原口 尚彰(はらぐち たかあき、1953年3月24日 - )… 原口 尚彰(はらぐち たかあき、1953年3月24日 - )は、日本の聖書学者。 1971年福岡県立修猷館高等学校を経て、1977年3月東京大学法学部卒業。1979年3月日本ルーテル神学大学(現・ルーテル学院大学)卒業。1982年3月日本ルーテル神学校卒業。 1982年4月から5年間、日本福音ルーテル神戸東教会の牧師を務める。1991年6月シカゴ・ルーテル神学校より神学博士号(D.Th.)取得。1994年11月日本基督教団に教師転入(正教師)。1996年4月より2000年3月まで、聖和大学人文学部助教授(新約聖書学担当)。2000年4月より2015年3月まで、東北学院大学文学部教授(新約聖書学担当)。
児玉 龍彦(こだま たつひこ、1953年(昭和28年)3月2… 児玉 龍彦(こだま たつひこ、1953年(昭和28年)3月22日 - )は、日本の医学者、生物学者。東京大学アイソトープ総合センターセンター長兼東京大学先端科学技術研究センター教授 専門は、内科学、分子生物学、システム医学領域、血管システム分野。
髙戸 毅(たかと つよし、1953年3月20日 - )は日本… 髙戸 毅(たかと つよし、1953年3月20日 - )は日本の医師、医学者、歯学者、東京大学名誉教授。医学博士。 専門は口腔外科学、形成外科学。元東京大学大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能医学講座口腔顎顔面外科学教授。元同医学部附属病院ティッシュ・エンジニアリング部部長(兼任)。元同医学部附属病院22世紀医療センター長(兼任)。元JR東京総合病院院長。歯科口腔外科、形成外科部長。日本再生医療学会理事。 再生医療の研究に携わり、その研究は国内外で多くの表彰を受けている。特に、臨床においては唇顎口蓋裂の集学的治療そして、顎骨延長術およびNAM床の本邦への導入、研究においては唇顎口蓋裂患者の鼻変形に用いるインプラント型再生軟骨の開発、3Dプリンターを用いたカスタムメイド人工骨 (CT-BONE)、外科手術に用いるチタンメッシュプレートの開発等で成果を上げ再生医療とその臨床応用に貢献したとされている。
本間 之夫(ほんま ゆきお、1953年3月14日 - )は、… 本間 之夫(ほんま ゆきお、1953年3月14日 - )は、日本の泌尿器科医、医学者。専門は泌尿器科学、特に間質性膀胱炎・膀胱痛症候群(IC/BPS)。杏林大学医学部間質性膀胱炎医学講座特任教授、日本赤十字社医療センター名誉院長。 京都府舞鶴市生まれ。高校2年生の時に父の転勤によって神奈川県川崎市に移り住む。川崎市立橘高等学校を経て、東京大学へ進学。 1978年、東京大学医学部医学科卒業。同年、都立駒込病院泌尿器科医員に就任。以後、自衛隊中央病院泌尿器科医員(1980年)、三井記念病院泌尿器科医員(1982年)を経て、1983年から2年間、ノースウェスタン大学医学部病理学研究員として留学した。 帰国後、東京大学医学部泌尿器科学助手、講師、助教授を歴任。
御園 慎一郎(みその しんいちろう、1953年3月12日 -… 御園 慎一郎(みその しんいちろう、1953年3月12日 - )は、日本の自治官僚、愛知東邦大学人間学部人間健康学科教授。 内閣官房内閣審議官(地域再生担当)、総務省大臣官房審議官(財政制度・財務担当)、地方公営企業等金融機構理事などを歴任した。 1953年、長野県諏訪郡富士見町に生まれる。1977年、東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、自治省(現総務省)に入省した。同省にて地方財政や地方自治に関する職務に多く携わった。 1988年、愛知県庁に出向し地方課長、財政課長を務める。1992年、自治省に戻る。茨城県総務部長、自治省大臣官房情報政策室長などを歴任。 1998年4月、再び愛知県庁に出向し企画部長に就任。
