房村 精一(ふさむら せいいち、1947年〈昭和22年〉3月… 房村 精一(ふさむら せいいち、1947年〈昭和22年〉3月18日 - )は、日本の裁判官、法務官僚、弁護士。主に民事裁判を担当した他、司法制度改革にも携わり、法務省民事局長、仙台高等裁判所長官、名古屋高等裁判所長官を歴任した。 東京大学法学部を卒業後、1969年(昭和44年)に第23期司法修習生。1971年(昭和46年)7月2日に京都地方裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
小峰 隆夫(こみね たかお、1947年〈昭和22年〉3月6日… 小峰 隆夫(こみね たかお、1947年〈昭和22年〉3月6日 - )は、日本のエコノミスト、経済企画庁官僚。経済企画庁調査局長、国土交通省国土計画局長などを歴任した。 大正大学地域創生学部地域創生学科任期制教授、法政大学名誉教授。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校出身。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁に入庁。総合計画局担当審議官、経済企画庁経済研究所長を経て、1998年(平成10年)物価局長、1999年(平成11年)調査局長。2001年(平成13年)国土交通省国土計画局長に転じ、2002年(平成14年)に退官。 退官後は法政大学教授や大正大学教授。2017年4月、瑞宝中綬章を受章。2020年『平成の経済』で読売・吉野作造賞受賞。
山崎 信之郎(やまざき しんしろう、1947年3月4日 - … 山崎 信之郎(やまざき しんしろう、1947年3月4日 - )は日本の防衛官僚。 東京都出身。1972年東京大学経済学部卒業。1974年防衛庁入庁。1980年防衛施設庁労務部労務企画課部員。各課部員を経て、1990年防衛施設庁施設部施設対策第三課長。その後防衛庁長官官房総務課長、広島防衛施設局長、那覇防衛施設局長、国際平和協力本部次長を経て2005年運用局長(2006年運用企画局長に再編)。守屋武昌の後任の事務次官に名前も挙がったが退官。
寺澤 辰麿(てらざわ たつまろ、1947年2月25日 - )… 寺澤 辰麿(てらざわ たつまろ、1947年2月25日 - )は、日本の財務官僚。血液型はO型。国税庁長官を経て横浜銀行頭取、コンコルディア・フィナンシャルグループ社長等を歴任した。 島根県出身。鳥取県立鳥取西高等学校を経て、1971年6月、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。同年7月に大蔵省入省(銀行局銀行課)。1972年8月、大阪国税局調査部。1974年7月、大臣官房付(外務研修)。1975年5月、外務省在アルゼンチン大使館三等書記官。同年7月、外務省在アルゼンチン大使館二等書記官。その後は主計局主計官補佐(農林水産第三係主査)、主計局主計官補佐(農林水産第一係主査)、竹下、宮澤、竹下(首相による兼任)、村山の各大蔵大臣秘書官事務取扱などを歴任。
本多 晃(ほんだ あきら、1947年(昭和22年)2月23日… 本多 晃(ほんだ あきら、1947年(昭和22年)2月23日 - 2019年(令和元年)5月27日)は、日本の政治家、国土交通官僚。元千葉県柏市長(第5代・4期)。 兵庫県出身。兵庫県立神戸高等学校、東京大学工学部都市工学科を卒業。 1971年、建設省(現国土交通省)入省。 1980年、建設省計画局国際課海外協力官としてインドネシアに派遣。 1989年、建設省都市局都市再開発課建設専門官就任。 1991年、柏市助役就任。 1993年10月、柏市助役を退任し、第5代柏市長に就任。 2009年8月、家族の健康の理由で5期目は立候補しないことを表明。 2019年5月、肺炎のため逝去。72歳没。
中川 雅治(なかがわ まさはる、1947年2月22日 - )… 中川 雅治(なかがわ まさはる、1947年2月22日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の参議院議員(3期)、自由民主党参議院議員副会長。
松尾 徹人(まつお てつと、1947年(昭和22年)1月19… 松尾 徹人(まつお てつと、1947年(昭和22年)1月19日 - 2011年(平成23年)7月28日)は、日本の官僚、政治家。高知市長。山口県光市光井出身。 株式会社三翠園代表取締役社長、高知県ボウリング連盟会長も務めた。
