興(たなか まさおき、1977年5月5日 - )は、… 田中 雅興(たなか まさおき、1977年5月5日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(外野手)。
井場 友和(いば ともかず、1976年8月27日 - )は、… 井場 友和(いば ともかず、1976年8月27日 - )は、熊本県宇城市出身の元プロ野球選手(投手)。
高波 文一(たかなみ ふみかず、1975年11月3日 - )… 高波 文一(たかなみ ふみかず、1975年11月3日 - )は、熊本県牛深市(現:天草市)出身の元プロ野球選手(外野手、右投右打[注 1])、コーチ。現在は福岡ソフトバンクホークスの三軍外野守備走塁コーチを務めている。
金村 康平(かねむら こうへい、1975年3月25日 - )… 金村 康平(かねむら こうへい、1975年3月25日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)。
佐伯 真貴(さえき まさたか、1975年3月14日 - )は… 佐伯 真貴(さえき まさたか、1975年3月14日 - )は、熊本県出身の元社会人野球の選手及びコーチ(捕手)。
米村 和樹(よねむら かずき、1974年4月10日 - )は… 米村 和樹(よねむら かずき、1974年4月10日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(投手)。 熊本商大学付属高校では3年春の県大会で参考記録ながら2試合連続のノーヒットノーランを達成し、準優勝。1992年ドラフト3位で阪神入団。 1995年はルーキーリーグ・ガルフコースト・タイガースに野球留学した。斎藤雅樹を思わせる大型サイドスローとして注目されていたが、一軍登板することが無いまま1997年に戦力外通告を受け現役引退。 引退後は地元に戻り、電気工事店勤務後に実家の同業種を継ぎ、母校の外部コーチを務める。
田本 博子(たもと ひろこ、1974年1月3日 - )は、熊… 田本 博子(たもと ひろこ、1974年1月3日 - )は、熊本県出身の女子ソフトボール選手(外野手)・指導者。現在は中学校教諭。 京都市立祥栄小学校、京都市立洛南中学校、明徳商業高校を経て、1992年に日立ソフトウェアに入団。ソフトボール選手として13年間、2005年からはコーチとして活動した。2008年をもって退団。 京都市教育委員会の2011年度教員採用試験(保健体育科特別選考)を受験し、合格する。公立学校の教師となったことで、同時に地方公務員としての身分をも有した。 2011年4月、京都市立下京中学校に新規採用教諭として赴任。 2013年4月、京都市立嵯峨中学校に異動。 2022年4月、京都市立勧修中学校に異動。