根本 知(ねもと さとし、1984年 - )は、日本の書家。… 根本 知(ねもと さとし、1984年 - )は、日本の書家。 埼玉県越谷市出身。書道推薦により入学した大東文化大学第一高等学校を経て、大東文化大学大学院博士課程修了、2013年に書道学の博士号を取得。大東文化大学文学部書道学科非常勤講師(2013年〜)、放送大学教養学部非常勤講師(2019年〜)、大東文化大学第一高等学校非常勤講師(2020年〜)、相模女子大学学芸学部非常勤講師(2020年〜)を経て、立正大学文学部文学科日本語日本文学コース特任講師を務める。 教鞭を執るかたわら、かな書道およびペン習字の講座を各地で開き、2016年には初の個展を開催した。2018年に腕時計ブランド・GrandSeikoに作品提供し、2019年にはニューヨークにて個展「flow」を開催。
川内 伯豐(かわうち はくほう、1983年2月12日 - )… 川内 伯豐(かわうち はくほう、1983年2月12日 - )は、日本の書家、篆刻家、研究者。東京都出身。 博士(書道学)。本名、佑毅。伯豐は号。
福井 淳哉(ふくい じゅんや、1980年〈昭和55年〉 - … 福井 淳哉(ふくい じゅんや、1980年〈昭和55年〉 - )は、日本の書家、研究者、帝京大学文学部日本文化学科准教授・同大学院文学研究科日本文化専攻准教授、帝京大学書道研究所所長である。書写・書道教育、古筆学、日本書道史を専門とする。 榎倉香邨、岩永栖邨に師事。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
田中 逸齋(たなか いっさい、1977年(昭和52年)4月1… 田中 逸齋(たなか いっさい、1977年(昭和52年)4月12日 - )は、日本の書家。鹿児島県出身。 大東文化大学文学部中国文学科卒業。高木聖雨に師事。読売書法展、謙慎書道会展、主要展覧会で受賞多数。国内での活動に加え、ニューヨーク、ベルギー、ロサンゼルスのアートフェアへの出品など、海外でも活動。古典を始めとする書への深い理解と卓越した技能をベースに類まれなる感性と、斬新な発想や表現をもって、アートとしての書を追及し、国内外から高い評価を受けている。中でも2004年(平成16年)から田中逸齋がライフワークとして取組んでいる「水」を題材とした「water」シリーズは、毛先が10本に満たない筆を用い、繊細な線の流れから醸し出される空気の揺らぎ、墨の濃淡と凝縮によって作り出される黒と白の空間美を演出。
山﨑 秀鷗(やまざき しゅうおう、1960年4月3日 - )… 山﨑 秀鷗(やまざき しゅうおう、1960年4月3日 - )は、日本の書家。
茂住 修身(もずみ おさみ、1956年〈昭和31年〉 - )… 茂住 修身(もずみ おさみ、1956年〈昭和31年〉 - )は、日本の書家・内閣府職員。号は菁邨(せいそん)。 岐阜県吉城郡古川町(現・飛騨市古川町)にて生まれ育つ。1974年(昭和49年)、岐阜県立斐太高等学校卒業。1980年(昭和55年)、大東文化大学経済学部経済学科卒業。 大学時代は書道学科ではなく経済学部に在籍し、書道部に入部して部長を務めた。元々書道を志して入学したわけではなく「たまたま入部して書道という好きなものを見つけてしまった」と述べている。 1980年(昭和55年)4月、総理府(現、内閣府)に入府、2005年(平成17年)内閣府大臣官房人事課辞令専門官となる。これまでに国民栄誉賞の賞状や内閣総理大臣表彰の揮毫(手書きの筆文字の指導)のほか辞令などを担当し、2016年(平成28年)3月に定年退職。
外林 省二(そとばやし しょうじ、1954年 - )は、日本… 外林 省二(そとばやし しょうじ、1954年 - )は、日本の墨象家、書家。広島県福山市生まれ。本名同じ。 現在、近畿大学附属広島校高等学校・中学校東広島校で書道の非常勤講師をしている。 3歳で書道を始める。小学生の頃はヴァイオリンを習うなど、幼い頃から芸術感覚を磨く環境で育った[要出典]。 1967年広島県美術展初出品入選(当時最年少)、1972年奎星展に前衛書部初出品で特選(当時最年少)。1973年大東文化大学文学部中国文学科に入学し、宇野雪村の指導を受ける。在学中、毎日書道展初出品で入選(当時最年少)。1977年大東文化大学文学部卒業。 その後も数多くの入賞・入選を重ね、1985年第1回訪中書の研究視察団員に選ばれる(当時最年少)。
高木 聖雨(たかき せいう、1949年9月8日 - )は、日… 高木 聖雨(たかき せいう、1949年9月8日 - )は、日本の書家。本名は茂行。高木聖鶴の息子。教え子に中塚翠涛がいる。 岡山県総社市生まれ。1968年関西高等学校卒業後、1973年大東文化大学文学部日本文学科卒業。青山杉雨・成瀬映山に師事。大東文化大学文学部書道学科教授、大東文化大学書道研究所所長、公益財団法人全国書道美術振興会理事長、北京大学書法藝術研究所客員教授、読売書法展常任総務、謙慎書道会理事長などを歴任。2015年、改組新第2回日展文部科学大臣賞を受賞。2016年、日本芸術院賞・恩賜賞を受賞。2017年、第13回マルセンスポーツ文化賞を受賞。2020年12月に日本芸術院会員就任。2024年11月文化功労者。
