百﨑 蒼生(ももさき あおい、2005年9月11日 - )は… 百﨑 蒼生(ももさき あおい、2005年9月11日 - )は、熊本県菊池市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 小学3年から軟式野球を始める。中学校では熊本泗水ボーイズ所属。 熊本を出て、東海大学付属相模高等学校に進学。1年春の県大会からベンチで、1年秋から「3番・遊撃手」としてレギュラーに定着。しかし、チーム内での衝突があり、1年冬に中退する。地元・熊本に戻り、中学時代の友人の誘いで、東海大学付属熊本星翔高等学校に編入した。日本高等学校野球連盟の定める規則による1年間の公式戦出場停止期間を経て、高校3年時に夏の甲子園出場を果たした。結果は1回戦敗退。 2023年10月26日に行われたドラフト会議では、阪神タイガースから4位指名を受け、11月19日に契約金4000万円、年俸500万円で仮契約を結んだ。
日當 直喜(ひなた なおき、2005年7月6日 - )は、東… 日當 直喜(ひなた なおき、2005年7月6日 - )は、東京都墨田区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 墨田区立梅若小学校1年生のときから墨田区立桜堤中学校までの計9年間、軟式野球の『鐘ヶ淵イーグルス』で捕手・投手としてプレーした。 東海大学菅生高校に進学し、1年秋に背番号11でベンチ入り。背番号1を付けた2年秋の東京都大会では、4試合連続完投勝利を記録して優勝した。3年春の第95回記念選抜高等学校野球大会では沖縄尚学との3回戦で完封勝利を記録。続く大阪桐蔭との準々決勝ではリリーフ登板で6回2失点と好投したが、チームは敗れた。3年夏は西東京都大会5回戦で駒沢大高に敗れた。
松本 龍之介(まつもと りゅうのすけ、2005年3月1日 -… 松本 龍之介(まつもと りゅうのすけ、2005年3月1日 - )は、大阪府泉佐野市出身の日本のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 長南小学校時代には田尻スポーツ少年団、長南中学校時代は「忠岡ボーイズ」にそれぞれ所属した。東海大学山形高等学校に進学するが、2022年のNPBドラフト会議では指名漏れとなった。 2023年シーズンより関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)の堺シュライクスに入団。盗塁王と出塁率4割を目標に掲げたこの年は、2桁盗塁を記録するも、打率は2割に届かず、出塁率も.310にとどまった。同年のNPBドラフト会議では前年に続いて指名漏れだった。 2年目の2024年は47打点で最多打点のタイトルを獲得し、リーグのベストナインにも選出された。
門別 啓人(もんべつ けいと、2004年7月10日 - )は… 門別 啓人(もんべつ けいと、2004年7月10日 - )は、北海道沙流郡門別町(現:日高町)出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 日高町立富川小学校1年時に富川野球スポーツ少年団に入り野球を始め、6年時に北海道日本ハムファイターズジュニアに選出された。 日高町立富川中学校在籍時は軟式野球部に所属し、道選抜に選ばれた。 中学卒業後は東海大学付属札幌高等学校へ進学した。在籍中は地区大会で勝ち進めず、甲子園の土を踏むことはできなかった。2022年春の地区大会で最速150km/hを計時し、プロからも注目される存在となり、チームメイトの唐川と共にプロ志望届を提出した。2022年10月20日のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け、契約金6000万円、年俸720万円で仮契約を結んだ(金額は推定)。
田村 朋輝(たむら ともき、2004年4月6日 - )は、東… 田村 朋輝(たむら ともき、2004年4月6日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 緑ヶ丘幼稚園卒園後、別所小学校2年の時に軟式チーム・松が谷ジャガーズで野球を始め、別所中学時には町田市の硬式チーム・町田リトルシニアに所属。 高校は山形県の酒田南高等学校に進学。1年夏からメンバー入りし、2年春からはエース。2年の秋に山形県大会で優勝。3年夏の県大会の3回戦では、延長10回までを投げて11個の三振を奪い降板したが、11回に勝ち越され東海大学山形高等学校に敗戦。甲子園に出場することはできなかった。 2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト2巡目指名を受けた。
池田 陵真(いけだ りょうま、2003年8月24日 - )は… 池田 陵真(いけだ りょうま、2003年8月24日 - )は、大阪府和泉市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 和泉市立国府小学校6年の時にオリックスジュニア入りを果たし、和泉市立和泉中学校時代は少年硬式野球(ボーイズリーグ)の忠岡ボーイズで捕手。中3夏のU15W杯に主将・4番・レフトとして出場した。 大阪桐蔭高校では主将として臨んだ3年春の選抜大会では1回戦で智辯学園高校に6-8で敗れた。3年夏の甲子園では1回戦で東海大学菅生高校に7-4で勝利するも、2回戦で近江高校に4-6で敗れた。 2021年10月11日に開催された2021年度ドラフト会議においてオリックス・バファローズから5位指名を受け、11月30日に契約金3500万円、年俸500万円で入団に合意した(金額は推定)。
