伊藤 逹也(いとう たつや、1961年〈昭和36年〉7月6日… 伊藤 逹也(いとう たつや、1961年〈昭和36年〉7月6日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(11期)、自由民主党金融調査会長。 関西学院大学大学院経営戦略研究科教授、千葉商科大学大学院政策研究科客員教授、関西大学大学院会計研究科客員教授、公益財団法人松下政経塾評議員、PHP総研コンサルティングフェロー。通商産業政務次官、内閣府副大臣(金融・経済財政政策担当)、内閣府特命担当大臣(金融)、衆議院財務金融委員長、衆議院予算委員長、内閣総理大臣補佐官(社会保障担当)、内閣府大臣補佐官(地方の中小企業振興)などを歴任した。 1961年7月6日、東京都出身。父親はエア・ウォーター会長やタテホ化学工業会長を務めた伊藤孝史。
松野 頼久(まつの よりひさ、1960年9月19日 - )は… 松野 頼久(まつの よりひさ、1960年9月19日 - )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(6期)、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員長。
長妻 昭(ながつま あきら、1960年〈昭和35年〉6月14… 長妻 昭(ながつま あきら、1960年〈昭和35年〉6月14日 - )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(6期)。
高木 宏壽(たかぎ ひろひさ、1960年4月9日 - )は、… 高木 宏壽(たかぎ ひろひさ、1960年4月9日 - )は、日本の政治家、米国公認会計士。自由民主党所属の衆議院議員(4期)。 復興副大臣(第2次岸田第2次改造内閣・第1次石破内閣)、内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)、北海道議会議員(2期)などを歴任。父は北海道議会議員を務めた高木繁光。 北海道札幌市豊平区月寒で生まれ、北海道教育大学附属札幌小学校、同中学校、北海道札幌月寒高等学校を経て、防衛大学校人文・社会科学専攻課程を中退し、慶應義塾大学法学部を卒業。後年にウエスタンワシントン大学でMBAを取得。 1987年に北海道拓殖銀行へ入行し、丸の内支店、東京本部国際企画部、ロスアンゼルス支店、本店営業部で勤務。
中村 時広(なかむら ときひろ、1960年〈昭和35年〉1月… 中村 時広(なかむら ときひろ、1960年〈昭和35年〉1月25日 - )は、日本の政治家。愛媛県知事(公選第17・18・19・20代)。無所属。 松山市長(第27・28・29代)、衆議院議員(1期)、愛媛県議会議員(1期)を歴任。元松山市長の中村時雄は父。 愛媛県松山市生まれ。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1982年、三菱商事に入社し、燃料部に配属される。 1987年に愛媛県議会議員選挙で立候補し、初当選した。1990年に1期目の任期途中で愛媛県議を辞職し、第39回衆議院議員総選挙に旧愛媛1区(定数3)から無所属で立候補したが、得票数5位で落選した。
矢﨑 公二(やざき こうじ、1959年9月26日 - )は、… 矢﨑 公二(やざき こうじ、1959年9月26日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 長野県茅野市出身。茅野市立北山小学校、茅野市立北部中学校を経て長野県諏訪清陵高等学校に進む。高校では下宿生活を送った。1年浪人ののち、慶應義塾大学商学部に入学。1983年3月、同大学卒業。 その後、契約記者を経て、毎日新聞社入社。仙台支局、サンデー毎日、社会部、福岡報道部を経て、2005年に西部本社福岡本部報道部副部長、東京本社デジタルメディア局プロデューサーに就任。矢崎の就任中に、毎日新聞デジタルメディア局は日本の社会や風俗を低俗な内容で海外に紹介し続けた不祥事(毎日デイリーニューズWaiWai問題)が発生し、2008年に関係者が厳重処分を受けた。
佐々木 光司(ささき こうじ、1959年8月2日 - )は、… 佐々木 光司(ささき こうじ、1959年8月2日 - )は、日本の政治家。岩手県岩手町長(2期)。 岩手県岩手郡生まれ。岩手町立沼宮内小学校、岩手町立沼宮内中学校、岩手高等学校、慶應義塾大学文学部史学科国史学専攻卒業。1983年(昭和58年)4月、岩手町役場に奉職。 2017年(平成29年)3月、岩手町役場退職。同年4月、有限会社佐々木石材工業に入社。同年11月、任期満了に伴う岩手町長選挙に立候補する意向を表明。 2018年(平成30年)5月20日執行の岩手町長選挙で現職の民部田幾夫との一騎打ちを制し、初当選を果たした。6月1日、町長就任。※当日有権者数:11,748人 最終投票率:67.71%(前回比:-15.14pts) 2022年(令和4年)5月17日、任期満了に伴って告示された岩手町長選挙でほかに立候補の届け出がなく、無投票で再選が決まった。
