小林 深緑郎(こばやし しんろくろう、1949年7月18日 … 小林 深緑郎(こばやし しんろくろう、1949年7月18日 - 2024年9月1日)は、日本の編集者、ライター、コラムニスト、ラグビー解説者、ラグビージャーナリスト。東京都生まれ。スティーブ小林と呼ばれることがある。 学生時代は陸上競技をしていた。立教大学卒業。 大学卒業後は、貿易商社に勤務したのち画家になる。その後ラグビーワールドカップ1987で取材。これ以降全大会取材している。 1989年からラグビーマガジンでコラムを連載、さらに1998年よりJ SPORTSでラグビー解説を務めていた。 2024年9月1日、心不全のため死去。75歳没。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。
本多 英明(ほんだ ひであき、1949年7月16日 - 20… 本多 英明(ほんだ ひであき、1949年7月16日 - 2003年4月5日)は、日本の英文学者。立教大学文学部英文科卒、同大学院博士課程満期退学、相模女子大学短期大学部講師、助教授、相模女子大学英文科教授。
重森 豊(しげもり ゆたか、1949年6月25日 - )は、… 重森 豊(しげもり ゆたか、1949年6月25日 - )は、日本の実業家。明治安田損害保険元代表取締役社長、明治安田生命保険元常務取締役、株式会社ワイズトータルサポート代表取締役社長、株式会社ワイズ・ネットワーキング代表取締役社長、大和ハウス工業社外取締役、JPYC株式会社顧問。 1949年6月25日生まれ。広島県出身。 1979年3月、立教大学経済学部卒業。同年4月、安田生命保険相互会社(現・明治安田生命保険)入社。 同社、渋谷支社長、取締役銀座支社長、常務取締役代理店部門長を歴任。 2009年、明治安田損害保険株式会社代表取締役社長に就任。 その間に、若手起業家支援のための組織「日本を本気でSEOU会」を発足し、日本からグローバル展開する起業家のインキュベーションの支援活動行っている。
田中 利幸(たなか としゆき、1949年5月26日 - )は… 田中 利幸(たなか としゆき、1949年5月26日 - )は、日本の歴史学者。専門は戦争犯罪を中心とした軍事史。最終学位は西オーストラリア大学Ph.D.。元広島市立大学広島平和研究所教授。現在、ドイツのハンブルク社会研究所の「紛争時の性暴力」研究プロジェクトのメンバーを務めている。2015年4月からはオーストラリアのメルボルンを拠点に、歴史評論家として執筆、講演、平和運動にたずさわる。 1949年(昭和25年)、福井県永平寺町松岡に生まれる。父は仙台予備士官学校出身の陸軍軍人だった。 立教大学大学院経済学研究科修士課程修了後、リーズ大学歴史学部博士課程中退。1979年にオーストラリアへ渡る。その後、メルボルン大学政治経済学部の教員、敬和学園大学国際文化学科教授などとして勤務。
たちいり ハルコ(本名:立入 晴子、1949年5月7日- )… たちいり ハルコ(本名:立入 晴子、1949年5月7日- )は、日本の女性漫画家。東京都目黒区出身。O型、牡牛座。既婚者、夫はイラストレーターの藤井康文。立教大学出身。 代表作は『ピコラ♥ピコラ』『パンク・ポンク』『おじゃマクラ』など。いずれもギャグ漫画。親しみやすく可愛らしいタッチと、単純明快な笑いのセンスを得意とする。児童向け雑誌を中心に活躍し、長く人気を博した。
岡村宗二(おかむら そうじ、1949年5月- )は、日本の経… 岡村宗二(おかむら そうじ、1949年5月- )は、日本の経済学者、大東文化大学教授。 群馬県太田市生まれ。立教大学経済学部卒、同大学院修士課程修了。上武大学助教授をへて、大東文化大学助教授、1989年教授となる。
岡田 徹(おかだ とおる、1949年4月23日 - 2023… 岡田 徹(おかだ とおる、1949年4月23日 - 2023年2月14日)は、日本の男性音楽家。ムーンライダーズのキーボーディスト、アコーディオン奏者、作曲家・編曲家、音楽プロデューサー。 東京都新宿区出身。父はアナウンサーの岡田実。父の仕事の関係で、2歳半から5歳までニューヨークで暮らす。 1949年、東京都新宿区に生まれる。立教大学卒業。同大学の音楽サークル「OPUS」に所属し、同サークルの後輩にムーンライダーズの武川雅寛、白井良明がいる。 1973年、鈴木慶一が率いるロックバンドのはちみつぱいに加入、解散後はそのメンバーを母体としたムーンライダーズに参加。 ムーンライダーズでのボーカル曲はメンバー中で一番少ないが、アルバム『Istanbul mambo』収録の「週末の恋人」ではダミ声で歌っている。
