小山内 恵美子(おさない えみこ、1975年 ‐ )は、日本… 小山内 恵美子(おさない えみこ、1975年 ‐ )は、日本の小説家。長崎県長崎市在住。夫は芥川賞作家の青来有一。 神奈川県生まれ。津田塾大学学芸学部を卒業。1999年、毎日新聞社に入社。和歌山、広島、長崎支局、東京本社生活家庭部を経て、2008年に退職。 2012年、「おっぱい貝」が選考委員(秋山駿、五木寛之、村田喜代子)の満場一致で九州芸術祭文学賞最優秀作を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中島 多圭子(なかじま たかこ、1971年5月22日 - )… 中島 多圭子(なかじま たかこ、1971年5月22日 - )は日本の映像作家、映画監督、ジャーナリスト、本名、行實 多圭子(ゆきざね たかこ)。福岡県出身。趣味・特技は写真、登山。 かつてはセント・フォースに所属しフリーアナウンサーとして活動していたこともある。 津田塾大学学芸学部数学科入学、2年の時に、週刊朝日「女子大生シリーズ」の表紙モデルになったのをきっかけに英国イースト・アングリア大学へ留学。大学4年の時にフリーアナウンサーとしてデビュー。TBS「サンデーモーニング」のレポーター、テレビ朝日系「やじうまワイド」のキャスターなどを経て1999年にカンボジア、2000年にパレスチナ問題を取材。
北原 みのり(きたはら みのり、1970年〈昭和45年〉11… 北原 みのり(きたはら みのり、1970年〈昭和45年〉11月24日 - )は、日本の著作家、フェミニスト、社会活動家、実業家。自身の会社アジュマで、女性のためのセックスグッズ(フェムケアグッズ)ショップ「ラブピースクラブ」や、翻訳書を含めフェミニズムや性に関する本を取り扱う出版部門「アジュマブックス」を運営。性暴力の根絶を訴える「フラワーデモ」の呼びかけ人。「希望のたね基金」理事。 『奥さまは愛国』『毒婦。』『性と国家』『日本のフェミニズム』など、フェミニズム、ジェンダーに関する著書多数。 アニメなどに登場する「萌えキャラ」について、幼さとエロさを併せ持ち、自分の性的魅力に無自覚で他者の性欲に寛容であり、しばしば「女子高生」といったモノ化された女性の記号として表象されていると指摘している。
乙幡 啓子(おつはた けいこ、1970年9月21日 - )は… 乙幡 啓子(おつはた けいこ、1970年9月21日 - )は、群馬県桐生市生まれのライター、造形作家。 2003年から@niftyのデイリーポータルZにライターとして、主に水曜日を担当(当初は毎週だったが、現在は月1回の執筆)。工作が主題の記事が多い。他に北尾トロ編集の雑誌「レポ」(季刊)連載。2011年、雑貨企画・制作プロジェクト「妄想工作所」をたちあげた。 夫は砂像彫刻家の保坂俊彦。
新藤 悦子(しんどう えつこ、1961年12月26日 - )… 新藤 悦子(しんどう えつこ、1961年12月26日 - )は、日本の児童文学作家、ノンフィクション作家、ファンタジー小説家。 豊橋ふるさと大使(2003年2月より)。 1961年、愛知県豊橋市に生まれる。愛知県立豊橋南高等学校を経て、津田塾大学学芸学部国際関係学科を卒業。 在学中から中近東に関心を持ち、トルコ、エジプトを旅行。1985年から1986年にかけてトルコ、イランを遊学する。トルコのカッパドキア地方ギョレメ村にて、現地の女性の手ほどきを得て絨毯を織り上げる。この時の体験をもとに綴った初の書き下ろし『エツコとハリメ 二人で織ったトルコ絨毯の物語』(情報センター出版局)で作家デビュー。 1987年、ソビエト連邦領中央アジアからトルコへと遊牧民の軌跡を追い、『羊飼いの口笛が聴こえる 遊牧民の世界』として出版。