杉井 孝(すぎい たかし、1947年1月14日 - )は、日… 杉井 孝(すぎい たかし、1947年1月14日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。血液型はO型。 1965年愛知県立時習館高等学校を卒業し、1969年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。大蔵省に入省する。在学中に旧司法試験を一番の成績で合格し、国家公務員上級甲種試験(法律)も上位で合格。1973年 主計局総務課の企画係長となり、直属の上司に吉野良彦、主査に斎藤次郎がおり、後に主計人脈の首領的存在になる二人の知遇を得た。1974年 岸和田税務署長。主計官補佐(厚生係主査)、主計局総務課課長補佐などを経て、1989年 主計局主計官、1992年 大臣官房秘書課長となるなど、有力な事務次官候補であった。
太田 省三(おおた しょうぞう、1947年1月2日 - )は… 太田 省三(おおた しょうぞう、1947年1月2日 - )は日本の大蔵官僚。大臣官房地方課長、関東信越国税局長、関税局長心得兼大臣官房審議官(関税局担当)、大臣官房審議官(大臣官房担当)、印刷局長、特別認可法人生物系特定産業技術研究推進機構理事長、株式会社東京金融取引所代表取締役社長などを歴任。血液型はA型。 大阪府出身(父母は福岡県)。大阪府立北野高等学校、東京大学法学部卒業。1969年 大蔵省入省(証券局企業財務第一課)。1974年7月 大牟田税務署長。1975年7月 沼津税務署長。主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)、主計局主計官補佐(地方財政第一、二、補助金係主査)、大臣官房企画官兼大臣官房文書課法令審査室長、総務庁行政管理局管理官(定員総括、特殊法人総括、外務省)、主計局主計企画官、主計局主計官(地方財政、補助金、大蔵担当)などを務める。
戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官… 戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官僚、厚生労働省元事務次官 1947年に、埼玉県に生まれる。埼玉県立熊谷高等学校、.東京大学経済学部出身。 1971年に労働省に入省。2001年に厚生労働省大臣官房長、2002年に職業安定局長、2004年に厚生労働省事務次官になる。2007年に高齢・障害者雇用支援機構理事長、2008年法政大学大学院客員教授、2011年財形住宅金融株式会社代表取締役会長、2014年日本看護家政紹介事業協会会長、2018年キャノン電子社外取締役、2021年スタートライン株式会社社外取締役
大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官… 大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官僚、広島市元助役、川崎医療福祉大学元教授である。広島県出身。 広島県広島基町高等学校(現・広島市立基町高等学校)を経て、1971年に東京大学法学部を卒業し、厚生省に入省。1973年から2年間、フランスのリヨン大学大学院に留学した。 1980年から3年間、広島市に出向した。1994年9月、環境庁大気保全局企画課長。1996年に広島市助役に就任した。 1999年、自由民主党推薦で広島市長選に出馬したが、落選。2003年にも自民党推薦で出馬したが、秋葉忠利に破れ落選。 1999年10月に川崎医療福祉大学教授に就任。2015年3月末で同大を退職。
上杉 秋則(うえすぎ あきのり、1947年 - )は、日本の… 上杉 秋則(うえすぎ あきのり、1947年 - )は、日本の公取官僚・法学者。専門は独占禁止法。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所東京オフィスシニアコンサルタント。公正取引委員会審査局長、公正取引委員会経済取引局長、第5代公正取引委員会事務総長を歴任。複数人での共同の筆名は大野 金一郎(おおの きんいちろう)。2017年瑞宝重光章受章。 東京大学法学部卒業、ペンシルベニア大学ロースクール修了、LL.M.の学位を取得。 公正取引委員会事務局に採用後、官房審議官を経て、審査局や経済取引局にて局長に就任、その後、第5代公正取引委員会事務総長に就任した。