佐藤 廣治(さとう ひろじ、1949年4月17日 - )は、… 佐藤 廣治(さとう ひろじ、1949年4月17日 - )は、日本の実業家、株式会社エス・サイエンス代表取締役社長。 1949年4月17日生まれ。茨城県出身。1973年3月、立教大学法学部卒業。同年4月、三井物産機械販売サービス株式会社入社。1976年4月、KASHU FRUIT PRODUCT INC入社。 2000年6月、志村化工株式会社(現・株式会社エス・サイエンス)取締役に就任。2006年6月、同社執行役員営業部門担当、2008年4月、同社取締役営業担当部長を歴任。2009年5月、同社代表取締役社長に就任。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
金丸 一元(かねまる かずもと、1949年〈昭和24年〉4月… 金丸 一元(かねまる かずもと、1949年〈昭和24年〉4月3日 - )は、日本の政治家。山梨県南アルプス市長(3期)。 山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校卒業。1974年(昭和49年)、立教大学卒業。 1987年(昭和62年)峡西青年会議所理事長、2004年(平成16年)南アルプス市議会議員に初当選。2008年(平成20年)に再選。2012年(平成24年)に三選。 2015年(平成27年)4月26日執行の南アルプス市長選挙で現職の中込博文を破り、初当選(金丸:18,109票、中込:16,235票)。同年4月27日、市長に就任。 2019年(平成31年)の市長選では、前回戦った元職の中込博文を破り再選(金丸:17,367票、中込:12,487票)。
玉井 和博(たまい かずひろ、1949年4月1日 - )は、… 玉井 和博(たまい かずひろ、1949年4月1日 - )は、日本の実業家、教育者。株式会社ホテル京急元代表取締役社長、ホテルパシフィック東京元総支配人、立教大学観光学部元特任教授、大妻女子大学特任教授。 1949年4月1日生まれ。1971年3月、立教大学経済学部経営学科(現・経営学部)卒業。同年4月、京急興業株式会社(現・京急不動産株式会社)入社。 1993年9月、株式会社ホテル京急出向。2001年6月、ホテルグランパシフィックメリディアン取締役副総支配人兼営業統括部長。 2004年6月、ホテルパシフィック東京取締役副総支配人、兼総支配人室長、兼営業企画部長。2005年6月、株式会社楼蘭代表取締役社長兼務。
出口 晴三(でぐち はるみ、1949年(昭和24年)3月25… 出口 晴三(でぐち はるみ、1949年(昭和24年)3月25日 - )は、日本の政治家。元東京都葛飾区長。 東京都葛飾区出身。1972年(昭和47年)立教大学を卒業する。鯨岡兵輔の秘書を経て、1975年(昭和50年)最年少で葛飾区議会議員に当選した。1985年(昭和60年)東京都議会議員に転じたのち1992年(平成4年)葛飾区長に就任した。 1993年(平成5年)10月、公職選挙法違反の容疑で逮捕され、11月に2度目の不信任決議案により失職。1994年(平成6年)3月、東京地方裁判所より懲役1年6か月、執行猶予4年、公民権停止4年の判決を受けた。
桐ケ谷 覚(きりがや さとる、1949年(昭和24年)3月2… 桐ケ谷 覚(きりがや さとる、1949年(昭和24年)3月24日 - )は、日本の政治家、実業家。神奈川県逗子市長(2期)。 秋田県大館市出身。親は食料品の問屋を営んでいた。秋田県立大館鳳鳴高等学校を経て、立教大学経済学部経済学科に入学。在学中に現在の妻と知り合う。妻との出会いがきっかけで1882年(明治15年)創業の工務店、桐ヶ谷材木店を継ぐことになる。大学を卒業した1972年(昭和47年)、修業のため建材問屋に就職。1976年(昭和51年)、横須賀市の工務店に入社。また、小泉純一郎衆議院議員の選挙の応援を経験。 1981年(昭和56年)、桐ヶ谷材木店に入社(この年、キリガヤに社名変更)。1992年(平成4年)、キリガヤの代表取締役に就任。
伊勢 真一(いせ しんいち、1949年1月29日 - )は、… 伊勢 真一(いせ しんいち、1949年1月29日 - )は、日本のドキュメンタリー映画監督。父親はドキュメンタリー映画編集者の伊勢長之助。東京都出身 フィルムを希望者に貸し出す自主上映に力を入れている。 少年時代は野球選手を目指していた。立教大学法学部卒業後は大工の棟梁のもとに弟子入りするもクビになり、仕事がなくなっていたところ父の伊勢長之助の葬式時に出会った映像関係者の誘いを受けてドキュメンタリー映画の世界へと入った。 長男の伊勢朋矢はドキュメンタリー映像作家。長女の伊勢佳世は女優。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
