倉知 成満(くらち なりみつ、1951年〈昭和26年〉4月1… 倉知 成満(くらち なりみつ、1951年〈昭和26年〉4月17日 - )は、日本の俳優。本名は藤井 雄二()。 山口県出身。中央大学卒業。ウイットプロモーション、サイアン・インターナショナルを経て、所属はフリー。 大学卒業後、仕事を転々としたのち、劇団青俳の細川俊之の芝居を見て俳優を志し、劇団青俳演技研究所に入る。村上不二夫が社長を務める村上事務所に所属し、1977年倉地 雄平()の芸名で『刑事犬カール』(TBS)に出演しテレビデビュー。 『特捜最前線』(テレビ朝日)『スパイダーマン』(東京12チャンネル)などのゲスト出演を経て、1979年、東映制作の特撮テレビドラマ『バトルフィーバーJ』(テレビ朝日)で志田京介/バトルフランス役を演じる。
佐藤 長栄(さとう ちょうえい、1951年4月15日 - )… 佐藤 長栄(さとう ちょうえい、1951年4月15日 - )は山形県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。 米沢中央高校、中央大学を経て日本サッカーリーグの古河電工サッカー部(現-ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団しリーグ142試合、日本代表国際Aマッチ1試合出場の記録を残した。 引退後は1991年から1994年までジェフユナイテッド市原のコーチ、1995年に清水エスパルスのコーチを務め、1996年にブランメル仙台(現-ベガルタ仙台)の監督に就任したが1年限りで退任した。その後、1998年から1999年まで浦和レッズのコーチを務め、退任直前の第79回天皇杯では監督として登録(チームの指揮は総監督の吉田靖が執った)された。
目黒 裕次(めぐろ ゆうじ、1951年(昭和26年)4月5日… 目黒 裕次(めぐろ ゆうじ、1951年(昭和26年)4月5日 – )は、日本の実業家。平河ヒューテック株式会社社長。 平河ヒューテック株式会社
貫田 宗男(ぬきた むねお、1951年3月21日 - )は、… 貫田 宗男(ぬきた むねお、1951年3月21日 - )は、日本の登山家、山岳ガイド。山口県出身。中央大学卒業。 株式会社ウェック・トレック顧問、日本山岳ガイド協会公認ガイド、社団法人日本山岳協会海外常任委員、社団法人日本山岳会会員(海外委員会委員長、医療委員会委員)、日本勤労者山岳連盟顧問。 山口県熊毛郡生まれ。世田谷区松原育ち。 佼成学園中学校・高等学校登山部で登山を始める。中央大学入学と同時に「日本エキスパートクライマーズクラブ(JECC)」へ入会。21歳でヨーロッパアルプスを経験。23歳で渡米。1979年、ダウラギリV峰(7,618m/ネパール)登頂。中央大学卒業後は、アメリカ、カナダで登山ガイドに従事。
佐藤 隆(さとう たかし、1951年3月11日 - )は、日… 佐藤 隆(さとう たかし、1951年3月11日 - )は、日本のシンガーソングライター・作曲家。
ミスター・ポーゴ(1951年2月5日 - 2017年6月23… ミスター・ポーゴ(1951年2月5日 - 2017年6月23日)は、日本のプロレスラー。本名は、関川 哲夫。群馬県伊勢崎市出身。元大相撲力士。バックボーンは柔道。 地元名士で、群馬県議会議員を6期、議長まで務めた関川勝三郎の末子。坊ちゃん扱いされて育った。 恵まれた体格を活かして小学3年から柔道を習い、伊勢崎工高から中央大学法学部にスポーツ推薦で進学(ジャンボ鶴田と同期)したものの、勉学と柔道部の厳しい練習には付いて行けず、更に父の急逝にショックを受けて1年で退学。 父の没後、周囲の人間が手の平を返したような態度に絶望して「腕っ節だけで成り上がってやるよ!」という思いを強め、亡父の後援者の仲介で大相撲・二所ノ関部屋に入門し、四股名は「関川」として1971年7月場所で初土俵。
会田 真一(會田 真一、あいだ しんいち、1951年(昭和2… 会田 真一(會田 真一、あいだ しんいち、1951年(昭和26年)2月2日 - )は、日本の政治家。元茨城県守谷市長。 市制施行前の守谷町時代から、連続6期24年にわたり首長を務めた。父は元守谷町長の会田源一郎。 茨城県北相馬郡守谷町(当時。現在の守谷市)に生まれる。守谷町立高野小学校、守谷町立守谷中学校、茨城県立水海道第一高等学校、中央大学文学部出身。 1980年(昭和55年)の守谷町議会議員選挙で初当選し、町議を2期務める。1992年(平成4年)に行われた守谷町長選挙で当選し、2002年(平成14年)の守谷市制施行後も連続して当選を重ねた。6期にわたる連続就任は、市長および東京都特別区長としては全国2位タイであった(2015年12月31日当時)。