重松 博之(しげまつ ひろゆき、1947年 - )は、日本の… 重松 博之(しげまつ ひろゆき、1947年 - )は、日本の官僚。元会計検査院長。徳島県出身。 東京大学経済学部卒業後、1972年会計検査院に採用。1987年に監理課長。各局課長を経て、1996年官房総務課長。2002年に第4局長。2004年に事務総長となる。4年間在任。2009年辞職し会計検査院検査官に。2011年会計検査院長となり2012年定年退官。
辻 哲夫(つじ てつお、1947年(昭和22年) - )は、… 辻 哲夫(つじ てつお、1947年(昭和22年) - )は、日本の官僚。田園調布学園大学教授を経て、現在東京大学特任教授、株式会社麻生監査役。元厚生労働事務次官。兵庫県出身。
宮村 智(みやむら さとる、1946年(昭和21年)11月2… 宮村 智(みやむら さとる、1946年(昭和21年)11月26日 - )は、三重県出身の元大蔵官僚。 中川雅治(参議院議員)、増原義剛(前衆議院議員)が同期入省者である。1969年入省組は次官レースのトップを走っていた杉井孝(弁護士)が不祥事で辞職したこともあり、財務事務次官が出なかった。
縄野 克彦(なわの かつひこ、1946年11月16日 - … 縄野 克彦(なわの かつひこ、1946年11月16日 - )は、日本の運輸官僚。海上保安庁長官などを務めた。 福島県福島市出身。1969年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省した。1999年7月に自動車交通局長を経て、2001年1月に海上保安庁長官に就任。海上保安庁長官在任中の2001年12月に九州南西海域工作船事件が発生し、対応に当たった。 2006年4月に日本航空上席執行役員に就任し、同年6月に常務を経て、2007年4月には副社長に就任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
塚本 壽雄(つかもと ひさお、1946年(昭和21年)10月… 塚本 壽雄(つかもと ひさお、1946年(昭和21年)10月31日 - )は、日本の官僚。前早稲田大学大学院公共経営研究科教授。元総務省行政評価局長。滋賀県出身。
柳澤 協二(やなぎさわ きょうじ、1946年〈昭和21年〉1… 柳澤 協二(やなぎさわ きょうじ、1946年〈昭和21年〉10月14日 - )は、日本の防衛官僚。NPO法人国際地政学研究所理事長、新外交イニシアティブ理事、自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会代表。 防衛庁運用局長、防衛庁人事教育局長、官房長、防衛研究所所長、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)などを歴任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
舩橋 晴雄(ふなばし はるお、1946年(昭和21年)9月1… 舩橋 晴雄(ふなばし はるお、1946年(昭和21年)9月19日 - )は、日本の官僚。元国土交通審議官。シリウス・インスティテュート代表取締役。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
富岡 賢治(とみおか けんじ、1946年(昭和21年)8月2… 富岡 賢治(とみおか けんじ、1946年(昭和21年)8月20日 - )は、日本の政治家、文部官僚。群馬県高崎市長(3期)。国立教育研究所所長、日本国際教育協会理事長、群馬県立女子大学学長等を歴任した。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1969年、大学を卒業し文部省(現文部科学省)に入省した(日本ユネスコ国内委員会事務局文化課)。1970年4月、日本ユネスコ国内委員会事務局総務課。1976年4月、初等中等教育局中学校教育課生徒指導係長。1978年4月、岐阜県教育委員会学校指導課長。1981年、外務省へ出向し、駐フランス日本大使館で一等書記官を務める。
