村田 義弘(むらた よしひろ、1947年2月21日 - )は… 村田 義弘(むらた よしひろ、1947年2月21日 - )は、日本の元ラグビー選手。 専修大学松戸高校を経て、中央大学に進む。卒業後、リコーに入社。 1971年のイングランド戦が日本代表初キャップ試合。以後通算11キャップを獲得。そして日本代表選手として、通算7トライを挙げた。 またリコー在籍時代には、『和製オールブラックス』という愛称を持つ強豪チームの一員として、日本選手権及び全国社会人大会で中心的選手として活躍し、それぞれの優勝に貢献。 引退後は、宿沢広朗監督時代の日本代表フォワードコーチ、中央大学ラグビー部監督などを歴任。
菊地 健次郎(きくち けんじろう、1947年〈昭和22年〉1… 菊地 健次郎(きくち けんじろう、1947年〈昭和22年〉1月26日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元宮城県多賀城市長(4期)、元宮城県議会議員(3期)、元多賀城市議会議員(2期)。 宮城県塩竈市出身。東北学院榴ケ岡高等学校、中央大学法学部卒業。不動産会社に勤務。多賀城市議会議員を2期務める。 1995年(平成7年)、宮城県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。その後、自由民主党に所属した。2003年(平成15年)に3選。 2006年(平成18年)8月6日に行われた多賀城市長選挙に立候補。3新人を相手に戦い初当選を果たした。8月28日、市長就任。2018年(平成30年)に4選。 2020年(令和2年)8月28日に健康上の不安を理由に辞任を表明。
近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )… 近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:15594)。 参議院議員(1期)を務めた。 新潟県三島郡出雲崎町生まれ。新潟県立柏崎高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1977年、新潟市で法律事務所を開業した。 1987年、日本社会党公認で新潟県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を5期務めた後、2004年の第20回参議院議員通常選挙に新潟県選挙区から無所属で出馬し、初当選。当選後、社会民主党・護憲連合(参議院の院内会派)入りした。なお近藤は1997年には社民党新潟県連代表に就任しており、2004年の参院選に出馬した時も党籍はあったが、民主党からの選挙協力を受けるため無所属で出馬し、民主・社民両党が推薦する形が採られた(新潟方式)。
溝口 敏盛(みぞぐち としもり、1947年1月12日 - )… 溝口 敏盛(みぞぐち としもり、1947年1月12日 - )は、日本の政治活動家。肩書きは、維新政党・新風国民運動委員長、神奈川県本部代表。元航空自衛官。 佐賀県小城市出身。中央大学理工学部卒業後、幹部候補生学校を経て航空自衛隊に勤務する。退職後は住友不動産に勤めた。 2005年頃、産経新聞社の雑誌「正論」で広告を見たことから、右派の政治団体である維新政党・新風に入党[要出典]。その後神奈川県本部代表に任命され[要出典]、2007年の第21回参議院議員通常選挙では新風の公認候補として神奈川県選挙区から立候補したが、21,645票(得票率0.5%)に留まり最下位落選、供託金を没収された。 2010年の第22回参議院議員通常選挙でも同様に新風の公認候補として神奈川県選挙区から立候補する予定だったが、党が資金難などを理由に参院選から撤退したため幻に終わった[要出典]ものの、2013年の第23回参議院議員通常選挙では新風の公認候補として神奈川選挙区から立候補、41,359票で落選(得票率1.33%、候補者11名中9位)している。
岩田 正美(いわた まさみ、女性、1947年1月8日 - )… 岩田 正美(いわた まさみ、女性、1947年1月8日 - )は、日本の社会福祉学者。日本女子大学名誉教授。専門は社会福祉政策、貧困・社会的排除論。 東京都生まれ。1969年日本女子大学文学部社会福祉学科卒、1971年中央大学大学院経済学研究科修士課程修了。1994年「戦後社会福祉の展開と大都市最底辺」で博士(社会福祉学)。1974年大阪市立大学家政学部助手、1983年東京都立大学講師、86年助教授、94年教授。1998年日本女子大学人間社会学部教授、2015年同名誉教授。
