忍足 欣四郎(おしたり きんしろう、1932年1月12日 -… 忍足 欣四郎(おしたり きんしろう、1932年1月12日 - 2008年3月26日)は、日本の言語学者、英文学者。東京都立大学名誉教授。 東京都に生まれる。1955年に東京大学文学部を卒業。 都立大学教授を退官後、白百合女子大学教授を2006年まで務めた。ベーオウルフの新訳で知られる。 2008年3月26日、脳梗塞のため死去。
東京大学:944人
忍足 欣四郎(おしたり きんしろう、1932年1月12日 -… 忍足 欣四郎(おしたり きんしろう、1932年1月12日 - 2008年3月26日)は、日本の言語学者、英文学者。東京都立大学名誉教授。 東京都に生まれる。1955年に東京大学文学部を卒業。 都立大学教授を退官後、白百合女子大学教授を2006年まで務めた。ベーオウルフの新訳で知られる。 2008年3月26日、脳梗塞のため死去。
吉川 道夫(よしかわ みちお、1932年1月7日 - 199… 吉川 道夫(よしかわ みちお、1932年1月7日 - 1997年5月7日)は、日本の英文学者。元中央大学教授。 英語学者・吉川美夫の子として富山県富山市に生まれる。1953年、富山大学卒。1955年、東京大学大学院修士課程修了。鳥取大学講師、金沢大学助教授を経て、1959年、中央大学法学部助教授、同教授。 1997年、脳梗塞のため死去。
渡邊 一民(わたなべ かずたみ、1932年1月5日 - 20… 渡邊 一民(わたなべ かずたみ、1932年1月5日 - 2013年12月21日)は、フランス文学者、文芸評論家。立教大学名誉教授。 東京生まれ。父は日東製粉代表取締役専務(常務)・渡辺昇。1955年東京大学文学部仏文科卒。1960年同大学院博士課程満期退学、立教大学一般教育部専任講師、1963年助教授。1965年立教大学文学部フランス文学科助教授、1970年教授。1981-1983年文学部長。1982年『岸田国士論』で亀井勝一郎賞を受賞した。1997年立教大学を定年退職。同年立教大学名誉教授の称号を受ける。 前妻は酒匂秀一の娘。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
道家 弘一郎(どうけ ひろいちろう、1932年 - )は、英… 道家 弘一郎(どうけ ひろいちろう、1932年 - )は、英文学者、聖心女子大学名誉教授。 東京大学卒、同大学院英文学専攻修士課程修了。岡山大学、國學院大学をへて、聖心女子大学教授、2003年定年退職、同大学キリスト教文化センター所員。ミルトンを中心にキリスト教文学を研究したほか、内村鑑三研究も行い、その全集編纂、英文著作の翻訳をおこなった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
青山 誠子(あおやま せいこ、1931年12月20日-202… 青山 誠子(あおやま せいこ、1931年12月20日-2022年8月30日)は、日本の英文学者。シェイクスピア、シャーロット・ブロンテなどが専門。青山学院大学名誉教授。 名古屋市生まれ。旧姓・白井。西洋史学者・青山吉信と結婚。1954年名古屋大学文学部英文科卒業。1956年東京大学大学院修士課程修了。1962年共立女子短期大学講師、助教授、1972年教授、1979年フェリス女学院大学教授、1983-85年図書館長、1987年青山学院大学教授、2000年定年退職、名誉教授。 訃報と追悼文2点がShakespeare Newsletter vol.62, No.2, 日本シェイクスピア協会、2023年3月発行に掲載。
入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3… 入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3日 - 2018年10月15日)は、日本の詩人・フランス文学者。日本芸術院会員。 第1詩集『倖せ それとも不倖せ』(1955年)以降、知的で技巧を凝らした独特の作品世界を築き、新境地を拓く。作品に『季節についての試論』(1966年)、『わが出雲・わが鎮魂』(1968年)、『遐い宴楽』(2006年)など多数。 島根県松江市出身。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せそれとも不倖せ」を出版。 詩集・詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は… 川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は、日本の英文学者、東京大学名誉教授。