中島 洋次郎(なかじま ようじろう、1959年(昭和34年)… 中島 洋次郎(なかじま ようじろう、1959年(昭和34年)7月16日 - 2001年(平成13年)1月6日)は、日本の政治家、群馬県選出の衆議院議員。第二次世界大戦前、日本最大の飛行機製作会社となった中島飛行機(現・SUBARU)創業者・中島知久平の孫に当り、文相も務めた中島源太郎の二男である。 松濤幼稚園を経て、幼稚舎から慶應義塾に学んだ。1982年に慶應義塾大学商学部卒業後、記者としてNHKに入局し、静岡放送局勤務を経てオックスフォード大学に留学。その後は NHK衛星放送のキャスターを務めていたが、1992年父・源太郎の死去に伴い空席となった旧・群馬2区の補欠選挙に当初後継者と目されていた兄に代わって擁立され、衆議院議員に当選した。
岸 信夫(きし のぶお、旧姓:安倍、1959年〈昭和34年〉… 岸 信夫(きし のぶお、旧姓:安倍、1959年〈昭和34年〉4月1日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、防衛大臣(第21・22・23代)、内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)、参議院議員(2期)、衆議院外務委員長、外務副大臣、防衛大臣政務官、自民党外交部会長、衆議院安全保障委員長、自由民主党山口県支部連合会会長、日華議員懇談会幹事長を歴任した。初入閣は防衛大臣となったが、「国防族というよりは外交族」と言われ、主として外交関係のポストで地歩を築いてきた。 実父は外務大臣・内閣官房長官を歴任した安倍晋太郎、実母は安倍洋子。実兄は元内閣総理大臣の安倍晋三、祖父の岸信介、大叔父の佐藤栄作はいずれも内閣総理大臣を務めている。
岡部 英明(おかべ ひであき、1959年3月31日 - )は… 岡部 英明(おかべ ひであき、1959年3月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。父は衆議院議員、第77代茨城県議会議長を務めた岡部英男。 茨城県立日立第一高等学校卒業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。デンバー大学経営大学院留学。茨城青年会議所会頭を務める。 2003年の第43回衆議院議員総選挙に父・英男の後継として茨城5区から自由民主党公認で出馬したが、民主党公認の大畠章宏に敗れ落選。2005年の第44回衆議院議員総選挙では再び大畠に敗れるも比例北関東ブロックで復活し初当選。2009年の第45回衆議院議員総選挙では三たび大畠に敗れ、比例復活もならず落選した。 2010年8月、自身の力不足を痛感したとして、次期総選挙に出馬せず、政界を引退することを表明した。
三遊亭 らん丈(さんゆうてい らんじょう、1959年2月28… 三遊亭 らん丈(さんゆうてい らんじょう、1959年2月28日 - )は、日本の落語家、政治家。町田市議会議員(6期)。本名は塩原 明(しおばら あきら)。落語協会所属。出囃子は『鳩ぽっぽ』、紋は「三ツ組橘」。 東京都町田市森野に生まれる。東京都立町田高等学校を経て、1981年3月に立教大学文学部キリスト教学科を卒業した(神学士)。 高座では三省堂の『新明解国語辞典』や蔭山英男の漢字ドリルを読み上げる新作を口演することが多い。 クリスチャン落語家でもあり、1997年の復活祭にカトリック浅草教会にて受洗(洗礼名はイサク・パウロ)。 社会人大学生として、下記の大学及び大学院を卒業・修了している。 2006年2月、町田市議会議員に当選。
小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月2… 小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。 農林水産大臣(第70代)、内閣総理大臣補佐官、農林水産副大臣、環境副大臣兼内閣府副大臣、農林水産大臣政務官、衆議院災害対策特別委員長、衆議院財務金融委員長、衆議院農林水産委員長、自由民主党副幹事長、同党国土交通部会長、同党地方組織・議員総局長、同党経済成長戦略本部長、同党選挙対策筆頭副委員長を歴任した。 父は総務庁長官や労働大臣、北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官を歴任した小里貞利。 鹿児島県姶良郡霧島町(現:霧島市)生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業し、野村証券に入社。
並木 傑(なみき まさる、1958年(昭和33年)8月29日… 並木 傑(なみき まさる、1958年(昭和33年)8月29日 - )は、日本の政治家。埼玉県新座市長(3期)。元新座市議会議員(5期)。 埼玉県朝霞市出身。1981年(昭和56年)3月、慶應義塾大学経済学部卒業。同年4月、豊田通商に就職。1989年(平成元年)4月、学校法人並木学園なみきの幼稚園に転職。 1996年(平成8年)2月、新座市議会議員選挙に初当選。以後、市議を5期務める。1999年(平成11年)4月、なみきの幼稚園園長に就任。2006年(平成18年)2月から2008年(平成20年)2月まで市議会議長を務めた。 2016年(平成28年)7月10日に行われた新座市長選挙に自由民主党の推薦を受けて出馬。
