小林 紘二郎(こばやし こうじろう、1942年8月10日 -… 小林 紘二郎(こばやし こうじろう、1942年8月10日 - )は、日本の工学者。大阪大学名誉教授。専門は、材料プロセシング、材料科学。 工学博士(京都大学、1976年)(学位論文「アルミニウム-けい素合金の共晶凝固現象に関する研究」)。
大阪大学:704人
小林 紘二郎(こばやし こうじろう、1942年8月10日 -… 小林 紘二郎(こばやし こうじろう、1942年8月10日 - )は、日本の工学者。大阪大学名誉教授。専門は、材料プロセシング、材料科学。 工学博士(京都大学、1976年)(学位論文「アルミニウム-けい素合金の共晶凝固現象に関する研究」)。
山田 勝(やまだ まさる、1942年6月6日 - 2004年… 山田 勝(やまだ まさる、1942年6月6日 - 2004年3月3日)は、英文学者、神戸市外国語大学名誉教授。和歌山県生まれ。1965年神戸市外国語大学英米学科卒業、1970年大阪大学大学院英文学博士課程満期退学。神戸市外国語大学助教授、1981年教授。1992年シャーロック・ホームズ大賞受賞。没後名誉教授。
森下 孝(もりした たかし、1942年5月4日 - )は、日… 森下 孝(もりした たかし、1942年5月4日 - )は、日本の経営者、薬学博士。森下仁丹社長を務めた。大阪府出身。 1966年に大阪大学薬学部を卒業し、1968年に森下仁丹に入社し、1973年には大阪大学大学院薬学研究科博士課程を修了。1978年2月に取締役に就任し、1984年6月には社長に昇格し、1986年6月までに務めた。健康科学診断財団理事長も務めた。
鷲田小弥太(鷲田小彌太、わしだ こやた、1942年(昭和17… 鷲田小弥太(鷲田小彌太、わしだ こやた、1942年(昭和17年)3月13日 - )は、日本の哲学者、札幌大学名誉教授。
鶴保 征城(つるほ せいしろ、1942年(昭和17年)2月1… 鶴保 征城(つるほ せいしろ、1942年(昭和17年)2月10日 - )は、日本の計算機科学者、実業家。 1966年(昭和41年)大阪大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了後、日本電信電話公社(現・NTT)に入社する。1989年(平成元年)11月、日本電信電話ソフトウェア研究所長となり、1991年(平成3年)3月、工学博士(大阪大学)。のち、NTTデータ通信取締役開発本部長、同社常務取締役技術開発本部長を経て、1997年(平成9年)6月、NTTソフトウェア代表取締役社長となった。2003年(平成15年)6月、同社取締役相談役。同年、高知工科大学工学部情報システム工学科教授。2004年(平成16年)独立行政法人情報処理推進機構ソフトウェア・エンジニアリング・センター所長・経済産業省産業構造審議会臨時委員、2008年(平成20年)日本学術会議連携会員、2009年(平成21年)学校法人専門学校HAL東京校長、2010年(平成22年)テリロジー監査役就任。
吉田 國雄(よしだ くにお、1942年1月15日 - )は、… 吉田 國雄(よしだ くにお、1942年1月15日 - )は、日本の電気・電子工学者。元東京工業大学および大阪工業大学教授。工学博士(大阪大学)。大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)元研究員。 専門は、光工学・光量子科学・薄膜光学、レーザー工学(特に高出力レーザーシステム/レーザー核融合プラズマ)・光エレクトロニクス、超精密加工。 1973年大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了。のちに、工学博士(大阪大学)。名古屋大学プラズマ研究所出向研究員(大出力レーザ機の激光I号機開発担当)などを経て、大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)にて、高出力レーザーシステム/レーザ核融合プラズマ・薄膜光学・超精密加工の研究開発に従事(レーザ核融合研究の第一人者である大阪大学レーザー核融合研究センター創設者・名誉教授の山中千代衛に師事)。
