濱田 浩一郎(はまだ こういちろう、1983年4月8日–)は… 濱田 浩一郎(はまだ こういちろう、1983年4月8日–)は、日本の歴史学者、作家、評論家。専門は日本中世史。 大阪府生まれ、兵庫県相生市出身。2002年に兵庫県立相生高等学校卒業すると皇學館大学文学部国史学科に入学し、歴史学者の恵良宏に指導を受ける。2006年に同学部を卒え、同学大学院の文学研究科博士前期課程に進む。同研究科では歴史学者の上横手雅敬に師事し国史学を専攻、博士前期課程を修める。同科博士後期過程は2011年に単位取得を満了して退学する。 2010年に大学院の籍を保ちながら姫路獨協大学播磨学研究所に研究員として赴く(2012年に非常勤講師)。兵庫県立大学内播磨学研究所の研究員を務め、姫路日ノ本短期大学では非常勤の講師として教壇に立ち、また客員研究員に招かれた大阪観光大学の観光学研究所で研鑽を積む。
谷口 裕信(たにぐち ひろのぶ、1975年 - )は、日本の… 谷口 裕信(たにぐち ひろのぶ、1975年 - )は、日本の歴史学者。島根県大田市出身。日本近代史、地方行政史が専門。現在、皇學館大学文学部国史学科教授。 『近代日本の地方行政と郡制』(吉川弘文館、2022年)ISBN 9784642039147
遠藤 慶太(えんどう けいた、1974年 - )は、日本の歴… 遠藤 慶太(えんどう けいた、1974年 - )は、日本の歴史学者、皇學館大学文学部国史学科教授。専門は日本古代史。 兵庫県明石市生まれ。1997年(平成9年)皇學館大学文学部国史学科卒業。2004年大阪市立大学大学院文学研究科博士後期課程修了、「平安勅撰史書研究 古代史書の本文と枠組み」で文学博士。2004年(平成16年)皇學館大学史料編纂所助手。2007年講師。2010年准教授。2013年同大学研究開発推進センター准教授。2017年同大学文学部国史学科准教授。2018年(平成30年)に皇學館教授(古代史担当教授)。
足立 尚計(あだち しょうけい、本名:角鹿 尚計(つのが な… 足立 尚計(あだち しょうけい、本名:角鹿 尚計(つのが なおかづ)、1960年6月30日- )は、日本の歴史学者、神道学者、歌人、エッセイスト、神職。福井県立大学客員教授。福井市立郷土歴史博物館元館長(第17代)、博士(文学)学位請求論文「古代氏族とその祭祀の研究-越前地方を中心に-」。日本文藝家協会・現代歌人協会・日本ペンクラブ・日本歌人クラブ会員。明治維新防長殉難者顕彰会会員、白鷺舎(松平春嶽・橋本左内の顕彰・研究の会=雀部なぎさ代表・東山成江副代表)顧問。『短歌人』同人。福島泰樹に師事。氣比神社(福井県越前町気比庄)他兼務9社の宮司を勤める。大阪市天王寺生まれ(実家の先祖は山口県萩市出身、現本籍福井県)。
松浦 光修(まつうら みつのぶ、1959年(昭和32年) -… 松浦 光修(まつうら みつのぶ、1959年(昭和32年) - )は、日本の歴史学者。皇學館大学文学部国史学科教授。専門は日本思想史。「大国隆正の研究」により國學院大學から博士(神道学)。
平泉 隆房(ひらいずみ たかふさ、1954年2月19日 - … 平泉 隆房(ひらいずみ たかふさ、1954年2月19日 - 2024年8月16日)は、日本の歴史学者、神職。金沢工業大学教授・平泉寺白山神社宮司・玄成院第二十六世・日本学協会理事長。専門は日本中世史、神道史。博士(文学)。 福井県勝山市に生まれる。平泉寺白山神社宮司で東京帝国大学教授なども務めた平泉澄を祖父、同じく同神社宮司で金沢工業大学教授をつとめた平泉洸を父にもつ[要出典]。妻は作家の大庭桂。 福井県立勝山高等学校を卒業後、1976年(昭和51年)皇學館大学文学部国史学科卒業、同大学院文学研究科修士課程を経て、1981年(昭和56年)同博士課程単位取得退学。大学院では、日本中世史を上横手雅敬・鎌田純一に学ぶ[要出典]。