石高 健次(いしだか けんじ、1951年(昭和26年)2月 … 石高 健次(いしだか けんじ、1951年(昭和26年)2月 - )は、日本のフリージャーナリスト。 大阪府茨木市出身。府立茨木高等学校から中央大学に進学。卒業後、1974年に朝日放送入社。報道局報道技術部に配属され、ムービーカメラマンとなる。4年後記者を経てプロデューサー兼ディレクターに。記者活動と並行して数多くのドキュメンタリー番組を手がけている。 1981年、在日コリアンへの民族差別を告発したドキュメンタリー「ある手の問いかけ」で日本ジャーナリスト会議第24回JCJ奨励賞を受賞。 1986年、地下鉄に徘徊するスリの実態と摘発までを追った「集団スリ逮捕」でギャラクシー大賞。 1995年5月、ドキュメンタリー「闇の波涛から」を制作し、その過程から北朝鮮による日本人拉致事件で初めて実行犯から犯行を認める証言を引き出す。
野島 廣司(のじま ひろし、1951年〈昭和26年〉1月12… 野島 廣司(のじま ひろし、1951年〈昭和26年〉1月12日 - )は、日本の実業家。株式会社ノジマ社長。 アイ・ティー・エックス株式会社社長、株式会社スルガ銀行副会長を務めた。 神奈川県相模原市出身。中央大学附属高等学校を経て、1973年(昭和48年)3月中央大学商学部卒業。 父親はもともと会社員だったが、野島が大学生の頃に脱サラをして電気店を始めた人物。店で忙しい親にかまってもらえなかったため「幼い時は電器屋が嫌いだった」という。大学卒業後に親の運営する野島電気商会に入社した。 自身がオーディオ好きだったこともあり、親に頼んでコンポーネントオーディオ専門の売場を新設。当時の社長だった母は「こんな田舎でオーディオが売れるわけがない」と渋られたが、5年後に単品コンポの売上が神奈川県でトップクラスになった。
山田 正(やまだ ただし、1951年1月7日 - )は、日本… 山田 正(やまだ ただし、1951年1月7日 - )は、日本の土木工学、気象学、水文学研究者、中央大学理工学部土木工学科教授。防災や水利など、河川や水に関する諸問題の専門家として、長年にわたり多数の政府委員、審議員、自治体委員等を務めている。
竹中 裕紀(たけなか ひろき、1951年〈昭和26年〉1月1… 竹中 裕紀(たけなか ひろき、1951年〈昭和26年〉1月1日 - )は、平成期の実業家。元イビデン社長(前・会長)、元中部経済連合会副会長。岐阜県出身。中央大学理工学部電気工学科卒。 1970年代、揖斐川電気工業(現:イビデン)がプリント配線板の開発を開始した当初の技術メンバーである。技術出身であるが、営業経験も長いという。 通常は株主総会で社長交代をするのが通例であるが、当時の社長の岩田義文による決断により、2007年(平成19年)の新年度開始と同時に社長に就任している。
石川 敏行(いしかわ としゆき、1951年 - )は、日本の… 石川 敏行(いしかわ としゆき、1951年 - )は、日本の法学者。専門は行政法。元中央大学法学部及び中央大学法科大学院教授。元運輸安全委員会常勤委員。 1974年 中央大学法学部法律学科卒業。1976年 同大学大学院法学研究科修士課程修了 1977年同法学部助手、同助教授及び同教授並びに同法科大学院教授を経て、2010年から2019年まで運輸安全委員会常勤委員(特別職国家公務員)。 旧国家公務員採用Ⅰ種試験(法律区分)試験専門委員、行政書士試験委員、新司法試験実施に係る研究調査会(法務省)委員、法科大学院コア・カリキュラム(行政法班)座長等を歴任。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
上瀧 守(こうたき まもる、1951年 - )は、日本の防衛… 上瀧 守(こうたき まもる、1951年 - )は、日本の防衛官僚。技術研究本部副本部長や、防衛庁長官官房報道官、防衛監察本部副監察監、防衛省人事教育局長等を歴任した。退官後、一般財団法人自衛隊援護協会理事長。 東京都出身。都立富士高等学校、1975年中央大学法学部卒業。1976年防衛庁入庁、長官官房総務課配属。1988年防衛庁防衛局調査第2課総括・分析班長。1991年防衛施設庁労務部労務厚生課長。1992年防衛施設庁施設部施設対策第3課長。1994年防衛施設庁福岡防衛施設局施設部長。1996年防衛庁経理局監査課長。1998年防衛施設庁会計課長。2000年防衛庁人事教育局人事第1課長。2002年防衛施設庁広島防衛施設局長。