坂東 眞理子(ばんどう まりこ、1946年8月17日 - )… 坂東 眞理子(ばんどう まりこ、1946年8月17日 - )は、日本の婦人問題評論家、元官僚。 第5代学校法人昭和女子大学総長。朝日生命保険相互会社役員。社団法人農山漁村女性・生活活動支援協会会長。 富山県出身。富山県立富山中部高等学校を経て、東京大学文学部心理学科卒業後、1969年総理府に入省。1975年総理府婦人問題担当室(男女共同参画室の前身)に入室、当時最年少の担当官だった。1978年に日本初の「婦人白書」の執筆を担当した。1980年よりハーバード大学へ留学。帰国後、統計局消費統計課長、埼玉県副知事、在豪州ブリスベン総領事(女性初の総領事)、総理府男女共同参画室長などを歴任。2001年には内閣府男女共同参画局の初代局長を経て2003年に退官。
石川 裕己(いしかわ ひろき、1946年8月7日 - )は、… 石川 裕己(いしかわ ひろき、1946年8月7日 - )は、日本の国土交通官僚。海上保安庁長官、鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。千葉県木更津市出身。 1965年に戸山高等学校を経て、1971年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1997年に大臣官房審議官、2001年に鉄道局長、2003年に航空局長を歴任し、2004年7月から2007年6月までに海上保安庁長官を務めた。2008年4月から2015年6月までに鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。 2018年4月に瑞宝重光章を受章。
松井 浩(まつい ひろし、1946年8月6日 - )は、日本… 松井 浩(まつい ひろし、1946年8月6日 - )は、日本の郵政官僚。元株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ代表取締役副社長。元総務審議官、元総務省郵政事業庁長官。 京都府出身。東京大学法学部卒業。1968年郵政省入省。郵政省貯金局長等を経て、2002年総務省郵政事業庁長官。2003年総務審議官。2005年財団法人郵便貯金振興会理事長。2007年株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ顧問。2008年株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ代表取締役副社長(CSR、支店(関東甲信越)担当)。2012年退任。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
板倉 英則(いたくら ひでのり、1946年8月 - )は、日… 板倉 英則(いたくら ひでのり、1946年8月 - )は、日本の官僚。愛知県豊川市出身。 1965年愛知県立時習館高校卒業、1969年東京大学法学部卒業。同年建設省入省、都市計画課長、人事課長、道路局次長、都市・地域整備局長、国土交通審議官などを歴任した後、2005年7月から日本下水道事業団理事長。2009年7月(一財)不動産適正取引推進機構理事長、また2015年5月には(公財)都市計画協会会長に就任した。2016年11月、瑞宝重光章を受章。
植村 昭三(うえむら しょうぞう、1946年7月29日 - … 植村 昭三(うえむら しょうぞう、1946年7月29日 - )は、日本の経産官僚、弁理士。世界知的所有権機関(WIPO)事務局次長、特許庁審査第四部長、東京大学先端科学技術研究センター客員教授を歴任。 1998年8月から、WIPOにおける初めての日本人事務局次長として、著作権をはじめとする知的財産権の規範作成や、エンフォースメントを担当した。
大武 健一郎(おおたけ けんいちろう、1946年(昭和21年… 大武 健一郎(おおたけ けんいちろう、1946年(昭和21年)7月10日 - )は、日本の官僚。元国税庁長官。ビジネス・ブレークスルー大学大学院教授。東京都出身[3]。
濱田弘二(はまだ こうじ、1946年6月30日 - )は日本… 濱田弘二(はまだ こうじ、1946年6月30日 - )は日本の郵政・総務官僚。郵政審議官、初代総務審議官(国際担当)などを歴任。 大阪府出身。東京大学法学部卒業。1969年 郵政省入省。1971年 大蔵省主計局法規課へ出向。1997年 郵政省大臣官房総務審議官。1998年6月19日 郵政省郵務局長。2000年6月27日 郵政審議官。2001年1月6日 総務審議官(国際担当)。同年7月6日 退官。大和総研顧問(〜2003年6月)。2003年7月 宇宙通信副社長(〜2004年6月)。2004年7月 国際通信経済研究所理事長。
