坪井 九八郎(つぼい くはちろう、1876年(明治9年)8月… 坪井 九八郎(つぼい くはちろう、1876年(明治9年)8月27日)- 1928年(昭和3年)10月7日)は、明治から昭和期の実業家、政治家、華族。貴族院男爵議員。 海軍士官・坪井航三の長男として生まれる。父の死去に伴い、1898年(明治31年)2月15日、男爵を襲爵した。 1919年(大正8年)7月、京都帝国大学法科大学を卒業。その後、月島機械取締役、台東製糖取締役、愛国貯金銀行取締役、天津取引所監査役、天津信託監査役などを務めた。 1911年(明治44年)3月11日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し、公正会に所属して活動し、死去するまで4期在任した。その他、第2次大隈内閣・農商務副参政官、米価調節調査会委員などを務めた。
高橋 龍太郎(たかはし りゅうたろう、1875年(明治8年)… 高橋 龍太郎(たかはし りゅうたろう、1875年(明治8年)7月15日 - 1967年(昭和42年)12月22日)は、昭和期の実業家、政治家。参議院議員(1期)、大日本麦酒社長、高橋ユニオンズオーナー、日本サッカー協会会長(第3代)。 ビール製造技術者から経営者となり、「日本のビール王」とも称される。 愛媛県喜多郡内子村(現内子町)生まれ。旧制松山中学校(現・愛媛県立松山東高等学校)卒業後、東京高等商業学校(現一橋大学)に進学するも、脚気の治療のための転地を兼ねて新設された第三高等学校(現京都大学)工学部機械工学科に転校、1898年に卒業する。 高等学校卒業後、大阪麦酒(後の大日本麦酒、現・アサヒグループホールディングスおよびサッポロホールディングス)に入り、1898年から6年間ドイツに留学して醸造技術を学び、帰国後は製造責任者としてビール造りに携わる。
紀藤 閑之介(きとう かんのすけ、1869年12月9日〈明治… 紀藤 閑之介(きとう かんのすけ、1869年12月9日〈明治2年11月7日〉 - 1961年〈昭和36年〉9月28日)は、日本の政治家、実業家、名望家、資産家、地主・家主、山口県多額納税者。第3・6代山口県宇部市長。族籍は山口県士族。 宇部村長、宇部銀行の頭取、宇部共同義会会長等を務めた紀藤織文は、閑之介の叔父にあたり、織文の孫にあたるのが弁護士の紀藤正樹。 閑之介は1869年(明治2年)11月7日、長州藩主毛利氏の永代家老福原氏の家臣である紀藤宗介(後の宇部共同義会初代会長)の長男として長門国厚狭郡川上村(現山口県宇部市)に生まれた。 第三高等中学校(現:京都大学)を卒業した後、宇部村に戻った閑之介は「村内の情報を村民に伝えることが村人の民度を向上させ、ひいては国の繁栄に通じる」と考え、1912年(明治45年)、宇部時報(現:宇部日報)を発刊した。
田附 政次郎(たづけ まさじろう、文久3年12月15日(18… 田附 政次郎(たづけ まさじろう、文久3年12月15日(1864年1月23日) - 昭和8年(1933年)4月26日)は、日本の近江商人、実業家。大阪紡績取締役。東洋紡・日清紡ホールディングス・江商(現・兼松)の設立に関与した。また、綿糸相場師として活躍し『田附将軍』と呼ばれた。「売りの田附」として有名。ニュース・キャスターの国谷裕子の曾祖父。 文久3年(1864年)に近江国佐生村(後の滋賀県神崎郡五峰村佐生、神崎郡能登川町佐生を経て現・東近江市佐生町)に産まれる。船場八社の一つの田附商店を開業し、綿花取引や、綿業界をリードする存在であった。また、社会貢献として、京都大学に財団法人田附興風会、郷里の神崎郡五峰村に公益財団法人五峰興風会、帝塚山学院、大阪市に北野病院などを開設している。
