岡本 剛史(おかもと たけし、1991年5月27日 - )は… 岡本 剛史(おかもと たけし、1991年5月27日 - )は、愛媛県伊予市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。 愛媛FCの下部組織出身。2009年8月に2種登録され、同年8月9日にベガルタ仙台戦でJリーグ初出場を果たした。2010年よりトップチームに昇格したが、同年1月19日には練習中に左膝前十字靭帯を損傷して全治8か月と診断され、2011年シーズンも出場がゼロで終わったため、契約満了に伴って退団した。 2012年には流通経済大学に進学したが、寮生活に馴染めず帰郷してFC今治に入団し、エースストライカーとして活躍した。 2016年、ラトビヤス・ピルマー・リーガのFKアウダに移籍。
中山 雄登(なかやま ゆうと、1991年4月11日 - )は… 中山 雄登(なかやま ゆうと、1991年4月11日 - )は、広島県出身のプロサッカー選手。ポジションは、MF。 小学生時代は広島のサッカー強豪チームである広島高陽FCでプレーする。高陽FCおよびサンフレッチェ広島ジュニアユースの先輩には田坂祐介や髙柳一誠・森重真人がおり、更に田坂と髙柳は広島ユースの先輩でもある。 サンフレッチェ広島ユース出身の選手で、当ユースから流通経済大学へ進学したのは中山が最初の選手である。大学在籍時のポジションはボランチや右サイドハーフであった。 2013年に、2014年シーズンのロアッソ熊本入りが内定した。2014年シーズンの開幕戦でスタメン出場、Jリーグデビューを果たした。
藤本 大(ふじもと だい、1990年5月2日 - )は、熊本… 藤本 大(ふじもと だい、1990年5月2日 - )は、熊本県上益城郡甲佐町出身の元プロサッカー選手。ポジションはDFであった。兄はプロサッカー選手である藤本康太である。 大津高校時代には全国大会ベスト4を経験した。その際高校選抜チームメンバーに選出され欧州遠征を経験している。 高校卒業後は流通経済大学に進学。1年次より公式戦出場の機会を得たが、その後トップチームでプレーすることは少なくクラブ・ドラゴンズでのプレーが続いた。 2013年のロアッソ熊本始動時から練習生としてクラブに同行していたが、2013年2月8日に加入が決定した。2014年シーズン第7節カマタマーレ讃岐戦にて、Jリーグデビューを果たした。
河本 明人(かわもと あきと、1990年5月1日 - )は、… 河本 明人(かわもと あきと、1990年5月1日 - )は、滋賀県甲賀市出身のサッカー選手。ポジションは、フォワード(FW)。 流通経済大学付属柏高校時代、2年時に高円宮杯全日本ユース(U-18)、全国高校選手権を制し2冠を達成した。 高校卒業後は流通経済大学に進学。2011年、中国・深圳で行われた夏季ユニバーシアードではユニバーシアード日本代表に選ばれ、チームの優勝に貢献。5得点の活躍で大会MVPを受賞した。[要出典] 2013年より、新加入選手としてはクラブ史上最長となる3年契約でヴァンフォーレ甲府に入団。開幕戦のベガルタ仙台戦に途中出場しデビュー。この試合で早速アシストを記録する。4月10日のヤマザキナビスコカップ第4節大宮アルディージャ戦でプロ初得点を含む2得点を挙げる。
早稲田 昂平(わせだ こうへい、1990年4月17日 - )… 早稲田 昂平(わせだ こうへい、1990年4月17日 - )は、宮崎県出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。元サッカー選手、サッカー指導者の早稲田一男は実父。
久場 光(くば ひかる、1990年4月9日 - )は、沖縄県… 久場 光(くば ひかる、1990年4月9日 - )は、沖縄県出身の元サッカー選手。ポジションはFW。 沖縄の那覇市立安岡中学校出身。攻撃の要としてチームを牽引 し、3年生時には沖縄県中学新人大会で準優勝。決勝戦の対戦相手の小禄中学校は、後に高校やプロで同期となる田口泰士がキャプテンを務めていた。 流通経済大学付属柏高等学校に進学。2年生時にベンチ入りし、高円宮杯全日本ユース選手権と全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を経験。3年生時には田口泰士とのコンビで攻撃の中心を担い、高校総体で優勝に導いた。高校の一学年先輩に、大前元紀、比嘉祐介、中里崇宏がいる。 2008年11月、名古屋入りが内定。2009年1月25日、久場と田口を含む新人選手6人で入団会見を行った。
中里 崇宏(なかざと たかひろ、1990年3月29日 - )… 中里 崇宏(なかざと たかひろ、1990年3月29日 - )は、東京都町田市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 Kリーグ時代の登録名は中里(ハングル: 나카자토)。 東京都町田市内のサッカークラブ、東京・町田忠生サッカークラブを経て東京ヴェルディの下部組織で中学生時代までプレーした。 中学校卒業後流通経済大学付属柏高等学校に進学してサッカー部に入部。同級生に大前元紀、比嘉祐介がいる。高校3年次の2007年10月、高円宮杯第18回全日本ユースサッカー選手権 (U-18)大会優勝を、翌2008年1月には第86回全国高等学校サッカー選手権大会優勝を経験した。 高校卒業後流通経済大学に進学。