斎藤 力良(さいとう ちから、別表記 : 齋藤 力良、195… 斎藤 力良(さいとう ちから、別表記 : 齋藤 力良、1951年または1952年 - )は、日本の地方公務員。川崎市建設局長、同市上下水道事業管理者、同市副市長を歴任。瑞宝小綬章受章。 中央大学卒業。1978年 川崎市役所に入庁し、総務局秘書部長、建設局長などを歴任。2010年 (平成22年) 4月 水道局と建設局下水道部を統合して誕生した川崎市上下水道局の初代上下水道事業管理者に就任。2011年7月 国土交通省に戻った小田広昭の後任として副市長就任。重点施策として「羽田空港国際化を踏まえた川崎臨海部の新たな展開」と「JR東日本南武線の機能強化(連続立体交差事業)」を挙げた。2014年3月 福田紀彦市長が元総務局長の菊地義雄を新副市長とする人事案を提出したことに伴い、副市長退任。
関口定一(せきぐち ていいち、1951年 - 2019年8月… 関口定一(せきぐち ていいち、1951年 - 2019年8月)は、日本の経営学者。アメリカ労使関係史・人事労務管理史の研究者。 1974年和光大学経済学部経済学科卒業。1980年中央大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学。中央大学商学部助手。1982年専任講師、1983年助教授、1996年教授。
金井 貴嗣(かない たかじ、1951年 - )は、日本の法学… 金井 貴嗣(かない たかじ、1951年 - )は、日本の法学者。専門は、独占禁止法・経済法。中央大学名誉教授。元日本経済法学会理事長(2011年-2017年) 東京生まれ。東京都立豊多摩高等学校、 中央大学法学部卒業。1989年中央大学教授に就任。横田正俊記念賞専攻委員。
大原 正行(おおはら まさゆき、1950年12月8日 - )… 大原 正行(おおはら まさゆき、1950年12月8日 - )は、日本の地方公務員。東京都総務局長や、東京都知事本局長、東京都教育委員会教育長、東京臨海ホールディングス代表取締役社長、東京臨海熱供給代表取締役社長等を歴任した。 中央大学法学部卒業後、1975年東京都庁入庁。東京都総務局参事、東京都産業労働局商工部長、東京都総務局長兼東京マラソン組織委員会監事、東京都知事本局長等を経て、2008年から東京都教育委員会教育長を務めた。2012年東京臨海ホールディングス代表取締役社長、東京港埠頭代表取締役社長、東京臨海熱供給代表取締役社長。退任後、東京都都市づくり公社理事長を経て、2019年東京のあすを創る協会会長。
滝田 栄(たきた さかえ、1950年〈昭和25年〉12月5日… 滝田 栄(たきた さかえ、1950年〈昭和25年〉12月5日 - )は、日本の俳優・司会者。千葉県印西市出身。21世紀に入ってからは仏像彫刻家としての活動が多い。 実家は代々、関東一帯の米を利根川から船で江戸城に納める「米庄」であった。第24代横綱鳳は祖父の弟にあたる。成田高等学校を経て、中央大学文学部仏文科(夜間部)中退。 役者になったきっかけは大学1年のとき。70年安保で、ほとんど授業はなく、暇で銀座をブラブラしていてテアトル銀座で、たまたま『アラビアのロレンス』を観て感動したこと。友人にそれを話したら「君は俳優になるべき。君は文学座だ」「作文の試験には杉村春子さんの芝居に感動して役者を目指しました、と書いたら合格するから」と言われ、「俺、観たことねぇよ」と言ったら、「とにかく書け」と言われ、その通りにしたら文学座に合格したという。
グラン浜田(グランはまだ、1950年11月27日 - 202… グラン浜田(グランはまだ、1950年11月27日 - 2025年2月15日)は、日本のプロレスラー。本名は濱田 廣秋(はまだ ひろあき)。群馬県前橋市出身。身長167cm、体重90kg。その軽量な体を生かしてルチャリブレを活動の中心としている。最も著名な日本人ルチャドールの1人とされ、日本およびメキシコにおいて顕著な活躍を残している。 娘のソチ浜田、浜田文子も元プロレスラーである。 身長も小さく、ルチャリブレでの活躍とスタイルからシュート系の強さと無縁と思われがちであるが、浜田自身は柔道のミュンヘンオリンピック候補選手であり、その気の強さも相まって昭和新日本プロレスの中でも有数の猛者であった。治安の悪いメキシコで成功した理由に、プロレスセンスの良さとシュートの強さが比例していた背景がある。