蛭川 久康(ひるかわ ひさやす、1931年9月30日 - )… 蛭川 久康(ひるかわ ひさやす、1931年9月30日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。武蔵大学名誉教授。 東京府豊多摩郡戸塚町(現・東京都新宿区高田馬場)生まれ。1954年東京大学教養学部イギリス分科卒業。中学、高校教諭をへて、1965年玉川大学教養部専任講師、1966年助教授、1969年武蔵大学助教授、1973年教授、1997年定年となり特任教授。 現代英国小説、特にアイリス・マードックの研究で知られる。ほかに英国文化史が専門。
小野寺 健(おのでら たけし、1931年9月19日 - 20… 小野寺 健(おのでら たけし、1931年9月19日 - 2018年1月1日)は、日本の英文学者、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。東京大学英文科卒、同大学院に学び、1958年茨城大学専任講師、1962年横浜市立大学助教授、1967年英国リーズ大学に留学。横浜市立大学教授を96年定年退官、日本大学教授、2002年退職。文化学院・文芸学科講師。2018年1月1日午前3時5分、老衰のため死去した。86歳没。 20世紀の英国小説を専門とし、ジョージ・オーウェル、アニータ・ブルックナー、E・M・フォースターなど翻訳多数、またエッセイ集もある。
行方 昭夫(なめかた あきお、1931年9月14日 - )は… 行方 昭夫(なめかた あきお、1931年9月14日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学・東洋学園大学名誉教授。日本モーム協会会長。 東京生まれ。父は朝日生命保険社長を務めた行方孝吉。東京都立九段高等学校卒、1955年東京大学教養学部イギリス科卒業、1958年同英文科大学院修士課程修了、1966年東大教養学部助教授、1983年教授。1992年定年退官、東洋学園大学教授、学長を務めた。 朱牟田夏雄、上田勤に師事し、アメリカ文学者としてヘンリー・ジェイムズを専攻していたが、英文読解者としても多くの著作を刊行し、英文学、英語学の専門誌である英語青年において英文解釈練習のコーナーを長年隔月で担当。
上島 建吉(かみじま けんきち、1931年9月11日 - 2… 上島 建吉(かみじま けんきち、1931年9月11日 - 2015年7月2日)は、英文学者。 東京生まれ。東京都立大森高等学校卒、1954年東京大学教養学部イギリス科卒、同大学院人文科学研究科英文学博士課程満期退学。武蔵大学講師、1962年東大教養学部助教授、81年教授。92年定年退官、名誉教授、岐阜女子大学教授。2002年退職。英国ロマン主義が専門。
岩崎 力(いわさき つとむ、1931年8月12日 - 201… 岩崎 力(いわさき つとむ、1931年8月12日 - 2015年4月10日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 1931年、山形県生まれ。1954年、東京大学教養学部フランス科を卒業し、同大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化修士課程に進んだ。1957年、同大学大学院を修了。 卒業後は、東京外国語大学助教授となり、後に教授昇格。1966年4月28日、映画監督のジャン=リュック・ゴダールが初来日し、日本フィルムライブラリー助成協議会は本国で公開されて間もないゴダールの新作の『男性・女性』の上映会を東京国立近代美術館で開いた。岩崎はその日に行われたインタビューや質疑応答の通訳を務めた。
鈴木俊(すずき しゅん、1931年8月1日ー2019年8月1… 鈴木俊(すずき しゅん、1931年8月1日ー2019年8月15日)は、日本の詩人・ドイツ文学者・産婦人科医[要検証 – ノート]。 東京出身。本名・俊作。東京大学教育学部教育学科卒業。1954年大阪大学医学博士。大阪大学医学部講師、市立豊中病院などに勤務しながら詩、ドイツ詩の翻訳をものした[要検証 – ノート]。
小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本… 小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本の英文学者、鉄道史研究家、東京都立大学名誉教授。
岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 20… 岡松 和夫(おかまつ かずお、1931年6月23日 - 2012年1月21日)は、日本の小説家、国文学者。 福岡県福岡市出身。旧制福岡中学校、旧制福岡高等学校を経て、東京大学文学部仏文学科卒。1954年に東京大学文学部国文科に学士入学。 1955年、「百合の記憶」が「文藝」全国学生小説コンクール佳作第一席として青柳和夫の筆名で『文藝』に掲載される。この時の佳作同期に大江健三郎がいる。1956年に国文科卒業。大学院に入るがほどなく池田亀鑑が死去。翻訳家の平井呈一の姪である瀬山梅子と1957年に結婚。横浜学園高等学校に勤務。 1959年に「壁」で第9回文學界新人賞受賞。1964年に立原正秋が編集長格の同人誌『犀』に参加。