北澤 寛治(きたざわ かんじ、1947年 - )は、日本の外… 北澤 寛治(きたざわ かんじ、1947年 - )は、日本の外交官。外務省カリブ室長や、駐コンゴ民主共和国兼コンゴ共和国特命全権大使を務めた。北沢寛治とも。 茨城県龍ケ崎市出身。1966年茨城県立竜ヶ崎第一高等学校卒業。1970年中央大学法学部卒業。1972年外交官試験合格。1973年外務省入省。2000年ハイチ臨時代理大使。外務省中南米局南米カリブ課地域調整官兼カリブ室長を経て、2008年から駐コンゴ民主共和国特命全権大使を務め、道路整備などの援助を進めた。2011年兼コンゴ共和国特命全権大使。2022年、瑞宝中綬章受章。
石渡 哲彦(いしわた てつひこ、1947年 - )は、日本の… 石渡 哲彦(いしわた てつひこ、1947年 - )は、日本の地方公務員。千葉県副知事を経て、社会福祉法人千葉県社会福祉協議会会長。瑞宝中綬章受章。 千葉県市原市姉崎生まれ。市原市立姉崎小学校、市原市立姉崎中学校を経て、1966年千葉県立木更津高等学校卒業。1970年中央大学経済学部卒業、千葉県入庁。財政課長、環境生活部長、総合企画部長を経て、2007年退職、成田国際空港株式会社常勤監査役。2009年千葉県副知事。2013年に千葉県副知事任期満了退任後、株式会社千葉銀行顧問、市原青年経済人交流会顧問、社会福祉法人千葉県社会福祉協議会会長、公益財団法人千葉日報福祉事業団理事等を歴任した。
瀬戸 薫(せと かおる、1947年 - )は日本の実業家。ヤ… 瀬戸 薫(せと かおる、1947年 - )は日本の実業家。ヤマトホールディングス元会長。神奈川県小田原市出身。神奈川県立小田原高等学校、中央大学法学部卒業。
佐々木 公一(ささき こういち、1947年 - )は、香川県… 佐々木 公一(ささき こういち、1947年 - )は、香川県出身の日本の難病患者。NPO法人「わの会」理事長。 高松第一高等学校、中央大学法学部卒業。株式会社ベースボール・マガジン社を経て、全国建設労働組合総連合(全建総連)・東京土建一般労働組合で専従職員として勤務。 1998年、東京土建を退職。2009年、62歳で東海大学大学院修士課程修了(保健福祉学専攻)。 1996年春頃、右手の握力低下に気づく。6月か7月頃には、右足の動きにも異常を覚える。同年11月、東京都立神経病院で筋萎縮性側索硬化症 (ALS) との告知を受ける。なお同年3月に、阪神・淡路大震災ボランティアに参加している。 1997年(発症二年目)、ALS患者の交流組織「希望の会」、「府中地域福祉を考える・わの会」を結成。
宇田川 新一(うだがわ しんいち、1947年 - )は、日本… 宇田川 新一(うだがわ しんいち、1947年 - )は、日本の防衛官僚。防衛施設庁次長や、防衛庁人事教育局長、防衛庁契約本部長を務めた。退官後、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長。 千葉県出身。1971年中央大学法学部卒業、防衛庁入庁、長官官房総務課。1997年防衛施設庁横浜防衛施設局長。1998年防衛庁調達実施本部副本部長。2000年防衛施設庁次長。2002年防衛庁人事教育局長。2003年防衛庁契約本部長。2005年退官、財団法人防衛調達基盤整備協会理事長。2017年瑞宝中綬章受章。
黒須 純一郎(くろす じゅんいちろう、1947年‐ )は、日… 黒須 純一郎(くろす じゅんいちろう、1947年‐ )は、日本の経済学者、明海大学経済学部名誉教授、中央大学経済研究所客員研究員。専攻は社会思想史、経済思想史。 東京生まれ。1970年中央大学経済学部卒業。79年同大学院経済学研究科博士課程満期退学。82年「19世紀イタリア社会思想史研究 リソルジメント民主派の思想と行動」で中大経済学博士。95-96年ミラノ大学で学ぶ。
坂本 恒夫(さかもと つねお、1947年 - )は、日本の経… 坂本 恒夫(さかもと つねお、1947年 - )は、日本の経営学者。専門は財務管理論・経営管理論。学位は、経営学博士(1979年)(学位論文「日本における株式会社財務の研究」)。明治大学名誉教授。元日本経営財務研究学会会長。公益財団法人大原記念労働科学研究所所長。 京都府生まれ。1971年中央大学商学部卒、1979年明治大学大学院博士課程修了、1979年「日本における株式会社財務の研究」で経営学博士の学位を取得。第一経済大学講師、創価大学助教授、1991年明治大学経営学部教授。1997年日本経営協会学術賞受賞。2004-2007年日本経営財務研究学会会長。明治大学副学長、2016-2017年度明治大学大学院長。