小澤 敬也(おざわ けいや、1953年2月23日 - )は、… 小澤 敬也(おざわ けいや、1953年2月23日 - )は、日本の血液内科医、医学者。専門は血液内科学、遺伝子治療、細胞治療。自治医科大学名誉教授・客員教授、難治性疾患遺伝子細胞治療開発講座責任者。元東京大学医科学研究所附属病院院長、元同遺伝子・細胞治療センター長。日本内科学会名誉会員(元理事)、日本血液学会名誉会員(元副理事長、第74回学術集会会長)。日本における遺伝子治療研究の先駆者の一人として知られる。 現在は首都医校校長、テルモ株式会社社外取締役、日本医療研究開発機構(AMED)再生医療関連事業のプログラムスーパーバイザー・プログラムオフィサーなども務める。 白血病コロニー研究から出発し、造血幹細胞への遺伝子導入、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療、選択的増幅遺伝子(SAG)システム、CAR-T細胞療法、間葉系幹細胞治療などの分野で先駆的な業績を残した。
守田優(もりた まさる、1953年2月23日 - )は、日… 守田優(もりた まさる、1953年2月23日 - )は、日本の水文学者、芝浦工業大学名誉教授。 熊本県熊本市に生まれる。熊本県立熊本高等学校を経て、1976年東京大学工学部土木工学科卒業。1978年同大学大学院修士課程修了、1986年7月「線形応答系としての被圧地下水位変動の解析とその地下水管理への応用に関する基礎的研究」で工学博士(東京大学)。 1978年東京都土木技術研究所にて地盤沈下、地下水、都市河川の研究に従事する。1987年芝浦工業大学講師、1990年同助教授、1996年同教授。芝浦工業大学副学長を務め、2021年退任。
吉岡知哉(よしおか ともや、1953年2月22日 - )は、… 吉岡知哉(よしおか ともや、1953年2月22日 - )は、日本の国際政治学者(東京大学法学博士)。第19代立教大学総長。立教大学法学部教授。専門は、欧州政治思想史(ヨーロッパ近代、主に18世紀フランスの政治思想)。
松村一登(まつむら かずと、1953年1月20日 - )は、… 松村一登(まつむら かずと、1953年1月20日 - )は、日本の言語学者、東京大学教授。ウラル語、コーパス研究が専門。 長野県下伊那郡豊丘村出身。長野県飯田高等学校卒、1976年東京大学文学部言語学科卒、1983年同大学院博士課程満期退学、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手、1990年助教授、1995年東京大学文学部附属文化交流研究施設助教授、97年教授。
藤原 克巳(ふじわら かつみ、1953年1月8日 - )は、… 藤原 克巳(ふじわら かつみ、1953年1月8日 - )は、日本中古文学研究者、東京大学教授。博士(文学)(東京大学、2001年)(学位論文「菅原道真と平安朝漢文学」)論文執筆等では「克己」を用いる。
寺田 浩明(てらだ ひろあき、1953年1月7日 - )は、… 寺田 浩明(てらだ ひろあき、1953年1月7日 - )は、日本の法学者。京都大学名誉教授。専門は東洋法史。東京大学法学部第三類(政治コース)出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山本 順寛(やまもと よりひろ、1953年1月 - )は、日… 山本 順寛(やまもと よりひろ、1953年1月 - )は、日本の工学者。東京工科大学元教授。博士(工学)。 1980年に東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、東京大学工学部反応科学科助手となる。1985年にカルフォルニア大学バークレー校生物化学科博士研究員となり、1987年に東京大学工学部反応科学科助手に復職する。その後、同大講師、助教授を歴任。2003年に、東京工科大学バイオニクス学部(現・応用生物学部)教授に就任。日本コエンザイムQ協会理事長、日本フリーラジカル学会理事、日本抗加齢医学会理事等を務める。専門分野は、生物有機化学、脂質生化学、医化学など。 坐禅と読書が趣味で、あだ名は「じゅんかん(Junkan)」。
岩永 雅也(いわなが まさや、1953年 - )は、日本の教… 岩永 雅也(いわなが まさや、1953年 - )は、日本の教育学者。放送大学長。専門は、教育社会学・社会調査法・生涯学習。 佐賀県藤津郡嬉野町(現・嬉野市)生まれ。就学前に千葉県に転居。 以後、大阪大学人間科学部助手、放送教育開発センター(メディア教育開発センター)を歴任。1989年放送大学教養学部助教授就任。 2000年放送大学教授、2018年副学長に就任。 2014年、筑波大学大学院図書館情報メディア研究科に於いて博士(学術)の学位を取得《論文博士》。 2021年4月から放送大学長。