酒本 雅之(さかもと まさゆき、1931年5月14日 - )… 酒本 雅之(さかもと まさゆき、1931年5月14日 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。お茶の水女子大学・共立女子大学名誉教授。ラルフ・エマソン、ヘンリー・ソロー、ホイットマンなどを、長年翻訳・研究した。 岡山県生まれ。東京大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大助教授、教授、2002年まで共立女子大学教授。2011年瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
沢崎 順之助(さわさき じゅんのすけ、1931年5月10日 … 沢崎 順之助(さわさき じゅんのすけ、1931年5月10日 - 2021年4月12日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。昭和女子大学名誉教授。弟の沢崎浩平はフランス文学者。 研究対象は英国詩からアメリカ詩に移り、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズを専門とした。エドガー・アラン・ポオの短編・詩やT・S・エリオットなど古典の翻訳も行った。 1931年東京都生まれ。1953年東京大学文学部英文科を卒業。同大学院修士課程に進み、平井正穂に師事して英国詩を学ぶ。1955年に修了。 卒業後は、國學院大學講師、1961年東京都立大学講師、助教授、1969年にニューヨーク大学に留学。東京都立大学教授を経て、1989年より昭和女子大学教授。
芳賀 徹(はが とおる、1931年5月9日 - )は、日本の… 芳賀 徹(はが とおる、1931年5月9日 - )は、日本の文学研究者、比較文学者。国際日本文化研究センター・東京大学名誉教授、京都造形芸術大学名誉学長。
丸山 昇(まるやま のぼる、1931年5月4日 - 2006… 丸山 昇(まるやま のぼる、1931年5月4日 - 2006年11月26日)は、日本の中国文学者。東京大学名誉教授。実兄は推理作家・評論家の佐野洋。 東京府荏原郡池上町(現・東京都大田区)に生まれる。1949年に東京大学教養学部文科二類に入学する。在学中より学生運動、社会主義運動に参加した。1950年6月19日、日本共産党に入党する。1951年4月5日、出隆の東京都知事選挙の応援中に逮捕され、5月23日に釈放された。1952年のメーデー事件で同年6月1日に自宅で逮捕され、同事件の被告となる(1970年1月まで20年にわたる裁判をおこない勝訴)。1953年に東京大学文学部中国文学科を卒業し、引き続き大学院に進む。
平井 照敏(ひらい しょうびん、1931年(昭和6年)3月3… 平井 照敏(ひらい しょうびん、1931年(昭和6年)3月31日 - 2003年(平成15年)9月13日)は、日本の俳人・フランス文学者。青山学院女子短期大学名誉教授。本名・てるとし。 東京都生まれ。1954年(昭和29年)東京大学文学部仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化修士課程入学。1959年(昭和34年)詩集『エヴァの家族』を刊行、詩人として活動を始め、またフランス詩の研究も行う。青山学院短期大学に勤務しのち教授。2001年(平成13年)青山学院女子短期大学名誉教授。 1965年(昭和40年)ごろから俳句を作りはじめ、加藤楸邨に師事、「寒雷」に入会。寒雷賞受賞、同誌編集長になる。1974年(昭和49年)句集『猫町』を刊行、主宰誌「槇」を創刊する。
伊藤 利男(いとう としお、1931年3月31日 - )は、… 伊藤 利男(いとう としお、1931年3月31日 - )は、日本のドイツ文学者、九州大学名誉教授。 長野県生まれ。1954年東京大学文学部独文科卒業、1957年同大学院修士課程修了、文学部助手、1960年九州大学教養部講師、助教授、1971年文学部助教授、1985年教授、1995年定年退官、名誉教授。
