椎名 高志(しいな たかし、1965年〈昭和40年〉6月24… 椎名 高志(しいな たかし、1965年〈昭和40年〉6月24日 - )は、日本の漫画家。男性。大阪府出身。大阪府立箕面高等学校、京都市立芸術大学卒業。血液型はO型。妻は高橋留美子の元アシスタントである清水彩。 高校時代に「小学館新人コミック大賞」佳作受賞(作品名は非公表)。また、アニメーションを製作していた。そのときのメンバーに吉松孝博がいる。1989年、『週刊少年サンデー』(小学館)に掲載の『Dr.椎名の教育的指導!!』でデビュー。主に『週刊少年サンデー』などで活動する。 デビュー直後は4コマ漫画や読みきりを描いており、『(有)椎名百貨店』にまとめられた。それに収められている作品はパロディが多用されている。
塩見 直紀(しおみ なおき、1965年4月4日 - )は、半… 塩見 直紀(しおみ なおき、1965年4月4日 - )は、半農半X提唱者。 半農半Xコンセプトは国内外にひろがり、政策化される。Local AtoZ Makerとして、古典的編集手法AtoZやアイデアブック(地域資源から新しいアイデアを生み出す問題集)を使ったローカルメディア、教材開発をおこなう。半農半X研究所代表、総務省地域力創造アドバイザー。京都府綾部市出身。 皇學館大学文学部国史学科(日本古代史専攻/律令時代の官職制度研究)卒。龍谷大学大学院政策学研究科(NPO・地方行政コース)修了(政策学修士)。京都市立芸術大学大学院美術研究科(メディア・アート領域)博士後期課程単位取得退学。美術博士。
中村 典子(なかむら のりこ、1965年 - )は、現代音楽… 中村 典子(なかむら のりこ、1965年 - )は、現代音楽(クラシック)作曲家。 中村典子は、1965年(昭和40年)に滋賀県草津市上笠に生まれる。小学校でオルガンやピアノを弾き、中学・高校では合唱部・合唱団に所属するなど、音楽と親しみながら成長した。しかし、幼少時オルガン教室で自分が弾く曲とそこから見える田園風景が「合っていない」と感じ、一方近くの神社の祭礼や伝統芸能は周囲の景色に「合っている」と感じていた。「いつかは、この風景に合った音楽を楽譜につづりたい」との思いから作曲家を幼い時から目指した。 1983年(昭和58年)4月京都市立芸術大学音楽学部に入学しクラシック音楽を学び、曲の仕組みは理解できたが、故郷の風景との違和感を解消する曲は作れなかった。
米正 万也(よねしょう まや、1965年 - )は、日本のア… 米正 万也(よねしょう まや、1965年 - )は、日本のアニメーション作家。京都精華大学芸術学部非常勤講師。 独特の抽象アニメ—シヨンを製作するアニメーション作家として知られる。 1965年、兵庫県西宮市に生まれる。 嵯峨美術短期大学に入学し、アニメーション制作を行う。1986年に嵯峨美術短期大学を卒業後、大阪府内で市立中学美術科教諭として6年間勤務する。教職を退職し、京都市立芸術大学美術学部に入学し、アニメーション制作を再開する。イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートへの交換留学を経て1998年3月に京都市立芸術大学大学院を修了する。 スケッチブックの綴じる部分をタップのようにし、子供の声と同期して柚象的な図形、色彩が跳ぴ回る様を描いた『believe in it』は、キャラクター物が全盛であったアニメーションの世界に一石を投じ、第2回(1998年)文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞した。
ヤノベ ケンジ(漢字:矢延 憲司、1965年 - )は、日本… ヤノベ ケンジ(漢字:矢延 憲司、1965年 - )は、日本の現代美術作家。京都芸術大学教授。同大学内のウルトラファクトリーのディレクターを務める。 大阪府茨木市出身。大阪府立春日丘高等学校を経て、1989年京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに短期留学。1991年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。1994年から3年間ベルリンに活動拠点を置き、現在は大阪府高槻市在住。 フジテレビの元スポーツ部プロデューサー(その後、人事部を経て専務取締役)だった矢延隆生は実兄である。 「子供時代の記憶や関心」に基づいて、「現代社会と終末の未来を生き抜くためのサバイバル・マシーンである機械彫刻群」を、「妄想の力」によって制作してきたヤノベの根底にある体験は、自宅近くの大阪万博会場跡地で遊んだことという。