石田 隼都(いした はやと、2003年4月5日 - )は、栃… 石田 隼都(いした はやと、2003年4月5日 - )は、栃木県真岡市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 真岡市立真岡小学校で軟式野球を始め、真岡市立真岡中学校では硬式野球のクラブチームである真岡ボーイズに所属。3年時にNOMOベースボールクラブのジュニアオールジャパンに選出された。 東海大学付属相模高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2学年上に遠藤成、1学年上に山村崇嘉、西川僚祐、同級生に小島大河がいた。同年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に出場し、中京学院大中京との3回戦で大会初登板・初先発して5回1失点と好投したが、自身の降板後にチームが逆転を許し敗れた。
土田 龍空(つちだ りゅうく、2002年12月30日 - )… 土田 龍空(つちだ りゅうく、2002年12月30日 - )は、滋賀県坂田郡米原町(現:米原市)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 米原市立米原小学校2年時に米原野球スポーツ少年団で野球を始めた。米原市立米原中学校時代は硬式の湖北ボーイズに所属。 近江高等学校では、1年時から遊撃手のレギュラーを掴み、第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。準々決勝で吉田輝星擁する金足農業高等学校に敗れた。2年生の夏には、第101回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦でチーム全体で6失策、土田自身も2失策と精彩を欠き、東海大学附属相模高等学校に敗れる。秋の滋賀大会を制覇し、近畿大会の初戦では3安打と気を吐いたが初戦敗退を喫した。
廣池 康志郎(ひろいけ こうしろう、2002年9月16日 -… 廣池 康志郎(ひろいけ こうしろう、2002年9月16日 - )は、宮崎県都城市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学校3年生のときに野球を始めた。 都城農業高校では2年時に遊撃手から投手へ転向した。2年夏の宮崎大会では全3試合に登板したが、都城東との3回戦で敗退。3年夏は新型コロナウイルスの影響で甲子園大会およびその出場権を懸けた地方大会が中止となり、独自代替大会(宮崎)では1回戦敗退であったが、最速142km/hを計測した。高校卒業後は、小学生の頃から憧れを抱いていた畜産業(詳細後述)を専門的に学ぶため、東海大学農学部応用動物科学科に入学した。 東海大学では九州キャンパス硬式野球部で野球を続け、農学部の実習も多かったが、野球と両立した。
宮原 駿介(みやはら しゅんすけ、2002年9月12日 - … 宮原 駿介(みやはら しゅんすけ、2002年9月12日 - )は、神奈川県小田原市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 兄の影響で小学1年生からソフトボールを始め、中学校から野球を始めた。 静岡学園高等学校では1年時からエースとなった。 高校卒業後は東海大学静岡キャンパスへ進学。4年時の2024年6月に開催された「侍ジャパン大学代表選考合宿」にも参加した。 2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから5位指名を受けた。11月21日、契約金4000万円、年俸800万円で入団に合意した。背番号は57。所属する静岡県学生リーグの投手としては、初めての支配下枠での指名となった。
加藤 響(かとう ひびき、2002年6月15日 - )は、神… 加藤 響(かとう ひびき、2002年6月15日 - )は、神奈川県厚木市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 厚木市立厚木小学校で1年生の時に野球を始め、6年時には横浜DeNAベイスターズジュニアに選出された。厚木市立厚木中学校在学時は硬式野球のクラブチームである海老名リトルシニアでプレーし、全国大会に出場した。 東海大学付属相模高等学校に進学し、2年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に出場。近江との初戦(2回戦)に「9番・二塁手」で先発出場したが無安打に終わり、続く中京学院大中京との3回戦では出場がなく、チームも敗れた。3年夏は新型コロナウイルスの影響で公式戦が中止となり、2020年甲子園高校野球交流試合で大阪桐蔭と対戦し敗れた。