蒲谷 茂(かばや しげる、1949年1月25日 - 2019… 蒲谷 茂(かばや しげる、1949年1月25日 - 2019年6月2日)は、日本の医療ジャーナリスト。 神奈川県横浜市生まれ。立教大学経済学部卒業後、3年間の銀行勤務の後、1974年『壮快』の創刊に編集部員として参加。 その経歴から、健康関連を題材とした出版が多い。 かつては八ヶ岳南麓に住み、エフエム八ヶ岳のパーソナリティもつとめていた。 2019年6月2日、Facebookにて蒲谷の妻が死去したことを報告した。70歳没。
岩崎 育夫(いわさき いくお、1949年 - )は、日本の政… 岩崎 育夫(いわさき いくお、1949年 - )は、日本の政治学者。専門は、東アジア・東南アジアの政治発展論。 長野県生まれ。立教大学文学部卒業。アジア経済研究所研究員を経て、拓殖大学国際学部教授を務めた後、2019年3月をもって退職。 『華人資本の政治経済学』で毎日新聞社アジア太平洋賞特別賞を受賞。 『現代日本人名録2002』日外アソシエーツ
櫛引 博敬(くしびき ひろのり、1949年 - )は、日本の… 櫛引 博敬(くしびき ひろのり、1949年 - )は、日本の実業家、アグロカネショウ株式会社代表取締役社長。 1949年、青森県弘前市生まれ。1972年3月、立教大学法学部卒業。英国・国立ブリストル大学ロングアシュトン・リサーチ・ステーション(加工用リンゴの研究所)に2年間在籍し、シードルやアップルワインを本格的に研究する。加工用リンゴ、料理用品種のリンゴの日本不在を嘆き、自ら試験農場に取り組む。その傍らでリンゴの健康的効果をも実証したリンゴ研究の第一人者。その後、ユニー株式会社取締役を経て、1991年よりアグロカネショウ代表取締役社長を務める。
中澤 敬(なかざわ たかし、1949年 - )は、日本の実業… 中澤 敬(なかざわ たかし、1949年 - )は、日本の実業家、政治家。株式会社中沢ヴィレッジ代表取締役会長、一般社団法人草津温泉観光協会会長、一般社団法人日本温泉協会理事、元群馬県吾妻郡草津町長。 1949年、群馬県吾妻郡草津町生まれ。1972年、立教大学社会学部観光学科(現・観光学部)卒業。 大学卒業後、スイスへ渡り、スイスホテル協会設立のローザンヌホテルスクールで学んだ後、ジュネーブでホテル業務に携わる。 1978年に帰国し、草津温泉を代表する大規模リゾートホテル・株式会社中沢ヴィレッジの専務取締役に就任。 1998年、草津温泉旅館協同組合理事長に就任。 2002年~2010年、群馬県吾妻郡草津町長(二期8年間)に就任。
松本 謙一(まつもと けんいち、1949年 - )は、日本の… 松本 謙一(まつもと けんいち、1949年 - )は、日本の雑誌編集者・鉄道ファン。月刊鉄道模型雑誌「とれいん」の元編集主幹。同誌の発行や鉄道模型の販売を行う株式会社エリエイの元社長。元新しい歴史教科書をつくる会東京支部長。元自由社取締役教科書編集室長。 東京都中央区出身。立教中学校(現立教池袋中学校)、立教高校(現立教新座高校)から1968年に立教大学に入学し、1年で中退。「鉄道ジャーナル」の契約カメラマンを経て、父の松本一郎(俳号・松本芒風、2003年死去)が東京・京橋や日本橋で営んでいた呉服店「ゑり栄」(エリエイの前身)に入社した。 妹はニューヨーク在住の聖公会宣教師で『イエスとともに歩む―十字架の道ゆき』などの訳書もある景山恭子。
藤井 康文(ふじい やすふみ、1949年 - )は、日本のイ… 藤井 康文(ふじい やすふみ、1949年 - )は、日本のイラストレーター。恐竜を中心とした古生物のイラストを数多く手がけ、複数の図鑑や科学雑誌に絵が掲載されている。 1949年、山口県にて生まれる。1972年に立教大学経済学部を、1973年に日本デザインスクールを卒業。1975年に広告代理店と制作会社に勤務するが、1977年に制作スタジオ会社を設立して独立する。 1980年代以降は学研プラスや小学館などの出版社から依頼を受けており、複数の図鑑や科学雑誌に復元画が掲載されている。また、復元画はTシャツや筆箱といったグッズにも利用されている。 2015年12月4日から2016年1月6日には福島県立図書館で原画展が開催された。