木村 充宏(きむら みつひろ、1964年3月26日 - )は… 木村 充宏(きむら みつひろ、1964年3月26日 - )は、日本の写真家。 (公社)日本広告写真家協会(APA)・京都写真家協会(KPS)各会員、京都写真芸術家協会理事、京都丹平(京都市芸術文化協会会員)所属 京都府京都市生まれ。京都市立芸術大学卒。 1995年〜2012年 京都精華大学 学外実習(写真)受け入れ 2009年〜2018年 京都市立芸術大学 ビジュアルデザイン科非常勤講師(写真) 2011年〜 京都市立銅駝美術工芸高等学校 インターンシップ受け入れ(写真) 2011年 文化庁主催 第26回国民文化祭・京都2011 フォトコンテスト審査員 2017年 文化庁主催 東アジア文化都市2017京都 韓国大邱市派遣 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
藤井 湧泉(ふじい ゆうせん、1964年 - )は、日本で活… 藤井 湧泉(ふじい ゆうせん、1964年 - )は、日本で活動する中国出身の水墨画家。 1964年に中華人民共和国江蘇省啓東市に生まれる(中国名:黄稚)。1984年に蘇州大学藝術学院を卒業し、1985年に北京服装学院講師に採用される。1992年に京都に来日し、1993年に京都市立芸術大学大学院に研究生として留学する。1994年に日本人女性と結婚する。2012年に哲学者梅原猛より「湧泉」の雅号を授かる(日本名:藤井湧泉)。現在までに、一休寺、西大寺、圓徳院、鹿苑寺(金閣寺)、相国寺、林光院、高台寺などの有名寺院に水墨画作品が収蔵されている。
ブラッキー中島隆章(ブラッキー なかじま たかあき 1963… ブラッキー中島隆章(ブラッキー なかじま たかあき 1963年7月14日-)は、日本の実業家・グラフィックデザイナーで、「特定非営利活動法人 森の教育プロジェクト 」理事長、子ども向け自転車教室「ウィーラースクールジャパン」代表、有限会社フェイムイマジネーション代表取締役。奈良芸術短期大学講師。 京都府出身。京都市立芸術大学美術学部卒業。京都府南丹市在住。 当時三歳だった息子が、たまたま自転車に乗るのが好きだったことから自転車の世界に入る。以来、日本における自転車普及活動・自転車交通に関する啓蒙活動を行っている。「子供と一緒に楽しむ」をテーマに、ツーリングやレースなどを続けるうちに、ベルギー発の自転車教室と出会い、それ以降ウィーラースクールジャパンを率いる。
森本 千絵(もりもと ちえ、1962年 - )は、日本のヴァ… 森本 千絵(もりもと ちえ、1962年 - )は、日本のヴァイオリニスト。 北海道札幌南高等学校から愛知県立旭丘高等学校に編入,同校卒業後京都市立芸術大学音楽学部卒業。名古屋フィルハーモニー交響楽団入団し、その後、ロンドンへ留学。名匠イフラ・ニーマンに師事し、研鑽を積んだ。英国王立音楽大学演奏家資格取得、ヨーロッパ各地にて演奏活動を行い,ディプロマを取得。 帰国後、1992年に朝日新聞の「リサイタル・オブ・ザ・イヤー」を受賞。1996年には電気文化会館「ザ・コンサートホール・アンコール96」に選出されるなど日本国内での評価を確実なものとする。またクロアチアにて、ピアニストのジョゼフ・サイガーと共演。
佐渡 裕(さど ゆたか、1961年5月13日 - )は、日本… 佐渡 裕(さど ゆたか、1961年5月13日 - )は、日本の指揮者。兵庫芸術文化センター管弦楽団やシエナ・ウインド・オーケストラ、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団等で音楽監督や首席指揮者を歴任している。京都府出身。身長187センチメートル。 京都府京都市出身。京都市立堀川高等学校音楽課程(現在の京都市立京都堀川音楽高等学校)、京都市立芸術大学音楽学部フルート科卒業。 京都市立芸術大学在学中に指揮活動を開始。1980年頃に京都光華中学校・高等学校のブラスバンドをはじめ、アマチュアオーケストラ、関西二期会副指揮者などを経て、「タングルウッド音楽祭」オーディションへの参加許可を得る。
THE SEIJI(ザ・セイジ、本名:吉村せいじ、1961年… THE SEIJI(ザ・セイジ、本名:吉村せいじ、1961年2月19日 - )は、日本の漫画家。愛媛県松山市出身、大阪府在住。京都市立芸術大学大学院修了。芥川賞作家の吉村萬壱は双子の兄。デビュー時のペンネームは青空みどり。別ペンネームとして今西精二がある。[要出典] 京都市立芸術大学大学院修了後、グンゼに就職するも間もなく退職。古紙回収業を経て高校の美術教師となる。 26歳の時に松文館に投稿した成人向け漫画2作品が当時の『ハーフリータ』編集長の目に留まり、青空みどりの名でデビュー。単行本を2冊出すも、松文館の経営を巡る騒動により松文館を離れる。その後、教師を続けながら書店の主催する漫画教室の講師を務め、この時に学生時代の知人であったきらら萌を誘っている。