岩本 勲(いわもと いさお、1942年(昭和17年) - )… 岩本 勲(いわもと いさお、1942年(昭和17年) - )は、日本の政治学者、大阪産業大学名誉教授。 大阪府生まれ。1965年(昭和40年)、大阪大学法学部卒業。1971年(昭和46年)、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。1999年(平成11年)、「現代フランス政治過程の研究 -1981~1995」で、法学博士(大阪大学)の学位を取得。三重短期大学法経科助教授、教授。1986年(昭和61年)、大阪産業大学教授。2011年(平成23年)、定年退任。
品川 日出夫(しながわ ひでお、1942年 - ) は、日本… 品川 日出夫(しながわ ひでお、1942年 - ) は、日本の生物学者。大阪大学名誉教授。元日本遺伝学会会長。木原賞受賞。 1964年国際基督教大学教養学部自然科学科卒業。1966年大阪大学大学院理学研究科修士課程修了。1969年プリンストン大学大学院生物学部修士課程修了、M.A.。1971年大阪大学微生物病研究所助手。1974年理学博士。1987年大阪大学微生物病研究所助教授。1992年大阪大学微生物病研究所教授。1995年日本分子生物学会評議員。2005年大阪大学微生物病研究所招へい教授、大阪大学名誉教授、バイオアカデミア株式会社代表取締役社長、日本遺伝学会会長。2015年阪大理生物同窓会会長。
布引 敏雄(ぬのびき としお、1942年 - )は、日本の歴… 布引 敏雄(ぬのびき としお、1942年 - )は、日本の歴史学者、大阪観光大学名誉教授。 満洲国ハイラル市生まれ。戦後、引揚げて山口県小野田市に住む。1965年大阪大学文学部卒業。香川県立高松高等学校に勤める。66年退職して大阪大学大学院文学研究科へ進学、68年同修士課程修了後、山口県文書館に勤務。山口県立山口農業高等学校秋穂分校・山口県立萩高等学校・山口県立山口中央高等学校教諭を経て、1985年大阪明浄女子短期大学講師、助教授、2000年大阪明浄大学観光学部教授。2006年校名変更で大阪観光大学教授、2013年定年、名誉教授。
南川 諦弘(みなみがわ あきひろ、1942年 -2025年 … 南川 諦弘(みなみがわ あきひろ、1942年 -2025年 )は、日本の法学者、弁護士。専門は行政法・地方自治法。大阪学院大学法務研究科教授・研究科長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
松澤 佑次(まつざわ ゆうじ、1941年10月18日 - )… 松澤 佑次(まつざわ ゆうじ、1941年10月18日 - )は、日本の医学者。住友病院名誉院長・最高顧問。元大阪大学医学部附属病院 病院長、大阪大学名誉教授。アディポネクチンの発見者であり、「メタボリックシンドローム」の提言者としても知られる。和歌山県田辺市出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
新原 晧一(にいはら こういち、1941年9月28日 - )… 新原 晧一(にいはら こういち、1941年9月28日 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士(大阪大学)。研究分野は、材料科学・破壊力学・ナノコンポジット工学。日本セラミックス協会会長(2009年 - 2010年)、長岡技術科学大学学長(第7代)。大光銀行顧問、アクシアルリテイリング社外取締役・独立役員、永井エヌ・エス知覚科学振興財団理事・選考委員、大倉和親記念財団選考委員。 鹿児島県出身、新潟県長岡市在住。父親は小学校の先生。ラ・サール高等学校、大阪大学原子力工学科を卒業。大阪大学大学院工学研究科原子力工学専攻修士課程を修了。 大阪大学産業科学研究所高次インターマテリアル研究センターセンター長(1994年4月1日~2000年3月31日)、九州大学機能物質科学研究所教授(1994年7月1日~1994年9月30日)、Hanyang大学研究教授(2000年3月1日~)、東京工業大学統合院特任教授(2005年9月1日~2007年3月31日)、長岡技術科学大学学長(2009年9月16日~2015年9月15日)・2011年10月17日、110年以上の歴史を持つ米国セラミックス学会の最高栄誉賞であるディスティンギュッシュド ライフメンバーシップ(Distinguished Life Membership )賞を受賞。