金子 眞吾(かねこ しんご、1950年11月25日 - )は… 金子 眞吾(かねこ しんご、1950年11月25日 - )は、埼玉県出身の実業家。TOPPANホールディングス取締役特別相談役。 埼玉県浦和市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、中央大学法学部卒業後、凸版印刷に入社。代表取締役副社長だった2010年(平成22年)6月、足立直樹に代わり59歳で代表取締役社長に就任。日本印刷産業連合会会長や、浦和高校同窓会の副会長を務める。 日本経済新聞の交遊抄などで浦和レッドダイヤモンズの試合観戦を趣味に挙げている。 2020年4月9日、新型コロナウイルス感染症の陽性反応が出たことが凸版印刷より公表された。2日から発熱の症状をうったえ、以降は同社に出社せず、6日に医療機関を受診した結果、8日に感染が判明した。
藤田 康夫(ふじた やすお、1950年11月11日 - )は… 藤田 康夫(ふじた やすお、1950年11月11日 - )は、千葉県出身の元野球選手(投手)、野球指導者。 千葉県山武郡成東町(現在の山武市)出身。成東高校では2年生の時、1967年夏の甲子園県予選を勝ち抜き、東関東大会準決勝に進出するが、竜ヶ崎一高に敗退。1学年上に中村勝広がいた。翌1968年夏も県予選準々決勝に進出するが、宇佐美和雄、後に社会人野球で同僚となる長谷川勉の両投手を擁する木更津中央高に敗れる。1968年ドラフト会議でロッテオリオンズに11位指名を受けるが拒否。 卒業後は中央大学に進学。東都大学野球リーグでは在学中2度優勝。1972年春季リーグではエースとして6勝1敗と活躍。藤波行雄、佐野仙好ら打線の援護もあり、チームを優勝に導き、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインに選出された。
野田研一(のだ けんいち、1950年11月4日- )は、日本… 野田研一(のだ けんいち、1950年11月4日- )は、日本のアメリカ文学者。立教大学教授。 福岡県生まれ。1974年中央大学文学部卒、1978年立教大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了。1981年札幌商科大学英文科助教授、1987年金沢大学教育学部助教授、1997年立教大学観光学部教授、同異文化コミュニケーション研究科教授。1993年文学環境学会を創設、代表、雑誌『文学と環境』を創刊。
横溝 髙至(よこみぞ たかし、1950年11月2日 - )は… 横溝 髙至(よこみぞ たかし、1950年11月2日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、日本弁護士政治連盟副理事長、前田道路取締役、法務省司法試験考査委員等を歴任した。 1974年中央大学法学部卒業。1978年弁護士登録、葭葉法律事務所入所。1990年横溝法律事務所設立。最高裁判所司法研修所教官、法務省司法試験考査委員、財務省財政制度等審議会委員、学校法人中央大学理事等を歴任した。2013年日本弁護士連合会副会長、第一東京弁護士会会長。2014年前田道路取締役、中央大学法曹会幹事長。2015年日本弁護士政治連盟副理事長。2021年春の叙勲で旭日中綬章受章。財務省財政制度等審議会委員、財務省関東財務局国有財産関東地方審議会委員、所沢市都市計画審議会委員、学校法人中央大学理事、前田道路顧問、日弁連法務研究財団専務理事等も歴任した。
鎌田 誠(かまだ まこと、1950年10月21日 - )は、… 鎌田 誠(かまだ まこと、1950年10月21日 - )は、北海道岩見沢市(旧栗沢町)出身の元レスリング選手。1972年ミュンヘンオリンピックレスリングフリースタイル90kg級日本代表。北海道美唄工業高等学校卒業。中央大学理工学部卒業。元岩見沢市議会議員。元日本レスリング協会理事。 高校時代、顧問の相原昇教諭に勧められレスリング競技を始める。1968年インターハイ広島大会、福井国体ともに3位の成績をのこし、全国選抜高校生チームの主将選手としてアメリカ合衆国・オレゴン州遠征に参加する。このときのチームメイトにのちの五輪銀メダリスト和田喜久夫(新潟巻農・明治大学)がいた。中央大学に進学し2年生の1970年、カナダ・エドモントンで開催された世界選手権で銅メダルを獲得。