那波 一寿(なば かずとし、 1948年12月17日 - )… 那波 一寿(なば かずとし、 1948年12月17日 - )は、日本のナレーター、声優。秋田県秋田市出身。ハイブリッヂコミュニケーション所属。ライトハウス提携タレント。以前はプロダクション・タンクに所属していた。 立教大学経済学部卒業。東京アナウンスアカデミーを経て、岩尾康延、山内雅人、坂井清成などに師事。
山田 順子(やまだ じゅんこ、1948年12月12日 - )… 山田 順子(やまだ じゅんこ、1948年12月12日 - )は、日本の英米文学翻訳家。 福岡県福岡市生まれ、福岡中央高校、立教大学社会学部卒業。1975年、ハンナ・セネシュの『ハンナの日記』(平安書店刊)にてデビュー。翻訳は、児童書からSF、ミステリーまで幅広い分野にわたっている。日本推理作家協会会員。 浅倉久志が中心となって、翻訳家の交流会「エイト・ダイナーズ」が、小尾芙佐、深町眞理子、大村美根子、山田順子、佐藤高子、鎌田三平、白石朗というメンバーで行われていた。 (ピアズ・アンソニイ、早川書房、ハヤカワ文庫FT) (フィリップ・プルマン、東京創元社、創元ブックランド) (ジェイニー・ボライソー、東京創元社、創元推理文庫) (デイヴィッド・アーモンド、東京創元社) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
望月 充(もちづき みつる、1948年10月6日 - )は静… 望月 充(もちづき みつる、1948年10月6日 - )は静岡県富士市出身の元プロ野球選手、コーチ、スコアラー。
小野 進也(おの しんや、1948年9月23日 - )は、日… 小野 進也(おの しんや、1948年9月23日 - )は、日本の俳優。東京都出身。身長175cm。立教大学経済学部中退。いむらプロ、MC企画(東京)に所属していた。 1965年、文学座付属演劇研究所第5期生として芸能界入り。1966年、テレビドラマ『青春とはなんだ』(NTV)でデビュー。 『ガッツジュン』(TBS)や『コートにかける青春』(CX)のレギュラーを経て、1972年より放送された『ワイルド7』(NTV)の主人公・飛葉大陸役に抜擢され、バイクスタントにも果敢に挑み注目される。撮影中に足の指を3本切り落とす事故にも遭ったが「主役がケガで降板しては…」と、麻酔を射ちながら収録に臨んだという逸話の持ち主である。
村田 正敏(むらた まさとし、1948年9月1日 - )は、… 村田 正敏(むらた まさとし、1948年9月1日 - )は、日本の実業家、北海道新聞社元会長、一般社団法人共同通信社元理事会長、株式会社共同通信社元会長。 1948年、北海道中標津町生まれ。1971年3月、立教大学法学部卒業。同年4月、北海道新聞社入社。 同社広告局次長、東京支社長、取締役経営企画室長、常務取締役広告局長などを経て、2010年6月、菊池育夫の後任として社長就任。2017年6月、会長に就任。 2011年6月、一般社団法人共同通信社理事会副会長。2014年6月、同理事会長就任。同月、株式会社共同通信社会長就任。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
吉川 潮(よしかわ うしお、1948年8月1日 - )は、日… 吉川 潮(よしかわ うしお、1948年8月1日 - )は、日本の演芸評論家、小説家、コラムニスト。ルポライターのほか、放送作家。 妻は、粋曲(色物)の柳家小菊(落語協会所属)。日本文芸家協会会員。駄句駄句会同人、俳号は「駄郎(だろう)」。 茨城県真壁郡下館町(現・筑西市)出身。父親は長唄の岡安喜三四郎。姉と妹がおり、三人の名付け親は西條八十。 1971年立教大学経済学部卒業。 ルポライターのほか、放送作家として「青島幸男のお昼のワイドショー」などの構成を担当する一方、1979年から演芸評論家として演芸評、コラムを書き始める。1980年「小説現代」で小説家としてデビュー。 落語立川流の顧問であったが、2014年11月に辞任した。
横山 久吉郎(よこやま きゅうきちろう、1948年7月31日… 横山 久吉郎(よこやま きゅうきちろう、1948年7月31日 - )は、日本の実業家、久月代表取締役会長、久月七代目。 1948年7月31日生まれ。東京都出身。 1967年4月、立教大学入学。大学では「企画研究会」というサークルに属し、大手旅行会社の協力を得て、海外ゼミツアーを企画し、120名の若者に36日間のヨーロッパ観光とケンブリッジ大学での講習プログラムを実施するなどの前衛的な取り組みを行った。大学4年の夏には英会話の勉強のため、アメリカのミシガン大学イングリッシュ・ランゲージ・インスティテュートに留学。また、アメリカ大陸を単独でバスで横断する経験をした。 1971年3月、立教大学経済学部経営学科(現・経営学部)卒業。