岡田 登(おかだ のぼる、1952年2月 - )は、日本の歴… 岡田 登(おかだ のぼる、1952年2月 - )は、日本の歴史学者、考古学者。皇學館大学名誉教授。 専門は日本古代史、日本考古学、神宮史。現在、皇學館大学非常勤講師として、考古学、神宮史の講義を行っている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
白山 芳太郎(しらやま よしたろう、1950年2月28日 -… 白山 芳太郎(しらやま よしたろう、1950年2月28日 - )は、日本の神道学者、歴史学者。皇學館大学文学部神道学科・同大学院文学研究科特別教授。博士(文学)。神道史、日本中世史(思想史)が専門。 1972年3月に皇學館大学文学部を卒業。1974年3月に同大学大学院文学研究科修士課程を修了(文学修士)。1977年3月に同大学院博士課程単位取得満期退学。 1977年4月に皇學館大学文学部助手、1980年4月に専任講師、1985年4月に助教授、1995年4月に教授。2000年3月に「北畠親房の研究」により、皇學館大學より博士(文学)の学位を取得。 2020年4月に皇學館大学名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
清水 潔(しみず きよし、1948年11月10日[要出典] … 清水 潔(しみず きよし、1948年11月10日[要出典] - )は、日本の歴史学者。前皇學館大学学長・教授。博士(法学)(2008年・京都産業大学)。専門は日本古代史(法制史、朝儀史、古代典籍、古代公卿学の研究)。三重県名張市出身[要出典]。同市在住。2024年、瑞宝中綬章受章。 以下は皇學館学園報第32号(平成23年6月1日号)に拠る。
鎌田 純一(かまた じゅんいち、1923年7月17日 - 2… 鎌田 純一(かまた じゅんいち、1923年7月17日 - 2014年7月15日)は、日本の神道学者・歴史学者。宮内庁侍従職御用掛。皇學館大学名誉教授。 1923年、大阪府大阪市に生まれる。父春雄が神宮皇學館教授として赴任したため、伊勢で幼少期を過ごす。 宇治山田中学校(現在の三重県立宇治山田高等学校)を経て、國學院大學予科、1946年同大学文学部史学科卒業。在学中に学徒出陣し、海軍中尉に至る。学部を卒業のあと、同大学院に進学、1955年より國學院大學日本文化研究所専任所員、また同大学講師として教壇に立つ。 1962年に再興された皇學館大學助教授として赴任、1965年には教授。1989年まで在職した(同名誉教授となる)。
真弓 常忠(まゆみ つねただ、1923年3月6日 - 201… 真弓 常忠(まゆみ つねただ、1923年3月6日 - 2019年4月3日)は、日本の神職・神道学者・歴史学者。皇學館大学名誉教授。住吉大社名誉宮司。 大阪市生まれ。神宮皇學館大學卒業後、1975年まで住吉大社禰宜、1993年まで皇學館大学教授。退任後は八坂神社宮司を経て、住吉大社宮司に就いた。2012年より同名誉宮司。2019年4月3日に死去。96歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小林 計一郎(こばやし けいいちろう、1919年5月21日 … 小林 計一郎(こばやし けいいちろう、1919年5月21日 - 2009年11月1日)は、日本の歴史学者、郷土史研究家。長野県史編纂委員、長野郷土史研究会会長(初代)。長野工業高等専門学校、文化女子大学長野専門学校、信州短期大学の元教授。長子は、長野郷土史研究会の二代目会長の小林一郎。脚本家の小林雄次と小林英造は孫。 長野県長野市生まれ。旧制長野中学校(現長野高校)を卒業し、神宮皇學館に進学する。小林一茶研究で知られる伊藤正雄に師事して国文学を学ぶ。1941年に卒業。兵役を経て、1946年から大阪府立農学校や長野県の高等学校教諭、長野工業高等専門学校教授、信州短期大学教授などを歴任。1991年信州短大退職、名誉教授の称号を受ける。