清水 徹(しみず とおる、1931年3月31日 - )は、日… 清水 徹(しみず とおる、1931年3月31日 - )は、日本のフランス文学者・翻訳家。明治学院大学名誉教授。 東京府生まれ。1954年東京大学フランス文学科卒業、1956年同大学院修士課程修了、東京大学助手、國學院大學助教授、1965年明治学院大学文学部助教授、1970年教授。1986年同図書館長、1997年退職。 ヌーヴォー・ロマン作家のミシェル・ビュトールの研究、翻訳を行い、1967年に「時間割」の訳でクローデル賞。1985年に出版したマルグリット・デュラス『愛人』は、1992年に映画公開され文庫判はベストセラーになった。1991年、ビオイ=カサーレス『モレルの発明』の翻訳でBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞・文学部門。
神品 芳夫(こうしな よしお、1931年3月16日 - 20… 神品 芳夫(こうしな よしお、1931年3月16日 - 2024年2月11日)は、日本のドイツ文学者・詩人。東京大学教養学部教授を経て、東京大学名誉教授。退官後は、明治大学教授に就任。専門はリルケから、戦後ドイツ文学である。 東京都生まれ。東京大学大学院独語独文学専攻博士課程中退。 1962年東京大学教養学部助教授、教授を経て1992年定年退官、名誉教授。明治大学教授、2002年退職。 2005年、「自然詩の系譜 20世紀ドイツ詩の水脈」で第5回日本詩人クラブ「詩界賞」を受賞。 妻の神品友子(1932- )もドイツ文学者(東大院、拓殖大学名誉教授)。 神原芳之の筆名で2016年、第一詩集『青山記』出版。
成瀬 駒男(なるせ こまお、1931年3月12日 - 199… 成瀬 駒男(なるせ こまお、1931年3月12日 - 1995年8月14日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 神奈川県横浜市生まれ。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。國學院大学文学部助教授、教授。1995年8月14日、在任中に肝不全のため死去。 ルネサンスの民衆文化などを研究、『マルタン・ゲールの帰還』などアナール派の歴史書の翻訳で知られる。
田村 英之助(たむら えいのすけ、1931年〈昭和6年〉3月… 田村 英之助(たむら えいのすけ、1931年〈昭和6年〉3月4日 - )は、日本の英文学者、詩人。専門はイギリス・ロマン派。立教大学名誉教授。筆名は中崎 一夫。 1931年群馬県桐生市生まれ。1950年群馬県立桐生高等学校を卒業。1954年東京大学文学部英文科卒業[要出典]。1957年同大学院英語英文学研究課程修了。修士号を取得。茨城大学文理学部講師、中央大学法学部助教授、教授[要出典]、1977年立教大学文学部英米文学科教授。1996年定年退任、名誉教授[要出典]。中崎一夫の筆名で詩や児童書の翻訳を書いた。
大津 栄一郎(おおつ えいいちろう、1931年2月18日 -… 大津 栄一郎(おおつ えいいちろう、1931年2月18日 - 2013年1月17日)は、アメリカ文学者、翻訳家。明治学院大学名誉教授であった。 長崎県島原市生まれ。東京大学教養学部卒、同英文科大学院修了、東海大学助教授、明治学院大学教授を務め、ウラジーミル・ナボコフ、ヘンリー・ジェイムズなどを翻訳、研究した。晩年になって日本語に関心を深め『古事記』の現代語訳を刊行した。 ナボコフの『賜物』の翻訳については翻訳家の若島正から『翻訳の世界』誌の「改訳したい小説ベスト10」で多数の誤訳を指摘されたため、「若島正氏に反論する」を同誌に寄稿し反駁した。これに対する若島正の反論は『乱視読者の冒険 - 奇妙キテレツ現代文学ランドク講座』におさめられている。
猪俣 浩(いのまた ひろし、1931年2月5日 - 2002… 猪俣 浩(いのまた ひろし、1931年2月5日 - 2002年6月7日)は英文学者。学習院大学名誉教授。東京都出身。 1956年に東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程修士課程を修了。その後、東京水産大学助教授、千葉大学助教授を経て学習院大学英米文学科教授に就任した。主にイギリスルネサンス文芸とシェイクスピアを研究。 2002年6月7日午後8時15分、心不全の為、静岡県東伊豆町の病院で死去、71歳。墓所は川崎市春秋苑。
住谷 春也(すみや はるや、1931年〈昭和6年〉2月5日 … 住谷 春也(すみや はるや、1931年〈昭和6年〉2月5日 - 2024年〈令和6年〉6月9日)は、日本のルーマニア文学者。 ミルチャ・エリアーデやミルチャ・カルタレスクの翻訳を手掛けた。 旧制松本高校文科乙類(ドイツ語選択)在学中に 原口統三『二十歳のエチュード』に感銘を受けフランス語を学ぶ。1953年東京大学文学部フランス文学科卒。 出版社(学研など)勤務のかたわら、直野敦東京大学名誉教授に師事しルーマニア文学研究を志し、1978年にSFファンジン「イスカーチェリ」にトゥードル・ネゴイチァ「最適解」を翻訳掲載。1986年から1990年までルーマニア在住、ブカレスト大学文学部博士課程修了。1989年、反チャウシェスク民衆蜂起をバリケードの内側から見て手記を<Romania literara>1989最終第52号に発表。