山本 昌代(やまもと まさよ、女性、1960年8月18日 -… 山本 昌代(やまもと まさよ、女性、1960年8月18日 - )は、日本の小説家。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校、津田塾大学英文科卒業。大学時代は英文学を専攻していたが、谷崎潤一郎の作品に触れて日本語による表現に目覚める。在学中の1983年浮世絵師の応為(お栄)と、その父葛飾北斎の姿を描いた『応為坦坦録(おういたんたんろく)』で文藝賞を受賞してデビューした。 デビュー後、歌舞伎役者の沢村田之助(三代目)を描いた『江戸役者異聞』、平賀源内を主人公にした『源内先生舟出祝』と、近世を舞台にした作品を多く書いた。落語に触発されたと思われる『居酒屋ゆうれい』(1991年)は映画化された。
小池 昌代(こいけ まさよ、1959年7月17日 - )は、… 小池 昌代(こいけ まさよ、1959年7月17日 - )は、日本の詩人、小説家、翻訳家。 雑誌編集をしつつ詩作し、詩集『永遠に来ないバス』(1997年)で現代詩花椿賞受賞。川端康成文学賞受賞の『タタド』(2007年)で、作家としても注目される。ほかに短編集『ことば汁』(2008年)、『たまもの』(2014年)など。
大庭 みな子(おおば みなこ、1930年〈昭和5年〉11月1… 大庭 みな子(おおば みなこ、1930年〈昭和5年〉11月11日 - 2007年〈平成19年〉5月24日)は、日本の小説家。本名・美奈子。東京市出身。出生名は椎名 美奈子。 東京渋谷に生まれる(生家は千駄ヶ谷)。海軍軍医の父の転勤に伴い、全国各地を転々とした他、海外転勤となった1941年(昭和16年)には数カ月だけ母の生家がある新潟の伯母の家で暮らしたこともあった。敗戦を広島で迎え、原爆の惨状が文学の原点となった。 津田塾大学英文学科を卒業後、結婚。夫の転勤によるアラスカ生活中、現地から投稿した『三匹の蟹』(1968年)で芥川賞受賞。以後、時空を超えて混沌とした人間関係と性の様態に迫った『寂兮寥兮』(1982年)などを発表。
澁澤 幸子(しぶさわ さちこ、1930年〈昭和5年〉7月22… 澁澤 幸子(しぶさわ さちこ、1930年〈昭和5年〉7月22日 - )は、日本の著作家、トルコ研究家。日本文芸家協会会員。日本・トルコ協会会員。小説家、フランス文学者澁澤龍彦の妹。 東京生まれ。武州銀行に勤める澁澤武の長女。澁澤龍彦の妹。澁澤道子の姉。1948年、十文字高等女学校卒業。津田塾大学英文学科卒業。 『ドレスメーキング』『スタイル』編集者を経てフリーライターになる。『週刊現代』『ヤングレディ』『平凡パンチ』などのアンカーをつとめ、多くの女性誌等にエッセー、旅行記など執筆。1981年以降、足繁くトルコを訪問し、トルコ関連の旅行記や歴史物語、評論、エッセーなどを執筆、トルコに関する講演も行う。
吉村 証子(よしむら あかしこ、1925年(大正14年)7月… 吉村 証子(よしむら あかしこ、1925年(大正14年)7月3日 - 1979年(昭和54年)4月23日)は、日本の科学史家、児童科学読物作家、科学読物研究家。 農政学者・小出満二(こいで まんじ)の双子の次女として福岡に生まれ、その後、東京に移った。1947年に津田塾専門学校(現:津田塾大学)理科1期生として物理化学科を卒業、1951年に東京大学理学部地球物理学科を卒業。普連土学園、神田女学園で講師をしながら平凡社の『理科事典』『科学技術史年表』の編集・執筆に当たる。1955年弁護士・吉村節也と結婚。1956年津田塾大学講師となり亡くなるまで科学史を教える。1967年日本子どもの本研究会を設立、副会長。
