中嶋 秀樹(なかじま ひでき、1971年5月20日 - )は… 中嶋 秀樹(なかじま ひでき、1971年5月20日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の元衆議院議員(1期)。 京都府八幡市に生まれる。常翔啓光学園中学校・高等学校、大阪国際大学政経学部政経学科卒業。燃料会社代表取締役、八幡市青年会議所理事長を務める。 2019年(平成31年)4月7日投開票の京都府議会議員選挙に日本維新の会公認で八幡市選挙区(定数2)から立候補したが落選。 2021年(令和3年)10月31日投開票の第49回衆議院議員総選挙に日本維新の会公認で京都6区から立候補したが、立憲民主党公認の山井和則に敗れ落選。 2023年(令和5年)10月4日、同党の前川清成衆議院議員が公職選挙法違反の引責を理由に議員を辞職した事に伴い、同月18日の欠員補充の選挙会で比例近畿ブロック次点者であった中嶋の繰り上げ当選が決定した。
小栗 仁志(おぐり ひとし、1968年6月1日 - )は日本… 小栗 仁志(おぐり ひとし、1968年6月1日 - )は日本の政治家、実業家。岐阜県中津川市長(1期)。元共栄液化ガス代表取締役社長。 1968年6月1日生まれ。岐阜県中津川市出身。 岐阜県立恵那高等学校、東京国際大学を経て三菱液化ガス(現:アストモスエネルギー)に入社。東京には10年間過ごした。 1997年、郷里の中津川に戻り家業である共栄液化ガスに入社。2009年、代表取締役社長に就任した。 この間、岐阜県LPガス協会会長、中津川市倫理法人会会長、中津川市教育委員会委員長も務めた。 2024年1月14日投開票の中津川市長選挙に地元経済界などに擁立され出馬。現職の青山節児を大差で破る。※当日有権者数:61,728人 最終投票率:59.21%(前回比:16.82pts) 開票結果は、当選 小栗仁志 55歳 無所属 新 22,977票、青山節児 72歳 無所属 現 13,059票だった。
尾脇 雅弥(おわき まさや、1967年〈昭和42年〉3月17… 尾脇 雅弥(おわき まさや、1967年〈昭和42年〉3月17日 - )は、日本の政治家。鹿児島県垂水市長(4期)。元垂水市議会議員(2期)。 鹿児島県垂水市柊原出身。1989年(平成元年)3月、鹿児島経済大学社会学部(現・鹿児島国際大学)卒業。複数の会社勤務を経て、2000年(平成12年)8月、医療法人寛容会に転職。 2003年(平成15年)、垂水市議会議員選挙に初当選。2007年(平成19年)、再選。2010年(平成22年)11月、市議を辞職。 2011年(平成23年)1月の垂水市長選挙で初当選。1月27日、市長就任。2015年(平成27年)1月、2019年(平成31年)1月、2023年(令和5年)1月の各市長選でも当選し再任。
古賀 豪紀(こが ひでとし、1966年11月8日 - )は、… 古賀 豪紀(こが ひでとし、1966年11月8日 - )は、長崎県佐世保市出身の元プロ野球選手(外野手)、政治家。 中学校までは経済的な事情でバレーボール部に所属しており、誘いがあった西海学園高では野球部に入部。社会人野球の九州三菱自動車に進み、1988年オフにドラフト外でオリックス・ブレーブスへ入団する。 しかし、壁は厚く内野手に転向するなどしたが、結局一度も一軍へ上がることなく1993年限りで現役を引退した。 引退後は、佐世保市で居酒屋を経営。また、社会人野球クラブの佐世保ドリームスターズ(長崎セインツの前身)で監督を務めた。 2007年に長崎国際大学を卒業し、高校野球指導者になるために教員免許を取得した。
古田 聖人(ふるた きよひと、1965年12月25日 - )… 古田 聖人(ふるた きよひと、1965年12月25日 - )は、日本の政治家。岐阜県笠松町長(2期)、元笠松町議会議員(3期)。 東京国際大学教育学部卒業、1988年(昭和63年)岐阜新聞に入社。その後笠松町の企業(飲食業)への転職を経て、2008年(平成20年)3月に笠松町議会議員選挙で初当選。議員を3期11年務める。在任中の2017年(平成29年)には笠松町議会議長を務める。 2019年(令和元年)6月18日に告示された笠松町長選に立候補。古田以外の立候補の届け出が無く、無投票で笠松町長に当選。4年後の2023年(令和5年)6月20日に告示された笠松町長選でも他に立候補の届け出が無く、無投票で笠松町長に再選。