小山田 徹(こやまだ とおる、1961年-)は、日本の美術家… 小山田 徹(こやまだ とおる、1961年-)は、日本の美術家。京都市立芸術大学教授(2019年度現在)。 鹿児島県生まれ。鹿児島県立甲南高等学校を経て、1985年に京都市立芸術大学日本画科卒業。同大学院美術研究科へ進学し修士課程修了(芸術学修士取得)の後、中退。大学学部在学中の1984年に友人とパフォーマンスグループ「DUMB TYPE」を結成し、1998年まで活動。また、1990年代から共有空間の開発・演出をおこなう。2005年、第2回アサヒビール芸術賞受賞。2010年に京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻に准教授として着任し、後に教授。
鳥羽 美花(とば みか、1961年 - )は、日本の染色作家… 鳥羽 美花(とば みか、1961年 - )は、日本の染色作家、京都精華大学教授。 愛知県生まれ。清州市在住。1985年京都市立芸術大学美術学部卒業、87年同大学院修士課程修了。染織工芸を専攻。特に日本の伝統的な「型染」の研究と作品制作に励む。在学中日展初入選。 1994年ベトナムを初めて訪問、その風景をモティーフとした制作にとりくむ。2001年にハノイで展覧会を開く。2002年京都市芸術新人賞、2003年都市文化奨励賞受賞。2005年ベトナム政府より文化功労賞、2012年外務大臣表彰。 2005年世界遺産・フエ王宮にて個展、2010年平城遷都1300年記念事業として薬師寺で、ハノイ建都1000年記念事業として文廟およびベトナム国立美術博物館において鳥羽美花展、2014年建仁寺小書院襖絵16面を制作。
中原 浩大(なかはら こうだい、1961年 - )は日本の美… 中原 浩大(なかはら こうだい、1961年 - )は日本の美術家・彫刻家である。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻教授。 岡山県倉敷市出身。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。 アカデミックな意味での彫刻の概念や、地域性や素材や領域を、様々な置き換えや交換によって彫刻の概念の拡張をはかる。 1980年代に20代の若さで天才と誉めそやされたが、1989年にパリで『大地の魔術師』展(Magiciens de la Terre, キュレーター:ジャン=ユベール・マルタン)と、ゲントの『オープン・マインド』展(キュレーター:ヤン・フート)を観て衝撃を受け、アート界からしばし遠ざかった。 活動初期に「源感情的」「神の業」と評されたユニークなフォルムを有し、原色で着色された巨大な立体や平面作品を次々と発表し、1990年それまでのフォルムを継続したまま素材をレゴで制作した「レゴ・モンスター」を発表。
本山 秀毅(もとやま ひでき、1960年9月29日 - )は… 本山 秀毅(もとやま ひでき、1960年9月29日 - )は、日本の合唱指揮者。びわ湖ホール声楽アンサンブル専任指揮者、大阪センチュリー合唱団指揮者、ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団音楽アドヴァイザー、宝塚国際室内合唱コンクール理事、京都バッハ合唱団主宰。バッハアカデミー関西指揮者。元大阪音楽大学学長、教授。 京都府京都市出身。京都市立芸術大学音楽学部声楽専修卒、フランクフルト音楽大学合唱指揮科卒。指揮をヘルムート・リリング、ウベ・グロノスタイに師事する。 宗教音楽を中心に演奏活動を続け、1988年「京都バッハ合唱団」を設立、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの声楽作品の全曲演奏に取り組んでいる。合唱団の客演指揮者、講習会講師、コンクール審査員として合唱音楽の普及に努め、オペラの合唱指揮にも活躍。
古橋 悌二(ふるはし ていじ、1960年7月13日 - 19… 古橋 悌二(ふるはし ていじ、1960年7月13日 - 1995年10月29日)は、日本の現代美術家、メディア・アーティスト。 京都府京都市出身。京都市立芸術大学大学院構想設計科修士課程修了。1984年にダムタイプ(Dumb Type)を結成し、以降中心メンバーとして活動。1992年にゲイであることとHIVキャリアであることを公表し、1994年にはジェンダー、セクシュアリティ、国籍、人種をテーマとしたメディア・パフォーマンス作品「S/N」をオーストラリアにて発表。1995年10月29日、サンパウロにて公演が行われる中、日本にて敗血症により死去。
斉藤 和(さいとう かず、1960年6月18日 - )は、日… 斉藤 和(さいとう かず、1960年6月18日 - )は、日本の画家。(京都市立芸術大学・1987年)。 1960年 京都府久美浜町に生まれる。京都府出身の日本画家である。 1987年 京都市立芸術大学日本画専攻卒業後、前田青邨記念大賞展の奨励賞受賞など多岐にわたり受賞している。 雑誌の取材の中では「最初に見た岩絵具が天然緑青。日本画を始めるきっかけとなった色。宝石よりも綺麗でその力は絶対的」とも語っている。