磯田 光一(いそだ こういち、1931年(昭和6年)1月18… 磯田 光一(いそだ こういち、1931年(昭和6年)1月18日 - 1987年(昭和62年)2月5日)は、日本の文芸評論家、イギリス文学者。東京工業大学教授などを歴任。没後勲四等旭日小綬章受章。 1964年に三島由紀夫論『殉教の美学』を刊行し文壇に登場。戦後文学の再検討を進め、文学を通した近代論へと批評の幅を広げた。代表作に『永井荷風』、『思想としての東京』、『鹿鳴館の系譜』などがある。 神奈川県横浜市中区伊勢町(現・西区伊勢町)に生まれ、東京都葛飾区亀有育ち。東京府立第十一中学校(現・東京都立江北高等学校)3年の時に敗戦を迎え、1948年に第一高等学校 (旧制)入学。東京大学文学部英文学科に進学し、イギリス・ロマン派を専攻して卒業。
荒木 亨(あらき とおる、1931年1月16日 - 2009… 荒木 亨(あらき とおる、1931年1月16日 - 2009年8月31日)は、フランス文学・比較文学者。元国際基督教大学教授。 北海道生まれ。東京大学文学部仏文科卒、同大学院比較文学比較文化博士課程中退。ソルボンヌ大学を卒業後、1966年国際基督教大学講師。助教授、準教授を経て1978年教授。1992-1995年比較文化研究科長。2002年退任。
小塩 節(おしお たかし、1931年1月10日 - 2022… 小塩 節(おしお たかし、1931年1月10日 - 2022年5月12日)は、ドイツ文学者。中央大学名誉教授。フェリス女学院理事長。妻・小塩トシ子(1931- 、フェリス女学院大学名誉教授)は英文学者。 長崎県佐世保市生まれ。父は牧師小塩力。旧制松本高等学校文科乙類を経て、東京大学独文科卒、同大学院修了。 1958年、国際基督教大学専任講師、準教授、1967年からNHKの「ドイツ語講座」を1985年まで担当。 1970年、中央大学文学部教授、のち常任理事、在職のまま1985年から1988年まで駐西ドイツ・日本大使館公使、ケルン日本文化会館館長。 1997年中央大学退職、名誉教授、フェリス女学院院長、2004年理事長。
金井清一(かない せいいち、1931年- )は、日本の国文学… 金井清一(かない せいいち、1931年- )は、日本の国文学者、京都産業大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1957年東京大学文学部国文学科卒。65年同大学院博士課程満期退学。東京女子大学助教授、京都産業大学教授、2002年定年、名誉教授。『万葉集』をはじめ上代文学が専門。
河野 徹(こうの てつ、1931年 - 2018年)は、日本… 河野 徹(こうの てつ、1931年 - 2018年)は、日本の英文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 東京大学教養学部イギリス科卒業、同大学院英語英文学修士課程修了。法政大学教養部助教授、教授、2002年定年、名誉教授。
佐藤 勝(さとう まさる、1931年 -故人 )は、日本の国… 佐藤 勝(さとう まさる、1931年 -故人 )は、日本の国文学者。帝京大学名誉教授。専門は日本近現代文学。 香川県生まれ。東京大学文学部卒業。1960年同大学院博士課程満期退学、麻布学園教諭、1966年東京女子大学文理学部専任講師、助教授、71年教授、帝京大学教授、文学部長、2002年定年退任、名誉教授。
中島 敏夫(なかじま としお、1931年- )は、中国文学者… 中島 敏夫(なかじま としお、1931年- )は、中国文学者、愛知大学名誉教授。 1957年東京大学文学部中国文学科卒、1966年同大学院博士課程満期退学、学習院高等科教諭、1969年東大文学部助手、1970年愛知大学文学部専任講師、1972年助教授、1982年教授。1997年同現代中国学部教授、2002年定年退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
岩田 行一(いわた こういち、1930年12月24日 - 2… 岩田 行一(いわた こういち、1930年12月24日 - 2004年9月28日)は、日本のドイツ文学者。東京都立大学名誉教授。 旧制成蹊高等学校卒業(24回生)。 東京大学文学部独文科卒業。1994年まで東京都立大学教授、名誉教授。ノーベル文学賞受賞作家であるエリアス・カネッティの作品を多く翻訳した。 2004年9月28日、前立腺がんのため都内の病院で死去した。