栗原 渉(くりはら わたる、1965年9月27日 - )は、… 栗原 渉(くりはら わたる、1965年9月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)、厚生労働大臣政務官。 福岡県甘木市(現・朝倉市)中島田生まれ。甘木市立十文字中学校、福岡県立朝倉高等学校を卒業した後、1990年に東京国際大学教養学部卒業。 1989年に太田誠一衆議院議員の下で書生となり、卒業後の1990年から2009年まで秘書を務める。 2010年4月18日の福岡県議会議員補欠選挙に定数1の甘木市選挙区から無所属で立候補し、当選。 2011年04月10日の福岡県議会議員選挙に定数2の朝倉市・朝倉郡選挙区から自由民主党公認で立候補し3人中1位で当選。 2015年4月12日の福岡県議会議員選挙では定数2の朝倉市・朝倉郡選挙区から無投票で再選。
笠原 多見子 (かさはら たみこ、1965年4月30日 - … 笠原 多見子 (かさはら たみこ、1965年4月30日 - )は、日本の政治家。元参議院議員・笠原潤一の次女。 衆議院議員(1期)、岐阜県議会議員(3期)を歴任した。 1965年、岐阜県岐阜市に生まれる。1989年、東京国際大学教養学部卒業。 1999年、自由民主党公認で岐阜県議会議員選挙に出馬し、初当選。以後3期連続当選。 2005年、第44回衆議院議員総選挙では岐阜県連が自民党の意向に反して野田聖子の支援に回る中、党公認候補の佐藤ゆかりを支援した。 2009年8月14日、第45回衆議院議員総選挙で民主党岐阜1区総支部代表の柴橋正直を支援するため、自民党に離党届を提出。8月17日、岐阜県議会議員を辞職。
ムケラ・ルアンガ(ラテン文字: Faustin Mukela… ムケラ・ルアンガ(ラテン文字: Faustin Mukela Luanga、1964年2月15日 - )は、コンゴ民主共和国の政治家、外交官、国際公務員、弁護士。 1988年キンシャサ大学(フランス語版)卒業。1991年国際大学大学院国際関係学研究科修了、経済学修士。1995年名古屋大学大学院修了、博士(経済学)。世界貿易機関の顧問、アフリカ事務局長などを経て、2001年から母国コンゴ民主共和国で国務大臣級となり、同年から2003年まで経済事務次官、2004年から2006年まで兵の武装解除と定住促進担当責任者兼キンシャサ大学教授。その後、ジュネーブで世界貿易機関の上席研究員となり、2014年には山口県立大学客員教授も務めた。
大野 元裕(おおの もとひろ、1963年〈昭和38年〉11月… 大野 元裕(おおの もとひろ、1963年〈昭和38年〉11月12日 - )は、日本の外交官、政治家。埼玉県知事(第61・62代)。学位は修士(国際大学・1989年)。無所属。 参議院議員(2期)、財団法人中東調査会研究員、外務省国際情報局分析第二課専門分析員、在ヨルダン大使館一等書記官、在シリア大使館一等書記官、株式会社ゼネラルサービス取締役統轄本部本部長、財団法人中東調査会上席研究員、株式会社ゼネラルサービス専務取締役、内閣府大臣政務官、防衛大臣政務官などを歴任した。 埼玉県川口市生まれ。ライオンズクラブ国際理事や大野電機鋳造所社長を務めた大野元昭の長男として生まれる。母はゼネラルサービス代表取締役や川口商工会議所常議員を務める大野洋子。
吉田 英男(よしだ ひでお、1956年〈昭和31年〉6月3日… 吉田 英男(よしだ ひでお、1956年〈昭和31年〉6月3日 - )は、日本の政治家。神奈川県三浦市長(5期)。 父は元神奈川県議会議員の吉田實。 神奈川県三浦市生まれ。国際商科大学(現東京国際大学)商学部卒業。大学卒業後、横浜銀行に入行し、葉山支店長や県庁支店長を務める。 2005年6月19日に行われた三浦市長選挙に立候補し、現職の小林一也との一騎打ちを制し初当選を果たした。 ※当日有権者数:41,774人 最終投票率:55.95%(前回比:1.11pts) 2009年、2013年の市長選において無投票で再選。市長就任後、一定期間、三浦海業公社の社長を兼務していた。 2017年の市長選で4選。
