新藤 卓広(しんどう たかひろ、1988年 -)は、日本の推… 新藤 卓広(しんどう たかひろ、1988年 -)は、日本の推理作家・公務員。宮崎県宮崎市出身。中央大学法学部卒。2012年、『秘密結社にご注意を』で第11回『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞。宮崎市在住。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
佐藤 博光(さとう ひろみつ、1973年 - )は、日本の警… 佐藤 博光(さとう ひろみつ、1973年 - )は、日本の警察官(大阪府警察)、剣道家。剣道教士八段、元剣道日本代表。 高千穂高校から大阪体育大学に進学。大学卒業後、大阪府警察に奉職。 主な実績には全日本剣道選手権3位2回、第12回世界剣道選手権個人優勝、世界選手権主将、全国警察大会個人優勝・団体優勝などがある。
中林 久子(なかばやし ひさこ、1967年 - )は、日本の… 中林 久子(なかばやし ひさこ、1967年 - )は、日本の海上保安官、階級は一等海上保安監(乙)。 女性海上保安官のトップランナーとして、「女性初」の海上保安署長、海上保安部長、管区海上保安本部部長、本庁広報室長、大型巡視船船長を歴任しており、航空基地長就任時には将官にまで登り詰める。 宮崎県延岡市出身。大阪府立富田林高等学校卒業。1991年に海上保安大学校を卒業した。巡視船うらがの乗船員になる。海上保安庁の報道係長を務め、北朝鮮の工作船事件のマスコミ対応にあたる。2006年、水島海上保安部航行安全課長。2011年、第四管区海上保安本部交通部企画調整官、2012年、横浜海上保安部の巡視船「いず」の運用司令長。
稲用 博美(いなもち ひろみ、1953年3月10日 - )は… 稲用 博美(いなもち ひろみ、1953年3月10日 - )は、日本の地方公務員。宮崎県副知事を経て、公立大学法人宮崎県立看護大学理事長。 宮崎県延岡市北小路生まれ。宮崎県立延岡高等学校を経て、1975年名古屋大学経済学部卒業、宮崎県入庁。2001年企画調整部副参事兼企画調整課課長補佐。2005年総務部参事兼人事課長。2010年総務部長。2012年総合政策部長。 2013年から35年ぶりとなる生え抜きの副知事を務め、福祉行政や、関係機関との調整などにあたった。2017年に退任し、同年公立大学法人宮崎県立看護大学理事長に就任。2018年株式会社宮崎銀行取締役。2023年、瑞宝中綬章受章。
黒木 雅文(くろき まさふみ、1951年(昭和26年) - … 黒木 雅文(くろき まさふみ、1951年(昭和26年) - )は、日本の外交官、国際公務員。駐セルビア特命全権大使、外務省参与等を経て、アジア海賊対策地域協力協定情報共有センター事務局長。 宮崎県出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、一橋大学法学部を卒業し、1974年(昭和49年)4月外務省に入省する。外務省では対外経済協力部門を歩み、経済協力局調査計画課長、経済協力局審議官等を経て、平成14年8月より経済産業省大臣官房審議官(貿易経済協力局担当)を務めた。独立行政法人国際協力機構(JICA)理事兼財団法人日本国際協力システム理事を経て、2009年8月26日から2013年2月23日までカンボジア駐箚特命全権大使。
浦元 義照(うらもと よしてる、1949年 - )は、日本の… 浦元 義照(うらもと よしてる、1949年 - )は、日本の国際公務員。宮崎県出身。2004年(平成16年)から国際連合児童基金(UNICEF)東京代表。2006年(平成18年)から国際連合工業開発機関(UNIDO)事務局事務次長。2012年(平成24年)から国際労働機関(ILO)アジア太平洋地域総局長。 宮崎県三財村(現西都市)出身。日向学院中学校・高等学校を経て、1974年(昭和49年)上智大学外国語学部英語学科卒業。米・ハーバード大学ケネディ行政大学院行政学修士課程修了。 1974年(昭和49年)在ガーナ日本国大使館に契約職員として勤務し、情報・広報・技術援助活動を担当。 1978年(昭和53年)国際公務員として国際連合児童基金(UNICEF)に入職。