西川 僚祐(にしかわ りょうすけ、2002年4月19日 - … 西川 僚祐(にしかわ りょうすけ、2002年4月19日 - )は、千葉県船橋市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。 船橋市立古和釜小学校1年時に薬円台リトルスターで野球を始める。小学校6年時で、すでに身長が176cmほどあり、並外れた体格の持ち主であった。船橋市立古和釜中学校に進学すると、強豪・佐倉シニアに在籍し、3年時には全国選抜大会やジャイアンツカップを制した。中学時代から東京ドームや明治神宮野球場の右翼席に本塁打を放つパワーを持ち、中学通算本塁打は25本。佐倉シニアでのチームメイトに度会隆輝がいる。 高校は東海大学付属相模高校に進学。1年夏から4番を担うこともあった。2年夏は、全国高等学校野球選手権神奈川大会を制し、第101回全国高等学校野球選手権大会に出場。
細野 晴希(ほその はるき、2002年2月26日 - )は、… 細野 晴希(ほその はるき、2002年2月26日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 八王子市立加住小学校で2年生の時に交友ビクトリーズで野球を始め、東海大学菅生高等学校中等部では3年夏に都大会でベスト4に進出した。 東亜学園高等学校に進学し、1年時からベンチ入り。U17の東京都選抜に選出された。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は東東京大会の初戦で東京実業に敗れた。 高校卒業後は東洋大学へ進学。ウエイトトレーニングに励み、高校時代に140km/hだった最速を、1年秋の時点で148km/hまで伸ばした。チームは2年春のリーグ戦で6位に終わり、日本大学との入れ替え戦に敗れて2部リーグへ降格した。
福田 真啓(ふくだ まさひろ、2001年7月11日 - )は… 福田 真啓(ふくだ まさひろ、2001年7月11日 - )は、広島県福山市出身の日本の元プロ野球選手(投手)。 高校時代は広島県福山市の英数学館高校でプレー。元広島東洋カープ投手で同校野球部の非常勤コーチでもある北別府学の指導により成長し、150 km/hに迫る速球と切れ味のあるスライダーを武器にした。 高校卒業後は東海大学にスポーツAO入試で合格し、進学し、首都大学野球に加盟する硬式野球部でプレー。しかし、一時チームが活動休止に陥り、野球をプレーする環境を求めて大学中退を決断する。 大学中退後、2021年1月26日に四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスへの入団が発表された。 2022年5月31日の対福岡ソフトバンクホークス三軍戦で、徳島球団は継投によるノーヒットノーランを達成したが、福田はその試合で6回表に3番手で登板し、1イニングを無失点で抑えている。
田中 幹也(たなか みきや、2000年11月28日 - )は… 田中 幹也(たなか みきや、2000年11月28日 - )は、神奈川県愛甲郡愛川町出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 愛川町立中津小学校時代は中津リバーズ、愛川町立愛川東中学校時代は相模原リトルシニアに所属。 高校時代は若林弘泰が監督を務める西東京の強豪・東海大学菅生高等学校でプレー。1年時より出場し、2年夏には1学年上の松本健吾や同級生の戸田懐生らとともに西東京大会の決勝で清宮幸太郎擁する早稲田実業高等部を破り甲子園大会に出場。甲子園大会ではベスト4に進出。その後のえひめ国体にも出場。甲子園大会では俊敏な守備や俊足、シュアな打撃が注目された。後輩に成瀬脩人がいる。 高校卒業後は東都大学野球の亜細亜大学に進学。
森下 翔太(もりした しょうた、2000年8月14日 - )… 森下 翔太(もりした しょうた、2000年8月14日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 横浜市立日限山小学校1年生のとき「野庭日限フェニックス」(現:上永谷少年野球部)で外野手として野球を始め、捕手も経験した。横浜市立日限山中学校時代は三塁手として中学硬式野球の「戸塚リトルシニア」に所属。幼少期、地元である日限山大公園や野庭すずかけ小学校で練習した日々がプロでの活躍に繋がった「原点」であると本人も語る。 地元の強豪である東海大学付属相模高等学校に進学。1年夏より「4番・中堅手」のレギュラーとなり、3年春には第90回記念選抜高等学校野球大会に出場した。
奥村 光一(おくむら こういち、1999年12月24日 - … 奥村 光一(おくむら こういち、1999年12月24日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 静岡市清水区に生まれる。静岡市立清水船越小学校2年生のときに船越リトルグリーンズで野球を始める。中学時代は東海大静岡翔洋中等部の軟式野球部に所属した。 東海大学付属静岡翔洋高等学校に進学し、3年生時には主軸を務めた。しかし、進学した東海大学ではほとんど試合に出られず、3年時には指導者から野球を断念して就職活動すべきと告げられてしまった。高校通算は29本塁打。 野球選手を続行する道を選び、ベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の群馬ダイヤモンドペガサスのトライアウトを受験。