荒井 聰(あらい さとし、1946年〈昭和21年〉5月27日… 荒井 聰(あらい さとし、1946年〈昭和21年〉5月27日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚(農業土木技官)。立憲民主党所属。学校法人札幌慈恵学園理事長。報道等では荒井 聡の表記も用いられる。 衆議院議員(8期)、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、消費者及び食品安全)、内閣総理大臣補佐官(鳩山由紀夫内閣)、衆議院内閣委員長、衆議院災害対策特別委員長、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、議院決算行政監視委員長、民主党北海道総支部連合会代表、日本新党代表幹事(初代)、原子力問題調査特別委員会野党筆頭理事等を歴任。 札幌商業高等学校の教員等を経て学校法人札幌慈恵学園を創設した荒井龍雄は父。
太田 信一郎(おおた しんいちろう、1946年(昭和21年)… 太田 信一郎(おおた しんいちろう、1946年(昭和21年)5月13日 - )は、日本の官僚。電源開発副社長。元特許庁長官。東京都出身。
鍋倉 眞一 (なべくら しんいち、1946年(昭和21年)4… 鍋倉 眞一 (なべくら しんいち、1946年(昭和21年)4月21日 - )は、日本の郵政官僚。 宮崎県出身。東京都立戸山高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。郵政省(現総務省)に入省。 2009年より郵便事業会社取締役社長を務めた後、2012年、郵便事業会社と郵便局会社の統合により発足した日本郵便初代社長に就任する。2013年に退任後、2014年まで同社の顧問を務めた。 現在は情報セキュリティ会社「セフィアソフト」の最高顧問を務める。
久米重治(くめ じゅうじ、1946年3月1日 - 2008年… 久米重治(くめ じゅうじ、1946年3月1日 - 2008年5月9日)は日本の大蔵官僚。横浜税関長、大臣官房審議官(関税局担当)、印刷局長などを歴任。趣味はスポーツ観戦。血液型はB型。 大阪府泉南郡出身(父は徳島県、母は三重県)。大阪府立北野高等学校、東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省に入省(理財局資金課)。1973年7月 大館税務署長。外務省在インド日本大使館勤務、理財局国有財産総括課長補佐(総括・総務・審査)、理財局資金第一課長補佐、大阪税関総務部長、理財局総務課たばこ塩事業室長、東京税関総務部長などを経て、1991年6月 経済企画庁総合計画局計画課長。1993年6月25日 横浜税関長。
樋口 久俊(ひぐち ひさとし、1946年〈昭和21年〉2月1… 樋口 久俊(ひぐち ひさとし、1946年〈昭和21年〉2月12日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元佐賀県鹿島市長(3期)。 佐賀県鹿島市出身。1964年(昭和39年)3月、佐賀県立鹿島高等学校卒業。1969年(昭和44年)6月、東京大学法学部(私法)卒業。そのまま学士入学し、1970年(昭和45年)3月、東京大学法学部(公法)卒業。同年4月、農林水産省に入省。2001年(平成13年)1月、退官。2002年(平成14年)4月から2004年(平成16年)3月まで神田外語大学の客員教授を務めた。 2003年(平成15年)4月13日に行われた佐賀県知事選挙に出馬し落選。 2010年(平成22年)4月11日公示、4月18日投票の鹿島市長選挙で無投票で初当選。
溝口 善兵衛(みぞぐち ぜんべえ、1946年(昭和21年)1… 溝口 善兵衛(みぞぐち ぜんべえ、1946年(昭和21年)1月20日 - 2024年(令和6年)8月20日)は、日本の大蔵・財務官僚、政治家。島根県知事(3期)。血液型はB型。 島根県益田市生まれ。島根県立益田高等学校、東京大学経済学部卒業。1968年4月、大蔵省に入省し、理財局総務課に配属された。鳥取税務署長などを務めた後、1977年より在ドイツ連邦共和国(西ドイツ)日本大使館に勤務(当初は二等書記官、のち一等書記官)。斎藤次郎は大使館時代の上司。1980年7月に大蔵省へ戻り、主計局主計官補佐(地方財政、補助金係主査)となる。溝口の主計官補佐(主査)への就任は斎藤の口添えがあったものだとされている。
