林 俊伍(はやし しゅんご、1986年11月29日 - )は… 林 俊伍(はやし しゅんご、1986年11月29日 - )は、石川県出身の社会起業家であり実業家。貸切宿「旅音」事業をプロデュースする、株式会社こみんぐるの取締役。株式会社ゲンダイシュウラクの代表取締役社長。 1986年生まれ。石川県出身。 金沢大学理学部へ進学。5歳から柔道を初め、現在は金沢大学柔道部の監督を務める。 卒業後は、豊田通商株式会社に新卒入社し、東京、名古屋で勤務。その後、退職。 愛知県の私立高校で非常勤講師を勤めた後、2016年3月に金沢へ帰郷。2016年5月、妻の佳奈とこみんぐるを創業。 「金沢ファンを世界中に作り、100年後も家族で暮らしたい地域を作る」をビジョンに掲げ、金沢市内で貸切宿『旅音/TABI-NE』を23棟経営。
黒石 健太郎(くろいし けんたろう、1984年1月3日 - … 黒石 健太郎(くろいし けんたろう、1984年1月3日 - )は、日本の政治家、実業家。岡山県瀬戸内市長(1期)。株式会社ハワーズ代表取締役社長。元金沢大学特任准教授。 岡山県岡山市中区生まれ。朝日塾小学校、淳心学院中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。 2006年、株式会社リクルートへ入社後、採用・育成等に従事。 2013年に、起業の学校「WILLFU」を運営する株式会社ウィルフを創業。2013年に、サイバーエージェント主催の起業家コンテスト「アントレプレナーイノベーションキャンプ」にて優勝し、サイバーエージェント(代表取締役:藤田晋)を引受先とする第三者割当増資を実施。その後、2014年には、Mistletoe(代表取締役:孫泰蔵)、クックパッド(代表取締役:穐田誉輝)、LIFULL(代表取締役:井上高志)、East Ventures(代表パートナー:松山太河)、efu Investment(パートナー:福武英明)を引受先とする第三者割当増資を実施。
若生 幸也(わかお たつや、1983年 - )は、日本のシン… 若生 幸也(わかお たつや、1983年 - )は、日本のシンクタンク経営者、公共政策学者、コンサルタント。株式会社日本政策総研専務取締役。専門は地域政策、自治体経営、規制改革、政策評価、自治体DX。 岐阜県関市出身。2006年に金沢大学法学部公共システム学科を卒業後、2008年に東北大学公共政策大学院を修了(総長賞受賞)。 同年、株式会社富士通総研に入社。自治体経営や府省の受託調査を中心としたコンサルティングに従事する。2011年から2013年にかけては、北海道大学公共政策大学院に専任講師として在籍出向した。2020年に富士通総研公共政策研究センター長に就任。 2022年4月より株式会社日本政策総研に移り、副理事長・研究主幹を経て、2023年に理事長・取締役に就任。
向井 永浩(むかい ひさひろ、1977年11月12日 - )… 向井 永浩(むかい ひさひろ、1977年11月12日 - )は、日本の実業家、元エンジニア。人工知能(AI)対話システムの研究開発を行うベンチャーの株式会社Nextremer の代表取締役CEO。 向井永浩 (hisahiromukai) - Facebook
池田 健三郎(いけだ けんざぶろう、1968年(昭和43年)… 池田 健三郎(いけだ けんざぶろう、1968年(昭和43年)10月21日 - )は、日本の経済評論家、政策アナリスト、シンクタンク代表、コンサルタント、実業家、コレクター。公共政策調査機構理事長。共同ピーアール総合研究所長。元関西学院大学大学院経営戦略研究科客員教授。三桂所属。 神奈川県出身。神奈川県立横須賀高等学校、金沢大学法学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科公共経営専攻(専門職学位課程)修了。 1992年(平成4年)、日本銀行に入行(総合職)し、調査統計局、国際局、金融市場局などを経る。1999年(平成11年)6月、人事局付を最後に日本銀行を退職。 以降は、シンクネット・センター21主任研究員、日本政策フロンティア専務理事、日本再生プログラム推進フォーラム常務理事、大樹総研所長、公共政策調査機構理事長、共同ピーアール総合研究所(PR総研)所長など民間シンクタンクの要職を経る。
松田 光司 (まつだ こうじ、1962年11月 - ) は、… 松田 光司 (まつだ こうじ、1962年11月 - ) は、日本の実業家。 石川県小松市出身。石川県立小松高等学校(33回)を経て、1985年に金沢大学経済学部経済学科を卒業し、北陸電力入社。 主に営業部門を歩き、営業部料金企画チーム統括・兼営業推進部課長、経営企画部経営戦略チーム統括課長、営業推進部長を経て、2016年6月執行役員営業本部エネルギー営業部長。2018年6月執行役員石川支店長。2019年6月取締役常務執行役員、2020年6月取締役常務執行役員営業本部長。 2021年6月、代表取締役社長・社長執行役員に就任。