川口 冬弥(かわぐち とうや、1999年10月26日 - )… 川口 冬弥(かわぐち とうや、1999年10月26日 - )は、奈良県生駒郡三郷町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 三郷町立三郷中学校時代は硬式野球チームの『香芝ボーイズ』に所属。東海大学菅生高校では3年間で一度も背番号をもらえなかった。 城西国際大学へ進学し、高校時代は最速130km/h程度であったが、2年間で筋肉量を10kg増やし、3年時には145km/h前後を計測。ただ、右肘の故障に苦しみ、リーグ戦で登板したのは4年時からであった。当時通っていたスポーツジムで、社会人野球のクラブチーム・ハナマウイの中山慎太郎投手コーチと偶然知り合い、中山は「『野球を続けたいんですが進路が決まっていないんです』と話してくれた。
宮路 悠良(みやじ ゆら、1999年8月2日 - )は、東京… 宮路 悠良(みやじ ゆら、1999年8月2日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。KBOのサムスン・ライオンズ所属。 荒川区立尾久第六小学校で1年生の時に荒川コンドルで軟式野球を始めた。駿台学園中学校では軟式野球部に所属し投手兼中堅手で起用された[要出典]。 東海大学付属高輪高等高校では1年夏の予選からベンチ入りした。3回戦では1年生ながら先発を任された。翌2年秋から主戦投手となる。学校として最高成績タイとなる準優勝した3年夏の予選では計21回を投げ3失点と力投した。[要出典]高校3年生時の最速は145k/mであった。 東海大学健康学部に進学し、野球部では2年秋の神宮大会でデビューした。
松本 健吾(まつもと けんご、1999年4月14日 - )は… 松本 健吾(まつもと けんご、1999年4月14日 - )は、東京都中野区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 中野区立緑野小学校在学時、中野セネタースで軟式野球をプレー。その後、中野区立緑野中学校に進むと東京青山リトルシニアで硬式野球をプレー。当時から投手を務め日本選手権3位入賞を経験する。 高校は若林弘泰監督率いる、あきる野市の東海大学菅生高校に進学。3年夏の西東京大会の決勝では清宮幸太郎擁する早稲田実業学校高等部を破り、第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。予選では一学年下の戸田懐生にエースナンバーを明け渡したが、この好投から本戦では松本がエースナンバーを付け、戸田との二枚看板で同校初のベスト4入りに貢献した。
加藤 廉(かとう れん、1999年1月12日 - )は、静岡… 加藤 廉(かとう れん、1999年1月12日 - )は、静岡県島田市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 小学2年から五和クラブで野球を始め、島田市立金谷中学校時代は小笠浜岡シニアに所属。 静岡県立島田工業高校では高校通算10本塁打。東海大学海洋学部では1年からリーグ戦に出場し、3年春には本塁打王を獲得。18季ぶりのリーグ優勝に貢献した。4年時は主将も務めた。 2020年10月26日に行われたドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト12位で指名を受けた。この年のドラフト会議の全体での最終指名(123番目)の選手となった。11月18日に支度金300万円、年俸400万円で仮契約。
日高 拓海(ひだか たくみ、1998年12月9日 - )は、… 日高 拓海(ひだか たくみ、1998年12月9日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 大田区立調布大塚小学校1年次より「調布大塚ファイターズ」にて野球を始める。 大田区立東調布中学校在学時には「東京城南ボーイズ」に所属。 東海大学付属高輪台高等学校に進学。高校在学時には甲子園大会などの全国大会への出場はない。 高校卒業後は首都大学野球連盟所属の武蔵大学に進学。大学在学時にはトミー・ジョン手術から復活し、148㎞を計測する。 大学4年次に神奈川球団より特別合格の内定を受けた。大学卒業後の2021年からは神奈川球団にてプレーを継続する。2022年シーズン終了後に球団から退団(自由契約)となった事が発表された。
勝俣 翔貴(かつまた しょうき、1997年7月20日 - )… 勝俣 翔貴(かつまた しょうき、1997年7月20日 - )は、神奈川県足柄下郡箱根町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 中学時代は「小田原足柄リトルシニア」でプレー。 高校は東京都の東海大学菅生高等学校に進学。3年春に甲子園大会に出場した。当時は投手も兼任しており、二刀流の選手でもあった。その後の高校野球日本代表にも同世代の小笠原慎之介やオコエ瑠偉、2学年下の清宮幸太郎らとともに選出された。WBSC U-18ワールドカップでは首位打者と打点王に輝き、ドラフト候補にも名が上がったためプロ志望届を提出するが、2位以上での指名を志望していたことが原因か指名漏れをした。高校時代の監督は元中日ドラゴンズの投手の若林弘泰、1学年上には髙橋優貴がいた。