佐藤 純通(さとう じゅんつう、1947年- )は、日本の法… 佐藤 純通(さとう じゅんつう、1947年- )は、日本の法律家。司法書士。北海道出身。日本司法書士会連合会名誉会長。司法書士法人横浜中央法務事務所所長。 1971年中央大学法学部卒業。1981年司法書士登録。事務所開業後、日本司法学院講師や、1993年桐蔭横浜学園大学法学部非常勤講師等を経て、1997年神奈川県司法書士会会長に就く。2001年日本司法書士会連合会副会長(司法書士法改正・不動産登記法改正・電子認証局構築担当)。2004年横浜国立大学法科大学院非常勤講師。2005年司法書士総合研究所所長。2007年日本司法書士会連合会会長。2009年日本司法書士会連合会名誉会長。神奈川県司法書士会名誉会長。
島 伸一(しま しんいち、1947年 - )は、日本の法学者… 島 伸一(しま しんいち、1947年 - )は、日本の法学者・弁護士。刑法学者・刑事訴訟法学者。学位は、法学博士(上智大学)。駿河台大学名誉教授。島伸一法律事務所所長。東京都文京区出身。 当初は内田文昭に師事し、1976年に内田が転出した後は、町野朔に師事する。 熊本信夫編集代表『北海学園大学法学部・大学院法学研究科教育・研究年報』(北海学園大学法学部大学院法学研究科, 1993年) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
清水 一(しみず はじめ、1947年 - )は、日本の作業療… 清水 一(しみず はじめ、1947年 - )は、日本の作業療法士、保健学者(作業療法学)。学位はMaster of Science(ボストン大学・1984年)。高知リハビリテーション専門職大学リハビリテーション学部教授、広島大学名誉教授。 国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院助手、東京大学医学部附属病院リハビリテーション部作業療法士、ボストン大学研究助手、ジューイッシュメモリアル病院作業療法士、群馬大学医療技術短期大学部助教授、広島大学医学部助教授、広島大学大学院保健学研究科教授、広島大学大学院保健学研究科副研究科長、井野口病院リハビリテーション科科長などを歴任した。 作業療法学を専攻する保健学者である。
濵田 美穂(はまだ みほ、1947年 - )は、高知県出身の… 濵田 美穂(はまだ みほ、1947年 - )は、高知県出身の卓球選手。戦型はカット主戦型。世界卓球選手権の女子シングルスで小和田敏子と共に最後にメダルを取った日本人選手である。その後第54回世界卓球選手権個人戦で平野美宇が48年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した。元高知工科大学教授。現在土佐女子中学高等学校の校長。 中央大学文学部に進学、1966年の関東学生新人卓球選手権大会では女子シングルス、ダブルスで優勝した。1969年、世界選手権ミュンヘン大会女子シングルスで3位に入った。1970年大学を卒業、タマスに入社、1971年の世界選手権名古屋大会女子ダブルスで3位、同年の全日本卓球選手権大会の女子ダブルスでは大関行江とのペアで優勝した。
神崎 茂治(かんざき しげはる、1947年-)は、日本の企業… 神崎 茂治(かんざき しげはる、1947年-)は、日本の企業家。前株式会社ノーリツ代表取締役社長、リビングアメニティ協会副会長、 一般社団法人ベターライフリフォーム協会長などを務めた。。住宅インフィル・リフォーム懇談会座長。千葉県出身。
鴨 哲登志(かも てつとし、1947年 - )は、日本の政治… 鴨 哲登志(かも てつとし、1947年 - )は、日本の政治家。元習志野市議会議員(5期)。妻は全国コミュニティ・ユニオン連合会会長の鴨桃代。
太田 英昭(おおた ひであき、1946年(昭和21年)12月… 太田 英昭(おおた ひであき、1946年(昭和21年)12月22日 - )は、日本のテレビプロデューサー、実業家。フジ・メディア・ホールディングス社長、産経新聞社会長を務めた。一般社団法人ジャパンフォワード推進機構代表理事。勉強会「立志塾」主宰。 北海道千歳市出身。中央大学法学部卒業後、フジテレビジョン入社。社会教養部に配属される。同期に山田良明(共同テレビジョン社長)、久保田榮一(扶桑社・育鵬社社長)。吉田填一郎(日本テレビアナウンサー)は大学の同期。 『小川宏ショー』(アシスタントディレクター)、『おはよう!ナイスディ』(チーフディレクター)、『なんてったって好奇心』(チーフプロデューサー)、『ザ・ノンフィクション』(立ち上げ)など情報番組の制作に携わる。