小田島 雄志(おだしま ゆうし、1930年(昭和5年)12月… 小田島 雄志(おだしま ゆうし、1930年(昭和5年)12月18日 - )は、日本の英文学者、演劇評論家。東京大学名誉教授、東京芸術劇場名誉館長。日本演劇協会理事。豊島区芸術顧問。 姉の阿部明子(あかし)は東京家政大学名誉教授。妹の松村紀代子は、『文藝春秋』(文藝春秋)の編集者をへて、エッセイスト。次男の小田島恒志も英文学者、早稲田大学教授。恒志の妻の小田島則子も英文学者、翻訳家。 1930年(昭和5年)満洲・奉天市(現:瀋陽市)生まれ。父興三は南満州鉄道勤務。母都子(とし)は裏千家茶道の先生。姉に阿部明子(あかし)。妹紀代子(松村紀代子:英文学者・エッセイスト)。5歳のとき新京(現長春市)に引っ越す。
工藤 昭雄(くどう あきお、1930年12月3日 - 201… 工藤 昭雄(くどう あきお、1930年12月3日 - 2010年12月17日)は、日本の英文学者、旧・東京都立大学名誉教授。 青森県北津軽郡板柳町生まれ。東京大学文学部英文科卒業。東京都立大学助教授、教授、1994年に定年退官、名誉教授、学習院大学教授を務め、2001年退任。 当初英国の現代文学を研究、翻訳し、のちV・S・ナイポールなど植民地文学に移った。 2010年12月17日、肺炎のため東京都文京区の病院で死去。80歳没。叙従四位、瑞宝中綬章追贈。
鎧 淳(よろい きよし、1930年11月24日 - 2015… 鎧 淳(よろい きよし、1930年11月24日 - 2015年5月22日)は、日本のインド古典文学者。 福島県会津若松市に生まれる。1958年東京大学文学部宗教学宗教史学科卒業。ユトレヒト大学に留学、1968年文学博士。師のヤン・ゴンダの元で、改めてユトレヒト大学で勤務後に帰国し、金沢大学教授。1974年に『サンスクリット語初等文法』で第10回日本翻訳文化賞を受賞。1994年定年退官、名誉教授。古代サンスクリット文学が専門。
南原 實(なんばら みのる、1930年11月12日 - 2… 南原 實(なんばら みのる、1930年11月12日 - 2013年11月12日)は、ドイツ文学者。東京大学名誉教授。 1930年、東京府で生まれた。武蔵高等学校を経て、東京大学文学部独文科に進学。同大学を卒業後、同大学大学院へ進んだ。 1969年に東京大学教養学部助教授に就任し、ドイツ語を講じた。後に教授昇進。1991年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。 2013年11月12日に膵臓がんのため死去。82歳没。 「青樹簗一」の名でレイチェル・カーソンの『沈黙の春』を訳した。
斉藤 忠利(さいとう ただとし、1930年11月10日 - … 斉藤 忠利(さいとう ただとし、1930年11月10日 - 2003年7月21日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 千葉県四街道町(現在の四街道市)出身。旧制千葉県立佐倉中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)、東京大学文学部を経て東京大学大学院を修了。一橋大学教授、日本女子大学教授を経て一橋大学名誉教授。一橋大学探検部初代顧問。 2003年7月22日、72歳で急性呼吸不全のため死去。
田中 倫郎(たなか みちお、1930年10月27日 - 20… 田中 倫郎(たなか みちお、1930年10月27日 - 2021年6月18日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。跡見学園女子大学名誉教授。 広島県生まれ。東京大学文学部卒。一貫してマルグリット・デュラスの作品を翻訳した。跡見学園女子大学教授を勤め、2001年定年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
犬飼 和雄(いぬかい かずお、1930年9月25日 -202… 犬飼 和雄(いぬかい かずお、1930年9月25日 -2024年1月1日)は、日本の英文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 山梨県出身。東京大学大学院英文学専攻修士課程修了、高校教師をしながら小説を書き、1968年「緋魚」で文学界新人賞受賞。その後法政大学第一教養部助教授、社会学部教授。 古代史研究にのめり込み、「日本古代史の漢字が書かれた資料を読み解くためには、古代中国語の知識が必要」と実感。1989年、中国・四川省に渡り、四川大学の客員教授として研究に打ち込んだ。1996年定年退任後、中国文化研究所を作り所長を務める。 翻訳のほか、児童文学や、古代研究の著作がある。金原瑞人、赤木かん子の師匠。