関戸 健二(せきど けんじ、1990年1月7日 - )は、神… 関戸 健二(せきど けんじ、1990年1月7日 - )は、神奈川県出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 高校までは目立った実績はなかったが、高いレベルに挑戦したいと流通経済大学へ進学。元U-23日本代表の山村和也、比嘉祐介らとしのぎを削り、素質を開花させた。 2012年、大学で同期の上條宏晃と共にファジアーノ岡山へ入団。初年度からスタメン争いに割って入り、37試合に出場して3ゴールを挙げる活躍を見せた。 2016年はボランチの位置でスタメンとして抜擢され、以降は継続してその座を確保。同年においてチーム史上最高位となった6位でのプレーオフ出場・決勝進出への道程に少なからず貢献を見せた。
乾 大知(いぬい だいち、1989年12月2日 - )は、群… 乾 大知(いぬい だいち、1989年12月2日 - )は、群馬県高崎市出身のプロサッカー選手。関東サッカーリーグ、tonan前橋所属。ポジションはディフェンダー。 サッカー選手の乾貴哉は実弟。 桐生第一高等学校、流通経済大学を経て、2012年よりザスパ草津に加入。 黄大城とは同級生でありFC前橋ジュニアユース・桐生第一高校時代に共にプレーし、高校1年・3年時にはインターハイ出場。大学では生年月日が同じ山村和也とセンターバックを組んでいた。また、当時の正GKは後に長崎で同僚となる増田卓也だった。 2013年所属チームがザスパクサツ群馬へ名称変更。乾はシーズン終了後契約更新を発表した。 2014年5月26日に入籍(発表は同年7月17日)。
山村 和也(やまむら かずや、1989年12月2日 - )は… 山村 和也(やまむら かずや、1989年12月2日 - )は、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手。ウロンゴン・ウルブスFC所属。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ、トップ下)、ディフェンダー(センターバック)。元日本代表。 長崎市立桜が丘小学校3年でサッカーを始め、小学校6年時には全日本少年サッカー大会全国大会出場、国見中学校ではフォワード・ミッドフィールダーでプレーし、長崎県立国見高等学校入学後にディフェンダーへ転向した。高校2年時に第85回全国高等学校サッカー選手権大会に出場も1回戦敗退。高校3年時にU-18日本代表候補に選出されたのを皮切りに各年代の日本代表に選出される。 高校卒業後は流通経済大学へ進学し、2年時にはアジアカップカタール大会予選のイエメン戦で、福岡大学の永井謙佑とともに大学生としては18年ぶりのA代表に選出され、米本拓司とのダブルボランチとして先発出場。
村瀬 勇太(むらせ ゆうた、1989年10月28日 - )は… 村瀬 勇太(むらせ ゆうた、1989年10月28日 - )は、千葉県出身の元サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 6歳でサッカーを始め、小学生年代では千葉県選抜にも選ばれた。流通経済大学付属柏高校に進学し、3年時の2007年に高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会、全国高等学校サッカー選手権大会を制し2冠を達成した。高校卒業後は流通経済大学に進み、2008年5月には、U-19日本代表に選出され、ベルギー・オランダ遠征に参加した。 2012年、松本山雅FCに入団。2013年、当初は松本山雅に登録されていたが、2月に藤枝MYFCへ期限付き移籍。シーズン終了後、松本・藤枝両方から退団が発表された。
関田 寛士(せきた ひろし、1989年10月2日 - )は、… 関田 寛士(せきた ひろし、1989年10月2日 - )は、神奈川県相模原市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、ディフェンダー。 幼稚園でサッカーを始め、中学まで地元のFCコラソンに所属した。流通経済大学付属柏高校に進学し、3年時、高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会、全国高等学校サッカー選手権大会を制し2冠を達成した。しかし高校ではレギュラーではなく、控えに回ることが多かった。高校卒業後は桐蔭横浜大学へ進み、2010年には関東大学選抜Bに選ばれた。 2012年、FC岐阜へ入団。開幕戦でJリーグ初出場を果たすと、第8節以降はセンターバックのポジションに定着し、リーグ戦35試合に出場した。