鈴木康司(すずき こうじ、1946年1月19日 - )は日本… 鈴木康司(すずき こうじ、1946年1月19日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。血液型はB型。 北海道小樽市出身(父母も北海道)。北海道小樽潮陵高等学校、東京大学法学部卒業。1968年4月 大蔵省入省(国有財産局総務課)。同年6月 理財局国有財産総括課。1973年7月 潮来税務署長。1995年6月20日 関東財務局長。1996年1月5日 退官。1997年1月 (株)内外政策研究会代表。2002年に弁護士登録。2015年6月 越後交通(株)社外取締役。
一柳 良雄(いちりゅう よしお 1946年1月3日 - )は… 一柳 良雄(いちりゅう よしお 1946年1月3日 - )は、日本の経営コンサルタント・元通産官僚。 ”志・情熱・信頼”をモットーに、志を共有する仲間と日本(社会)をよくすることを究極の目標として、 経営戦略コンサル、行政・政治との橋渡しをする政策規制コンサル、若者の夢を育てるベンチャー支援を行う。 さらには人材育成にも注力し、 次世代を牽引せんとする情熱と志を持ったリーダーたちを育成する経営塾・一流塾を主宰。 テレビキャスターも務める。 若者が夢を持って頑張る活力ある社会と世界から尊敬される日本の実現を目指して、 自由闊達なコミュニケーション及び進取の気性とチャレンジ精神とを根幹において 三方良しの考えで、次の事業を行う。
堀田 隆夫(ほった たかお、1946年(昭和21年)1月1日… 堀田 隆夫(ほった たかお、1946年(昭和21年)1月1日 - )は、日本の元・大蔵官僚。元大蔵省造幣局長。血液型はB型。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
片木 淳(かたぎ じゅん、1946年または1947年 - )… 片木 淳(かたぎ じゅん、1946年または1947年 - )は日本の自治官僚、地方公務員。消防庁次長等を経て、早稲田大学大学院公共経営研究科教授を務めた。 大阪府泉南市出身。灘高等学校を経て、東京大学法学部II類(公法)卒業。消防庁次長等を経て、早稲田大学大学院公共経営研究科教授を務めた。
薦田 隆成(こもだ たかしげ、1946年 - )は、日本の経… 薦田 隆成(こもだ たかしげ、1946年 - )は、日本の経済企画・内閣府官僚。 1972年、東京大学卒業。同年、経済企画庁入庁。広報室長、国民生活政策課長、大蔵省東北財務局理財部長、内閣府大臣官房審議官、国土交通省国土計画局長、労働政策研究・研修機構労働政策研究所副所長などを経て、連合総合生活開発研究所所長。
岩田 一政(いわた かずまさ、1946年 - )は、日本の経… 岩田 一政(いわた かずまさ、1946年 - )は、日本の経済官僚。 経済企画庁長官官房調査官や、東京大学大学院教授、内閣府政策統括官、日本銀行副総裁、内閣府経済社会総合研究所所長等を経て、日本経済研究センター理事長、郵政民営化委員会委員長。 東京都大田区出身。東京都立日比谷高等学校を経て、1970年に東京大学教養学部教養学科卒業。同年、経済企画庁入庁。経企庁経済研究所主任研究官の1981年に「金融政策と銀行行動」で週刊エコノミスト主宰「エコノミスト賞」を受賞。1986年に東京大学教養学部助教授就任、以後同教授、同大学大学院総合文化研究科教授を歴任。 2001年1月に内閣府政策統括官に就任。小泉内閣の下竹中平蔵の誘いで[要出典]2003年3月日本銀行副総裁に就任した。
戸恒 東人(とつね はるひと、1945年(昭和20年)12月… 戸恒 東人(とつね はるひと、1945年(昭和20年)12月20日 - )は、日本の官僚、俳人。俳誌「春月」(しゅんげつ)主宰。本名も同じ。元帝京大学教授(財政、税法、中小企業金融)。 茨城県生まれ。1970年頃より句作をはじめる。野澤節子、有馬朗人、土生重次に師事。1990年、「天為」創刊に参加(1992年同人、2016年退会)。1991年、個人俳誌「東風句報」創刊主宰。「扉」創刊に参加(1993年同人、1998年退会)。1996年、「東風句報」を「春月」に改題。1999年、俳誌「春月」創刊主宰。2012年、『誓子-わがこころの帆』で第14回加藤郁乎賞を受賞。2015年、公益社団法人俳人協会理事長。