坂内 正(さかうち ただし、1930年8月5日 - )は、ド… 坂内 正(さかうち ただし、1930年8月5日 - )は、ドイツ文学者、文芸評論家。新潟県生まれ。東京大学卒。カフカを研究し、1990年『カフカの「アメリカ(失踪者)」で平林たい子文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
野島 秀勝(のじま ひでかつ、1930年8月1日 - 200… 野島 秀勝(のじま ひでかつ、1930年8月1日 - 2009年2月21日)は、日本の文芸評論家、英米文学者。 東京市新宿生まれ。東京外国語大学卒業、1958年東京大学大学院英文科博士課程満期退学。同年、お茶の水女子大専任講師、1963年助教授、1964年から一年間、フルブライト研究員としてコロンビア大学に留学、1975年教授。94年定年退官、名誉教授。 1955年頃より評論活動を開始、佐伯彰一らの『批評』同人となる。1981年『迷宮の女たち』で亀井勝一郎賞受賞。ロマン主義の誠実概念を核とした近代思想の矛盾を突く歯切れのよい文章で知られる。英米双方の文学を専門とする一方、日本文学の評論も手掛けた。
神沢 栄三(かみざわ えいぞう、1930年7月16日 - 1… 神沢 栄三(かみざわ えいぞう、1930年7月16日 - 1998年8月17日)は、日本のフランス文学者。名古屋大学名誉教授。 富山県出身。旧姓・武島。1959年東京大学大学院満期退学、明治大学教養部助教授、1971年名古屋大学文学部助教授、教授、1994年定年退官、名誉教授。中世フランス語フランス文学専攻。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。 項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。
柳井 滋(やない しげし、1930年6月22日 - 2008… 柳井 滋(やない しげし、1930年6月22日 - 2008年3月27日)は、国文学者。成蹊大学名誉教授。中古文学、特に源氏物語が専門。東京生まれ。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
橋口 稔(はしぐち みのる、1930年5月30日 -2020… 橋口 稔(はしぐち みのる、1930年5月30日 -2020年9月18日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て、同名誉教授。 1930年、神奈川県で生まれた。東京大学教養学部英文科で学び、1953年に卒業。 卒業後は、東京大学教養学部助手に採用された。その後、専任講師、助教授、教授に昇格。1991年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は鶴見大学教授を務め、2001年に退職。 2020年に死去。墓は多磨霊園にある。 専門は英文学で、20世紀の英国文学を専門とした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
堀 源一郎(ほり げんいちろう、1930年5月19日 - 2… 堀 源一郎(ほり げんいちろう、1930年5月19日 - 2023年3月14日)は日本の天文学者。専門は天体力学。東京大学名誉教授。 東京府北豊島郡日暮里町(現・東京都荒川区西日暮里)出身。荒川区立真土小学校(現・荒川区立ひぐらし小学校)から東京市立第二中学校(現・東京都立上野高等学校)に進み、その後第一高等学校を経て学制改革で東京大学を再受験し、東大理科に入学した。 萩原雄祐の弟子で、専門は師の萩原と同じく天体力学。天体力学の中でも、惑星、衛星、人工衛星の長年運動理論の世界的権威であり、特に1966年に発表した正準変数による一般摂動理論は、2020年7月現在で実に390篇の他の論文に引用されている。
滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 199… 滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 1996年11月11日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。東京大学名誉教授。 東京出身。父は実業家の瀧田英二、母は元女優の花柳はるみ。第八高等学校、東京大学文学部仏文科卒、同大学院に学び、1957年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1990年、定年退官、名誉教授。現代フランス文学を中心に多くの翻訳をした。妹は瀧田あゆち。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。