山口 和之(やまぐち かずゆき、1956年4月7日 - )は… 山口 和之(やまぐち かずゆき、1956年4月7日 - )は、日本の政治家、理学療法士。元衆議院議員 (1期)、元参議院議員 (2期)、日本維新の会福島県総支部幹事長。福島県理学療法士会会長、医療創生大学客員教授。日本理学療法士協会東北ブロック会長、同協会理事などを歴任。 福島県福島市生まれ。福島市立三河台小学校、福島市立岳陽中学校、福島県立福島商業高等学校、東京国際大学、東京衛生学園専門学校リハビリテーション学科卒業。理学療法士の国家資格を取得し、総合南東北病院リハビリテーションセンター科長や郡山女子大学非常勤講師を務めた。 2009年、第45回衆議院議員総選挙に民主党から比例東北ブロック単独25位で立候補。
仲間 一(なかま はじめ、1955年1月15日 - )は、日… 仲間 一(なかま はじめ、1955年1月15日 - )は、日本の政治家。元沖縄県金武町長(3期)。 沖縄県金武町並里区生まれ。沖縄県立宜野座高等学校卒業、沖縄国際大学中退。 並里区事務所職員を経て並里区長を4期務めた後、2007年6月から2013年6月まで金武町教育長を2期務める。金武町がネイチャーみらい館を整備した際は、同施設を運営する指定管理者のNPO法人雄飛ツーリズムネットワークの理事長にも就任した。 2014年、儀武剛金武町長の引退に伴い、儀武の後継指名を受け無所属で金武町長選挙に出馬し、初当選した。同年4月17日、正式に金武町長に就任。 2018年、無投票により再選。 2022年4月3日の町長選で前町観光協会会長の山川宗仁を破り3選。
山川 典二(やまかわ のりじ、1954年12月23日 - )… 山川 典二(やまかわ のりじ、1954年12月23日 - )は、日本の政治家、音楽評論家。沖縄県議会議員を務める。元NHKアナウンサー。 沖縄県島尻郡伊是名村生まれ。沖縄県立那覇高等学校、青山学院大学卒業後、沖縄国際大学大学院に入学し、修士課程を修了した。1979年、NHKに入局した。報道・文化番組を中心に出演し、様々な文化新規事業に従事した。その後コンチネンタル航空に転職し、観光関連事業に従事した。 1997年、那覇市議会議員選挙に初当選し、通算5期にわたり務めた。2016年、沖縄県議会議員選挙に初当選を果した。 音楽評論家として、ラジオ沖縄で毎週日曜日18時から18時30分に生放送されている『山川典二のJAZZ LIFE』を担当している。
石井 苗子 (いしい みつこ、1954年〈昭和29年〉2月2… 石井 苗子 (いしい みつこ、1954年〈昭和29年〉2月25日 - ) は、日本の女優、作家、政治家。日本維新の会所属の参議院議員(2期)。東京維新の会代表代行。東京大学医学部客員研究員。聖路加国際大学客員研究員。日本大学医学部付属病院心療内科カウンセラー。NPO日本臨床試験研究ユニット(J-CRSU)きぼうときずなプロジェクト プロジェクトリーダー。アバンセ所属。日本維新の会副幹事長・国会対策副委員長、参院政府開発援助・沖縄北方特別委員会委員、パチンコチェーンストア協会政治分野アドバイザー。祖父は標的艦「摂津」や戦艦「榛名」の艦長を歴任した海軍少将石井敬之(海兵43期)。 東京都台東区浅草生まれ(現住所は神奈川県川崎市多摩区南生田)。
近藤 進也(こんどう しんや、1953年11月2日 - )は… 近藤 進也(こんどう しんや、1953年11月2日 - )は日本の政治家。元福岡県水巻町町長、水巻町町議会議員(7期)。NPO法人理事。 福岡県立八幡中央高校を卒業後、23才で室内装飾会社を起業、その後八幡大学Ⅱ部に進学、経営学を学ぶ。1993年水巻町議会議員選挙に立候補トップ当選を果たす。以後町議を5期務め、2009年水巻町町長選挙に再立候補し当選。2013年(1期)まで町長就任。次期選挙にも立候補するも落選した。その後町議会議員に再立候補し当選、1期務める。 以後NPO法人 アクティブキャリア北九州理事に就任。また遠賀川流域の環境保護活動や障害者ボランティア活動等に携わっている。 2023年4月23日投開票の統一地方選挙で水巻町より参政党より立候補し、当選。