横田 修一郎(よこた しゅういちろう、1946年〈昭和21年… 横田 修一郎(よこた しゅういちろう、1946年〈昭和21年〉12月9日 - )は、日本の政治家。元長崎県島原市長(1期)。 長崎県島原市中安徳町に生まれる。島原市立第五小学校、島原市立第三中学校、長崎県立島原高等学校を経て、1969年中央大学法学部卒。同年、長崎県庁に入る。商工労働部長、地域振興部長、教育長などを歴任し、2008年に退職。同年の島原市長選挙に立候補し、元島原市議の古川隆三郎を破って当選。市長時代には職員・組織の役割や責任の明確化を図るため、部制・グループ制を導入したほか、管理職を対象に各自の職務目標を設定する新たな人事評価制度をスタートさせた。また、閉庁日である土・日曜日の午前中に市民向け窓口を開設した。
福島 祥郎(ふくしま よしろう、1946年(昭和21年)12… 福島 祥郎(ふくしま よしろう、1946年(昭和21年)12月5日 - )は、日本の実業家。元オリエンタルランド代表取締役社長。 千葉県出身市川市在住。1969年に中央大学経済学部を卒業後、オリエンタルランドに入社する。1991年にオリエンタルランド広報部長に就任、その後、同社取締役経営企画室長、常務取締役営業本部長・運営本部長、代表取締役専務・テーマパーク統括本部長を歴任した。2005年には、同社代表取締役社長(兼)COOに就任し、同社史上初の生え抜き社長として注目を集めた。しかし、入場者数過去最高を記録していた絶頂期に「既定路線。」と社長を退任した。 木版画と読書。特に木版画は、自己流で始めてから30年以上も続けており、毎年200枚から300枚の年賀状を版画で刷るほどである。
富田 清吾(とみた せいご、1946年12月1日 - 202… 富田 清吾(とみた せいご、1946年12月1日 - 2022年3月11日[要出典])は、福島県出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 上京して進学した中央大学付属高等学校では勉学に支障をきたすとの父親の反対から野球部に所属せず、草野球でプレー。中央大学法学部を卒業。 日本アイ・ビー・エムに就職が決まっていたが、テストを受けて1968年ドラフト10位で巨人に入団。 中央大学に在籍していたものの、野球部出身ではなく、作家の藤原審爾がオーナーをしている準硬式リーグの名門藤原チームのエースだった。完全試合2回、ノーヒット・ノーラン4回を記録している。制球力も良く球速も速く、首脳陣から期待され、1969年のフレッシュオールスターに出場している。
王 東順(おう とうじゅん、中国語拼音: Wáng Dōng… 王 東順(おう とうじゅん、中国語拼音: Wáng Dōngshùn、1946年(昭和21年)11月30日 - )は、日本のテレビプロデューサー、実業家。 フジテレビにてプロデューサーを務めた後、イーピー放送(現・SCサテライト放送)編成局長、ドリームワン代表取締役社長、東京テレビランド非常勤取締役を歴任した。 通称ワンちゃん。東京都出身。 1964年、高校卒業後、フジテレビに入社。働きながら中央大学商学部(夜学)に通い卒業。1969年に当初の人事部から制作部に異動し、『ゴールデン歌謡速報』『リブ・ヤング!』のADを経て、1975年には29歳で『クイズ・ドレミファドン!』のプロデューサーとなった。
三森 泰明(みつもり やすあき、1946年11月23日 - … 三森 泰明(みつもり やすあき、1946年11月23日 - 2019年5月19日[要出典])は、東京都出身の元バレーボール選手。中央大学附属高校を経て、1969年、中央大学卒業。同年、日本鋼管(現・JFEエンジニアリング)入社。1968年メキシコオリンピックバレーボール男子銀メダリスト。 フライングレシーブの考案者という説がある。
佐古 正人(さこ まさと、1946年〈昭和21年〉11月9日… 佐古 正人(さこ まさと、1946年〈昭和21年〉11月9日 - 2003年〈平成15年〉1月11日)は、日本の男性俳優、声優。 昭和21年(1946年)、山口県岩国市に生まれる。父は同市にある宇津神社宮司の佐古利正で、同社で生まれ育った。中央大学文学部英文学科中退。 劇団雲に入団して俳優生活をスタート。その後、演劇集団 円の設立に参加する。 シェイクスピア劇など、舞台を中心に活動を行う傍ら、テレビドラマ出演。 1980年代からは洋画の吹き替え、アニメの声優としても活躍。吹き替えではゲイリー・オールドマンの初期作品の担当で知られた。 一時期、芸名を佐古 雅誉(読み同じ)としていたが、その後元に戻した。