遠藤 秀平(えんどう しゅうへい、1960年1月27日 - … 遠藤 秀平(えんどう しゅうへい、1960年1月27日 - )は、日本の建築家。神戸大学大学院名誉教授。 1960年滋賀県びわ町(現 長浜市)に生まれる。1986年京都市立芸術大学大学院を修了後、石井修/美建・設計事務所に勤める。その後独立し、1988年遠藤秀平建築研究所を設立。1990年に最初期の作品である3rd FACTORY志野陶石でアンドレア・パラディオ国際建築賞を受賞。1994年のCyclestation 米原では、主に土木用の材料であるコルゲート鋼板を軽やかに湾曲させて用い、以降の建築でも数多く登場する。1998年のSpringtecture 播磨ではコルゲート鋼板を螺旋状に展開し、内外の境界を緩やかにつなぐ建築を生み出し、世界で最も有名なトイレの一つとして名を馳せている。
藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、… 藤 浩志(ふじ ひろし、1960年 - )は、日本の美術家、アーティスト、ディレクターである。秋田公立美術大学美術学部アーツ&ルーツ専攻および秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科教授。金沢美術工芸大学客員名誉教授。株式会社藤スタジオ代表取締役。NPO法人アーツセンターあきた理事長。NPO法人プラスアーツ副理事長。 2014年から2016年まで十和田市現代美術館の館長を務めた。青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに派遣され美術を教える。この時の体験と、また国際協力の場で議論される適正技術は、その後の芸術活動に影響を与えた。また自身の芸術活動を「OS作品」と呼び、アートワーク『かえっこ』をライフワークとして取り組んだ。
菅 英三子(すが えみこ、1959年9月30日 - )は、日… 菅 英三子(すが えみこ、1959年9月30日 - )は、日本の声楽家、ソプラノ歌手。東京藝術大学准教授。
高田ケラー有子(たかだ - ゆうこ、1958年(昭和33年)… 高田ケラー有子(たかだ - ゆうこ、1958年(昭和33年)5月1日 - )は、1997年よりデンマークを拠点に活動する日本人造形作家、キュレータ、エッセイスト。デンマークでの最初の展覧会参加は1996年の "Container 96". 女性。大阪府大阪市生まれ。本名はYuko Takada Keller。 1982年より羊毛素材のタペストリーを制作するなど活動を開始。1985年に3ヶ月間北欧を旅したことをきっかけに、自身の表現を空間に浮かぶソフトスカルプチャーへと転換。トレーシングペーパーを用いた繊細で幻想的な吊り下げ彫刻を制作している。 1997年にデンマークに移住後は、主に文化施設などの公共空間で作品を発表し、サイトスペシフィックなインスタレーションを得意としている。
奥田 輝芳(おくだ きよし、Okuda Kiyoshi、19… 奥田 輝芳(おくだ きよし、Okuda Kiyoshi、1958年 - )は、日本の現代美術画家。京都市立芸術大学大学院美術研究科油画修了。京都芸術大学教授。
南井健治(みない けんじ、1957年〈昭和32年〉 - )は… 南井健治(みない けんじ、1957年〈昭和32年〉 - )は日本の鉄道車両デザイナーである。 京都府京都市生まれ。京都府立山城高等学校、京都市立芸術大学卒。 1979年(昭和54年)京都市立芸術大学卒業後は近畿車両に入社。 鉄道国際デザインコンペティション「ブルネル賞」を1994年に受賞した、JR西日本の281系電車「はるか」の開発にも携わる。 担当した車両はJR九州の783系電車、JR北海道のフラノエクスプレス、特急「サンダーバード」シリーズの681系と683系、221系や223系などの新快速シリーズと共に281系「はるか」、283系「オーシャンアロー」も担当。 私鉄のプロジェクトでは、近畿日本鉄道のデザインに従事し、シリーズ21各形式、初代アーバンライナーとアーバンライナーnextも手掛けている。
植月 千春(うえつき ちはる、1957年 - )は日本のカー… 植月 千春(うえつき ちはる、1957年 - )は日本のカーヌーン奏者、ピアニスト、声楽家。岡山県津山市生まれ。岡山操山高校、京都市立芸術大学を卒業。ザルツブルグに留学。 ラウンジピアニストとして京都、サンフランシスコ、ベルギー、 シンガポール、東京と演奏の場を移す。 オルガンプレーヤーとしても、ホテルやイベントなどで演奏多数。イスラム教徒。 スポーツジムにてトルコ人と知り合いになったのをきっかけに、2001年に訪れた青山にあるトルコ料理店で、アラブの伝統楽器カーヌーンに出会った。同年には渋谷のモスク(東京ジャーミイ)にてイスラム教に入信し、イスラム名はヤスミン。以降はトルコにてターヒル・アイドーデュ、チュニジアにてジャメル・アビドに師事しカーヌーンの演奏方法を習得。