石田 英敬(いしだ ひでたか、1953年 - )は、日本のフ… 石田 英敬(いしだ ひでたか、1953年 - )は、日本のフランス文学者、メディア情報学者。東京大学名誉教授。記号論・メディア論専攻。フランスの思想家、ミシェル・フーコーの研究者として知られている。 千葉県生まれ。1972年甲陽学院中学校・高等学校卒業、東京大学入学、教養学部二年生時に世田谷区東大生内ゲバ殺人事件で友人二人を喪う。同大学文学部卒業。1975年パリ第4大学留学、1976年パリ第3大学留学、1983年パリ第10大学大学院修士課程修了、1985年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、同博士課程退学、1989年パリ第10大学大学院博士課程修了(人文科学博士)。 同志社大学専任講師、助教授を経て、東京大学教養学部助教授。
服部 正策(はっとり しょうさく、1953年 - )は、日本… 服部 正策(はっとり しょうさく、1953年 - )は、日本の哺乳類学者・爬虫類学者。元東京大学医科学研究所奄美病害動物研究施設准教授。博士(農学)(東京大学・論文博士・1998年)(学位論文「ワタセジネズミ(Crocidura watasei)に関する研究」)。 1953年島根県生まれ。島根県立浜田高等学校、東京大学農学部畜産獣医学科卒業。東京大学医科学研究所奄美病害動物研究施設に在職中、ハブ・ウミガメなどの爬虫類やワタセジネズミやトゲネズミなど哺乳類の研究をおこなった。1998年、東京大学より「ワタセジネズミ(Crocidura watasei)に関する研究」で博士(農学)の学位を授与される。
市川 裕(いちかわ ひろし、1953年 - )は、日本の宗教… 市川 裕(いちかわ ひろし、1953年 - )は、日本の宗教学者、東京大学人文社会系研究科名誉教授。ユダヤ教の研究が専門。 1976年、東京大学法学部を卒業し、1978年に同大学院人文科学研究科修士課程修了。専門は宗教学・宗教史学。同大学院博士課程在学中の1982から1985年にかけてヘブライ大学(エルサレム)に留学。1986年に博士課程単位取得退学。 卒業後は筑波大学哲学・思想系文部技官、1990年より講師。1991年に東京大学文学部助教授として移り、2004年より教授。2019年に定年退任し、名誉教授となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
川本 重雄(かわもとしげお、1953年 - )は、日本の建築… 川本 重雄(かわもとしげお、1953年 - )は、日本の建築史家。元京都女子大学学長。専門は日本建築史。寝殿造を主要な研究領域とする。 1953年、岐阜県で生まれた。東京大学工学部建築学科で学び、1975年に卒業。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻に進み、1982年に博士課程を工学博士の学位を取得して終了。学位論文は『寝殿造の研究』。 1984年、北海道工業大学の講師となり、1991年に教授に昇格。1999年、京都女子大学に移り、2009年に学長に就任。2017年、近畿大学教授。 1982年と翌年に日本建築学会に発表した論文で、それまでは主流であった太田静六の「正規寝殿造」を否定し、以後数年間論争を行った。
斉藤 利彦(さいとう としひこ、1953年 - )は、教育史… 斉藤 利彦(さいとう としひこ、1953年 - )は、教育史学者、学習院大学名誉教授。 福島県生まれ。1977年東京大学法学部卒。1984年同大学院教育学研究科博士課程満期退学、1992年「形成期中学校教育の展開 -「淘汰と管理」の諸相」で教育学博士(東京大学)。1985年学習院大学教職課程専任講師、1987年助教授、1994年教授。2023年名誉教授。2009年(-2011年)東京大学大学院教育学専攻客員教授。専門は日本近代教育史、中等教育史、試験制度史。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