加藤 淳也(かとう じゅんや、1989年8月29日 - ) … 加藤 淳也(かとう じゅんや、1989年8月29日 - ) は、東京都練馬区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(FW)。 FC東京の下部組織出身。2003年の日本クラブユースサッカー選手権では決勝点を挙げ、FC東京U-15の全国優勝に貢献し、その活躍が認められJFAエリートプログラムや日本代表に選出。その後、流通経済大学へ進学。 2012年に大学を卒業し、インドプロサッカーリーグのシムラー・ヤングスFCで2年間プレーする。第2節KGFアカデミー戦で初得点を挙げた。 その後ドイツ、タイでプレーし、引退後はスポーツ選手の資産形成やセカンドキャリアサポート事業を立ち上げている。
増田 卓也(ますだ たくや、1989年〈平成元年〉6月29日… 増田 卓也(ますだ たくや、1989年〈平成元年〉6月29日 - )は、広島県広島市安佐北区出身 の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 幼稚園時代からサッカーを始める。GKはこの頃から経験していたが、中学生まではフィールドプレーヤーであった。広島高陽フットボールクラブの4つ上に田坂祐介、3つ上に髙柳一誠、2つ上に森重真人、2つ下に中山雄登、4つ下に渡大生がいた。中学生時代はピジョンFCでプレー。 2005年、強豪の広島県立広島皆実高等学校へ進学。この頃から本格的にGKとしてプレーを始めた。2年生から正GKに定着し、高校サッカー選手権では第85回大会・第86回大会と2年連続でベスト8進出に貢献している。
小島 聖矢(こじま せいや、1989年6月2日 - )は、栃… 小島 聖矢(こじま せいや、1989年6月2日 - )は、栃木県下都賀郡野木町出身のプロサッカー選手。タイ・リーグ3・バンコクFC所属。ポジションはミッドフィールダー。 弟の小島秀仁もプロサッカー選手。(ジェフユナイテッド市原・千葉所属) 大前元紀、上條宏晃、村瀬勇太、田口泰士、中里崇宏、秋山心、比嘉祐介、須藤亮太といった年代での代表するタレントを揃え、全日本ユース、全国高校サッカー選手権の2冠を達成した流通経済大学付属柏高等学校のメンバーのひとり。全国高校サッカー選手権では控えに甘んじていたが、流通経済大学に進学し、卒業後タイでプロ契約を結んだ。 2012年、シーラーチャーFCで1試合を除く全試合に出場し9得点9アシストという結果を残した。
堀河 俊大(ほりかわ としひろ、1989年5月28日 - )… 堀河 俊大(ほりかわ としひろ、1989年5月28日 - )は、香川県大川郡津田町(現:さぬき市)出身の元サッカー選手。ポジションは、MF。 小学校3年生時にサッカーを始め、津田中学校時代には年代別のU-13日本ユース選抜チームメンバーに選出された(メンバーには、清武弘嗣、柿谷曜一朗も)。 その後、徳島ヴォルティスユース(2007年のJFAプリンスリーグU-18四国地区優勝時キャプテン)、流通経済大学を経て、2012年にカマタマーレ讃岐へ加入。 2016年より鈴鹿アンリミテッドFCに完全移籍により加入した。 2020年2月、北海道十勝スカイアースに完全移籍により加入した。 2022年11月26日、現役引退が発表された。
比嘉 祐介(ひが ゆうすけ、1989年5月15日 - )は、… 比嘉 祐介(ひが ゆうすけ、1989年5月15日 - )は、沖縄県名護市出身のサッカー選手。ポジションはサイドバック。 名護市立大宮中学校を卒業後、流通経済大柏高校へ進学した。高校3年時に、左サイドバックとして、高円宮杯全日本ユース選手権、全国高校選手権の2冠達成に貢献した。高校の同級生には、大前元紀と中里崇宏が、一学年後輩には、田口泰士、久場光がいる。 高校卒業後は、流通経済大学へ進学。3年時には2010年アジア競技大会のメンバーに選ばれ大会優勝に貢献した。ユニバーシアード日本代表にも継続して招集され、2009年ベオグラード大会と2011年深圳大会に出場した。 2012年に横浜F・マリノスに入団することが公式サイトにより発表された。
上條 宏晃(かみじょう ひろあき、1989年4月22日 - … 上條 宏晃(かみじょう ひろあき、1989年4月22日 - )は、千葉県出身の出身の元サッカー選手。ポジションは、フォワード。 流通経済大学付属柏高校時代、3年時の2007年に高円宮杯全日本ユース(U-18)選手権、全国高校選手権を制し2冠を達成した。高校卒業後は、流通経済大学に進学。 2012年、大学で同期の関戸健二と共にファジアーノ岡山に入団した。3月初旬、練習中に負傷し戦列を離脱するも、7月8日の第23節横浜FC戦でJリーグ初出場を果たし復帰。 2014年より、ファジアーノ岡山ネクストへ登録変更された。2015年シーズン終了をもって契約満了、追って現役競技生活からの引退が発表された。 引退後は、不動産業界に転じ、現在は、アパマンショップ錦糸町南口店で店長を務めている。