金子 ゆかり(かねこ ゆかり、1958年(昭和33年)8月2… 金子 ゆかり(かねこ ゆかり、1958年(昭和33年)8月28日 - )は、日本の政治家。長野県諏訪市長(3期)。元長野県議会議員(3期)。学位は公共経営修士(専門職)。 長野県諏訪市出身。諏訪市立城南小学校、諏訪市立上諏訪中学校、長野県諏訪二葉高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年、株式会社服部セイコー(現セイコーグループ株式会社)に入社。 1994年(平成6年)、母が重病の宣告を受け、看病のため退社し帰郷。父である金子松樹・県議会議員の秘書を務める。 1999年(平成11年)4月、長野県議会議員選挙に出馬し初当選。2003年(平成15年)の県議選は落選。
江﨑 洋一郎(えさき よういちろう、1958年〈昭和33年〉… 江﨑 洋一郎(えさき よういちろう、1958年〈昭和33年〉4月20日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(3期)。 父は通産相などを務めた江﨑真澄元衆議院議員で、異母兄の江﨑鐵磨も自民党衆議院議員である。 1981年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業し、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1986年から米国ブルッキングス研究所客員研究員を経て、1996年に落下傘ながら元蔵相藤井裕久から中選挙区時代の地盤の一部を譲り受け新進党公認で第41回衆議院議員総選挙に出馬するも、落選。2000年の第42回衆議院議員総選挙、民主党公認で神奈川12区から出馬し54,237票を獲得、前職桜井郁三(自民党)の50,814票を抑え、初当選した。
江崎 洋一郎(えさき よういちろう、1958年4月20日 -… 江崎 洋一郎(えさき よういちろう、1958年4月20日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(3期)。
青島 健太(あおしま けんた、1958年〈昭和33年〉4月7… 青島 健太(あおしま けんた、1958年〈昭和33年〉4月7日 - )は、日本の政治家、元プロ野球選手。日本維新の会所属の参議院議員(1期)。元ヤクルトスワローズ内野手。野球解説者、スポーツライター、スポーツキャスター、鹿屋体育大学客員教授、流通経済大学客員教授、日本医療科学大学客員教授。日本クリケット協会理事。日本ペンクラブ会員。YouTuber。 新潟県新潟市(現在の同市中央区)八千代にあった新潟鉄道病院で生まれる。日立製作所に勤務していた父親(2017年夏に86歳で死去)の仕事の関係で5歳まで新潟市(現在の西区)小針で過ごす。6歳の時に家族(両親と妹)で埼玉県草加市の草加松原団地へ転居した。
松沢 成文(まつざわ しげふみ、1958年4月2日 ‐ )は… 松沢 成文(まつざわ しげふみ、1958年4月2日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(1期)。
横田 光弘(よこた みつひろ、1957年〈昭和32年〉11月… 横田 光弘(よこた みつひろ、1957年〈昭和32年〉11月24日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の衆議院議員(1期)。神奈川県議会議員(2期)を務めた。 東京都出身。慶應義塾志木高等学校(在学中に米国留学)、慶應義塾大学工学部(現・理工学部)機械工学科を卒業後、松下政経塾に入塾(第2期生)。 1987年4月から2期、茅ヶ崎市選挙区選出で神奈川県議会議員を務めた。1期目は無所属であったが、2期目は自由民主党公認で再選。 1993年6月18日投開票の第40回衆議院議員総選挙において神奈川3区(中選挙区)から新党さきがけ公認で立候補するも、定数5に対して約6,000票差の次点6位で落選。その後はIT会社を経営。
石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月… 石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月19日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト、コラムニスト、タレント。 衆議院議員(10期)、近未来政治研究会(石原派)会長、自民党外交調査会長代行、規制改革担当大臣(第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣)、国土交通大臣(第3・4代)、自民党金融調査会長、衆議院法務委員長、自民党政務調査会長(第49代)、自民党幹事長(第45代)、環境大臣(第19代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災・経済財政政策)、自民党たばこ議員連盟副会長、自民党外交再生戦略会議議長、内閣官房参与(観光立国その他特命担当)、自由民主党東京都支部連合会最高顧問等を歴任。