海野 隆司(うみの たかし、1997年7月15日 - )は、… 海野 隆司(うみの たかし、1997年7月15日 - )は、岡山県岡山市南区出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学校ではソフトボールをやっていた。小学校5年から捕手になり、中学校入学後は野球に転向し硬式野球チームのヤングファイターズ岡山に所属する。高校は関西高校に進学し、2年春から正捕手になり、第96回全国高等学校野球選手権大会に出場する。チームは2回戦(初戦)で富山商相手に1対3で敗退し、自身も3打数無安打に終わる。野球部には1学年先輩に小郷裕哉がいる。 東海大学では1年の秋から試合出場し、2018年の3年春には首位打者を獲得する。そして同年6月には第42回日米大学野球選手権大会のメンバーに選出される。
小川 一平(おがわ いっぺい、1997年6月3日 - )は、… 小川 一平(おがわ いっぺい、1997年6月3日 - )は、神奈川県逗子市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 逗子市立逗子小学校の2年時に「逗子オリーブス」で軟式野球を始めると、4年時から投手を務める。逗子市立逗子中学校在学中には、校内の軟式野球部に所属していた。 神奈川県立横須賀工業高等学校進学後は、2年時の秋からエースの座をつかんだものの、2年時の秋と3年時の春に相次ぎ、故障。3年時夏の神奈川大会では1回戦で完投勝利を収めたものの、2回戦で敗れたため、在学中は甲子園球場の全国大会と縁がなかった。 高校からの卒業後に熊本県の東海大学九州キャンパスへ進学したが、入学直後の2016年4月に熊本地震で被災。
堀内 謙伍(ほりうち けんご、1997年4月15日 - )は… 堀内 謙伍(ほりうち けんご、1997年4月15日 - )は、静岡県菊川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 菊川市立内田小学校の1年時から、地元の内田野球スポーツ少年団で野球を始める。東海大学付属翔洋高等学校中等部ではエースとして活躍した。 静岡県立静岡高校に進学後は、1年秋から捕手としてレギュラーを掴むと、2年の夏には第96回全国高等学校野球選手権大会に出場。4番として初戦の星稜高校に挑み、エースの岩下大輝からヒットを打つも、逆転負け。新チームとなった秋の大会は静岡県大会、東海大会で打率.462、2本塁打・7打点・6盗塁の活躍で優勝に貢献。第87回選抜高等学校野球大会では準々決勝で優勝した敦賀気比高校のエース平沼翔太に自身は抑えられ、チームもサヨナラ負けを喫した。
髙橋 優貴(たかはし ゆうき、1997年2月1日 - )は、… 髙橋 優貴(たかはし ゆうき、1997年2月1日 - )は、茨城県ひたちなか市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 ひたちなか市立田彦小学校3年から勝田スポーツ少年団で野球を始める。ひたちなか市立田彦中学校では友部リトルシニアでプレーした。東海大学菅生高等学校では1年夏からベンチ入りした。3年夏には西東京大会で決勝まで進み、日本大学鶴ヶ丘高等学校と対戦した。高橋はリリーフで登板したが9回にサヨナラ打を打たれ甲子園出場はならなかった。八戸学院大学に進学後は北東北大学リーグで通算50試合に登板し、20勝12敗、リーグ最多となる通算301奪三振の新記録を樹立し、それまで多和田真三郎が持っていた奪三振記録299を更新した。
今川 優馬(いまがわ ゆうま、1997年1月25日 - )は… 今川 優馬(いまがわ ゆうま、1997年1月25日 - )は、北海道札幌市出身(釧路市生まれ)のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 父としたキャッチボールが楽しかったため、札幌市立南小学校3年時より山鼻イーグルスで軟式野球を始める。札幌市立真駒内曙中学校では軟式野球部に所属していた。 高校は道内の強豪・東海大学付属第四高等学校に一般入試を経て入学。2年秋からベンチ入り。3年夏の甲子園大会には同級生の西嶋亮太(JR北海道)らとともに出場。自身は背番号16の控えで2回戦の山形県立山形中央高等学校戦では代打安打も記録している。高校通算本塁打数は2本であった。高校時代の同級生には上記の西嶋の他に大学でもチームメイトとなる上野純輝らがいた。
吉川 雄大(よしかわ かずき、1996年12月12日 - )… 吉川 雄大(よしかわ かずき、1996年12月12日 - )は、広島県安芸郡府中町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 広陵高等学校では3年春からエースとなり、同学年の太田光とバッテリーを組んで同年夏の第96回全国高等学校野球選手権大会に出場した。三重との1回戦で先発し、一時勝ち越しとなる本塁打を放つなど投打に活躍したが、2点リードの9回裏に同点に追い付かれ、延長11回裏に押し出し四球を与えサヨナラ負けを喫した。 東海大学に進学し、4年間でリーグ戦通算16試合に登板した。 その後JFE西日本に入社。1年目から都市対抗野球大会に登板した。 2021年10月11日に行われたドラフト会議にて、東北楽天ゴールデンイーグルスから7位指名を受け、11月16日に契約金2500万円、年俸700万円で仮契約した。