瀬口 拓弥(せぐち たくや、1988年11月30日 - )は… 瀬口 拓弥(せぐち たくや、1988年11月30日 - )は、岡山県倉敷市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。 2011年より流通経済大学からカマタマーレ讃岐に加入。2019シーズン終了後、讃岐との契約満了が発表された。 2020年より徳島ヴォルティスに加入。 2021年3月から小島亨介の怪我によりGKが2人体制となっていたアルビレックス新潟へ期限付き移籍で加入した。シーズン終了後、2022年からの新潟へ完全移籍での加入が発表された。2023年11月28日、契約満了にて新潟を退団することが発表。同年12月3日、最終戦後のセレモニーでサポーターに挨拶を行った。 2024年1月25日、現役引退とファジアーノ岡山普及部コーチへの就任が発表された。
武藤 雄樹(むとう ゆうき、1988年11月7日 - )は、… 武藤 雄樹(むとう ゆうき、1988年11月7日 - )は、神奈川県座間市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・SC相模原所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。元日本代表。 流通経済大学1年の時にJFLで15得点を獲得してJFLの得点ランキングで5位となった。また4年の時には主将として関東大学リーグで得点ランキングで2位となり、ベストイレブンとベストヒーロー賞を獲得した。 2011年にベガルタ仙台に入団。2011年10月8日の第91回天皇杯の2回戦ソニー仙台FC戦で決勝点となるペナルティキックを決めてプロ初得点を決めたのに続いて、翌週の10月15日のJ1リーグのアビスパ福岡戦でリーグ戦初得点を決めた。
城間 由太(しろま ゆうた) 、1988年4月27日 - )… 城間 由太(しろま ゆうた) 、1988年4月27日 - )は、沖縄県浦添市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
宇賀神 友弥(うがじん ともや、1988年3月23日 - )… 宇賀神 友弥(うがじん ともや、1988年3月23日 - )は、埼玉県戸田市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。元日本代表。 中学・高校年代ではジュニアユース・ユースと浦和レッズのアカデミーに所属し、同期には堤俊輔、西澤代志也、小池純輝らがいたが、トップ昇格は果たせず、流通経済大学に進学。流通経済大学でも当初はRKU-19、20、21、22(サテライトチーム)からのスタートでクラブ・ドラゴンズ(社会人チーム)流通経済大学FC(社会人チーム)を経てトップチーム(学生リーグ用)に昇格した。 2009年シーズン途中に流通経済大学に在籍しながら、特別指定選手として浦和にトップチーム登録された。
葛島 崇繕(くずしま たかよし、1988年2月19日 - )… 葛島 崇繕(くずしま たかよし、1988年2月19日 - )は、兵庫県出身のサッカー選手。
石川 大徳(いしかわ ひろのり、1988年1月6日 - )は… 石川 大徳(いしかわ ひろのり、1988年1月6日 - )は、日本の元プロサッカー選手。東京都江戸川区出身。流通経済大学卒業。 自らを「○○のエクスプレス」(○○には所属クラブが入る) と称する快足と、豊富な運動量を武器にする、左右どちらもできるアウトサイドのスペシャリスト。足立修曰く、2009年度大学No.1サイドバック。 フレンドリーSCで4、5歳からサッカーを始める。小学校高学年からDFとしてプレーした。中学3年時に兄の高大が通うFC東京U-18に練習参加している。 2003年、流経大柏高校に入学。同級生に林彰洋・千明聖典・長谷川悠。1年次からサイドバックにコンバートされた。本田裕一郎から指導を受け、3年次に同校の高校選手権初出場に貢献した。
金久保 順(かなくぼ じゅん、1987年7月26日 - )は… 金久保 順(かなくぼ じゅん、1987年7月26日 - )は、茨城県猿島郡境町出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 10歳の頃からサッカーを始める。10歳の頃にすでにリフティング200回以上こなす。境第一中学校を経て関東選抜。水戸短期大付属高校を経て、流通経済大学に進学する。大学3年生の頃には流通経済大学総監督の中野雄二が「来年の10番はあいつしかいない」と語り、大学4年生の時に10番を背負った。 2010年に大宮アルディージャに加入。 2013年にアビスパ福岡に期限付き移籍で加入した。2014年1月6日、移籍期間満了により福岡を退団。 2014年1月7日、川崎フロンターレに期限付き移籍することが発表された。
千明 聖典(ちあき たかのり、1987年7月19日 - )は… 千明 聖典(ちあき たかのり、1987年7月19日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。 2008年・2009年と関東大学サッカーリーグ戦で2連覇を果たし、2009年にはリーグ戦MVPを獲得した。2010年、ファジアーノ岡山に加入した。 2016年は大分トリニータに完全移籍。第2節・鹿児島ユナイテッドFC戦(1-0○)に先発出場すると、以後出場停止試合を除き第15節・Y.S.C.C.横浜戦(0-1●)まで先発出場を続けたが、同試合を最後にリーグ戦出場が途絶えベンチ入りも2試合に留まった。同シーズンを以て大分を契約満了により退団した。 2017年、SC相模原に完全移籍。