青野 勝(あおの まさる、1957年(昭和32年)1月12日… 青野 勝(あおの まさる、1957年(昭和32年)1月12日 - )は、日本の政治家。元愛媛県西条市長(1期)。元愛媛県議会議員、旧東予市長。 愛媛県西条市出身。愛媛県立今治西高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。 農家の長男で慶応義塾大学を卒業に跡継ぎとして帰郷。1980年に周桑農業協同組合に入組し、組織指導課調査役や庶務課長を務めた。 1995年1月15日に行われた東予市長選挙に38歳で立候補し、現職の青野照雄に8,097票の大差をつけて破り初当選。選挙戦では藤原敏隆県議、市職員OB、同級生らの支援を受け、「新しい流れを」と訴えて草の根選挙を展開。現職批判票をまとめるとともに若さや清新さに期待する若者や女性を中心に支持を広げ、最後は地滑り的に大勝した。
村木 英幸(むらき ひでゆき、1957年(昭和32年)1月1… 村木 英幸(むらき ひでゆき、1957年(昭和32年)1月1日 - )は、日本の政治家。前東京都あきる野市長(1期)。秋川市議会議員とあきる野市議会議員を歴任した。 東京都西多摩郡秋多町菅生(現・あきる野市菅生)生まれ。秋川市立多西小学校(現・あきる野市立多西小学校)、秋川市立秋多中学校(現・あきる野市立秋多中学校)、東京都立日野高等学校を経て、慶應義塾大学商学部卒業。秋川市議会議員、あきる野市議会議員を務める。父親は旧西秋留村長および旧秋多町長を勤めた[要出典]村木光三。 2000年(平成12年)に社会福祉法人菅生会を創設し、「特別養護老人ホームほたるの郷」の理事長に就任。 2015年(平成27年)10月4日に行われたあきる野市長選挙に自民党を離党して立候補するも、同党と公明党の推薦を受けた前市議の澤井敏和に敗れ落選。
角田 守良(かくた もりよし、1956年(昭和31年)8月1… 角田 守良(かくた もりよし、1956年(昭和31年)8月13日 - )は、日本の政治家。埼玉県加須市長(1期)。 埼玉県加須市の農家の家に生まれる。埼玉県立不動岡高等学校、慶應義塾大学法学部卒業後の1979年に旧加須市職員に採用。合併後の新市で経済部長を経て2010年から副市長を務める。 2021年12月10日、引退を表明した大橋良一市長から後継指名を受けたとして、任期満了に伴う加須市長選挙への立候補を表明し、13日付で副市長を退職。 2022年4月17日投開票の市長選では、大橋の後援会組織を引き継ぎ、自由民主党の推薦も受けた角田が対立候補をトリプルスコアの大差で下し、初当選した。同月25日に市長就任。
横尾 俊彦(よこお としひこ、1956年〈昭和31年〉5月5… 横尾 俊彦(よこお としひこ、1956年〈昭和31年〉5月5日 - )は、日本の政治家。元佐賀県多久市長(7期)。 佐賀県多久市生まれ。佐賀県立小城高等学校卒業。1980年、慶應義塾大学法学部を卒業し、松下幸之助が創設した財団法人松下政経塾に入塾(第1期生)。同期生には野田佳彦(第95代内閣総理大臣・立憲民主党衆議院議員)、逢沢一郎(自由民主党衆議院議員)、小野晋也(元衆議院議員)、岡田邦彦(元松下政経塾塾頭)らがいる。カナダ留学を経て、松下政経塾を卒塾後は地元・佐賀県多久市に帰郷し、市民運動に参加。1992年、松下政経塾の評議員を務めていた細川護煕の動きに呼応し、日本新党結党に参画。翌1993年の第40回衆議院議員総選挙に佐賀県全県区(定数5)から日本新党公認で出馬したが、得票数7位で落選。
武藤 容治(むとう ようじ、1955年〈昭和30年〉10月1… 武藤 容治(むとう ようじ、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。自由民主党岐阜県支部連合会長。 経済産業大臣(第31・32代)兼原子力経済被害担当大臣兼GX実行推進担当大臣兼産業競争力担当大臣兼内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)(第1次石破内閣・第2次石破内閣)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、外務副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、総務大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、衆議院農林水産委員長、自由民主党岐阜県支部連合会会長、自由民主党国会対策委員会副委員長、同総合エネルギー戦略調査会事務局長、同副幹事長、同政務調査会経済産業部会長などを歴任した。
堀場 秀孝(ほりば ひでたか、1955年6月26日 - )は… 堀場 秀孝(ほりば ひでたか、1955年6月26日 - )は、日本の政治家。長野県議会議員(2期)。長野県上田市出身。元プロ野球選手(捕手)。 中学時代に県大会優勝。丸子実業高在学時は春1回、夏2回、甲子園に正捕手として出場した。高校の後輩に桃井進がいる。 同校3年次の1974年に、作新学院高の江川卓、滝川高の中尾孝義らと受験合宿を行って、慶應義塾大学を受験したが、江川たちと一緒に不合格となった。江川が進路を変えて法政大学法学部第二部に入学し(のちに一部へ転籍)、1年生の秋のシーズンから法政大学野球部のエースとして活躍するのを尻目に、中尾と共に浪人による再挑戦の途を選び、一浪後の1975年に慶應義塾大学法学部法律学科に入学した。