河野 隆(かわの たかし、1948年3月23日 - 2017… 河野 隆(かわの たかし、1948年3月23日 - 2017年11月3日)は、日本の篆刻家・書家・教育者。大東文化大学文学部書道学科名誉教授。号・鷹之。室号は晨風廬。 大分県臼杵市生まれ。生井子華に師事。日展会員、読売書法会常任理事、全日本篆刻連盟会長、大東文化大学書道科教授、国立台湾芸術大学客員教授、西泠印社名誉社員、中国芸術研究院中国篆刻芸術院研究員を歴任。 2017年11月3日、肺癌のため死去。
赤塚 暁月(あかつか ぎょうげつ、1946年 - 2020年… 赤塚 暁月(あかつか ぎょうげつ、1946年 - 2020年[要出典])は、日本の書家。暁月書道倶楽部、ギャラリー暁月主宰。弟子にMaaya Wakasugiがいる。 東京都出身。上條信山、筒井敬玉に師事。大東文化大学文学部中国文学科書専攻卒業。公立中学校・高等学校の講師を長く続けながら、書道教室「ギャラリー暁月」を主宰。国際的にも活躍し、多くの展覧会に参加している。著書に2005年「書のこころ世界へ」アルカディアブックス、2010年「書のこころ世界へ2」美研インターナショナルより発売された。 世界平和芸術文化交流親善大使(ボランティア)。世界一周世界芸術遺産認定。 2020年2月 急性白血病により急逝[要出典]。
河東 純一(かとう じゅんいち、1946年〈昭和21年〉 -… 河東 純一(かとう じゅんいち、1946年〈昭和21年〉 - )は、日本の国家公務員、書家。内閣府職員。号は峰城。総理府内閣総理大臣官房人事課辞令専門官、内閣府大臣官房人事課辞令専門官などを歴任した。 茨城県出身。総理府にて辞令専門官などを務め、中央省庁再編後は内閣府に勤務した。官記、位記、辞令書などを揮毫した。内閣官房長官の小渕恵三が新元号を発表する際に掲げた「平成」の書を揮毫したことでも知られる。また、大東文化大学のロゴなども手掛けている。書家としての号は「蜂城」を名乗った。 茨城県にて生まれ育つ。大東文化大学第一高等学校在学中に書家を志し、毎晩100枚近く書き続けるなど修練を重ねた。同校卒業後は大東文化大学の文学部中国文学科に進学し、1969年(昭和44年)に卒業した。
青山 杉雨(あおやま さんう、1912年6月6日 - 199… 青山 杉雨(あおやま さんう、1912年6月6日 - 1993年2月13日)は、書家。愛知県葉栗郡草井村大字村久野(現・江南市)生まれ。大東文化大学教授。号は杉雨、本名は文雄。
上條 信山(かみじょう しんざん、1907年〈明治40年〉9… 上條 信山(かみじょう しんざん、1907年〈明治40年〉9月20日 - 1997年〈平成9年〉2月12日)は、日本の教育者、書家。信山は号で、本名は周一。宮島詠士に師事し、独自の書風を確立。戦後、毛筆書道を学校教育で復活させる必要性を訴え、実現させた。文化功労者。 1907年、長野県東筑摩郡神林村(現松本市)で農家の三男として生まれた。小学生の頃は野球に熱中していたが、小学校担任の影響で書にも関心が向くようになり、秋山白巌の内弟子として2年間指導を受けた。松本教育実業学校を卒業後、訓導として小学校に勤務する一方、師範学校の受験準備も進め、1925年に長野師範学校に入学した[要出典]。師範学校3、4年の時には信濃毎日新聞と長野県が共催する県展に作品を応募し、連続して最高賞を獲得した(特に、4年の時の審査は比田井天来が行っており、審査後の講評において信山の号をつけられた)。
松井 如流(まつい じょりゅう、1900年〈明治33年〉3月… 松井 如流(まつい じょりゅう、1900年〈明治33年〉3月31日 - 1988年〈昭和63年〉1月16日)は、歌人、書家。 秋田県平鹿郡横手町(現・横手市)出身。旧姓は猿田。本名は郁次郎。橋田東聲に師事し、歌誌『覇王樹』に入り、1954年から同誌主宰。吉田苞竹に書を学び、隷書「杜少陵詩」で64年日本藝術院賞受賞。日展理事、大東文化大学教授。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
木下 真理子(きのした まりこ、3月1日 - )は、日本の書… 木下 真理子(きのした まりこ、3月1日 - )は、日本の書家。翠風会主宰。雅号は秀翠(しゅうすい)。古来受け継がれている伝統文化としての書を正統的に継承しつつ、現代における書の在り方を探求している。茨城県出身。 6歳より祖父の影響で筆を持ち、より専門的な知識と高度な技術を習得するために、書道の研究では第一線として知られる大東文化大学に進学。そこで戦後の日本書道界を牽引した、 青山杉雨(文化勲章受章、大東文化大学元教授)の継承者である髙木聖雨に師事。大東文化大学文学部日本文学科卒業後は日本を代表する書展[どこ?]で作品を発表し、数々の賞を受賞。『国際女性筆墨展』(参加国:中国、台湾、韓国、日本、シンガポール、フランス、イタリア、ドイツ、アメリカなど)では、日本代表の女流書家として選出された。