井澤 邦夫(いざわ くにお、1950年(昭和25年)9月15… 井澤 邦夫(いざわ くにお、1950年(昭和25年)9月15日 - )は、日本の政治家。元東京都国分寺市長(3期)、元国分寺市議会議員(3期)。 東京都国分寺市東恋ヶ窪生まれ。国分寺市立第三小学校、国分寺市立第一中学校、中央大学附属高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、中央大学法学部法律学科卒業。同年4月、東邦生命保険相互会社に就職。1998年(平成10年)からエジソン生命保険相互会社に勤める。2002年(平成14年)、鹿島建設の子会社に転職。2004年(平成16年)12月、同社を退社。 2005年(平成17年)7月3日に行われた国分寺市議会議員補欠選挙に出馬し初当選。市議を3期務める。 2013年(平成25年)5月31日に辞職。
志布 隆夫(しふ たかお、1950年(昭和25年)9月10日… 志布 隆夫(しふ たかお、1950年(昭和25年)9月10日 - )は、日本の政治家。山形県村山市長(4期)。 1950年9月10日に生まれる。中央大学経済学部卒業。1975年に村山市職員となり、選挙管理委員会事務局長、保険課長、財政課長、総務課長、福祉事務所長などを歴任した。 名前は斎藤隆夫にあやかった。 2009年5月31日付で市役所を退職し、6月5日に立候補表明した。8月30日の選挙で自民党・公明党の推薦を受けたが、現職の佐藤清に敗れた。※当日有権者数:22,957人 最終投票率:80.82%(前回比:-0.34pts) 2013年9月1日の村山市長選挙に立候補して、今度は現職の佐藤清を破り雪辱を果たした。
福山 敏博(ふくやま としひろ、1950年(昭和25年)9月… 福山 敏博(ふくやま としひろ、1950年(昭和25年)9月1日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。元大阪府阪南市長(2期)。 大阪府出身。中央大学商学部卒。阪南市役所に入り、事業部長、副市長などを務める。 2008年阪南市長選挙に立候補し、現職を破り、初当選。2012年に再選。2016年落選した。 2025年秋の叙勲で旭日双光章を受章した。
畑尻 剛(はたじり つよし、1950年8月30日 - 202… 畑尻 剛(はたじり つよし、1950年8月30日 - 2023年1月20日)は、日本の憲法学者。中央大学名誉教授。指導教官は川添利幸。和歌山県田辺市出身。
結城 昭二(ゆうき しょうじ、1950年8月27日 - )は… 結城 昭二(ゆうき しょうじ、1950年8月27日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。ポジションはシューター。東京都出身。 バスケットボールの名門校として知られる京北高校で活躍後、中央大学に進学。在学中全日本に選出される。 卒業後は。住友金属に入社。1976年にはモントリオール五輪に出場した。住友でも日本リーグ優勝3回(1973・1974・1977)、オールジャパン 優勝3回(1974・1978・1980)に貢献する。 1981年現役引退。著書に、バスケットバイブル、マイケルジョーダンの最強のテクニック、他 現在はNBA解説者として活躍する一方、全国で普及活動も行っている。
三井 正則(みつい まさのり、1950年(昭和25年)8月1… 三井 正則(みつい まさのり、1950年(昭和25年)8月1日 - )は、日本の実業家。元ダイハツ工業株式会社代表取締役会長で元同社代表取締役社長。 1950年8月1日、大阪府に生まれる。大阪府立豊中高等学校を経て、1975年3月、中央大学理工学部精密機械工学科を卒業。 大学卒業とともに、ダイハツ工業株式会社に入社。2004年に取締役、2006年に常務取締役、2007年に専務取締役を経て2010年には代表取締役副社長へそれぞれ就任した。 2013年に代表取締役社長へ就任し、ダイハツ工業として21年振りに大須賀二朗以来となる生え抜きの社長が誕生した。雑誌『プレジデント』は、2013年6月17日号の記事で「社員の士気を高めながらものづくり改革を推進し、商品力や競争力の強化を目指すには、うってつけのトップ交代」と評した。