河野文昭(こうの ふみあき、1956年9月5日 - )は、日… 河野文昭(こうの ふみあき、1956年9月5日 - )は、日本のチェロ奏者。東京芸術大学名誉教授。 北海道小樽市生まれ。1972年、兵庫県立神戸高等学校入学と同時にチェロを始め、竹内良治に師事。1975年京都市立芸術大学音楽学部にて黒沼俊夫に師事。1979年、京都音楽協会賞と安部賞を受賞。1982年文化庁在外派遣研修、米国ロサンゼルス留学、ガボール・ライトーに師事。 1992年大阪府文化祭賞と藤堂顕一郎音楽賞を受賞。東京芸術大学音楽学部助教授、2007年東京芸術大学音楽学部教授。2009年〜 岡山潔弦楽四重奏団に参加。年間2回の定期公演を行う。
河野 美砂子(こうの みさこ、1956年 - )は、日本のピ… 河野 美砂子(こうの みさこ、1956年 - )は、日本のピアニスト、歌人。 1956年、京都府京都市に生まれる。5歳からピアノを始める。京都市立堀川高等学校音楽科を経て京都市立芸術大学音楽学部卒業後、ロサンゼルスやウィーンに留学。井上直幸、ピヒト=アクセンフェルトらに師事する。1988年、淡路島国際室内楽コンクール優秀賞を受賞。1992年「塔」入会。1995年から京都市立芸術大学音楽学部のピアノの非常勤講師を務める。1995年、「夢と数」で第41回角川短歌賞受賞。2004年、歌集『無言歌』により、第5回現代短歌新人賞。2016年、歌集『ゼクエンツ』により、第12回葛原妙子賞。
秋 透(あき とおる、1956年 - )日本の作曲家。北海道… 秋 透(あき とおる、1956年 - )日本の作曲家。北海道函館市生まれ。 北海道大学理学部物理学科および京都市立芸術大学音楽学部作曲専修を卒業。廣瀬量平に作曲を師事した。色彩感と躍動感に優れた独特のサウンドで、作品は大規模な器楽作品から合唱曲まで幅広い。日本作曲家協議会会員。
浅野 均(あさの ひとし、1955年3月21日 - )は日本… 浅野 均(あさの ひとし、1955年3月21日 - )は日本画家。現在、創画会会員、京都市立芸術大学教授。
大石 哲史(おおいし さとし、1955年2月23日 - )は… 大石 哲史(おおいし さとし、1955年2月23日 - )は、日本の歌手、俳優、演出家。オペラシアターこんにゃく座副代表。 古刹勧修寺の中にある一寺、仏光院に生まれ育つ。祖母は尼僧の大石順教。幼少の頃より畠山みどりの歌に魅せられ、歌謡曲を歌うようになる。中学の頃には親戚に買ってもらったギターに夢中になり、高校では合唱部に入ったことで林光の合唱曲「蹄鉄屋の歌」に出会う。この合唱部の指導をしていた林浅子の勧めで、本格的に歌を勉強することになる。ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのレコードに衝撃を受け、バリトン歌手になることを強く目指し始める。京都市立芸術大学を卒業後は一旦教職に就くが、関西二期会や京都オペラグループに所属しながら演奏活動を続ける。
細川 周平(ほそかわ しゅうへい、1955年2月14日 - … 細川 周平(ほそかわ しゅうへい、1955年2月14日 - )は、日本の音楽学者。国際日本文化研究センター名誉教授、京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長。専門は音楽学。 1955年、大阪府生まれ。1973年3月 神奈川県立湘南高等学校卒業。東京大学理学部生物学科に進み、1978年3月に卒業。1988年3月、東京芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程単位取得満期退学。同年4月より、東京芸術大学音楽学部助手となった(1991年3月まで)。1989年3月、東京芸術大学に学位論文『音楽における複製技術の諸問題 : : レコードを中心に』を提出して学術博士の学位を取得。 1996年4月、東京工業大学工学部助教授となり、同年5月より東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。
米田 仁士(よねだ ひとし 1955年 - )は、日本のイラ… 米田 仁士(よねだ ひとし 1955年 - )は、日本のイラストレーターである。 大阪星光学院高等学校卒業本人のツイートより京都市立芸術大学中退後、黎明期からゲーム関係のイラストレーターとして活動。主にファンタジーやSF関係の書籍・ゲームなどで活動している。 第25回星雲賞アート部門の受賞者。妻はモンスターメーカーシリーズのイラストで知られるイラストレーターの九月姫。 特に記載のないものは、イラストを提供した作品。 トクマ・ノベルズEdge 富士見ファンタジア文庫 フォア文庫(児童書)
SYUFO(しゅうほう、1954年〈昭和29年〉4月7日 -… SYUFO(しゅうほう、1954年〈昭和29年〉4月7日 - )は、日本の漫画家である。紙媒体を制作活動の基礎とする分野では旧来のペンネームである板橋 しゅうほう(いたはし しゅうほう)を用いる。本名は板橋 秀法(いたはし ひでのり)。滋賀県生まれ。京都市立芸術大学日本画科卒業。 大学在学中であった1976年(昭和51年)、アニメ雑誌『月刊OUT』誌上に掲載された「ペイルココーン」にてデビュー。SFアクション漫画を得意とする。1981年(昭和56年)には少年向け漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』(集英社)で発表した「いたはししゅうほうとアルゴノウツ」名義作品『ラッキールートへランナウェイ』で第21回手塚賞準入選を受賞している。