秋村 功(あきむら いさお、1932年7月24日 - 199… 秋村 功(あきむら いさお、1932年7月24日 - 1990年7月4日)は、日本の歌人・短歌評論家、環境問題を専門とする国際公務員(元国際連合環境計画(UNEP)支援措置部長)。一橋大学商学部卒。本名崎村久夫。宮崎県宮崎市出身。 未来短歌会の同人で、我妻泰(田井安曇)の「未来手帖」のあとを継ぎ、洗練された文章を記していた。その我妻泰と歌誌『河』を編む。岡井隆が吉本隆明と定型論争を繰り広げた際は、アメリカ社会学や社会心理学の知識を授けてブレーンとなった。 1958年、「短歌散文化の性格」で第3回現代短歌評論賞受賞。 晩年は環境問題に取り組み、国際湖沼委員会などの設立に尽力した。 野村総合研究所上席研究員の崎村夏彦は長男。
折小野 良一(おりおの りょういち、1919年1月25日 -… 折小野 良一(おりおの りょういち、1919年1月25日 - 1986年10月20日)は、昭和期の地方公務員、政治家。衆議院議員(2期)、延岡市長(2期)。 鹿児島県薩摩郡宮之城町(現さつま町)出身。1935年旧制宮崎県立妻中学校(現:宮崎県立妻高等学校)卒業。1938年第七高等学校造士館(現:鹿児島大学)卒業。1941年京都帝国大学法学部卒。延岡市総務課長を経て、同市長三浦虎雄によって助役に起用。1960年の延岡市長選挙に立候補。現職の青木善祐を1139票差で破り初当選。延岡市長を戦後初めて2期務める。1965年、助役に房野博(後に延岡市長)を起用。1966年、衆議院議員総選挙立候補のため延岡市長退任。
手塚 敏郎(てづか としろう、1873年(明治6年)7月1日… 手塚 敏郎(てづか としろう、1873年(明治6年)7月1日 - 1933年(昭和8年)10月26日)は、内務官僚、南洋庁長官。 宮崎県児湯郡高鍋町出身。1901年(明治34年)、東京帝国大学法科大学を卒業し司法官試補となった。1903年(明治36年)に検事となり、函館区裁判所、函館地方裁判所、札幌地方裁判所、沼津区裁判所を歴任した。1908年(明治41年)、内務省に転じ、福井県事務官・警察部長、長崎県事務官・警察部長、島根県内務部長を歴任した。 1918年(大正7年)、海軍事務官長・臨時南洋群島防備隊民政部長に任命され、南洋諸島の統治にあたった。 1922年(大正11年)、臨時南洋群島防備隊が廃止され、南洋庁が発足すると、初代長官に就任した。
桑原 節次(くわはら せつじ、1872年10月26日 - 1… 桑原 節次(くわはら せつじ、1872年10月26日 - 1954年2月26日)は、日本の地方公務員、作詞家、郷土史家。現在の宮崎県出身。 明治5年9月24日(西暦1872年10月26日)、美々津県那珂郡広瀬村(現在の宮崎市佐土原町)で佐土原藩士族の家に生まれる。東京の共立学校を卒業した後、宮崎へ帰郷し尋常小学校校長を経て宮崎県庁に入庁、西臼杵郡、児湯郡、南那珂郡、北諸県郡の郡長を務める。西臼杵郡長在職時には県立高千穂実業学校の校長を兼務し、同校の後身に当たる宮崎県立高千穂高等学校へ引き継がれた校歌(作曲:陸軍戸山学校)を作詞している。定年退職後は日本赤十字社宮崎県支部主事を経て、日本生命保険宮崎支社に勤めながら財団法人旧佐土原藩教育会の会長の職に在った。
是澤 優(これさわ あつし)は、日本の国土交通官僚、国際公務… 是澤 優(これさわ あつし)は、日本の国土交通官僚、国際公務員。経済協力開発機構地域開発部アドミニストレータ等を経て、国土交通省大臣官房付兼国際連合人間居住計画アジア太平洋地域事務所本部長を経て、2022年04月に国土交通省大臣官房付退職。 宮崎県立宮崎西高等学校を経て、東京工業大学大学院社会開発工学専攻修了、修士。1988年国土庁入庁。1991年国際連合人間居住センター人間居住専門官。1997年経済協力開発機構地域開発部アドミニストレータ。国土交通省大臣官房総務課企画官、国土交通省国土計画局広域地方整備政策課大都市圏制度企画室長を経て、2009年アジア防災センター所長。2012年総務省消防庁国民保護・防災部参事官。