及川 準(おいかわ じゅん、1987年5月12日 - )は、… 及川 準(おいかわ じゅん、1987年5月12日 - )は、宮城県出身の元サッカー選手。
林 彰洋(はやし あきひろ、1987年5月7日 - )は、秋… 林 彰洋(はやし あきひろ、1987年5月7日 - )は、秋田県秋田市生まれ、東京都東大和市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ベガルタ仙台所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。 幼少期にサッカーを始め、セレクションを経て柏レイソル青梅ジュニアユースに加入。同クラブでは当初GKとフィールドプレーヤーを兼任していたが、プロ入りを見据えてGKに専念するようになった。 自分の力でチームを全国高校サッカー選手権全国大会に出場させたいと、同大会出場歴の無かった流通経済大学付属柏高等学校へ進学。高校No.1GKとして名を馳せ、2005年にはPK戦の末に県予選を制して 同校初の全国出場を果たしたが、2回戦敗退。
船山 貴之(ふなやま たかゆき、1987年5月6日 - )は… 船山 貴之(ふなやま たかゆき、1987年5月6日 - )は、千葉県成田市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 元サッカー選手の船山祐二は実兄。 幼稚園在籍中より長兄の影響で次兄(祐二)と共にサッカーを始める。小学校4年次で柏レイソルのジュニアチームに入団。この頃バスケットボールにも出会い、双方の競技を掛け持ちするようになった。2000年にジュニアユースチームに昇格後もバスケットボールを続けたが、中学校2年次、双方の試合日程重複の結果バスケットボール側の試合出場を選んだ事に罪悪感を感じたのをきっかけに、「バスケットボールは趣味で」と決意した。ジュニアユース時代は日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会で優勝を1度、ベスト4を2度経験した。
西 弘則(にし ひろのり、1987年2月25日 - )は、熊… 西 弘則(にし ひろのり、1987年2月25日 - )は、熊本県熊本市東区出身の元プロサッカー選手。現役時代の登録ポジションはミッドフィールダー。 熊本国府高校卒業後、流通経済大学に進学。大学では2年生時からレギュラーに定着し、総理大臣杯優勝や2度の関東大学リーグ制覇に貢献した。 2009年より地元のロアッソ熊本に加入。初年度は8得点を挙げた。 2011年より大分トリニータに移籍。古巣となる熊本戦では2011年、2012年と2年連続で得点を決めた。2013年自身初めてJ1リーグでプレー。公式戦33試合に出場(内25試合で先発出場)。リーグ戦では無得点に終わったが、同年の天皇杯4回戦・柏レイソル戦で決勝点となるゴールを記録し、大分の天皇杯最高成績となるベスト8進出に貢献した。
三門 雄大(みかど ゆうた、1986年12月26日 - )は… 三門 雄大(みかど ゆうた、1986年12月26日 - )は、埼玉県富士見市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・高知ユナイテッドSC所属。ポジションは主に守備的ミッドフィールダー。 流通経済大学付属柏高校卒業後、流通経済大学に進学。大学4年次には主将を務め、チームの関東大学サッカーリーグ優勝に貢献。同大会のMVP及びベストイレブンに選出された。主将を務めた全日本大学選抜の日韓大学定期戦でもMVPに選出され、その年の大学ナンバー1ミッドフィールダーと呼ばれた。 大学卒業後にアルビレックス新潟へ入団。同期には東口順昭、明堂和也がいる。ポジションは主に守備的ミッドフィールダーだが、右のサイドハーフやサイドバックもこなす。
楠瀬 章仁(くすのせ あきひと、1986年12月4日 - )… 楠瀬 章仁(くすのせ あきひと、1986年12月4日 - )は、高知県高知市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。 流通経済大学(流通経済大学サッカー部)卒業後、ヴィッセル神戸に入団。 2010年8月、左膝外側半月板損傷により全治2カ月の重傷を負う。 2011年、シーズン末にプロA契約変更のための規定出場時間である公式戦450分出場を達成し、神戸と契約変更したが その後、1週間足らずで来季契約を更新しないことが発表された。 2012年、松本山雅FCに移籍。9月8日の天皇杯2回戦京都サンガF.C.戦ではプロ初得点を挙げるなど、シャドーや左サイドのアタッカーとして活躍した。