瓜生 寅(うりゅう はじめ/はじむ、1842年2月24日(天… 瓜生 寅(うりゅう はじめ/はじむ、1842年2月24日(天保13年1月15日)- 1913年(大正2年)2月23日)は、幕末から明治時代の官僚、教育者、英学者、実業家である。別称は寅(とら)、通称は三寅、号は梅村・六合魁民、幼名は乕作。本姓は多部。海援隊士・瓜生震(雷吉)の兄。 日本の近代教育の起源となる1872年(明治5年)の「学制」起草者の一人で、故郷福井藩の英学教育にも大きな足跡を残した。大阪理学校(現・京都大学)校長、初代神戸税関長、日本鉄道会社幹事などの要職も歴任し、実業家としても活躍した。ホーム・リンガー商会と協同で下関に設立した「瓜生商会」は、三菱・三井の両財閥の石炭輸出の主要な仲介業者となった。
新井 友蔵 は、日本の経営者、理学博士。群馬県出身。
安部 浩平 は、日本の経営者。中部電力社長を務めた。東京都出… 安部 浩平 は、日本の経営者。中部電力社長を務めた。東京都出身。
岩崎 一郎(いわさき いちろう)は、日本の脳科学者、医学博士… 岩崎 一郎(いわさき いちろう)は、日本の脳科学者、医学博士、実業家。 経営哲学を脳科学で解説した日本初の書籍『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか?』などの著書を発表しており、経営やリーダーシップなどの事象を最新脳科学研究で裏付けることの第一人者となった。「脳磨き」「PPM会話法」「Awe体験」「共同体思考」「個分離思考」などの提唱者でもある。脳科学理論に基づいた研修事業を行う会社「国際コミュニケーション・トレーニング株式会社」を設立し、その代表取締役も務めている。 自然科学が好きであったことから、研究者を志した。京都大学卒業、京都大学大学院修士課程修了後、アメリカ留学、ウィスコンシン大学大学院でノーベル生理学・医学賞受賞者ハワード・マーティン・テミン教授に師事、医学博士(Ph.D.)の学位を取得。
加藤 将太(かとう しょうた)は、日本の実業家。ココデ・グロ… 加藤 将太(かとう しょうた)は、日本の実業家。ココデ・グローバル株式会社の創業者であり、クラウドソフトウェア開発・コンサルティング事業を手がける。同社のほか複数企業の経営にも携わる。 神戸市立工業高等専門学校を経て、京都大学工学部電気電子工学科に進学。卒業後、京都大学経営管理大学院でMBAを取得。 大学院修了後、NTTデータ公共システム部門に入社するが、約5か月で退社し起業の道へ。
島津 忠秀 は、日本の水産学者・切手収集家・実業家。島津氏第… 島津 忠秀 は、日本の水産学者・切手収集家・実業家。島津氏第31代当主。
谷 良一(たに りょういち) は株式会社よしもとプロダクツの… 谷 良一(たに りょういち) は株式会社よしもとプロダクツの代表取締役会長。吉本興業ホールディングスの取締役。島田紳助とともにM-1グランプリの立ち上げに関わった。 滋賀県出身。滋賀県立彦根東高等学校、京都大学文学部国文科を卒業後、1981年に吉本興業に入社。 横山やすし・西川きよしのマネージャーを振り出しに、数多くのタレントのマネージャーを歴任。太平サブロー・シロー、西川のりお・上方よしおのマネージャーを務める。その後東京に異動し、渋谷公園通り劇場支配人。 2001年、島田紳助とともに「若手漫才師を対象にした漫才コンクール」を企画。当時オートバックスセブンの代表取締役であった住野公一との会談でスポンサー契約を勝ち取り、『M-1グランプリ』を開催に導いた。
平田 泰章(ひらた やすあき)は日本の実業家。神戸製鋼所(神… 平田 泰章(ひらた やすあき)は日本の実業家。神戸製鋼所(神鋼)元副社長。担当部長として神鋼ラグビー部を率いて、ラグビー日本一7連覇を達成した。 大阪府生まれ。大阪府立清水谷高等学校卒業。京都大学経済学部卒業、1962年(昭和37年)神戸製鋼所に入社。1986年神戸製鋼ヨーロッパ社長に就任。1991年(平成3年)神戸製鋼所の取締役、1996年常務(機械エンジニアリング事業本部都市環境本部長)、1998年専務取締役(都市環境事業部長)を経て、2001年(平成13年)6月、副社長(都市環境・エンジニアリングカンパニー執行社長)に就任した。 2002年(平成14年)神鋼グループのエンジニアリング関連の「神鋼パンテツク」社の代表取締役社長に就任。