島袋 俊夫(しまぶく としお、1952年(昭和27年)10月… 島袋 俊夫(しまぶく としお、1952年(昭和27年)10月26日 - )は、日本の政治家。沖縄県うるま市長(3期)、うるま市議会議員(1期)、具志川市議会議員(4期)などを歴任した。また、県内9市の保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーである。 琉球政府具志川市(現・沖縄県うるま市天願)出身。1976年(昭和51年)3月、沖縄国際大学短期大学部経済科卒業。 1990年(平成2年)、具志川市議会議員に就任。具志川市議4期目中の2005年(平成17年)4月1日、具志川市は、石川市・勝連町・与那城町と合併してうるま市となったため消滅した。2005年4月からはうるま市議会議員となる。2006年(平成18年)10月8日のうるま市議選で当選。
菊谷 秀吉(きくや ひでよし、1950年6月25日 - )は… 菊谷 秀吉(きくや ひでよし、1950年6月25日 - )は、日本の政治家。元北海道伊達市長(6期)。
外間 守吉 (ほかま しゅきち、1949年10月8日 - )… 外間 守吉 (ほかま しゅきち、1949年10月8日 - )は、日本の政治家、実業家。元沖縄県与那国町長(4期)、元与那国町議会議員(3期)。福山海運代表社員。 沖縄県八重山郡与那国町祖内生まれ。沖縄国際大学卒業。大学卒業後、福山海運専務を経て、1978年に与那国町議会議員に初当選する。町議を3期務め、1986年から1990年まで与那国町議会議長を務めた。 2005年、尾辻吉兼町長の死去に伴う与那国町長選挙に自由民主党、公明党の推薦を受けて出馬し、初当選。 2009年の町長選では、民主党が支援する元与那国町副参事の田里千代基を破り再選。この町長選では、与那国島への陸上自衛隊誘致の是非も争点化していたが、外間は誘致推進を掲げていた。
喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年〈昭和23年〉6月1… 喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年〈昭和23年〉6月10日 - )は、沖縄出身の日本人音楽家、平和活動家、政治家である。米軍占領下の中頭郡越來村(現・沖縄県沖縄市)生まれ。 琉球民謡を現代風にアレンジしたウチナー・ポップを確立した。バンド・喜納昌吉&チャンプルーズを率い、ヴォーカル、ギター、三線、作詞作曲を主に担当する。 参議院議員(1期)、元民主党沖縄県総支部連合会代表。 父は琉球民謡の第一人者喜納昌永。11人兄弟の四男。 琉球民謡を元にした独特のメロディとウチナーグチ(沖縄方言)が特徴的なポップスを歌ってきた。実妹らと共に結成したバンド「喜納昌吉&チャンプルーズ」の音楽は、りんけんバンド、ネーネーズ等のものと共に「ウチナー・ポップ」とも呼ばれる。
知念 恒男(ちねん つねお、1940年9月11日 - )は、… 知念 恒男(ちねん つねお、1940年9月11日 - )は、日本の政治家。沖縄県初代うるま市長(1期)、具志川市長(2期)、具志川市議会議員(6期)などを歴任した。 沖縄県具志川村具志川出身(現・沖縄県うるま市具志川)出身。沖縄国際大学短期大学部卒。1970年から具志川市議会議員を6期連続で務め、議長に就任した。1998年、具志川市長に当選。2期務めた。2005年に具志川市は合併でうるま市となり、合併後の市長選挙に立候補し、無投票で当選、初代うるま市長として、合併後うるま市の基盤づくりに努めた。。うるま市長は1期務め、2009年に退任した。2011年11月3日、秋の叙勲において旭日中綬章受章した。