吉岡 勲(よしおか いさお、1914年3月23日 - 199… 吉岡 勲(よしおか いさお、1914年3月23日 - 1993年5月4日)は、日本の歴史学者である。岐阜県の郷土史研究に従事。皇學館大学助教授。 北海道常呂郡常呂村(本籍岐阜県)に生まれる。岐阜縣立本巣中學校(現・岐阜県立本巣松陽高等学校)を経て1933年に岐阜縣師範學校を卒業し、岐阜県内の小学校教諭・訓導を経て、岐阜市立西郷小学校・早田小学校・長良小学校・金華小学校の校長を歴任。その間、岐阜県小中学校校長会理事や全国小学校長会理事、また岐阜県教育研究所次長や岐阜県史編集室長、あるいは岐阜大学や中部女子短期大学で非常勤講師もつとめた。 1974年に満60歳で教職を勇退した後、1976年に皇學館大学文学部講師、1978年に助教授になる。
今井 啓一(いまい けいいち、1905年8月17日-1975… 今井 啓一(いまい けいいち、1905年8月17日-1975年11月27日)は、日本の歴史学者。 京都府出身。神宮皇學館卒。大東文化学院高等科修了。1961年「帰化の研究」で國學院大學文学博士。立命館大学教授、近畿大学教授、大阪樟蔭女子大学学芸学部教授。
小島 鉦作(こじま しょうさく、1901年(明治34年)4月… 小島 鉦作(こじま しょうさく、1901年(明治34年)4月13日 - 1996年(平成8年)8月29日)は、日本の歴史学者。成蹊大学名誉教授。愛知県出身。 1901年(明治34年)、愛知県愛知郡天白村(現在の名古屋市天白区)に小島万太郎の子として生れる。1919年(大正8年)に愛知県立第五中学校(現在の愛知県立瑞陵高等学校)卒業、1923年(大正12年)3月に神宮皇學館本科を卒業と同時に神宮文庫司書兼神宮皇學館助手に任じられる。同年12月、一年志願兵として名古屋歩兵第六連隊に入隊、終えて東京帝國大學史料編纂業務嘱託、その後同大学史料編纂官補。 小島家は代々、熱田神宮大宮司領の庄屋として村方役をつとめ、父も鉦作が熱田神宮の神職になることを期待していた。
太田 亮(おおた あきら、1884年7月1日 - 1956年… 太田 亮(おおた あきら、1884年7月1日 - 1956年5月27日)は、日本の歴史学者。氏族制度の研究で知られる。 大阪府吉野郡下市村(現・奈良県吉野郡下市町)に生まれる。京都法政大学予科(現・立命館大学)を経て、1910年に神宮皇學館(現・皇學館大学)を卒業。山梨県立高等女学校教諭、内務省考証官補、同嘱託などを経て、1934年から西園寺家の「管見記」の編纂にたずさわる。同年、立命館大学法経学部講師。1937年に同専門部文学科教授。1941年に同法文学部教授となる。1943年同文学部長を兼ねた。1945年11月7日、「日本上代ニ於ケル社会組織ノ研究」で法学博士号取得。1949年、近畿大学商経学部教授。
山田 孝雄(やまだ よしお、1875年〈明治8年〉8月20日… 山田 孝雄(やまだ よしお、1875年〈明治8年〉8月20日 - 1958年〈昭和33年〉11月20日)は、日本の国語学者、国文学者、歴史学者。東北帝国大学教授を歴任。文化勲章受章。 独学の人として知られる。「契沖、真淵、宣長以来の国学の伝統に連なる最後の国学者」とも評される。 1873年、富山県富山市総曲輪(そうがわ)に於保多神社宮司山田方雄の次男として生れる。父は前田利保に歌を学んだ連歌の宗匠でもあった。履新小学校卒業。富山県尋常中学校を中退後、独学で小、中学校教員検定試験(文検)に合格。富山県内の小学校や兵庫、奈良、高知などの中学校で教員を務める。 1907年(明治40年)文部省国語調査委員会補助委員、1920年(大正9年)日本大学講師、1921年(大正10年)日本大学文学部国語科主任、1925年(大正14年)東北帝国大学講師、1927年(昭和2年)同教授に昇格。