志田康雄(しだ やすお、1945年12月16日 - )は日本… 志田康雄(しだ やすお、1945年12月16日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。大臣官房会計課長、広島国税局長、国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)、造幣局長、整理回収機構副社長、同機構代表取締役社長代行などを務めた。 大分県出身。大分県立四日市高等学校、東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省入省(主税局国際租税課)。1973年7月 延岡税務署長。1974年7月 国税庁調査査察部調査課長補佐。その後は外務省在シンガポール日本国大使館で勤務。1989年7月 関税局国際機関課長。1991年6月 大臣官房会計課長。1992年6月26日 広島国税局長。1994年7月 国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)。
石井 隆一(いしい たかかず、1945年12月15日 - )… 石井 隆一(いしい たかかず、1945年12月15日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。勲等は旭日大綬章。 富山県知事(公選第17-20代)、消防庁長官(第26代)を務めた。妻は数学者で東京大学名誉教授の石井志保子。 富山県富山市西町生まれ。富山県立富山中部高等学校、東京大学法学部卒業。1969年、自治省(現総務省)に入省した。静岡県総務部長や財政局財政課長、税務局長、自治税務局長等を経て、2002年に消防庁長官に就任した。また2003年から3年間、早稲田大学大学院公共経営研究科において客員教授を務めた。2004年1月に退官し、市町村職員中央研修所学長に就任し、同年の8月に退職した。 2004年11月、富山県知事を6期務めた中沖豊の退任を受け、知事選挙に無所属で出馬して初当選。
石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )… 石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣、参議院内閣委員長、参議院決算委員長、自由民主党政務調査会副会長、公選14・15・16・17代岡山県知事(4期)、文部科学省中央教育審議会委員(第3・4期)、自然エネルギー協議会初代会長(2011年 - 2012年)を歴任。 1945年、岡山県上道郡光政村(現・岡山市東区)に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部を卒業。1969年に建設省に入省し、岐阜県民生部児童家庭課長、建設大臣秘書官、民間住宅課長、河川総務課長、大臣官房文書課長、建設省大臣官房審議官などを歴任。
及川 耕造(おいかわ こうぞう、1945年〈昭和20年〉10… 及川 耕造(おいかわ こうぞう、1945年〈昭和20年〉10月17日 - )は、日本の通産・防衛官僚。岩手県和賀郡東和町(現:花巻市)出身。 東京大学経済学部経済学科卒業後、通商産業省に入省(通商局通商調査課)。入省同期に、町村信孝(衆議院議員)、太田信一郎(特許庁長官・及川の後任)、藤島安之(駐パナマ大使)などがいる。 通商産業省大臣官房総務審議官、防衛庁装備局長を経て、2000年に特許庁長官となる。退官後は財団法人機械産業記念事業財団参与、野村総合研究所顧問、日本政策投資銀行理事、独立行政法人経済産業研究所理事長、公益社団法人発明協会副会長などを務めている。
根本 崇(ねもと たかし、1945年(昭和20年)9月22日… 根本 崇(ねもと たかし、1945年(昭和20年)9月22日 - )は、日本の政治家、官僚。元千葉県野田市長(6期)。 千葉県野田市出身。埼玉県立浦和高等学校、東京大学法学部法律学科卒業。 1970年(昭和45年)4月、建設省に入省。1978年(昭和53年)4月、千葉県企画部水政課長に就任。1985年(昭和60年)7月、静岡県島田市助役に就任。1989年(平成元年)7月、建設省大臣官房政策企画官に就任。1991年(平成3年)6月、千葉県野田市助役に就任。 1992年(平成4年)の野田市長選挙で初当選。7月4日、市長就任。以後、2012年(平成24年)の市長選まで6選を重ねる。 2016年(平成28年)3月2日、市議会3月定例会の本会議で、6月に行われる市長選に出馬しない考えを表明した。