三木 善彦(みき よしひこ、1941年7月16日 - 201… 三木 善彦(みき よしひこ、1941年7月16日 - 2018年6月24日)は、日本の臨床心理学者。臨床心理士。文学修士。大阪大学名誉教授。専門は、臨床心理学・内観療法・犯罪被害者の心理学。京都府生まれ。 手品。また、その口上が絶妙。また、詩吟の心得があり、万葉集の歌にメロディーをつけて披露する。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、… 井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、日本の歴史学者、島根大学・大阪工業大学名誉教授。専攻は日本中世史。 京都府京都市生まれ。1966年大阪大学文学部史学科卒業。1968年に大阪大学大学院文学研究科博士課程を中退し、大阪大学文学部助手となる。1975年に島根大学に移り文理学部助教授、教授を経て、1997年定年退官、名誉教授。大阪工業大学情報科学部教授となり、2007年に退任、名誉教授となる。
國井 和郎(くにい かずお、1941年(昭和16年)6月13… 國井 和郎(くにい かずお、1941年(昭和16年)6月13日 - 2010年(平成22年)2月15日)は、日本の法学者。専門は民法。名誉法学博士(トゥールーズ第一大学)。大阪大学名誉教授。大阪府八尾市生まれ。司法試験考査委員などを務めた。
杉山 司郎(すぎやま しろう、1941年4月20日 - )は… 杉山 司郎(すぎやま しろう、1941年4月20日 - )は、日本の機械工学者。大阪工業大学工学部機械工学科元教授。工学博士(大阪大学)。大阪大学大型計算機センター外部連絡所元プログラム指導委員。 専門は、流体機械・流体工学・熱工学、数値流体力学。 1967年大阪工業大学工学部機械工学科を卒業。1971年同大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。のちに、大阪大学大学院にて工学博士号を取得。大阪工業大学工学部機械工学科助手(「熱工学・流体工学研究室」;林太郎研究室)、講師を経て、1992年同学科助教授。1994年同学科教授。2006年定年退職。35年以上の長きに渡り教鞭を執り、流体機械・流体工学・熱工学の研究の推進に貢献した。
笹田 剛史(ささだ つよし、1941年(昭和16年)2月7日… 笹田 剛史(ささだ つよし、1941年(昭和16年)2月7日 - 2005年(平成17年)9月30日)は、日本の工学者、大阪大学教授。
高城 敏美(たかぎ としみ、1941年2月1日 - ) は、… 高城 敏美(たかぎ としみ、1941年2月1日 - ) は、日本の機械工学者。大阪大学名誉教授。元日本機械学会熱工学部門長。 1963年大阪大学工学部機械工学科卒業。1965年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。1968年大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。 その後、大阪大学助教授。1981年大阪大学教授。1997年日本機械学会熱工学部門長。2004年大阪大学名誉教授、大阪産業大学客員教授。2010年大阪産業大学客員教授退任。 専門は熱工学、燃焼など。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
大場 新太郎(おおば しんたろう、1941年1月28日 - … 大場 新太郎(おおば しんたろう、1941年1月28日 - )は、日本の建築工学・構造工学者。工学博士(大阪大学)。大阪工業大学名誉教授。元日本建築学会代議員。元地盤工学会関西支部評議員。 専門は、建築構造(特に地盤工学・地震工学)・建築工学(特に寺塔)、建築材料(コンクリート工学・木造)。 1963年大阪工業大学工学部建築学科卒業。1967年同大学建築学科助手。1972年同学科講師を経て、1984年大阪大学より工学博士の学位を取得。 1984年大阪工業大学工学部建築学科助教授。1989年同学科教授、2001年工学部長。2005年大阪工業大学名誉教授。大阪工業大学工学部建築学科にて30年以上の長きにわたり教鞭を執り、同大学法人グループの広島国際大学教授も務めた。