佐藤 健一(さとう けんいち、1953年 - )は、日本の電… 佐藤 健一(さとう けんいち、1953年 - )は、日本の電子工学者、工学博士。名古屋大学大学院教授、NTT R&D フェロー、IEEE フェロー、電子情報通信学会フェロー。東京都生まれ。
信田 聡(しだ さとし、1953年 - )は、日本の木材学者… 信田 聡(しだ さとし、1953年 - )は、日本の木材学者。元東京大学教授。株式会社木具定商店代表取締役社長。2020~2026(公社)日本木材加工技術協会会長。日本木材学会賞受賞。 東京生まれ。1976年東京農工大学農学部林産学科卒業。1982年東京大学大学院農学系研究科林産学専門課程博士課程修了、農学博士、北海道立林産試験場入所(乾燥研究室)。1987年東京大学農学部林産学科木質材料学講座助手。1992年日本木材学会賞受賞。1997年東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻助教授。2002年ブリティッシュコロンビア大学木材科学科客員助教授。2015年東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻教授。
柴山 雅俊(しばやま まさとし、1953年 - )は、日本の… 柴山 雅俊(しばやま まさとし、1953年 - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学。学位は、博士(医学)。東京女子大学教授。 摂食障害・境界例・解離性障害の精神病理を探求する。特に解離性障害の治療で知られる。 1953年愛知県に生まれる。1980年東京大学医学部医学科卒業。在学中は東大まんがくらぶの部長を経験しており、似顔絵やマンガがうまいとされる。2001年医学博士号取得(東邦大学)。都立豊島病院神経科、千葉刑務所医務部、虎の門病院精神科医長、東京大学医学部精神神経科講師を経て、東京女子大学現代教養学部人間科学科心理学専攻教授。東京女子大学心理臨床センター長。
田中 治彦(たなか はるひこ、1953年 - )は、日本の教… 田中 治彦(たなか はるひこ、1953年 - )は、日本の教育学者、上智大学総合人間科学部教授。社会教育、生涯学習、開発教育、国際教育論が専門で、青少年教育、特にボーイスカウト運動と、日本におけるその前身「少年団」についての研究・著作も多い。 東京生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程(社会教育コース)修了。 (財)日本国際交流センター、岡山大学教育学部教員、南北ネットワーク岡山代表、岡山YMCA理事を経て、1997年より立教大学文学部教授。2010年よりは上智大学総合人間科学部教育学科教授。開発教育協会代表理事、子どもの遊ぶ権利のための国際協会(IPA)会員、日本社会教育学会理事などを歴任。
鳥海 明(とりうみ あきら、1953年 - )は、日本の工学… 鳥海 明(とりうみ あきら、1953年 - )は、日本の工学者。東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 教授。 東京都出身。1978年東京大学理学部物理学科卒業、1983年東京大学大学院工学系研究科物理工学専門課程修了。 先進的なCMOS技術のためのデバイス物理学および材料工学への貢献が評価され、2016年にIEEEクレド・ブルネッティ賞を受章。
林 淳(はやし まこと、1953年 - )は、日本の宗教学者… 林 淳(はやし まこと、1953年 - )は、日本の宗教学者。東洋大学東洋学研究所客員研究員。専門は宗教学・日本宗教史。 札幌市生まれ。1976年東京大学文学部(宗教学専攻)卒業。1982年東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学文学部助手、愛知学院大学文学部専任講師、助教授を経て、1999年教授。2005年「近世陰陽道組織の研究」で博士(文学)(東京大学)。2023年専任教授を退任。2025年客員教授を退任。 主な研究領域は陰陽道研究、法然の思想研究、日本宗教史、日本宗教研究史、民俗学研究、海外宗教研究。1985年に赴任先の愛知学院大学で村山修一の『日本陰陽道史総説』(塙書房、1981年)をテキストとした大学院の講義に出席した。