川端 嘉人(かわばた よしひと、1954年(昭和29年) -… 川端 嘉人(かわばた よしひと、1954年(昭和29年) - )は、日本の現代美術アーティストで経営者。缶詰バー「mr.kanso」を展開する「クリーン・ブラザーズ」の創業者で、サバ缶など缶詰ブームの先駆けにもなった。 1954年(昭和29年)大阪市の船場の繊維問屋に生まれる。大阪府立清水谷高等学校卒業、京都市立芸術大学美術学部陶器科卒業。 1983年(昭和58年)関西の老舗現代美術系画廊「信濃橋画廊」(大阪市西区)で個展を開く。素材を大胆に構成した立体造形、例えば、氷を約20トン敷き詰め、その上に鉄の塊3トンを置いたり、ギャラリーの床をはがし、敷地の地面に穴を掘る、といった作品で「常に見る人を驚かせて」国内・外国で活躍している。
開田 裕治(かいだ ゆうじ、1953年〈昭和28年〉3月26… 開田 裕治(かいだ ゆうじ、1953年〈昭和28年〉3月26日 - )は、日本のイラストレーター。「怪獣絵師」の異名を取る。 兵庫県生まれ。大阪府立千里高等学校卒業。京都市立芸術大学卒業。東京都在住。 日本SF作家クラブ会員だったが、2023年4月現在は、会員名簿に名前がない。と学会会員。 妻は官能小説家である開田あや。彼女もと学会の会員であり、またコスプレイヤーの顔を持つ。1997年、第36回日本SF大会「AKICON」において、暗黒星雲賞コスチューム部門を受賞している。 フリーのイラストレーターとして、怪獣やロボットなどのイラストを、プラモデルや映像ソフト、音楽ソフトのパッケージ、雑誌、単行本、ポスター、ゲームソフトなどのために制作。
外尾 悦郎(そとお えつろう、1953年 - )は、日本の彫… 外尾 悦郎(そとお えつろう、1953年 - )は、日本の彫刻家。カタルーニャ、バルセロナのサグラダ・ファミリア主任彫刻家。 福岡県福岡市出身。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。サン・ジョルディ・カタルーニャ芸術院会員。京都嵯峨芸術大学客員教授。 福岡雙葉小学校附属幼稚園、福岡教育大学附属福岡小学校、福岡教育大学附属福岡中学校、福岡県立福岡高等学校、京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。中学校・高校定時制の非常勤講師を経て、1978年にスペインのバルセロナに渡りアントニ・ガウディの建築、サグラダ・ファミリアの彫刻に携わる。2013年からはサグラダ・ファミリア主任彫刻家に任命され、ガウディの残した設計図からサグラダ・ファミリアに組み込まれる彫刻などの装飾を総監督している。
椿 昇(つばき のぼる、1953年 - )は、日本の現代美術… 椿 昇(つばき のぼる、1953年 - )は、日本の現代美術家。京都芸術大学附置機関アルトテック所長、京都芸術大学教授。ARTISTS’ FAIR KYOTO ディレクター。 1980年代から、美術と社会の関係を問い直す作品を発表している。2001年の横浜トリエンナーレで発表した全長50メートルの巨大なバッタ(椿昇+室井尚「インセクト・ワールド-飛蝗」)等が知られている。 1989年にタイトルを自ら命名したアメリカでの展覧会「アゲインスト・ネイチャー」への参加など、世界を舞台に活動。2011年から退蔵院襖絵専攻科プロジェクト、2018年からは「ARTIST‘S FAIR KYOTO」を構想してディレクターに就任。
上村 昇(かみむら のぼる、1952年10月8日 - )は、… 上村 昇(かみむら のぼる、1952年10月8日 - )は、日本のチェリスト。 千葉県市川市出身。父の手ほどきを受け、7歳でチェロを始めるも、2年で挫折。大学進学の際、小学校の時からのめり込んでいたビートルズに憧れ、彼らのようにはなれなくてもジャズギタリストくらいなら、と音楽の基礎を学ぶためチェロで京都市立芸術大学を受験。10年のブランクがあったが、現役で進学した。入学を許可してくれた大学には今でも感謝しているという。 京都市立芸術大学で父の東京音楽学校時代の先輩であり、巖本真理弦楽四重奏団のチェリストであった黒沼俊夫に師事。大学1年生のころ聴いたベートーヴェンの交響曲第9番の第3楽章を聴いて、音楽を一生続けていくことを決意したという。
牛尾 啓三 (うしお けいぞう、1951年10月20日 - … 牛尾 啓三 (うしお けいぞう、1951年10月20日 - ) は日本の彫刻家。兵庫県神崎郡福崎町出身。兵庫県立姫路西高等学校、京都教育大学を経て、京都市立芸術大学に学ぶ。