宮崎 智彦(みやざき ともひこ、1986年11月21日 - … 宮崎 智彦(みやざき ともひこ、1986年11月21日 - )は、東京都西東京市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(左サイドバック)又はミッドフィールダー(左ウイングバック、左サイドハーフ、ボランチ)。 5歳からサッカーを始める。高校時代はFC東京U-18に所属。同期には染谷悠太、福田建らがいた。 2005年、流通経済大学へ進学。精度の高いクロス、1対1に強い守備を武器に1年からレギュラーに定着し、2度の関東大学リーグ、1度の総理大臣杯優勝に貢献。関東大学リーグでは藤井賢心(東京農業大学)と共に4年間で最も出場が多かった選手として表彰された[リンク切れ]。「大学No.1左サイドバック」として古巣のFC東京を始め複数チームから獲得オファーを受けた。
池田 圭(いけだ けい、1986年10月20日 - )は、千… 池田 圭(いけだ けい、1986年10月20日 - )は、千葉県印西市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。 流通経済大学付属柏高校から流通経済大学に進学。エースストライカーとして活躍し、ユニバーシアード日本代表にも選出された。流通経済大学の同期には、三門雄大、染谷悠太、平木良樹、宮崎智彦、楠瀬章仁、山下訓広、加藤広樹、保崎淳、西弘則、椎名一馬らがおり、流通経済大学からJリーグへ11人が同時入団している。 2009年シーズンよりサガン鳥栖に加入。スピードと豊富な運動量を武器としている。前線からの守備もこなすストライカーで、ハードワークを基本とするサガンのサッカーを体現している。サガン鳥栖では、選手会長を務めた。
平木 良樹(ひらき よしき、1986年10月17日 - )は… 平木 良樹(ひらき よしき、1986年10月17日 - )は、千葉県八街市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 サッカーを始めたのは小学3年生。八街市立八街中学校から流通経済大学付属柏高等学校を経て、流通経済大学に入学。2008年3月のデンソーカップサッカーでは全日本大学選抜の背番号10を背負うなど高い評価を受けており、中野雄二は平木を「中村俊輔みたいになれる」と評価している。 2009年に名古屋グランパスと契約。2月のキャンプからチームに合流し、負傷離脱した阿部翔平に代わり主力組の左サイドバックで練習を行った。しかし、リーグ戦が始まると阿部が復調し、平木に出場の機会はなかった。 翌2010年はロアッソ熊本へ、2011年は湘南ベルマーレ へと2年連続で期限付き移籍をするも出場機会は乏しく、2011年限りで名古屋を退団。
染谷 悠太(そめや ゆうた、1986年9月30日 - )は、… 染谷 悠太(そめや ゆうた、1986年9月30日 - )は、東京都江東区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)。 7歳(小学2年生)の時にサッカーを始め、後にFC東京の下部組織でプレー。同期には伊賀貴一、福田建、宮崎智彦らがいる。 2005年、流通経済大学に進学。センターバックとして評価を高めた。大学の1期先輩で、FC東京U-15以来のチームメートである鎌田次郎からは「ディフェンスラインのどこでもしっかり体を張った守備ができるし、ボールを取ってからもいいパスを出せる選手」と、ユーティリティー性とビルドアップを長所に挙げられている。 2009年に大学を卒業し、京都サンガF.C.に加入。
椎名 一馬(しいな かずま、1986年8月26日 - )は、… 椎名 一馬(しいな かずま、1986年8月26日 - )は、千葉県出身のサッカー選手。ポジションは、GK。 2009年に流通経済大学からファジアーノ岡山FCに加入した。 2014年6月21日に開催されたJ2リーグ第19節の横浜FC戦にて、加入後6シーズン目で念願のJリーグデビューを果たした。その後は中林洋次の控えになっている。 2021年11月26日、契約満了が発表された。その後、12月5日に行われたJ2リーグ最終節ジェフユナイテッド千葉戦で後半43分から途中出場を果たした。その4日後の12月9日には、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2022年、東京武蔵野ユナイテッドFCへ加入した。
加藤 広樹(かとう ひろき、1986年7月31日 - )は、… 加藤 広樹(かとう ひろき、1986年7月31日 - )は、神奈川県平塚市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 横浜F・マリノスユース在籍中の2004年2月24日、AFCチャンピオンズリーグ・ペルシク・ケディリ戦にて公式戦初出場(先発フル出場)。クラブは開催期間の被るA3チャンピオンズカップに主力を集中させたため、ペルシク・ケディリ戦は若手主体のチームで臨んでいた。 横浜FMトップチームには昇格ならず、流通経済大学を経て、2009年シーズンから水戸ホーリーホックへ加入。2011年シーズンはレギュラーとして活躍したが、次第に出場機会が減っていき、2013年シーズンは、同年4月13日の練習中に右前十字靱帯再断裂し、全治8か月の重傷を負った。