猪口 雄大(いのくち ゆうだい、1996年8月31日 - )… 猪口 雄大(いのくち ゆうだい、1996年8月31日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。左投左打。愛称及び火の国サラマンダーズでの2022年 - 2023年の登録名はPIGBOSS(ピッグボス)。 高校時代は東海大学付属熊本星翔高等学校でプレー。卒業後は52期の野球部OB会幹事を務める。 大学は首都圏への進学も考えていたが、地元の九州地区大学野球連盟の東海大学九州キャンパスに進学。2年生春の東海大学硬式野球部3キャンパス交流戦では敢闘賞に選出される。同年秋の南部九州ブロック大会熊本地区予選では最優秀選手賞とベストナイン一塁手に選出される。3年生春の南部九州ブロック大会熊本地区予選でもベストナイン一塁手に選出され、同ブロック大会決勝リーグでは2回戦の対沖縄大学戦で逆転の2点本塁打を放つなど、同大にとって11年ぶり11度目となる全日本大学野球選手権大会進出に貢献。
西嶋 亮太(にしじま りょうた、1996年4月10日 - )… 西嶋 亮太(にしじま りょうた、1996年4月10日 - )は、北海道帯広市出身の元社会人野球選手(投手)。 小学1年生の頃から野球を始め、帯広市立帯広第六中学校時代はとかち帯広シニアに所属。部員わずか12人のチームを牽引し、全道大会準優勝を果たした。投手をしない時にはショートを守っていた。当時は道内中学ナンバーワン投手として進路が注目されていた。 高校は道内でも強豪の東海大学付属第四高等学校に進学。2014年夏の甲子園大会に出場する。後にプロ入りする清水優心、山本武白志、古澤勝吾、富山凌雅らを擁した九州国際大学付属高等学校との1回戦では球速が計測不能のスローボールを多用し、1失点完投勝利をおさめ、注目を浴びた。
海老原 一佳(えびはら かずよし、1995年9月13日 - … 海老原 一佳(えびはら かずよし、1995年9月13日 - )は、東京都昭島市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 母方の祖父がアメリカ人のクウォーターとして出生。昭島市立拝島第一小学校の1年時に、昭島ヤングライオンズで野球を始めた。 東海大学菅生高等学校中等部時代には軟式野球部へ所属し、主将を務めたが、卒業後は系列の東海大学菅生高等学校ではなく、創価高等学校へ進学。高校時代には2年時の秋から「5番・中堅手」としてレギュラーに定着したが、春夏ともに甲子園球場への全国大会とは無縁で、卒業後に系列校の創価大学へ入学した。高校・大学の1学年先輩に、田中正義がいる。 創価大学では、1年時から東京新大学野球のリーグ戦に出場。
丸山 泰資(まるやま たいすけ、1995年2月5日 - )は… 丸山 泰資(まるやま たいすけ、1995年2月5日 - )は、愛知県常滑市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。右投右打。 常滑市立鬼崎中学校時代は愛知知多ボーイズで外野手としてプレー。 東邦高校時代は控え投手として東海大会に出場。3年生になると背番号1を付け愛知県大会優勝、東海大会ベスト4。最後の全国高等学校野球選手権大会では愛知大会で決勝戦に進出するも濱田達郎擁する愛工大名電に敗れた。 東海大学時代は2年春のリーグ戦から控え投手として出場、3勝(無失点)でチームの全勝優勝に貢献。全日本大学野球選手権では優勝。3年春より先発に転向し、リーグ戦では4勝を挙げてベストナインを受賞。2015年5月3日には首都大学野球連盟での日本体育大学戦(大和スタジアム)で完全試合を達成(上田次朗以来46年ぶり2人目)。
安井 勇輝(やすい ゆうき、1994年9月12日 - )は、… 安井 勇輝(やすい ゆうき、1994年9月12日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 吹田市立青山台中学校在学時には吹田千里山イーグルスボーイズ(現:千里山ボーイズ)に所属[要出典]。 山形県の東海大学山形高等学校を経て、関西学生野球連盟所属の近畿大学に進学する。 2016年11月、四国アイランドリーグplusのトライアウトで特別合格となり、2日後のリーグドラフト会議で愛媛マンダリンパイレーツより1位で指名を受け、入団した。 2017年シーズン終了後の11月15日に、リーグのウェーバー公示により、徳島インディゴソックスに移籍する。徳島では2019年シーズンは主将を務めたが、シーズン中の8月19日付で退団した(自由契約)。
金子 隆浩(かねこ たかひろ、1994年8月30日 - )は… 金子 隆浩(かねこ たかひろ、1994年8月30日 - )は、東京都足立区出身の元プロ野球選手(捕手)。 足立区立第十三中学校卒業後、東海大学付属高輪台高等学校に進学。在学中は甲子園大会には出場できなかった。 高校卒業後は付属からの推薦入学で東海大学体育学部へと進学する。東海大学硬式野球部に入部を希望していたが、同部はセレクションを通過した者でないと高校野球経験者であっても入部できないという縛りが設けられていた。金子は出身校が甲子園未出場だったために野球部への推薦枠を持っておらず、大学合格後にそれを知ったことから野球部に所属できないまま入学した。大学時代は外部のクラブチーム・REVENGE99に所属しながら野球を続け、トレーナーの勉強をおこなっていた。