川 茂夫(かわ しげお、1946年11月1日 - )は、日本… 川 茂夫(かわ しげお、1946年11月1日 - )は、日本の実業家。初代郵便局代表取締役会長や、ゆうちょ銀行取締役兼代表執行役会長を務めた。 石川県出身。中央大学法学部卒業後、1970年イトーヨーカ堂入社。1997年取締役物流部長に昇格。1998年取締役事業部長。2003年取締役執行役員販売事業部長。同年取締役執行役員物流部長。2004年執行役員物流部長。2006年日本郵政取締役。2007年に発足した郵便局の初代代表取締役会長に就任。2009年ゆうちょ銀行取締役兼代表執行役会長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小島 健(こじま けん、1946年10月26日 - )は、俳… 小島 健(こじま けん、1946年10月26日 - )は、俳人。 新潟県生まれ。中央大学法学部卒業。10代の頃から俳句を始め、岸田稚魚に師事、俳誌「琅玕」(玕:王偏に干)に学ぶ。稚魚没後、角川春樹に師事、俳誌「河」(主宰:角川照子)に入会。角川春樹賞(1990年)、河新人賞(1991年)、河賞(1993年)を受賞。1995年、第一句集『爽』を上梓、翌年、句集『爽』により第19回俳人協会新人賞を受賞。 NHK学園専任講師、俳人協会常務理事を務める。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
椎橋 隆幸(しいばし たかゆき、1946年〈昭和21年〉10… 椎橋 隆幸(しいばし たかゆき、1946年〈昭和21年〉10月21日 - )は、日本の法学者。専門は、刑事訴訟法・少年法・裁判法。学位は、博士(法学)(中央大学・論文博士・1994年)。中央大学・警察大学校名誉教授。日本被害者学会元理事長。弁護士(寺本法律会計事務所)。2025年、瑞宝中綬章受章。 1969年中央大学法学部法律学科卒業。1971年一橋大学大学院法学研究科公法専攻修士課程修了、1972年一橋大学大学院法学研究科公法専攻博士課程中退。指導教官は鴨良弼。1994年学位論文「刑事弁護・捜査の理論」で中央大学より博士(法学)の学位を取得。 1972年鹿児島大学法文学部助手、73年専任講師、1976年助教授、1978年中央大学法学部専任講師、1979年助教授、1982年教授。
今津 寬(いまず ひろし、1946年〈昭和21年〉9月30日… 今津 寬(いまず ひろし、1946年〈昭和21年〉9月30日 - )は、日本の政治家。 防衛庁副長官(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、同安全保障委員長、衆議院議員(7期)、北海道議会議員(2期)、旭川市議会議員(2期)、自由民主党地方組織・議員総局長などを歴任。 兄は写真家の今津秀雄(1939年 - 1990年4月20日)。長男は北海道議会議員の今津寛史、次男は旭川市長の今津寛介。 北海道旭川市の魚屋・今津商店を営む今津秀市の五男として生まれる。旭川市立日章小学校、旭川市立北都中学校、北海道旭川西高等学校、中央大学法学部卒業。大学4年時には松浦周太郎の議員会館で雑用をしていた。
新井 良亮(あらい よしあき、1946年9月1日 - )は、… 新井 良亮(あらい よしあき、1946年9月1日 - )は、日本の実業家。ルミネ相談役。 高校卒業後、国鉄に入社するも、組織に嫌気がさし働きながら夜学に通い卒業した。JR東日本経営陣の中では異色の経歴として知られる。 同社における駅ナカ商業施設の開発を手掛け、2011年6月にルミネ社長谷哲二郎の急逝をうけ、JR東日本副社長を兼務のままルミネ社長に就任。2017年6月に会長、2018年6月には取締役相談役に退く。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
塩味 達次郎(しおみ たつじろう、1946年(昭和21年)8… 塩味 達次郎(しおみ たつじろう、1946年(昭和21年)8月30日 - )は、日本の政治家。弁護士。元埼玉県朝霞市長。 埼玉県北足立郡朝霞町(現朝霞市)出身。1969年(昭和44年)中央大学法学部を卒業し、同大学院法学研究科修士課程を修了する。1970年(昭和45年)司法試験に合格し、1974年(昭和49年)弁護士登録した。朝霞市で弁護士を開業。朝霞市議会議員を1期務め、朝霞市商工会議所、朝霞市医師会、朝霞市歯科医師会の各顧問を務めた。この間、1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙において旧埼玉5区から無所属で立候補したが落選した。1993年(平成5年)朝霞市長に当選し、3期務めた。