岡本 佳男(おかもと よしお、1941年〈昭和16年〉1月1… 岡本 佳男(おかもと よしお、1941年〈昭和16年〉1月10日 - )は、日本の高分子化学者。名古屋大学名誉教授、特別教授、ハルビン工程大学特聘教授。 世界に先駆けて不斉重合によって、選択的に高分子を一方方向のらせん型に合成したことで知られる。また、らせん高分子を使用した鏡像異性体を分離する高速液体クロマトグラフィー用の光学分割カラム充填剤を開発し、その成果は医療や高分子研究に利用されている。 2019年4月には、名古屋大学が岡本若手奨励賞を創設している。これは日本国際賞を受賞した際、賞金の一部を名古屋大学に寄付したためで、若手研究者を支援するために設けられたものである。 1979年、世界初のらせん高分子の合成に成功した。
北村 惣一郎(きたむら そういちろう、1941年〈昭和16年… 北村 惣一郎(きたむら そういちろう、1941年〈昭和16年〉1月8日 - )は、日本の医学者、医師。国立循環器病センター名誉総長。奈良県立医科大学名誉教授。堺市立病院機構理事。地方独立行政法人堺市立病院機構理事長。心臓血管外科専門医認定機構代表幹事、日本胸部外科学会会長。兵庫県西宮市出身。 川崎病外科治療の開発に貢献した。また、日本での心臓移植の再開に尽力し、脳死移植法下での国内第2例、第3例を執刀。(第1例は大阪大学第一外科の松田教授)
伊勢村 護(いせむら まもる、1941年1月 - )は、日本… 伊勢村 護(いせむら まもる、1941年1月 - )は、日本の生物学者(構造生物化学・細胞生物学)。勲等は瑞宝中綬章。学位は理学博士(大阪大学・1968年)。静岡県立大学名誉教授。 大阪大学理学部助手、ボストン大学リサーチフェロー、新潟大学医学部助教授、東北大学医学部助教授、静岡女子大学家政学部教授、静岡県立大学食品栄養科学部教授、静岡県立大学食品栄養科学部学部長(第2代)、静岡県立大学大学院生活健康科学研究科研究科長、静岡県立大学学長補佐などを歴任した。 構造生物化学、細胞生物学を専攻する生物学者である。細胞接着因子の構造や機能についての研究で知られている。大阪大学を経て、ボストン大学で研究に従事したのち、新潟大学、東北大学、静岡女子大学、静岡県立大学で教鞭を執った。
尾浦憲治郎(おうらけんじろう、1941年 - ) は大阪大学… 尾浦憲治郎(おうらけんじろう、1941年 - ) は大阪大学名誉教授。応用物理学会長. 日本真空協会長. 1964年大阪大工卒 大阪大学院博士課程修了 大阪大学超高圧電子顕微鏡センタ特任教授 2006年日本応用物理学会会長。2011年日本真空協会会長 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
高橋 亮人(たかはし あきと、1940年12月23日 - )… 高橋 亮人(たかはし あきと、1940年12月23日 - )は、日本の工学者、工学博士。大阪大学名誉教授。専門は核融合中性子工学・核反応。 岡山県出身。1963年大阪大学電気工学科卒業、1965年大阪大学大学院原子核工学専攻修了。1965年から2004年まで大阪大学原子力工学科にて助手・助教授・教授を勤め、2004年定年退官。日本原子力学会特賞、同フェロー。タイ、チェンマイ大学名誉理学博士。2004年より国際常温核融合学会理事。株式会社テクノバ理事。
高嶋 雅明(たかしま まさあき、1940年10月4日 - )… 高嶋 雅明(たかしま まさあき、1940年10月4日 - )は、日本の経済史学者、和歌山大学名誉教授。 大阪市生まれ。1964年和歌山大学経済学部卒、1970年大阪大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。1980年「朝鮮における植民地金融史の研究」で経済学博士。1967年九州産業大学講師、1970年和歌山大学経済学部講師、1972年助教授、1981年教授、1997年-1999年経済学部長、2006年定年退官、名誉教授、広島経済大学教授。2011年退職。