石橋 正好(いしばし まさよし、1961年3月27日 - )… 石橋 正好(いしばし まさよし、1961年3月27日 - )は、日本の実業家。朝日不動産代表取締役社長。富山県賃貸住宅経営者協会会長。全国賃貸管理ビジネス協会理事。 富山県新湊市(現射水市)港町で水産加工会社の次男として生まれる。富山県立高岡高等学校、金沢大学工学部を卒業後、金沢に本拠地を置くアパグループに入社。総務部、建設部、営業部を経験。アパでのモーレツ社員としての体験はその後の石橋に大きな影響を与えた。その後、父親の経営する賃貸業に特化する朝日不動産に入社。自らの投資経験に基づ基づいた不動産投資ノウハウ本の執筆やセミナーの実施、テレビ・ラジオ出演がある。地方都市ではキャピタルゲインが期待できないため、フロー(インカムゲイン)を主体とした投資を推奨し、具体的には「二刀流投資」を唱え、「地方でキャッシュを蓄え、値上がりが期待できる都心に投資する」というモデルを提案している。
山内 雅喜(やまうち まさき、1961年 - )は、日本の実… 山内 雅喜(やまうち まさき、1961年 - )は、日本の実業家、ヤマトホールディングス㈱社長。長野県出身。
四藤 慶一郎(よつふじ・けいいちろう、1960年(昭和35年… 四藤 慶一郎(よつふじ・けいいちろう、1960年(昭和35年)9月27日 - )は、日本の実業家。阪神タイガース代表取締役社長オーナー代行者を務めた。 大阪府大阪市出身。金沢大学経済学部卒業後、1984年阪神電気鉄道入社。経理部や不動産部門での勤務を経て、秘書部長、総務部勤務部長等を経て、2009年阪神タイガース取締役総務部長。2010年阪神タイガース常務取締役広報部長。2012年阪神タイガース専務取締役。2015年阪神タイガース代表取締役社長。 阪神タイガース出向以前には、不動産部門で西梅田の再開発事業に携わっていた経験などから、阪急阪神ホールディングスの不動産事業統合に合わせた人事異動に伴い、阪神タイガース参与待遇を経て、2017年阪神電気鉄道執行役員不動産事業本部副本部長。
平岡 昭良(ひらおか あきよし、1956年 - )は、日本の… 平岡 昭良(ひらおか あきよし、1956年 - )は、日本の実業家。BIPROGY(旧・日本ユニシス)社長。石川県美川町(現、白山市)出身。 金沢大学附属高等学校を経て、1980年に早稲田大学理工学部を卒業。同年、日本ユニバック(現・BIPROGY)入社。2002年に同社執行役員、2005年に取締役常務執行役員に就任。2011年6月に代表取締役専務執行役員に昇進。2016年4月より現職。2024年3月末日をもって、代表取締役社長を辞任し取締役になるとともに、2024年6月開催予定株主総会終了後に顧問に就任した。 実家は魚店や仕出し、料理店などを営む自営業。 高校時代は、授業を抜け出してナナハン(排気量750CCの大型バイク)にまたがり、仲間と駆け巡っていた。
嵩元 盛兼(たけもと せいけん、 (1955-04-25) … 嵩元 盛兼(たけもと せいけん、 (1955-04-25) 1955年4月25日(71歳) - )は、日本の実業家、教育行政関係者。元沖縄セルラー電話常務取締役、元浦添市教育長。 沖縄県沖縄市出身。沖縄県立コザ高等学校を経て、国費沖縄学生制度により金沢大学へ進学した。 1981年、琉球石油株式会社(現・りゅうせき)に入社した。その後、参議院議員・稲嶺一郎の秘書を務めた。 1991年、沖縄セルラー電話営業部長に就任し、1994年に同社取締役営業部長に就任した。以後、取締役管理部長、取締役法人営業部長、取締役役員室長などを歴任した。2007年に常務取締役内部統制・リスク管理部門担当兼役員室長、2009年に常務取締役リスク管理部門担当兼渉外・広報部長となり、2010年6月に常勤監査役に就任した。
上野 唯泰(うえの ただやす、1953年3月15日 - )は… 上野 唯泰(うえの ただやす、1953年3月15日 - )は、日本の実業家。株式会社インテック取締役会長を務めた。 富山県出身。1976年金沢大学工学部電子工学科卒業、インテック入社。1996年第三金融システム部長。2000年新海外プロジェクトチーム統括プロジェクトマネージャー。2002年第一金融システム部長。2004年Metro計画推進本部副本部長。2005年東京業務部長。2007年執行役員経営管理本部長。2007年執行役員人事部長。2011年取締役人事部長。 2013年アイ・ユー・ケイ取締役副社長。2015年常務取締役総務部・秘書室・東京総務部担当。2017年取締役常務執行役員コーポレート、内部統制、コンプライアンス、リスク管理、情報セキュリティ担当、業務管理本部長。