川越 泰博(かわごえ やすひろ、1946年8月19日 - )… 川越 泰博(かわごえ やすひろ、1946年8月19日 - )は、日本の東洋史学者、中央大学名誉教授。 宮崎県日南市生まれ。1976年中央大学大学院文学研究科東洋史学科博士課程単位取得満期退学、1996年「明代建文朝史の研究」で博士(史学)の学位を取得。1984年中央大学文学部専任講師、1987年助教授、1992年教授となり、2017年定年、名誉教授。明代史が専門。
山内 惟介(やまうち これすけ、1946年8月18日 - )… 山内 惟介(やまうち これすけ、1946年8月18日 - )は、日本の法学者。専門は国際私法・比較法。博士(法学)、中央大学名誉教授。フンボルト賞受賞者。名誉法学博士(ドイツ・ミュンスター大学) 1946年、愛媛県生まれ。東京都立小松川高等学校卒業、1971年3月、中央大学法学部法律学科を卒業した。その後は同大学大学院法学研究科民事法専攻修士課程に進み、桑田三郎の指導を受けた。1973年3月、 同課程を修了(法学修士の学位取得)。 卒業後の1973年4月から1977年3月まで、東京大学法学部助手(文部教官・外国法文献センター勤務)に任官。1977年4月、中央大学法学部専任講師に採用される。1978年4月に同助教授、1984年4月に同教授に昇任。
板垣 英憲(いたがき えいけん、本名「ひでのり」、1946年… 板垣 英憲(いたがき えいけん、本名「ひでのり」、1946年〈昭和21年〉8月7日 - )は、日本の政治評論家、ジャーナリスト。 広島県呉市に生まれる(旧本籍地は鳥取県東伯郡大栄町(現北栄町)、現在はさいたま市在籍)。 東工大理工学部附属工業高校、中央大学法学部法律学科、海上自衛隊幹部候補生学校入校(第23期一般幹部候補生課程)。 1972年、毎日新聞社東京本社記者となり、社会部、政治部に所属。首相官邸に詰め福田赳夫・大平正芳、安倍晋太郎・田中六助各内閣官房長官の番記者を担当した。日本医師会、日本歯科医師会、全国健康保険組合連合会や、経済部に籍を置いて東証記者クラブにも所属、東京証券取引所、四大証券会社(大和・日興・野村・山一)、公正取引委員会などを担当した。
小久保 忠男(こくぼ ただお、1946年(昭和21年)7月2… 小久保 忠男(こくぼ ただお、1946年(昭和21年)7月20日 - )は、日本の政治家。元茨城県(旧)古河市長(2期)。 茨城県出身。中央大学法学部卒。行政書士の資格を取り、その後、古河市議会議員、同議長となる。1999年古河市長選挙に立候補し、現職の小倉利三郎を破って初当選した。2003年に再選。2期目に古河市は総和町と三和町との合併を目指し、2005年に新たな古河市が発足した。合併後の市長選挙に立候補したが、旧総和町長の白戸仲久と元総和町長の菅谷憲一郎との争いとなり、選挙の結果、白戸に敗れた。4年後の市長選挙に立候補し、この時は前回と同じ顔触れとなったが、現職の白戸に敗れた。
新藤 宗幸(しんどう むねゆき、1946年6月25日 - 2… 新藤 宗幸(しんどう むねゆき、1946年6月25日 - 2022年3月13日)は、日本の政治学者。千葉大学名誉教授。専門は、行政学、地方自治論。市民主体の行政のあり方を提唱し、論壇でも活動した。 神奈川県逗子市(当時は横須賀市の一部)生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、中央大学経済学部卒業。1972年中央大学大学院法学研究科修士課程修了。指導教授は横山桂次・島崎晴哉・中村陽一。財団法人東京市政調査会研究員を務める。78年「1972年州・地方政府財政援助法の成立―一般歳入分与プログラムの創設」によって第4回東京市政調査会・藤田武夫賞を受賞。 1980年専修大学法学部助教授。1987年立教大学法学部教授、その後シェフィールド大学客員教授、2002年千葉大学法経学部教授。
齊藤 光喜(さいとう みつよし、1946年(昭和21年)6月… 齊藤 光喜(さいとう みつよし、1946年(昭和21年)6月16日 - )は、日本の政治家。秋田県前湯沢市長(2期)。元湯沢市議会議員(2期)、元稲川町議会議員(3期)。 秋田県稲川町(現・湯沢市)生まれ。秋田県立湯沢高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、中央大学商学部商業貿易学科卒業。同年4月、財団法人東京都ユースホステル協会に就職。 1978年(昭和53年)4月、株式会社稲庭うどん販売を設立。1989年(平成元年)4月、同社の専務取締役に就任。 1996年(平成8年)4月、稲川町議会議員選挙に初当選。 2005年(平成17年)3月22日 - 旧湯沢市・雄勝町・稲川町・皆瀬村が合併し、新市制の湯沢市が誕生。