小川 謙(おがわ けん、1948年7月29日 - )は、日本… 小川 謙(おがわ けん、1948年7月29日 - )は、日本の実業家。日本トランスシティ代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長、東海倉庫協会会長、三重県商工会議所連合会会長。元日本倉庫協会副会長。元中部経済連合会副会長。 三重県出身。1971年立教大学法学部卒業、四日市倉庫入社。2000年日本トランスシティ関連事業部長。2001年日本トランスシティ中部支社名古屋支店長。2005年日本トランスシティ取締役人事部長。2007年日本トランスシティ常務取締役運輸事業部長。2011年から日本トランスシティ代表取締役社長兼営業本部長兼管理本部長を務め、グローバル化などを進めた。2019年日本トランスシティ代表取締役会長。
鄭 大均(てい たいきん(정대균、チョン・テギュン、Chun… 鄭 大均(てい たいきん(정대균、チョン・テギュン、Chung Daekyun)、1948年4月8日- )は、日本の東洋学の学者。東京都立大学名誉教授。専攻は東アジアのナショナル・アイデンティティ、日韓関係論、第12回大平正芳記念賞を受賞。 岩手出身。父親は1922年、当時の京城から東京にやってきた朝鮮人で、1923年に出版され、朝鮮人によって書かれた最初の日本語小説として知られる『さすらひの空』の著者で、皇道思想家の鄭然圭である。母親は岩手県和賀郡黒沢尻町(現在の北上市)出身。結婚してしばらくは東京に住んでいたが、1944年に空襲を避けて岩手県に疎開。大均はその地で戦後に生まれた。 岩手県立黒沢尻北高等学校、立教大学文学部および立教大学法学部を卒業。
蔵持 重裕(くらもち しげひろ、1948年4月 - )は、日… 蔵持 重裕(くらもち しげひろ、1948年4月 - )は、日本の日本史学者。学位は、博士(文学)(立教大学・論文博士・1998年)(学位論文「日本中世村落社会史の研究」)。立教大学名誉教授。 東京都足立区生まれ。東京都立京橋高等学校卒。1972年立教大学文学部史学科卒、新日本出版社に入る。1979年立教大学大学院修士課程修了、1982年一橋大学大学院経済学研究科博士課程後期退学。指導教官は永原慶二。 1983年まで一橋大学助手。1994年滋賀大学経済学部助教授、1998年教授、「日本中世村落社会史の研究」で立教大学より博士(文学)の学位を取得。1999年立教大学文学部教授。2014年退職、名誉教授。
小川 敏夫(おがわ としお、1948年3月18日 ‐ )は、… 小川 敏夫(おがわ としお、1948年3月18日 ‐ )は、日本の政治家、弁護士、裁判官、検察官、馬主。立憲民主党所属。 参議院議員(4期)、法務大臣(第88代)、法務副大臣(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣)、裁判官弾劾裁判所裁判長、民進党参議院幹事長、民進党参議院議員会長、民主党参議院幹事長・参議院政策審議会長、参議院副議長(第32代)、参議院外交防衛委員長、農林水産委員長、内閣委員長、決算委員長等を務めた。元妻は女優の市毛良枝。 東京都練馬区生まれ。立教高等学校、立教大学法学部(民法:四宮和夫ゼミ、商法:田村諄之輔ゼミ)卒業。立教高校の同級生に永倉万治、同期生に西岸良平、本田明彦、宇野治、細野晴臣がいる。
杉本 博司(すぎもと ひろし、1948年2月23日 - )は… 杉本 博司(すぎもと ひろし、1948年2月23日 - )は、日本の写真家、現代美術作家、建築家、演出家、文化功労者、日本芸術院会員。東京都台東区(旧・御徒町)出身。1970年渡米、1974年よりニューヨーク在住。東京およびニューヨークを活動の拠点としている。 銀座美容商事という美容院専門商品の卸売商店の長男として、東京都御徒町で生まれる。立教高等学校(現:立教新座高等学校)、立教大学経済学部を卒業。夏は家族で伊豆の海に行くことが多く、その途中の真鶴付近の東海道線の車内から初めて海を見た際に水平線の鋭さに衝撃を受け、この水平線を数万年前の人と同じように見ていることに思いを馳せたという。立教中学では鉄道模型に熱中し、鉄道写真を通じて写真との関わりを始めた。
服部 敏和(はっとり としかず、1948年2月13日 - )… 服部 敏和(はっとり としかず、1948年2月13日 - )は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身の元プロ野球選手。ユーティリティプレイヤーとして知られ、捕手以外の内外野全般をこなした。