佐藤 光信(さとう みつのぶ、1940年9月20日 - 20… 佐藤 光信(さとう みつのぶ、1940年9月20日 - 2021年10月30日)は、日本の歯科医師、歯学者。徳島大学名誉教授。元徳島大学歯学部口腔腫瘍制御学(口腔外科学第二)講座教授。元日本口腔組織培養学会会長。 1964年大阪大学歯学部卒業、1968年同大学院歯学研究科修了。以後同大学助手、講師を務め、1980年より徳島大学口腔外科学第二講座(現、口腔腫瘍制御学)教授。現在徳島大学名誉教授。2021年10月30日死去。叙正四位、瑞宝中綬章追贈。 1969年、大阪大学より歯学博士の学位を得る。論文は「Rous肉腫のフェノール抽出物中のインターフェロン産生物質」。
丸山 剛郎(まるやま たかお、1940年3月26日 - )は… 丸山 剛郎(まるやま たかお、1940年3月26日 - )は、日本の歯学者。サンマルティン大学名誉教授、大阪大学名誉教授、元大阪大学大学院歯学研究科 統合機能口腔科学専攻 顎口腔機能再建学講座 顎口腔咬合学分野(歯科補綴学第一講座)教授。歯科医師。元国際歯科補綴学会会長、元国際歯科審美学会会長、元アジア歯科審美学会会長、元アジア頭蓋顎機能異常学会会長、元日本顎口腔機能学会会長、元日本歯科審美学会会長、日本咬合学会理事長、日本全身咬合学会顧問。
前田 成欣(まえた しげよし、1940年2月26日 - )は… 前田 成欣(まえた しげよし、1940年2月26日 - )は、日本の電気工学者。大阪工業大学名誉教授。元電気工学教室担当。工学博士(大阪大学)。 専門は、光工学・レーザー工学、電気材料。 1965年大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了。のちに、工学博士(大阪大学)。1967年大阪工業大学工学部電気工学科に着任し、電気工学教室を担当。助教授などを経て、同学科教授。2002年同学部電気電子システム工学科教授。2004年同大学名誉教授。 大阪工業大学工学部(電気工学科・電気電子システム工学科)にて35年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に初期の光工学・レーザー工学の研究・育成に貢献した。 主な所属学会は、電気学会、レーザー学会、日本物理学会、応用物理学会。
山中 龍彦(やまなか たつひこ、1940年2月2日 - 20… 山中 龍彦(やまなか たつひこ、1940年2月2日 - 2015年2月25日)は、日本の電気・電子工学者。大阪大学名誉教授。工学博士(大阪大学)。大阪大学レーザー核融合研究センター(現:大阪大学レーザー科学研究所)元センター長。名古屋大学プラズマ研究所元助教授。プラズマ・核融合学会元副会長。レーザー学会元監事。日本原子力学会関西支部元幹事。レーザー核融合研究の第一人者の一人。 専門は、レーザー核融合(高出力レーザーシステム・プラズマ含む)・核融合エネルギー、光工学・光量子科学・光エレクトロニクス、原子力工学。 1963年大阪大学工学部電気工学科卒業。1968年同大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程単位取得退学。
佐藤 邦明(さとう くにあき、1940年1月25日 - )は… 佐藤 邦明(さとう くにあき、1940年1月25日 - )は、日本の土木工学者・地下水学者。広島県生まれ。埼玉大学名誉教授。 専門は、地圏水理学、地下空間工学、地下水資源学、地盤沈下、地下水汚染。地下水の力学的挙動をはじめ、水文循環、地下水調査・管理にいたるまで「地下水」に関わる主要な問題を総合的に研究し、地下水利用のあり方について提言した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
北村 幸彦(きたむら ゆきひこ、1940年 - )は、日本の… 北村 幸彦(きたむら ゆきひこ、1940年 - )は、日本の医学者、医師。大阪大学名誉教授。 大阪府池田市出身。灘高等学校、大阪大学医学部医学科卒業。大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。大阪大学大学医学部長、大阪大学大学院生命機能研究科教授のほか、日本病理学会会長、日本血液学会会長などを歴任。