水野 滉也(みずの こうや、1994年6月1日 - )は、北… 水野 滉也(みずの こうや、1994年6月1日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、企業家。現役引退後に株式会社BOUKEN(ボウケン)を設立するとともに、代表取締役として活動していた(後述)。 札幌月寒東小2年から軟式野球を始め、月寒中学校時代には札幌豊平東シニアに所属。札幌日大高では、3年夏に南北海道大会準優勝。エースとして6試合に登板(うち先発は5試合)、2完封と好成績を残す。甲子園出場経験はなし。 東海大学北海道キャンパスに進学後、1年春からリーグ戦に出場。先発として5試合に登板し3勝1敗の成績を収め、新人賞を受賞。4年春には5勝0敗、防御率0.21でMVP、最優秀投手賞、ベストナインを獲得し、チームの2季ぶりの優勝に貢献。
中川 皓太(なかがわ こうた、1994年2月24日 - )は… 中川 皓太(なかがわ こうた、1994年2月24日 - )は、大阪府富田林市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 富田林市立高辺台小学校時代は3年生からジュニア金剛に所属。富田林市立葛城中学校時代は富田林ブルーウェーブに所属。 広島県の山陽高等学校では県大会準優勝が最高で、甲子園出場歴はなし。硬式野球部での2学年先輩に森原康平がいる。 東海大学では1年春からリーグ戦に出場。4年次の第46回明治神宮野球大会ではベスト4。リーグ通算16勝1敗、防御率1.31。同期に田中俊太、渡辺勝、吉田侑樹、1学年上に大城卓三、1学年下に丸山泰資がいる。 2015年10月22日に行われたドラフト会議で読売ジャイアンツから7位指名を受けた。
吉田 侑樹(よしだ ゆうき、1994年2月16日 - )は、… 吉田 侑樹(よしだ ゆうき、1994年2月16日 - )は、大阪府寝屋川市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
遠藤 雅洋(えんどう まさひろ、1993年9月27日 - )… 遠藤 雅洋(えんどう まさひろ、1993年9月27日 - )は、神奈川県出身の元社会人野球選手(内野手)。 東海大学付属相模中学校(現在の東海大学付属相模高等学校中等部)時代は横浜瀬谷ボーイズでプレー。 高校は福島県の聖光学院高等学校に進学。同級生には歳内宏明がいる。自身は4番・一塁として歳内らとともに過去最高のベスト8に貢献した。高校在学時には東日本大震災を経験している。 高校卒業後は東都大学野球連盟の亜細亜大学に進学。2015年秋季リーグではMVPを獲得。東都大学通算本塁打は11本。 大学卒業後は社会人野球のHondaに入社。レギュラーとして活躍。2019年シーズンをもって現役を引退した。
田中 俊太(たなか しゅんた、1993年8月18日 - )は… 田中 俊太(たなか しゅんた、1993年8月18日 - )は、神奈川県厚木市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。オイシックス新潟アルビレックスBC所属。兄は広島東洋カープに所属していた田中広輔。 小学校1年生のときにソフトボールを始め、4年生から中学まで父が監督を務めるボーイズリーグに所属していた。 東海大学付属相模高校に進学すると1年秋から主軸に据わり、2年生の2010年に3番・二塁手として出場した第92回全国高等学校野球選手権大会で準優勝、3年生の2011年も同じく「3番・二塁手」として出場した第83回選抜高等学校野球大会は準決勝の履正社高校戦で満塁本塁打を放つなど活躍し、優勝をそれぞれ経験した。
大城 卓三(おおしろ たくみ、1993年2月11日- )は、… 大城 卓三(おおしろ たくみ、1993年2月11日- )は、沖縄県那覇市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 2歳年上の兄である昌士(元西部ガス硬式野球部)と、双子の兄である建二(元トヨタ自動車硬式野球部)がおり、3兄弟揃って東海大学付属相模高等学校、東海大学に進学している。中学までは沖縄で育つ。中学時代には、大矢明彦が名誉監督を務めるSOLA沖縄(現・大矢ベースボールクラブ)でプレー。1学年上のチームメイトに山川穂高がいた。 高校は、建二と共に神奈川県の東海大学付属相模高等学校に進学。一二三慎太とバッテリーを組み、第92回全国高等学校野球選手権大会に出場、チームは準優勝を遂げた(建二も一塁手として出場)。
鈴木 昂平(すずき こうへい、1991年6月20日 - )は… 鈴木 昂平(すずき こうへい、1991年6月20日 - )は、東京都武蔵村山市出身の元プロ野球選手(内野手)、コーチ。右投右打。現在はオリックス・バファローズの育成コーチを務める。 中学生時代には東村山リトルシニアでプレー。東海大菅生高校を経て、東海大学へ進学すると、首都大学リーグ戦で遊撃手部門でのベストナイン3回、首位打者1回などの実績を残した。 大学卒業後に三菱重工名古屋へ入社。2年連続で都市対抗野球に出場。チームメイトに高木勇人がいた。 2015年のNPBドラフト会議で、オリックス・バファローズから7巡目で指名。契約金2,700万円、年俸800万円(金額は推定)という条件で入団した。三菱重工名古屋からは前年の高木に続くNPB入りで、背番号は40。