松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )… 松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )は、日本の経済学者、官僚。政策研究大学院大学名誉教授。専門はマクロ経済学、財政学。主計局調査課長、主計局主計官、横浜税関長、大臣官房審議官等を歴任した。 大阪市生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、1969年東京大学経済学部経済学科卒業、1970年同学部経営学科卒業。同年、大蔵省入省(証券局総務課)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10… 井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。兵庫県知事(第48代-第52代)として兵庫県政史上最多の5期20年の任期を務めた。 5期目の当選を決めた第19回兵庫県知事選挙(平成29年7月2日投開票)では、県下52選挙区のうち、唯一尼崎市選挙区(対立候補である勝谷誠彦の出身地)を除く51の選挙区で最多得票であった。 知事退任後、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構特別顧問。兵庫県副知事(1996年 - 2001年)、関西広域連合連合長(初代)なども歴任した。 兵庫県揖保郡新宮町(現・たつの市)出身の神奈川県横浜市育ち。材木の仲介等をおこなっていた父の仕事の関係で、小学校3年生の時に横浜に転居。
楠木 行雄(くすのき ゆきお、1945年8月6日 -)は、日… 楠木 行雄(くすのき ゆきお、1945年8月6日 -)は、日本の国土交通官僚、経営者。海上保安庁長官を務めた。三重県出身。 1968年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1997年7月に航空局長に就任し、1998年7月から1999年7月までに海上保安庁長官を務めた。1999年10月から日本政策投資銀行理事を務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
沖津武晴(おきつ たけはる、1945年8月5日 - )は日本… 沖津武晴(おきつ たけはる、1945年8月5日 - )は日本の大蔵官僚。 熊本県熊本市出身(父母も熊本県)。熊本県立熊本高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省入省(国際金融局国際機構課)。入省同期に林正和(日本取引所グループ取締役取締役会議長、日本取引所自主規制法人理事長、財務事務次官、主計局長、大臣官房長、経済企画庁長官官房長)、溝口善兵衛(島根県知事、財務官、国際局長、大臣官房長、大臣官房総務審議官、主計局次長(次席))、尾原栄夫(国税庁長官、主税局長)、田谷廣明(東京税関長)、堀田隆夫(JT副社長、造幣局長、証券取引等監視委員会事務局長、国税庁次長)、村田吉隆(衆議院議員、国家公安委員長兼防災担当大臣、大蔵総括政務次官)らがいる。
中川 浩明(なかがわ ひろあき、1945年7月4日 - )は… 中川 浩明(なかがわ ひろあき、1945年7月4日 - )は日本の自治官僚。埼玉県副知事、国土庁地方振興局長、自治省行政局長、消防庁長官、全国知事会事務総長などを務めた。瑞宝重光章受章。 鳥取県出身。東京大学法学部を卒業し、1968年 自治省入省。 1993年4月 行政局行政課長。1994年7月 自治省大臣官房審議官(行政・共済担当)。1995年5月 自治省大臣官房審議官兼大臣官房付。 同年7月 埼玉県副知事。1998年1月6日 国土庁地方振興局長。1999年8月14日 自治省行政局長。2001年1月6日 消防庁長官。2002年1月8日 退官。 同年3月1日 自治体衛星通信機構理事長(〜2003年10月15日)。