鈴木 敏夫(すずき としお、1940年 - )は、日本の工学… 鈴木 敏夫(すずき としお、1940年 - )は、日本の工学者。専攻は船舶工学。大阪大学名誉教授。 1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。1963年、大阪大学工学部造船学科卒業。1965年、大阪大学工学研究科(造船学)修了。同年、大阪大学助手。1979年、同助教授。1987年、同教授。1998年、大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻へ。2004年、定年退職、名誉教授。退職後、私立大学教養部非常勤講師、家庭裁判所家事調停委員を務める。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
森永 規彦(もりなが のりひこ、1939年6月6日 - )は… 森永 規彦(もりなが のりひこ、1939年6月6日 - )は、日本の通信工学者。大阪大学名誉教授。元広島国際大学学長。元移動無線センター会長。元総務省電気通信事業紛争処理委員会委員長。元電子情報通信学会副会長。 1963年静岡大学工学部電気工学科卒業。1968年大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻博士課程修了、大阪大学工学部助手。大阪大学工学部講師を経て、1984年大阪大学工学部助教授。1987年大阪大学工学部教授。1998年大阪大学大学院工学研究科教授。1999年電子情報通信学会副会長。2003年定年退職、大阪大学名誉教授、広島国際大学教授。2007年総務省電気通信事業紛争処理委員会委員長。2008年広島国際大学学長。
柏木 哲夫(かしわぎ てつお、1939年5月29日 - )は… 柏木 哲夫(かしわぎ てつお、1939年5月29日 - )は、日本の医学者、内科医、精神科医。博士(医学)、博士(人間科学)。専門はターミナルケア。クリスチャンであり、日本メノナイト・ブレザレン教団石橋キリスト教会会員。淀川キリスト教病院理事長、大阪大学名誉教授、ホスピス財団理事長。 兵庫県出身。大阪府立北野高等学校を経て、1965年大阪大学医学部卒業。大阪大学精神神経科に3年勤務。69年ワシントン大学に留学。72年帰国、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設、ターミナルケア 実践のためチームを結成。 その後、同病院にて内科医としての研修を受け、1984年にホスピスを開設し、その後副院長、ホスピス長を経て、93年大阪大学人間学部教授。
岸本 忠三(きしもと ただみつ、1939年(昭和14年)5月… 岸本 忠三(きしもと ただみつ、1939年(昭和14年)5月7日 - )は、日本の免疫学者。元・大阪大学総長、大阪大学名誉教授。IL-6の発見者であり、免疫学の世界的権威としてその名を知られる。医学博士(大阪大学)(1969年)。大阪府富田林市生まれ。文化功労者、文化勲章。2009年、日本人初となるクラフォード賞の受賞者に選出された(平野俊夫、チャールズ・ディナレロとの共同受賞)。
松岡 博(まつおか ひろし、1939年(昭和14年)3月31… 松岡 博(まつおか ひろし、1939年(昭和14年)3月31日 - 2013年(平成25年)7月25日)は、日本の法学者。専門は国際私法。学位は、法学博士(大阪大学・論文博士・1987年)。大阪大学名誉教授。元大阪大学副学長。帝塚山大学学長・帝塚山大学国際ビジネス法務塾塾長を歴任。弁護士(大阪弁護士会、土居総合法律事務所)。大阪市人事委員会委員長。大阪市出身。 1957年、大阪府立清水谷高等学校卒業。1961年、大阪大学法学部卒業。専門は、国際私法・国際取引法。 1970年に大阪大学法学部助教授。1974年、米ハーバード・ロー・スクール客員研究員。1981年、大阪大学法学部教授。1987年、大阪大学より法学博士の学位を取得。
所美都子(ところ みつこ、1939年1月3日 - 1968年… 所美都子(ところ みつこ、1939年1月3日 - 1968年1月27日)は、日本の女性学者・新左翼活動家。トマノミミエの筆名も持つ。 東京都出身。お茶の水女子大学大学院・大阪大学大学院に学ぶ。在学中から学生運動に入る。1960年の羽田ロビー闘争などに参加。1966年、東京大学ベトナム反戦会議立ち上げに参画。1968年、膠原病にかかり死亡した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