山下 訓広(やました くにひろ、1986年5月29日 - )… 山下 訓広(やました くにひろ、1986年5月29日 - )は、千葉県柏市出身の元サッカー選手である。ポジションはディフェンダー。 流通経済大学付属柏高等学校出身で3年生時に千葉県少年選抜の一員として国民体育大会にて準優勝を果たす。高校卒業後は流通経済大学に進学。大学では本職であるセンターバックの他に高さを生かしフォワードとしてもプレーしたが、トップチームのレギュラー定着には至らなかった。 2009年よりロアッソ熊本に加入したが、2010年11月24日、ロアッソ熊本から契約満了選手として来季の契約を更新しないことが発表された。 2011年よりアルビレックス新潟シンガポールに移籍。 2019年限りで現役を引退。
星野 崇史(ほしの たかふみ、1986年4月7日 - )は、… 星野 崇史(ほしの たかふみ、1986年4月7日 - )は、埼玉県鴻巣市出身の元サッカー選手(DF)、経営者。 埼玉県鴻巣市に生まれる。浦和レッドダイヤモンズユース、流通経済大学サッカー部を経て、ザスパ草津U-23に入団。 その後ジェフユナイテッド市原・千葉リザーブズ(JFL)に所属。2012年、Club 29 de Setiembre(英語版)(パラグアイ2部リーグ)でプレーした。 2013年1月引退後、株式会社ジールコミュニケーションズ入社。 2018年に独立し、株式会社Maenomeryを設立、代表取締役社長を務める。 株式会社ジールアスリートエージェンシー在籍時には、カード付き製菓のイケメンチップスのモデルにも選ばれ人気を獲得していた。
眞行寺 和彦(しんぎょうじ かずひこ、1986年2月5日 -… 眞行寺 和彦(しんぎょうじ かずひこ、1986年2月5日 - )は、東京都江東区出身の元サッカー選手。一部から「水戸のプリンス」と言われていた。 中学時代はFC東京の下部組織でプレー。同期に梶山陽平、鎌田次郎、斎藤雅也など。 2001年に修徳高等学校へ進学。2004年に修徳高校の同期である小椋祥平と共に水戸ホーリーホックに入団。2年目となる2005年の中盤にはレギュラーに定着し、セットプレーのキッカーを担った。2007年第1クールの終盤から徐々に出場機会を減らし、2008年シーズン終了をもって水戸を退団。 2009年、TDK SC(後にブラウブリッツ秋田)に移籍。TDKでは開幕戦からスターティングメンバーで出場し主軸となるが、JFL前期第7節流通経済大学戦で骨折し長期離脱するなど負傷に苦しんだ。
武井 択也(たけい たくや、1986年1月25日 - )は、… 武井 択也(たけい たくや、1986年1月25日 - )は、栃木県栃木市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)。 幼少時代を過ごした宮城県富谷町でサッカーをはじめ、國學院栃木高時代までは全くの無名の存在であった。 2004年、流通経済大学へ進学。流通経済大サッカー部も1・2年次はIリーグ(大学の育成リーグ)で下積みをし、3年次に強靭なフィジカルと、豊富な運動量を生かした粘り強い守備が持ち味の守備的MF(ボランチ) として頭角を現し始め、2007年の総理大臣杯優勝に貢献。また、2006年に全日本大学選抜、2007年にはユニバーシアード代表に選ばれた。 大学4年次に練習生として複数のJリーグクラブのトレーニングに参加。
清水 慶記(しみず けいき、1985年12月10日 - )は… 清水 慶記(しみず けいき、1985年12月10日 - )は、群馬県出身の元プロサッカー選手。ポジションはGK。 2008年に大宮アルディージャへ入団するが、江角浩司・荒谷弘樹・北野貴之といった実力者達の前に2012年まで出場機会が1度も訪れることはなかった。2013年にプロ6年目でようやく初出場を果たすも、ポジションを勝ち取ることはできなかった。 2016年より地元・群馬県をホームタウンとするザスパクサツ群馬に期限付き移籍。同年はリーグ戦全試合を先発でフル出場を果たした。2017年は同年に期限付き移籍で加入した牲川歩見とポジション争いをしたが、リーグ戦31試合でフル出場した。 2018年よりブラウブリッツ秋田に期限付き移籍。
飯田 真輝(いいだ まさき、1985年9月15日 - )は、… 飯田 真輝(いいだ まさき、1985年9月15日 - )は、茨城県取手市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 流通経済大学所属の2006年、東京ヴェルディに特別指定選手として登録されリーグ戦2試合に出場した。2008年、東京Vに正式加入。 2010年8月、JFLの松本山雅FCに期限付き移籍した。シーズン終了後、松本へ完全移籍。2018年、9月度のJ2月間MVPを受賞。同月のリーグ戦全5試合にフル出場したほか30日のモンテディオ山形戦では得点を挙げたことで、攻守両面での貢献を評価された。 2019年12月、契約満了をもって退団すると発表された。 2020年2月にFCマルヤス岡崎に移籍。