福田 裕穂(ふくだ ひろお、1953年 - )は、日本の生物… 福田 裕穂(ふくだ ひろお、1953年 - )は、日本の生物学者・植物学者。専門は植物生理学、分子生物学。学位は理学博士(東京大学・1982年)。東京大学名誉教授。公立大学法人秋田県立大学理事長兼学長(2023年4月 - )。紫綬褒章受章(2012年)。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を経て、1982年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、理学博士の学位を取得。 大阪大学助手、ドイツマックス・プランク植物育種学研究所での在外研究、東北大学理学部助教授および教授を経て、1995年10月に東京大学大学院理学系研究科教授に就任した。 植物の維管束、特に水や養分を運ぶ「導管(道管)」の分化メカニズムの研究において世界的な業績を上げる。
古矢 修一(ふるや しゅういち 1953年 -)は、日本の薬… 古矢 修一(ふるや しゅういち 1953年 -)は、日本の薬学者、薬剤師、薬学博士。岡山大学副理事・中性子医療研究センター教授などを務める。 専攻は薬学(特に癌など)。
松村 一男(まつむら かずお、1953年 - )は、日本の神… 松村 一男(まつむら かずお、1953年 - )は、日本の神話学者、和光大学名誉教授。専攻は神話学、宗教史学。 千葉県市川市生まれ。東京都立日比谷高校3年次にAFS交換留学生(第18期)として米国カリフォルニア州に留学、ミラレステ高校を卒業。帰国後、日比谷高校卒業。1976年一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科宗教学宗教史学専攻修士課程修了。同博士課程進学後にフルブライト奨学生としてカリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学、インド=ヨーロッパ学博士課程修了(Ph.D.)。帰国後、東大大学院博士課程に復学し1986年に単位取得満期退学。 天理大学附属おやさと研究所助教授、人間学部宗教学科助教授、教授を経て1999年、和光大学人文学部芸術学科教授。
松村 淳子(まつむら じゅんこ、1953年(昭和28年) -… 松村 淳子(まつむら じゅんこ、1953年(昭和28年) - )は、日本の仏教学者、インド哲学者。元国際仏教学大学院大学教授。文学修士(東京大学)、Ph.D.(ゲッティンゲン大学)。旧姓 ; 赤柴。2021年(令和3年)に、5世紀に編集されたパーリ語による仏典注釈書(ダンマパダ・アッタヴァンナナー)の完訳本(全4巻)を上梓した。 静岡市生まれ。1972年(昭和47年)、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学文学部印度哲学印度文学卒業、同大学院人文科学研究科修士課程修了。オーストラリア国立大学アジア学研究科修士課程修了。ゲッティンゲン大学インド学仏教学専攻博士課程修了。神戸国際大学教授、国際仏教学大学院大学教授を経て、東洋大学大学院非常勤講師を務めた。
南 学(みなみ まなぶ、1953年 - )は、日本の政治学者… 南 学(みなみ まなぶ、1953年 - )は、日本の政治学者、行政学者。東洋大学客員教授。専門は自治体政策・経営・マネジメント、大学経営・教育。 神奈川県横浜市生まれ。1977年(昭和52年)、東京大学教育学部卒業。同年横浜市役所に就職、環境事業局・経済局を歴任。1989年(平成元年)、海外大学院留学派遣でカリフォルニア大学(UCLA)大学院に留学。修士(教育学)。 帰国後、市立大学事務局、市長室、企画局を歴任し、1999年(平成11年)退職。2000年(平成12年)、静岡文化芸術大学文化政策学部助教授に就任。 2002年(平成14年)から2004年(平成16年)まで、中田宏市長のもと横浜市参与兼務。