福岡 登(ふくおか のぼる、1939年 - )は、日本の物理… 福岡 登(ふくおか のぼる、1939年 - )は、日本の物理学者。理学博士。四国大学学長。大阪大学理学部卒業。同大学理学研究科修了。日本物理学会、応用物理学会、日本理科教育学会に所属。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、物理学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:物理学/Portal:物理学)。
和 秀雄(にぎ ひでお、1939年 - 2025年1月25日… 和 秀雄(にぎ ひでお、1939年 - 2025年1月25日)は、日本の霊長類学者、大阪大学名誉教授。 元北海道大学教授の和孝雄は兄。 鹿児島県・奄美大島生まれ。奄美小学校、名瀬中学校を経て、1957年鹿児島県立大島高等学校卒業、中央大学法学部法律学科中退、北海道大学理類に入学して獣医学部へ進み1962年3月卒業。1978年「ニホンザルの排卵前後の卵巣の形態学的変化に関する研究」で獣医学博士の学位を取得。(財)日本モンキーセンター研究員、日本獣医畜産大学教授、1996年大阪大学人間科学部人間生態学教授、2002年定年退官、名誉教授、広島国際大学社会環境科学部教授。1985年『ゴンはオスでノンはメス』で毎日出版文化賞を受賞。
稲邑 清也(いなむら きよなり、1939年(昭和14年) -… 稲邑 清也(いなむら きよなり、1939年(昭和14年) - 2017年(平成29年)11月23日)は、昭和から平成時代の医学物理学者。専門は放射線治療学、放射線物理学。 金沢大学工学部電気工学科、大阪大学大学院工学研究科修士課程電子工学専攻、同研究科博士課程電子工学専攻を経て、1967年(昭和42年)日本電気に入社。電子応用事業部医用電子部リニアック課に配属される。その後、放射線医学総合研究所外来研究員などを経て、1990年(平成2年)大阪大学医療技術短期大学部教授(現・大阪大学医学部保健学科)となり、同大学医学部保健学科放射線技術科学専攻教授、同大学大学院医学系研究科保健学専攻教授を経て、2003年(平成15年)関西国際大学経営学部教授となった。
志水 英二(しみず えいじ、1939年 - 2021年11月… 志水 英二(しみず えいじ、1939年 - 2021年11月28日 )は日本の工学者。工学博士。大阪市立大学名誉教授。 専門は電気電子工学、通信・ネットワーク工学。 1963年大阪大学工学部電子工学科卒業。1966年電気通信学会稲田記念学術奨励賞受賞。大阪市立大学工学研究科教授を経て、宝塚大学造形芸術学部教授。 2018年瑞宝中綬章受章。
加納 剛太(かのう ごうた、1938年10月2日 - )は、… 加納 剛太(かのう ごうた、1938年10月2日 - )は、日本の工学者。工学博士。専門は半導体工学。 砒化ガリュウム(GaAs)半導体を用いた携帯電話用化合物半導体集積回路・GaAs MMICの開発実用化、ビスマス多層ペロブスカイト型強誘電体を用いた非接触ICカード用不揮発性メモリ集積回路・FeRAM LSIの開発実用化の貢献に努めた。 2000年、工学分野における研究の在り方に関する新しい概念を、(社)映像情報メディア学会に発起人の一人として提唱し、「起業工学」という学問体系の構築を推進した。同年、マルチメディア・アントレプレナー研究会(後に起業工学研究会と改称、通称アントレ研)を発起人の一人として設立し、2003年には委員長を務めた。
村井 眞二(むらい しんじ、1938年8月24日 - 202… 村井 眞二(むらい しんじ、1938年8月24日 - 2025年6月30日)は、日本の化学者。工学博士。大阪大学・奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。 日本化学会会長、科学技術振興機構上席フェロー、奈良先端科学技術大学院大学理事・副学長などを歴任。大阪市出身。
三船 忠志(みふね ただし、1938年7月23日 - )は、… 三船 忠志(みふね ただし、1938年7月23日 - )は、日本の機械工学者。大阪工業大学工学部機械工学科元教授、工学博士(大阪大学)。大阪工業大学校友会参与。 専門は、機械力学・材料力学・構造工学、機械計測工学。 1963年大阪工業大学工学部機械工学科(「計測研究室」; 増尾竜一研究室)卒業。同大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。のちに、大阪大学大学院にて工学博士号を取得。大阪工業大学工学部機械工学科助手・講師・助教授などを経て、同学科教授。大阪工業大学校友会参与。 30年近くの長きに渡り大阪工業大学機械工学科にて教鞭を執り、特に高専(奈良工業高等専門学校、阿南工業高等専門学校)との共同研究など高大連携に貢献した。