鎌田 次郎(かまた じろう、1985年7月28日 - )は、… 鎌田 次郎(かまた じろう、1985年7月28日 - )は、東京都大田区出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 FC東京の下部組織出身。ユースでのチームメイトの攻撃陣・李忠成や梶山陽平らがトップチームに昇格したのに対して、DFは市立船橋高校から増嶋竜也の獲得が決まったこともあり、昇格が叶わなかった。そこでJFLにも参戦している流通経済大学へ進学し、同大学サッカー部で頭角を現した。同部では主将を務め、関東大学リーグ及び総理大臣杯優勝の原動力となった。 大学3年の2006年には、当時J2にて1年でのJ1復帰を目指していた柏レイソルに特別指定選手として参加(流通経済大学のある茨城県龍ケ崎市と柏市は比較的近い)。
澤口 雅彦(さわぐち まさひこ、1985年7月22日 - )… 澤口 雅彦(さわぐち まさひこ、1985年7月22日 - )は、茨城県神栖市出身の元サッカー選手。ポジションは、DF(センターバック、サイドバック)、MF(ウイングバック、ボランチ)。 2009年3月4日のヴァンフォーレ甲府戦でJリーグデビュー。2011年11月13日カターレ富山戦にてJリーグ通算100試合出場を達成。ファジアーノ岡山のみでのJリーグ公式戦100試合出場達成は同クラブ史上初となった。 2018年シーズン末、ファジアーノ岡山は契約期間の満了を発表。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2019年2月8日、おこしやす京都ACへの移籍が発表された。
武田 英明(たけだ ひであき、1985年5月22日 - )は… 武田 英明(たけだ ひであき、1985年5月22日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションは、FW。 前橋育英高校から流通経済大学を経て、2008年ファジアーノ岡山FCへ加入。2010年4月より、ネクスト所属 となる。更に経験を積むため、2010年8月、JFL・松本山雅FCへ期限付き移籍 するも、リーグ戦1試合出場に留まった。期限付き移籍期間満了後、チームを退団。その後、渡米。アメリカのインディアナ・インベーダーズFCでプレーする。2011年8月、ラトビア1部・FBグルベネへ移籍。2012年3月よりエストニア1部・ノーメ・カリュFCでプレー。同年7月、FBグルベネへ復帰。2012シーズンを持って現役引退を表明した。
赤井 秀行(あかい ひでゆき、1985年5月2日 - )は、… 赤井 秀行(あかい ひでゆき、1985年5月2日 - )は、千葉県柏市出身の元サッカー選手。得意なポジションは右サイドバック(SB)だが、左SBやセンターバック(CB)などもこなす。 流通経済大学サッカー部では、同級生の飯田真輝や鎌田次郎等とディフェンスラインを組んでいた。 2008年、栃木SCに入団。右SBのポジションを岡田佑樹と競うが、経験豊富な岡田の壁は厚くシーズン序盤は出場機会が回ってこなかった。チームは試合を重ねる毎に失点を増やし、CBの層の薄さが問題となる。そのような状況で、CBもこなすユーティリティープレイヤーとして出場機会を増やし、3バックの一員やまた左右のSBなどチーム事情によりポジションを変えながら試合に出場した。
西森 正明(にしもり まさあき、1985年3月12日 - )… 西森 正明(にしもり まさあき、1985年3月12日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 流通経済大学時代は4年間コンスタントに出場機会はあったものの、レギュラーに定着することはなかった。2007年より地元ロッソ熊本(後のロアッソ熊本)に加入。同年JFL第7節のアルテ高崎戦に初出場。以降は負傷離脱した約1か月間を除き、左サイドハーフのレギュラーに定着した。 Jリーグ参入が決まった後もチームにとどまり、準レギュラーとしてチームの一員として活躍していた。藤田俊哉が熊本在籍時にそのセンスの高さを認めるなど潜在能力の高さは示していたが、2012年シーズンを持って契約満了となり、当時九州サッカーリーグのFC KAGOSHIMAに移籍した。
船山 祐二(ふなやま ゆうじ、1985年1月19日 - )は… 船山 祐二(ふなやま ゆうじ、1985年1月19日 - )は、千葉県成田市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー (CMF) 。サッカー選手の船山貴之は弟。 小学校4年次から中学校卒業までは柏レイソルの下部組織チームにてプレーした。2000年に習志野市立習志野高等学校に入学したが、当時のサッカー部監督であった本田裕一郎の退職・流通経済大学付属柏高等学校サッカー部監督就任に同行する形で同高校に転校した。高校卒業後は流通経済大学に進学し、同校サッカー部にてプレーする傍ら、4年次にはJFLのリーグ戦9試合に出場し、2得点を挙げている。 2007年に鹿島アントラーズに入団。同年4月14日に日産スタジアムにて開催されたJ1第6節(対戦相手: 横浜FC)にてリーグ戦に初出場し、11月18日にカシマスタジアムで開催されたJ1第32節(対戦相手: 柏レイソル)にてリーグ初得点を挙げた。