山本 雅男(やまもと まさお、1950年7月25日 - )は… 山本 雅男(やまもと まさお、1950年7月25日 - )は、日本のイギリス文化史学、日本大学藝術学部文芸学科教授。 茨城県生まれ。1974年中央大学文学部哲学科卒業。1980年日本大学大学院文学研究科博士課程満期退学。静岡県立大学国際関係学部助教授、1997年日本大学藝術学部助教授、2002年教授。主な関心・研究領域は、イギリス文化の諸現象、あるいは日英の比較を通した文化の現象と基層を貫く基本的構造の分析。それらを通して、近代文化を批判的に考察し、文化基礎論の構築を目指す新たな視点を模索している。競馬関連の著書もある。
吉川 和夫(よしかわ かずお、1950年7月17日 - )は… 吉川 和夫(よしかわ かずお、1950年7月17日 - )は、日本の地方公務員。東京都環境局長や、東京都知事本局長、東京都副知事、東京都公園協会理事長、東京交通会館副館長などを歴任した。 1973年中央大学法学部卒業、東京都入庁。足立区教育委員会事務局学校教育部副主幹、東京都総務局副参事、全国知事会出向、東京都福祉局高齢福祉部計画課長、東京都福祉局参事等を経て、2002年東京都福祉局総務部長。2005年東京都福祉保健局次長。2007年東京都環境局長。2008年東京都知事本局長。2010年には副知事が3人体制から4人体制に戻り村山寛司とともに東京都副知事に選任された。退任後、東京都公園協会理事長、東京交通会館副館長、東京社会福祉士会理事等を歴任し、2020年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章した。
鈴木 俊美(すずき としみ、1950年(昭和25年)7月10… 鈴木 俊美(すずき としみ、1950年(昭和25年)7月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。元栃木市長(2期)、元大平町長、元栃木県議会議員。 栃木県下都賀郡大平町(現・栃木市)生まれ。1969年(昭和44年)3月、栃木県立栃木高等学校を卒業。1974年(昭和49年)3月、中央大学法学部を卒業。1980年(昭和55年)、弁護士登録。1984年(昭和59年)、四谷中央法律事務所創設。 1999年(平成11年)4月、栃木県議会議員選挙で下都賀郡南部選挙区(定数2)から立候補し当選。2000年(平成12年)9月、大平町長選挙で初当選。2004年(平成16年)に再選、2008年(平成20年)に3選。
鍵谷 芳勝(かぎたに よしかつ、1950年7月 - )は、日… 鍵谷 芳勝(かぎたに よしかつ、1950年7月 - )は、日本のファッションモデル、俳優、政治評論家。身長174cm。 クリエートジャパンエージェンシー所属。 中央大学法学部法律学科を卒業後、予備校講師、国会議員の政策秘書、内閣府秘書官を務め、過去には経済企画庁大臣秘書官や日本新党財務委員会代表理事を歴任。 趣味はテニス、ゴルフ、スキューバダイビング。
沼田 良(ぬまた まこと、1950年6月30日-)は、日本の… 沼田 良(ぬまた まこと、1950年6月30日-)は、日本の行政学者。専門は行政学、地方自治論。今村都南雄門下。2006年頃までのペンネームはNUMATA Ryo。 1950年、北海道生まれ。1975年、中央大学法学部政治学科卒業。1979年、中央大学大学院法学研究科修了。1978年、国立国会図書館調査員。2000年、作新学院大学総合政策学部教授。2011年、東洋大学法学部・東洋大学大学院法学研究科教授、2016年~現代行政研究所代表、2018年~大和大学政治経済学部教授。 行政学、地方自治論が専門で、特に市民参加・協働、自治基本条例について研究。地方分権や道州制、議会基本条例なども研究。この他、外国(スイス、イギリス、アメリカ、オランダなど)の地方自治制度も研究対象にしている。
田﨑 史郎(たざき しろう、1950年〈昭和25年〉6月22… 田﨑 史郎(たざき しろう、1950年〈昭和25年〉6月22日 - )は、日本のジャーナリスト、政治評論家。姓の「﨑」はいわゆる「たつさき」であるが、JIS X 0208に収録されていない文字であるため、代わりに「崎」を用いて田崎 史郎と表記されることも多い。 時事通信の政治部次長、編集局次長、解説委員、解説委員長などを歴任、一貫して時事通信で記者人生を過ごした。 福井県出身の政治評論家であり中央大学法学部卒業後、時事通信社に入社する。政治部や編集局の次長を経て解説委員となり、のちに解説委員長も務めた。 定年後も時事通信社において特別解説委員として在籍したが、2018年に退いた。その後はフリーランスの政治評論家として活動を続けている。