比嘉 盛光(ひが せいこう、1938年(昭和13年)7月1日… 比嘉 盛光(ひが せいこう、1938年(昭和13年)7月1日 - )は、日本の政治家。元沖縄県宜野湾市長(2期)。 現在の沖縄県宜野湾市出身。沖縄国際大学法学部卒。宜野湾市役所に入り、経済民生部長、教育次長、市民経済部長、企画部長を歴任し、1997年宜野湾市長選挙に立候補し、当選。2001年も再選した。 2期目の2003年市長選挙をめぐる違法献金事件で、公職選挙法違反と政治資金規正法違反の容疑で逮捕され、3月6日に市長を辞職した。
仲宗根 正和(なかそね まさかず、1936年12月1日 - … 仲宗根 正和(なかそね まさかず、1936年12月1日 - 2022年1月21日)は、日本の政治家。元沖縄県沖縄市長(2期)。 沖縄県中頭郡越来村(のちコザ市、現・沖縄市)胡屋出身。沖縄国際大学卒。コザ市役所に入り、沖縄市財政課長、企画部参事、総務、福祉、企画、建設の各部長、東部海浜開発局長を経て、1998年の沖縄市長選挙に立候補し、現職を破って初当選する。2002年に再選。沖縄市長を2期務め、2006年に退任した。2022年1月21日、老衰のため、うるま市内の施設で死去した。85歳没。死没日を持て正六位に叙された。
中尾 宏(なかお ひろし、1924年(大正13年)5月19日… 中尾 宏(なかお ひろし、1924年(大正13年)5月19日 - 1992年(平成4年)7月12日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員(1期)。 鹿児島県川内市(薩摩川内市)生まれ。旧制鹿児島中学校(現 鹿児島高等学校)を経て、旧制鹿児島高等商業学校(現 鹿児島国際大学)卒。満洲国に渡り、満州電業社に勤務する。後に帰国し改造社を創業した山本実彦の秘書になる。 1972年の第33回衆議院議員総選挙において鹿児島2区から無所属で立候補して当選、自民党に入る。衆議院議員は1期務めた。1976年の第34回衆議院議員総選挙で落選。以後、立候補しなかった。 1983年に世界出版を創設。雑誌『世界春秋』の主幹となる。
日高 広為(日高 廣爲、ひだか ひろため、1919年(大正8… 日高 広為(日高 廣爲、ひだか ひろため、1919年(大正8年)7月1日 - 1991年(平成3年)1月1日)は、昭和期の農業指導者、実業家、政治家。参議院議員(1期)。 鹿児島県姶良郡、のちの国分市(現霧島市)出身。鹿児島高等商業学校(現鹿児島国際大学)を経て、1942年(昭和17年)早稲田大学商業部を卒業した。 1942年(昭和17年)満州電気化学に入社。召集され陸軍に入隊し、大刀洗陸軍飛行学校教官、少年飛行兵区隊長などを務めて終戦を迎えた。 戦後、1946年(昭和21年)霧島村農業会経済部長に就任。青年運動に取り組んだ。姶良郡たばこ耕作連合会長、鹿児島県議会議員(4期)、同副議長(3期)、自由民主党鹿児島県連政調会長(5期)などを務めた。
金子 みつ(かねこ みつ、1914年4月30日 - 2005… 金子 みつ(かねこ みつ、1914年4月30日 - 2005年8月14日)は、日本の政治家。衆議院議員(6期、日本社会党)。本名は金子光。 東京府出身。女子学院、聖路加女子専門学校(現聖路加国際大学)卒業。厚生省看護課長、東京大学助教授などを歴任。 1972年の衆院選で旧東京4区から立候補し初当選。連続当選6回。1990年に引退するまで、社会党副委員長(1986-1990年)などを務めた。1996年、新社会党結成に参加した。 「九条科学者の会」呼びかけ人を務めていた。 1991年、秋の叙勲で勲二等宝冠章受章。 1998年、キリスト教界における長年の功績が認められ日本キリスト教文化協会よりキリスト教功労者の表彰を受けた。
金城 泰邦 は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(… 金城 泰邦 は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(3期)。公明党組織委員会地方議会局次長、組織委員会遊説局次長、外交部会長代理、内閣副部会長、沖縄方面副本部長。