六埜 雅司(ろくの まさじ、1991年5月17日 - )は、… 六埜 雅司(ろくの まさじ、1991年5月17日 - )は、大阪府大阪市出身の元社会人野球選手(投手)。 小学2年生から軟式野球を始める。中学時代は、加美ウイングスボーイズに所属する。 高校は、光星学院高校(現:八戸学院光星高校)に進学。2年秋よりベンチ入りをする。青森大会は抑え投手として、東北大会では主に先発投手として起用され、光星学院を秋季東北大会優勝に導く。翌春の第81回選抜高等学校野球大会に出場する。3年夏はベスト8で敗退。高校の同期には下沖勇樹がいる。 大学は、東海大学に進学。硬式野球部に入部すると、2年時から投手としてリーグ戦で登板する。4年時には、大学日本代表にも選出され、日米大学野球で優勝を経験する。
赤間 謙(あかま けん、1990年11月14日 - )は、福… 赤間 謙(あかま けん、1990年11月14日 - )は、福島県双葉郡楢葉町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校1年生の時に、楢葉イーグルファイターズで野球を始める。中学生時代には、1学年下の横山貴明と共に相双中央リトルシニアに所属。日本リトルシニア野球選手権大会に2度出場した。 東海大学山形高等学校への進学後は、3年時の春からエースに定着すると、山形県内の地区大会で寒河江工業高等学校打線を相手にノーヒットノーランを達成。複数のNPB球団のスカウトから注目された。しかし、3年夏の山形県大会に準決勝で惜敗すると、プロ志望届を日本高等学校野球連盟へ提出せずに東海大学へ入学。 東海大学では1年春から、主に救援投手として、首都大学野球のリーグ戦で通算20試合に登板。
坂口 真規(さかぐち まさき、1990年9月29日 - )は… 坂口 真規(さかぐち まさき、1990年9月29日 - )は、和歌山県那賀郡打田町(現・紀の川市)出身の元プロ野球選手(内野手)。
伏見 寅威(ふしみ とらい、1990年5月12日 - )は、… 伏見 寅威(ふしみ とらい、1990年5月12日 - )は、北海道千歳市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 小学3年から野球を始めた。中学は札幌白石シニアに所属し、その時の監督に捕手を命じられる。 東海大学付属第四高等学校では春の全道大会で優勝、夏はベスト4。卒業後は東海大学へ進学。 東海大学では1年秋から正捕手として定着し、1学年上の菅野智之とバッテリーを組み活躍、2年になると4番打者も務めるようになった。2010年に行われた第5回世界大学野球選手権大会では日本代表に選出。リーグ通算で79試合、287打数90安打、6本塁打、52打点、打率.314、MVP、ベストナイン各2回、首位打者1回。
菅野 智之(すがの ともゆき、1989年10月11日 - )… 菅野 智之(すがの ともゆき、1989年10月11日 - )は、神奈川県相模原市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。
田中 広輔 (たなか こうすけ、1989年7月3日 - )は… 田中 広輔 (たなか こうすけ、1989年7月3日 - )は、神奈川県厚木市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。広島東洋カープに所属。
藤井 亮太(ふじい りょうた、1988年9月30日 - )は… 藤井 亮太(ふじい りょうた、1988年9月30日 - )は、兵庫県加古川市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手、捕手)。 小学校1年から野球を始め、中学校時代は軟式野球部で遊撃手を務めた。 兵庫県立高砂南高等学校進学後に捕手へ転向。3年夏の県大会ではベスト16入り。当時の同級生に将棋棋士の稲葉陽がいる。 東海大学海洋学部に進学後、3年春の大学選手権に出場し、5番・捕手としてベスト8入りを果たす。捕手でのベストナインが3度、3年春にMVP、4年秋に首位打者を獲得。 シティライト岡山入社後は、1年目春から公式戦に出場。都市対抗予選で結果を残し、1年目から三塁手での岡山県と中国地区のベストナインに輝く。
原 大輝(はら だいき、1988年6月2日 - )は、広島県… 原 大輝(はら だいき、1988年6月2日 - )は、広島県安芸郡海田町出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 広島国際学院高では投手兼捕手を務め、2年夏に8強進出を達成した。3年夏は主戦として活躍したが、広島市立広島工業高等学校に7回コールド0対8で敗れ、広島県大会3回戦敗退。2回戦広島県立広島井口高等学校戦では11回1失点完投勝利、打者としても9回2死から同点適時打を記録している。 広島県大会準々決勝が最高成績。甲子園出場実績はなし。 北海道東海大学(現・東海大学北海道キャンパス)進学後は3年春に大学選手権を経験。 6番捕手で先発出場するも2打数ノーヒット、九州国際大学に1対3で敗れ初戦突破ならず。