青木 英二(あおき えいじ、1955年(昭和30年)3月29… 青木 英二(あおき えいじ、1955年(昭和30年)3月29日 - )は、日本の政治家。東京都目黒区長(6期)。東京都議会議員(2期)、目黒区議会議員(2期)を務めた。実姉は元目黒区議会議員の青木早苗、息子は東京都議会議員の青木英太。 東京都目黒区原町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。 1983年、目黒区議会議員選挙に出馬し、初当選。1987年に再選。2期目の任期が切れる間際の1991年に区議を辞職。東京都議会議員選挙に出馬し、当選。都議も通算2期務める(1991年 - 1993年、2001年 - 2004年)。 2004年3月7日、目黒区長の薬師寺克一が在職中に自殺。これに伴い同年4月25日に実施された区長選挙に民主党の推薦を受けて立候補。
山本 博司(やまもと ひろし、1954年12月9日 - )は… 山本 博司(やまもと ひろし、1954年12月9日 - )は、日本の政治家。 参議院議員、財務大臣政務官、参議院消費者問題に関する特別委員長・総務委員長・災害対策特別委員長、公明党参議院国会対策委員長、厚生労働副大臣兼内閣府副大臣を歴任した。 1954年12月9日、愛媛県八幡浜市に生まれる(現在は香川県高松市在住)。八幡浜市立松蔭小学校、八幡浜市立八代中学校を経て、愛媛県立八幡浜高等学校に入学。中学・高校と卓球に汗を流し、高校ではチームとして四国大会ベスト8に入った。 高校を卒業後、慶應義塾大学に入学。可能性をどこまでも信じ抜いてくれる友人や恩師との出会いが人生の大きな転機となった。 大学を卒業後、日本IBMに入社。
西田 洋一(にしだ よういち、1954年(昭和29年)7月1… 西田 洋一(にしだ よういち、1954年(昭和29年)7月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党愛媛県議会議員(5期)。株式会社ケーブルネットワーク西瀬戸代表取締役社長。元 長浜町長。 愛媛県長浜町出身。1978年慶応義塾大学法学部卒業。卒業後は丸紅に入社する。その後、帰郷し、1986年に長浜町長選挙に立候補し、当選。1990年に行われた長浜町長選挙には立候補せず、1期4年で退任。1998年6月に行われた長浜町長選挙に立候補し新人候補を破り当選。2002年6月の長浜町長選挙では山鳥坂ダム建設事業への反対を訴えた元職の上田邦彦を1,109票差で破り、再選。 2005年1月11日に長浜町が大洲市、肱川町、河辺村と合併した事に伴い失職。
逢沢 一郎(あいさわ いちろう、1954年〈昭和29年〉6月… 逢沢 一郎(あいさわ いちろう、1954年〈昭和29年〉6月10日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(14期)。自由民主党総務会長代行兼総裁選挙管理委員長。 自由民主党国会対策委員長(第51代)、自由民主党総裁特別補佐、自由民主党幹事長代理、衆議院議院運営委員長(第67・76代)、衆議院予算委員長等を歴任。 松下政経塾出身者では初の国会議員であり、また初めて政務次官に就任した人物である。 祖父の逢沢寛、父の逢沢英雄も衆議院議員を務めた。 岡山県御津郡御津町(現・岡山市北区)生まれ。岡山大学教育学部附属中学校、慶應義塾志木高等学校、慶應義塾大学工学部(現・理工学部)管理工学科を卒業。
内藤 久夫(ないとう ひさお、1954年〈昭和29年〉2月2… 内藤 久夫(ないとう ひさお、1954年〈昭和29年〉2月25日 - )は、日本の政治家、実業家。山梨県韮崎市長(2期)。父親は1978年から4期韮崎市長を務めた内藤登。 山梨県韮崎市出身。山梨県立韮崎高等学校卒業。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。日立金属に就職後、1980年(昭和55年)、家業の段ボール製品製造業、内藤製材所(現・株式会社内藤)に入社。1987年(昭和62年)、同社社長に就任。 2012年(平成24年)5月、韮崎市商工会長に就任。 2014年(平成26年)11月9日告示、11月16日投票の韮崎市長選挙に無投票で初当選した。11月28日、市長就任。 2018年(平成30年)、無投票で再選。
船田 元(ふなだ はじめ、1953年〈昭和28年〉11月22… 船田 元(ふなだ はじめ、1953年〈昭和28年〉11月22日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(15期)。作新学院学院長。 経済企画庁長官(第46代)、文部政務次官(竹下内閣)、総務政務次官(第2次中曽根第2次改造内閣)、衆議院憲法審査会筆頭幹事、同消費者問題に関する特別委員会委員長、同国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動に関する特別委員会委員長、同文教委員会委員長、裁判官弾劾裁判所裁判長、自由民主党憲法改正推進本部本部長、同党消費者問題調査会会長、同党科学技術創造立国推進調査会会長、同党憲法調査会会長、同党財務委員長、同党総務会長代理、同党外交部会長、同党青年海外協力隊に関する小委員会委員長、同党文教部会長、同党青年局長を歴任した。