大津 由紀雄(おおつ ゆきお、1948年2月1日 - )は、… 大津 由紀雄(おおつ ゆきお、1948年2月1日 - )は、日本の認知科学者。専門分野は、言語の認知科学(文法獲得・統語解析・理論脳科学)・言語教育・科学教育など。学位は、Ph.D.(マサチューセッツ工科大学・1981年)。慶應義塾大学名誉教授。明海大学外国語学部、同大学院応用言語学研究科教授。一般社団法人「ことばの教育」代表理事。アメリカ国立科学財団助成金申請書査読委員。日本学術会議会員。ノーム・チョムスキーの弟子である。 東京都出身。立教中学校(現・立教池袋中学校)、立教高等学校(現・立教新座高等学校)を経て、立教大学経済学部卒業。東京教育大学文学部(現・筑波大学人文・文化学群)に学士入学し、文学科英語学英文学専攻卒業後、東京教育大学大学院文学研究科修士課程を修了。
永倉 万治(ながくら まんじ、1948年1月27日 - 20… 永倉 万治(ながくら まんじ、1948年1月27日 - 2000年10月5日)は、日本の作家である。本名、長倉 恭一(ながくら きょういち)。晩年にはペンネームの表記を、「永倉 萬治(読み同じ)」と改めていた。 1989年(平成元年)、著書 『アニバーサリー・ソング』で、講談社エッセイ賞を受賞。 埼玉県志木市生まれ。立教高等学校(現在の立教新座高等学校)を経て、立教大学経済学部を中退。 劇団 「東京キッドブラザース」の公演に参加したが、ヨーロッパ公演の際に同劇団から退団した。その後は放送作家、雑誌編集者、広告プランナー等を務める傍ら、各種雑誌等にエッセーや小説を発表するようになり、1984年(昭和59年)からは執筆活動に専念した。
阿天坊 俊明(あてんぼう としあき、1948年1月27日 -… 阿天坊 俊明(あてんぼう としあき、1948年1月27日 - )は、千葉県銚子市出身の元社会人野球の選手(内野手)。 銚子商業高校では、1965年夏の甲子園に三番打者、遊撃手として出場。同期の木樽正明の好投で順調に勝ち進み、準決勝ではエース牧憲二郎を擁する高鍋高に9回裏2-1でサヨナラ勝ち。決勝では三池工と対戦するが、上田卓三に0-2で完封を喫し準優勝にとどまった。同年の岐阜国体では、決勝で岐阜短大付の淵上澄雄を打ち崩し優勝。同年秋の第1回プロ野球ドラフト会議で南海ホークスより2位指名を受けるも入団を拒否。 立教大学に進学。東京六大学野球リーグでは、入学直後の1966年春季リーグから二番打者として起用され、同季は槌田誠、谷木恭平、秋山重雄らとともに7年ぶりの優勝を飾る。
奥井 隆(おくい たかし、1948年 - )は、日本の実業家… 奥井 隆(おくい たかし、1948年 - )は、日本の実業家。株式会社奥井海生堂代表取締役社長、四代目当主、敦賀商工会議所会頭、一般社団法人軽井沢日仏協会会長。 1948年生まれ。1967年、福井県立敦賀高等学校卒業。1971年3月、立教大学経済学部卒業。同年、奥井海生堂入社。三代目奥井重雄のもとで修行。1995年、同社代表取締役社長に就任。 奥井海生堂は創業明治4年の福井県敦賀市に本社を構える高級昆布専門店。明治中頃より曹洞宗の大本山永平寺、大本山總持寺の御昆布司を務める。大正から昭和の初めにかけては、北大路魯山人が主宰する星岡茶寮を始め、京都の高級料亭との取引が開始され、代々京都の料理人たちに高級昆布を納めている。
堀口 照幸(ほりぐち てるゆき、1948年-)は、広島県広島… 堀口 照幸(ほりぐち てるゆき、1948年-)は、広島県広島市南区似島出身の実業家。元サッカー選手。 広島でもサッカーの盛んな土地だった似島出身。その後、立教大学に進学し、1969年には天皇杯に出場。1971年卒業。 その後東洋工業(現マツダ)へ入社、東洋工業サッカー部(のちのマツダSC、現サンフレッチェ広島)に所属した。攻撃的なミッドフィルダーあるいはウイングとしてチャンスメーカーとして活躍。選手を引退後はマツダを退社し、現在は、堀口海産(株)社長。
品川 惠保(しながわ しげほ、1948年 - )は、日本の実… 品川 惠保(しながわ しげほ、1948年 - )は、日本の実業家、株式会社ユーキャン代表取締役会長、元社長、日本通信販売協会元会長、国際文化カレッジ理事長。 1948年、東京都生まれ。1971年3月、立教大学卒業後、同年4月日本通信教育連盟(現ユーキャン)に入社。 1980年、同社代表取締役社長に就任。 2002年、「生涯学習のユーキャン」ブランドを立ち上げ、2006年には社名を株式会社ユーキャンに変更した。これまで中高年中心だった顧客ターゲットを、20~30代の若年層へとシフトさせ、話題性・ストーリー性を盛り込んだテレビCMキャンペーンやWebムービーを展開し、事業規模を拡大する。 1995年から公益社団法人日本通信販売協会副会長、2004年から2006年まで同会長を務めた。