山田 正行(やまだ まさゆき、1953年 - )は、日本の教… 山田 正行(やまだ まさゆき、1953年 - )は、日本の教育社会学者、大阪教育大学名誉教授。 群馬県桐生市生まれ。父・政雄は水戸の航空隊の特攻隊員で、出撃前に終戦。第一子に「正行(まさゆき)」と名づけ、「まさつら」とも読むと教えた(『アイデンティティと時代』pp.19-20)。 1973年、亀有セツルメント加入(セツラー・ネームはブク)。1979年東京大学文学部社会学科卒、1984年同大学院教育学研究科博士課程満期退学。2006年「平和教育の思想と実践 宮原社会教育学の意義と継承」で博士(教育学)。東大教育学部助手、秋田大学助教授、教授、2003年大阪教育大学教授。2019年大阪教育大学名誉教授 。
油布 佐和子(ゆふ さわこ、1953年 - )は、日本の教育… 油布 佐和子(ゆふ さわこ、1953年 - )は、日本の教育学者。専門は教育社会学。早稲田大学教育学部教授。 大分県生まれ。1976年東京女子大学文理学部卒業。1987年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。同年、福岡教育大学教育学部講師、1990年同助教授、2002年同教授を経て、2008年早稲田大学教育・総合科学学術院教授。 日本教育社会学会理事。日本教師教育学会理事。日本学術会議連携会員。専攻は教育社会学。
横山 茂之(よこやま しげゆき、1953年 - )は、日本の… 横山 茂之(よこやま しげゆき、1953年 - )は、日本の分子生物学者・生物物理学者。理化学研究所特別招聘研究員。理学博士。東京大学名誉教授。専門は構造生物学。580億円もの巨額な公的研究費によって行われたタンパク3000プロジェクトの代表責任者であった。 タンパク3000プロジェクトとは、2002年からの5年間の間に、生命を司るのに重要なタンパク質のうち1/3に相当する約3000種以上のタンパク質の基本構造の解明およびその機能の解析を行うことを目標とした日本の国家プロジェクトであった。580億円という巨額の公的予算に見合う意義等について厳しい批判がNature誌や朝日新聞などに掲載された。横山らは批判に対して反論を行った。
奥平 俊六(おくだいら しゅんろく、1953年 - )は、日… 奥平 俊六(おくだいら しゅんろく、1953年 - )は、日本美術の研究者、大阪大学教授。日本・東洋美術史専攻。 愛媛県生まれ。1977年東京大学文学部美術史科卒、83年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。國華社研究員、1983年大阪府立大学総合科学部専任講師、1991年大阪大学文学部助教授、97年同文学研究科教授。京都国立博物館客員研究員、大和文華館評議員を務めた。
柴山 知也(しばやま ともや、1953年 - )は、日本の工… 柴山 知也(しばやま ともや、1953年 - )は、日本の工学者。早稲田大学理工学術院教授、横浜国立大学名誉教授。主な研究対象は沿岸域の防災であり、途上国での沿岸防災、東北地方太平洋沖地震津波、首都圏の津波・高潮などの研究を行っている。 妻は大妻女子大学教授の柴山真琴。
今井 照(いまい あきら、1953年 - )は、日本の行政学… 今井 照(いまい あきら、1953年 - )は、日本の行政学者、福島大学行政政策学類教授を経て、公益財団法人地方自治総合研究所特任研究員。専門は地方行政。 1953年神奈川県平塚市生まれ。1972年神奈川県立平塚江南高等学校卒業。1977年東京大学文学部社会学専攻課程卒業後、東京都教育委員会(学校事務)、東京都大田区役所(企画部、産業経済部、地域振興部など)に勤務、1999年から福島大学教授。2009年「「平成大合併」の政治学」で法政大学より博士(政策学)の学位を取得。 月刊誌『ガバナンス』(ぎょうせい発行)に「市民の常識VS役所のジョウシキ」を連載。
南風原 朝和(はえばら ともかず、1953年 - )は、日本… 南風原 朝和(はえばら ともかず、1953年 - )は、日本の教育心理学者。東京大学名誉教授。広尾学園中学校・高等学校校長。 沖縄県那覇市出身。1972年琉球政府立那覇高等学校卒業。文系も理系も興味があったので、国費・自費沖縄学生制度で東京工業大学工学部経営工学科に進学するため、東京工業大学工学部第4類に入学。しかし、進路が機械工学科と決定されたため、半年で中退し沖縄に帰郷した。 翌1973年、東京大学理科Ⅱ類に合格して入学、その後教育学部教育心理学科に進学し、1977年に卒業。同大学院修士課程中退、1979年アイオワ大学大学院教育学研究科教育心理・測定・統計学専攻修士課程、81年同博士課程修了(Ph.D. )。