花岡 和生(はなおか かずお、1951年9月8日 - )は、… 花岡 和生(はなおか かずお、1951年9月8日 - )は、日本のリコーダー奏者。和歌山県出身。 フルートを若林正史に師事し、京都市立芸術大学では白石孝子に師事。1971年よりオランダの王立ハーグ音楽院リコーダー科に留学し、リコーダーをフランス・ブリュッヘンとリカルド・カンジに、室内楽をブルース・ヘインズ、シギスヴァルト・クイケンらに師事。1976年ソリスト・ディプロマを得て同音楽院を卒業。1977年桐朋学園大学に新設された古楽科の講師として招聘され帰国。 1978年に、同時期に帰国した有田正広、有田千代子、本間正史にヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の中野哲也を加えたメンバーで「オトテール・アンサンブル」を結成、1979年に『18世紀フランスの室内楽』でドイツ・グラモフォンの古楽レーベル、アルヒーフからレコードデビューし、芸術祭優秀賞(レコード部門、昭和54年)を獲得する。
森村 泰昌(もりむら やすまさ、1951年6月11日 - )… 森村 泰昌(もりむら やすまさ、1951年6月11日 - )は、日本の現代芸術家。 大阪市生まれ。京都市立芸術大学美術学部卒業、専攻科修了。大阪市在住。 1985年にゴッホの《包帯をしてパイプをくわえた自画像》(1889年)に扮する自身が扮したセルフポートレイト写真《肖像・ゴッホ》(1985年)を発表。初めて展覧会評が美術雑誌に載り実質的なデビューを果たす。 1989年にはベニスビエンナーレ/アペルト88に選出され国際的にもデビューを果たし、その後も一貫して「自画像的作品」をテーマに、セルフポートレートの手法で作品を作り続け、国内外で展覧会を開催している。 主な作品には「西洋美術史になった私」シリーズ、「日本美術史になった私」シリーズの他、ハリウッドなどの映画女優に扮した「女優になった私」シリーズや、20世紀をテーマにした「なにものかへのレクイエム」などがある。
灘井 誠(なだい まこと、1951年 - 2007年12月8… 灘井 誠(なだい まこと、1951年 - 2007年12月8日)は、日本のバリトン歌手。兵庫県生まれ。 京都市立芸術大学卒業。蔵田裕行、佐々木成子、住吉武に師事。1977年、ウィーン国立音楽大学に留学。発声をルイゼ・シャウト、リート・オラトリオをエリック・ウェルバ、ワルター・モーアに師事。1980年、リート・オラトリオ科、発声科ともに最優秀で卒業。留学中、オーストリア国立放送に在籍し、ヨーロッパ各地を演奏旅行する。 関西二期会オペラ『マルタ』のブランケット役でデビュー。以後『こうもり』、『ラ・ボエーム』、『フィガロの結婚』、『コシ・ファン・トゥッテ』、『春琴抄』などに出演し、高い評価を得る。特に『椿姫』のジョルジュ・ジェルモン、及び『リゴレット』のタイトルロールでは、豊かな表現力と賛辞を博す。
清水 信行(しみず のぶゆき、1950年(昭和25年) - … 清水 信行(しみず のぶゆき、1950年(昭和25年) - )は日本の画家。京都府出身。 1950年(昭和25年)、京都府に生まれる。1972年(昭和47年)、日展初入選し、以降4回連続入選。1974年(昭和49年)、京都市立芸術大学日本画科卒業。1976年(昭和51年)、京都市立芸術大学専攻科修了。1984年(昭和59年)、日仏現代美術展出品、第二席、同フランスソワール賞受賞。1985年(昭和60年)、個展(東京セントラル絵画展)。1986年(昭和61年)、東京セントラル美術館日本画大賞展に招待出品。1987年(昭和62年)、京都画壇日本画秀作展選抜出品。2001年(平成13年)、画文集「心の山河 心の森」(芸艸堂)発刊。
黒川 博行(くろかわ ひろゆき、1949年3月4日 -)は、… 黒川 博行(くろかわ ひろゆき、1949年3月4日 -)は、日本の小説家・推理作家。愛媛県今治市生まれ。大阪府羽曳野市在住(2014年時点)。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。 1949年、愛媛県今治市に生まれる。6歳の頃 に大阪に移り住んだため、「大阪人」を自認している。中学校の後輩には柴崎友香がおり、後にそれぞれ直木賞と芥川賞を同日に受賞することとなる。大阪府立泉尾高等学校卒業後、京都市立芸術大学美術学部彫刻科に学び、同学部の日本画科に通っていた妻・雅子と23歳で学生結婚する。 大学卒業後、ダイエーに入社するが会社勤めは性に合わず、妻が中学教師になっていたこともあり教員免許を取得、1977年から大阪府立東淀川高等学校に美術教師として勤める。