松井 昭憲(まつい あきのり、1959年 - ) は日本の実… 松井 昭憲(まつい あきのり、1959年 - ) は日本の実業家。元ピムコジャパンリミテッド取締役兼最高経営責任者。 1959年 兵庫県生まれ 1977年 兵庫県立加古川東高等学校卒業 1982年 京都大学経済学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社。債権や株式の運用業務に従事 2001年 ピムコジャパンリミテッド入社 2007年 ウエリントン・マネージメントで金融法人、年金基金サブアドバイザリー顧客とのビジネスを統括 2010年 ピムコジャパンリミテッドに副社長として復帰 2014年 取締役会長兼共同最高経営責任者(Co-CEO)および日本における代表者 2016年 取締役兼最高経営責任者(Co-CEO)および日本における代表者。
有馬 充美 (ありま あつみ) は、日本の実業家。みずほ銀行… 有馬 充美 (ありま あつみ) は、日本の実業家。みずほ銀行初の女性執行役員を務めた。 1986年京都大学法学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。 みずほ証券アドバイザリーグループアドバイザリー第4部長、みずほ銀行法人企画部次長などを経て、2014年同行執行役員コーポレートアドバイザリー部長、2016年同行執行役員国際営業部長等を務め、2017年同行早期退職。 2019年4月西武鉄道社外取締役、プリンスホテル社外取締役、2020年5月髙島屋社外取締役、大創産業社外取締役。2020年10月REAPRA社外取締役。2021年6月西武ホールディングス社外取締役、西武鉄道株式会社取締役(非業務執行)、プリンスホテル(現株式会社西武リアルティソリューションズ)取締役(非業務執行)。
A・M・ナイルことアイヤッパン・ピッライ・マーダヴァン・ナー… A・M・ナイルことアイヤッパン・ピッライ・マーダヴァン・ナーヤル(マラヤーラム語:അയ്യപ്പന് പിള്ള മാധവന് നായര്, 英語:Ayappan Pillai Madhavan Nair、1905年 - 1990年4月22日)は、インドの独立運動家、実業家。ナイルレストラン創業者。京都帝国大学工学部卒業。 1905年に、イギリス領インド帝国のトラヴァンコール藩王国(現在のインド南部のケララ州)ティルヴァナンタプラム(トリヴァンドラム)で、裕福なクシャトリヤ階級の母とバラモン階級の父のもと、10人兄弟の末子として生まれた。 イギリスの植民地支配下に置かれた祖国インドの現状を憂慮し、高校在学中からインド独立運動やカースト差別批判運動などに参加し、イギリス植民地当局から要注意人物として監視されるようになった。
野口 真人(のぐち まひと)は、日本の実業家。株式会社プルー… 野口 真人(のぐち まひと)は、日本の実業家。株式会社プルータス・コンサルティング代表取締役社長。京都大学経営管理大学院特命教授。 岐阜県出身。京都大学経済学部卒業。 みずほ銀行(旧富士銀行)、JPモルガン・チェース銀行やゴールドマン・サックス証券にて通貨オプションの設計に携わり、その間にユーロマネー誌によるアンケートにて最優秀デリバティブセールスに三度選ばれる。2004年に独立系のファイナンシャル・アドバイザリー会社である株式会社プルータス・コンサルティングを設立。 京都大学経営管理大学院の特命教授。ABCマート社長の野口実は実弟。 旧カネボウ「株式買取価格決定申請事件」において、プルータス・コンサルティングが東京地裁から鑑定補助人として委嘱を受け、DCF法により「1株360円」という鑑定を行った。
若井敬(わかいたかし)は日本の実業家。近鉄グループホールディ… 若井敬(わかいたかし)は日本の実業家。近鉄グループホールディングス代表取締役社長。 愛知県出身。1983年、京都大学経済学部卒後、近畿日本鉄道(現、近鉄グループホールディングス)入社。2016年、 取締役常務執行役員、2021年から現職。 2024年6月25日の人事で、社長への昇進が発表された。