櫻井 眞(さくらい まこと、1946年6月16日 - )は、… 櫻井 眞(さくらい まこと、1946年6月16日 - )は、日本のエコノミスト。学位は、経済学修士(東京大学・1972年)。サクライ・アソシエイト国際金融研究センター代表。新字体で桜井 真(さくらい まこと)とも表記される。 日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)海外投資研究所調査研究グループ・開発経済グループ主任研究員、株式会社大正海上基礎研究所研究部部長・主席研究員、三井海上投資顧問株式会社取締役、株式会社三井海上基礎研究所国際金融研究センター所長、日本銀行政策委員会審議委員などを歴任した。 1946年6月16日生まれ、東京都出身。中央大学に進学し、経済学部にて学んだ。1970年3月、中央大学を卒業した。
椎葉 晃充(しいば てるみつ、1946年6月10日 - )は… 椎葉 晃充(しいば てるみつ、1946年6月10日 - )は、日本の政治家。元宮崎県東臼杵郡椎葉村長(6期)。 宮崎県東臼杵郡椎葉村下福良出身。1971年(昭和46年)3月に中央大学法学部を卒業。翌年4月に椎葉村に奉職し、議会事務局長や総務課長などを経て1997年(平成9年)3月に助役に就任。前村長の辞職に伴って同年7月に行われた出直し選挙に出馬して、無投票当選。2期目・3期目も他の立候補者が無かったことから無投票当選している。2009年(平成21年)06月の村長選では新人候補を破って再選された。同年11月には1871年(明治4年)の廃藩置県以来、熊本県水上村との間で140年に渡って争われてきた県境について水上村長の成尾政紀との間で合意に達し、2010年(平成22年)9月30日の総務相告示で画定するに至った。
田中 治(たなか おさむ、1946年(昭和21年)6月3日 … 田中 治(たなか おさむ、1946年(昭和21年)6月3日 – )は、日本の実業家。油研工業株式会社顧問。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中村 正彦(なかむら まさひこ、1946年5月31日 - )… 中村 正彦(なかむら まさひこ、1946年5月31日 - )は、日本の地方公務員。東京都教育委員会教育長や、全国都道府県教育長協議会会長、文部科学省中央教育審議会委員を務めた。瑞宝小綬章受章。 長野県諏訪清陵高等学校を経て、1969年中央大学法学部卒業。1971年東京都庁入庁。1987年東京都総務局副主幹(東京自治会館組合派遣)。1989年東京都住宅局副主幹(東京都住宅供給公社派遣)。1990年東京都労働経済局副参事(東京国際コンベンションパーク整備担当)。 1992年東京都財務局主計部予算第二課長。1994年東京都財務局主計部議案課長。1995年東京都財務局主計部議案課長(統括課長)。1996年東京都財務局経理部総務課長(統括課長)。
江利川 安栄(えりかわ やすえ、1946年〈昭和21年〉5月… 江利川 安栄(えりかわ やすえ、1946年〈昭和21年〉5月24日 - )は、日本の宗教家。世界平和統一家庭連合の日本統一教会第7代会長、世界平和女性連合会長、日本人妻自由往来実現運動の会会長を務めた。現在は統一教会の分派である世界平和統一聖殿の日本支部、「日本サンクチュアリ協会」の会長を務めている。別名:池田文子(ふみこ)。 神奈川県出身。中央大学法学部卒業。 1968年4月、東京都知事の美濃部亮吉は朝鮮大学校を各種学校として認可した。江利川は文鮮明の命を受け、小平市の同校の正門前で認可取り消しを求める活動ならびに共産主義を批判する講義を始めた。また、国際勝共連合中本部常任講師となった。 1970年10月21日、ソウルの奨忠体育館で開催された合同結婚式「777双祝福式」に参加。
山口 俊郎(やまぐち としろう、1946年(昭和21年)5月… 山口 俊郎(やまぐち としろう、1946年(昭和21年)5月21日 - )は、日本の実業家。第5代セブン-イレブン・ジャパン代表取締役社長や、日本フランチャイズチェーン協会副会長を務める。 鹿児島県出身。鹿児島玉龍高等学校を経て、1970年中央大学商学部卒業、東京精密入社。1977年ヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)入社。1985年オペレーション本部ゾーンマネジャー。1990年取締役に昇格。2002年から代表取締役社長を務めた。2005年日本フランチャイズチェーン協会副会長。2009年セブン-イレブン・ジャパン顧問。