稲田 康(いなだ やすし、1949年 - )は、京都府出身の… 稲田 康(いなだ やすし、1949年 - )は、京都府出身の日本の作曲家、指揮者。スーパー歌舞伎やアニーの楽曲指揮、ファミリーマートの入店音「大盛況」の作曲で知られる。 1949年京都府生まれ。京都市立芸術大学卒業。卒業後、ウィーン国立アカデミーに留学。 帰国後の1975年に日本音楽集団に入団。その関係でスーパー歌舞伎やオペレッタのオーケストラ指揮を担当。1978年頃、松下電工(現パナソニック)の嘱託として、チャイムやエレベーターなどの作動音の作曲を担当。その中の1つとして、「メロディーチャイムNO.1 ニ長調 作品17「大盛況」」が作曲される。1998年にオーケストラ アジアの指揮者に就任。
大野 俊明(おおの としあき、1948年-)は、日本画家。成… 大野 俊明(おおの としあき、1948年-)は、日本画家。成安造形大学名誉教授(美術領域)。京都日本画家協会会員。滋賀県旧安土町名誉町民。 1948年、京都市に生まれる。1972年より京都二条城二之丸御殿障壁画模写事業に従事。1973年、京都市立芸術大学美術専攻科日本画専攻修了。1987年、山種美術館賞展優秀賞受賞、1993年京都市芸術新人賞受賞。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
枡谷 タケシ(ますたに タケシ、1948年 - )は、日本の… 枡谷 タケシ(ますたに タケシ、1948年 - )は、日本の漫画家。大阪府出身。京都市立芸術大学卒。ますたにたけし、枡谷猛というペンネームも使用した。 大学卒業後、漫画家・アニメーター、チリ紙交換屋、古本屋・レンタルビデオ店経営者、科学者、トレジャーハンターと転職を繰り返す。 週刊少年ジャンプ草創期の1969年の24号(20号から週刊化された)に読切漫画『サイボーグシティ』で漫画家デビューした模様。 その後1970年代後半に週刊少年ジャンプで読切漫画や連載漫画を発表。そのうち『怪艇ポセイドン』と『四丁目の怪人くん』はジャンプスーパーコミックス(創美社)から単行本化される。 2006年2月15日に発行した本『人類の黙示録 2012~2030年世界最終戦争のすべて』が2007年6月30日、イイノホールにおいて行われた「日本トンデモ本大賞2007」で過半数の得票を得てみごと大賞に輝いた。
佐々木 マキ(ささき マキ、1946年10月18日 - )は… 佐々木 マキ(ささき マキ、1946年10月18日 - )は、日本の漫画家、絵本作家、イラストレーター。「佐々木マキ」は筆名で、フランスのレジスタンス勢力マキ団から取られている。 男性。兵庫県神戸市出身。京都府京都市在住。 1966年、『ガロ』掲載の「よくあるはなし」で漫画家としてデビュー、同誌を中心に実験的な漫画家として活躍。1973年からは絵本の分野に活動の場を移し、『やっぱりおおかみ』や、『ムッシュ・ムニエル』シリーズ、『ぶたのたね』シリーズ、『ねむいねむいねずみ』シリーズなど、ナンセンスな味わいのある絵本を多数発表している。また村上春樹の著作をはじめとして、イラストレーターとして多数の装画や挿絵を手がけている。
金 鐘守(きん しょうしゅ、1946年9月7日 - )は日本… 金 鐘守(きん しょうしゅ、1946年9月7日 - )は日本のテレビディレクター。京都府京都市出身。 1971年に京都市立芸術大学彫刻科を卒業。同年8月、東映京都撮影所の助監督として入社。1989年の「八百八町夢日記」(里見浩太朗主演)で監督デビュー。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
竹岡 雄二(たけおか ゆうじ、Yuji Takeoka、19… 竹岡 雄二(たけおか ゆうじ、Yuji Takeoka、1946年 - )は、日本出身の現代芸術家。芸術大学教授もつとめた。ドイツのデュッセルドルフ (Düsseldorf) を拠点に活動している。 第二次大戦後の1946年に京都市で生まれ、1968年に京都市立芸術大学へ入学、1972年に卒業し、専攻科在学中に、国費留学生にて、デュッセルドルフにある国立美術アカデミーへ留学した。その後、ブレーメン州の州立芸術大学 (de:Hochschule für Künste Bremen) において1995年より客員教授として、1998年からは教授に就任した。1980年のドイツを皮切りに個展は各国(日本を含め、ベルギー、フランスなど)でたびたび開催している。
野村 仁(のむら ひとし、1945年1月26日 - 2023… 野村 仁(のむら ひとし、1945年1月26日 - 2023年10月3日)は、日本の現代美術家。京都市立芸術大学名誉教授。1960年代末から、写真を使った芸術表現に取り組み、写真、映像、音などの様々なメディアを使って表現するマルチメディアアーティストである。 1945年兵庫県生まれ。 1969年京都市立芸術大学彫刻科を卒業、大学修了制作でダンボールの風化、重量による崩壊の過程を写真に記録する「Tardiology(遅延論)」を発表、本作品に続き、昇華するドライアイスと沃素を対象とした記録から「道路上の日時(time on acurved line)」を制作する。1970年代より、空、宇宙、DNAを対象として、映像、音などの媒体にて作品を制作。