柳平 千代一(やなぎだいら ちよかず、1953年(昭和28年… 柳平 千代一(やなぎだいら ちよかず、1953年(昭和28年)6月11日 - )は、日本の政治家。元長野県茅野市長(3期)、元長野県議会議員(1期)。 長野県茅野市出身。1972年(昭和47年)3月、諏訪清陵高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、慶應義塾大学経済学部卒業。同年、茅野市に戻り総合食品会社の経営に当たる。 2003年(平成3年)4月の長野県議会議員選挙に無所属で出馬し初当選。 2007年(平成19年)4月22日に行われた茅野市長選挙に出馬。日本共産党推薦の牛山晴一との一騎討ちを制し初当選を果たした(柳平:16,577票、牛山:12,674票)。投票率は67.50%だった。4月30日、市長就任。
伊藤 信太郎(いとう しんたろう、1953年〈昭和28年〉5… 伊藤 信太郎(いとう しんたろう、1953年〈昭和28年〉5月6日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。自由民主党衆議院議員総会副会長。 環境大臣(第32代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第2次岸田第2次改造内閣)、外務副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、外務大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、衆議院東日本大震災復興特別委員長、同環境委員長、自由民主党国際局長を歴任した。この他、大阪大学大学院客員教授(国際公共政策研究科)や東北福祉大学教授を務めた。 父は第69代衆議院議長の伊藤宗一郎。 宮城県加美町で、後の衆議院議員伊藤宗一郎の長男として生まれる。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。
長友 貴樹(ながとも よしき、1952年(昭和27年)11月… 長友 貴樹(ながとも よしき、1952年(昭和27年)11月23日 - )は、日本の政治家。東京都調布市長(6期)。 新潟県新潟市に生まれる。明治大学付属中野高等学校を卒業。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学在学中は弁論部に所属。 大学卒業後は日本貿易振興会(JETRO)に勤務、在職中はフランスやベルギーに赴任。 1991年9月より1994年3月まで、中央大学非常勤講師。専門は国際関係論。 2002年4月、日本貿易振興会を退職。 2002年、調布市長選挙に、第6代調布市長を1986年(昭和61年)から2002年(平成14年)まで4期16年にわたり務めた吉尾勝征への多選批判を主題に掲げ無所属で立候補、初当選を果たした。
石渡 德一(いしわた とくかず、1952年〈昭和27年〉11… 石渡 德一(いしわた とくかず、1952年〈昭和27年〉11月3日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。元神奈川県鎌倉市長(2期)。 神奈川県鎌倉市出身。鎌倉市立第一小学校、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 2001年、鎌倉市長選に立候補し、竹内謙市長の市政継承を訴えた元日本経済新聞記者の森野美徳ら4人を破り、初当選した。 2005年、元県議の渡辺光子ら2人を破り再選。 2007年2月7日、岡本2丁目マンション問題をめぐり、石渡に対する問責決議案が可決された。同決議案はその後も再び提出され、可決された。 2009年4月に行われた鎌倉市議会議員選挙に際し、石渡の後援会関係者が陣中見舞いとして候補者に現金を渡していたことが発覚。
熊坂 伸子(くまさか のぶこ、1952年8月30日 - )は… 熊坂 伸子(くまさか のぶこ、1952年8月30日 - )は、日本の政治家。元岩手県宮古市議会議員、元滝沢村(現滝沢市)助役、元普代村教育委員会教育長。博士(経営学)。 岩手県宮古市生まれ。岩手県立宮古高等学校を経て弘前大学理学部生物学科を卒業。卒業後、青森地方裁判所弘前支部に勤務(事務官)。 退職後3人の子育ての傍ら、慶應義塾大学文学部人間関係学科(学士入学・通信制)を卒業。東北大学大学院経済学研究科現代応用経済学専攻博士課程前期修了。修士論文は「地方自治体の福祉支出が地域に及ぼす経済効果ー秋田県鷹巣町の事例ー」。同博士課程後期を修了して博士号(経営学)を取得した。博士論文は「わが国市町村の政策評価ーNPM型政策評価の理論と展開ー」。