諸川 春樹(もろかわ はるき、1953年 - )は、日本の西… 諸川 春樹(もろかわ はるき、1953年 - )は、日本の西洋美術史家、多摩美術大学教授。
竹信 三恵子(たけのぶ みえこ、1953年 - )は、日本の… 竹信 三恵子(たけのぶ みえこ、1953年 - )は、日本のジャーナリスト、和光大学教授、元朝日新聞記者。
新野 宏(にいの ひろし、1953年 - )は、日本の気象学… 新野 宏(にいの ひろし、1953年 - )は、日本の気象学者。東京大学大気海洋研究所教授、元日本気象学会理事長。研究分野は、地球流体力学・メソ気象力学。 2011年3月18日、日本気象学会理事長として、同学会会員にむけ、福島第一原子力発電所事故について、「・・・放射性物質の拡散は、防災対策と密接に関わる問題であり、適切な気象観測・予測データの使用はもとより、放射性物質特有の複雑な物理・化学過程、とりわけ拡散源の正確な情報を考慮しなければ信頼できる予測は容易ではありません。今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。
松本 三和夫(まつもと みわお、1953年 - )は、科学技… 松本 三和夫(まつもと みわお、1953年 - )は、科学技術社会学者。事業構想大学院大学教授。東京大学名誉教授。 1981年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学、1982年、城西大学専任講師、1985年、助教授、1993年、東京大学社会学博士。1995年、城西大学教授、1996年、東京大学大学院人文社会系研究科助教授(社会学)、2003年、教授。2007年12月15日、歴代の学部ゼミ生20数名による松本ゼミ総会が開催された。2018年定年退任、名誉教授。2018年4月から事業構想大学院大学教授就任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岩原 紳作(いわはら しんさく、1952年12月27日 - … 岩原 紳作(いわはら しんさく、1952年12月27日 - )は、日本の法学者。早稲田大学法科大学院教授。専門は商法、会社法、金融法。元日本私法学会理事長。東京都出身。
浜窪 隆雄(はまくぼ たかお、1952年(昭和27年)12月… 浜窪 隆雄(はまくぼ たかお、1952年(昭和27年)12月14日 - )は、日本の医学者、生化学者。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は、生化学、抗体医薬。
真行寺 千佳子(しんぎょうじ ちかこ、1952年12月8日 … 真行寺 千佳子(しんぎょうじ ちかこ、1952年12月8日 - )は、日本の生物学者。専門は細胞生理学。特に精子のべん毛運動の研究の成果は高く評価されている。学位は、博士(理学)(東京大学・論文博士・1992年)。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻准教授を経て、東京農工大学客員教授。 1952年、東京都生まれ。父は外科医。祖父も医師。雙葉中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科二類に進学。1976年3月、東京大学理学部生物学科卒業。1978年12月、同大学大学院理学系研究科博士課程中退。1979年1月から東京大学理学部生物学科(動物学教室)助手。1992年、東京大学より博士(理学)の学位(論文博士)を取得。
川人 貞史(かわと さだふみ、1952年(昭和27年)12月… 川人 貞史(かわと さだふみ、1952年(昭和27年)12月7日 - )は、日本の政治学者。博士(法学)(東京大学・論文博士・1993年)。東京大学名誉教授。北海道大学教授・東北大学教授・東京大学教授を経て、帝京大学教授。 専門は、日本政治、選挙研究。第一次資料に基づく実証分析を重視しつつ、新制度論政治学による日本政治についての理論構築を志向している。富山県西礪波郡福岡町赤丸生まれで、実父は神職で高岡第一高等学校長も務めた川人貞現。 略歴は以下のとおり。 指導教官は京極純一。