安宅 建樹(あたか たてき、1950年7月13日 - )は… 安宅 建樹(あたか たてき、1950年7月13日 - )は、日本の経営者。北國銀行頭取を務めた。 石川県金沢市出身。1973年に金沢大学法文学部を卒業し、同年4月に北國銀行に入行した。1998年6月に取締役に就任し、2002年6月に常務、2004年6月に専務を経て、2006年6月には頭取に就任。2020年6月には会長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
深山 彬(みやま あきら、1941年3月30日 - )は、… 深山 彬(みやま あきら、1941年3月30日 - )は、日本の経営者。北國銀行頭取を務めた。 石川県出身。1963年に金沢大学法文学部を卒業し、同年4月に北國銀行に入行した。1992年6月に取締役に就任し、1996年6月に常務、1997年10月に専務を経て、1998年12月には頭取に就任。2006年6月に会長に就任し、2013年6月には相談役に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
藤嶋 輝義(ふじしま てるよし、1940年2月13日 - )… 藤嶋 輝義(ふじしま てるよし、1940年2月13日 - )は、日本の経営者。日本ペイント社長、会長を務めた。 石川県出身。1963年に金沢大学理学部化学科し、同年4月に日本ペイントに入社。1991年4月に理事に就任し、1993年6月に取締役、1995年6月に常務、1997年6月に専務を経て、2001年6月には社長に就任。2005年6月には非常勤相談役に就任。
小田 禎彦(おだ さだひこ、1940年(昭和15年)2月7日… 小田 禎彦(おだ さだひこ、1940年(昭和15年)2月7日 - )は、日本の実業家、和倉温泉・加賀屋元代表取締役会長・社長、現・代表取締役相談役、公益社団法人石川県観光連盟理事長、一般社団法人能登半島広域観光協会理事長、和倉温泉観光協会会長、公益財団法人日本交通公社評議員、JTB元取締役、JTB協定旅館ホテル連盟元会長。妻は小田真弓。 1940年、石川県七尾市生まれ。1955年3月、金沢大学教育学部附属中学校を卒業。1958年3月、金沢大学教育学部附属高等学校を卒業。1962年3月、立教大学経済学部経営学科を卒業後、加賀屋に入社。 1979年に代表取締役社長、2000年代表取締役会長に就任。 石川県人事委員会委員、石川県観光連盟理事長、七尾商工会議所副会頭、和倉温泉観光協会会長、能登半島広域観光協会理事長などの公職を務め、観光業の発展に尽力し、2003年には政府選定の「観光カリスマ」に選ばれた。
吉居 亨(よしい とおる、1940年1月2日 - 2017年… 吉居 亨(よしい とおる、1940年1月2日 - 2017年1月13日)は、日本の経営者。山善社長を務めた。滋賀県米原市出身。 1963年に金沢大学法文学部を卒業し、同年に山善に入社。 1986年12月に取締役に就任し、1991年4月に常務、1999年5月に専務を経て、2001年6月に副社長に就任し、2003年4月には社長に昇格。2014年10月には会長に就任。 2017年1月13日肺ガンのために死去。77歳没。
粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023… 粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023年3月24日)は、日本の政治家、実業家。位階は正五位。参議院議員(1期)を務めた。 1957年金沢大学附属高等学校卒業。1983年、全国電気通信労働組合(全電通)石川県委員長を経て衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧石川県第2区(現在の石川3区)から立候補するが落選する。1989年、第15回参議院議員通常選挙に連合の会(後の民主改革連合)から立候補。定数1の石川県選挙区で現職で自由民主党公認の嶋崎均を抑えて初当選する。 1993年、奥田敬和の自民党離党、新生党結成により協力関係を構築し、翌年の県知事選で推薦した谷本正憲が当選したことで県政の主流派に属する。
新木 富士雄(しんき ふじお 1937年2月21日 - )は… 新木 富士雄(しんき ふじお 1937年2月21日 - )は、日本の経営者。北陸電力・富山エフエム放送代表取締役会長、北陸経済連合会会長、NPO法人日本防災士機構評議員。福井県出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