杉山 恒太郎(すぎやま こうたろう、1948年-)は日本のク… 杉山 恒太郎(すぎやま こうたろう、1948年-)は日本のクリエイティブディレクターである。株式会社電通常務執行役員、顧問を経て、2012年4月、株式会社ライトパブリシティ代表取締役副社長に就任。2015年より代表取締役社長。立教大学現代心理学部映像身体学科元教授。 イギリスの雑誌「キャンペーン」で特集されるなど、世界的広告クリエーターである。東京都出身。
三井 福次郎(みつい ふくじろう、1948年 - )は、日本… 三井 福次郎(みつい ふくじろう、1948年 - )は、日本の実業家、三福工業株式会社元代表取締役会長、ビジネスクリエーター研究学会理事長。 1948年、栃木県佐野市生まれ。立教大学法学部を卒業後に三福工業に入社。1979年、30歳のときに同社の5代目代表取締役社長となる。2014年に長男の福太郎に事業承継し、代表取締役会長となる。金融機関への引継ぎのため5年間代表権を持って職務を行い、2019年3月に代表権を降りた。 三福工業は2020年で創業から152年を迎えた、ゴムや樹脂などを合わせた複合素材(コンパウンド)のリーディングカンパニーであるが、当初は米穀商から始まり、味噌・醤油、運動靴、土木資材と時代に合わせて事業内容を変化させてきた。
戸川 安宣(とがわ やすのぶ、1947年11月14日 - )… 戸川 安宣(とがわ やすのぶ、1947年11月14日 - )は、日本の編集者、ミステリ評論家。 東京創元社の元会長、元社長。光文文化財団理事。 ミステリ専門書店「TRICK + TRAP」元店主。日本推理作家協会、本格ミステリ作家クラブ各会員。本格ミステリ作家クラブでは事務局長をつとめた。編集者としてミステリ作家を多数育成する傍ら、文庫解説等の執筆を行う。 戦時疎開先の長野県で出生し、翌年、東京に移り荒川区南千住で育つ。 生家は備中庭瀬藩戸川家の分家である帯江戸川家で、江戸時代には3000石の大身旗本だった。同名の庭瀬藩主戸川安宣は、直系ではないが、先祖筋にあたる。曽祖父は、帯江戸川家8代目戸川安愛の弟で、9代目戸川最兎女(もとめ)栄秀。
川上 信夫(かわかみ のぶお、1947年10月4日 - )は… 川上 信夫(かわかみ のぶお、1947年10月4日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の日本の元サッカー選手。ポジションはDF。 浦和西高校、立教大学を経て、1971年から1978年までJSLの日立製作所でプレー。日立全盛期の主力として、JSL1回、天皇杯2回、JSLカップ1回の優勝に貢献した。JSLベストイレブンにも2度選出されている。 立教大学在学中から日本代表に選ばれ、通算で105試合に出場。ワールドカップ西ドイツ大会アジア予選、モントリオールオリンピックアジア予選では全試合に先発出場した。 近年はJリーグ・マッチコミッショナーの一員に名を連ねている。
本田 明彦(ほんだ あきひこ、1947年9月9日 - )は、… 本田 明彦(ほんだ あきひこ、1947年9月9日 - )は、日本のプロボクシングのプロモーター。帝拳プロモーション会長、日本プロボクシング協会会長代行。帝拳プロモーション創設者のひとりで先代(第2代)会長本田明の次男。世界ボクシング殿堂入り。 東京都出身。立教高等学校(現・立教新座高等学校)3年(17歳)だった1965年7月3日、父が死去し後継会長に就任。マネージャー長野ハルの庇護を受けながら、1970年3月に立教大学を卒業。 英語とスペイン語の語学力を活かし、ドン・キング、ボブ・アラムらの大物プロモーターとも直接交渉ができる。1988年と1990年には東京ドームでマイク・タイソンの防衛戦2試合を開催しただけでなく、ともに興行が成功したことで信頼関係を築いた。
宇野 治(うの おさむ、旧姓:小林、1947年9月2日 - … 宇野 治(うの おさむ、旧姓:小林、1947年9月2日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。自民党内では志帥会に所属。北海道常呂郡留辺蘂町(現北見市)生まれ、東京都大田区育ち。宇野宗佑は岳父。