田崎 史郎(たざき しろう、1950年6月22日[要出典] … 田崎 史郎(たざき しろう、1950年6月22日[要出典] - )は、日本の政治評論家。時事通信社特別解説委員。
須藤 典明(すどう のりあき、1950年6月21日 - )は… 須藤 典明(すどう のりあき、1950年6月21日 - )は、日本の裁判官、弁護士。千葉県出身。中央大学法学部卒業。甲府地方裁判所・甲府家庭裁判所所長を経て、東京高等裁判所部総括判事を最後に、2015年に定年退官後、弁護士登録し、日本大学大学院法務研究科教授、原子力損害賠償紛争解決センター総括委員等を歴任。瑞宝重光章受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 … 加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 - )は、フランス哲学研究者、言語学者。中央大学理工学部教授を定年退任後は名誉教授。 高知県高知市生まれ。父・朗は高知新聞の記者。幼少期には父の転勤が多く、小学校は東京・高知・大阪と転校をくり返し、デラシネの生活をおくったという。大阪府池田市の北豊島中学校には同級生に、後に社会学者となる坂本ひろ子やコンピューター・グラフィックス専門家の高沖英二がおり、ロッキング・オンの渋谷陽一が一年下のクラスにいた。 高知市の土佐高校に進み、自由闊達な校風を身につけ、高校では二年先輩に英文学の大家・高山宏、劇作家・演出家の笠井賢一がいた。中央大学文学部仏文科に入学し、大学の指導教授はソシュール研究家の丸山圭三郎だが、哲学科の木田元にも学ぶ。
永山 文雄(ながやま ふみお、1950年5月23日 - 20… 永山 文雄(ながやま ふみお、1950年5月23日 - 2017年5月31日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 富山県高岡市生まれ。1974年、中央大学経済学部卒業。病院職員などを経て、1990年、自由民主党富山県連事務局次長。2002年、県連事務局長。 2012年、第46回衆議院議員総選挙に自民党から比例北陸信越ブロック(単独21位)で立候補し初当選した。 2014年、第47回衆議院議員総選挙では比例名簿から外れ、立候補しなかった。 2017年5月31日、肺炎のため富山市の病院で死去。67歳没。
田中 保成(たなか やすなり、1950年5月17日‐)は、日… 田中 保成(たなか やすなり、1950年5月17日‐)は、日本の教育者、日本教育工学研究所代表、日本数学協会理事。 広島県生まれ。中央大学法学部卒業後、埼玉県春日部市にて私塾考究道場を立ち上げ、以後30年以上に渡って小学生・中学生・高校生を指導。独自の勉強法、田中メソッドを考案し、様々な教育機関に導入。また20代から、仏教・社会学を久保田正文 (仏教学者)、数学・物理学を春日屋伸昌、政治・経済を木内信胤、文章表現を宇佐美承、キリスト教・論理学を渡辺正雄、仏教を渡辺宝陽に長年師事する。
三木義一(みき よしかず、1950年(昭和25年)5月3日 … 三木義一(みき よしかず、1950年(昭和25年)5月3日 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は租税法・行政法・会計。学位は、博士(法学)(一橋大学・1993年)(学位論文「現代税法と人権」)。青山学院大学名誉教授。第18代青山学院大学学長(2015年-2019年)。 東京都出身。中央大学法学部卒業後、一橋大学大学院法学研究科に進学し、市原昌三郎の指導を受けた。大学で教鞭を執りつつ、弁護士活動も行う。ドイツでミュンスター財政裁判所客員裁判官も務めた。立命館大学教授、青山学院大学学長を経て、青山学院大学名誉教授、大学基準協会監事。1996年、日本不動産学会著作賞及び東京市政調査会藤田賞受賞。 2010年には民主党政権下で政府税制調査会専門家委員に就任。
鹿谷 史明(しかたに ふみあき、1950年(昭和25年)5月… 鹿谷 史明(しかたに ふみあき、1950年(昭和25年)5月2日 - )は、日本の実業家。株式会社ダイヤモンド社会長。 株式会社ダイヤモンド社