浅野 敏雄(あさの としお、1952年12月4日 - )は、… 浅野 敏雄(あさの としお、1952年12月4日 - )は、日本の経営者、薬学博士。旭化成社長を務めた。 富山県高岡市出身。1975年に東京大学薬学部を卒業し、同年に旭化成工業に入社。2010年4月に旭化成ファーマ代表取締役社長兼社長執行役員に就任し、翌年4月に旭化成執行役員も兼任した。2014年4月に社長執行役員に就任し、同年6月には代表取締役社長も兼任した。2016年に杭打ちデータ改ざん問題における責任を取る形で社長を辞任。昭和女子大学理事とがん研究会理事長を務めている。
荒川 泰彦(あらかわ やすひこ、1952年11月26日 - … 荒川 泰彦(あらかわ やすひこ、1952年11月26日 - )は、日本の工学者。専門は量子ナノデバイス工学。愛知県名古屋市千種区出身。 東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構量子イノベーション協創センター長、東京大学名誉教授。 東京大学の榊裕之名誉教授と共にそれまでの量子薄膜構造を更に高度化し、半導体中の電子を次元的に閉じこめるエピタキシャル量子ドット(epitaxial quantum dot)の概念を提示し、またその応用として量子ドットレーザーを提案した。
疋田 輝雄(ひきた てるお、1952年11月14日 - )は… 疋田 輝雄(ひきた てるお、1952年11月14日 - )は、日本の計算機科学者。 兵庫県西宮市出身。灘高等学校、東京大学理学部数学科卒業。東京大学理学系研究科修士課程修了。東京大学理学系研究科博士課程修了。東京大学理学部助手、東京都立大学講師、助教授を経て、明治大学理工学部教授。
佐藤 信(さとう まこと、1952年11月 - )は、日本の… 佐藤 信(さとう まこと、1952年11月 - )は、日本の日本古代史学者、東京大学名誉教授。学位は、博士(文学)(東京大学・論文博士・1997年)(学位論文「日本古代の宮都と木簡」))。 1952年、東京都で生まれた。1972年3月、私立武蔵高校[要出典]を卒業し、東京大学文学部に入学。1976年3月、東京大学文学部国史学専修課程を卒業。東京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程に進み、1978年3月に修士課程修了、1978年12月に博士課程を中退。 1979年1月、奈良国立文化財研究所研究員となり、平城宮跡発掘調査部で調査・研究にあたった。1985年4月から文化庁文化財保護部に勤務。 1989年4月、聖心女子大学文学部助教授に就任。
土屋 俊(つちや しゅん、1952年10月30日 - )は、… 土屋 俊(つちや しゅん、1952年10月30日 - )は、日本の言語哲学者。大学評価・学位授与機構特任教授。 東京都生まれ。桐朋高校を経て、東京大学教養学部卒、同大学院哲学専攻博士課程単位取得退学。妻は翻訳家の土屋希和子。千葉大学文学部教授を経て現職。言語哲学のほか図書館の電子化についても論じる。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
江原 由美子(えはら ゆみこ、1952年10月29日 - )… 江原 由美子(えはら ゆみこ、1952年10月29日 - )は、日本の社会学者。日本を代表するフェミニストの一人として、日本のフェミニズム理論に大きな功績を残した人物である。 旧東京都立大学名誉教授。横浜国立大学教授を経て、大妻女子大学人間生活文化研究所特別研究員。2005年より社団法人神奈川人権センター理事長。専門は、女性学、ジェンダー論、理論社会学。博士(社会学)(東京大学・2002年)。神奈川県生まれ。 1980年代に、キャリア初期の研究として、アルフレッド・シュッツの現象学的社会学に関する研究を行った。同じ時期に刊行された論考「差別の論理とその批判」は、「日本語圏の差別論にとって古典的な論文」と評されている。