野上 眞宏(のがみ まさひろ, Masahiro Micha… 野上 眞宏(のがみ まさひろ, Masahiro Michael Nogami, 1947年8月27日 - )は、東京都出身の写真家。マイク野上(マイクのがみ, Mike Nogami)とも。 カメラ好きだった父親の影響もあって少年期から写真の撮影を趣味とし、1966年立教大学入学後、写真部に入部する。しかしすぐに退部してしまい、一時は写真から遠ざかる。 社会学部の同級生だった細野晴臣と行動をともにする中で、松本隆、柳田ヒロ、小坂忠、鈴木茂、林立夫、小原礼ら、のちにプロ・ミュージシャンとして活躍してゆく面々と親交を結び、彼らの演奏風景や日々の記録を中心に1968年秋から写真撮影を再開する。この頃の細野や松本のバンドでは、バーンズ、エイプリル・フールの活動を写真に収めている。
八重野 充弘(やえの みつひろ、1947年8月24日 - )… 八重野 充弘(やえの みつひろ、1947年8月24日 - )は、日本の著作家、埋蔵金ハンター。日本トレジャーハンティング・クラブ代表。 熊本県熊本市出身。熊本大学教育学部附属小学校、熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立熊本高等学校を経て立教大学社会学部を卒業。その後学研に勤務し、1983年に退職してくもん出版に勤務。1992年退職。作家として、ライフワークのトレジャーハンティングに関する著述を続けるとともに、科学ジャーナリストとして、おもに子どもを対象とした講演や実験教室なども行っている。最近は自身の成長期にあたる昭和30年代の思い出を題材とした執筆活動も始めている。 1974年より、熊本県天草下島で天草四郎の軍用金探しを始めたことがきっかけで、日本の埋蔵金研究の第一人者であった畠山清行との交流が始まり、1977年より畠山を手伝う形で徳川幕府御用金(通称・徳川埋蔵金)の調査を始める。
西岸 良平(さいがん りょうへい、1947年7月30日 - … 西岸 良平(さいがん りょうへい、1947年7月30日 - )は、日本の漫画家。男性。東京都世田谷区出身。代表作は『三丁目の夕日(夕焼けの詩)』、『鎌倉ものがたり』など。 高校・大学時代の同級生にミュージシャンの細野晴臣がいる。当時漫画家を目指していた細野は、西岸の才能に感服した事で漫画家の道を諦めて音楽の道に進む決意をしたと言う。
服部 信雄(はっとり のぶお、1947年7月19日 - )は… 服部 信雄(はっとり のぶお、1947年7月19日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。 立教大学卒業。日本鋼管では1971年に日本リーグ4連覇達成とともにベスト5に選出。 全日本にも選ばれ、1967年世界選手権、1972年ミュンヘンオリンピックなどにも出場。 娘である服部梨絵も代表歴のあるバスケットボール選手。
細野 晴臣(ほその はるおみ、英語: Haruomi Hos… 細野 晴臣(ほその はるおみ、英語: Haruomi Hosono、1947年〈昭和22年〉7月9日 - )は、日本のミュージシャン。 2008年、平成19年度芸術選奨の大衆芸能部門で文部科学大臣賞を受賞。 1947年(昭和22年)、東京都港区生まれ。父方の祖父は鉄道官僚で、タイタニック号処女航海唯一の日本人乗客であった細野正文。母方の祖父である中谷孝男はピアノ調律師、叔母が外資系の映画会社勤務という環境から、幼い頃からポピュラー音楽に親しんだ。 港区立白金小学校から越境で港区立青山中学校入学。バンカラな校風の青山中学時代にロックに興味を持ち、15歳あたりからギターを手に友人とバンドを組む。漫画家を志したこともあるが、立教高校(現:立教新座高校)・立教大学の同級生だった西岸良平の才能に感服し、漫画家を諦め音楽の道を進むことを決意する。
桂 宥子(かつら ゆうこ、1947年6月29日 - )は、日… 桂 宥子(かつら ゆうこ、1947年6月29日 - )は、日本の英米児童文学研究者、岡山県立大学名誉教授。 東京生まれ。港区立氷川小学校卒。翻訳家の矢崎源九郎の家によく遊びに行き、矢崎滋は幼馴染。1970年立教大学文学部英米文学科卒業。トロント公共図書館「少年少女の家」司書を務め、73年帰国、トロントで知り合った仏教学者の桂紹隆と結婚。1975年立教大学大学院文学研究科博士課程満期退学。山陽女子短期大学講師、岡山県立大学助教授、教授。岡山県立大学名誉教授。1993年カナダ首相出版賞受賞。ルーシー・モード・モンゴメリの日記を翻訳した。