奈良 道博(なら みちひろ、1946年5月17日 - )は、… 奈良 道博(なら みちひろ、1946年5月17日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、学校法人中央大学理事、王子ホールディングス取締役、セイコーエプソン取締役、法務省法制審議会委員等を歴任。旭日中綬章受章。 1970年中央大学法学部法律学科卒業。1974年弁護士登録。総務省年金記録確認中央第三者委員会委員長代理、学校法人中央大学理事等を歴任。2006年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2011年法務省法制審議会委員。2013年セイコーエプソン監査役。2014年王子ホールディングス取締役。2015年蝶理監査役、日本特殊塗料取締役。2016年セイコーエプソン取締役、蝶理取締役。
三宅 昇(みやけ のぼる、1946年5月5日 - 1996年… 三宅 昇(みやけ のぼる、1946年5月5日 - 1996年)は、兵庫県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。
岩崎 紘昌(いわさき ひろまさ、1946年5月3日 - )は… 岩崎 紘昌(いわさき ひろまさ、1946年5月3日 - )は、西洋アンティーク評論家、アンティークショップ店長。血液型A型。 北海道出身。北海道札幌南高等学校、中央大学法学部卒。 学生時代、ヨーロッパ・中近東など世界75カ国を旅行し、アンティークの魅力に取り付かれる。卒業後の1972年、アンティークショップを都内に開店、西洋アンティークの輸入販売業を始め、現在に至る。日本における西洋アンティーク研究の第一人者でもあり、著書も多い。また、テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」のレギュラー鑑定士としてもお馴染みだった。 息子は珈琲抽出師の岩崎泰三。長女にスウェーデンで北欧雑貨ディット・ダット」やYouTubeチャンネル「Nord-Labo 北欧研究室」を運営するダールマン容子がいる。
吉田 塡一郎(よしだ しんいちろう、1946年4月25日 -… 吉田 塡一郎(よしだ しんいちろう、1946年4月25日 - )は、日本のアナウンサー、実業家。元日本テレビ放送網(以下、NTV)→アール・エフ・ラジオ日本(以下、RF)アナウンサー、RF編成局長→常務取締役営業局長。千葉県出身。千葉県立千葉高等学校、中央大学経済学部卒業。
河上 覃雄(かわかみ のぶお、1946年4月11日 - )は… 河上 覃雄(かわかみ のぶお、1946年4月11日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(通算5期)、労働政務次官、公明党神奈川県本部顧問などを歴任した。 神奈川県に生まれる。中央大学法学部卒業。 1990年、衆議院議員橋本文彦の後継候補として第39回衆議院議員総選挙に旧神奈川3区から出馬し初当選を果たす。以後、5期連続で当選した。小選挙区制施行後は比例南関東ブロック単独で出馬した。 労働政務次官、公明党神奈川県本部顧問、文化芸術振興会議事務局長などを歴任した。 定年制を定めた党の内規に従い、2005年の第44回衆議院議員総選挙には出馬せずに政界を引退した。
佐藤 勝昭(さとう かつあき、1946年4月4日 - )は、… 佐藤 勝昭(さとう かつあき、1946年4月4日 - )は、日本の空手家で、佐藤塾の宗師である。選手権大会参戦時の体格は、身長180cm・体重90kg。柔道も参段を允許されている。 五人兄弟の末っ子として樺太で生まれる。1947年(昭和22年)に福島県勿来に移住し、中学2年生から柔道を始めた。福島県立磐城高等学校に進学するが、家庭の事情で東京に引っ越す事になり、高校1年生の2学期から錦城高校に転校し、柔道を続けた。高校での練習の他に講道館にも稽古へ通っていた。卒業後は共同通信社に入社し、勤務時間外は講道館や三鷹警察署で柔道を続け、大成高校でも1年間の条件付きでコーチを引き受けるなど仕事と柔道両方に勤しみ励んだ。
八百板 洋子(やおいた ようこ、1946年〈昭和21年〉4月… 八百板 洋子(やおいた ようこ、1946年〈昭和21年〉4月1日 - 2025年〈令和7年〉2月18日)は、日本の翻訳家、児童文学作家。 福島県伊達郡飯野町(現・福島市)に生まれる。父は日本社会党の参議院議員を務めた八百板正。結婚後の本姓(夫姓)は折方。 1968年中央大学文学部国文科卒業後、1970年ブルガリアのソフィア大学大学院に留学。1976年『ふたつの情念()』で第13回日本翻訳文化賞特別賞・翻訳功労賞、1996年『吸血鬼の花よめ』で第33回日本翻訳文化賞を受賞。1999年の『ソフィアの白いばら』で第47回産経児童出版文化賞推薦作、第48回日本エッセイストクラブ賞受賞。2011年、ブルガリア共和国文化省より文化功労賞が授与される。