笹井 大庸(ささい ひろやす、1950年5月 - 2013年… 笹井 大庸(ささい ひろやす、1950年5月 - 2013年6月10日)は、キリスト教聖霊派の月刊誌『ハーザー』の創刊者・編集長。マルコーシュ・パブリケーション社長。 岩手県胆沢郡金ケ崎町に生まれる。1969年中央大学文学部入学。鎌倉の師子王学塾で日蓮教学を学び、右翼民族派団体一水会の活動家となった。雑誌「日本の動き」の発行人 。笹井大庸と宏次朗は「良識復活国民運動」「グループ日本」の中心的な活動家であった。 1985年にクリスチャンとなり洗礼を受けた。1986年に仏教系の暁書房をキリスト教出版社とし、同社は1993年にマルコーシュ・パブリケーション社となる。1994年月刊誌『ハーザー』を創刊。
有田 正光(ありた まさみつ、1950年4月13日 - )は… 有田 正光(ありた まさみつ、1950年4月13日 - )は、日本の水理学者。東京電機大学理工学部建設環境工学科名誉教授。専攻は水理学(環境水理学)、河川水理学、海岸水理学。もともと河川や海岸の専門家だが、最近は環境問題を広範囲に取り扱う。
斉藤 永吉(さいとう えいきち、1950年(昭和25年)4月… 斉藤 永吉(さいとう えいきち、1950年(昭和25年)4月2日 - )は、日本の実業家。北都銀行名誉顧問。秋田経済同友会代表幹事。 秋田県湯沢市出身。中央大学法学部卒業後、羽後銀行入行。長らく企画部門を担当した。 かねてから将来の頭取候補と目されてきたが、荘内銀行との経営統合実現にむけた改革の手腕を見込まれて、2008年6月、加賀谷武夫の後継として頭取に就任した。トップに就任後、従来、地元の直面する諸問題に本腰を入れ、取り組んでこなかったことを猛省し、何よりも地域の信頼を取り戻すことに全力を注ぐ決意を固め、本部最優先の組織体質、形式主義のまかり通る経営、男尊女卑的な企業風土などが象徴的に見られていた北都銀に風穴をあけようと、外部から積極的に人材を登用し改革を進めた。
新井 政彦(あらい まさひこ、1950年3月23日 -)は日… 新井 政彦(あらい まさひこ、1950年3月23日 -)は日本の推理作家。 埼玉県南埼玉郡宮代町出身。中央大学文学部卒業。 1999年、『CATT - 託されたメッセージ』で第16回サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞(大賞は高嶋哲夫)。翌年、第17回の同賞で『ネバーランドの柩』が優秀作品賞受賞(大賞は垣根涼介)。この受賞作2作は刊行されていない。 2005年、『ユグノーの呪い』で第8回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞してデビューした。 2020年第42回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の第一次選考を『神様を飼う村』で通過、二次落ちした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小栗崇資(おぐり たかし、1950年3月21日- )は、日本… 小栗崇資(おぐり たかし、1950年3月21日- )は、日本の経営学・会計学者、駒澤大学教授。 愛知県半田市生まれ。1973年、中央大学法学部政治学科を卒業。 1988年、明治大学大学院商学研究科会計学博士課程を満期退学する。同年より鹿児島経済大学専任講師を務め、のちに助教授となる。以後、日本福祉大学教授、駒澤大学経済学部教授を歴任した。 2002年、「アメリカ連結会計生成史論」で明治大学より商学博士の学位を取得。2016年、日本会計史学会会長。
安藤 裕子(あんどう ひろこ、1950年3月7日 - )は、… 安藤 裕子(あんどう ひろこ、1950年3月7日 - )は、日本の裁判官。高松高等裁判所長官を最後に定年退官後、国家公安委員に就任。 千葉県出身。中央大学法学部卒業後、1977年裁判官任官。松山家庭裁判所長、岐阜地方裁判所長を経て、2013年千葉家庭裁判所長。2014年から高松高等裁判所長官を務めた。女性の高裁長官は3人目であり、高松高裁では初めての女性長官だった。2015年定年退官。2017年国家公安委員。2022年退任。後任は竹部幸夫元三井物産代表取締役副社長。同年瑞宝重光章受章。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
渡邉 健二(わたなべ けんじ、1950年〈昭和25年〉2月3… 渡邉 健二(わたなべ けんじ、1950年〈昭和25年〉2月3日 - )は、日本の実業家。日本通運株式会社 代表取締役会長。日本物流団体連合会会長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。