堂故 茂(どうこ しげる、1952年(昭和27年)8月7日 … 堂故 茂(どうこ しげる、1952年(昭和27年)8月7日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、国土交通副大臣兼内閣府副大臣兼復興副大臣、参議院農林水産委員長、、参議院文教科学委員長、文部科学大臣政務官、富山県氷見市長(4期)、富山県議会議員(2期)を歴任した。 富山県氷見市生まれ。富山県立高岡高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。1979年、トナミ運輸株式会社入社。1982年、かつてはトナミ運輸の代表取締役社長も務めていた綿貫民輔衆議院議員の秘書を務める。1988年、氷見青年会議所理事長に就任。 1991年、富山県議会議員選挙に出馬し、初当選した。1995年、富山県議会議員再選。1998年、富山県議を任期途中で辞職して氷見市長選挙に出馬し、当選。
母袋 創一(もたい そういち、1952年(昭和27年)7月6… 母袋 創一(もたい そういち、1952年(昭和27年)7月6日 - )は、日本の政治家。長野県上田市長(新市制3期、旧市制1期)、長野県議会議員(3期)などを務めた。 長野県上田市下塩尻の養蚕農家に生まれる。1972年(昭和47年)3月、長野県上田高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年4月、三井物産に就職。1990年(平成2年)9月、同社を退社。 1991年(平成3年)4月の長野県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選。その後長野県議会会派「県政会」に参加し、県議を3期務める。 2002年(平成14年)2月7日、県議を辞職。同年3月17日に行われた旧上田市の市長選挙に立候補し初当選した。
渡部 幸男(わたなべ ゆきお、1952年(昭和27年)3月4… 渡部 幸男(わたなべ ゆきお、1952年(昭和27年)3月4日 - )は、日本の政治家。元秋田県男鹿市長(2期)、元秋田県議会議員(1期)。 秋田県男鹿市出身。秋田県立秋田高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。1995年(平成7年)、秋田県議会議員選挙で初当選し、県議を1期務める。1999年(平成11年)の選挙で、当時の旧男鹿市選挙区での定数減(2→1)により、加藤義康との現職同士の選挙戦に敗れて落選。その後、港湾荷役会社長、船川港港湾振興会長などを歴任した。 2009年(平成21年)4月3日付で男鹿市(新制)初代市長の佐藤一誠が、任期満了直前で当時現職県議だった加藤義康が市長選出馬を理由に辞職したことに伴って行われる県議補選出馬のため失職。
原田 令嗣(はらだ よしつぐ、1952年〈昭和27年〉2月2… 原田 令嗣(はらだ よしつぐ、1952年〈昭和27年〉2月2日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。 武蔵高校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、1974年NHKへ入局。名古屋放送局報道部ディレクター、アメリカ総局特派員、報道局衛星放送部長等を歴任。 父・昇左右の政界引退を受けて、2003年の第43回衆議院議員総選挙で静岡2区から、自由民主党公認で立候補し、初当選(当選同期に西村康稔・萩生田光一・武田良太・加藤勝信・菅原一秀などがいる。)。2005年の第44回衆議院議員総選挙にて再選。派閥は谷垣派に所属。院内では、農林水産委員会、厚生労働委員会、災害対策特別委員会に所属した。
下村 治生(しもむら はるお、1952年〈昭和27年〉 - … 下村 治生(しもむら はるお、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の新宿区議会議員(6期)。第47代新宿区議会議長、自民・参政クラブ団長などを歴任。元新宿消防団団長。 東京都新宿区生まれ。父は元新宿区議会議員の下村得治。暁星高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。同学院経済学研究科修士課程修了。外資系銀行勤務を経て、下村装飾株式会社役員。 2003年(平成15年)4月、自由民主党公認で新宿区議会議員に初当選。以降、2023年(令和5年)4月の統一地方選挙まで6期連続で当選。 2017年5月から2021年12月まで、自由民主党新宿総支部 支部長を務めた。
武見 敬三(たけみ けいぞう、1951年(昭和26年)11月… 武見 敬三(たけみ けいぞう、1951年(昭和26年)11月5日 - )は、日本の政治家、元ニュースキャスター。自由民主党所属の参議院議員(4期)。元厚生労働副大臣。学歴は慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。学位は法学修士(慶應義塾大学)。家族は妻と2男1女。