犬養 道子(いぬかい みちこ、1921年4月20日 - 20… 犬養 道子(いぬかい みちこ、1921年4月20日 - 2017年7月24日)は、日本の慈善家・環境活動家・小説家。 首相を務めた犬養毅の孫にあたる。カトリック信徒。 現在の東京都新宿区四谷に犬養健・仲子夫妻の長女として生まれる。父・健は犬養毅の嗣子で親子2代の政治家であり、母方の曾祖父が長与専斎と後藤象二郎である。母方の祖父は男爵長与称吉。従姉の娘に緒方貞子、異母妹に安藤和津がいる。 女子学習院、津田英学塾で学んだ後、アメリカ合衆国やフランスに留学。 1970年代以降ヨーロッパに在住し、環境破壊抑止を目指した「みどり一本」運動を提唱したり、1979年から世界の飢餓、難民問題に深くかかわった。また欧州滞在中は、ジュネーヴ空港に近いフランスの街フェルネ=ヴォルテールに住み、ライフワークの聖書研究のかたわら、難民支援活動を積極的に展開した。
谷村 まち子(たにむら まちこ、1914年1月25日 - 1… 谷村 まち子(たにむら まちこ、1914年1月25日 - 1987年7月2日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。 本名・新谷 依枝(よりえ)。夫は新谷 藤楠。 東京に生まれる。津田英学塾卒業。自ら児童文学を創作するほか、多くの英米児童文学を翻訳、少女小説の翻訳が多い。真知子、満智子などの表記もある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
原 百代(はら ももよ、1912年9月16日 - 1991年… 原 百代(はら ももよ、1912年9月16日 - 1991年8月12日、女性)は、日本の作家、翻訳家。 東京生まれ。1934年に津田英学塾(現津田塾大学)卒業。戦前から英文翻訳業を行い占領下では、GHQ機関に勤務、独立後は翻訳家に戻った。 知人から贈られたヘレン・ミアーズ(Helen Mears、1900 - 1989)『Mirror for Americans.JAPAN』を読み感銘を受け著者の承諾を得て、1949年にCIE(民間情報教育局)へ翻訳許可を願い出たが認可されず、講和独立後の1953年に訳書『アメリカの反省』を上梓した(新訳は1995年に、伊藤延司訳『アメリカの鏡・日本』で刊行)。
神近 市子(かみちか いちこ、出生名:神近 イチ、1888年… 神近 市子(かみちか いちこ、出生名:神近 イチ、1888年6月6日 - 1981年8月1日)は、日本のジャーナリスト、婦人運動家、作家、翻訳家、評論家。ペンネームは榊 纓(さかき おう/えい)。1916年の日蔭茶屋事件で一躍著名になり、大杉栄に対する殺人未遂罪で2年間服役した。戦後に政治家になり、左派社会党および再統一後の日本社会党から出馬して衆議院議員を5期務めた。 長崎県北松浦郡佐々村(現在の佐々町)生まれ。漢方医の神近養斉とハナ夫妻の子で、出生当時父は47歳、母は43歳になっていた。夫妻はすでに二男二女をもうけていて、彼女は末の子であった。 父は幼い末娘を「チコ」と呼んで可愛がっていたが、1891年、彼女が3歳のときに死去した。
岡田(永代) 美知代(おかだ(ながよ) みちよ、1885年(… 岡田(永代) 美知代(おかだ(ながよ) みちよ、1885年(明治18年)4月15日 - 1968年(昭和43年)1月19日)は、明治期から昭和期の小説家、雑誌記者。田山花袋の小説『蒲団』のヒロイン、横山芳子のモデルとして知られる。 広島県甲奴郡上下町(現・府中市上下町)に、備後銀行頭取などを務めた地元の有力者であった岡田胖十郎の長女として生まれる。第一高等学校・明治大学で教鞭を取り、草創期の駿台高等豫備學校講師だった岡田實麿は兄。妹萬寿代は、北海道帝国大学教授や庄原市長を務めた八谷正義に嫁いだ。クリスチャンの家であった。 1898年(明治31年)9月神戸女学院に入学。佐々城信子が同時期に通っており、面識があった。