山城 むつみ(やましろ-、男性、1960年9月24日-)は日… 山城 むつみ(やましろ-、男性、1960年9月24日-)は日本の文芸評論家。本名山城康治。東海大学文化社会学部文芸創作学科教授。 大阪府生まれ。奈良県立郡山高等学校卒業。大阪外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業。大学生時代には法橋和彦から教えを受ける。 「小林批評のクリティカル・ポイント」(『群像』1992年12月号)で第35回群像新人文学賞評論部門受賞。 1995年3月、最初の本『文学のプログラム』を刊行。 『文學界』2004年2月号より不定期連載「ドストエフスキー」を開始。「ドストエフスキー〔2〕」(2004年7月号)、「ドストエフスキー〔3〕」(2005年12月号)、「ドストエフスキー〔4〕」(2007年3月号)、「ドストエフスキー〔4〕承前」(2007年4月号)。
原田 伊織(はらだ いおり、1946年 - )は、日本の著作… 原田 伊織(はらだ いおり、1946年 - )は、日本の著作家、小説家、歴史評論家。本名、原正和。 京都府京都市生まれ。大阪外国語大学タイ・ベトナム語学科卒。広告代理店でマーケティング・プランニング、番組企画などに携わり、独立後、プランナー、コピーライター、編集ライターとして活動。株式会社SICクリエイティブディレクター。JADMA(日本通信販売協会)設立に参加。株式会社Jプロジェクト代表取締役。 2005年に『夏が逝く瞬間』で作家デビューした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山根 貞男(やまね さだお、1939年10月15日 - 20… 山根 貞男(やまね さだお、1939年10月15日 - 2023年2月20日)は、日本の映画評論家、漫画評論家、翻訳家。かつては、菊池浅次郎のペンネームを使用していた。 大阪府出身。大阪外国語大学フランス語科卒業。大学時代は演劇部の活動に熱中する。 25歳で書評紙『日本読書新聞』の編集者となる。1967年には、読書新聞の同僚だった権藤晋(高野慎三)や、石子順造らと日本初の漫画評論誌『漫画主義』を創刊。菊池浅次郎名義で、3月の創刊号に漫画史上画期的なつげ義春の「沼」を論じた「不可能性への出発」を掲載。白土三平以外で最も早い時期につげ義春を絶賛。同誌や「夜行」などでつげ義春の作品などを論じた。 1969年から1971年まで波多野哲朗(大学の演劇部の先輩だった)、手島修三とともに映画批評誌『シネマ69』(誌名は『シネマ70』『シネマ71』と変遷し、毎年3号を刊行)を創刊し、編集・発行に携わった。
俵 萠子(たわら もえこ、1930年〈昭和5年〉12月7日 … 俵 萠子(たわら もえこ、1930年〈昭和5年〉12月7日 - 2008年〈平成20年〉11月27日)は、日本の評論家・エッセイスト。 建築家中野順次郎の子として、大阪府大阪市に生まれる。本名は中野萌子。 大阪府立大手前高等学校、大阪外国語大学フランス語学科を卒業。戦後、4年制大学卒の女性記者第1号として産経新聞社に入社。大阪文化部時代は司馬遼太郎と机を並べた。1965年に同社を退社し、以後、女性、家庭、老人、教育などを中心に据えて評論家として活動する。また東京・中野区の教育委員を務めたほか、国政進出を試みたこともあった。 1986年から陶芸を始め、1995年には群馬県勢多郡富士見村の赤城山に『俵萠子美術館』を設立。
水野 肇(みずの はじめ、1927年12月9日 -2019年… 水野 肇(みずの はじめ、1927年12月9日 -2019年5月)は、日本のジャーナリスト、医事評論家。大阪府出身。 父は作曲家・声楽家で元岡山大学教育学部長の水野康孝。1948年大阪外国語大学ロシア語学科卒業後、山陽新聞入社。社会部デスク時代に企画連載「ガンを追って」で日本新聞協会賞を受賞。その後独立して医事問題の評論家となり、老人保健福祉審議会、医道審議会等の委員を歴任。 この項目は、医学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:医学/Portal:医学と医療)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
司馬 遼太郎(しば りょうたろう、1923年(大正12年)8… 司馬 遼太郎(しば りょうたろう、1923年(大正12年)8月7日 - 1996年(平成8年)2月12日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家、評論家。本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。
植村 鷹千代(うえむら たかちよ、1911年11月2日 - … 植村 鷹千代(うえむら たかちよ、1911年11月2日 - 1998年2月26日)は、日本の美術評論家。 旧高取藩主植村家壺子爵の子として、奈良県高市郡高取町に生まれる。1932年大阪外国語学校仏語部卒。日本外事協会、南洋経済研究所を経て、1939年日本大学芸術科講師、1943-1945年同盟通信社に勤務。1939年から美術評論活動を開始。戦後、日本アバンギャルド美術家クラブ結成に参加、前衛美術論を展開した。現代美術研究所主宰。1971年高齢者を対象に設立されたサロン・デ・ボザール会長に就任。1977年紫綬褒章受勲。
中川 龍一(なかがわ りょういち、1904年2月15日 - … 中川 龍一(なかがわ りょういち、1904年2月15日 - 1990年8月6日)は、日本の英文学者、演劇評論家、翻訳家。 大阪外国語学校、関西学院大学卒。戦後、南山大学文学部教授。1973年、大妻女子大学教授。英語戯曲の翻訳、演劇評論で活動、ほか推理小説の翻訳もした。