高畑 敬一(たかはた けいいち、1929年12月8日 - 2… 高畑 敬一(たかはた けいいち、1929年12月8日 - 2020年2月8日)は、日本の実業家、労働運動家。松下電器産業常務取締役、松下電器産業労働組合中央執行委員長。 1929年(昭和4年)富山県出身。 1950年(昭和25年)、金沢高等工業学校 (現・金沢大学理工学域)機械工学科卒業。同年、松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)に入社。同社入社後、関西大学第二部(夜間部)に編入し、1953年関西大学経済学部を卒業。1953年(昭和28年)労組委員長。1983年(昭和58年)松下電器取締役を経て、1990年(平成2年)取締役常務に就任した。 2020年 6月4日、老衰のため死去。90歳没。
嵯峨 逸平(さが いっぺい、1927年10月29日 - 20… 嵯峨 逸平(さが いっぺい、1927年10月29日 - 2007年12月28日)は、石川県金沢市出身の実業家。北陸放送の元社長・会長で、世界連邦運動協会石川県連合会の会長も務めていた。金沢工業専門学校(金沢大学工学部の前身校)卒業。 父は北國新聞社第5代目社長で、北陸放送と金沢工業大学の創設者でもある嵯峨保二。兄は北國新聞社第6代社長を務めた嵯峨喬。長男は北陸放送代表取締役社長を務めた嵯峨春平。孫はTBSテレビプロデューサーの嵯峨祥平と、元ミス日本のさがゆりこ。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
三橋 勲(みつはし いさお、1907年 - 1984年)は、… 三橋 勲(みつはし いさお、1907年 - 1984年)は、日本の実業家、学校経営者。元学校法人旭川大学理事長。北海道旭川市出身。 この他、公職として旭川経営者協会会長や、旭川ロータリークラブ会長、旭川信用金庫理事などを歴任。 髙木正雄『北海道建設人物事典』(北海道建設新聞、2008年) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
土川 元夫(つちかわ もとお、1903年〈明治36年〉6月2… 土川 元夫(つちかわ もとお、1903年〈明治36年〉6月20日 - 1974年〈昭和49年〉1月27日)は日本の実業家。名古屋鉄道社長など歴任。勲一等瑞宝章受章。 1903年6月、愛知県中島郡一宮町(現在の一宮市)に生まれる。旧制愛知県第一中学校(現在の愛知県立旭丘高等学校)・第四高等学校(現在の金沢大学)を経て、1928年京都帝国大学を卒業し、(旧)名古屋鉄道(後に名岐鉄道、愛知電気鉄道との合併を経て(現)名古屋鉄道となる)へ入社。1945年11月には運輸部長、同年12月に運輸部長の職責のまま名鉄労組の初代執行委員長に就任。 1946年5月同社取締役、1949年6月常務取締役、1953年2月専務取締役、1955年1月取締役副社長を経て、1961年12月2日取締役社長に就任。
三好 竹勇(みよし ちくゆう、1902年(明治35年)4月1… 三好 竹勇(みよし ちくゆう、1902年(明治35年)4月13日 - 1987年(昭和62年)11月25日)は、昭和期の漁業経営者・政治家。衆議院議員。 石川県金沢市出身。1927年(昭和2年)金沢医科大学附属薬学専門部を卒業した。 北海道白老郡白老村(現白老町)に移住し、漁業、薬局、整骨院を営む。1933年(昭和8年)から1947年(昭和22年)まで白老村会議員に在任。所得税調査委員、白老商業協同組合理事長、苫小牧工業学校(現北海道苫小牧工業高等学校)嘱託教師、胆振漁業会会長などを務めた。1947年4月、第23回衆議院議員総選挙で北海道第4区から民主党所属で出馬して当選。1949年(昭和24年)1月の第24回総選挙では落選し、衆議院議員を1期務めた。
松井 貞太郎(まつい ていたろう、1884年(明治17年)1… 松井 貞太郎(まつい ていたろう、1884年(明治17年)1月20日 - 1952年(昭和27年)9月3日)は、大正から昭和時代前期の政治家、実業家。奈良県奈良市長。貴族院多額納税者議員。 奈良市出身。松井元淳の長男として生まれる。奈良県立五條中学校(現・奈良県立五條高等学校)、第四高等学校(現・金沢大学)大学予科第一部を経て、京都帝国大学法科に入学するが中途退学する。 製墨業を営み、1921年(大正10年)10月に奈良製墨同業組合長に就任。ついで産業銀行監査役などを経て、1927年(昭和2年)2月に奈良市町総代協会長に当選。さらに同年4月に奈良市学務委員、6月に奈良実業協会総務委員長に推された。