小林 俊一(こばやし しゅんいち、1938年6月28日 - … 小林 俊一(こばやし しゅんいち、1938年6月28日 - )は、日本の物理学者、理学博士。理化学研究所理事長を務めた。 奈良県出身。1962年に大阪大学理学部物理学科を経て、1967年に大阪大学院理学部物理学専攻博士課程修了。 1967年4月に大阪大学基礎工学部助手に就任し、1968年11月には東京大学理学部助手に就任し、講師、助教授、教授を経て、1993年4月に理学部部長に就任し、1997年4月には副学長に就任。1998年8月から2003年4月までに理化学研究所理事長を務め、2004年4月に東京農業大学監事を経て、2006年4月に秋田県立大学理事長兼学長に就任。 2018年11月に瑞宝中綬章を受章。
岩井 嘉男(いわい よしお、1938年1月24日 - 201… 岩井 嘉男(いわい よしお、1938年1月24日 - 2012年)は、日本の電気/電子物理工学・半導体工学者。工学博士(大阪大学)。電気学会関西支部2001協議員 。大阪大学工学部電気系同窓会澪電会元会員。 専門は、半導体工学・電気/電子物理工学。 京都市生まれ。1961年大阪工業大学工学部電気工学科卒業。1963年大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了、のちに工学博士(大阪大学)。1969年大阪工業大学工学部電気工学科に講師として着任。その後、助教授・教授などを経て、2003年大阪工業大学退官。退官後は、同大学電気クラブ会長も務めた。2012年逝去。 大阪工業大学工学部電気工学科にて30年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に半導体工学の研究・育成に貢献した。
小濱啓次(こはま あきつぐ、1938年‐ )は、日本の医師、… 小濱啓次(こはま あきつぐ、1938年‐ )は、日本の医師、川崎医科大学名誉教授。 兵庫県生まれ。1964年奈良県立医科大学卒、1969年大阪大学大学院医学研究科麻酔学修了、医学博士(大阪大学)。ユタ大学フェローをへて、1975年川崎医科大学助教授、77年教授。2004年名誉教授、川崎医療福祉大学教授。ドクターヘリの活用で知られる。2021年、瑞宝小綬章受章。
大村 皓一(おおむら こういち、1938年 -2024年2月… 大村 皓一(おおむら こういち、1938年 -2024年2月12日)は、日本の工学者、グラフィックデザイナー、プログラマー。元宝塚造形芸術大学副学長。 上海生まれ。大阪大学工学部通信工学科、同大学大学院工学研究科博士課程。工学博士。
角永 武夫(かくなが たけお、1937年11月8日 - 19… 角永 武夫(かくなが たけお、1937年11月8日 - 1988年9月21日)は、日本の分子生物学者。薬学博士。朝鮮・京城(現・ソウル特別市)生まれ。 金沢大学薬学部卒、大阪大学大学院薬学研究科博士課程修了。1970年高松宮妃癌研究基金学術賞受賞。1987年「癌細胞の表現形質発現の分子機構に関する研究」の業績により大阪科学賞受賞。1988年4月第13代大阪大学微生物病研究所所長に就任。この頃、自身が癌に冒されていることがわかり「あと数カ月の命」と診断される。癌細胞の研究が専門であった。亡くなる3日前まで発癌遺伝子の研究論文を書き続けた。1988年9月、死去。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
村橋 俊一(むらはし しゅんいち、1937年5月12日 - … 村橋 俊一(むらはし しゅんいち、1937年5月12日 - )は、日本の化学者。専門は、有機合成化学・有機金属化学。大阪大学名誉教授。日本化学会会長、日本学術会議会員、同連携会員などを歴任。曽祖父・村橋次郎、祖父・村橋素吉、父・村橋俊介ともに化学者。 大阪府吹田市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。