清原 慶子(きよはら けいこ、1951年(昭和26年)9月1… 清原 慶子(きよはら けいこ、1951年(昭和26年)9月10日 - )は、日本の政治家。元東京都三鷹市長(4期)。 東京都武蔵野市生まれ。東京都立富士高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科(ゼミはマスコミュニケーション論)卒業。1976年、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。1979年、慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程単位取得満期退学。 1980年から慶應義塾大学文学部及び杏林大学医学部で非常勤講師を務め、1983年常磐大学人間科学部専任講師に就任。1987年からルーテル学院大学文学部助教授、1992年にルーテル学院大学文学部教授に着任。1999年に東京工科大学メディア学部教授に着任し、2002年4月から2003年2月まで学部長を務める。
小口 利幸(おぐち としゆき、1951年(昭和26年)8月2… 小口 利幸(おぐち としゆき、1951年(昭和26年)8月24日 - )は日本の政治家。塩尻市長(第6代)。 長野県塩尻市出身。1976年慶應義塾大学工学部卒業。セイコーエプソンに入社、設計課長を務める。1998年に退社した後は塩尻市議会議員を2期務め、2002年に市長に初当選。平成の大合併では楢川村との合併を実現した。また、JR塩尻駅を中心とした市街地の活性化に取り組み、基本計画(2008年11月11日承認)を策定、2010年には旧塩尻市立図書館を移転、新築した市民交流センター「えんぱーく」の開業を実現した。2022年1月14日、6選不出馬を表明した。2023年11月3日、秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
津谷 永光(つや えいこう、1951年(昭和26年)8月9日… 津谷 永光(つや えいこう、1951年(昭和26年)8月9日 - )は、日本の政治家。秋田県北秋田市長(5期)。元秋田県議会議員(6期)。秋田県水泳連盟名誉顧問。 秋田県鷹巣町(現・北秋田市)出身。鷹巣町立鷹巣小学校(現・北秋田市立鷹巣小学校)、鷹巣町立鷹巣中学校(現・北秋田市立鷹巣中学校)卒業。1970年(昭和45年)3月、慶應義塾高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、慶應義塾大学経済学部卒業。 1987年(昭和62年)4月の秋田県議会議員選挙で初当選。県議時代は自由民主党に所属した。2001年(平成13年)5月15日から2003年(平成15年)4月29日まで県議会議長を務めた。その後、自由民主党秋田県支部連合会の会長などを歴任し、2009年(平成21年)2月4日、県議を辞職。
熊谷 盛廣(くまがい もりひろ、1951年〈昭和26年〉3月… 熊谷 盛廣(くまがい もりひろ、1951年〈昭和26年〉3月3日 - )は、日本の政治家。元宮城県登米市長(2期)、元宮城県議会議員(1期)、元津山町長(1期)。名前の表記に関しては熊谷 盛広と書かれることも多い。 宮城県登米市出身。宮城県佐沼高等学校、慶應義塾大学法学部(通信課程)卒業。 2002年(平成14年)、津山町長に就任。2005年(平成17年)4月1日に津山町が他の登米郡8町と合併し消滅するまで町長を務めた。 2007年(平成19年)4月に行われた宮城県議選・登米選挙区(定数3)に無所属で立候補し3位で初当選。当選後に自民党入り。 東日本大震災のため2011年(平成23年)11月13日に延期された県議選、2015年(平成27年)10月25日に行われた県議選は、いずれも自民党公認で立候補するも次点(3位)で落選した。
藤田 幸久(ふじた ゆきひさ、1950年(昭和25年)4月1… 藤田 幸久(ふじた ゆきひさ、1950年(昭和25年)4月19日 - )は、日本の政治家。民進党所属の参議院議員(2期)、民進党国際局長。
三宅 茂樹(みやけ しげき、1950年2月27日 - )は、… 三宅 茂樹(みやけ しげき、1950年2月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の東京都議会議員(7期)。第50代東京都議会議長。 経済港湾委員会理事、警察・消防委員会理事、都市整備委員会理事、議会運営委員会理事、オリンピック・パラリンピック招致特別委員会理事、東京都議会自由民主党政務調査会長、東京都議会自由民主党幹事長などを歴任した。 1950年2月27日、東京都墨田区両国緑町生まれ。世田谷区立祖師谷小学校、駒場東邦中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。荏原製作所従業員や衆議院議員麻生太郎秘書を経て1993年に東京都議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し、世田谷区選挙区で13386票を得るも次々点で落選。
塩谷 立(しおのや りゅう、1950年2月18日 - )は、… 塩谷 立(しおのや りゅう、1950年2月18日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)、衆議院環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員長、自民党静岡県連会長。